『たこ焼き二百八十円、国家予算を揺らす!?』 ――一円の領収書も逃がしまへん! 財務の鬼・谷口佳乃と「トリオ・ザ・大阪」爆誕
戦隊ヒロインプロジェクトが全国規模へ拡大するにつれ、ヒロ室には新たな敵が出現していた。
悪の秘密結社ではない。
国際犯罪組織でもない。
宇宙から飛来した怪獣でもない。
領収書だった。
北海道から沖縄まで、全国各地へ配置された戦隊ヒロインたちは、自治体イベント、学校訪問、地域振興活動、テレビ出演、訓練、警備任務、事件捜査のため、毎日のように移動している。
飛行機。
新幹線。
高速バス。
フェリー。
レンタカー。
宿泊施設。
現地で調達した備品。
急な任務変更による延泊。
イベントスタッフの弁当。
華やかな活動の裏側では、一か月に数千枚もの領収書と旅費精算書が、ヒロ室経理部門へ押し寄せていた。
その中には、まともな書類ばかりが入っているわけではない。
宛名が「上様」。
但し書きが「お品代」。
財布の中で半年間熟成され、文字がほとんど消えた感熱紙。
コーヒーをこぼした跡のあるレシート。
出張先が広島なのに、添付されている領収書は仙台。
飛行機へ乗ったはずなのに、交通手段の欄へ「高速バス」と書かれている申請書。
さらに、ヒロ室には二種類の問題児が存在した。
悪意はないが、何度書いても日付や金額を間違える者。
そして、制度の限界まで自腹を減らそうとする者。
前者の代表が大宮麗奈。
後者の筆頭が赤嶺美月だった。
そんな混沌としたヒロ室財務部門を守る、一人の女がいる。
谷口佳乃。
財務省から出向してきた元若手キャリア官僚。
通称、
「財務の鬼」
「けちのん」
そして、一部のヒロインからは親しみと恐怖を込めて、
「どけちのん」
と呼ばれていた。
◇
一円の誤差も見逃しまへん
午前九時。
ヒロ室経理部門。
谷口佳乃は、自分の机へ積み上げられた旅費精算書を前に、眼鏡の位置を直した。
身なりはきちんとしている。
机の上も整然。
電卓、赤ペン、付箋、日付印、差し戻し印が、それぞれ決められた位置に並んでいる。
無駄な動きは一つもない。
佳乃は一枚の精算書を手に取った。
申請額は一万二千八百四十一円。
添付された領収書の合計は一万二千八百四十円。
佳乃の眉が、ほんの一ミリ動いた。
「一円、合うてまへんな」
隣の机で書類を分類していた黒崎茉莉花が顔を上げる。
元中洲のチーママ。
金の流れと人の言い訳を読むことにかけては、並の経理職員をはるかに上回る。
「計算間違いやろか」
「申請者は誰です?」
佳乃が表紙をめくる。
名前を見た二人は、同時に納得した。
大宮麗奈。
「ああ……」
茉莉花が柔らかく笑う。
「麗奈ちゃんか」
佳乃は内線電話を手に取った。
数分後、麗奈が経理室へ入ってくる。
手には、さらに三枚の領収書を持っていた。
「ごめんなさい。財布の小さいポケットから、追加で出てきました」
佳乃は眼鏡の奥から麗奈を見る。
「追加で出てきたら、金額は一円どころやなく変わりますやろ」
「そうなんです」
「そうなんです、やありません」
麗奈は精算書を見て首をかしげる。
「あれ? でもこれは広島出張の分なのに、仙台のホテルの領収書が入っていますね」
「それを今、うちが聞こうとしてましたんや」
「広島の翌週が仙台だったので、混ざったみたいです」
「前回も同じことを言うてましたで」
「次からは気をつけます」
佳乃は深く息を吸った。
麗奈には悪意がない。
本当に一生懸命やっている。
だからこそ、怒鳴るに怒鳴れない。
茉莉花が、色の違う透明袋を五枚取り出した。
「麗奈ちゃん、今日から出張先ごとに袋を分けようか。広島は赤、仙台は青、福岡は黄色。領収書をもろうたら、その場で入れるんよ」
麗奈の目が輝く。
「分かりやすいです!」
佳乃が言う。
「前にも似た仕組みを作りましたやろ」
「前回の袋は、袋ごと一つの鞄へ入れてしまって……」
「何で分けた袋を、またまとめますのん!」
茉莉花が笑いをこらえる。
こうして経理室には、
「大宮麗奈専用・出張別色分け領収書袋・改」
が導入された。
「改」が付いた時点で、前作が失敗したことは明白だった。
◇
百舌鳥梅町の超倹約一家
谷口佳乃は、大阪府堺市の百舌鳥梅町近辺で生まれ育った。
古墳群にも近く、昔ながらの住宅街と学生街の雰囲気が入り交じる町。
佳乃の父は、大阪南部と都心、さらに泉州の町々や空港方面を結ぶ私鉄のベテラン車掌だった。
空港へ向かう流線形の特急列車は、新しく華やかだった。
一方、通勤路線では、緑色を基調とした古参車両が長く現役を続けていた。
古い。
よく揺れる。
扉の開閉音にも年季が入っている。
それでも毎朝、決められた時刻にやって来て、大阪南部で暮らす大勢の通勤客や学生を運び続ける。
幼い佳乃は、その車両を遠慮なく、
「緑色のボロ電車」
と呼んでいた。
すると父は、決まって訂正した。
「ボロやない。物持ちがええんや」
谷口家も、まさにその思想で暮らしていた。
冷蔵庫は壊れるまで使う。
炊飯器は内釜の目盛りが消えても、家族が水加減を覚えているため買い替えない。
居間の時計は一日に四分遅れるが、全員がその誤差を知っているので問題なし。
扇風機は佳乃が生まれる前から現役。
ソファは表面の一部が破れ、父が当て布を縫い付けている。
母の口癖は、
「座れたらええ」
だった。
谷口家では、家電製品が自然に引退することは許されない。
修理。
補強。
再修理。
部品交換。
延命に延命を重ね、ついに動かなくなった時だけ、家族会議が開かれる。
佳乃が財務省へ入省して初任給を得た時、実家へ最新型の炊飯器を贈ったことがある。
母は喜んだ。
父も感心した。
しかし佳乃は、箱を開けながら宣言した。
「高かったんやから、三十年は使うてもらいます」
父が笑った。
「空港特急かて、そこまで走るか分からんぞ」
「うちでは走ってもらいます」
現在、佳乃が暮らす東京都内の官舎も、実家とほとんど変わらなかった。
電子レンジは表示部分の右端が消えている。
掃除機の取っ手には補強テープ。
本棚は学生時代に買った組み立て式。
ローテーブルの角は擦れて白くなっている。
一度、美月が官舎を訪ねたことがある。
部屋を見回した美月は言った。
「けちのんの家、家具まで緑のボロ電車みたいやな」
佳乃は麦茶を出しながら答えた。
「毎日きちんと動いて、必要な仕事を果たしとります。何の問題がありますのん」
「昭和がまだ現役で走っとる」
「動く昭和は、下手な令和より丈夫です」
「この電子レンジ、数字半分見えてへんやん」
「音で分かります」
「何が分かんねん!」
「加熱時間です」
長年使い込んだ機械の癖を、佳乃は完全に把握していた。
ヒロ室で付けられたもう一つの異名は、
「堺の貯金箱」
新しい物が嫌いなのではない。
必要なら買う。
ただし、買った以上は徹底的に働かせる。
それが谷口家の流儀だった。
◇
金が絡まなければ、ただの陽気なおばちゃんです
職場での佳乃は、冷静で厳しい財務官僚だった。
しかし口を開けば、どぎつい泉州弁が飛び出す。
「この金額、何でこうなりましたん?」
「領収書と申請額が合うてまへんで」
「自分で食べたお菓子まで経費へ入れたらあきまへん」
「一円でも税金は税金です」
そして、ヒロインたちが最も恐れる決まり文句。
「戦隊ヒロインプロジェクトは、国民の皆様から頂いている血税によって運営されています。びた一文たりとも無駄にはできまへん」
この言葉が出ると、たいてい何かが差し戻される。
だが金が絡まなければ、佳乃は明るく陽気な堺のおばちゃんだった。
人の噂が好き。
恋愛話が好き。
誰と誰を組ませれば面白いか考えるのが好き。
人事異動の正式発表前から、勝手に組み合わせを予想する。
「この二人、一回組ませた方がええで」
「何でですか?」
「性格が正反対やから、おもろいやん」
「業務上の根拠は?」
「人間的な勘です」
財務官僚とは思えない理由だった。
しかも意外によく当たる。
佳乃は、領収書を受け取る数分の会話で、ヒロインたちの様子を見ていた。
誰が疲れているか。
誰と誰が喧嘩したか。
誰が本当は地方勤務を望んでいるか。
誰が恋愛を隠しているか。
誰が表向き元気でも、内心落ち込んでいるか。
その情報をもとに、人事担当でもないのに勝手な配置案を語る。
そのため、さらに付いた異名が、
「人事のかき混ぜ棒」
だった。
新人ヒロインが落ち込んでいれば、仕事帰りに話を聞く。
地方出身のヒロインが体調を崩せば、温かい食事を持っていく。
実家から届いた菓子を配る。
誰かが故郷へ帰れず寂しがっていれば、泉州弁で延々と世間話をする。
情には厚い。
ただし、その費用を経費へ入れようとすると激怒する。
「これは、うちが勝手に買うたもんです。公金と人情を混ぜたらあきまへん」
人情は人情。
経費は経費。
その境界線だけは、一ミリも動かさない女だった。
◇
波田顧問が財務省から直接スカウトしました
佳乃は、もともと財務省の若手キャリア官僚だった。
数字に強い。
法令や制度の理解が速い。
膨大な資料から矛盾点を見つける能力に優れている。
若手のうちから将来を期待され、いずれ本省の中枢へ進むと見られていた。
そんな佳乃に目を付けたのが、戦隊ヒロインプロジェクトの波田顧問だった。
当時のヒロ室は、まだ所属するヒロインの人数も少なく、現在ほど大きな組織ではなかった。
しかし波田は、いずれ全国規模へ拡大することを見据えていた。
活動が増えれば、予算も増える。
旅費。
装備費。
訓練費。
イベント費。
被害者支援費。
一度でも不透明な支出が出れば、プロジェクト全体が国民から疑われる。
攻撃能力の高いヒロインだけでは、組織は守れない。
数字を守る人間が必要だった。
波田は佳乃へ直接会い、言った。
「これから大きくなる組織には、敵と戦うヒロインだけではなく、帳簿を守るヒロインが必要だ」
佳乃は呆れた。
「財務官僚を戦隊ヒロインへ誘う人、初めて見ましたわ」
「前例がないなら、君が最初になればいい」
「随分と簡単に言いはりますな」
「簡単ではない。だから君に頼んでいる」
波田は本気だった。
佳乃も、戦隊ヒロインプロジェクトが単なる派手な広報活動ではなく、地域支援、被害者救済、社会課題への対応まで担おうとしていることに興味を持った。
最終的に、財務省からヒロ室へ出向。
財務・経理制度の整備を任されることとなる。
その経歴から、ヒロ室内では今も噂が絶えない。
「財務省が送り込んだ監視役」
「予算削減の材料を集めるスパイ」
「本省へ内部情報を流している」
美月は、会うたびに尋ねる。
「けちのん、ほんまは財務省のスパイなんやろ?」
佳乃は書類から目を上げない。
「さあ、どうでしょうな」
「否定せえへんのかい!」
「否定しても、美月さんは信じまへんやろ」
「その態度が一番怪しいねん!」
「ほな、怪しいままで結構です」
佳乃は、否定も肯定もしない。
どうやら本人も、噂を少し楽しんでいた。
◇
経理担当がイベントの代打へ送られます
ヒロインがまだ少なかった初期のヒロ室では、出演予定者が急な任務や体調不良で欠席すると、代役を用意できないことがあった。
そんな時、経理室から引っ張り出されたのが佳乃だった。
ある地域イベントの当日。
出演予定のヒロインが、急な事件対応へ派遣される。
開演まで一時間。
代役なし。
波田は佳乃へ聞いた。
「予備衣装は入るか?」
佳乃は電卓を叩く手を止めた。
「何で財務担当がステージへ出る話になってますのん?」
「人がいない」
「理由が雑すぎます!」
「できるか?」
佳乃は時計を見た。
未処理の伝票を見る。
もう一度時計を見る。
「四十五分で今日の支払い分だけ処理します。残りは戻ってからやります」
「頼む」
「貸し一つですで」
「覚えておく」
佳乃は経理処理を終えると、予備衣装へ着替え、そのままイベントステージへ立った。
本番では、堺のおばちゃん気質を全開にした。
「後ろの皆さん、声聞こえてますかー!」
「そこのお父さん、今スマホ見てましたやろ!」
「お子さんより先にクイズ答えたらあきまへんで!」
観客との距離を一瞬で縮める。
泉州弁の軽快な話術。
子どもへの声かけ。
絶妙なツッコミ。
急な代役とは思えない盛り上がりを見せ、イベントは無事成功した。
その日の夜。
佳乃は衣装姿のまま経理室へ戻り、残りの旅費精算を処理した。
別の日にはクイズ企画の進行補助。
子ども向けイベントの司会。
寸劇の悪役。
ステージ転換中の客席トーク。
ヒロ室初期の人手不足を、何度も表舞台から支えた。
財務省のスパイと噂されながらも、佳乃は戦隊ヒロインプロジェクトを嫌っているわけではない。
楽しいことが好き。
お笑いが好き。
イベントも好き。
表舞台へ立つことも、実は嫌いではない。
ただし、必要経費の書類が整っていなければ許さないだけだった。
◇
中洲の元チーママは、数字の裏側を読みます
佳乃を支えるのが、黒崎茉莉花だった。
元中洲のチーママ。
夜の店にいた頃から、売上、仕入れ、給与、指名、掛け金、備品、従業員の立替金を正確に把握してきた。
佳乃が法令と規則から伝票を見るなら、茉莉花は人と現場から見る。
佳乃が一枚の領収書を持ち上げる。
「“飲食代”としか書いてまへんな」
茉莉花は日時と金額を見る。
「イベント終了後のスタッフ十二人分やね。酒宴にしては安すぎる。定食と飲み物やろ。店側が但し書きを忘れたんやない?」
「参加者一覧と業務終了時刻を付けて再提出」
「それで通せるね」
二人が組めば、怪しい申請は逃げられない。
一方で、本当に必要だった支出も埋もれない。
ある若いヒロインが、遠慮がちに経理室へやって来たことがある。
急な任務変更で延泊し、宿泊費を自分で立て替えた。
申請方法が分からず、一か月近く放置していたという。
「私が遅れたので、自腹でも仕方ないと思って……」
佳乃の顔が険しくなる。
「仕方ないことありません」
「でも、書類が足りなくて」
「足りん書類は、そろえたらええんです」
佳乃は必要な証明を一つずつ説明し、茉莉花がホテルや担当部署へ確認を取る。
その日のうちに、特例処理の手続きが始まった。
佳乃は言った。
「規則は、人を困らせるためにあるんやありません。きちんと働いた人へ、きちんと金を返すためにあります」
ヒロインが頭を下げる。
「ありがとうございます」
「次からは早う相談してください。業務で使うた金を自腹で我慢して、美談みたいにしたらあきまへん」
厳しいのは、金を出したくないからではない。
正しい支出を、正しい相手へ返すため。
茉莉花は、そのことを誰よりもよく知っていた。
◇
戦隊ヒロインが脱税ではシャレになりまへん
佳乃は、旅費だけでなく税務にも厳しかった。
クイズ番組。
ゲーム番組。
賞金付きスポーツ企画。
懸賞。
イベント賞品。
ヒロインが個人資格で賞金や賞品を得れば、佳乃の確認が入る。
一条知佳のようなクイズ系ヒロインには、収録前から連絡する。
「賞金が出た場合、支払調書と受領書は捨てんといてください」
「まだ優勝すると決まっていませんが」
「優勝してから慌てるより、先に準備した方がええです」
美月が横から口を挟む。
「クイズで勝った金くらい、好きに使わせたりいな」
佳乃は真顔で答える。
「申告してから好きに使いなはれ」
「十万円くらい見逃したらええやん」
「十万円を笑う者は、追徴課税に泣きます」
「子ども向け番組の楽屋でする話ちゃうぞ!」
商品券。
旅行券。
高級家電。
宝飾品。
現金以外の賞品も確認対象となる。
ヒロインたちの間では、
「番組で優勝するより、佳乃へ説明する方が難しい」
と恐れられていた。
佳乃は決まって言う。
「戦隊ヒロインが脱税ではシャレになりまへん」
悪の組織より税務署を恐れる財務官僚だった。
◇
たこ焼き二百八十円、国家予算を揺らす
物語の中心となる騒動は、大阪で行われた地域イベントの旅費精算から始まった。
イベントを終えた赤嶺美月が、経理室へやって来る。
手には一枚の領収書。
美月は、それを佳乃の机へ堂々と置いた。
「けちのん、精算頼むで」
佳乃は領収書を見る。
金額、二百八十円。
品目、たこ焼き。
申請科目、
「地域文化調査費」
佳乃は一秒で答えた。
「認められまへん」
美月が机を叩く。
「何でや!」
「たこ焼きを一人で食べただけですやろ」
「大阪の食文化を調査したんや!」
「美月さん、東大阪出身やんか。今さら何を調査しますのん」
「大阪いうても広いねん! 店ごとに焼き加減も生地もソースも違う!」
「調査報告書は?」
美月は胸を張る。
「外はカリッ、中はトロッ。ソースは甘辛くて、めっちゃうまかった」
佳乃は領収書を美月へ返した。
「感想文です。自腹」
「イベントで話す可能性があったんや!」
「実際に話しましたか?」
「話してへん」
「ほな自腹」
「何のための可能性やねん!」
「実現せんかった可能性へ、税金は出ません」
声を聞きつけ、経理室の外へ人が集まり始めた。
職員。
新人ヒロイン。
通りかかったベテラン。
茉莉花は、いつの間にか椅子を少し後ろへ引き、観戦しやすい位置へ移動している。
美月は諦めなかった。
翌日、分厚い補足資料を持って現れた。
店舗の歴史。
店主の経歴。
イベント会場から店舗までの地図。
徒歩移動距離。
観光客からの評価。
たこ焼き文化の変遷。
生地とソースの特徴。
写真まで添付されている。
美月は資料を机へ置く。
「これで文句ないやろ」
佳乃は最初から最後まで読む。
一枚も飛ばさない。
読み終えると、静かに言った。
「この資料を作った時間の人件費が、二百八十円を超えてます」
「それでも二百八十円は返してもらう!」
「その執念を別の任務へ使いなはれ!」
「血税や言うても、うちの払った税金も入っとる!」
「公金は美月さんの個人貯金やありません!」
「国民へ大阪文化を伝えるための必要経費や!」
「伝えてまへんやろ!」
「次に伝える!」
「次に食べる分を、次の企画で申請しなはれ!」
「今回の二百八十円はどうなるねん!」
「自腹です!」
「どけちのん!」
「適正執行です!」
経理室は爆笑の渦に包まれた。
本人たちは真剣。
しかし、周囲には完全な漫才にしか見えない。
美月が声量で押す。
佳乃が規則で切り返す。
美月が感情論をぶつける。
佳乃が金額と時刻を示す。
一歩も譲らない。
たこ焼き二百八十円を巡り、国家予算級の攻防が続いた。
◇
実は、この勝負を二人とも楽しんでいます
美月は佳乃を「けちのん」「どけちのん」と呼ぶ。
佳乃は美月の領収書を容赦なく差し戻す。
しかし、二人は本気で嫌い合っているわけではない。
美月は、佳乃が理由もなく経費を削らないことを知っていた。
必要な経費なら、どれほど高額でも、書類を整えて正しく通す。
ヒロインが自腹で我慢していれば、むしろ佳乃の方が怒る。
佳乃も、美月が本当の不正をしないことを知っている。
せこい。
制度の隙間を探す。
自腹は一円でも減らしたい。
だが、国民の金を私物化するような真似は絶対にしない。
美月にとって旅費精算は、佳乃との知恵比べでもあった。
いつしか二人の攻防は、ヒロ室の日常的な娯楽となる。
佳乃が、
「美月さん、この領収書を説明してもらいまひょか」
と言えば、周囲の職員が仕事の手を止める。
美月が、
「今日は絶対に通したるからな!」
と答えれば、さらに人が集まる。
茉莉花が小声で言う。
「今日の演目は何やろね」
大宮麗奈が答える。
「衣装用の靴下を、任務装備費で出したいみたいです」
「それは長くなりそうやね」
経理室は、ほぼ定期公演会場になっていた。
◇
豚まん二個が、新ユニットを生みます
ある日の午後。
美月は新たな領収書を佳乃へ提出した。
豚まん二個。
申請理由は、
「イベント終了後の反省会用飲食費」
佳乃は時刻を確認する。
「反省会が終わった一時間後に買うてますな」
美月は即答した。
「帰りの電車で、一人反省会したんや!」
「豚まん二個食べながら?」
「一個は翌朝の分や!」
「なおさら業務と関係ありまへん!」
「翌日の活動へ向けた栄養補給や!」
「生活費です!」
「ヒロインの身体は資本やぞ!」
「全ての食事が経費になる理屈ですやん!」
「二個で四百円や! それくらい出したりいな!」
「四百円を笑う者は、四百万円を失います!」
「急に話を一万倍にすな!」
周囲は大爆笑。
その場を通りかかった一人の女性が、壁へ手をついて笑い始めた。
「甲斐の疾風」小宮山琴音だった。
琴音はしばらく笑った後、涙を拭く。
「あんたら、ほんとおもしれーじゃん」
美月と佳乃が同時に振り返る。
「何やねん」
「何ですのん」
琴音は二人を指さした。
「その掛け合い、経理室だけでやるのもったいないずら。イベントステージで披露したらどうずら?」
周囲から拍手が起こった。
美月は一秒も迷わない。
「ええやん!」
視線が佳乃へ集まる。
佳乃は断ると思われた。
ところが腕を組み、少し考えた後、最初に尋ねた。
「出演手当と交通費は、どの予算科目から出ます?」
琴音が再び腹を抱えた。
「そこから入るんかい!」
美月が佳乃の肩を叩く。
「けちのん、やる気満々やん!」
「出演するとは言うてまへん。予算上の確認です」
「その顔はやる顔や!」
佳乃は眼鏡を直した。
否定しない。
楽しいことが大好きな堺のおばちゃんの血が、すでに騒ぎ始めていた。
◇
浪速のバランサーを強制加入させます
美月は、その場で構想を語り始めた。
「うちとけちのんだけやと、アクが強すぎる」
琴音が頷く。
「二人とも一歩も下がらんからな」
「間に坂井まどかを入れよ」
大阪市出身の坂井まどか。
強い個性を持つ者同士の間へ入り、話を整理することができる。
美月が暴走すれば止める。
佳乃の制度説明が長くなれば、観客に分かる言葉へ変える。
自分は前へ出すぎないが、最後には一番きれいな言葉でまとめる。
美月は両手を広げ、高らかに宣言した。
「トリオ・ザ・大阪や!」
役割も、その場で勝手に決まった。
河内のスピーカー・赤嶺美月。
声量と勢いで押し切る暴走担当。
和泉の貯金箱・谷口佳乃。
金額、規則、税務を武器に、美月の主張を冷静に切り捨てる。
浪速のバランサー・坂井まどか。
二人の間を整え、観客へ話を届ける調整役。
呼び出されたまどかは、説明を聞いた後、しばらく黙っていた。
「うち、断る権利ある?」
美月が答える。
「あるで」
佳乃が一枚の企画書を出す。
「ただし、もう三人の名前を入れました」
「けちのんの方が強引やん!」
「企画書は早めに作った方がええです」
「出演承諾より先に作るな!」
美月が笑う。
「まどか、諦め。もうトリオや」
「うち、まだ一言もやるって言うてへん」
琴音が背中を押す。
「絶対おもしれーから、やってみろし」
まどかは二人を見る。
すでに美月と佳乃は、どちらが中央へ立つかで揉めていた。
「……うちが入らんかったら、事故になるな」
こうして、浪速のバランサーは自ら事故防止要員として加入した。
◇
財務官僚と人気ヒロインが台本を作ります
数日後。
勤務終了後の会議室。
美月と佳乃は、机を向かい合わせて座っていた。
ホワイトボードには、
「トリオ・ザ・大阪 第一回台本会議」
と書かれている。
まどかは別の業務が長引き、少し遅れて参加する予定だった。
美月が言う。
「最初は、うちが華々しく登場する」
「具体的には?」
「“全国を飛び回る人気戦隊ヒロイン、赤嶺美月でーす!”や」
佳乃は少し考える。
「ほな、うちが“その交通費、領収書出してください”と返します」
美月が一瞬黙り、机を叩いた。
「ええやん!」
佳乃も少し笑う。
「つかみとしては分かりやすいですな」
「次は、うちが“ヒロインは夢を売る仕事や”って言う」
「“夢にも予算が要ります”」
二人が顔を見合わせる。
「……これ、いけるんちゃう?」
「いけますな」
そこからは速かった。
たこ焼き二百八十円問題。
豚まん二個問題。
クイズ賞金の申告。
衣装代。
ホテルのグレード。
新幹線の座席。
財務省スパイ疑惑。
美月が無茶な主張を考える。
佳乃が制度と数字で切り返す。
「クイズで百万円獲ったら、全部うちのもんや!」
「申告してから言いなはれ」
「夢がない!」
「納税は国民の義務です」
「イベントステージで税務相談始めんな!」
美月が笑う。
佳乃も声を上げて笑う。
佳乃の制度説明が細かくなりすぎれば、美月が突っ込む。
「誰が休日のイベントで予算執行要領を聞きたいねん!」
「そこは確かに削った方がええですな」
「自分で分かっとるんかい!」
佳乃は台本の余白へ秒数を書き込む。
「ここ、美月さんが言うてから三秒待ちましょう」
「何でや?」
「観客が内容を理解してから、うちが落とした方が笑いが大きなります」
「財務官僚が笑いまで査定すんな!」
「予算も笑いも、間の管理が重要です」
「けちのん、お笑いになった途端、仕事より細かいやん!」
「仕事と同じくらいです」
「それが怖いねん!」
伝票を巡って何年も戦ってきた二人。
互いが何を言えば、相手がどう返すかを知り尽くしている。
実は、誰よりも呼吸が合っていた。
遅れて入ってきたまどかは、ホワイトボードを見上げた。
台本は、すでに八割完成している。
「もうできかけとるやん」
美月が振り返る。
「まどか、聞いてや。これ絶対いけるで」
佳乃も頷く。
「正直、予想以上に形になっています」
まどかは二人を交互に見た。
「うち、二人の間へ入るバランサーとして呼ばれたんやんな?」
「そうや」
「二人だけで、めちゃくちゃ意気投合しとるやん」
美月と佳乃が、同時に答えた。
「金の話以外はな」
声までぴったり重なる。
まどかはため息をついた。
「一番息合うとるやん」
◇
漫才ではなく、経理窓口コントにします
三人は、普通に並んで話す漫才だけでなく、経理室そのものを舞台にしたコント形式を採用することにした。
題名は、
「戦隊ヒロイン旅費精算窓口」
舞台中央には、経理窓口を模した机。
佳乃は財務担当者役――ほぼ本人。
美月は、無茶な領収書を大量に持ち込む人気ヒロイン役――これもほぼ本人。
まどかは、後ろへ並ぶ一般ヒロイン兼、二人を止める調整役。
つまり三人とも、普段どおりに振る舞えば成立する。
まどかが台本を見て言った。
「役作り、ほぼ要らんな」
美月が答える。
「けちのんは、そのまま座っとったらええ」
佳乃も言う。
「美月さんも、そのまま領収書を出したらええです」
「うちだけ問題児扱いすな!」
「役柄ではなく実績です」
「ほら、今の入れよ!」
小道具も考える。
一メートル近い巨大電卓。
「経費」と「自腹」の判定札。
巨大な領収書。
大きな赤い「差し戻し」印。
賞金申告書。
佳乃はすぐに複数の業者から見積もりを取ろうとする。
美月が呆れる。
「コントの小道具に三社見積もり取るんか?」
「公的イベントで使う可能性がありますさかい」
「まだ出演場所も決まってへんぞ!」
「先に相場を把握しとくんです」
まどかが台本へ書き足す。
「そのやり取りも入れよ」
佳乃は言う。
「ただし、本当に発注する場合は適正な手続きが必要です」
「舞台の上でも言うつもりか?」
「言うたら笑いになるんちゃいます?」
佳乃は完全に乗り気だった。
◇
経理室が仮設ステージになります
翌日の勤務終了後。
三人は経理室の一角を使い、初めて立ち稽古を行った。
茉莉花が机を動かし、簡易的な窓口を作る。
琴音も見学に来る。
大宮麗奈、一条知佳、数人の職員まで集まり、小さな観客席ができた。
佳乃は机の内側。
美月は領収書の束を持って登場位置へ。
まどかは少し後ろで待機。
琴音が手を叩く。
「ほいじゃ、やってみろし!」
美月が大きく息を吸った。
「どうもー! 全国を飛び回る人気戦隊ヒロイン、赤嶺美月でーす!」
佳乃は顔も上げずに言う。
「その交通費、領収書出してください」
まどかが前へ出る。
「まだ登場しただけや!」
見学者から、いきなり笑いが起きる。
美月が机へ巨大領収書を置く。
「大阪イベントで食べたたこ焼き、地域文化調査費や!」
佳乃が見る。
「青のりが歯に付いてただけです。自腹」
まどかが美月の口元を見る。
「研究成果、そこなん?」
また笑い。
美月が次の領収書を出す。
「これは衣装代や!」
「普通の靴下です」
「赤色やから、戦隊衣装に使える!」
「五足組のうち、赤は一足だけです」
「残りは予備や!」
「黒と灰色と紺を、どの戦隊衣装に使いますのん」
まどかが袋をのぞく。
「一足、白も入っとるで」
美月が胸を張る。
「白は何にでも合う!」
佳乃が「自腹」の札を上げる。
「生活用品です」
笑いが続く。
クイズ賞金の場面。
美月が架空の賞金袋を抱える。
「クイズで百万円獲ったで! 全部うちのもんや!」
佳乃が申告書を差し出す。
「こちらへ記入してください」
「夢がない!」
「納税は国民の義務です」
「子どもの前で急に現実を見せんな!」
まどかが二人の間へ入る。
「賞金袋より申告書の方が大きいやないか!」
ここでも大きな笑い。
財務省スパイ疑惑の場面では、美月が佳乃へ迫る。
「けちのん、あんた財務省のスパイやろ!」
佳乃は無表情で答える。
「回答する義務はありません」
まどかが叫ぶ。
「また一番怪しい返事する!」
琴音が壁を叩いて笑う。
茉莉花は目元を押さえている。
初めての立ち稽古とは思えないほど、三人の呼吸は合っていた。
◇
財務官僚は、笑いの間まで修正します
一通り終わると、佳乃はすぐに反省会を始めた。
「二つ目のたこ焼きのくだり、少し早かったですな」
美月が水を飲みながら答える。
「十分ウケとったやん」
「笑いが収まる前に次の台詞へ行きました。あと一秒半、待てます」
「一秒半まで測るんか!」
「感覚です」
「財務官僚の感覚、細かすぎるねん!」
まどかも台本を見る。
「うちは、賞金のところで前へ出るのが少し遅れたな」
佳乃が頷く。
「まどかさんが先に申告書の大きさへ触れた方が、観客に伝わりやすいです」
美月が佳乃を見る。
「けちのん、ほんまにステージ慣れしとるな」
「昔、代打で何度も出ましたさかい」
「経理処理しながら、何でそんな経験積んどるねん」
「人がおらんかったんです」
琴音が言った。
「いや、これ本当にいけるじゃん」
茉莉花も笑顔で頷く。
「経理室で見てもおもしろいんやから、ステージで小道具入れたらもっと映えるやろね」
大宮麗奈が素直に言う。
「次も見たいです」
佳乃が麗奈を見る。
「その前に、仙台と広島の領収書を分けてください」
「はい」
美月が叫ぶ。
「感想より先に伝票指導すな!」
再び笑いが起こる。
三人はもう一度、冒頭から稽古する。
二度目は、一度目より間が合う。
美月の勢い。
佳乃の冷静な返し。
まどかの絶妙な整理。
美月が台詞を少し変えても、佳乃が即座に拾う。
佳乃が説明を一行増やせば、まどかが強引に止める。
アドリブまで成立する。
最後の場面。
美月が胸を張る。
「ヒロインは、国民に夢を与える仕事や!」
佳乃が答える。
「夢にも予算が要ります」
まどかが二人の肩へ手を置く。
「ほな、夢と予算の折り合いつけて、三人で頑張りましょ!」
三人が頭を下げる。
「どうも、ありがとうございました!」
経理室に拍手が響いた。
美月は顔を上げ、佳乃を見る。
「けちのん」
「何です?」
「これは、いけるんちゃう?」
佳乃は眼鏡を直す。
口元が、少し笑っている。
「いけますな」
まどかも二人の間で笑った。
「悔しいけど、思ってたよりちゃんと形になっとる」
「何が悔しいねん」
「二人が想像以上に息合うとることや」
琴音が三人へ言う。
「次のイベントで空き時間あったら、絶対入れてもらえし」
佳乃が即座に尋ねる。
「出演時間は何分です?」
「そこはまだ決まってねえずら」
「舞台寸法は?」
「決まってねえ」
「音響設備は?」
「これからや!」
美月が佳乃の肩を叩く。
「けちのん、気が早い!」
「やるなら準備は早い方がええです」
佳乃の目は、すでに次のステージを見ていた。
◇
金の話以外では、最強の相棒です
稽古を終えた三人が会議室を出る。
廊下には、翌日に処理する旅費精算書が山積みになっていた。
美月が立ち止まる。
「ほんまにコントやる暇あるん?」
佳乃は書類の山を見る。
「作ります」
「どうやって?」
「仕事を終わらせたらええだけです」
「それが簡単やったら、誰も残業せえへん」
佳乃は書類を持ち上げる。
「昔は経理処理して、代打でイベント出て、戻ってからまた伝票を処理してました」
まどかが尋ねる。
「そこまでして、何でヒロ室に残っとるん?」
佳乃は少しだけ黙った。
「税金で動く組織やからこそ、きっちりせなあかんからです」
いつもの言葉。
だが声は少し柔らかかった。
「一回でも不正や、ずさんな会計が出たら、真面目に働いとるヒロインまで疑われます。地域で頑張っとる子の活動が、予算ごと止められるかもしれまへん」
美月とまどかが黙って聞く。
「うちが嫌われてでも一円まで確認しとったら、少なくとも金のことで、このプロジェクトを潰される可能性は減ります」
美月は少しだけ照れくさそうに言った。
「誰も本気で嫌ってへんやろ」
佳乃が美月を見る。
「どけちのん言うてますやん」
「あれは愛称や」
「愛情が感じられまへん」
「めっちゃ込もっとる」
「経費に換算するとゼロ円ですな」
「人の愛情まで査定すな!」
まどかが笑う。
佳乃も小さく笑う。
そして、すぐにいつもの顔へ戻った。
「せやから、たこ焼き二百八十円は自腹です」
「せっかくええ話してたのに!」
「人情と経費は別です」
「どけちのん!」
廊下に笑い声が響いた。
◇
次のイベントまで、経理室で秘密稽古です
「トリオ・ザ・大阪」結成の噂は、琴音によって翌日にはヒロ室中へ広がった。
「いつ披露するの?」
「大阪のイベント?」
「全国ツアーやる?」
「税務相談コーナーもある?」
「巨大な差し戻し印を作るって本当?」
次々に声をかけられる。
佳乃は冷静に答える。
「本来業務へ支障が出ない範囲で、適切なイベントを選定します」
美月が言い換える。
「近いうちに、どっかのステージでやるで!」
まどかが補足する。
「まだ場所も日付も決まってへんから、待っといてな」
初舞台は、次回以降へ持ち越された。
だがコント台本は完成している。
立ち稽古も成功。
三人の呼吸も合った。
美月と佳乃は、互いに同じ手応えを感じていた。
これは、いける。
その日の夕方。
美月が経理室へ、新しい領収書を一枚持ってきた。
「けちのん、これ通してや」
佳乃が見る。
金額、百八十円。
品目、缶コーヒー。
但し書き、
「コント台本作成時の集中力維持費」
佳乃は一秒で返した。
「自腹です」
「何でや! 二人で台本作った時に飲んだやつやぞ!」
「うちは自分の分、自腹で買いました」
「そこはユニット活動費やろ!」
「まだ正式なイベント出演前です」
「稽古も活動や!」
「自主練習です」
「トリオの結束を強める飲み物や!」
「ただの缶コーヒーです」
まどかが隣から領収書をのぞく。
「これ、一本しか買うてへんやん」
美月が答える。
「うちの分や」
「結束、全然強めてへんやん」
佳乃が赤い判を押す。
「差し戻し」
美月が叫ぶ。
「どけちのん!」
佳乃が返す。
「適正執行です!」
まどかが二人の間へ入る。
「はい、今日の稽古始まったで!」
周囲の職員たちが笑い出す。
本番のステージは、まだ決まっていない。
だがヒロ室経理部門では、毎日のように新しいネタが生まれている。
河内のスピーカー・赤嶺美月。
和泉の貯金箱・谷口佳乃。
浪速のバランサー・坂井まどか。
三人によるコント漫才ユニット、
「トリオ・ザ・大阪」
は、こうして正式に始動した。
初舞台がどの町になるのか。
どのイベントになるのか。
まだ誰にも分からない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
財務の鬼・谷口佳乃は、金には恐ろしく細かい。
領収書の一円も逃さない。
そして、お笑いの間には――それ以上に細かかった。




