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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1142/1168

主催者発表三千人、経理発表六百四十七人!? ――難波ヒロイン・笑いのグランドスラムフェスタ! 球場の記憶と“水増し伝票”の満塁大騒動

森ノ宮の古い球場跡で初舞台を成功させた漫才トリオ「トリオ・ザ・大阪」は、今や大阪市民の間でちょっとした人気者になっていた。


河内のスピーカー・赤嶺美月。


和泉の貯金箱・谷口佳乃。


浪速のバランサー・坂井まどか。


美月が無茶苦茶な経費申請を出し、佳乃が一円単位で容赦なく差し戻し、まどかが二人の間へ入って話を整える。


たったそれだけの構図である。


しかし、たったそれだけのことを、三人は毎回全力でやった。


美月は自分が正しいと信じている。


佳乃も自分が正しいと確信している。


実際、たいていの場合は佳乃の方が正しい。


それでも美月は一歩も引かない。


その二人を相手にするまどかだけが、毎回少しずつ疲れていった。


森ノ宮公演の後、ヒロ室には再演を求める声が相次いだ。


「けちのんの巨大差し戻し印を、もう一回見たい」


「美月はまだ経費でたこ焼き食べようとしとるんか」


「まどかちゃんに休暇を与えたってほしい」


最後の一件だけ、漫才の感想ではなく労務相談だった。


第二回公演の舞台として選ばれたのは、大阪・難波。


駅直結の巨大な都市型複合商業施設で開催される、


「難波ヒロイン・笑いのグランドスラムフェスタ」

――球場の記憶から未来へ! トークと漫才の満塁ステージ


である。



昔は「昭和の大阪城」、末期は駅前の巨大空き家


イベント前日。


出演者たちは、会場となる商業施設を下見していた。


建物は段々状に上へ伸び、各階には緑豊かなテラスがある。


吹き抜けには光が入り、上層階へ進めば、繁華街のど真ん中とは思えない空と風が広がっていた。


買い物。


食事。


映画。


イベント。


庭園散策。


駅からほとんど外へ出ず、一日を過ごすことができる。


岸和田在住の大西結月は、建物を見上げて言った。


「緑色の電車一本で来られますので、非常に便利です」


美月が横から口を挟む。


「難波へ出たら、だいたい何でもそろうからな。服、飯、映画、パフェ、経費で落とせそうな物――」


佳乃が遮った。


「最後だけ余計です」


この華やかな商業施設が建つ前、同じ場所には巨大な野球場があった。


戦後間もない時代に完成した鉄筋コンクリート造りの球場。


繁華街の中心に巨大なスタンドがそびえ立つ姿から、


「昭和の大阪城」


とまで呼ばれた。


ただし、城にも老朽化は訪れる。


長い年月を経た末期には、通路は薄暗く、設備は古び、座席は狭くなった。


駅の外には何万人もの人がいる。


すぐ近くでは買い物客が行き交っている。


なのに、球場の中だけは観客が少ない。


あまりに静かな日には、外野手がくしゃみをしたら内野席まで聞こえそうなほどだったという。


美月は旧球場の写真を見ながら言った。


「駅直結みたいなもんやのに、客入らへんかったんやろ。逆に才能あるで」


佳乃が眉を寄せる。


「何の才能ですのん」


「人がいっぱいおる場所で、見事に人を集めへん才能や」


「過去の営業努力を、小馬鹿にせんといてください」


まどかが写真をのぞく。


「完成当初は昭和の大阪城。末期は駅前の巨大空き家か」


「家賃は高そうやけどな」


美月が言う。


球場閉鎖後、そのグラウンドは一時的に住宅展示場として使われた。


かつて投手が投げた場所の近くにモデルハウス。


外野席の前に庭付き一戸建て。


本塁打が飛んだ空間に、夢のマイホームが並ぶ。


美月は感心した。


「野球場の次が住宅展示場って、土地の人生、波瀾万丈すぎるやろ」


まどかも頷く。


「昭和の大阪城から、駅前一等地の建売住宅街やもんな」


佳乃は案内資料を確認する。


「土地を遊ばせず、有効活用した点は評価できます」


美月が笑う。


「けちのん、土地の過去まで財務査定しとる」


現在は、球場の記憶を残しながら、緑とにぎわいのある商業施設へ生まれ変わっている。


美月は建物を見上げ、腕を組んだ。


「昔は本塁打、次はモデルハウス、今は買い物袋。ここ、飛び交う物が忙しすぎるで」


佳乃は真顔で言った。


「買い物袋は飛ばしたらあきまへん」



出演者は十人、うち三人はすでにうるさい


今回の出演者は十人。


学生キャスターとしてMCを務める三好さつき。


広島市出身の江波のどか。


元競輪選手の大西結月。


神奈川代表の水無瀬澪。


札幌出身の高城彩芽。


迫田ツインズこと、迫田澪香と迫田澄香。


そして、「トリオ・ザ・大阪」の美月、佳乃、まどか。


第一部は、施設の印象や旧球場の歴史を語るトークショー。


第二部は、「トリオ・ザ・大阪」による新作コント漫才。


終了後は、まどかの実家「てっぱん坂井」で打ち上げ兼反省会が予定されている。


前回の森ノ宮公演では、綾乃と彩香から容赦のないダメ出しを受けた。


しかし今回は二人とも参加しない。


控室で美月は、安心しきった顔で言った。


「今日は反省会も平和やな」


まどかが尋ねる。


「何を根拠に?」


「綾乃も彩香もおらん」


佳乃が書類から目を上げた。


「反省点がないとは限りまへんで」


「けちのんは出演者側や。今日は人のダメ出しする立場ちゃう」


その時、部屋の隅で、のどかが分厚いノートへ何かを書き込んでいた。


美月は気づかなかった。


まどかは気づいた。


しかし、怖くて何も言わなかった。



難波のおっちゃんは開演前から参加します


イベント当日。


駅から次々と買い物客が流れ込み、ステージ前には家族連れ、若者、地元のおばちゃん、そして暇そうなおっちゃんたちが集まった。


森ノ宮公演を見た観客も来ている。


開演前だというのに、すでに声が飛んでいた。


「けちのん! 一円玉持ってきたぞ!」


舞台袖の佳乃が返す。


「募金箱は別の場所にあります」


「家計相談してくれ!」


「個人相談は予約制です」


美月が驚く。


「予約したらやるんかい!」


別のおっちゃんが叫ぶ。


「美月! 今日は領収書ちゃんと書いたんか!」


「今日はまだ一枚も出してへん!」


「今のうちに書いとけ!」


「何の領収書やねん!」


さらに別方向から、


「まどかちゃん、無理やったら途中で帰ってええぞ!」


まどかが客席を見る。


「何でうちだけ避難勧告出されとるん?」


美月は胸を張った。


「人気者は開演前から忙しいな」


佳乃が首を横へ振る。


「問題行動が周知された結果です」


「同じようなもんや!」


開会時刻。


さつきがステージへ現れる。


清楚な衣装。


穏やかな笑顔。


聞き取りやすく、よく通る声。


「皆さん、お待たせいたしました。ただいまより、『難波ヒロイン・笑いのグランドスラムフェスタ』を開会いたします」


ざわついていた会場が、一瞬で整う。


おっちゃんが叫んだ。


「さつきちゃん、今日も上品やな!」


さつきは笑顔で返す。


「ありがとうございます。本日も最後まで上品に進行できるよう、努めてまいります」


舞台袖から美月の声。


「最後、うちらやぞ!」


さつきは表情を変えない。


「最後の演目では、上品さとは異なる大阪の魅力をお楽しみください」


会場から笑い。


美月がまどかを見る。


「今、遠回しに下品言われた?」


「だいぶ丁寧に言われたな」



結月にとって試着室は予選会場です


トークショー最初の話題は、


「皆さんにとって、この施設はどのような場所ですか?」


さつきは、まず結月へ尋ねた。


「結月さんは、よくこちらへ来られるそうですね」


「はい。岸和田から緑色の電車一本で来られますので、衣類や競技用品を買う時に利用します」


「お気に入りのお店はありますか?」


「運動しやすい衣類を扱う店です。ただし、私は太腿に合うボトムスが限られています」


元競輪選手の結月は、上半身は細身だが、太腿がたくましい。


腰に合わせると太腿が入らない。


太腿に合わせると、腰回りが余る。


「平均して四店舗ほど回ります」


澪香が笑う。


「数字を付けると、急に競技みたいになるね」


結月は真顔だった。


「太腿まで通過した瞬間が一次予選突破です」


会場から笑い。


おっちゃんが叫ぶ。


「無理に履いたら、びりっといくで!」


結月は冷静に返す。


「試着品を破損させないよう、慎重に履いています」


「破ったら買い取りやぞ!」


「承知しています」


美月が舞台袖から叫ぶ。


「破れたら衣装補修費で出したらええ!」


佳乃の声が飛ぶ。


「体形に合わん商品を無理に選んだ場合は、自腹です!」


おっちゃんが叫ぶ。


「けちのん、出番前から働くな!」


佳乃は姿を見せないまま答える。


「不適切な助言を放置できまへん!」


まどかが呟いた。


「経理担当が副音声みたいになっとる」



迫田ツインズはパフェと雑貨で別行動


続いて迫田ツインズ。


澪香のお気に入りは、上層階の庭園を見渡せるスイーツ店「空庭フルーツラウンジ」。


「今の季節なら、桃と紅茶のパフェがお薦め。上の桃だけじゃなくて、下の紅茶ゼリーまでちゃんとおいしいの」


のどかが身を乗り出す。


「あとで店の場所、教えて」


「もちろん」


澄香のお気に入りは、吹き抜け沿いの雑貨店「キャニオン小径セレクト」。


「アクセサリーや香り物、革小物、文具もあるから、見ているだけでも楽しいの」


澪香が横から言う。


「見ているだけって言いながら、毎回何か買って帰るけどね」


「澪香もパフェの写真を十五分くらい撮ってるでしょ」


「光が大事なの」


「その間にアイスが溶けるよ」


客席のおっちゃんが叫ぶ。


「双子やったらパフェ一個を半分こしたら安いやろ!」


澪香は笑顔で返す。


「食べたい味が違うので、一人一個です」


「双子の利点ないやないか!」


澄香が笑う。


「服を貸し借りできます」


「パフェも貸し借りせえ!」


美月が舞台袖から叫んだ。


「食べかけ貸された方が困るやろ!」


佳乃も加わる。


「個人の飲食ですから、割り勘でも経費にはなりまへん!」


美月が止める。


「誰も申請してへん!」


さつきは笑顔でまとめた。


「双子でも、好みや楽しみ方はそれぞれ異なるのですね」


おっちゃんが言う。


「さつきちゃん、きれいにまとめたな!」


「ありがとうございます」


「佳乃の発言は要らんかったぞ!」


佳乃が舞台袖から答える。


「必要な注意喚起です!」



広島にとって特別な場所ですが、のどかはパフェを優先します


さつきは、のどかへ話を振った。


「のどかさんにとって、こちらの旧球場跡は特別な場所でしょうか」


のどかは少しだけ姿勢を正す。


「広島の野球ファンにとっては、ある意味で特別な場所じゃね」


昭和の終わりに近い時代。


広島の球団が、初めて日本一へ王手をかけて迎えた最終決戦。


九回裏。


わずかな点差。


無死満塁。


一打出れば、全てがひっくり返る。


その絶体絶命の場面で、孤高のリリーフエースが投げ続けた。


打者。


走者。


守備陣。


ベンチ。


そして、球場を埋めた観客。


全ての思惑が、一球ごとに交錯する。


最後まで投げ抜いた二十一球は、今なお日本シリーズ史上に残る大勝負として語り継がれている。


その試合で、広島の球団は初の日本一になった。


さつきは感心する。


「広島市民であるのどかさんにとっても、深い思い入れがあるのですね」


のどかは少し考えた。


「うちが生まれる、だいぶ前の話じゃけえね」


「はい」


「映像は見たことあるけど、正直よう分からん」


「そうなのですか?」


「二十一球いうても、途中で何球目か分からんようになった」


さつきが少し困る。


のどかは、そのまま澪香を見る。


「それより澪香。さっきの桃と紅茶のパフェ、あとで連れてって」


「いいよ」


真剣な歴史談義から、わずか三秒でおやつの相談へ変わった。


さつきが苦笑する。


「歴史的な大勝負から、スイーツへの切り替えが非常に速いですね」


のどかは胸を張る。


「過去の栄光も大事じゃけど、今日のおやつも大事じゃろ」


客席のおっちゃんが叫ぶ。


「広島の人間やったら、最後まで野球の話せえ!」


のどかは客席を指さす。


「おじさんは今日、野球を見に来たん? ヒロインを見に来たん?」


「ヒロインや!」


「ほいじゃ、うちの勝ちじゃ」


会場から拍手と笑い。


おっちゃんも、


「うまいこと言いよる!」


と笑いながら手を叩いていた。



旧球場の中に家が建っていたらしいです。知らんけど


続いて澪。


「澪さんは、旧球場に関するトリビアをご存じですか?」


さつきが尋ねる。


澪は淡々と答えた。


「今の商業施設ができる前、しばらく住宅展示場として使われていたらしいよ」


出演者たちが一斉に反応する。


「球場の中に家が建ってたの?」


「外野にモデルハウス?」


「マウンドの横に台所?」


結月が真剣に尋ねる。


「本塁から玄関まで、何メートルだったのでしょうか」


彩芽も続ける。


「本塁打がモデルハウスに当たったら、住宅補修費?」


舞台袖の佳乃が叫ぶ。


「展示期間中に野球はしてまへん!」


澄香が澪へ尋ねた。


「澪、何でそんなこと知ってるの?」


澪は表情を変えない。


「この小説の作者が言ってたよ。知らんけど」


一瞬の沈黙。


全員が、


「ふーん」


とだけ答えた。


さつきも深掘りしない。


「それでは、次の話題へ参りましょう」


客席のおっちゃんが叫ぶ。


「作者、責任持って最後まで説明せえ!」


美月が舞台袖から返す。


「作者は出てけえへん! 川崎で原稿書いて逃げとる!」


まどかが美月を止める。


「作者まで客席のヤジへ巻き込まんといて!」


別のおっちゃんが叫ぶ。


「川崎まで呼びに行け!」


美月が返す。


「交通費誰が出すねん!」


佳乃が即答する。


「業務上の必要性が認められまへん!」


まどかは頭を抱えた。


「存在せえへん作者の交通費精算まで始まった」



彩芽は写真だけで三本塁打


札幌出身の彩芽は、施設の縦に伸びる構造へ感心していた。


「北海道の大きなショッピングセンターは、土地があるから横に広いところが多いべさ。ここは上へ上へ行って、最後に庭があるのが面白いね」


さつきが尋ねる。


「彩芽ちゃん、お気に入りの場所は見つかった?」


「上の庭。あと、昔の球場の記憶が残ってる場所だべさ」


意外と知的な回答。


全員が感心する。


ところが彩芽は続けた。


「昔の本塁があった辺りで写真撮ったら、本塁打一本打ったことになる?」


結月が即座に訂正する。


「立って写真を撮っただけでは、記録されません」


「じゃあ、記念本塁打」


「記録制度を勝手に作らないでください」


客席のおっちゃんが叫んだ。


「姉ちゃんやったら、主催者発表で三本にしといたる!」


彩芽は目を輝かせる。


「三本も打った!」


「一球も打っていません」


結月は厳しかった。


美月が舞台袖から叫ぶ。


「ええねん! 昔の球場は数字を盛ってなんぼや!」


佳乃の声が響く。


「よくありません!」


さつきは、後半の不穏な伏線を感じながらも、笑顔を保った。



ここまでは上品でした


トークショーの最後。


さつきは全員の話を丁寧にまとめた。


「買い物を楽しむ方。スイーツや食事を楽しむ方。屋上の自然を楽しむ方。そして、かつての球場の歴史へ思いを寄せる方。同じ場所でも、訪れる人によって異なる魅力があるのですね」


昔は野球場。


次は住宅展示場。


今は都市のにぎわいと緑を備えた商業施設。


土地の役割は変わっても、人が集まり、新しい思い出を作ることは変わらない。


「それでは次に、この場所の球場時代を題材にした特別演目をお楽しみください」


客席のおっちゃんが叫ぶ。


「さつきちゃん、ここまでは完璧や!」


「ありがとうございます」


「この後が心配や!」


舞台袖から美月の声。


「誰が不安要素や!」


まどかがため息をつく。


「まだ出てへんのに、先に評価されとる」


佳乃は巨大差し戻し印を確認した。


「不安要素ではなく、予定された演目です」


「その言い方が一番不安やねん」



主催者発表三千人、実数六百四十七人


さつきが紹介する。


「森ノ宮での初舞台を成功させた、大阪三地域合同コント漫才ユニットです」


客席から歓声。


「美月ー!」


「けちのん、今日も差し戻せ!」


「まどか、無理やったら途中で帰れ!」


まどかが呟く。


「客席から退職勧奨されとる」


「河内のスピーカー、赤嶺美月さん。和泉の貯金箱、谷口佳乃さん。浪速のバランサー、坂井まどかさん。トリオ・ザ・大阪の皆さんです!」


三人が登場。


今回の演目は、


『難波ヒロイン・水増し出張精算窓口』


美月は、いきなり客席を見回して宣言した。


「本日の来場者、主催者発表三千人!」


まどかが周囲を見る。


「どう見ても、そこまで入ってへんで」


佳乃は手持ちカウンターを確認した。


「現時点で六百四十七人です」


美月が驚く。


「ほんまに数えとったんか!」


「数字は正確に把握せなあきまへん」


客席のおっちゃんが叫ぶ。


「便所行って戻った人、二回数えてへんか!」


佳乃は即答した。


「同一人物の再入場は除外しています」


「顔、全部覚えとるんか!」


「入口担当者がカウントしています」


美月が叫ぶ。


「客のヤジへ本気の運営説明すな!」


別のおっちゃん。


「わし、一回帰って、また来たぞ!」


佳乃が受付担当へ目を向ける。


「再入場の扱いを確認してください」


まどかが佳乃の肩を引っ張る。


「今、漫才中や!」


美月は得意げに続ける。


「昔ここにあった球場では、客が三百人くらいしかおらんのに、主催者発表は三千人にしてたいう伝説があるんや!」


客席から声。


「わし、その三百人の一人や!」


美月が即座に指さす。


「生き証人おった!」


おっちゃんが続ける。


「三百人もおらんかった日あるぞ!」


「さらに減らすな!」


「売店のおばちゃんと警備員と選手まで入れて三百人や!」


佳乃が止める。


「根拠のない人数を勝手に増減させんといてください!」


別のおっちゃんが叫ぶ。


「審判も入れたれ!」


美月が返す。


「もう球場におった全員数えとるやないか!」


「鳩も入れたれ!」


「人間ですらない!」


まどかがまとめる。


「主催者発表いうより、球場内生物総数やな」


会場は大爆笑。



桁が一個、迷子になっただけです


美月は巨大伝票を掲げた。


「昔の球場が三百人を三千人にしてたんや。ほな、うちが三千円を三万円と書き間違えるくらい、ええやろ!」


佳乃が巨大差し戻し印を持ち上げる。


「それはあきまへん!」


「何でや!」


「昭和の緩い球場運営と、戦隊ヒロインプロジェクトを一緒にせんといてください!」


まどかが叫ぶ。


「昔の球場へ四十年越しの監査入れるな!」


客席のおっちゃんが声を飛ばす。


「美月! 三千円と三万円は、書き間違いやなくて詐欺や!」


美月は即座に返す。


「おっちゃん、言葉きついぞ! 桁が一個、迷子になっただけや!」


佳乃が冷静に言う。


「桁に迷子はありません」


別のおっちゃん。


「三万円も何に使ったんや!」


美月は胸を張る。


「難波の街を調査した!」


「具体的には!」


「服見て、たこ焼き食べて、パフェ食べた!」


「ただの休日や!」


美月はおっちゃんを指さした。


「おっちゃんも今日、買い物して飯食って帰るんやろ!」


「わしは自腹や!」


美月が一歩下がる。


「強い!」


佳乃は満足そうに頷く。


「模範的な消費者です」


別方向から、


「美月、諦めて働け!」


というヤジ。


美月が怒る。


「働いとるから経費が出るんや!」


「領収書出せ!」


「出したら、けちのんが返してくるんや!」


佳乃が言う。


「不備があるからです」


おっちゃんが叫ぶ。


「ほな、ちゃんと書け!」


美月は客席へ頭を下げた。


「今日は敵が多い!」


まどかが言う。


「敵やない。全員正論や」


ヤジを飛ばしたおっちゃんたちは、誰よりも楽しそうに笑っていた。



堺の女は仕事キッチリ


佳乃は、美月の巨大伝票を返した。


「一円単位で、きっちり書き直してください」


「一円くらい、ええやろ!」


佳乃は眼鏡を直す。


「堺の女は、仕事キッチリがモットーです」


突然、どこか懐かしい引っ越し業者の広告を思わせる軽快な節で歌い始めた。


「きっちり、きっちり、一円単位で、仕事はきっちり♪」


指で一円玉の形を作る。


「領収書も日付も、堺の女は仕事キッチリや~♪」


最後に巨大電卓を掲げた。


客席から手拍子。


美月が叫ぶ。


「何や、その歌!」


佳乃は涼しい顔。


「経理啓発ソングです」


まどかが止める。


「引っ越しするんちゃうで! 旅費精算やで!」


客席のおっちゃんが叫ぶ。


「姉ちゃん、二番あるんか!」


佳乃は待ってましたとばかりに息を吸う。


「見積もり、相見積もり、三社取ったら――」


美月が巨大伝票で佳乃の口を塞いだ。


「二番は長い!」


おっちゃんが叫ぶ。


「最後まで歌わせたれ!」


美月が客席へ向く。


「おっちゃんが責任持って、相見積もりの歌を最後まで聞くんか!」


「聞かん!」


「ほな言うな!」


別のおっちゃん。


「三番だけ聞かせろ!」


「二番飛ばして三番行く歌がどこにあんねん!」


佳乃は伝票を顔から外す。


「経理教育への理解が足りまへんな」


まどかが言う。


「休日の買い物客に、相見積もりを学ぶ覚悟はないねん」



緑色なら全部グリーン料金です


美月が新しい申請書を出す。


「岸和田から難波まで、緑色の電車で来ました。せやからグリーン料金や!」


佳乃は一秒で却下。


「車体が緑色なだけです。上級座席ではありません」


「グリーンの電車やぞ!」


「色と座席等級を一緒にせんといてください」


まどかが尋ねる。


「その理屈やったら、赤い電車は何料金?」


美月は即答する。


「情熱料金!」


「黄色は?」


「注意料金!」


「青は?」


「冷静料金!」


「白は?」


「何にでも合う!」


「靴下のネタ混ぜるな!」


佳乃が巨大印を押す。


「普通運賃」


客席のおっちゃんが叫んだ。


「緑の電車、古いから割引せえ!」


佳乃が振り返る。


「古くても定刻に走り、南大阪の皆さんを毎日運んでおります。適正な運賃です」


美月が笑う。


「けちのん、急に電車をかばうやん!」


佳乃の父は、その緑色の電車を走らせる私鉄のベテラン車掌だった。


別のおっちゃんが叫ぶ。


「たまに新しいのも走っとるぞ!」


佳乃は胸を張る。


「新旧そろって南大阪を支えております」


まどかが止める。


「急に鉄道会社の広報ステージになった!」


おっちゃんが続ける。


「昔の車両、椅子へたりすぎや!」


佳乃は反論する。


「長年、多くのお客様を支えてきた証拠です!」


美月が客席を見る。


「けちのんの実家の家電も、だいたい同じ理屈や!」



モデルハウスへ泊まればホテル代ゼロ


美月は、旧球場跡が住宅展示場だった話を持ち出す。


「昔ここにモデルハウスが並んどったんやろ」


「そうらしいですね」


「ほな、出張の時にモデルハウスで寝たら、ホテル代浮くやん!」


佳乃は即答した。


「展示住宅へ勝手に泊まったら不法侵入です」


「経費削減や!」


「逮捕されたら、もっと高うつきます」


まどかが突っ込む。


「節約するために前科付けるな!」


客席のおっちゃんが叫んだ。


「美月やったら庭の犬小屋で十分や!」


美月が指さす。


「誰が犬や!」


「うるさい番犬や!」


「おっちゃん、あとで覚えとけよ!」


まどかが慌てる。


「客へ復讐予告すな!」


佳乃は真顔で言った。


「犬小屋であっても、所有者の許可が必要です」


美月が叫ぶ。


「けちのん、そこ真面目に答える場面ちゃう!」


別のおっちゃん。


「犬小屋なら宿泊費、半額でええやろ!」


佳乃が答える。


「認められまへん」


「けちやな!」


「不法宿泊を経費で認める組織が、どこにありますのん!」


おっちゃんが笑いながら拍手する。


「けちのん、正しいぞ!」


美月が叫ぶ。


「最初から分かっとったやろ!」



人気ヒロイン、庭とパフェと映画館に敗れる


美月は胸を張った。


「今日の客は、全員うちを見に来たんや!」


佳乃はアンケートの途中集計を取り出す。


「美月さん目当てと回答した方は、百二十一人です」


「何で、もう集計済みやねん!」


「屋上庭園目当てが二百八十四人」


美月の表情が止まる。


「庭に負けたんか……」


まどかが肩を叩く。


「庭は静かで、年中使えるからな」


「うちも入場無料や!」


佳乃が続ける。


「澪香さんお薦めの季節のパフェ目当てが百三十八人」


美月が膝をつく。


「パフェにも負けた……」


客席から、のどかが叫ぶ。


「パフェはおいしいけえ、仕方ないじゃろ!」


おっちゃんも加わる。


「美月、パフェにツインテール刺して出てこい!」


美月が立ち上がる。


「新メニューみたいに言うな!」


別のおっちゃん。


「上にたわしも乗せとけ!」


「森ノ宮のネタまで持ってくるな!」


佳乃は集計表をさらに見る。


「美月さんは、庭、パフェ、映画館、買い物の順で負けています」


「もう発表すな!」


「ただし、トイレ休憩目当てよりは上です」


「比較対象、最悪や!」


まどかが慰める。


「主催者発表では三千人が美月目当ていうことにしとこか」


佳乃が即座に否定する。


「虚偽報告は認められまへん」



数字に残らない思い出もあります


コントの終盤。


美月は少しだけ真面目な表情になった。


「昔の球場は、客が少ない日もあったかもしれん」


客席が静かになる。


「それでも最後まで応援した人がおった。ヤジ飛ばして、怒って、笑って、負けてもまた来た。せやから球場がなくなっても、今でも話が残っとるんやろ」


まどかも続ける。


「今は野球場やない。でも買い物したり、ご飯食べたり、昔の話をしたりして、ここでまた新しい思い出が増えていく」


佳乃が眼鏡を直す。


「数字は、正しゅう残さなあきまへん」


一拍置く。


「けど、数字だけでは残らん記憶もあります。今日ここで何人笑うたかという数字以上に、一人ひとりが楽しかったと思えることが大事な場合もあります」


客席から温かな拍手。


美月が佳乃を見る。


「けちのん、ええこと言うやん」


佳乃は巨大差し戻し印を持ち上げた。


どん。


「ただし伝票の水増しは不可」


「最後に現実へ戻すな!」


まどかが両手を広げる。


「球場の思い出も、伝票の数字も、正しく未来へ残しましょう!」


三人が頭を下げる。


「どうも、ありがとうございました!」


大きな拍手と歓声。


「美月ー!」


「けちのん、二番歌え!」


「まどか、次も頑張れ!」


「おっちゃんらも、よう頑張った!」


美月が顔を上げる。


「誰が出演者か分からんようになっとるやないか!」


難波での第二戦も、大成功だった。



「てっぱん坂井」の女将は財務官僚より強い


イベント終了後。


出演者十人は、まどかの実家「てっぱん坂井」へ移動した。


大きな鉄板を囲み、お好み焼き、焼きそば、豚平焼きを食べながら打ち上げを始める。


まどかの母が、鉄板の向こうから全員を迎えた。


「今日はお疲れさん。遠慮せんと食べや」


美月が席へ着く。


「おばちゃん、豚平焼き大きめで頼む!」


「美月ちゃんは、しゃべる前に食べ」


「何でや?」


「口に物入っとったら、少し静かになるやろ」


「初手から扱い雑やな!」


「森ノ宮から全部見とる。今さら丁寧に扱う必要ないわ」


佳乃が頭を下げる。


「本日は、お店を使わせていただき、ありがとうございます」


「佳乃ちゃん、あとで領収書の但し書き確認するんやろ」


「正式な反省会ですさかい」


「先に食べ。ソース冷めるで」


佳乃は一瞬で黙り、箸を持った。


美月が感心する。


「けちのんを一言で止めた!」


まどかの母は強かった。



のどかの二十一項目


美月は上機嫌だった。


「森ノ宮に続いて難波も取った! 大阪二連勝や!」


佳乃も頷く。


「客席反応は前回を上回りました」


まどかも満足そうだった。


「今回はヤジに振り回されるだけやなくて、三人でも返せたな」


そこへ、のどかが分厚いノートを取り出した。


美月の箸が止まる。


「何、そのノート」


「今日、気になったところを書いといた」


「三つくらいで頼むわ」


「二十一個ある」


三人が固まった。


「何で二十一個もあるねん!」


のどかは平然としている。


「この場所にちなんで、“のどかの二十一項目”じゃ」


まどかが頭を抱える。


「伝説の大勝負を、ダメ出しの数に使わんといて!」


まどかの母が尋ねる。


「二十一個も悪いところあったん?」


美月が慌てる。


「違う! のどかが細かすぎるだけや!」


佳乃はノートを開く準備をした。


「具体的な改善項目は歓迎します」


「けちのん、何でうれしそうやねん!」


「改善は成長につながります」


「打ち上げで成長せんでええ! 今は食べさせろ!」



美月はヤジを拾いすぎです


のどかは一項目目を読む。


「まず美月。ヤジを拾うんはええけど、全部拾いよったら本筋が止まる」


美月が反論する。


「大阪の客はヤジ込みで舞台や!」


「ほいでも、犬小屋のおじさんと三回もやり合う必要はなかったじゃろ」


「向こうがしつこかったんや!」


「美月も楽しんどったじゃろ」


「楽しかった」


「ほいじゃ反省しんさい」


「楽しんだらあかんのか!」


「本筋へ戻りんさい言うとるんよ」


まどかの母が鉄板から言う。


「美月ちゃん、知らんおっちゃんと遊びすぎや」


「遊んでへん! 舞台や!」


「おっちゃんの方は完全に遊んどったで」


全員が笑う。



経理ソング二番は永久欠番


のどかは次に佳乃を見る。


「佳乃。仕事キッチリの歌、二番へ行こうとしたじゃろ」


佳乃が答える。


「二番には、相見積もりの重要性が盛り込まれています」


「誰が買い物帰りに相見積もりの歌を聞きたいんね」


「経理教育として有用です」


「有用でも、おもろない」


佳乃は少し考え、ノートへ書いた。


二番削除。


美月が驚く。


「けちのん、素直やな」


「客観的評価は受け入れます」


まどかの母も言う。


「一番だけならおもろい。二番まで行ったら、客は焼きそば買いに行く」


佳乃は、さらに書き加える。


二番開始時、観客離脱率上昇の恐れ。


まどかの母が止める。


「難しく書かんでええ。長いから飽きる、で十分や」


佳乃は書き直した。


長いから飽きる。


美月が笑う。


「財務官僚のメモと思えへんくらい単純になった」



まどかは世話役になりすぎ


のどかは、まどかへ向く。


「まどかは、二人を止めるだけじゃのうて、自分からボケたところがよかった。“庭は無料で静か”いう台詞は使える」


まどかは素直に頷く。


「そこは次も生かすわ」


まどかの母が娘を見る。


「まどか」


「はい」


「あんた、二人の世話役になりすぎや」


「自覚はある」


「美月ちゃん止めて、佳乃ちゃん止めて、話まとめて。それだけやったら、ただの苦労人や。あんた自身も客を笑わせなあかん」


「のどかにも同じこと言われた」


「次は一回、二人とも放っといて、自分だけ先に帰るふりしたらええ」


美月が驚く。


「うちら舞台に置いていくんか!」


まどかの母は笑う。


「その時の二人の顔が見たい」


佳乃が真剣に頷く。


「新しい展開として有効です」


美月が叫ぶ。


「勝手に採用すな!」


まどかは少し考える。


「でも一回、ほんまに帰ってみたいな」


「まどかまで乗るな!」



お好み焼きでトリオを分析します


まどかの母は、鉄板の上のお好み焼きを切りながら言った。


「三人の役割は、このお好み焼きと一緒や」


美月が身を乗り出す。


「どういうこと?」


「美月ちゃんはソース。最初に味が来る。濃い。目立つ」


美月は胸を張った。


「ええ役やん」


「かけすぎたら、全部同じ味になる」


「余計な一言や!」


「ずっと大声やと、鉄板の換気扇と一緒。最初は気になるけど、そのうち客が慣れる」


美月が止まる。


「人気ヒロインを換気扇に例えるな!」


「換気扇は店になくてはならんで」


「一応アゲてくれた……」


まどかの母は佳乃を見る。


「佳乃ちゃんは生地。形をまとめる。きっちりしとる」


佳乃が頷く。


「妥当な評価です」


「ただし、生地ばっかり厚かったら口の中パサパサになる」


佳乃はメモする。


「説明過多に注意」


「すぐ仕事に戻るな」


最後にまどかを見る。


「まどかはキャベツ。二人の間へ入って全体を軽くする」


まどかが少し喜ぶ。


「うちは褒められた?」


「大きすぎたら邪魔やし、小さすぎたら存在感ない。ちょうどええ切り方を探し」


「結局、全員ダメ出しやな」


のどかが笑う。


「でも分かりやすいね」


美月がほかの出演者を指さす。


「さつきは何?」


「青のり。最後に上品に整える」


さつきは笑顔で頭を下げた。


「ありがとうございます」


「結月は?」


「鉄板。安定しとる」


結月は真剣に頷く。


「高温へ耐える点も共通しています」


「そこまで考えんでええ」


「のどかは?」


「へら。容赦なく切り分ける」


全員が納得した。


のどかだけが不満そうだった。


「食べ物ですらないんじゃね」



元競輪選手は笑いまで計測します


結月が、小さなストップウォッチを取り出した。


美月が嫌な顔をする。


「何で持ってきとるん?」


「笑いが収まる前に次の台詞へ入った場面が三回ありました。平均で〇・八秒早いです」


美月が叫ぶ。


「漫才の反省会で計時すな!」


「速度と間隔は重要です」


「元競輪選手の分析を漫才に持ち込むな!」


佳乃は真剣に尋ねる。


「どの場面でしょうか」


「主催者発表三千人の二回目。犬小屋のヤジ。経理ソング終了直後です」


佳乃がメモする。


美月は頭を抱える。


「何でうち以外、全員真面目に改善しようとしとるん?」


澪が静かに言う。


「美月も改善した方がいいよ」


「澪まで!」


「作者への言及は一度で十分だったと思う」


澄香が尋ねる。


「作者に確認したの?」


澪は答える。


「知らんけど」



彩芽の講評は役に立ちません


澪香は笑いながら言った。


「美月が庭とパフェに負けたところが一番好きだった」


美月は不満そうだ。


「うちの人気を傷つけるネタばっかり評価される」


澄香も頷く。


「でも、あそこが一番かわいかったよ」


「人気ヒロインが膝から崩れるところの何がかわいいねん」


彩芽は、腕を組んで真剣な表情を作った。


「全部面白かった!」


まどかが尋ねる。


「改善点は?」


彩芽は即答した。


「分からん!」


全員がずっこける。


「何でそんな真剣な顔したん!」


「考えたけど、分からんかったべさ!」


結月が言う。


「正直である点は評価できます」


美月が叫ぶ。


「評価するな!」


さつきが全員の意見を整理する。


「客席との即興の掛け合いは、大きな強みです。ただし、ヤジへ頼りすぎず、三人だけでも成立する構成を作ること。佳乃さんの説明と歌は短くし、まどかさん自身の笑いを増やし、美月さんは声量と立ち位置へ変化を付ける」


美月は不満そうだった。


「結局、うちだけ“前へ出すぎ”“声でかすぎ”で単純やな」


のどかが答える。


「分かりやすいけえね」


まどかの母も言う。


「昔から、アホほど直すところが分かりやすいねん」


「おばちゃんまでアホ言うた!」


「愛情や」


「大阪の愛情、言葉きつすぎるやろ!」



反省会の途中で第三回公演が始まります


美月は焼きそばを食べながら、新しいネタを考えた。


「次は、屋上庭園を出張用の宿泊施設やと言い張る」


佳乃が即答する。


「屋外です。宿泊禁止です」


「星空付きの高級スイートや!」


「屋根がないだけです」


まどかが入る。


「雨降ったら、天然の水風呂付きやな」


のどかが頷いた。


「今の三段はえかったよ」


まどかの母も鉄板越しに言う。


「まどかの台詞が一番ええ。二人を止めるだけやなくて、今みたいに最後を取ったらええねん」


佳乃はノートを開く。


「屋上庭園宿泊費ネタ。採用候補」


美月が笑う。


「もう次の舞台始まっとるやん」


佳乃は答える。


「伝票がある限り、ネタは尽きまへん」


まどかは肩を落とす。


「うちの苦労も尽きへんな」


まどかの母が、焼きそばを追加で鉄板へ広げる。


「苦労した分、食べや」


「お母ちゃん、そこは優しいな」


「代金は佳乃ちゃんへ請求するけど」


佳乃が即座に確認する。


「追加注文は反省会費の範囲内でしょうか」


美月が叫ぶ。


「また始まった!」



反省会費は通ってもパフェ代は通りません


打ち上げ終了時刻。


まどかの母が領収書を用意した。


美月が受け取り、佳乃へ差し出す。


「正式なイベント打ち上げ兼反省会。これは経費やろ」


佳乃は参加者数、目的、金額、終了時刻、飲食内容を確認する。


「規定の範囲内です。認めます」


美月が驚く。


「通るんかい!」


「正当な経費まで否認する気はありまへん」


まどかの母が言う。


「佳乃ちゃんは、けちやなくて筋を通しとるだけや」


佳乃は少し照れたように眼鏡を直した。


「ありがとうございます」


美月は冷凍庫を見る。


「ほな、帰りにみんなでパフェ食べよ。施設調査の続きや!」


佳乃は一秒で答える。


「自腹です」


のどかも尋ねる。


「うちは澪香に教えてもろうた店へ行くんじゃけど、地域商業調査費にならん?」


「なりまへん」


「歴史的球場跡地の食文化を確認するんじゃけど」


「個人のおやつです」


「広島と大阪の交流事業」


「パフェ一個で大げさにせんといてください」


のどかは肩をすくめる。


「やっぱり、けちのんじゃね」


佳乃は眼鏡を直し、例の軽快な節をつける。


「きっちり、きっちり、一円単位で――」


全員が一斉に叫ぶ。


「二番は歌わんでええ!」


佳乃は驚く。


「まだ一番です!」


「一番も、もう二回聞いた!」


まどかの母が鉄板の火を止める。


「続き歌うんやったら、店の外で歌い」


佳乃は黙った。


財務の鬼も、てっぱん坂井の女将には勝てなかった。



難波の夜。


駅へ向かう人々の間を、十人のヒロインが歩いていく。


森ノ宮で初舞台を成功させ、難波でも客席を巻き込む大爆笑を生み出した「トリオ・ザ・大阪」。


河内の勢い。


和泉の正確さ。


浪速の調整力。


三つの大阪がぶつかり合いながら、少しずつ本物の舞台ユニットへ成長している。


今回も公演は大成功。


だが、のどかが用意した反省点は二十一項目。


最後まで読み上げられたのは十六項目。


残り五項目は、次回の稽古へ持ち越された。


客席のおっちゃんが勝手に増やした来場者数。


美月が盛ろうとした伝票。


佳乃が一円単位で守る帳簿。


まどかが必死に整える舞台。


そして、鉄板の向こうから全員を斬るまどかの母。


笑いも数字も、水増しは禁止。

ただし「トリオ・ザ・大阪」の勢いだけは、毎回、主催者発表を上回っていた。

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