五回落ちても、六回目がある! ――華なし、特技なし、それでも帰らない! 真帆が五回悩み、波田顧問が五秒で採った「福生の不屈娘」宮本美知留
戦隊ヒロインプロジェクトは、ついに全都道府県から戦隊ヒロインを輩出するという大きな目標を達成した。
北海道から沖縄まで。
北へ行っても戦隊ヒロイン。
南へ行っても戦隊ヒロイン。
東へ行っても戦隊ヒロイン。
西へ行っても戦隊ヒロイン。
もはや日本地図を広げて、
「ここには誰もいません」
という県はなくなった。
普通の組織なら、
「全国制覇! これにて大団円!」
と祝賀会でも開いて一息つくところである。
しかし、ヒロ室フロントは違った。
「まだまだ増やします」
本気だった。
問題は予算である。
人は増える。
仕事も増える。
地方拠点も増える。
制服も必要。
通信機器も必要。
移動費も必要。
イベント費も必要。
戦闘任務になれば装備費も必要。
なのに予算だけは、なぜか戦隊ヒロインたちの人数ほど勢いよく増えてくれない。
遥室長は毎年のように、
「人数増えるのに、何で予算だけ足踏みなのら……」
と頭を抱えている。
そんな中、隼人補佐官が記者会見で高らかに宣言した。
「我々は今後、百人乗っても大丈夫な組織を目指します!」
記者席。
しーん。
誰もが一瞬、
どこかの物置を思い浮かべた。
隣に座っていた遥室長が小声で尋ねる。
「隼人くん」
「はい」
「それ、物置なのら?」
「違います!」
隼人は慌てて両手を振った。
「百人規模になっても揺るがない、盤石な組織という意味です!」
記者から質問。
「百人が最終目標ですか?」
隼人。
「いえ!」
妙に力強い。
「百人は通過点です!」
遥。
「……ますます予算が心配なのら」
ヒロ室フロントは本当に百人以上を見据えていた。
したがって新規戦隊ヒロインの募集も随時行われている。
もっとも、
人数を増やしたい=誰でも合格
ではない。
応募資格だけを見れば、意外と間口は広い。
十八歳以上の健康的な女性。
ただし高校生は不可。
そして――。
年齢上限なし。
なぜ上限がないのか。
誰かが真帆へ聞いたことがある。
「安岡さん、何歳まで応募できるんですか?」
「上限ありません」
「六十歳でも?」
「健康状態と能力次第です」
「七十歳でも?」
「応募そのものはできます」
「八十歳でも?」
真帆。
「……何歳まで聞くんですか?」
少なくとも制度上は、かなり開かれている。
容姿についても、美人に越したことはないが、ミスコンほど重視されない。
面談担当の安岡真帆は説明会で堂々と言う。
「見た目は、髪型、メイク、衣装、照明でかなり変えられます」
応募者。
「そんなに言い切るんですか?」
「はい」
「夢がないですね」
「採用面談ですから」
しかし、内面と能力はそう簡単にはごまかせない。
戦隊ヒロインには華やかなイベントだけでなく、危険な任務もある。
だから最低限の基礎体力が必要。
逃げたくなる局面でも任務を放り出さない勇気。
作戦を理解する頭脳。
仲間と行動する協調性。
緊迫した現場で判断できる力。
さまざまな資質を総合して判断する。
ある日の選考会議。
スタッフが資料を見ながら尋ねた。
「やっぱり、ある程度頭も良くないとダメですよね」
真帆。
「当然です。作戦内容を理解してもらわないと困りますから」
「山本あかりさんは?」
真帆。
「……」
沈黙。
「高城彩芽さんは?」
真帆。
「…………」
さらに長い沈黙。
スタッフ。
「安岡さん?」
「山本さんには、脅威的な身体能力があります」
「はい」
「高城さんには、人に好かれる愛嬌と高いフィジカルがあります」
「頭の話なんですが」
真帆は咳払いした。
「突出した長所があれば、多少の弱点は補えます」
その頃四日市で、山本あかりがくしゃみをしていた。
高城彩芽も、
「何か誰かウチの話してない?」
などと言っていたかもしれない。
ともかく。
一芸でもいい。
何か、
「この人を採りたい」
と思わせる武器が必要だった。
俊足。
武道。
歌。
ダンス。
司会。
頭脳。
機械。
語学。
救命技術。
料理。
工作。
何でもいい。
そのため戦隊ヒロインに憧れて応募する女性は多くても、安岡真帆のお眼鏡にかなう者は意外と少なかった。
そんな中。
真帆を長期間にわたって悩ませる応募者が一人現れた。
東京都福生市出身。
二十歳。
女子大学生。
名前は、
宮本美知留。
最初に面談室へ入ってきた時。
真帆が抱いた第一印象は、身も蓋もなく言えば、
「……地味だな」
だった。
悪い意味で派手ではない。
良い意味でも派手ではない。
服装は地味。
髪型も地味。
メイクも控えめ。
姿勢はやや縮こまり気味。
笑顔も少ない。
声も小さい。
戦隊ヒロインと聞いて一般人が想像する、
キラキラ。
華やか。
元気。
自信満々。
そんな要素が、ほぼ見当たらない。
真帆が履歴書を見る。
「宮本美知留さん」
「……はい」
声も小さい。
「東京都福生市出身、二十歳。現在、大学二年生ですね」
「はい」
「今日は緊張しています?」
「……少し」
真帆は思った。
少しではない。
かなり緊張している。
「戦隊ヒロインを志望した理由を聞かせてもらえますか?」
美知留は膝の上で両手を重ねる。
「……どうしても、戦隊ヒロインになりたいんです」
「はい。ですから、その“どうして”を聞きたいんです」
「……」
美知留、沈黙。
真帆は待つ。
十秒。
「……なりたいからです」
真帆。
「……」
面談開始三分。
早くも難航。
「イベント活動に興味があります?」
「あります」
「芸能界に興味は?」
「それとは少し違います」
「テレビに出たい?」
「別に……」
「有名になりたい?」
「違います」
「歌うことは?」
「普通です」
「ダンス経験」
「ありません」
「スポーツ歴」
「ありません」
「部活動は?」
「文化系でした」
「何部ですか?」
「……特に戦隊ヒロインに役立ちそうなものでは」
「何部?」
「読書系のサークルです」
「武道経験」
「ありません」
「楽器」
「できません」
「絵」
「普通です」
「工作」
「普通です」
「料理」
「普通だと思います」
「パソコン」
「大学の課題に使うくらいです」
「語学」
「英語も普通です」
ここまで来ると、
“普通”の大安売り
である。
真帆は履歴書をもう一度見る。
もしかしたら書いていない特技があるかもしれない。
「宮本さん」
「はい」
「人から、“これだけは美知留ちゃんすごいね”って言われるようなこと、何かありません?」
「……」
考える。
十秒。
二十秒。
三十秒。
真帆も一緒に待つ。
「……真面目だとは言われます」
「それは長所ですね」
真帆も少し希望を持つ。
「ほかには?」
再び長考。
「……自転車なら、長く乗れます」
真帆の目が輝いた。
「自転車競技?」
「いえ」
「ロードバイク?」
「普通の自転車です」
「何キロくらい?」
「買い物とかで……」
真帆の目から光が消えた。
体力測定。
持久力。
基準未達。
瞬発力。
基準未達。
筋力。
基準未達。
知力。
平均的。
歌唱力。
平均的。
コミュニケーション。
緊張が強い。
特殊技能。
なし。
華。
……特になし。
真帆は何度資料をひっくり返しても、
採用する決め手が出てこない。
結局、一回目。
「申し訳ありません。今回は採用を見送らせてください」
美知留は少し俯いた。
「……はい」
「美知留さんが悪いという意味ではありません。ただ、現時点では戦隊ヒロインとして必要な基準へ届いていません」
「分かりました」
「応募していただいたことには感謝しています」
「ありがとうございました」
美知留は丁寧に頭を下げて帰った。
真帆は思った。
これで終わり。
――数か月後。
面談スケジュール。
宮本美知留。
真帆。
「……え?」
見間違いかと思って確認。
宮本美知留。
間違いない。
そして面談当日。
「失礼します」
同じ女性が入ってきた。
真帆。
「宮本さんですよね?」
「はい」
「二回目ですよね?」
「はい」
「前回、不採用でしたよね?」
「はい」
「……今回は何か変わりました?」
美知留。
「走るようにしました」
真帆。
「おお」
本当に努力したらしい。
持久力は前回より改善している。
だが――。
基準には届いていない。
真帆。
「かなり頑張りましたね」
「はい」
「でも、まだ足りません」
「……はい」
二回目。
不合格。
普通なら、これで終わる。
――数か月後。
面談予定表。
宮本美知留。
真帆。
「また!?」
三回目。
「今回は?」
「筋力トレーニングも始めました」
腕立て。
前回より増えた。
腹筋。
前回より増えた。
ランニング。
前回より速い。
だが、
まだ基準未達。
発声も少し練習したらしい。
「宮本美知留です。よろしくお願いします!」
一回目よりは大きい。
真帆。
「声は良くなりました」
美知留。
「ありがとうございます」
「でも体力が……」
「はい」
三回目。
不合格。
そして四回目。
さすがの真帆も、もう顔を覚えている。
美知留がドアを開ける。
「失礼します」
真帆。
「はい。宮本さんですね」
「はい」
「もう履歴書見なくても分かります」
「……すみません」
「謝る必要はありません」
美知留が座る。
真帆は資料を置いた。
「今日は能力検査の前に聞かせてください」
「はい」
「なぜ、そこまで戦隊ヒロインなんです?」
美知留が黙る。
「有名になりたい?」
「違います」
「芸能界?」
「違います」
「ステージへ立ちたい?」
「それだけではありません」
「では、具体的に何がしたいんです?」
沈黙。
真帆は待つ。
美知留。
「……戦隊ヒロインになりたいです」
真帆は思わず天井を見た。
質問が一周して戻ってきた。
「宮本さん。それだと面談にならないんです」
「すみません」
「謝らなくていいです。ただ理由を教えてください」
「……」
どうしても言わない。
正確には、言えないように見える。
真帆は別の可能性を考えた。
もしかすると本人自身も、
「戦隊ヒロイン」と「芸能活動」を混同しているのではないか。
そこで真帆は提案する。
「もし人前へ出る活動をしたいということであれば、芸能事務所を紹介できます」
美知留。
「芸能事務所……?」
「ブラックキャッププロダクション」
その名を聞けば業界人なら知っている。
社長は野村吉彦。
通称、
ノムさん。
芸能界で半世紀以上。
新人アイドルのデビューから、大物俳優の独立騒動。
売れっ子の移籍。
干されたタレント。
スポンサー。
テレビ局。
広告代理店。
カネ。
利権。
義理。
人情。
裏切り。
芸能界の酸いも甘いも、ついでに苦いところも辛いところも全部なめ尽くしてきた敏腕社長である。
真帆は思った。
ノムさんなら何か見つけてくれるかもしれない。
ところが数日後。
電話。
「真帆ちゃん」
「ノムさん、お世話になります」
「あの宮本いう子な」
「どうでした?」
「あかん」
早い。
「もうですか?」
「芸能界向いてないわ」
「やっぱりですか」
「華がない」
「はい」
「しゃべり弱い」
「はい」
「歌も普通」
「はい」
「演技経験なし」
「はい」
「モデル向きでもない」
「はい」
「それとな」
「何でしょう」
「芸能界で生き残る人間独特の、“前へ出てやる”っちゅう欲が感じられん」
真帆も納得する。
ノムさんは最後に言った。
「あの子、芸能人になりたいんじゃないんじゃろ」
「たぶん」
「ほな無理じゃ。うちでも扱えん」
芸能界歴半世紀以上のノムさん。
さじを投げた。
真帆は美知留へその結果を伝えた。
普通なら。
ここで別の道を探す。
ところが。
数か月後。
面談予定表。
宮本美知留。
真帆は椅子の背にもたれた。
「…………五回目」
スタッフ。
「また宮本さんですか?」
「また宮本さんです」
「すごいですね」
「そうなんですけど……」
真帆は困っていた。
本人は真面目。
努力もしている。
態度も悪くない。
でも。
戦隊ヒロインとして採用する理由がない。
そして五回目の面談。
ドアをノックする音。
「どうぞ」
「失礼します」
現れたのは、やはり宮本美知留。
二十歳。
地味。
暗い印象。
控えめ。
ここまで来ても、戦隊ヒロインとしての華が突然開花しているわけではない。
真帆は椅子を勧める。
「宮本さん」
「はい」
「今日は、かなりはっきり言います」
「はい」
「あなたが本気なのは分かっています」
美知留が少し顔を上げる。
「五回目ですから。そこは疑いません」
「ありがとうございます」
「ただ、本気だから採用できる仕事ではありません」
美知留は黙る。
真帆はこれまでより厳しい声で続けた。
「外から見る戦隊ヒロインは華やかです」
ステージ。
制服。
歓声。
テレビ。
写真撮影。
地域イベント。
「でも、それだけではありません」
戦闘任務。
危険地域。
敵対組織。
災害。
緊迫した現場。
「過去には負傷したヒロインもいます」
美知留の表情が固くなる。
真帆はさらに、
「そして、殉職者を出したこともあります」
と、あえてはっきり言った。
美知留は黙って聞いている。
「怖がらせたいわけではありません」
「はい」
「でも命の危険がゼロではない仕事なんです」
「分かっています」
真帆は一枚の紙を机へ置く。
美知留の体力測定結果。
「では、もっと現実的な話をします」
「はい」
「今のあなたの基礎体力では、実戦任務には出せません」
美知留が小さく息を飲む。
「自分が危ないだけなら、まだ自己責任という考え方もできるかもしれない。でも違います」
真帆の言葉は厳しい。
「あなたが動けなくなれば、仲間が助けに行くことになります」
「……はい」
「仲間の任務を変えてしまう」
「はい」
「最悪の場合、あなたを助けようとした仲間まで危険になります」
「……はい」
「だから体力基準は妥協できません」
美知留は俯く。
「知力についても突出しているわけではありません」
「はい」
「歌、ダンス、司会、武道、専門技術。現時点で特別な技能もありません」
「はい」
「ノムさんからも芸能界向きではないと言われています」
「はい」
一個ずつ。
逃げ道を塞ぐような厳しい現実。
真帆自身も、言っていてつらかった。
しかし中途半端な期待を持たせる方が無責任だった。
「それでも、まだ応募しますか?」
美知留は顔を上げた。
「お願いします」
即答。
真帆が眉を寄せる。
「何を?」
「戦隊ヒロインになるための機会をください」
「今日、その選考をしています」
「今回ダメなら……」
美知留は少しだけ間を置く。
「また足りないところを練習します」
真帆。
「六回目も来るということ?」
「受けてもいいなら」
真帆が黙った。
美知留の声は小さい。
熱血漫画の主人公のように、
「絶対に諦めません!」
と叫ぶわけでもない。
目に炎が燃えているわけでもない。
拳を握って立ち上がるわけでもない。
ただ静かに、
次も来る。
と言っている。
真帆は困った。
採用基準では落とすしかない。
しかし、四回落として五回目。
それでも次の話をしている。
その時。
面談室前の廊下から声。
「まだやってんのか?」
波田顧問だった。
たまたま通りかかったらしい。
真帆。
「顧問」
「何か揉めてる?」
「揉めてはいません」
波田が美知留を見る。
「応募者?」
「はい」
波田が軽い調子で尋ねる。
「お嬢さん」
美知留。
「はい」
「何回目のチャレンジだ?」
「五回目です」
波田。
「五回?」
「はい」
真帆が補足する。
「これまで四回不合格です」
波田。
「へえ」
美知留を見る。
一秒。
二秒。
そして。
「よっしゃ」
真帆。
「?」
波田は笑った。
「合格だ。明日からウチ来な」
真帆。
「…………」
美知留。
「…………」
沈黙。
真帆。
「はい?」
波田。
「合格」
「聞こえました!」
美知留がおそるおそる尋ねる。
「……私がですか?」
波田。
「ほかに誰がいるんだよ」
「本当に……?」
「俺は同じ話何回もするの嫌いなんだ。合格。明日から来い」
美知留が勢いよく立ち上がった。
「ありがとうございます!」
今までで一番声が大きかった。
真帆も立ち上がる。
「顧問、ちょっと待ってください!」
「何だよ」
「私、この人を五回面談してるんですよ!」
「ご苦労さん」
「労をねぎらってほしいんじゃありません!」
波田は椅子へどかっと座る。
「何が問題なんだ?」
「問題だらけです!」
美知留が横で小さくなる。
真帆は指を折る。
「体力、基準未達」
波田。
「うん」
「知力、平均」
「うん」
「突出した特技、なし」
「うん」
「芸能適性もノムさんが匙を投げました」
「うん」
「華も……」
美知留が目の前にいる。
真帆は言葉を止める。
波田。
「ないんだろ?」
美知留。
「……」
真帆。
「本人の前で言わないでください!」
波田は笑う。
「じゃあ何で採るのかって?」
「そうです!」
波田は美知留を見る。
「五回だろ?」
真帆。
「五回です」
「普通、一回落とされたら結構へこむよな」
「まあ」
「二回来てまた落ちる」
「はい」
「三回来ても落ちる」
「はい」
波田は指を三本立てる。
「三回もダメなら普通、心折れるぞ」
真帆は黙って聞く。
「四回落とされた」
四本。
「それでも五回目、またこの部屋入ってきた」
五本。
波田は豪快に笑う。
「大したもんじゃねえか」
真帆。
「それだけですか?」
「それだけだよ」
即答。
「ほかは?」
「気に入ってねえ」
美知留。
「……」
真帆。
「言い方!」
波田は美知留へ、
「悪く取るなよ」
と言ってから続ける。
「今ウチには綺麗な子、増えたよ」
「はい」
「ステージで映える子」
「はい」
「頭のいい子」
「はい」
「歌える子」
「踊れる子」
「めちゃくちゃ強え子」
真帆の頭には何人もの戦隊ヒロインの顔が浮かぶ。
波田。
「でもさ。何回落とされても、格好悪くても、同じドア叩き続けるヤツっているか?」
真帆は答えない。
波田は美知留を指す。
「こういう泥臭いの、今のウチに案外いねえんだよ」
美知留本人が一番戸惑っている。
波田。
「華がない?」
真帆。
「まあ……」
「化粧覚えりゃいい」
「雑ですね」
「特技がない?」
「はい」
「これから探せ」
「雑ですね」
「体力ない?」
「それが一番の問題です」
波田。
「走らせろ」
真帆。
「全部力技で解決しようとしないでください!」
波田は声を上げて笑った。
そして、少し真面目になる。
「でも根性は、そう簡単には教えられねえぞ」
真帆が黙る。
「五回落とされても六回目を考えてる根性。俺はそこだけ気に入った」
美知留が波田を見る。
「本当に……そこだけですか?」
「そこだけ」
美知留。
「……そうですか」
真帆。
「本人がちょっと落ち込んでます」
波田。
「いいんだよ。長所一個見つかったんだから」
そして豪快に、
「綺麗でキラキラしてるだけがヒロインじゃねえ。こういう地べた這ってでも前へ進むヤツが一人くらいいたっていいだろ」
と言う。
真帆は腕を組んだ。
「……そんなものですかね」
波田。
「そんなもんだよ」
「私、五回分の選考資料作ったんですけど」
「ご苦労さん」
「だからそれ腹立つんですよ!」
美知留が小さく、
「すみません……」
と謝る。
真帆。
「宮本さんは謝らなくていいです!」
波田は立ち上がった。
「美知留」
突然名前で呼ばれて、美知留が姿勢を正す。
「はい」
「明日から来い」
「はい!」
「ただし、合格したからって明日から制服着てステージ出られると思うな」
「はい」
「体力足りねえ」
「……はい」
「基礎から全部やり直し」
「はい」
「きついぞ」
「お願いします」
「途中で泣いてもメニュー減らさねえぞ」
「はい」
「辞めたくなっても知らねえぞ」
「はい」
波田がにやりと笑う。
「まあ五回来るくらいだから、辞めねえだろ」
美知留は初めて、ほんの少しだけ笑った。
「……頑張ります」
波田は満足そうに出ていった。
面談室。
残された真帆と美知留。
机の上には美知留の履歴書。
過去四回。
不合格。
そして今日。
波田顧問の豪快な一声によって、
合格。
真帆はしばらく書類を見る。
「宮本さん」
「はい」
「波田顧問はああ言いましたけど」
「はい」
「体力基準は下げませんよ」
「お願いします」
「特別扱いもしません」
「はい」
「本当にきついです」
「はい」
「途中で研修継続困難と判断したら、そこで終わる可能性もあります」
「分かりました」
真帆は美知留を見る。
やはり地味。
暗い印象。
華やかな戦隊ヒロイン制服を着て大観衆の前へ立つ姿は、まだ想像できない。
戦闘任務で颯爽と敵へ立ち向かう姿も、想像しにくい。
歌って踊る姿に至っては、もっと想像しにくい。
だが一つだけ。
真帆にも、この五回の面談を通して確信できることができた。
この女性は、とんでもなく諦めが悪い。
「……明日、遅刻しないでくださいね」
「はい」
「集合時間は改めて連絡します」
「分かりました」
美知留は立ち上がり、深く頭を下げた。
「五回も面談していただいて、ありがとうございました」
真帆は苦笑する。
「できれば一回目か二回目で終わってほしかったです」
美知留。
「……すみません」
「だから謝らなくていいです」
ようやく美知留が帰ったあと。
真帆は美知留の資料を抱え、遥室長の部屋へ向かった。
「室長」
「どうしたのら?」
「新人候補の件です」
「合格者が出たのら?」
真帆は何とも言えない顔。
「……合格者になりました」
遥。
「“なりました”って何なのら」
「私が合格にしたわけではありません」
「誰なのら?」
「波田顧問です」
遥の表情だけで、
だいたい事情を察した
ことが分かる。
「また波田さんなのら……」
真帆が資料を渡す。
「宮本美知留さん。二十歳。東京都福生市出身」
遥が写真を見る。
「……この子?」
「はい」
「何が得意なのら?」
真帆。
「今のところ、特にありません」
遥。
「……運動?」
「基準未達です」
「勉強?」
「普通です」
「歌?」
「普通です」
「ダンス?」
「経験なし」
「特技?」
「本人も思いつきませんでした」
遥が写真を見る。
資料を見る。
もう一度写真を見る。
「……何で受かったのら?」
「五回来たからです」
遥。
「?」
「四回不合格にしても、五回目の面談へ来た。その根性が気に入ったそうです」
遥は椅子へ深く座った。
「波田さんらしいのら……」
「私もまだ納得したような、してないような感じです」
遥は資料をぱらぱらめくる。
「真帆」
「はい」
「あの子……」
少し間。
「ほかのヒロインとうまくやっていけるのら?」
真帆も、そこが一番気になっていた。
「……分かりません」
「うちの子たち、良くも悪くも濃いのら」
「はい」
「すっごく明るいのもいるのら」
「いますね」
「しゃべり始めたら止まらないのもいるのら」
「複数います」
「前へ前へ出るのもいるのら」
「多いです」
「勝手に突っ込むのもいるのら」
真帆。
「それは別途指導が必要です」
遥。
「宮本さん、かなり暗い印象なのら」
「そこは私も心配しています」
遥は写真をじっと見る。
「ノムさんにも見てもらったのら?」
「はい」
「何て?」
「“芸能界向いてない。無理じゃろ”と」
遥。
「ノムさんにも言われたのら……」
「半世紀以上芸能界を見てきた人が匙を投げました」
遥はますます不安そうになる。
「戦隊ヒロインにも向いてなさそう」
「はい」
「芸能界にも向いてない」
「はい」
「でも戦隊ヒロインになっちゃった」
「はい」
二人。
「…………」
遥。
「大丈夫なのら?」
真帆。
「私も、それを考えているところです」
二人で同時に首をかしげた。
華はない。
特技もない。
運動能力も不足。
話すのも得意ではない。
第一印象は暗い。
芸能界の百戦錬磨・ノムさんからも、
「あの子は無理じゃろ」
と言われた。
安岡真帆にも四回落とされた。
それでも五回目に来た。
そして五回目の面談中にも、
「今回ダメなら、また練習して来ます」
と言った。
波田顧問が拾い上げたのは、それだけだった。
何度落ちても、次を考える。
それが本当に戦隊ヒロインとしての才能なのか。
遥にも。
真帆にも。
まだ分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
東京都福生市から五回も同じ面談室へ通った、何の変哲もない女子大学生・宮本美知留は――
四枚の不合格通知を踏み越えて。
ようやく、
戦隊ヒロイン候補生
という最初の一歩をつかんだ。
この時点ではまだ誰も知らない。
華やかな戦隊ヒロインたちの中で、誰よりも地味にスタートしたこの女性が。
やがて、
「福生の不屈娘」
と呼ばれることになる理由を。
そして波田顧問が笑って見抜いた、
「五回落ちてもまた来る根性」
こそが、宮本美知留という戦隊ヒロイン最大の武器になることを――。




