センターなしでも、打線はつながる! ――四国ヒロイン大集合・阿波池田“さわやかイレブン”やまびこ大作戦
「戦隊ヒロインプロジェクト四国総局」は、活動開始前から、いろいろなものがなかった。
まず、局長がいない。
固定されたセンターもいない。
独立した庁舎もない。
四国四県を統括する組織なのに、本部は四国ではなく、大阪府内のヒロ室西日本分室に間借りしている。
香川県代表の大西結月。
愛媛県代表の越智美晴、通称みーちゃん。
徳島県代表の三好さつき。
高知県代表の神代なつめ。
四人は全員横一線。
誰か一人を中心に置けば、残る三県から苦情が出るため、最初から中心人物を置かないという、極めて思い切った組織方針を採用していた。
そして責任者は、藤堂隼人補佐官。
ただし人事権はない。
予算決裁権もない。
四人への命令権もない。
局長が不在であるため肩書は「代理局長」だが、正式な局長を置く予定がないので、事実上の終身代理局長だった。
隼人は、四国総局の組織図を見るたびに思う。
役職だけはある。
権限はない。
責任だけは四県分ある。
組織として足りないものは多いが、自分へ届く苦情だけは、まったく不足していなかった。
◇
組織が整うまで、四国は待ってくれません
四国総局発足から、まだ一週間。
大阪府内の西日本分室に設けられた四国総局室では、四県の名札が付いた机だけが真新しく輝いていた。
香川。
愛媛。
徳島。
高知。
四つの机は同じ大きさ。
椅子も同じ。
誰かが中央席になることを避けるため、正面すら決めていない。
隼人は、その四つの机を前に、今後の活動方針をまとめようとしていた。
ところが端末には、新着メールが次々と届く。
香川県から地域イベントの相談。
愛媛県から観光PR出演の依頼。
徳島県から商店街活性化イベントの打診。
高知県から少年向け体力企画への出演要請。
さらに四国各地の自治体、商工団体、学校、観光協会から、
「四国総局ができたのなら、ぜひ来てほしい」
という連絡が殺到している。
隼人は受信一覧を見つめた。
「まだ業務分担表も完成していないのですが……」
隣で書類を確認していた三好さつきが答える。
「四国総局の発足は、すでに広く報道されています。各地の期待が大きいのでしょう」
大西結月も頷く。
「依頼があるなら、できるものから受けるべきです」
みーちゃんは鏡を見ながら前髪を整える。
「お披露目もしないまま、組織図だけ発表して終わりじゃ寂しいものね」
なつめは拳を握った。
「依頼が来ちゅうがなら、全部行ったらええぜよ!」
隼人は即座に否定した。
「全部は無理です」
「何でなが?」
「四県同時にイベントを開催できません」
「四人おるやろ。分かれて行ったらええ」
「最初のお披露目で四人が分かれたら、四国総局を結成した意味がありません」
なつめは少し考えた。
「ほんなら、四県の真ん中でやるが?」
隼人の顔が曇った。
「四国の真ん中という言葉は、もう使いたくありません」
その言葉から四国中央市イベントが始まり、自分が終身代理局長へ追い込まれた記憶がよみがえる。
さつきが、届いた依頼一覧の一つを指した。
「徳島県三好市の池田町から、お披露目イベントの依頼があります」
「阿波池田ですね」
隼人は資料を開く。
徳島県西部。
吉野川沿い。
香川、愛媛、高知との県境にも近い山あいの町。
鉄道と道路が四国各地へつながる交通の要衝。
そして、古くから全国の高校野球ファンへ知られる町でもある。
さつきが言う。
「四国四県を結ぶ地域ですし、最初の開催地には合っていると思います」
結月も資料へ目を通す。
「十一人の少数チームで全国の大舞台へ進んだ歴史も、四人横一線の四国総局と重なります」
みーちゃんも笑顔を見せる。
「昔の野球ファンなら、池田という名前だけで盛り上がるよね」
なつめは資料の中の「やまびこ打線」という文字に反応した。
「山の向こうまで打つがか!」
「表現です」
さつきが説明する。
「豪快な強打が山々へ響くようだとして、そう呼ばれたんです」
「ほんなら、うちも打つぜよ!」
「イベントでは柔らかいボールを使います」
隼人が念を押す。
「硬球は禁止です。場外打球も禁止です。山へ直接打ち込むのも禁止です」
「まだ何もしちょらんのに、禁止が多いぜよ」
「なつめさんが参加する企画は、事前に禁止事項を増やす必要があります」
こうして、何も整っていない四国総局は、最初のお披露目イベントを阿波池田で開催することになった。
局長はいない。
センターもいない。
専用予算もぎりぎり。
それでも依頼と期待だけは、こちらの準備を待ってくれなかった。
◇
四人では、さわやかイレブンになれません
イベントの中心テーマは、
「さわやかイレブン」
に決まった。
かつて、山あいの小さな県立校が、わずか十一人の部員で全国の大舞台を勝ち進んだ。
一人でも欠ければ試合ができない。
全員が出場選手。
全員が必要。
一人の突出したスターに頼るのではなく、十一人が自分の役割を果たしたことで生まれた伝説だった。
固定センターを置かず、四人全員を横一線に並べる四国総局。
その理念を紹介する題材としては、申し分ない。
ただし問題が一つあった。
四国ヒロインは四人しかいない。
隼人は会議で言った。
「十一人の企画にするには、七人足りません」
なつめが即答する。
「代理局長も入ったら五人ぜよ」
「私は出演者ではありません」
「球拾いくらいできるやろ」
「裏方と全体調整があります」
「権限はないのに、調整はするがか?」
「今、その問題は置いておいてください」
応援参加として、紀伊ハンターから白浜麻衣と山本あかりが招かれる。
司会には、熊本弁を生かしたイベント進行で定評のある西里香澄。
これで七人。
残る四人は、阿波池田の地元児童から募集することになった。
ヒロイン七人。
地元児童四人。
総勢十一人。
「阿波池田さわやかイレブン」
の誕生である。
麻衣は企画書を見ながら、控えめに手を挙げる。
「うち、野球はほとんどやったことないんですけど……」
あかりが胸を張った。
「バットで球を思い切り飛ばしたらええんやろ!」
隼人は嫌な予感がした。
「山本さん。バットは絶対に手放さないでください」
「まだ振ってへんやん!」
「事前に言っておく必要を感じました」
結月が真面目な顔で確認する。
「打撃練習の時間は、どの程度取れますか?」
「イベント用の簡単な競技です」
「参加する以上、フォームを固めておきたいです」
「元競輪選手が、スポンジボールの打撃フォームを固める必要はありません」
みーちゃんは別のことを気にしていた。
「ユニフォームは、どんな感じ?」
「野球風の背番号入りベストです」
「カメラ映りがよければ大丈夫」
なつめは早くも四番を希望。
結月は打順の公平性を主張。
さつきは進行役なので三番付近が妥当と判断。
みーちゃんは五番ならカメラに長く映るかを確認する。
打線をつなぐ前に、打順決定で会議が止まりかけた。
◇
徳島県のお膝元は、ずいぶん広い
イベント当日。
阿波池田駅前と商店街周辺には、
「四国総局お披露目! 阿波池田さわやかイレブン祭り」
と書かれた旗が並んでいた。
四国の山々に囲まれた町。
吉野川。
古くから交通の要衝として栄えた市街地。
昔ながらの商店。
遠方から訪れた高校野球ファン。
地元の親子連れ。
会場は開演前から大勢の人でにぎわっている。
徳島県代表のさつきが姿を見せると、駅前から大きな歓声が上がった。
「さつきちゃーん!」
「徳島へお帰り!」
「阿波のスピードスター!」
さつきは鳴門市出身。
現在は兵庫県伊丹市で暮らし、神戸放送の学生キャスターとして活動している。
阿波池田は、鳴門とは同じ徳島県内でもかなり離れている。
なつめは案内図を広げた。
「ここ、さつきさんの家の近くなが?」
「いいえ。鳴門とは県の反対側に近いです」
「ほんなら、お膝元いうがは無理があるぜよ」
隼人は平然と答えた。
「県単位では、お膝元です」
結月が地図を見比べる。
「ずいぶん大きな膝ですね」
みーちゃんが笑う。
「徳島県全部を包める膝なら、相当大きいよね」
さつきは困ったような笑顔を浮かべる。
「今日は徳島県代表として、県西部の魅力をきちんとお伝えします」
そんな会話をしている間にも、地元の人々がさつきへ次々と声をかける。
「いつもテレビ見よるよ!」
「鳴門の子が池田へ来てくれてうれしいわ!」
「今日はさつきちゃんを見に来たんよ!」
みーちゃんが小声で言った。
「完全にホームゲームね」
結月も頷く。
「地元人気では、今日のさつきさんに勝てません」
なつめは負けじと拳を上げた。
「次の高知開催では、うちが山ごと揺らすぜよ!」
隼人がすぐに止める。
「四人横一線です。地元声援の音量で競わないでください」
◇
十一人全員が、妙な担当を持っています
イベント開始。
西里香澄が、明るい声でステージへ登場した。
「皆さん、お待たせしました! 四国総局お披露目イベント、阿波池田さわやかイレブン祭りの開幕たい!」
観客から大きな拍手。
舞台の正面には、野球場のスコアボードを模した看板が設置されている。
一番から十一番までの名前。
ただし守備位置ではなく、ノムさんが勝手に考えた担当名が書かれていた。
一番、大西結月。
全力疾走担当。
二番、白浜麻衣。
小技と隙間担当。
三番、三好さつき。
徳島県全域をお膝元と言い張る担当。
四番、神代なつめ。
何でも力で解決する担当。
五番、越智美晴。
カメラ目線と歴史解説担当。
六番、山本あかり。
見切り発車担当。
七番、西里香澄。
熊本弁で全部まとめる担当。
八番から十一番は、地元の子ども四人。
未来のやまびこ担当。
さつきが看板を見上げる。
「私の担当名を考えたのは、どなたですか?」
隼人が香澄を見る。
香澄は舞台袖のノムさんを見る。
ノムさんは遠くの山を見ている。
「今日は天気がええのう」
「質問に答えてください」
誰も責任を認めない。
イベントスタッフが隼人へ近づく。
「問題が起きた場合は、代理局長へ報告すればよろしいですか?」
「担当名を考えたのは私ではありません」
「ですが、責任者ですので」
四国総局では、企画者が山を見て逃げても、責任者だけは常に在席していた。
◇
やまびこ打線、最初から場外へ飛びます
最初の企画は、
「十一人でつなげ! やまびこ打線・山へ飛ばせ!」
柔らかいスポンジボールを打ち、山を模した巨大な的を狙う。
的には、
讃岐うどん。
愛媛みかん。
鳴門の渦潮。
土佐のカツオ。
阿波池田の山。
それぞれ異なる得点が設定されている。
命中すれば山側のスピーカーから、打者の名前がやまびこのように返ってくる。
香澄が説明する。
「一人一打席! 十一人全員で得点ばつないで、目標点を超えたら成功たい! 一人の大ホームランより、一人一人の一打が大事ばい!」
先頭打者は結月。
元女子競輪選手らしく、下半身を安定させて構える。
表情は、完全に公式戦へ臨む選手だった。
隼人が声をかける。
「柔らかいスポンジボールです。力を抑えてください」
「承知しています」
「目標は的です」
「分かっています」
「後方の紙看板へ当てないでください」
「その可能性は低いです」
香澄の合図。
結月は鋭く振り抜いた。
ボールは、巨大な的のはるか上を通過。
舞台裏に置かれた、
「関係者以外立入禁止」
の紙看板へ直撃した。
看板が倒れる。
観客から笑い。
香澄が実況する。
「結月さん、飛距離は文句なし! ばってん的には当たっとらんけん、得点は零点たい!」
結月は真剣に軌道を見送る。
「打ち出し角が三度高すぎました。修正できます」
「一人一打席です」
「もう一球あれば、確実に的へ当てます」
「打撃練習会ではありません」
結月は納得できない顔で打席を離れた。
◇
二番は麻衣。
小柄な麻衣は大振りせず、バットを静かにボールへ当てる。
ボールは地面をゆっくりと転がった。
客席が見守る。
そのまま、偶然にも最高得点の穴へ入る。
香澄が叫んだ。
「見事な小技! さわやかイレブン、最初の得点たい!」
麻衣は戸惑った。
「これ、やまびこ打線って言うてええんかな……。音も全然せえへんかったけど」
結月が真面目に答える。
「得点につながれば、立派な一打です」
さつきも頷く。
「一人で決めるのではなく、次へつなぐことが大切です」
麻衣は照れたように笑う。
豪快ではない。
しかし確実に役割を果たす。
さわやかイレブンの精神に、最も合った一打だった。
◇
三番はさつき。
名前が呼ばれただけで、観客席から大歓声が上がる。
「さつきー!」
「頑張って!」
「徳島の星!」
さつきは清楚な衣装のまま、無駄のない姿勢でバットを構える。
打球は、鳴門の渦潮の中心へ見事に命中。
スピーカーから人工のやまびこが流れる。
「さつきー!」
それを上回る声が客席から返る。
「さつきちゃーん!」
みーちゃんが感心した。
「人工のやまびこが、生の声援に負けてるね」
結月は音響担当へ尋ねる。
「公平性を保つため、ほかの参加者の音量も上げられませんか?」
音響担当は困った顔をする。
「今の大半は、観客の声です」
なつめは腕を組んだ。
「次の高知では、スピーカーがいらんくらい声出させるぜよ」
隼人が額を押さえる。
「声援まで四県対抗にしないでください」
◇
四番はなつめ。
打席へ入ると、山の向こうを指さす。
「場外まで飛ばすぜよ!」
スタッフが慌てる。
「場外へ出さないでください!」
「やまびこ打線ながやろ?」
「的へ当てる企画です!」
「細かいこと言うな!」
なつめは豪快に振る。
空振り。
勢いのまま身体が一回転する。
ボールは、台の上から一センチほど動いただけだった。
だが少年たちは大喜び。
「なつめー!」
「もう一回!」
なつめは胸を張る。
「人気点では、うちの勝ちぜよ!」
香澄が突っ込む。
「打球は一ミリも飛んどらんばい!」
「会場が盛り上がったき、五十点くらい入れんかえ!」
「人気点という項目はなかです!」
◇
五番のみーちゃんは、打席へ入る前にスタッフへ確認する。
「正面は二番カメラ?」
「そうです」
「打った後は、右側から撮ってね。左より右の横顔の方が映りがいいから」
「まずボールを見てください」
「カメラも見ないと」
みーちゃんは笑顔で構える。
打球はあまり飛ばなかった。
それでも低得点の穴へ入り、チームの得点を加える。
振り終わった姿勢は完璧。
正面カメラへ笑顔。
右側のカメラへも視線。
客席へ手を振る。
「ボールは飛ばなかったけど、みーちゃんはきれいに映ったよ」
香澄が笑う。
「競技得点より映像得点ば取りに来とるばい!」
◇
六番のあかりは、バットを持った瞬間から結月を意識していた。
「結月さんより遠くへ飛ばしたる!」
隼人が言う。
「遠くへ飛ばす競技ではありません」
「当てたうえで遠くへ飛ばしたらええんやろ?」
「的へ当たれば、それ以上は必要ありません」
香澄の合図。
あかりは力いっぱい振った。
空振り。
その勢いで、バットが手から抜けかける。
後方にいた結月が素早くつかんだ。
ボールは台から落ち、あかりの足元で止まる。
なつめが大笑いする。
「球よりバットの方が飛びよったぜよ!」
あかりは胸を張る。
「飛距離だけなら、うちの勝ちや!」
隼人が声を上げる。
「飛ばしてはいけない物を飛ばさないでください!」
◇
七番の香澄も、熊本弁で自分の打席を実況しながら低得点を獲得。
続いて地元児童四人。
緊張して空振りする子。
思い切り振って転びそうになる子。
偶然、高得点の的へ当てる子。
打席へ立ったまま動けなくなる子。
そのたびに七人のヒロインが声をかける。
「大丈夫です。ゆっくりで構いません」
さつきが落ち着かせる。
「次へつなげばいいんだよ」
みーちゃんが笑う。
「思い切って振ったらええぜよ!」
なつめが励ます。
「バットは手から離したらあかんで!」
あかりが、なぜか経験者のように助言する。
「あなたが言わないでください」
隼人が即座に止める。
最後の十一人目。
小学生の少年が打席へ立つ。
残る目標点は、わずか。
大きな当たりは必要ない。
少年が打ったボールは、力なく前へ転がる。
一番近い低得点の穴へ入る。
合計点が、目標を一点だけ上回った。
香澄がマイクを高く掲げる。
「目標達成たい!」
会場から大歓声。
結月の大きな場外打球でもない。
さつきの鮮やかな的中だけでもない。
麻衣の小技。
みーちゃんの一打。
香澄と子どもたちが積み重ねた点。
十一人全員の一打がそろって、初めて目標を超えた。
さわやかイレブンのやまびこ打線
が完成した瞬間だった。
◇
山は越えずに、どかそうとします
第二企画は、
「十一人で守れ! 少数精鋭ボールリレー」
巨大なスポンジボールを十一人で受け渡し、落とさずゴールへ運ぶ。
コース上には、阿波池田周辺をイメージした障害物が並んでいる。
段ボール製の猪鼻峠。
青い布で作った吉野川。
古い商家を模した小さな門。
山形の紙製障害物。
香澄が説明する。
「人数が少なくても、一人一人が役割ば果たせば、大きな仕事ができる! それが、さわやかイレブンの精神たい!」
最初の結月は、安定した姿勢で巨大ボールを正確に渡す。
麻衣は小柄さを生かし、狭い門の下をくぐる。
さつきは列全体を見渡し、速度を調整する。
「前だけを見ず、後ろの人が追いついているか確認してください」
なつめの前には、紙製の山。
なつめは山を持ち上げようとした。
「これ、どけた方が早いぜよ!」
隼人が叫ぶ。
「障害物を撤去してはいけません!」
「山は越えるより、どけた方が早いやろ!」
「山は普通、どけられません!」
「これは紙やき、どけられる!」
「そこを我慢して越える競技です!」
なつめは不満そうに、山を越える。
みーちゃんは、緊張している地元児童へ笑顔で声をかける。
「次の人へ渡すだけで大丈夫。みんな待ってるよ」
あかりは巨大ボールを受け取ると、勢いよく走り出す。
ただしゴールとは逆方向。
香澄がマイクで叫ぶ。
「あかりちゃん、四国横断せんでよか! ゴールは反対たい!」
あかりが急停止。
「先に言うてや!」
「矢印が書いてあるばい!」
「見切り発車担当やから、見てへんかった!」
「担当名どおりに動かんでよか!」
観客は大爆笑。
最後は十一人全員で巨大ボールを押す。
結月の力。
麻衣の小回り。
さつきの指示。
なつめの勢い。
みーちゃんの励まし。
あかりの突進。
香澄の声。
そして地元児童四人の力。
巨大ボールがゴールへ入る。
香澄が宣言した。
「一人も欠けず、さわやかイレブン全員でゴールたい!」
観客から大きな拍手。
固定センターはいない。
しかし全員が自分の役割を果たせば、チームは前へ進める。
見切り発車で始まった四国総局の方針が、子どもにも分かる形で示された。
◇
解答台が盗塁します
イベント後半は、
「阿波池田やまびこクイズ」
池田町の歴史。
交通。
古い産業。
山あいの高校が残した野球伝説。
さつきの徳島県民としての知識と、みーちゃんの歴女としての知識が生かされる。
「池田の町が古くから栄えた理由は?」
「阿波池田駅が果たしてきた役割は?」
「わずか十一人のチームが、全国の大舞台で残した成績は?」
「豪快な強打線は、山のどんな現象に例えられた?」
さつきは、地元代表らしく次々と正解する。
みーちゃんも古い町並みや産業史の問題で食らいつく。
結月は、少人数チームが大会を勝ち進んだ戦術を真剣に分析している。
「十一人で連戦を戦うには、体力配分が重要です」
「歴史クイズですから、作戦会議は後にしてください」
隼人が止める。
なつめは早押しボタンを力いっぱい押す。
解答台が、前へ二十センチほど動いた。
香澄が叫ぶ。
「正解する前に、解答台が盗塁しよるばい!」
「早押しやき、速う押しただけぜよ!」
「台まで走らせんでよか!」
麻衣は難しい問題を勘で正解する。
あかりは問題を最後まで聞かず、
「答えはカツオ!」
と叫ぶ。
なつめが両手を上げる。
「分かっちゅう!」
さつきが冷静に告げる。
「正解は葉たばこです」
「惜しいな!」
「何一つ近くありません」
◇
さつき人気は、音響設備を必要としません
最終ステージ。
香澄は観客へ呼びかける。
「今日、活躍したと思うヒロインへ、大きな拍手ばお願いします!」
隼人は舞台袖で顔を上げた。
四人横一線を掲げる四国総局にとって、非常に危険な質問だった。
結月へ大きな拍手。
みーちゃんへ明るい歓声。
なつめへ少年たちの絶叫。
そして、さつきの名前が呼ばれる。
会場全体から、圧倒的な声が上がった。
「さつきー!」
「徳島へ帰ってきてくれてありがとう!」
「また来てな!」
人工のやまびこは必要なかった。
地元の声そのものが、山へ響きそうなほど大きい。
さつきは少し照れながら、結月、みーちゃん、なつめを自分の隣へ呼ぶ。
「今日は四国総局四人のお披露目イベントです。私一人では、ここまで盛り上げられませんでした」
みーちゃんが笑う。
「一番目立った後で、みんなを前へ呼ぶ。さすが地元センターね」
さつきは即座に否定する。
「地元案内担当です」
結月も言う。
「固定センターではありません」
なつめは拳を上げた。
「次の高知では、うちが地元案内担当兼センターぜよ!」
隼人がマイクを取る。
「兼任しません!」
四人横一線。
その方針は、イベントの最後まで守られた。
おそらく。
◇
閉会式の記念ボールが、一つもありません
イベントは大盛況。
残るは閉会式だけとなった。
地元児童には、
「さわやかイレブン記念ボール」
が贈られる予定だった。
柔らかい白いボール。
一個ずつ異なる背番号が入り、
「一人一人が主役」
という言葉が印刷されている。
スタッフが保管箱を開ける。
中は空。
全員の動きが止まる。
「ボールは?」
「ありません」
「別の箱では?」
「この箱です」
調べると、会場から控室へ運ぶ途中、台車の留め具が外れていた。
箱が傾き、十一個の記念ボールが駅前広場や商店街へ転がり出たらしい。
盗難ではない。
悪の組織もいない。
危険な事件でもない。
ただの落とし物。
しかし閉会式までは、あと四十分。
隼人は四国総局の四人と応援参加者を集めた。
「四国総局、最初の現地クエストです」
なつめが拳を握る。
「球を拾うだけなが?」
「小さな任務から実績を積みます」
「敵は?」
「いません」
「戦闘は?」
「ありません」
「必殺技は?」
「使わないでください」
なつめのやる気が少し下がる。
それでもクエスト名が発表されると、再び顔を上げた。
「消えた十一球――さわやかイレブンを完成させろ!」
「名前だけは強そうぜよ!」
「実態は落とし物捜索です」
◇
イベントの十一人が、そのまま捜索隊になります
ヒロイン七人と、地元児童四人。
イベントで結成したさわやかイレブンが、そのまま捜索隊になる。
さつきはスタッフから状況を聞き、地図を確認。
駅前。
商店街。
川側。
三つの区域に分ける。
「子どもたちは必ずヒロインと一緒に行動してください。一人で遠くへ行かないこと。見つけたら、すぐ全員へ知らせましょう」
権限のない代理局長より、はるかに自然な現場指揮だった。
隼人は少し複雑な顔をする。
なつめが尋ねる。
「局長代理、仕事取られたが?」
「役割分担です」
「責任だけ残ったがやな」
「改めて言わないでください」
◇
結月は、坂道の先を転がる白いボールを見つける。
元女子競輪選手の脚力で一気に追いつく。
一個を確保。
続けてもう一個。
しかし拾うたびに端末を開き、発見位置と時刻を入力する。
あかりが叫ぶ。
「記録は後でええやん! 次の球が逃げるで!」
結月は真顔で答える。
「任務記録は正確に残す必要があります」
「球が遠ざかっとる!」
「球は逃げません。坂を転がっているだけです」
「それを逃げとる言うんや!」
結月は記録を保存してから、再び全力で走った。
◇
みーちゃんは、商店街の古い町並みと道の傾斜を見る。
店主から、
「白い球が商家の方へ転がった」
という話を聞く。
「この傾斜なら、低い方へ流れるはずね」
歴史散策で培った町の見方を生かし、古い建物の脇と水路のそばから二個発見する。
捜索中、観光客から写真を頼まれる。
「もちろんいいよ」
みーちゃんは笑顔で応じる。
隼人が遠くから呼ぶ。
「捜索を優先してください!」
「任務中の広報も大切だよ!」
写真を撮り終えた直後、観光客が別のボールを見つけてくれる。
結果として、広報活動も役に立った。
◇
麻衣は、ベンチの下や展示台の隙間を確認する。
大人が見落とす狭い場所へ、小柄な身体をかがめて入る。
ベンチ下から一個。
植木鉢の陰から一個。
「小さいから見える場所もあるんよ」
一緒にいた子どもが喜ぶ。
派手な走りも、豪快な叫びもない。
それでも麻衣は、誰より堅実に二個を回収する。
◇
あかりは遠くに白い丸い物を見つける。
「あった!」
全速力で走る。
拾い上げる。
商店の飾り玉だった。
店主が言う。
「それ、うちの飾りやで」
「あっ、すみません!」
慌てて元へ戻す。
すると、飾り玉の裏に本物の記念ボールが挟まっていた。
あかりは高々と掲げる。
「結果的には見つけたで!」
失敗と成功を、一度の行動で同時に達成した。
◇
なつめは山へ向かって叫ぶ。
「記念ボール、どこぜよー!」
ボールは答えない。
数秒後、近くの子どもが、
「公園の方へ転がったのを見たよ」
と教える。
なつめは胸を張る。
「やまびこ聞き込み作戦、成功ぜよ!」
さつきが訂正する。
「普通の聞き込みです」
公園の茂みから一個発見。
なつめはボールを頭上へ掲げる。
「敵を討ち取ったぜよ!」
「敵ではありません」
◇
香澄は会場へ残った観客へ、状況を生中継する。
「現在八個まで発見! 残り三個、さわやかイレブンが阿波池田の町を全力で捜索中たい!」
ただの落とし物捜索が、全国大会の決勝戦のように盛り上がる。
観客も応援を始める。
「頑張れ!」
「あと三個!」
商店街の人々も店先を確認。
通行人も足元を見る。
やがて十個まで見つかる。
しかし最後の一個だけが、どうしても見つからない。
◇
十二人目のさわやかイレブン
さつきは一度駅前へ戻り、目撃情報を整理する。
公園の片隅。
一人の小さな少年が、白い記念ボールを抱えて座っていた。
少年は盗んだのではなかった。
転がってきたボールを拾った。
返しに行こうとした。
しかしボールへ書かれた、
「一人一人が主役」
という文字を見て、手放せなくなった。
少年はイベントを遠くから見ていた。
野球は好き。
けれど人前へ出ることが苦手。
地元児童として参加したかったが、応募する勇気がなかった。
ステージで楽しそうに動く十一人を見て、自分も仲間に入りたいと思った。
その時、ボールが自分の足元へ転がってきた。
返さなければならない。
分かっている。
だが、このボールを持っている間だけは、自分もさわやかイレブンの一人になれたような気がした。
なつめが少年の前へしゃがむ。
「返そうと思うちょったがなら、もう悪いことやないぜよ」
少年は小さく頷く。
結月は、ボールを無理に取り上げない。
「このボールを、閉会式まで運んでくれますか?」
少年が顔を上げる。
「ぼくが?」
「最後の一球を持っているのは、あなたです」
みーちゃんも笑顔で手を差し出す。
「一緒にステージへ行こうよ」
少年は少し迷い、その手を握る。
隼人が人数を数えた。
「これでは十二人になりますが……」
さつきは少年を見ながら微笑む。
「応援する人まで含めれば、仲間の数に上限はありません」
香澄が会場へ向けて叫ぶ。
「最後の一球、見つかったばい!」
遠くの会場から、大きな拍手が響いた。
◇
一人増えれば、できることも増えます
閉会式。
十一個の記念ボールが、地元の子どもたちへ手渡される。
最後の一球を運んだ少年も、ステージへ立つ。
予定は十一人。
実際には十二人。
香澄が尋ねる。
「さわやかイレブンなのに、十二人になってしもうたばってん、よかですか?」
さつきが答える。
「かつての十一人は、少ない人数でも、全員が力を合わせれば大きなことを成し遂げられると教えてくれました」
結月も頷く。
「十一という数字から、一人も減らせなかったチームです。しかし今の私たちは、仲間が増えることを拒む必要はありません」
みーちゃんが少年の肩へ手を添える。
「今日は、全員が主役だよ」
なつめは拳を上げる。
「十二人でも百人でも、力を合わせたらええぜよ!」
客席から温かな拍手が起こる。
山あいの小さな町で、少ない人数ながら全国を驚かせたチーム。
中心人物がいなくても、四人の個性をつないで活動を始めた四国総局。
誰か一人だけが主役なのではない。
一人一人が打線をつなぐ。
一人一人が守る。
一人一人が、自分の場所で役割を果たす。
見切り発車だった四国総局は、最初のイベントと最初のクエストで、自分たちの進むべき形を少しだけ見つける。
◇
特急列車が来るまで、町の人々は待っていました
夕方。
ヒロインたちは阿波池田駅へ向かう。
イベントの片づけも終わった。
記念ボールも全て子どもたちへ渡した。
あとは特急列車へ乗り、それぞれの拠点へ戻るだけだった。
隼人は、静かに駅を出るつもりでいた。
ところがホームへ上がると、大勢の人が待っていた。
イベントへ参加した子どもたち。
捜索へ協力した商店街の人々。
会場スタッフ。
高校野球ファン。
家族連れ。
町の人が手作りした横断幕には、
「ありがとう、さわやかイレブン!」
別の紙には、
「四国総局、また池田へ!」
と書かれている。
隼人は驚いた。
「皆さん、わざわざ見送りに?」
商店街の男性が笑う。
「最初のイベントに池田を選んでくれたんや。見送らんわけにいかんで」
年配の女性も言う。
「また来てくれるように、ちゃんと顔を見て言うとかんとな」
最後のボールを持っていた少年も、ホームの前列にいる。
両手で記念ボールを抱えている。
少年は、さつきへ向かって声を上げる。
「また来てね!」
さつきは足を止め、少年の目を見る。
「必ず、また来ます」
結月も町の人々へ深く頭を下げる。
「次は、今回以上によいイベントにします」
みーちゃんは両手を振る。
「みんな、みーちゃんのこと忘れないでね!」
「忘れんよ!」
客席ではなく、駅のホームから返事が来る。
なつめは、山へ届きそうな声で叫んだ。
「阿波池田、最高ぜよー!」
遠くの山から、声が返ってくる。
「最高ぜよー!」
隼人が周囲を見回す。
「音響スタッフは、もう撤収したはずですが」
さつきが微笑んだ。
「今度は、本物かもしれません」
◇
やがて、山の間から特急列車が姿を現す。
低い走行音が近づく。
ホームへ滑り込み、ゆっくりと停車。
ドアが開く。
一行は、名残惜しそうに列車へ乗り込む。
さつきは最後までホームへ頭を下げていた。
発車ベルが鳴る。
ドアが閉まる。
特急列車が、ゆっくり動き始める。
ホームの人々が一斉に手を振る。
子どもたちは、十一個の記念ボールを高く掲げる。
最後の一球を運んだ少年も、両手で自分のボールを持ち上げている。
四人のヒロインも車窓へ集まり、手を振り返す。
結月は何度も頭を下げる。
みーちゃんは両手を大きく振る。
なつめは窓越しでも聞こえそうな声で何かを叫ぶ。
さつきは、笑顔のまま町の人々を見つめる。
列車が少しずつ速度を上げる。
ホームが遠ざかる。
横断幕の文字が小さくなる。
それでも町の人々は、列車が見えなくなるまで手を振り続けていた。
みーちゃんが座席へ戻り、少しだけ目元を押さえる。
「お見送りって、何年ステージに立っても慣れないのよね」
結月は窓の外を見る。
「今日の十一人は、最後まで全員が役割を果たしました」
なつめが笑う。
「十二人になったけどな!」
麻衣も小さく頷く。
「人数が増えるのは、ええことやと思う」
あかりは、もらった土産袋を抱えて言う。
「次来る時は、うちもちゃんと球を打つで!」
隼人が答える。
「まずバットを手放さない練習から始めてください」
香澄が笑う。
「次も実況しがいがありそうたい!」
さつきは、遠ざかっていく故郷・徳島の山々を見つめていた。
「十一人だけでも、全国へ声を届けられる。でも、仲間が増えれば、もっと遠くまでつながっていける。今日は、その両方を教えてもらいました」
四国総局に固定センターはいない。
誰か一人の力で進む組織でもない。
それでも結月が最初の一歩を踏み出し、麻衣が静かにつなぎ、さつきが方向を示し、なつめが勢いを生み、みーちゃんが笑顔を広げ、あかりが失敗しながら前へ進み、香澄が全員の声を一つにした。
そして町の人々と子どもたちが、その打線を最後までつないでくれた。
隼人は座席で、イベント報告書を開く。
観客動員。
地域PR。
四国総局のお披露目。
現地クエスト。
全項目、良好。
「イベント、任務ともに上々の滑り出しですね」
ようやく隼人が笑った、その瞬間。
スマートフォンへ三件の連絡が同時に届く。
香川県担当者。
「次回は観音寺市開催でお願いします」
愛媛県担当者。
「次は松山市が自然ではないでしょうか」
高知県担当者。
「次回は高知開催で決まりぜよ」
隼人の笑顔が固まる。
「次の開催順を決めていません……」
結月が言う。
「公平な協議が必要ですね」
みーちゃんも頷く。
「愛媛からでいいと思うよ。松山連絡事務所もあるし」
なつめが座席から身を乗り出す。
「次は高知ぜよ! 阿波池田の次は土佐へ行くがが自然やろ!」
「どのような地理的根拠ですか?」
結月が尋ねる。
「勢いぜよ!」
さつきが静かに整理する。
「まず三県の担当者を交え、開催条件を比較しましょう」
新たな協議が始まる。
麻衣とあかりは、すでに駅弁を開いている。
香澄は次のMC原稿へ、
「開催地は当日まで未定たい!」
と書こうとして、隼人に止められる。
局長不在。
センター不在。
次の開催地も不在。
それでも、四国総局の打線は確かにつながり始めていた。
夕暮れの吉野川沿いを、特急列車が走っていく。
窓へ映る四人のヒロインに、絶対的な中心人物はいない。
だが、それぞれが違う役割を持ち、全員で一つのチームを作っている。
阿波池田で結成されたさわやかイレブンは、一日限りの即席チームだった。
それでも町の人々とヒロインたちの間につながった打線は、イベントが終わっても途切れてはいない。
特急列車の走行音が、山あいへ長く響く。
それは、次の町へ送られていく、やまびこのようでもあった。
センターなしでも、打線はつながる。
その言葉を証明するように、列車は四国の山々を縫い、暮れ始めた空の下を走り続けるのだった。




