笑いの予算、満額回答! ――ヤジも領収書も、全部拾いまっせ! 森ノ宮「トリオ・ザ・大阪」初舞台と巨大“差し戻し”印
大阪の客は、黙って舞台を見ない。
面白ければ笑う。
つまらなければ、それを本人へ教える。
商品が高ければ値切り、安ければ疑い、値段相応なら、
「もうちょっと勉強できるやろ」
と念のため交渉する。
褒める時でさえ、
「最初からそれやらんかい!」
と一言多い。
それは意地悪ではない。
少なくとも本人たちは、そう思っている。
好きだから声をかける。
気になるから突っ込む。
頑張ってほしいからヤジを飛ばす。
遠慮のなさと義理人情が、ソースのように濃く混ざり合っている。
そんなDEEP大阪のど真ん中、森ノ宮。
かつて古い野球場があった跡地に建つ大型ショッピングモールで、戦隊ヒロインプロジェクト関西合同イベントが開催されることになった。
そして、その日の最後を飾るのが、戦隊ヒロインプロジェクト初の大阪三地域合同コント漫才ユニット。
河内のスピーカー・赤嶺美月。
和泉の貯金箱・谷口佳乃。
浪速のバランサー・坂井まどか。
その名も、
「トリオ・ザ・大阪」
である。
◇
森ノ宮は、舞台より客席の方が強い
イベント当日の朝。
芝生広場へ到着したまどかは、会場を取り囲む建物を見上げた。
一階だけではない。
二階、三階の回廊からも、イベントステージを見下ろせる。
買い物の途中で立ち止まる人。
ベンチへ座る家族連れ。
運動着で空中ランニングコースを走る人。
すでにあちこちから視線が集まっていた。
「思うてたより、客席が近いな」
まどかが呟く。
会場担当者が笑った。
「昔ここにあった球場も、選手と観客の距離が近かったんですよ」
その球場は、決して豪華ではなかった。
通路は狭い。
設備は古い。
座席も立派とは言い難い。
雨の日には、どこからともなく水が落ちてきたという。
だが、グラウンドと観客席が近く、打球音も選手の声も、ベンチから飛ぶ指示もよく聞こえた。
もちろん、観客の声も選手へ丸聞こえだった。
凡退した選手には、
「何しに出てきたんや!」
守備で好プレーを見せれば、
「最初からそれやらんかい!」
代打が送られれば、
「今日は期待してへんから、気楽に打て!」
応援なのか攻撃なのか、外から来た者には判別しにくい。
美月は説明を聞き、うれしそうに拳を握った。
「最高やん。うちらの初舞台にぴったりや」
まどかは不安そうに尋ねる。
「ヤジ、ほんまに飛ぶんですか?」
会場担当者は即答した。
「飛びます」
「どれくらい?」
「開演前から飛びます」
その言葉を証明するように、客席から声が飛んだ。
「美月ー! 今日は領収書持ってきたんか!」
まだ舞台へ出ていない美月が振り返る。
「何で知っとんねん!」
別方向から、
「けちのんはまだか! 財布見てもらえ!」
という声。
谷口佳乃は眼鏡を直し、冷静に答えた。
「個人の家計相談は、本日の業務に含まれてまへん」
さらに声が飛ぶ。
「サービス悪いぞ!」
佳乃は平然としている。
「サービスではなく公務です」
まどかは額を押さえた。
「まだイベント始まってへんのに、もう掛け合い成立しとるやん」
佳乃は客席を見回す。
「拾ったヤジは、雑収入にはなりまへんな」
美月が叫ぶ。
「舞台前から経理の話すな!」
◇
関西ヒロイン九人、濃度がばらばらです
今回のイベント名は、
「関西戦隊ヒロイン・未来へつなぐ森ノ宮フェスタ」
参加するのは九人。
司会は、徳島県鳴門市出身の学生キャスター・三好さつき。
物販担当は、美濃代表・伊吹真白。
真面目なトークショーへ参加するのは、
京都の西園寺綾乃。
紀州の白浜麻衣。
大和の春日美咲。
播州の西川彩香。
そして最後に、「トリオ・ザ・大阪」の美月、佳乃、まどか。
開演前の控室では、すでにそれぞれが準備を進めていた。
さつきは進行表を確認している。
綾乃は優雅にお茶を飲んでいる。
麻衣は、差し入れの梅菓子を皆へ配っている。
美咲は、トークテーマの資料へ付箋を貼っている。
彩香は、客席から見えやすい座り位置を確認していた。
一方、美月は巨大領収書を抱えて走り回っている。
「誰や! 五足組靴下の小道具、袋から出したん!」
佳乃は巨大な差し戻し印の納品書を読んでいる。
まどかは二人の間で、台本、小道具、出演順を同時に確認している。
真白だけは天秤棒を肩へ担ぎ、すでに外へ出ようとしていた。
さつきが呼び止める。
「真白さん、物販開始時刻は十時です」
「分かっとるよ。けんど大阪のお客さん、開始時刻まで黙って待っとってくれるん?」
外から声がする。
「姉ちゃん! その籠の中、なんぼや!」
真白はにやりと笑った。
「もう商売始まっとるみたいやな」
◇
美濃の啖呵売り対DEEP大阪
真白が芝生広場へ出る。
肩には昔ながらの天秤棒。
左右の籠には、生活雑貨と戦隊ヒロイングッズがぎっしり入っている。
たわし。
ゴムひも。
歯ブラシ。
洗濯ばさみ。
台所用スポンジ。
爪切り。
手拭い。
缶バッジ。
キーホルダー。
限定写真。
真白は広場の中央へ立ち、澄んだ声を張り上げた。
「さあさあ、寄ってきんさい! 見るだけなら銭はいらんでな! けんど一回手ぇに取ったら、欲しゅうなっても知らんよ!」
最前列のおっちゃんが、たわしを指さした。
「姉ちゃん、それ百円ショップにもあるやつやろ!」
真白は一歩も引かない。
「百円のと一緒にしたらあかんて! こっちは毛の密度が違うんやで! お父さんの頭より、ぎょうさん生えとる!」
広場が揺れるほどの笑い。
おっちゃんが頭を押さえる。
「誰が薄いねん!」
「うちは、たわしの毛が多い言うただけやよ。お父さんのことは一言も言うとらん」
「比較対象にした時点で言うとる!」
「ほんなら一本買うて、毎朝鏡の前で見比べてみんさい」
「何を確認すんねん!」
「たわしの品質や」
「わしの頭ちゃうんか!」
「そっちは保証できん」
おっちゃんは笑いながら財布を出した。
「ほな一個くれ!」
「毎度あり! たわしは増えんけど、運気は増えるかもしれんよ!」
「髪の毛は?」
「それは専門外や!」
次は、大阪のおばちゃんがゴムひもを手に取った。
「これ、ほんまに丈夫なん?」
「伸びる、戻る、へこたれん! ちょっとやそっとで切れへんに!」
「うちの亭主との縁より丈夫か?」
「それは商品の保証範囲外やな」
「亭主との縁を切るハサミはないん?」
「今日は売っとらんけど、次の仕入れで考えとくわ」
「予約できる?」
「先払いなら」
「金取るんかい!」
「商売やでな!」
おばちゃんはゴムひもを二本買った。
「一本でええんちゃうの?」
真白が尋ねる。
「亭主との縁と、息子との縁や」
「どっちも切るんか!」
「念のためや」
DEEP大阪では、客の方が話を広げてくる。
別のおっちゃんが歯ブラシを持ち上げた。
「これ、なんぼ?」
「一本二百円! 三本買うたら五百円!」
「四本なら?」
「八百円!」
「何で割引なくなるねん!」
「三本が一番お得やと言うとるんや!」
「大阪の客に暗算で負けたら、商売でけへんぞ!」
「負けてへん! 四本欲しい人は三本セットと一本で七百円や!」
「最初からそう言え!」
「ほな七百円!」
「六百五十円!」
「細かい値切り方すんな!」
「大阪で五十円は大金や!」
「そんなら三本で我慢しんさい!」
「家族四人や!」
「一人は指で磨け!」
「雑すぎるやろ!」
結局、客は四本を七百円で買った。
真白は代金を受け取りながら言う。
「家族全員、朝晩ちゃんと磨きんさいよ!」
「歯医者みたいなこと言うな!」
「歯医者は七百円で歯ブラシ四本くれへんやろ!」
「それはそうや!」
真白の天秤行商は、商品販売というより、客との公開討論会になっていた。
◇
たわしを付けないと売ってくれません
真白は戦隊ヒロイングッズを取り出した。
美月の顔が大きく印刷された缶バッジ。
「河内の人気者、美月ちゃんの缶バッジ! 今ならたわし一個付けて千円!」
客席から、間髪を入れず声が飛ぶ。
「たわし要らん!」
「大阪の家に、たわしが要らん家なんかあるかね!」
「スポンジあるわ!」
真白は隣の籠からスポンジを出した。
「ほんならスポンジに替えたる!」
「何で何か付けなあかんねん!」
「在庫管理や!」
舞台袖で佳乃が深く頷いた。
「セット販売で低回転在庫を動かしてます。非常に合理的ですな」
美月が佳乃を見る。
「客に押し付けとるだけやろ」
佳乃は首を振る。
「最終的に購入判断をするのはお客様です」
「真白、断りにくい空気作っとるぞ」
客席から別の声が飛ぶ。
「真白ちゃん、美月の缶バッジいらんから、たわしだけ安うして!」
美月が舞台袖から飛び出しかける。
「誰や、今言うたん!」
まどかが後ろから美月の腰を抱えた。
「まだ出番ちゃう!」
真白は客へ笑顔を向ける。
「美月ちゃんの缶バッジを付けた方が、たわしがよう働くで!」
「何の効果や!」
「美月ちゃんの声が聞こえた気になって、汚れが怖がって逃げる!」
「汚れより先に家族が逃げるわ!」
美月が舞台袖から叫ぶ。
「聞こえとるぞ!」
客席がさらに沸く。
「本人の声付きやったら千円でも安いな!」
「うちは目覚まし時計ちゃうぞ!」
真白は美月の叫びまで商品説明へ利用した。
「ほら、今なら生声付きや! 限定一個!」
「ほな買う!」
「買うんかい!」
まどかに押さえられたまま、美月が絶叫する。
佳乃は売上表へ何かを書き込んでいた。
「美月さんの舞台袖からの声が、販売促進へ寄与しましたな」
「ほな出演料くれ!」
「正式な出演前ですから認められまへん」
「どけちのん!」
真白の籠から、商品が次々と消えていく。
たわし完売。
ゴムひも完売。
歯ブラシ残り二本。
美月の缶バッジも、たわしとの抱き合わせで完売した。
真白は空になった籠を持ち上げる。
「毎度あり! 大阪の人は値切りながら、ようけ買うてくれるで助かるわ!」
客席のおばちゃんが答える。
「買わされたんや!」
「財布出したんは自分やろ!」
「口がうまいねん!」
「それ褒め言葉やな!」
真白と大阪客の商売勝負は、引き分けということになった。
ただし売上金は、真白側へ残った。
◇
さつき、三十秒で市場を文化会場へ戻す
物販終了後も、会場は興奮したままだった。
「たわし、もうないんか!」
「歯ブラシ二本だけ売ってくれ!」
「美月は本人より缶バッジの方が静かでええぞ!」
「誰が言うた!」
舞台袖から美月の声が飛ぶ。
このままでは、正式なイベントが始まらない。
そこへ三好さつきが登壇した。
清楚な衣装。
落ち着いた笑顔。
学生キャスターとして鍛えられた、明瞭で聞き取りやすい声。
「皆さん、大変お待たせいたしました。ただいまより、関西戦隊ヒロイン・未来へつなぐ森ノ宮フェスタを開会いたします」
会場が静かになる。
つい三十秒前まで、たわしを巡って値切り合っていた人々が、きちんとステージを見る。
真白は舞台袖で感心した。
「さつきさんが話すと、急に文化的な催しになったなあ」
佳乃も頷く。
「場の仕訳が完璧です」
美月が言う。
「空気に勘定科目付けるな」
さつきは参加者を一人ずつ紹介する。
関西各地域での活動。
それぞれが持つ専門性。
イベントの狙い。
さつきの説明は短く、上品で、分かりやすい。
客席から、
「さつきちゃん、声きれいやな!」
と声が飛ぶ。
さつきは笑顔で会釈する。
「ありがとうございます。最後列まで届くよう、丁寧にお伝えいたします」
「美月とは大違いや!」
美月が舞台袖から叫ぶ。
「うちも最後列まで届いとるわ!」
さつきは一切慌てない。
「美月さんのお声は、屋外でも非常によく通ります」
褒めているようで、少し違う。
客席から温かな笑いが起きた。
◇
京・紀州・大和、森ノ宮を一時的に上品にする
第二部は、
「十年後も地域に必要とされる戦隊ヒロインであるために」
をテーマとしたトークショー。
登壇するのは、西園寺綾乃、白浜麻衣、春日美咲、西川彩香。
司会は、さつき。
綾乃は、はんなりとした京ことばで話し始めた。
「人気や話題性も、活動を知っていただくためには大切どす。せやけど、それだけで長う地域に必要とされる存在には、なれしまへん。自分に何ができるのか、日頃から磨いておく必要がおすなあ」
柔らかな声音。
優雅な微笑み。
しかし内容は具体的だった。
専門性。
情報管理。
国際的な視点。
人気へ依存しない組織づくり。
続いて麻衣が、おっとりした紀州弁で語る。
「大きい町の、大きい催しだけやのうて、小さい町にも、ちゃんと足を運ばなあかんと思うんよ。人が少ないから大事やない、いうことはないさかいなあ」
何度も同じ地域へ戻ること。
住民の名前を覚えること。
観光地だけでなく、日々の暮らしを見ること。
麻衣の言葉には、穏やかな温かさがある。
美咲は、人当たりのよい大和弁で続けた。
「一回イベントをして、楽しかったなあで終わらせたら、もったいないと思いますねん。防災や福祉、子どもさんの教育とか、その町が本当に困ってはることへ、次の活動をつなげられたらええなあと思います」
京ことば。
紀州弁。
大和弁。
三人の穏やかな声が重なり、森ノ宮の芝生広場に上品な空気が流れる。
先ほどまでたわしを値切っていたおっちゃんまで、腕を組んで真剣に聞いている。
◇
彩香、美月がいなければ知的です
最後に彩香がマイクを持った。
普段の彩香は、歯切れのよい播州弁を使う。
美月と顔を合わせれば、声量と語気が二段階ほど上がる。
しかし今日は、隣にいるのが綾乃、麻衣、美咲。
三人の上品な空気に包まれ、彩香も背筋を伸ばし、落ち着いた口調になっていた。
「地域で活動する以上、うまくいった時だけ話すんやなくて、失敗した時にきちんと説明することも大事やと思います。何が足りんかったんか。次にどう直すんか。そこまで見せて、初めて信用してもらえるんやないでしょうか」
内容は真面目。
発言も建設的。
播州弁の鋭さはあるが、いつものような圧はない。
綾乃が頷く。
「彩香はんのおっしゃる通りどす。失敗を隠すより、改善へつなげる姿勢をお見せする方が、長い信頼になりますなあ」
麻衣は微笑んだ。
「今日の彩香さん、いつもより上品やねえ」
美咲も続ける。
「声も、いつもの半分くらいですわ」
彩香は少し照れた。
「うちかて、話す相手に合わせるくらいできます」
さつきが、わずかに笑いを含ませて尋ねた。
「本日は、美月さんがトークショーへ参加されていないことも関係していますか?」
客席から笑い。
舞台袖から、すぐに声が飛んだ。
「どういう意味や!」
彩香は客席へ向けた上品な笑顔を崩さない。
「特定の人物がおらんかったら、こっちも静かに話せるいうことです」
「うちのせいにすな!」
綾乃が穏やかに言った。
「美月はんのお声、舞台袖からでもよう通りますなあ」
麻衣も笑う。
「マイク、いらんくらいやねえ」
美月が叫ぶ。
「全員でうちを音響設備扱いすな!」
会場に笑いが起きる。
それでもトークショー自体は、最後まで知的で真面目だった。
地域との継続的な関係。
専門性。
説明責任。
防災や福祉への貢献。
ヒロイン同士の連携。
さつきが意見をまとめる。
「目立つこと自体を目的にせず、地域の皆さんから、困った時に相談できる存在だと思っていただく。そのために専門性、継続性、説明する責任が必要なのですね」
大きな拍手が起きた。
◇
上品な空気を、巨大領収書で破壊します
トークショーを終えた彩香が、舞台袖へ戻る。
美月が腕を組んで待っていた。
「誰がおったら上品に話されへんねん」
彩香は平然と答える。
「心当たりがあるんやったら自分やろ」
「うちのせいで播州弁がきつくなる言うんか!」
「きつくなるんやない。あんた相手やと遠慮が要らんだけや」
「それ褒めてへんやろ!」
まどかが二人の間へ入った。
「美月、もうすぐ出番や。今ここで別の漫才始めんといて」
佳乃は、トークショーの客席反応を見ていた。
「非常に上品にまとまりましたな」
美月がステージを指す。
「うちら、この後に巨大領収書出すんやぞ」
まどかも不安そうだった。
「落差が崖やな」
佳乃は冷静に答える。
「前半が知的であるほど、後半の効果が際立ちます」
綾乃が笑顔で言う。
「際立ちすぎへんよう、お気を付けやす」
彩香も続けた。
「ここまで整えた空気、全部ひっくり返す気やろ」
美月は胸を張る。
「締めは爆発力や!」
◇
本番五分前に三百円の差額を発見
出番まで五分。
美月は舞台袖を行ったり来たりしている。
まどかは台本の順番を再確認。
佳乃は、巨大電卓と巨大な差し戻し印を調べていた。
美月が尋ねる。
「けちのん、緊張してへんの?」
佳乃は納品書から目を上げない。
「この巨大印、見積額より三百円高いですな」
「今それを言う時か!」
「本番中は確認できまへん」
「印鑑やなくて台本を確認せえ!」
「台本は全部、頭へ入ってます」
「笑いへ集中しろ!」
「支払いと笑いは別です」
まどかが二人を見る。
「もうコント始まっとるやん」
琴音が駆けてきた。
「あんたら、いよいよじゃん。経理室でやった時みたいにやれば大丈夫ずら!」
このユニット結成を提案した張本人である。
美月は拳を握る。
「森ノ宮、全部笑わせたる」
佳乃は眼鏡を直す。
「予定時間は八分三十秒。延長は一分以内へ収めます」
「笑いまで予算管理すな!」
まどかが二人の背中を押した。
「そのまま出たらええ。もう客は、笑う準備できとる」
◇
河内、和泉、浪速が正面衝突
さつきがステージ中央へ立つ。
「それでは、本日の最後を飾ります。河内、和泉、浪速。大阪三地域の個性が集まった、新たなコント漫才ユニットです」
客席から歓声。
「美月ー!」
「けちのん出せー!」
「まどか、二人を止めたってやー!」
さつきは笑顔で続ける。
「『トリオ・ザ・大阪』の皆さんです!」
軽快な音楽。
舞台中央には、ヒロ室経理窓口を模した机。
佳乃は椅子へ座り、書類を読んでいる。
まどかは待合位置。
美月が一人で華々しく前へ出た。
「どうもー! 全国を飛び回る人気戦隊ヒロイン、赤嶺美月でーす!」
佳乃は顔も上げない。
「その交通費、領収書出してください」
まどかが飛び込む。
「まだ登場しただけや!」
開始五秒。
会場へ最初の爆笑が広がった。
◇
たこ焼き二百八十円の攻防
美月が巨大な領収書を机へ置く。
「大阪のイベントで食べたたこ焼き! 地域文化調査費や!」
佳乃は一瞥した。
「自腹です」
「まだ説明してへんやろ!」
「東大阪出身の人が、大阪のたこ焼きを一人で食べただけです」
「店によって味が違うねん!」
「調査報告書は?」
「外カリ、中トロ、めっちゃうまい!」
「小学生の食レポです」
まどかが資料をのぞく。
「調査対象八個、全部一人で食べたん?」
美月は胸を張る。
「責任持って完食した!」
「誰に頼まれた責任や!」
佳乃が巨大な「差し戻し」印を持ち上げる。
どん。
赤い文字が、巨大領収書の中央へ押された。
「自腹」
客席から大爆笑。
おっちゃんが叫ぶ。
「美月、二百八十円くらい自分で払え!」
美月が客席を指さす。
「おっちゃん、二百八十円を笑うな!」
佳乃が言う。
「それ、うちが普段言うてる台詞です」
「今だけ借りた!」
「使用料を頂きます」
まどかが頭を抱える。
「言葉にまで経費かかるんか!」
別のおばちゃんが叫ぶ。
「うちが二百八十円払うたるから、次行け!」
美月が喜ぶ。
「おばちゃん、ほんまか!」
佳乃が止める。
「観客から個人的な補塡を受けたらあきまへん」
「義理人情や!」
「贈与の扱いを確認します」
まどかが叫ぶ。
「二百八十円で税務相談広げんな!」
森ノ宮の客席は、すでに台本の一部になっていた。
◇
五足組靴下は戦闘装備か
美月が、赤、黒、灰色、紺、白の五足組靴下を取り出した。
「これは戦隊ヒロインの衣装代や!」
佳乃が袋を見る。
「普通の靴下です」
「赤は戦隊ヒロインらしいやろ!」
「残り四足は?」
「黒は潜入任務。灰色は曇りの日。紺は知的に見せたい時。白は何にでも合う!」
まどかが首をかしげる。
「戦隊ヒロインの衣装計画、靴下中心なん?」
佳乃は「自腹」の札を上げた。
美月が客席へ訴える。
「みんな、これ経費やと思うやろ!」
客席から一斉に返ってくる。
「自腹や!」
「普段使いや!」
「五足で千円やろ!」
美月が驚く。
「値段まで何で分かるねん!」
おばちゃん客が叫ぶ。
「昨日、同じの買うた!」
佳乃は涼しい顔で頷く。
「市場価格の裏付けまで取れました」
まどかが言う。
「客席を監査資料に使うな!」
美月はおばちゃんへ叫ぶ。
「何でけちのん側に付くねん!」
「税金は大事や!」
「さっき、たわし二十円値切っとったやろ!」
「それとこれとは別や!」
佳乃が深く頷いた。
「正しい納税者意識です」
「けち同士で意気投合すな!」
◇
百万円より大きな申告書
美月が「百万円」と書かれた大きな袋を抱えた。
「クイズで百万円獲ったで! 全部うちのもんや!」
佳乃は机の下から申告書を取り出す。
「まず、こちらへ必要事項を記入してください」
紙を広げる。
長い。
まどかが端を持つ。
まだ続く。
紙は舞台の端まで伸びた。
まどかが叫ぶ。
「賞金袋より申告書の方が大きいやないか!」
美月は後ずさる。
「夢がない!」
佳乃は真顔で答える。
「納税は国民の義務です」
「子どもの前で急に現実を見せんな!」
佳乃は客席へ向かう。
「戦隊ヒロインが脱税ではシャレになりまへん」
この決まり文句が、大きな拍手と爆笑を呼ぶ。
客席から、
「けちのん、税務署より怖いぞ!」
という声。
佳乃は即答した。
「怖がる必要はありません。正しく申告しはったらよろしい」
まどかが止める。
「イベント会場で本物の税務相談始めんといて!」
別のおっちゃんが手を挙げる。
「去年の懸賞でテレビ当たったんやけど!」
佳乃が身を乗り出す。
「受領形態と金額を――」
美月とまどかが同時に止めた。
「相談受けるな!」
◇
財務省のスパイは回答を拒否します
美月が佳乃へ顔を近づける。
「けちのん、あんた財務省のスパイやろ!」
佳乃は無表情。
「回答する義務はありません」
まどかが叫ぶ。
「また一番怪しい返事する!」
客席から声。
「ほんまのこと言え!」
佳乃は客席を見る。
「守秘義務がありますさかい」
美月が一歩下がる。
「余計に怪しなったやないか!」
別方向から、
「美月の領収書、全部本省へ送っとるんやろ!」
佳乃が答える。
「量が多すぎて、本省も迷惑します」
「そこは否定せえ!」
「一か月分で段ボール一箱あります」
美月が驚く。
「そんな出してへん!」
まどかが尋ねる。
「ほな何箱?」
佳乃は答える。
「半箱です」
客席から、
「十分多いわ!」
と総突っ込み。
美月は客席へ向かって叫ぶ。
「誰の味方やねん!」
おばちゃんが返す。
「おもろい方や!」
義理人情の街では、味方は固定されていない。
その瞬間、最も面白い者へ付く。
◇
笑いも査定対象です
年配のおっちゃんから声が飛んだ。
「けちのん! 笑いの予算まで削るな!」
佳乃は即答した。
「削ってまへん。適正な分量へ査定しとります!」
まどかが尋ねる。
「漫才の笑いに査定基準あるん?」
「あります」
美月が驚く。
「あるんかい!」
佳乃は指を折る。
「一分当たりの笑いの回数。客席全体への到達率。子どもから年配者までの理解度。再演可能性。小道具費に対する費用対効果――」
美月が止めた。
「誰が笑いの予算執行評価を聞きたいねん!」
まどかは客席へ尋ねる。
「今の説明、分かった人?」
静かになる会場。
一番前の子どもが手を挙げた。
「分からん!」
会場は爆笑。
佳乃は真剣に頷く。
「非常に正直な回答です。改善の必要がありますな」
美月が叫ぶ。
「自分の説明を自分で査定すな!」
◇
夢にも予算が要ります
コントの終盤。
美月が、少しだけ真面目な表情になった。
「けちのん。うちら戦隊ヒロインは、子どもらに夢を与える仕事やろ」
佳乃が答える。
「夢にも予算が要ります」
客席から笑い。
だが佳乃は、眼鏡を直して続けた。
「せやけど、本当に必要な夢の予算まで削る気はありまへん」
美月の表情が変わる。
佳乃は穏やかに話す。
「無駄遣いを止めて、本当に必要なところへ、きちんとお金を出す。働いた人に、正しいお金を返す。それが、うちの仕事です」
まどかが二人の間へ立った。
「ほな、美月は夢を広げる。けちのんは夢を守る。うちは、二人が喧嘩しすぎんように間へ入る」
美月が胸を張る。
「それが、トリオ・ザ・大阪や!」
佳乃が付け加える。
「ただし、たこ焼き二百八十円は自腹です」
美月が大げさにずっこける。
「最後までそれ言うんかい!」
まどかが両手を広げた。
「夢と予算の折り合いが付いたところで、今日はここまで!」
三人が頭を下げる。
「どうも、ありがとうございました!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、芝生広場、周囲の通路、二階、三階の回廊から、大きな拍手と歓声が降り注いだ。
「美月ー!」
「けちのん最高!」
「まどか、よう止めた!」
「もう一回やれ!」
トリオ・ザ・大阪の初舞台は、大成功だった。
上品で理知的なトークショーの後に現れたのは、河内の勢い、和泉の細かさ、浪速の調整力が正面衝突するDEEP大阪そのもの。
しかも森ノ宮の客は、見るだけではない。
ヤジを投げる。
三人が拾う。
さらに客が返す。
舞台と客席が一体になった、義理人情の即興コントになっていた。
◇
初舞台後の第一声も、もちろん金です
舞台袖へ戻った美月は、佳乃の肩を何度も叩いた。
「けちのん! めっちゃウケたで!」
佳乃も普段より明らかに機嫌がよい。
「客席の反応は、事前想定を上回りましたな」
まどかが笑う。
「途中から客までトリオの一員みたいになっとった」
琴音が駆け寄る。
「ほら、言ったじゃん! 絶対おもしれーと思ってたずら!」
佳乃は頭を下げた。
「発案、ありがとうございました」
一拍置く。
「ところで、出演手当の申請書は、どなたへ提出したらよろしいです?」
美月が叫ぶ。
「初舞台終わって、最初にカネの話かい!」
「労務の対価は、正しく処理せなあきまへん」
「余韻を楽しめ!」
「余韻は無償です」
まどかが笑った。
「それ、次のネタに入れよ」
佳乃はすぐにノートへ書いた。
「余韻は無償、と」
「ほんまに書くんかい!」
◇
てっぱん坂井で第二幕が始まります
イベント終了後。
参加した九人は、坂井まどかの実家である鉄板焼き店、
「てっぱん坂井」
へ集まった。
昔ながらの店構え。
大きな鉄板。
壁には常連客との写真や、地元チームの色紙。
香ばしいソースの匂い。
まどかの母親が、鉄板の向こうから声をかける。
「今日はよう頑張ったなあ。ぎょうさん食べや!」
お好み焼き。
焼きそば。
豚平焼き。
九人は鉄板を囲み、初舞台の成功を祝った。
真白は、天秤行商の売上を報告する。
「たわしもゴムひもも全部売れたんやよ」
佳乃は売上表を見る。
「客単価も高いですな。セット販売が効いてます」
真白が笑う。
「大阪の人、値切りながら結局ようけ買うてくれたでな」
まどかの母親が言う。
「大阪の客は、値切った分だけ余計に買うねん。得した気分で荷物増やして帰るんや」
美月が尋ねる。
「うちの缶バッジ、何個売れた?」
真白は答えた。
「全部」
美月が胸を張る。
「やっぱり人気やな!」
真白は続ける。
「たわし付きで」
「余計な一言や!」
◇
綾乃、笑顔で急所を刺す
反省会が始まる。
美月は得意満面だった。
「うちら、初舞台で森ノ宮を完全に取ったな!」
佳乃も珍しく否定しない。
「一定の成果は認められます」
まどかが突っ込む。
「漫才の成功まで官僚答弁にすな」
そこへ綾乃が、静かに箸を置いた。
柔らかな笑顔。
上品な京ことば。
「ほな、成功したからこそ、気になったところも申し上げますえ」
美月の笑顔が止まる。
「来たで……」
綾乃は穏やかに話し始める。
「最初のたこ焼きと靴下のくだりは、どなたにも分かりやすうて、よう笑いが起きてました」
美月の顔が明るくなる。
「せやろ」
「せやけど、賞金の後、佳乃はんの税務説明が少し長うございましたなあ」
佳乃が眼鏡を直す。
「やはり所得区分の説明は削るべきでしたか」
美月が驚く。
「所得区分まで説明する気やったんか!」
「正しい税務知識を伝えようと思いまして」
綾乃は微笑んだまま続ける。
「客席の皆さんは、税務研修へ来はったのやおへん。正しいことでも、全部お話しせん方が、よう伝わる場合もおすえ」
声は柔らかい。
内容は容赦がない。
「それと美月はん。巨大領収書を置いた時、まどかはんの立ち位置へ入ってはりました」
「そんな前へ出てた?」
「二度ほど」
「二回くらいならええやん」
「三人組で一人のお顔を半分隠して、よろしいわけおへんやろ」
麻衣と美咲が、口元を押さえて笑う。
綾乃は、まどかへも言った。
「まどかはんは、二人へ遠慮しすぎどす。お二人とも声が大きいさかい、もっと強う止めてもよろしいと思います」
まどかは素直に頷く。
「途中で押し切られたところはありました」
佳乃は、すべてノートへ書き込んだ。
税務説明を二十秒短縮。
美月、前へ出すぎ。
まどか、制止を強く。
美月がノートをのぞく。
「うちだけ書き方が雑やない?」
「最も分かりやすい表現です」
◇
彩香、知的イメージを自ら破壊する
次に彩香が口を開く。
「初舞台としては、ほんまにようできとった。森ノ宮の客のヤジを拾えたんも強い」
美月の顔が明るくなる。
「もっと言うて」
「せやけど、次も同じ勢いだけで通じると思ったらあかん」
美月の顔がすぐ暗くなる。
彩香は具体的に指摘した。
「美月は前へ出る時と下がる時、もっとはっきり分けた方がええ。ずっと前におったら、後半の強い場面が目立たへん」
「なるほど」
「佳乃さんは座りっぱなしやと、後ろの客から表情が見えにくい。差し戻し印を押す時と、最後の真面目な台詞は立った方がええ」
「次回から修正します」
「まどかは、二人を止めるだけやなくて、時々自分から流れを壊してもええ。調整役が急に暴れたら、客は笑うから」
まどかもメモを取る。
彩香の指摘は厳しいが、すべて建設的だった。
美月が彩香を見る。
「今日のトークショーでは、やたら上品やったくせに、反省会になったらいつもの播州のおばはんへ戻ったな」
彩香の眉が動く。
「誰がおばはんや」
美月は、先ほどの彩香の口調をまねた。
「“地域への説明責任が大切やと思います”」
続いて、今の彩香をまねる。
「“あんた前へ出すぎや!”」
美月は首を振る。
「落差すごいぞ」
彩香は箸を置いた。
「ウチのイメージは、このアホツインテールが居るからキツく思われるんや!」
美月が即座に応戦する。
「言いがかりつけんな! 所詮は怖いオバハンや!」
「誰が怖いオバハンや! あんたが毎回アホなこと言うから、うちが注意せなあかんのやろ!」
「自分で好きで突っ込んどるんやろ!」
「誰が好き好んで、たこ焼き二百八十円に資料十枚付ける人間の相手すんねん!」
「それはけちのんとの勝負や! あんた関係ないやろ!」
「隣の部署まで声が聞こえとるわ!」
麻衣がおっとり言う。
「彩香さん、やっぱり美月さんがおると元気になるねえ」
美咲も微笑む。
「声がよう通ってますわあ」
彩香が叫ぶ。
「元気になっとるんやない! 腹立っとるんや!」
トークショーで作り上げた上品で知的な印象は、鉄板の上のかつお節より早く吹き飛んだ。
◇
トリオが九人まで増えます
美月と彩香の喧嘩を見ていた綾乃が、はんなりと提案した。
「彩香はんも、『トリオ・ザ・大阪』へ入らはったらよろしいのと違います?」
店内が静かになる。
「四人になって、関西カルテット。美月はんと彩香はんが喧嘩して、佳乃はんが経費を止め、まどかはんが全員をまとめる。にぎやかでよろしおすえ」
彩香が振り返る。
「何でうちが大阪のユニットへ入らなあかんねん」
美月が笑う。
「ええやん。播州の怖いオバハン枠や」
「誰がオバハンや!」
彩香は綾乃へ言い返す。
「ほな綾乃も入れや。京阪神クインテットや!」
綾乃は少し考えた。
「うちもどすか?」
「人に勧めといて、自分だけ逃げる気か」
美月が指を折る。
「河内、和泉、浪速、播州、京都。五人でちょうどええやん!」
まどかが頭を抱える。
「もうトリオちゃうやん」
麻衣が笑顔で手を挙げた。
「紀州も入ったら、六人になるねえ」
美咲も穏やかに続ける。
「大和も入れていただいたら、七人ですわ」
真白が天秤棒を指さす。
「美濃も入ったら八人やよ」
さつきは冷静に言った。
「私は司会へ専念します」
美月が指さす。
「逃がさへんぞ。鳴門も入って九人や!」
佳乃は真剣な顔で計算を始める。
「九人分の出演手当、交通費、衣装費、小道具費を考えると、予算規模が大きくなりますな」
美月が叫ぶ。
「ほんまに編成する気か!」
まどかの母親が鉄板の向こうから言う。
「店の中で九人漫才したら狭いで!」
綾乃が微笑む。
「ほな、名前は『関西ヒロイン大歌劇団』でどないどす?」
彩香が突っ込む。
「漫才から歌劇団になっとるやないか!」
麻衣が首をかしげる。
「歌、歌うん?」
美咲は真剣に考える。
「寸劇も入れたら、地域の歴史を紹介できますねえ」
さつきが進行案を考え始める。
「第一部を地域紹介、第二部を討論、第三部をコントにすれば――」
まどかが叫んだ。
「さつきちゃんまで本気で企画せんといて!」
◇
人気ヒロイン、たわしに敗れる
佳乃は鞄からノートを取り出した。
「人数を増やす話はいったん置いといて、次回作の改善点を整理しましょう」
美月が驚く。
「もう次やるんか?」
「客席の反応が残っているうちに記録します」
まどかが鉄板を見る。
「鉄は熱いうちに打ていうけど、ここ文字どおり鉄板やな」
次回のネタが次々に出る。
美月が出張先で高級ホテルへ泊まろうとする。
佳乃が規定額を超えた差額を自腹にする。
美月が新幹線の上級座席を要求。
佳乃が普通指定席との差額を示す。
真白が言った。
「今日の物販売上も、ネタになるんやない?」
美月が胸を張る。
「うちの缶バッジ、完売したからな!」
佳乃は売上表を見る。
「販売数と売上額では、たわしが一位です」
美月の動きが止まる。
「うち、たわしに負けたんか?」
真白が笑う。
「今日の一番人気は、たわしやったでな」
彩香が手を叩く。
「そのままネタになるやん」
綾乃も頷く。
「数字で落とせますさかい、分かりやすおすなあ」
まどかはノートへ書く。
人気ヒロインより、たわしの方が売れました。
美月が抗議するタになるやん」
綾乃も頷く。
「数字で落とせますさかい、分かりやすおすなあ」
まどかはノ。
「そのネタ、うちが一番傷つくやつや!」
佳乃が冷静に答える。
「事実に基づく笑いです」
「事実でも、言うてええことと悪いことがある!」
「美月ちゃんの缶バッジ、たわし付けんと売れへんかったしなあ」
真白が追い打ちをかける。
「美濃まで敵に回った!」
そのやり取り自体が、すでに第二作の稽古になっていた。
◇
正当な反省会費は通します
反省会の終わり。
佳乃のノートには、多くの改善点と次回ネタが書き込まれていた。
美月は満足そうに言った。
「次は、もっとウケるで」
佳乃も頷く。
「本日の問題点を修正すれば、完成度を上げられます」
まどかは二人を見る。
「次をやること、もう決定なん?」
美月と佳乃が同時に答えた。
「当然やろ」
「当然です」
彩香が笑う。
「やっぱり一番息合うとるわ」
綾乃も柔らかく微笑んだ。
「次回は、今回以上を期待してますえ」
店を出る前。
美月は、まどかの母親から受け取った領収書を佳乃へ差し出した。
「反省会費や。これは経費やろ」
佳乃は参加者数、飲食内容、イベント終了時刻を確認する。
「正式なイベント反省会。参加者は業務関係者のみ。金額も規定内です」
美月が身を乗り出す。
「結果は?」
「認めます」
美月が驚いた。
「通るんかい!」
「正当な経費まで否認する気はありまへん」
「けちのん、たまには話分かるやん!」
「たまに、は余計です」
美月は店の冷凍庫を見た。
「ほな、追加でアイス食べよ!」
佳乃は一秒で答えた。
「それは自腹です」
「どけちのん!」
「反省会は終了しました」
彩香が言う。
「アイスくらい自分で買え、アホツインテール」
美月が振り返る。
「まだ喧嘩売るんか、怖いオバハン!」
二人の言い争いが再開する。
綾乃が楽しそうに眺めた。
「やっぱり彩香はん、加入した方がよろしいのと違います?」
まどかが叫ぶ。
「これ以上、増やさんといて!」
◇
森ノ宮の古い球場跡で産声を上げた「トリオ・ザ・大阪」。
河内の勢い。
和泉の容赦なさ。
浪速の調整力。
三つの大阪が一つになった初舞台は、DEEP大阪の観客から、満額回答の笑いと拍手を受けた。
客はヤジを飛ばす。
三人は全部拾う。
客が困れば、舞台から助け舟を出す。
舞台が困れば、客がネタを提供する。
遠慮はない。
だが、冷たくもない。
義理人情の街では、笑いも一方通行ではなかった。
一度ウケただけでは終わらない。
伝票がある限り、ネタは尽きない。
美月が領収書を提出する限り、佳乃の差し戻しは続く。
二人が争う限り、まどかの仕事もなくならない。
そして綾乃が、はんなりと余計な提案をするたびに、ユニットの人数だけが増えていく。
「トリオ・ザ・大阪」初舞台、大成功。
ただし、次回も三人で出演できる保証はなかった。
店の外へ出ても、綾乃はまだ言っていた。
「京阪神クインテット、悪うないと思いますえ」
彩香の声が、夜の森ノ宮へ響く。
「綾乃、まだ言うとるんか!」
その声量は、トークショーの時の、ちょうど二倍だった。




