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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1145/1171

笑いも部品も、東大阪製です! ――学生数は国内最大級、協賛理由は完全不明!? 「トリオ・ザ・大阪」と赤嶺製作所の町工場未来祭 笑いの生産数第一位は、まさかの美月のお父ちゃん!

森ノ宮では、たこ焼き二百八十円の領収書を巡って大騒ぎ。


難波では、昔の球場の観客数を都合よく解釈し、三千円の伝票を三万円へ水増ししようとして大騒ぎ。


枚方では、観覧車を頂上から逆回転させ、半周分の電気代を節約しようとして大騒ぎ。


富田林では、出演料をみかんで支給しようとして大騒ぎ。


河内のスピーカー・赤嶺美月。


和泉の貯金箱・谷口佳乃。


浪速のバランサー・坂井まどか。


三人組の漫才ユニット、


「トリオ・ザ・大阪」


は、舞台へ立つたびに何らかの問題を起こし、最終的にはそれを笑いへ変えてきた。


今回、三人が挑むのは東大阪市。


しかも、美月とまどか、迫田澪香、迫田澄香が実際に通う私立総合大学の大ホールである。


文系。


理系。


医療。


薬学。


農学。


情報分野。


幅広い学部と研究施設を擁し、国内最大級の学生数を誇る巨大総合大学。


広大なキャンパスには、大規模な図書館、研究棟、食堂、カフェ、売店、イベントホールが並んでいる。


昼休みになると、数え切れないほどの学生が一斉に移動する。


その光景は、大学というより一つの都市だった。


今回のイベント名は、


「東大阪ヒロイン・ものづくり未来祭」

――町工場から世界へ! 学生とヒロインの夢づくりステージ


そして案内看板の一番下には、大きな文字で、


Supported by 赤嶺製作所


と書かれていた。


問題は、誰もその理由を知らないことだった。



美月の進学理由は、家から自転車で通えるから


イベント当日の朝。


美月は自宅の玄関前で、愛用の自転車へまたがった。


母親から渡された弁当を前かごへ入れ、勢いよくペダルを踏む。


「行ってきまーす!」


後ろから父・真人が声をかけた。


「美月! 今日はホールでイベントやろ。もう少し服装を確認してから行かんでええんか?」


「大丈夫や! 大学に衣装置いとる!」


「台本は?」


「まどかが持っとる!」


「学生証は?」


美月の足が止まった。


数秒後、玄関へ戻ってくる。


「危なかったわ」


真人は腕を組んだ。


「大学生活にも、そろそろ計画性を持った方がええぞ」


「家から近いから、忘れても取りに帰れるねん」


「それを前提に生活するな」


そもそも美月がこの大学へ進学した理由は、非常に単純だった。


高校三年生の進路面談。


担任から志望理由を尋ねられた美月は、迷うことなく答えた。


「家から自転車で通えるからです」


歴史ある総合大学。


国内最大級の学生数。


充実した研究施設。


多彩な学部。


地域社会や企業との連携。


語れる魅力はいくらでもあった。


しかし美月が最も重視したのは、


定期代がかからない。


寝坊しても何とかなる。


昼休みに一度家へ帰ることも理論上は可能。


という三点だった。


真人は当時、娘へ尋ねた。


「ほかに大学で学びたいことはないんか?」


美月は胸を張った。


「入ってから考える!」


「順番が逆や」


だが結果的に、美月は大学でさまざまな人と出会い、戦隊ヒロインとしての活動を広げ、「トリオ・ザ・大阪」まで結成した。


進学理由は雑だったが、大学生活そのものは大いに充実している。


自転車で走ること約十五分。


美月は大学の正門へ到着した。


そこには、まどかと迫田ツインズが待っていた。


まどかが時計を見る。


「今日は余裕あったな」


「家から近いからな!」


澪香が笑う。


「美月、この大学を選んだ理由も、それだったよね」


「立地は大事やで!」


澄香が尋ねる。


「学びたい分野より?」


「通いやすさは、四年間毎日効いてくるんや!」


まどかが感心したように頷く。


「珍しく説得力あるように聞こえるけど、結局は自転車で来られるからやな」



大学というより、一つの町です


正門付近には、すでに多くの学生が行き交っていた。


イベントへ出演する月島小春、山田真央、江波のどか、谷口佳乃も次々と到着する。


東京から来た小春は、キャンパス内の人波を見て目を丸くした。


「学生、多すぎだろ! これ、大学じゃなくて一個の区じゃん!」


のどかも周囲を見回す。


「待ち合わせ場所を間違えたら、卒業するまで会えんのと違う?」


美月は得意げに胸を張る。


「これだけ人がおっても、うちはすぐ見つかるで!」


まどかが即答する。


「声で分かるからな」


佳乃も冷静に補足する。


「姿が確認できなくても、半径二百メートル以内におることは推測できます」


「うちを防災無線みたいに言うな!」


その横では、愛知県出身の山田真央が、到着するなり大学スタッフへ声をかけられていた。


「山田さん、展示コーナーの案内板が少し傾いていて……」


「分かった! 直しとくね!」


真央は工具箱を借りると、手際よく案内板の脚を調整する。


直後、別のスタッフから、


「受付用のタブレットが一台動かないんです」


と呼ばれる。


「再起動して、通信設定見ればたぶん直るよ!」


数分後には、迷っていた来場者をホールまで案内。


その帰りに、音響担当者から頼まれ、マイクテストまで手伝っていた。


美月が驚く。


「真央、今日出演者やろ。何で裏方の仕事、全部やっとるん?」


真央は明るく笑う。


「できることは、やっといた方が早いがね!」


小春が言う。


「真央姉さん、万能すぎ。逆に何ができねえの?」


真央は少し考えた。


「静かにしとること!」


のどかが即座に答える。


「それは見たら分かるよ」


真央は胸を張る。


「寝とる時なら静かだがね!」


澪香が首をかしげる。


「前に一緒に泊まった時、寝言を言ってなかった?」


澄香も思い出す。


「“味噌は赤に限る”って、かなり大きな声で言ってたよね」


真央は笑顔を崩さない。


「愛知県人として、寝とる時も主張は忘れんよ!」


美月が叫んだ。


「寝てる時くらい休め!」


真央が静かなのは寝ている時だけ。


その寝ている時すら、完全に静かとは限らなかった。



なぜか赤嶺製作所が筆頭協賛です


一行が大学ホールの前へ到着する。


正面には、立派な金属製の案内看板が設置されていた。


東大阪ヒロイン・ものづくり未来祭

Supported by 赤嶺製作所


美月は看板の前で足を止めた。


「何でやねん」


小春が尋ねる。


「朝一番の感想がそれ?」


美月は看板を指さす。


「何で、じいちゃんの工場がスポンサーになっとんねん!」


まどかも看板を見上げる。


「美月、知らんかったん?」


「初耳や!」


佳乃はイベント資料を開いた。


「赤嶺製作所は、確かに筆頭協賛企業として登録されています」


「誰が申し込んだん?」


「担当者欄は空白です」


「協賛金は?」


「正しく入金されています」


「じいちゃんは何て言うとる?」


「真人さんが勝手にやったんちゃうか、と」


「おとーちゃんは?」


「親父が会社印を押したんやろ、と」


美月は両手を広げた。


「二人とも、相手のせいにしとるやないか!」


協賛金は振り込まれている。


会社印も本物。


書類にも不備はない。


ただし、


誰が何のために協賛を決めたのか。


それだけが分からない。


しかも看板は異様に立派だった。


赤嶺製作所の技術で、金属板から精密に削り出されている。


佳乃は文字の表面を観察した。


「社名部分の加工精度が見事です。文字の深さも、ほぼ均一ですな」


美月は看板を叩いた。


「その技術を、協賛理由の説明へ使え!」



製品展示の半分が、美月の黒歴史です


ホールの入口横には、赤嶺製作所の製品展示コーナーまで用意されていた。


精密加工された小型部品。


特殊な接続金具。


産業機械へ使用される固定器具。


耐久性試験を重ねた試作品。


一見地味だが、さまざまな機械や設備を陰から支える重要な製品である。


清一が手掛けた加工品の中には、〇・〇一ミリ単位の精度を求められる物もあった。


ところが、展示台の中央には、明らかに製品ではない物が置かれていた。


大きなナット。


その横には説明札。


「美月が三歳の時、工場から持ち帰ろうとした大型ナット」


美月は絶叫した。


「何で、うちの黒歴史が展示されとんねん!」


小春が説明札を読む。


「“本人は宝物だと主張し、両手で抱えて自宅方向へ逃走”だって」


「逃走してへん! 見せに行こうとしただけや!」


のどかが尋ねる。


「誰に見せるつもりだったん?」


「家族や!」


「家族、だいたい工場におったんと違う?」


美月が黙る。


別の展示台には、薄い金属板が置かれていた。


「美月が小学二年の工作へ使用しようとして止められた完成部品」


まどかが札を読む。


「“職人が完成させた金属部品を画用紙へ貼り、自分の作品として提出する計画だった”」


「計画いうほど大げさちゃう!」


小春が笑う。


「職人技を自分の宿題として提出する気だったのかよ!」


のどかも続ける。


「小学生にして産地偽装じゃね」


さらに奥には、一枚の写真まで展示されている。


幼い美月が、工作機械の操作盤へ手を伸ばし、祖父・清一に後ろから抱き止められている写真だった。


説明文には、


「押したら何が起きるか知りたかったそうです。止めて正解でした」


と書かれている。


美月は頭を抱えた。


「町工場の製品展やなくて、うちの危険行動記録展になっとる!」


真央は展示品を一つずつ興味深そうに見ている。


「でも、このナット、ほんまに加工きれいだがね!」


「真央まで展示へ食いつくな!」


佳乃は真剣に頷いた。


「黒歴史はともかく、赤嶺製作所の加工技術を分かりやすく伝える展示にはなっています」


美月はナットを指さした。


「最新製品より、うちが抱えとる写真の方が目立っとるやないか!」



東大阪は、技術と人情の距離が近い町です


開演時刻。


満員の大学ホールへ、三好さつきが登場した。


落ち着いた笑顔。


明瞭な声。


九人の出演者の中で、最も静かに登場したにもかかわらず、自然と会場全体の視線を集める。


「皆さん、本日は『東大阪ヒロイン・ものづくり未来祭』へお越しいただき、ありがとうございます」


客席から大きな拍手。


さつきは、東大阪市の魅力を丁寧に紹介する。


大阪市に隣接し、鉄道や買い物の利便性にも恵まれた住宅都市。


一方で、住宅地や商店街の間には多くの町工場が点在している。


ねじ。


ばね。


金型。


精密部品。


金属加工。


表面処理。


小さな部品であっても、機械、乗り物、医療機器、産業設備など、さまざまな分野を陰から支えている。


「一つ一つの工場は決して大きくなくても、それぞれが高い専門技術を持っています。工場同士が力を合わせ、難しい依頼へ応えることも、この町の強みです」


美月が舞台袖から顔を出す。


「工具も貸すし、機械も貸すし、近所のおばちゃんは頼んでへんのに家庭情報まで共有してくれるで!」


まどかが美月を引き戻した。


「最後だけ、ものづくりと関係ない」


さつきは笑顔を崩さない。


「昔ながらの義理人情も、暮らしの中に深く根付いているのですね」


美月が感心する。


「何でも上品に着地させるな」



さつきの猛獣使いぶりは、もはや名人芸です


今回の出演者は、個性の強いヒロインばかりだった。


江戸っ子ギャルの月島小春。


広島市出身で、言うべきことは遠慮なく言う江波のどか。


何でも器用にこなし、寝ている時以外はほぼしゃべり続ける山田真央。


そして、放置すると一人でイベントの尺を使い切りかねない赤嶺美月。


さらに迫田ツインズが学生生活の話を始めれば、二人だけで華やかなガールズトークが完成する。


さつきにとっては、檻の開いた猛獣園を一人で案内するような出演者構成だった。


最初のトークテーマは、


「巨大総合大学の学生生活」


さつきが澪香へ話を振る。


「澪香さんのお気に入りの場所は、どちらですか?」


「吹き抜けのある図書スペースかな。窓が大きくて、授業の合間に静かに過ごせるの」


澄香が笑う。


「澪香、本を読まずに外を見ている時も多いけどね」


「澄香だって、学生向けカフェの限定デザートばかり確認してるでしょ」


「季節の情報収集だよ」


二人の華やかな会話に、客席の高校生たちも楽しそうに耳を傾ける。


そこへ美月が割り込む。


「うちのお薦めは、学食の大盛り無料の日と、売店の値引き開始時刻や!」


佳乃が尋ねる。


「大学で学んだことは?」


「値引きシールは、貼られてからが勝負や!」


まどかが頭を抱える。


「学生生活の紹介で、生活防衛の厳しさを教えるな」


さつきは笑顔でまとめた。


「学びだけでなく、毎日の暮らしを支える施設が充実していることも、大きな魅力ですね」


小春が感心する。


「今の話を、そんなきれいにまとめられる?」


続いて小春が、学生の多さへ触れる。


「昼休みの食堂、テーマパークの人気アトラクションみたいな列じゃん!」


さつきは頷く。


「国内最大級の学生数を誇る大学ならではの活気ですね」


のどかが割り込む。


「待ち合わせ相手を見失うたら、人の波に流されて別の学部へ行きそうじゃね」


「多くの分野を学ぶ学生が、一つのキャンパスで交流できる環境ともいえます」


真央が勢いよく手を挙げる。


「研究施設も立派だし、ホールの音響もええし、食堂の種類も多いし、売店も広いし、受付システムも使いやすいし、案内板の脚も直しやすかったがね!」


さつきは一度も慌てない。


「真央さんの幅広い観察力が、大学の多彩な魅力を伝えてくださいました」


小春がさつきを見る。


「さつき姉さん、完全に猛獣使いじゃん」


のどかも頷く。


「普通の司会者なら、最初の十分で逃げとるよ」


真央が明るく反論する。


「うちは猛獣じゃないよ! ようしゃべる万能型だがね!」


まどかが言う。


「その自己紹介が、すでにうるさいねん」


美月だけが納得していない。


「誰が一番危険な猛獣や!」


全員が美月を見る。


「何で黙るねん!」


さつきは静かに次の進行へ移った。


「それでは続いて、東大阪のものづくりについて考えてまいりましょう」


猛獣たちは、きれいに次の檻へ誘導された。



東大阪町工場・未来投資会議


後半。


「トリオ・ザ・大阪」の新作漫才が始まる。


演目は、


『〇・〇一ミリの技術と、十倍に間違える伝票』

――東大阪町工場・未来投資会議


舞台上には、小型の作業台。


部品箱。


巨大な設計図。


大型電卓。


そして背景には、


Supported by 赤嶺製作所


の金属看板。


美月は、東大阪の町工場を未来へ導く、


自称・ものづくり革命担当。


佳乃は予算と事業計画を審査する財務担当。


まどかは、町工場の現実と美月の妄想を調整する役である。


美月は大きな設計図を机へ広げた。


「東大阪の町工場を、全部未来型にするで!」


佳乃が尋ねる。


「具体的には?」


「まず、工場の屋根へロケット発射台を作る!」


「住宅地で打ち上げたらあきまへん」


「完成した部品は、全部ドローンで世界へ直送!」


「ねじ一本を海外まで飛ばしたら、送料の方が高うつきます」


「職人のおっちゃんは、全員銀色の未来服!」


まどかが即座に止める。


「夏は暑いし、油汚れも目立つ」


佳乃は設計図へ巨大な印を押した。


全件差し戻し


美月が叫ぶ。


「夢がない!」


佳乃は冷静だった。


「夢と無計画は別です」



〇・〇一ミリは守れても、伝票の桁は守れません


佳乃は赤嶺製作所の小さな部品を取り出した。


「町工場では、わずかな寸法の違いも見逃せません。〇・〇一ミリの誤差が、製品全体へ影響することもあります」


美月は胸を張る。


「うちも細かいことは得意やで!」


まどかが尋ねる。


「例えば?」


「たこ焼きの数」


「食べ物だけやん」


佳乃は、一枚の伝票を掲げた。


「こちらには、三千円を三万円と記入してあります」


美月は平然としている。


「桁が一個、未来へ進んだだけや!」


「町工場では、その一桁で製品が使い物にならなくなります」


まどかも呆れる。


「〇・〇一ミリに厳しい工場の孫が、伝票では一万円単位で雑やな」


美月は背景の看板を指さした。


「赤嶺製作所がスポンサーやぞ! 身内割引くらいあってもええやろ!」


佳乃は即答する。


「スポンサーの孫やからこそ、一円単位で厳しく審査します」


「地元開催やのに、ホームの利点ゼロやん!」


客席から大きな笑いが起こる。



町工場の職人を動画配信者にします


美月は町工場の後継者不足を解決するため、次の案を出した。


「職人のおっちゃんを、全員動画配信者にする!」


佳乃が尋ねる。


「何を配信しますのん?」


「朝から晩まで、ねじを削っとるところ!」


「映像に変化がありません」


「完成したねじを一本ずつ紹介する!」


美月は架空のカメラへ向かって手を振った。


「はい、今日の一本目が完成しましたー! 〇・〇一ミリ単位の職人技や! 登録と高評価、頼むでー!」


まどかが言う。


「職人より、ねじの方が主役になっとる」


佳乃も首を横へ振る。


「撮影へ気を取られ、生産効率が落ちる可能性があります」


「ほな、工場におる猫を映す!」


客席の学生から、


「猫は見たい!」


と声が飛ぶ。


美月は客席を指さした。


「需要あるやん!」


佳乃は冷静だった。


「猫だけ再生数が伸び、肝心の加工技術が見られへん未来が予測されます」


客席側の真央が声を上げる。


「ほんなら、猫が部品を紹介すればええがね!」


美月が振り返る。


「真央、万能型でも猫の司会までは無理や!」


「猫用の台本なら作れるよ!」


「ほんまに作りそうやから黙っといて!」


さつきは舞台袖で微笑みながら、進行時間だけを確認していた。



美月が赤嶺製作所を継ぐそうです


町工場の後継者不足が話題になる。


美月は胸を張った。


「最悪、うちが赤嶺製作所を継ぐ!」


会場が一瞬静かになる。


まどかが慎重に尋ねる。


「工作機械、使えるん?」


「ボタン押したことある!」


「何のボタン?」


「休憩室の電気」


佳乃は計画書へ線を引いた。


「事業承継候補から外します」


「判断が早いぞ!」


その時、客席から年配の男性の声が飛んだ。


「美月に継がせたら、三日で工場がイベント会場になる!」


美月が振り返る。


「じいちゃん、聞いとったんか!」


声の主は、赤嶺製作所を支えてきた祖父・赤嶺清一。


さらに、その隣から父・赤嶺真人も声を上げる。


「四日目には、作業台の横でたこ焼き焼いとるぞ!」


「おとーちゃんまで参加すな!」


真人は大手企業で管理職を務める、優秀な会社員だった。


部下への指示。


部署間の調整。


顧客への説明。


会議資料の作成。


人材育成。


どれを取っても高い能力を持つ。


そして会社の宴会になれば、自ら司会進行を務める生粋の宴会部長。


仕事のプレゼン力と、宴会で培った場持ちの良さ。


その両方を兼ね備えている。


美月は父の笑顔を見て、嫌な予感を覚えた。


「おとーちゃん、今日、何か企んどるやろ」


真人は爽やかに答える。


「何も企んでへん。資料を少し用意しただけや」


「それが一番怖いねん!」



町工場の技術を未来へ残すために


漫才の終盤。


佳乃は、町工場が直面する課題について語る。


人手不足。


後継者不足。


原材料価格の上昇。


高い技術があっても、価格競争の中で正当に評価されにくい問題。


「安う作ることだけが、町工場の役目やありません。高い技術には、正当な対価を支払わなあきまへん。働く人と工場が利益を残せへんかったら、技術を次の世代へ渡すこともできません」


美月も少し真面目な表情になる。


「古い工場でも、そこで作っとる部品は、世界のどこかで機械を動かしとる。名前は出えへんかもしれん。でも誰かの暮らしを支えとるんや」


まどかが続ける。


「大学の研究や学生の新しい発想と、町工場の職人技がつながったら、東大阪から今までにない物が生まれるかもしれんな」


客席から温かな拍手が起こる。


佳乃は最後に、美月の伝票を掲げた。


「ただし、三千円を三万円と書いた伝票は、町工場の未来と関係なく差し戻します」


美月が叫ぶ。


「東大阪の未来と一緒に、うちの伝票も救ってくれ!」


三人がそろって頭を下げる。


「どうも、ありがとうございました!」


大きな拍手と笑い。


「トリオ・ザ・大阪」の地元公演は、大成功だった。


少なくとも、この時点までは三人が主役だった。



赤嶺製作所、親子三代トーク


漫才終了後。


さつきが特別ゲストを紹介する。


「ここからは、東大阪のものづくりを支えてこられた方々に、お話を伺います。赤嶺製作所の赤嶺清一さん。そして、美月さんのお父様である赤嶺真人さんです」


清一は作業服姿。


真人はスーツに、少し目立つネクタイ。


清一は無骨な町工場の親方らしく、静かに頭を下げる。


対して真人は、登場した瞬間からホール全体を見渡し、笑顔で手を振った。


客席の反応を確認し、中央へ移動し、絶妙な位置で立ち止まる。


まだ一言もしゃべっていないのに、すでに場をつかんでいる。


まどかが小声で言う。


「お父さん、登場だけで慣れとるな」


澪香も頷く。


「立ち位置が完璧」


美月は父へ釘を刺す。


「おとーちゃん。今日は大学と町工場の真面目なイベントやで」


「分かっとる」


「うちの話はせんでええからな」


「それも重要な参考事例や」


「最初から嫌なこと言うな!」



清一が語る、名前の出ない仕事の誇り


最初にマイクを受け取った清一は、町工場の仕事について静かに語った。


小さな部品であっても、寸法が違えば機械全体が動かなくなる。


図面どおりに加工するだけでは足りない。


素材の癖。


工作機械の状態。


刃物の摩耗。


気温や湿度。


わずかな変化まで読み取って、求められた精度へ仕上げていく。


「うちらの工場の名前が、完成品へ出ることはほとんどない。せやけど、名前が出んでも、どっかで誰かの役に立っとる。それが町工場の仕事や」


ホールが静かになる。


学生たちは真剣に耳を傾けていた。


美月も、祖父の横顔を誇らしそうに見ている。


さつきが尋ねる。


「若い世代へ、特に伝えたいことはありますか?」


清一は少し考えた。


「最初から何でもできる人間なんかおらん。分からんことは聞いたらええ。失敗したら、何で失敗したか考える。人のせいにせず、次はどうするか考える。それができる人間なら、いくらでも伸びる」


大きな拍手。


美月も素直に手を叩く。


「じいちゃん、今日は格好ええやん」


「今日は、は余計や」


その隣で真人は、静かに資料ファイルを開いていた。


表紙には、


赤嶺美月・成長と失敗の記録


と書かれていた。


美月の拍手が止まる。


「おとーちゃん。それ何?」


真人は笑顔で答えた。


「若い人材育成に関する、実例資料や」


「今すぐ閉じて!」



事例研究・赤嶺美月


真人はマイクを受け取る。


「私は現在、某企業で管理職をしております。日頃は組織運営、人材育成、業務改善などを担当しています」


学生たちは真剣に聞き始める。


真人の声はよく通る。


話す速度も適切。


冒頭で話の目的を示し、聞き手の興味を引く。


まさにプレゼンの達人だった。


「本日は、“若い人材は失敗からどのように成長するのか”を、身近な事例を用いてご説明します」


背後の大型スクリーンへ、文字が映し出される。


事例:赤嶺美月


美月が叫んだ。


「うちを社内研修の題材にすな!」


真人は動じない。


「娘は幼い頃から、大変行動力のある子どもでした」


スクリーンへ、三歳の美月の写真が映る。


工場の床で、大きなナットを両手に抱えている。


「三歳の時、工場からこの大型ナットを持ち帰ろうとしました」


「持ち帰ろうとしてへん! 家族へ見せようとしただけや!」


真人は客席へ向き直る。


「自宅まで約三百メートルあります。どこまで見せに行くつもりだったのでしょうか」


会場が大笑いする。


真人は笑いが収まるまで、きちんと待つ。


そして次のスライドへ進む。


五歳:初めての品質検査


写真には、丸い部品を大きい順に並べる美月。


「五歳の美月は、工場の部品を大きい順に並べ、“検査完了”と報告しました」


美月が反論する。


「五歳児に寸法公差を求めるな!」


「本人は、“丸いから全部合格”と判定しました」


佳乃が真顔で言う。


「検査基準としては不適切ですな」


「けちのんまで研修へ参加すな!」


次のスライド。


小学二年:ものづくりへの関心


真人は説明を続ける。


「学校の工作を手伝ってほしいと言われ、私は助言だけするつもりでした」


美月が嫌な顔をする。


「その話、長くせんでええぞ」


「ところが娘は、祖父の工場から完成済みの金属部品を持ってきて、画用紙へ貼ろうとしました」


客席から笑い。


「めっちゃ精巧で格好よかったんや!」


「娘は、“これならクラスで一番になれる”と言いました」


小春が叫ぶ。


「職人の作品を、自分の工作として出すつもりだったのかよ!」


のどかも続ける。


「小学生にして産地偽装じゃね」


美月は両手で顔を覆った。


「おとーちゃん、やめて~な! 学校いかれなくなるやん!」


普段の美月なら、客席のヤジも仲間のツッコミも正面から受け止めて返す。


しかし父親が相手になると、まるで勝手が違う。


真人は、美月が反論すればするほど笑いが大きくなるよう、資料と話の順番を組み立てていた。


管理職のプレゼン技術。


宴会部長として培った間。


父親だけが知る娘の黒歴史。


三つが完全にかみ合っている。



父親としての体感では、声は半径八百メートルまで届きます


真人は次の資料へ進む。


「小学生の美月は、大変声の大きな子どもでした」


客席から小春の声。


「今もだろ!」


会場が笑う。


真人は小春を軽く指さした。


「ありがとうございます。非常に分かりやすい補足です」


小春は一瞬で真人のプレゼンへ組み込まれた。


「学校の運動会では、美月の応援だけが隣の小学校まで聞こえたそうです」


美月が叫ぶ。


「それは盛っとる!」


「隣の小学校から、“こちらの応援団へ指示を出している児童がいる”と問い合わせがありました」


「絶対うそや!」


スクリーンへ図が映る。


騒音到達推定範囲:半径八百メートル


佳乃が資料を見つめる。


「算定根拠は?」


真人は涼しい顔で答えた。


「父親としての体感です」


美月が叫ぶ。


「根拠ゼロやないか!」


まどかが笑う。


「でも、妙に説得力あるな」


次は中学生時代。


「娘は自宅で、鏡へ向かって自己紹介の練習をしていました」


美月の顔が赤くなる。


「それは言うたらあかん!」


真人は、娘の物まねを始めた。


片手を腰へ当て、もう片方を高く掲げる。


「東大阪が生んだ未来の大スター、赤嶺美月やで!」


会場が爆笑する。


本人より少し大げさ。


しかし声の調子と手の角度が妙に似ている。


美月は必死に否定する。


「そんな言い方してへん!」


真人は客席へ尋ねた。


「本人は否定していますが、皆さん、言いそうだと思いませんか?」


会場から大きな拍手。


「客席に多数決取るな!」


美月が何を言っても、真人が笑いへ変えてしまう。



大学を選んだ理由は、自転車で通えるから


真人のプレゼンは、いよいよ美月の大学進学へ移った。


スクリーンへ新しい見出しが映る。


高校三年:進路選択


美月は警戒する。


「そこは普通の話やろ」


真人は頷いた。


「担任の先生から、なぜこの大学へ進学したいのか尋ねられました」


ホールにいる学生たちも興味を示す。


この大学の魅力。


幅広い学問分野。


大規模な研究施設。


地域企業との連携。


美月が何を理由に選んだのか。


真人は少し間を置いた。


「娘は、こう答えました」


スクリーンへ、大きな文字。


家から自転車で通えるからです


会場が爆笑した。


美月は両手を広げる。


「大事やろ! 四年間毎日通うんやぞ!」


真人は冷静に続ける。


「大学案内には、多彩な学部、充実した研究環境、国内最大級の学生数と書かれていました」


「全部知っとる!」


「しかし娘の志望理由書には、“定期代がかからない”“寝坊しても間に合う”“忘れ物を取りに帰れる”と書かれていました」


「生活に密着した立派な理由や!」


まどかが突っ込む。


「大学への志望理由やなくて、物件探しの条件や」


澪香も笑う。


「大学の教育内容より、通学時間を重視したんだね」


澄香が続ける。


「しかも自転車で十五分」


真人は頷く。


「面接では、“大学で何を学びたいですか”と尋ねられました」


美月が止める。


「そこから先は言わんでええ!」


真人は続けた。


「娘は、“入ってから考えます”と答えました」


ホールが揺れるほどの笑い。


小春が叫ぶ。


「よく受かったな!」


のどかも続ける。


「大学側の懐が深かったんじゃね」


美月は必死に反論する。


「結果的に、ちゃんと学んどるやろ!」


真人はうなずいた。


「はい。進学理由は雑でしたが、入学後は多くの仲間と出会い、活動の幅を広げました」


美月は少しだけ安心する。


「やっと褒めた」


「ただし、今でも忘れ物を自転車で取りに帰っています」


「最後に落とすな!」



入学初日、地元の大学で迷子になります


真人は次のスライドへ進む。


大学一年:入学初日の適応力


「娘は地元の大学へ進学しましたが、入学初日にキャンパス内で迷子になりました」


会場から笑い。


美月が抗議する。


「建物が多いねん!」


「娘から、“おとーちゃん、今どこか分からへん”と電話が来ました」


真人はスマートフォンを耳へ当てる演技をする。


「私は、“周りに何がある?”と尋ねました」


一拍置く。


「娘は、“人がいっぱいおる”と答えました」


会場が爆笑する。


美月が叫ぶ。


「どこも人いっぱいやったんや!」


真人は話を続ける。


「私は建物名や看板を確認するよう伝えました。しかし電話は一度切れました」


「何で?」


「食堂から、いい匂いがしたからです」


「腹減っとったんや!」


スクリーンへ写真が映る。


学生食堂で、大盛りの丼を前に笑顔を浮かべる美月。


「二十分後、ようやく見つけた時には、食堂の列へ並んでいました」


まどかが言う。


「目的地は分からんのに、食堂だけは見つけたんやな」


真人はプレゼン風にまとめる。


「食欲が、娘を新しい環境へ適応させた好例です」


美月が叫ぶ。


「企業研修みたいにまとめるな!」



漫才練習で、近所が選挙と勘違いします


真人はトリオ結成後の話へ移る。


「娘が家で漫才の練習を始めた頃、近所のおばちゃんが訪ねてきました」


美月は顔を伏せた。


「その話もやめて」


「“赤嶺さんとこ、美月ちゃん選挙へ出るん?”と聞かれました」


ホールが再び爆笑に包まれる。


小春が叫ぶ。


「家の中で選挙演説レベルかよ!」


のどかも続ける。


「何票集めるつもりだったん?」


真人は美月の物まねをする。


「皆さん! たこ焼き二百八十円を、正当な活動経費として認めてください!」


佳乃が舞台脇から即答した。


「認めまへん」


美月が振り返る。


「ステージの外でも差し戻すな!」


真人は続ける。


「近所のおばちゃんには、“娘は選挙へ出るのではなく、領収書を通そうとしているだけです”と説明しました」


「その説明も恥ずかしいわ!」


真人は笑いが収まるのを待って、次の資料へ進む。


場持ちが、とにかく良い。



工場を手伝った時間より、休憩の方が長い


最後の事例。


高校時代:町工場での就業体験


真人が説明する。


「娘は高校生の頃、一度だけ、“赤嶺製作所を手伝う”と言いました」


美月が反論する。


「一度だけちゃう!」


「正確には、最後まで手伝ったのが一度です」


「細かい!」


スクリーンへ時間軸が表示される。


午前九時 作業着へ着替える

午前九時十分 工場内で記念撮影

午前九時十五分 休憩室でみかん

午前九時三十分 祖父へ仕事内容を質問

午前九時三十五分 難しいと判断

午前九時四十分 再び休憩

午前十時 帰宅


会場は大爆笑。


美月が叫んだ。


「作業した部分だけ、意図的に省いとるやろ!」


清一が横から言う。


「省くほどなかったぞ」


「じいちゃんまで!」


真人は結論のスライドを出した。


赤嶺美月から学ぶ人材育成

長所:行動力・発信力・失敗を恐れない

課題:計画性・声量・休憩時間


ホール全体が笑いと拍手に包まれる。


真人は、きれいに締めた。


「人には、それぞれ長所と課題があります。大切なのは、失敗を笑って終わらせず、次へ生かすことです」


美月は少しだけ頷く。


真人は続けた。


「ただし、家族の失敗は、イベントの笑いへ生かすこともできます」


「うち、許可してへん!」


真人は笑顔で頭を下げた。


「以上です。ご清聴ありがとうございました」


この日一番の拍手が起きた。



協賛理由は、結局分かりません


さつきは笑いが落ち着くのを待ち、最後の質問をする。


「ところで、今回はなぜ赤嶺製作所が筆頭協賛となったのでしょうか」


清一が真人を見る。


「お前が申し込んだんやろ」


真人は首を横へ振る。


「親父やろ。俺は“美月が大学でイベントするらしい”と言うただけや」


「わしは会社印を押した覚えないぞ」


「会社印は親父の管理やろ」


「お前が書類を用意したんちゃうか」


「俺は製品展示の説明資料を作っただけや」


美月が父を指さす。


「やっぱり、うちの黒歴史説明札は、おとーちゃんが作ったんやな!」


真人は笑顔のまま答えない。


佳乃は協賛書類を確認する。


「協賛金は正しく入金されています。会計上の問題はありません」


まどかが言う。


「金の出所は分かるけど、動機だけが分からへんのやな」


真央が元気よく手を挙げる。


「誰が申し込んだか分からんでも、イベントが成功したならええがね!」


のどかが笑う。


「万能型は、結論まで前向きじゃね」


真人は客席へ向かって言った。


「まあ、東大阪の未来と、娘の成長のためということにしておきましょう!」


清一も頷く。


「それでええ。細かいことは気にすな」


美月が叫んだ。


「一番気になるところを、勢いで終わらすな!」


結局、


Supported by 赤嶺製作所


となった理由は、最後まで完全な謎だった。



笑いの生産数第一位は、赤嶺真人


イベント終了後。


出演者たちは舞台袖へ戻った。


美月は腕を組み、明らかに不満そうだった。


「今日の主役、うちらやったはずやろ」


まどかが答える。


「一応な」


「何で最後、おとーちゃんが一番ウケとんねん!」


澪香は笑う。


「お父さん、間の取り方がすごく上手だったよね」


澄香も頷く。


「笑いが収まるまで待ってから、次の資料へ進んでた」


真央も興奮していた。


「資料も見やすかったし、話の順番も完璧だったがね! 管理職のプレゼン力と宴会芸の融合だよ!」


美月が真央を見る。


「褒めるな!」


小春が笑う。


「宴会部長、伊達じゃねえじゃん。トリオ三人を一人で倒したぞ」


のどかも続ける。


「真人さんを入れて、“カルテット・ザ・大阪”にしたらええんと違う?」


「親子漫才は絶対せえへん!」


佳乃が一枚の用紙を見る。


「参考までに、会場全体で大きな笑いが起きた回数を集計しました」


美月が警戒する。


「何で数えとんねん」


「トリオ・ザ・大阪が十八回です」


美月、まどか、佳乃は少しだけ胸を張る。


佳乃は続けた。


「真人さんが二十四回です」


美月が固まった。


「負けとる……」


まどかが肩を叩く。


「しかも、お父さんは一人や」


「人数で追い打ちかけるな!」


佳乃は真顔だった。


「一人当たりの笑い生産効率では、真人さんが圧倒的です」


「笑いを町工場の生産効率みたいに言うな!」


会場外では、真人が学生たちに囲まれていた。


「プレゼンで大切なのは、最初に結論を示すこと」


「資料へ文字を詰め込みすぎないこと」


「聞き手の反応を見て、話す速度を調整すること」


急に真面目なプレゼン講座が始まっている。


少し離れた場所では、清一が町工場へ関心を持った学生たちに、工場見学の日程を説明していた。


美月の幼少期の大型ナットには、学生たちが次々とカメラを向けている。


美月は父へ訴えた。


「あのナットだけでも片付けてくれへん?」


真人が答える。


「今回、一番写真を撮られた展示品やぞ」


「赤嶺製作所の最新製品より人気出すな!」



東大阪が作るのは、部品だけではありません


イベント終了後。


美月はホール入口の金属看板を見上げた。


Supported by 赤嶺製作所


誰が協賛を決めたのか。


なぜ製品展示へ美月の黒歴史が混ざっていたのか。


真人がいつから完成度の高い資料を準備していたのか。


何一つ明確にはならなかった。


それでも清一は、町工場の誇りを学生へ伝えた。


真人は笑いを交えながら、失敗から学ぶ大切さを伝えた。


学生たちは精密部品へ触れ、職人の技術へ興味を持った。


「トリオ・ザ・大阪」は、町工場の未来を漫才にして届けた。


大学と町工場。


学生と職人。


家族と仲間。


さまざまなものが、一つのホールでつながった。


まどかが看板を見上げる。


「理由は分からへんけど、協賛してよかったんちゃう?」


佳乃も頷く。


「費用に見合う成果は、十分にありました」


美月だけは納得していない。


「でも、一番笑い取ったん、おとーちゃんやぞ」


その時、真人が後ろから声をかけた。


「美月。次は親子でプレゼン漫才やるか?」


「絶対やらへん!」


清一も続く。


「工場の忘年会で試したらええ」


「じいちゃんまで乗るな!」


真央が元気よく手を挙げた。


「うち、司会でも音響でも小道具でも、何でも手伝うよ!」


「真央は万能ぶりを発揮せんでええ!」


小春が笑う。


「もう企画成立してんじゃん!」


のどかも頷く。


「次も美月が、父親に負ける回じゃね」


美月がホール全体へ響く声で叫んだ。


「誰がやるかー!」


さつきが最後まで落ち着いた声でまとめる。


「次回の開催予定は、現在のところございません」


まどかが笑う。


「猛獣使いが、企画ごと差し戻した」


全員の笑い声が、大学ホールへ響き渡った。


東大阪の町工場が作るのは、部品だけではない。

技術、人の縁、家族の思い出、そして身内にしか生み出せない笑いも、この町の立派な製品だった。


ただし、この日の笑い生産数第一位は、赤嶺真人。


「トリオ・ザ・大阪」は地元東大阪で、実の父親一人を相手に、まさかの完敗を喫した。


帰宅するため、美月は大学の駐輪場へ向かう。


真人が声をかける。


「美月、車で帰るか?」


「自転車で帰る!」


「何で意地張るんや」


「家から自転車で通えるから、この大学へ入ったんや! 最後まで自転車で帰ったる!」


まどかが笑う。


「そこだけは、進学当初から一貫しとるな」


真人は娘の背中へ声をかけた。


「美月!」


美月が振り返る。


「何や!」


真人は親指を立てた。


「笑いも仕事も、事前準備が八割や!」


美月は自転車へまたがりながら叫んだ。


「最後まで管理職みたいにまとめるな!」


勢いよく踏み込んだ自転車が、東大阪の夕暮れへ走り出す。


その後ろから、真人、清一、仲間たちの笑い声が追いかけてきた。

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