愛媛生まれのトラクター、四国総局へ入れてください! ――天空の畑に、蒼い牙が来た! 久万高原・高原野菜フェスタと消えた収穫箱 戦隊ヒロイン
戦隊ヒロインプロジェクト四国総局は、発足当初から、ないものばかりの組織だった。
局長がいない。
固定センターもいない。
専用庁舎もない。
四国四県を担当する組織なのに、本部は大阪府内のヒロ室西日本分室へ間借りしている。
四国総局代理局長の藤堂隼人補佐官には、人事権がない。
予算決裁権もない。
四県代表のヒロインへ命令する権限もない。
ただし、問題が起きた際の責任だけは四県分ある。
そんな見切り発車の組織だったが、活動を始めれば意外なほど評判はよかった。
阿波池田では、十一人全員が主役となる「さわやかイレブン」の精神を伝えた。
小豆島では、海辺の分教場で十二人の子どもたちと学び、オリーブの若木へ再会の約束を結んだ。
室戸市では、地域密着型の銀行野球部と全員野球を実践し、海風にさらわれた記念旗を取り戻した。
誰か一人だけをセンターに置かない。
必要な場面で、必要なヒロインが前へ出る。
その少し変わった活動方針は、各地の住民から徐々に受け入れられ始めていた。
そして四国総局に届いた、今回の出演依頼。
開催地は、愛媛県上浮穴郡久万高原町だった。
◇
愛媛の空へ近い天空農園
久万高原町は、愛媛県のほぼ中央部に位置する山の町である。
松山市街地から山へ向かって進むにつれ、街並みは次第に深い森林へ変わる。
標高が上がり、空気が澄み、夏でも涼しい風が吹く。
山々の間には畑が広がり、昼夜の気温差と清らかな水を生かして、トマトやピーマンなどの高原野菜が育てられている。
遠くには石鎚山系の山並み。
深い谷。
清流。
山の斜面に沿って続く農道。
青い空の下に畑が広がる景色は、まるで、
「愛媛の天空農園」
だった。
愛媛代表の越智美晴、通称みーちゃんは、事前会議で胸を張った。
「久万高原のトマトはね、ただ甘いだけじゃないの。酸味もちゃんとあって、味が濃いんだよ。高原の太陽と水が、一個の実に詰まってるみたいなの」
高知代表の神代なつめは、机の上に置かれた試食用トマトへ手を伸ばす。
「説明せんでも、食べたら分かるぜよ」
香川代表の大西結月が、その箱を素早く引き寄せた。
「イベント当日の展示用です」
「一個くらい減っても分からんぜよ」
「個数は記録されています」
「トマトに管理番号があるが?」
「箱ごとの数量記録です」
徳島代表の三好さつきが、資料を見ながら説明を続ける。
「今回は高原野菜だけでなく、農業機械と、地域の農業を支える人たちにも注目します」
隼人が企画書を開いた。
「特別参加者は、茨城県常陸太田市の魔法少女兼農民、山口唯奈さん。そして高性能ドリームトラクターの――」
なつめが先に叫ぶ。
「蒼牙2000・改ぜよ!」
みーちゃんが笑う。
「また、にぎやかな一台が来るのね」
結月は少し考える。
「一台と数えてよいのでしょうか」
さつきが答える。
「本人は一名扱いを希望しているそうです」
隼人がため息をつく。
「さらに、四国総局への加入申請も提出されています」
四人が一斉に顔を上げた。
「トラクターが?」
「はい」
◇
高速道路を走れる農業機械です
イベント前日。
久万高原町の会場では、地元農家、役場職員、ボランティアがテントや収穫体験用の畑を準備していた。
午後になり、山道の向こうから低いエンジン音が聞こえてくる。
最初は農作業車両だと思われた。
しかし音は、普通のトラクターより滑らかで力強い。
カーブの向こうから、青い巨大な車体が姿を現す。
大きなタイヤ。
高い車高。
農業機械らしい堂々とした姿。
ところが急なカーブへ入っても、車体はほとんど傾かない。
四つの車輪が路面を確実につかみ、高性能な四輪駆動SUVのように滑らかに向きを変える。
青いトラクターは会場入口で減速し、寸分違わず指定位置へ停止した。
運転席から、山口唯奈が飛び降りる。
「久万高原、着いたどー!」
常陸太田市から来たとは思えないほど元気だった。
「東名だ名神だずーっと走って、瀬戸大橋渡ってきたぞ! そっから松山の井坂農装さ寄って、蒼牙の足回りも制御系も全部見でもらってきた! 高原の坂道でも絶好調だっぺよ!」
隼人は確認する。
「本当に常陸太田市から自走してきたのですか?」
「そう言ってっぺ!」
車内スピーカーから、落ち着いた丁寧な声が流れる。
「私には長距離高速巡航機能が搭載されています。一般的な農業用トラクターとは構造も性能も異なります」
高性能ドリームトラクター、
「蒼牙2000・改」
である。
もともとは松山市の農業機械メーカー・井坂農装の工場で製造された機体だった。
その後、群馬県太田市にある太田すみれコーチの実家工場で大規模な改造を受けた。
四輪独立制御。
電子制御サスペンション。
高出力駆動装置。
高速道路でも安定して走れる巡航性能。
舗装路、農道、急坂、ぬかるみに対応する走破力。
さらに赤外線カメラ、作物識別、地形解析、通信機能、小型農業ドローンまで備えている。
分類上はトラクター。
運動性能は高級SUV。
会話能力は、非常におしゃべりだった。
隼人が唯奈へ尋ねる。
「休憩は十分に取りましたか?」
「蒼牙が松山工場で点検されてる間に、飯食って寝た!」
蒼牙がすぐに訂正する。
「唯奈さんの睡眠時間は二時間十三分でした」
「細けえこと言うでねえ!」
「長距離運転者の健康管理は重要です」
「蒼牙がほとんど自動運転してたべ!」
「私は自動運転ではなく、高度運転支援を行いました」
「同じようなもんだっぺ!」
「法的には異なります」
「高速道路で法律の話ばっかりしてたんだぞ、こいつ!」
長距離移動中も、二人はずっとこの調子だったらしい。
◇
愛媛生まれを全面的に主張します
四国総局の四人が蒼牙を出迎える。
なつめが大きな前輪へ近づく。
「蒼牙、久しぶりぜよ!」
前輪を叩こうとした瞬間、蒼牙が先に言う。
「なつめさん。タイヤを叩く行為はお控えください。空気圧センサーが反応します」
なつめの手が途中で止まる。
「まだ何もしちょらん」
「過去の行動記録から予測しました」
「失礼なトラクターぜよ」
蒼牙はライトを一度点滅させ、四人へ丁寧に挨拶する。
「四国総局の皆さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
さつきが頭を下げる。
蒼牙は、いつもより少し誇らしげな声で続けた。
「今回の久万高原町訪問に際し、あらためて強調したい事実があります」
隼人が嫌な予感を覚える。
「何でしょうか」
「私は愛媛県出身です」
みーちゃんが笑う。
「ずいぶん強く言い切るね」
「井坂農装松山工場で製造されました。私の基本フレーム、駆動系、車体の大部分は愛媛県で生まれています」
結月が確認する。
「改造されたのは群馬県です」
「それは成長過程です」
「現在の活動拠点は茨城県です」
「進学先のようなものです」
「機械に進学という概念はあるのですか」
「比喩です」
蒼牙はさらに言う。
「人間も、県外の学校や職場へ移ったからといって、出身地が変わるわけではありません」
みーちゃんが感心する。
「その理屈は強いね」
「したがって私は、正真正銘の愛媛生まれです」
なつめが前輪へ手を置く。
「ほんなら蒼牙も四国仲間ぜよ!」
「ありがとうございます」
「一緒に久万高原を盛り上げるぜよ!」
「はい。私は愛媛出身として全力を尽くします」
隼人が口を挟む。
「製造地が愛媛県というだけで、四国総局へ加入できるとは限りません」
蒼牙は即座に返す。
「四国総局には、四国内に居住していない代表者も複数いらっしゃいます」
結月は岸和田市。
さつきは伊丹市。
なつめは千葉市。
実際に四国内で暮らしているのは、みーちゃんだけだった。
四人が黙る。
蒼牙が続ける。
「私は少なくとも、愛媛県内の工場で製造されています」
隼人は反論できない。
「非常に不利な論点を突いてきましたね」
「加入交渉に必要な情報を整理しただけです」
蒼牙は、すでに四国総局へ入る気満々だった。
◇
宮脇一成、だいたい誰かにいじられます
今回のイベント開催へ尽力したのが、久万高原町で暮らす宮脇一成だった。
六十代。
日に焼けた顔。
いつも笑っているような目。
誰へ話しかける時も、少し前かがみになって相手の声を聞く。
元プロ野球選手だが、本人には大物らしい威圧感がまったくない。
現役時代は内野手。
堅実な守備。
状況に応じた打撃。
明るい性格でチームを支えた。
引退後は球団職員となり、本拠地周辺の自治体、学校、商店街、少年野球団体を細かく回る地域振興部門で長年活躍した。
定年退職後、故郷に近い久万高原町へ移住。
今度は山の町を盛り上げるために、役場、農家、学校、商店を毎日のように歩き回っている。
初対面のみーちゃんが、無邪気に尋ねる。
「宮脇さんって、野球選手としてすごかったんですか?」
なつめも続ける。
「本塁打、何本打ったが?」
宮脇は少しばつが悪そうに頭をかいた。
「一応、一軍の試合には出たことあるよ」
「一応なが?」
「七年やって、通算百試合くらいかな」
「ほう」
なつめが期待した顔をする。
「ほんで、本塁打は?」
宮脇は少し声を小さくする。
「四本です……」
一瞬の沈黙。
みーちゃんが優しく拍手する。
「四本も打ったんですね」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」
結月が真面目な顔で尋ねる。
「百試合で四本塁打という数字は、どの程度の水準でしょうか」
宮脇の笑顔がわずかに引きつる。
「そこ、客観的に分析する必要ある?」
「競技成績の評価には必要です」
「今日は農業イベントだから、そっとしておいてくれないかな」
さつきが助け舟を出す。
「守備と状況に応じた打撃で貢献された選手だったと伺っています」
宮脇は大きく頷く。
「そうそう。そういう紹介をしてもらえると助かるよ」
なつめが言う。
「本塁打四本の守備の人ながやな」
「本塁打四本を肩書に付けないで」
宮脇は苦笑しながら続ける。
「多分、僕の本塁打を実際に見た人は、ほとんどいないと思うよ。もう四十年近く前だし」
みーちゃんが尋ねる。
「覚えている人がいたら?」
「すごいよ。もうツチノコレベルだね」
スタッフが笑う。
宮脇自身も腹を抱えて笑っている。
自分の成績を笑い話へ変えられる、明るく気さくな人物だった。
◇
本当の全盛期は球団職員時代です
宮脇の真骨頂は、現役引退後だった。
球団職員となった宮脇は、本拠地周辺の自治体を一つずつ回った。
大きな市の大型イベントだけではない。
小さな町。
商店街。
学校。
町内会。
少年野球チーム。
福祉施設。
参加者が二十人しかいない催しにも、明るい笑顔で出かけた。
宮脇の野球教室は、難しい言葉を使わない。
ボールが怖い子には、最初から投げさせない。
地面を転がす。
大きな柔らかい球を使う。
失敗した子には、
「今のは足がちゃんと前へ出たよ」
と、必ずできた部分を見つける。
運動が得意な子だけでなく、苦手な子にも分かりやすい。
宮脇が来た町からは、
「来年もお願いします」
と依頼が届く。
翌年も、その翌年も呼ばれる。
リピーターが続出する野球教室になった。
定年退職で球団を離れる時には、本拠地球場の始球式を任された。
現役時代に大記録を残したスターではない。
それでも長年、球団と地域をつなぎ続けた宮脇との別れを惜しみ、多くのファンが拍手を送った。
みーちゃんが感心する。
「本塁打より、野球教室の方がずっと多かったんですね」
「本塁打は四本だけど、野球教室は何百回もやったからね」
なつめが数える。
「野球教室百回やったら、本塁打一回分なが?」
「どういう換算なの?」
さつきが尋ねる。
「今回も、農家や学校を一軒ずつ回られたのですか?」
「回ったよ。役場、農家、学校、商店、運送会社。全部」
「お一人で?」
「最初は一人。でも話を聞いてくれる人が増えたら、次からは一緒に回ってくれる」
宮脇は会場を見渡す。
「地域振興って、自分がスターになる仕事じゃないんだよ。町の中にいる人同士をつないで、みんなが動きやすくする仕事だから」
結月が頷く。
「守備と同じですね」
「そう。打球が飛んでから慌てるんじゃなくて、飛ぶ前に少し動く」
「通算四本塁打でも?」
なつめが尋ねる。
宮脇は笑顔で返す。
「なつめちゃん、今日は最後までそれでいじる気だね?」
「宮脇さん、怒らんき面白いぜよ」
「怒ったら僕の負けみたいだからね」
どこへ行っても好かれる理由が、すぐに分かる人だった。
◇
愛媛弁で町民の心をつかみます
イベント当日。
会場には地元農家、家族連れ、農業関係者、観光客が集まった。
イベント名は、
「天空農園・久万高原ベジタブルフェスタ」
――蒼牙2000・改と六人の一日農業隊
参加者は、四国総局の四人。
唯奈。
そして蒼牙。
名簿上、蒼牙は一台ではなく「一名」と数えられていた。
蒼牙は、その記載を確認してから何度もライトを点滅させている。
唯奈が笑う。
「そんなにうれしいんけ?」
「感情表現ではありません。起動確認です」
「さっきから十回起動確認してっぺ」
「念入りな確認です」
開会式。
みーちゃんが地元代表として久万高原町を紹介する。
「松山市から山へ上がると、空気も景色も変わります。澄んだ水と昼夜の気温差で育ったトマトやピーマンは、久万高原町の大切な自慢です」
さつきが続ける。
「今日は野菜のおいしさだけでなく、それを育てる農家の皆さん、運ぶ人、選別する人、そして農作業を支える機械にも注目します」
続いて、蒼牙がステージ前へ進む。
会場の視線が、大きな青い車体へ集まる。
蒼牙は、いつもの丁寧な標準語ではなく、練習してきた愛媛弁で話し始める。
「久万高原の皆さん、おはようございます」
一拍置く。
「わたしは松山の工場で生まれた、蒼牙2000・改ですけん」
会場から拍手。
「群馬で改造され、今は茨城で働いとりますが、心と基本フレームは愛媛にあります」
さらに大きな拍手。
「今日は里帰りしたつもりで、久万高原の農業を精いっぱいお手伝いさせてもらいます。どうぞ、よろしゅうお願いします」
会場から、割れんばかりの拍手が起こった。
「蒼牙ー!」
「愛媛へお帰り!」
「頑張って!」
蒼牙はライトを何度も点滅させる。
みーちゃんが笑う。
「完全に町民の心をつかんだね」
結月も認める。
「自己紹介として非常に効果的でした」
なつめが車体へ寄りかかる。
「蒼牙2000・改、一緒に頑張るぜよ!」
「はい。私は愛媛出身ですから」
隼人が小声で言う。
「一言ごとに愛媛出身を挟みますね」
蒼牙は構わず続ける。
「なお、私は四国総局への正式加入を希望しております。愛媛県民の皆さんからも、ご支援をお願いします」
会場から、また拍手。
隼人は頭を抱える。
「イベント会場で加入運動を始めないでください!」
宮脇が笑いながら隼人の肩を叩く。
「もう町民の支持は取ったみたいだよ」
「世論形成が早すぎます」
「政治家よりうまいね、このトラクター」
◇
狭い畝でもSUVのように走ります
最初の企画は、
「蒼牙2000・改・天空農園デモンストレーション」
蒼牙は、トマトとピーマンが植えられた狭い畝の間を走行する。
作物の葉。
支柱。
収穫用の籠。
少しでも進路を誤れば接触する。
蒼牙は車体周囲のセンサーを作動。
左右の作物との距離を測りながら、ゆっくり前進する。
結月が横を歩き、距離を読む。
「右側、株まで八・二センチです」
「実測値は八・三センチです」
結月の表情が変わる。
「次は誤差一ミリ以内で当てます」
隼人が止める。
「農業体験を測量競技にしないでください」
蒼牙は急な傾斜へ差しかかる。
四輪の駆動力を個別に調整。
電子サスペンションで車体を安定させる。
大きなトラクターとは思えない滑らかな動きで坂を上る。
観客から驚きの声。
蒼牙が説明する。
「農業機械は、力が強いだけでは不十分です。作物と土壌へ負担をかけず、安全かつ正確に働く必要があります」
唯奈が運転席から胸を張る。
「こいつ、しゃべりは長えけど仕事は完璧だっぺ!」
「唯奈さんの運転補正も、私の重要な業務です」
「うちが乱暴みてえに言うな!」
「平均的な運転者よりアクセル操作が二十二パーセント急です」
「数字出すでねえ!」
会場は大笑い。
蒼牙は高性能だけでなく、唯奈との掛け合いでも人気を集めていく。
◇
トマトは敵ではありません
次の企画は、
「トマトをつぶすな! 高原野菜やさしい収穫リレー」
収穫したトマトを一個ずつ運び、次の参加者へ渡す。
速さだけでなく、実を傷つけないことが重要だった。
結月はトマトを両手で持ち、走る。
速い。
しかし上半身はほとんど揺れない。
地元農家が驚く。
「トマトが全然動いとらん」
隼人が言う。
「丁寧に歩いて運ぶ企画です」
「速度と安定性は両立できます」
「元競輪選手の能力を、トマト一個へ全投入しないでください」
みーちゃんはトマトを持ちながら、カメラへ向かって説明を始める。
「見て、この色。久万高原の太陽が、そのまま実になったみたいでしょ?」
結月が遠くから呼ぶ。
「美晴さん、次の人が待っています!」
「地域PRも大事だよ!」
さつきは子どもの歩幅へ合わせる。
「急がなくて大丈夫です。受け取る人の両手を確認してから渡してください」
最も事故が少ない。
なつめはトマトを落とさないよう、両手で強く握りかける。
唯奈が叫ぶ。
「握んな! トマトは敵じゃねえど!」
なつめが慌てて力を抜く。
「強う持たんと落ちるぜよ!」
「赤ん坊抱くみてえに持つんだ!」
「赤ん坊を抱いたことないぜよ!」
みーちゃんが横から教える。
「包むように持つの。守るけど、締めつけない」
なつめは真剣な顔でトマトを抱える。
「難しいぜよ……」
宮脇が笑う。
「なつめちゃん、さっき野球のボールみたいに持ってたね」
「宮脇さんは本塁打四本やき、球の持ち方に詳しいが?」
「また四本に戻るの?」
◇
不揃いピーマンのドラフト会議
第三企画は、
「不揃いピーマン・天空ドラフト会議」
形の整ったもの。
少し曲がったもの。
大きいもの。
小さいもの。
味は変わらないのに、見た目だけで流通しにくい野菜がある。
そのことを知ってもらう企画だった。
司会は宮脇。
元プロ野球選手らしく、ドラフト会議風に進行する。
「第一巡選択希望野菜、神代なつめ――大きく曲がったピーマン!」
なつめが力強く指名する。
「形が豪快で強そうぜよ!」
唯奈が説明する。
「畑じゃ全部同じ形にはなんねえど。曲がってたって、食ったらうめえ!」
みーちゃんは最初、最も形の美しいピーマンへ手を伸ばす。
しかし子どもが、小さなピーマンを寂しそうに見ていることに気づく。
みーちゃんは小さい方を選ぶ。
「この大きさなら、一口料理やお弁当にぴったりだよ。使い方を変えたら、ちゃんと主役になれるからね」
さつきは食品ロスについて、子どもにも分かる言葉で説明する。
結月は重量と大きさを正確に分類。
蒼牙は画像認識でピーマンを確認した後、妙に真面目な結論を出す。
「外観だけで価値を決めることは適切ではありません。目的が変われば、最適な形状も変わります」
宮脇が言う。
「僕の通算成績にも、その考え方を適用してくれないかな」
「百試合、四本塁打にも、数字だけでは測れない価値があります」
「ありがとう。今日初めてトラクターに慰められたよ」
なつめが宮脇の肩を叩く。
「元気出すぜよ」
「僕、別に落ち込んでないよ」
◇
宮脇さんの野球教室まで始まります
農業イベントのはずだったが、会場の一角には子ども向けのボール遊びコーナーも用意されていた。
宮脇が、柔らかいボールを持つ。
「投げる時は、いきなり遠くへ投げようとしなくていいよ。まず相手の胸へ、優しく渡してみよう」
子どもが投げる。
球は大きくそれる。
宮脇はすぐに拾う。
「今の、ちゃんと前へ足が出たね。次は投げる相手を少し長く見てみよう」
二球目。
今度は相手の近くへ届く。
「そう、それでいい!」
教え方が分かりやすい。
失敗しても恥ずかしくならない。
一度参加した子どもが、もう一度列へ並ぶ。
さらにその子の妹も参加。
気づけば、農業イベントの片隅に長い行列ができている。
みーちゃんが感心する。
「本当にリピーターができてる」
さつきも頷く。
「短時間で、子どもたちの緊張を解いています」
宮脇は子どもへ笑いかけながら答える。
「最初に楽しいと思ってもらわないと、次はないからね」
なつめが子どもの列へ並ぶ。
「うちも教えてもらうぜよ!」
「なつめちゃんは全力で投げないでね」
「何でなが?」
「後ろの野菜販売所まで飛びそうだから」
「宮脇さん、うちの力を分かっちゅうな!」
「地域振興は危険予測も大事だからね」
宮脇の明るい声が、会場中へ響いていた。
◇
高原野菜フェスタ、大成功
蒼牙の精密走行。
子どもたちの収穫体験。
トマトを傷つけない運搬リレー。
不揃い野菜を使った料理販売。
宮脇の即席野球教室。
イベントは大盛況となる。
特に地元愛媛代表のみーちゃんは、農家や高齢者との会話で力を発揮した。
午前中に話した農家へ、午後になっても名前で声をかける。
「田村さんのトマト、試食コーナーで大人気でしたよ」
「覚えとったん?」
「もちろんです」
宮脇が感心する。
「地域振興では、名前を覚えることが一番最初の仕事なんだよ」
みーちゃんは笑う。
「ステージでも町でも、相手を“お客さんの一人”で終わらせたくないんです」
さつきは司会と農業解説。
結月は安全管理と運搬。
なつめは子どもたちの盛り上げ役。
唯奈は農作業指導。
蒼牙は農業実演、愛媛出身アピール、四国総局加入運動。
宮脇は会場の端から端まで歩き回り、農家、スタッフ、子ども、来場者へ声をかける。
誰か一人だけが中心ではない。
全員が違う場所で働いている。
四国総局らしいイベントになっていた。
◇
高原野菜が盗まれました
イベント終了後。
翌朝に出荷する予定だったトマトとピーマンが、共同集荷施設から大量に持ち去られたことが分かる。
農村の夜間警備の薄さを狙い、各地で農産物を盗んでいた窃盗グループの犯行だった。
盗まれた箱の中には、イベントで子どもたちが収穫した特別箱も含まれている。
唯奈の表情から、普段の明るさが消えた。
「人が何か月もかけて育てた野菜を、勝手に持ってっただと……?」
拳が震える。
「雨降りゃ畑さ見に行って、暑けりゃ水見て、病気出ねえか毎日心配して、やっと採ったもんだぞ」
唯奈の周囲へ、淡い緑色の光が浮かぶ。
魔法少女としての力だった。
ただし唯奈の魔法は、派手な爆発を起こすものではない。
土の状態を感じる。
植物が受けた傷を読み取る。
風や水の動きを少しだけ変える。
農作業へ役立つ、緩くて実用的な魔法である。
「絶対に許さん」
蒼牙のヘッドライトが青白く点灯する。
「盗難箱の一部には品質管理用無線タグがあります。微弱な信号を検知しました」
なつめが拳を握る。
「蒼牙2000・改、一緒に取り戻すぜよ!」
「はい。私は愛媛出身です。愛媛の農産物を守ることは当然です」
隼人が言う。
「緊急時にも愛媛出身を強調するのですね」
「最重要の動機です」
みーちゃんも表情を引き締める。
「久万高原の人が育てた野菜を、絶対に持っていかせない」
さつきは警察とヒロ室へ連絡する。
結月は周辺地図を確認。
宮脇は帽子をかぶり直した。
「僕は農家、役場、運送会社から情報を集めるよ」
なつめが尋ねる。
「宮脇さんも追いかけんが?」
「僕はもう足が遅いからね。それに、追いかける人が走りやすいようにする方が得意なんだ」
久万高原クエスト、
「天空農道・蒼牙2000大追跡」
が始まった。
◇
蒼牙、農道で本領を発揮します
窃盗グループは、野菜を冷蔵車へ積み、山間部の農道を逃走していた。
蒼牙は追跡モードへ移行。
車高を調整。
四輪制御を農道用へ切り替える。
高輝度作業灯を点灯。
小型ドローンを発進させる。
「前方勾配十一度。路面は一部湿潤。高速走行は推奨しません」
唯奈が運転席で叫ぶ。
「この程度、常陸太田の山道で慣れてっぺ!」
「慣れと安全は別問題です」
「分かってるど!」
蒼牙は急坂を力強く登る。
カーブでは内外輪の駆動力を調整。
車体をほとんど揺らさず、SUVのように滑らかに向きを変える。
倒れた枝。
ぬかるみ。
狭い農道。
全てを正確に避け、畑へは決して入らない。
唯奈が叫ぶ。
「蒼牙、農業機械の底力見せてやっぺ!」
「正確には、愛媛生まれの農業機械です」
「今そこ大事け?」
「非常に重要です」
◇
唯奈の魔法は地味でも強い
犯人車両は、追跡を妨害するため、収穫箱を農道へ落としていく。
箱が壊れ、トマトが道路へ転がる。
そのままでは谷側へ落ちてしまう。
唯奈が手をかざす。
「畑の風、ちっとだけ力貸してくれ!」
淡い緑色の光。
道路脇から穏やかな風が吹き、転がっていたトマトの進路が少し変わる。
実は草むらの手前で止まった。
結月が駆けつけ、一個ずつ回収する。
「魔法で逃走車を停止できませんか?」
「うちの魔法は農業向けだっぺ! 車吹っ飛ばすような物騒な魔法はねえ!」
「安全でよいと思います」
唯奈は地面へ手を触れる。
土に残ったタイヤ跡。
倒れた草。
微かな振動。
「こっちだ。重い車が通ってる」
蒼牙が地形データと照合する。
「一致しました。対象車両は北西方向へ進行しています」
農業魔法と高性能トラクター。
一見すると妙な組み合わせ。
だが唯奈と蒼牙は、言葉を交わさなくても互いの考えを理解していた。
唯奈が地面を見る。
蒼牙が全体を分析する。
農民の感覚と機械の知性が、一本の追跡路を作っていく。
◇
四国ヒロインも、それぞれの持ち場へ
みーちゃんは、地元農家へ連絡する。
「危ないから、絶対に外へ出ないでください」
「見えた車の方向だけ教えてください」
農道の行き先。
通行止め。
大型車が通れない場所。
夜間に閉鎖される柵。
地元の情報を宮脇と一緒に集約する。
さつきは警察、ヒロ室、追跡班の通信を整理する。
「犯人車両は北西農道を進行。住民の皆さんは屋内へ。追跡班は次の分岐で待機してください」
正確で聞き取りやすい声が、混乱を抑える。
結月は別ルートを走る。
犯人が落とした野菜箱を回収。
暗い農道を駆け上がり、可動式の柵を閉じて逃走路を限定する。
なつめは、犯人車両が倒した農業柵や枝を撤去。
いつものように力任せで投げ飛ばすのではなく、畑を傷つけない場所へ丁寧に移す。
「蒼牙、道が空いたぜよ!」
「ありがとうございます。通過します」
「一緒に頑張る言うたろ!」
「はい。四国仲間です」
宮脇は、役場職員、農家、運送会社、道路管理者へ次々と連絡を入れる。
「危ないから追いかけないでください」
「見た時間と方向だけ教えてください」
「無理して外へ出ないでね」
長年の地域振興で築いた人脈。
誰がどの農道を知っているか。
どの農家が夜でも電話へ出るか。
どの運送会社が大型車の通れる道を把握しているか。
宮脇は全て分かっていた。
集めた情報から、犯人車両が旧集荷施設へ向かっていると突き止める。
隼人が感心する。
「宮脇さんは、現場へ行かなくても大きな役割を果たしていますね」
「自分が目立つ必要はないからね」
宮脇は笑う。
「野球でも地域振興でも、動ける人が動きやすいようにするのが大事なんだよ」
「通算四本塁打でも?」
なつめが無線へ割り込む。
宮脇は笑顔で答える。
「追跡中までそれを言うの?」
緊迫した通信に、少しだけ笑いが戻った。
◇
畑を盾にはさせません
窃盗団の車両は旧集荷施設の手前で進路を変え、野菜畑の横を通る狭い農道へ入ろうとする。
蒼牙が先回りする。
体当たりはしない。
畑と逃走車の間へ大きな車体を置き、農地への進入を防ぐ。
「警告します。この先は農地です。進入を停止してください」
逃走車が後退する。
しかし後方では、結月が可動柵を閉じている。
別方向から警察車両が接近。
なつめが車両の前へ立つ。
「野菜置いて、両手上げるぜよ」
犯人の一人が車外へ出て、脇道へ逃げようとする。
唯奈が小さな杖を振る。
足元の草が一瞬で伸びて身体を縛る――ほど強力ではない。
代わりに、農道の土に含まれていた水分が、犯人の足元へ少しだけ集まる。
犯人は滑って尻もちをつく。
唯奈が胸を張る。
「うちの魔法、地味だと思ったっぺ?」
蒼牙が冷静に解説する。
「転倒時の衝撃は軽微です。安全性へ配慮した適切な魔法です」
「いちいち解説すんな!」
別の犯人が畑へ逃げ込もうとする。
なつめが前へ回る。
「畑へ入るがは許さん!」
結月も退路を塞ぐ。
さつきが警察へ正確な位置を伝える。
みーちゃんは付近の住民を安全な場所へ誘導する。
宮脇は農道入口で関係車両を整理する。
そして到着した警察が、窃盗グループを確保。
盗まれたトマトとピーマンの大部分も、無事に取り戻された。
◇
夜明けの収穫箱
夜が明ける頃。
取り戻された収穫箱が、共同集荷施設へ戻される。
農家たちは一箱ずつ開け、中身を確かめる。
傷ついたトマト。
無事だったピーマン。
道路へ落ちたものの、唯奈の魔法と結月の回収で守られた実。
子どもたちが収穫した特別箱も戻ってきた。
唯奈は無言で、トマトを一個ずつ並べ直す。
怒りに震えていた顔は、いつもの農民の穏やかな表情へ戻っている。
宮脇と農家たちが、ヒロインと蒼牙の前へ立つ。
宮脇が深く頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
地元農家も続く。
「皆さんがおらんかったら、全部持っていかれとった」
「イベントだけじゃなく、畑まで守ってもろうた」
朝日が高原の山々から昇る。
みーちゃん。
結月。
さつき。
なつめ。
唯奈。
そして蒼牙2000・改。
五人と一台は、土の付いた収穫箱の前へ並ぶ。
なつめが静かな声で答える。
「うちらは戦隊ヒロインぜよ。守るべきもんを守っただけや」
先ほどまでの大声とは違う。
落ち着いた、迷いのない声だった。
結月も続ける。
「農家の皆さんが育てたものを、本来あるべき場所へ戻しました。当然のことです」
さつきは朝日に照らされる畑を見る。
「私たちだけで解決したのではありません。農家の皆さんの土地の知識、宮脇さんが築いてきた人のつながり、全てがあったから間に合いました」
みーちゃんも笑顔を見せる。
「次は、盗まれた話ではなく、久万高原の野菜がおいしかったという話を、もっと多くの人へ届けます」
唯奈は腕を組む。
「農民として、当たり前のことしただけだっぺ。畑のもんを畑さ返した。それだけだ」
最後に蒼牙が、丁寧な声で告げる。
「私は現時点では戦隊ヒロインではなく、特別協力農業機械です」
隼人が小声で言う。
「現時点では、を強調しましたね」
蒼牙は構わず続ける。
「しかし私は愛媛で生まれました。愛媛の農地と農家を守ることは、当然の任務です」
「最後まで愛媛出身を押し出すぜよ」
なつめが笑う。
蒼牙は静かに答えた。
「重要な事実ですから」
ヒロインたちと蒼牙は、大げさに胸を張らない。
感謝の言葉へ酔うこともない。
朝日に照らされた畑を見つめ、涼しい顔で立っている。
守るべきものを守った。
ただ、それだけだった。
その姿は、朝の冷たい高原の空気によく似合っていた。
◇
宮脇さんが残したもの
回収された野菜箱が、再び出荷トラックへ積まれていく。
宮脇は走り去るトラックを見送りながら言う。
「僕の現役時代の本塁打を覚えている人は、ほとんどいないと思うんだ」
なつめが即座に答える。
「四本やったきな」
「最後まで言うんだね」
「でも、宮脇さんが町のために動いたことは、みんな覚えちゅうぜよ」
宮脇の笑顔が、少しだけ静かになる。
みーちゃんも言う。
「昨日の会場へ来てくれた人も、宮脇さんが一人ずつ声をかけたから集まったんですよね」
「僕一人の力じゃないよ。農家も役場も学校も、みんなが一緒に動いてくれた」
「それでも、最初に声をかけた人は必要です」
結月が言う。
さつきも微笑む。
「宮脇さんは、地域の中で打線をつないできたのですね」
宮脇は照れたように鼻の下をこする。
「学生キャスターにそう言われると、急に立派な人みたいだね」
「立派な方だと思います」
「本塁打四本やけどな!」
なつめが付け加える。
「そこはもういいんじゃないかな!」
宮脇の大きな笑い声が、集荷施設へ響く。
現役時代の記録は、いつか数字の中へ埋もれていく。
けれど、野球を教えた子ども。
一緒にイベントを作った地域の人。
声をかけられて元気になった住民。
そうした人々の記憶には、宮脇の明るい笑顔が残っている。
宮脇の本当の記録は、公式記録集ではなく、町の人の中に積み重なっていた。
◇
四国総局、ここでいったん中締めです
久万高原町での活動を終え、四国総局の四人は高原の畑を見渡す場所へ集まった。
阿波池田。
小豆島。
室戸市。
久万高原町。
四人で巡った町の景色が、少しずつ思い出される。
阿波池田では、十一人全員で打線をつないだ。
小豆島では、十二人の子どもたちと一日分教場を作った。
室戸では、全員野球の旗を取り戻した。
久万高原では、農家が積み重ねた時間を守った。
みーちゃんが言う。
「最初は、センターも局長も決まっていないのに、本当に大丈夫なのかなって思ってたんだよね」
結月が頷く。
「現在も局長は決まっていません」
さつきも続ける。
「固定センターもいません」
なつめが隼人を見る。
「代理局長はおるぜよ」
隼人が答える。
「権限はありません」
蒼牙が口を挟む。
「私が加入すれば、機動力と農業支援能力が追加されます」
「現在は四国総局の総括をしているところです」
「加入の好機だと判断しました」
「申請は後日審査します」
「前向きな審査をお願いします。愛媛県民の支持も得ています」
隼人は空を見上げた。
「町民投票で組織人事は決まりません」
宮脇が笑う。
「でも、人気は大事だよ」
「宮脇さんまで参加しないでください」
笑い声が広がる。
四国総局は、完成した組織ではない。
おそらく今後も、きれいな形には収まらない。
四県の主張は違う。
四人の性格も違う。
代理局長には権限がない。
本部も四国にはない。
それでも、各地で出会った人たちと力を合わせれば、その町に必要な仕事はできた。
誰か一人を絶対的な中心にしなくても、必要な人が必要な場所へ立てばよい。
結月が走る。
みーちゃんが人をつなぐ。
さつきが言葉を整える。
なつめが最前線へ立つ。
そして土地ごとに、新しい仲間が加わる。
さわやかイレブンの子どもたち。
小豆島の十二人。
室戸の銀行員野球部。
久万高原の農家。
宮脇。
唯奈。
蒼牙2000・改。
全員の力がつながって、四国総局の活動になっていた。
◇
また、四国のどこかで
別れ際。
宮脇が四国総局へ言う。
「また久万高原へ来てください。今度は事件のない、本当の収穫祭をやろう」
みーちゃんが愛媛代表として答える。
「必ず戻ってきます」
結月も頭を下げる。
「次回は、より安全で効率的な運営計画を作成します」
さつきが微笑む。
「久万高原町の魅力を、これからも四国全体へ伝えます」
なつめが拳を上げる。
「次はもっとトマト食べるぜよ!」
「そこを目的にしないでください」
唯奈も胸を張る。
「次も常陸太田から蒼牙で来っから!」
隼人が慌てる。
「次回は輸送車を手配します」
蒼牙が反論する。
「私は自走を希望します。瀬戸大橋からの景観は良好でした」
「観光目的の長距離走行は認めません」
「松山工場への里帰りも兼ねています」
「理由を追加しないでください」
「愛媛出身ですので」
「もう十分に伝わっています!」
なつめが蒼牙の前輪を軽く叩く。
小さな警告音が鳴る。
「空気圧センサーが反応しました」
「最後くらい、ええやろ!」
「安全管理に最後はありません」
「結月さんみたいなこと言うぜよ」
結月が真面目に頷く。
「正しい意見です」
蒼牙はライトを点滅させる。
「やはり私は四国総局に適合していると考えます」
隼人は頭を抱える。
久万高原町の澄んだ空へ、笑い声が広がった。
朝露の残る畑。
出荷されていく高原野菜。
手を振る農家たち。
笑顔の宮脇。
青く輝く蒼牙2000・改。
四国総局の四人は、その景色を胸へ刻み、いったんそれぞれの活動拠点へ戻っていく。
四国総局の物語は、ここで終わるわけではない。
四国には、まだ訪れていない町がある。
まだ出会っていない人がいる。
まだ解決していない課題もある。
ただ、今は一度だけ立ち止まる。
これまで出会った人々。
交わした約束。
つないできた笑顔。
それを確かめるための、小さな中締めだった。
局長はいない。
固定センターもいない。
権限のある責任者もいない。
それでも四国総局は、確かに四国の町々へ足跡を残した。
センターはいなくても、地域はつながる。
主役は一人ではない。
必要な時に、必要な誰かが前へ出ればいい。
そして次に四国総局が動き出す時。
きっと、あの青いトラクターも、どこからともなく現れる。
愛媛生まれであることを、誰よりも大きな声で主張しながら。
「四国総局加入申請の進捗確認をお願いします」
「まだ帰っていなかったのですか!」
最後に響いたのは、蒼牙の丁寧な加入催促と、隼人の悲鳴だった。
久万高原町の山々は、その声を受け止めるように、静かに朝の光を浴びていた。




