センター不在、責任者だけ在席!? ――四国総局、局長なし・権限なし・苦情だけ四県分。初仕事は“通販番組の二人は付き合っているのか”
四国中央市で開催された、戦隊ヒロイン四国四県合同イベント。
香川県代表、大西結月。
愛媛県代表、越智美晴。通称みーちゃん。
徳島県代表、三好さつき。
高知県代表、神代なつめ。
四人は、日本一の紙のまちを舞台に、トイレットペーパー早巻き、巨大紙相撲、段ボールキャタピラ競走、保湿ティッシュ泣き芝居など、製紙産業に関係がありそうで、よく考えるとほとんど関係のない競技へ全力で挑んだ。
結月は、元女子競輪選手として鍛えた身体能力をトイレットペーパーの高速巻き取りに惜しみなく投入。
みーちゃんは、巨大紙相撲の土俵が崩壊しても正面カメラを見失わず、十年以上にわたる地下アイドル活動で培った執念を見せた。
さつきは、段ボールキャタピラの中で長い手足が完全に渋滞しても、神戸放送の人気学生キャスターらしい落ち着いた実況を続けた。
なつめは、段ボールごとスポンサー看板へ突っ込みながら、
「ゴールしたき、うちの勝ちぜよ!」
と拳を突き上げた。
観客は大爆笑。
スポンサー企業も、自社の紙製品が予想の三倍消費される光景に最初こそ顔を引きつらせたが、商品名が何度も紹介され、販売ブースへ来場者が殺到したことで最後には笑顔になった。
思いつきから始まったイベントとしては、信じられないほどの大成功だった。
ところが成功したからこそ、面倒な問題が発生した。
戦隊ヒロイン四国大連合のセンターは、誰なのか。
四人全員に、センターとなる資質があった。
しかし、誰か一人が他の三人を明確に上回っているわけではない。
結月には、身体能力と責任感がある。
みーちゃんには、芸能経験と観客対応力がある。
さつきには、知性と情報発信力がある。
なつめには、戦闘力と少年たちを引きつける圧倒的な人気がある。
能力の種類が違うため、単純な点数では比較できない。
まさに紙一重。
そのうえ本人たち以上に、香川、愛媛、徳島、高知の各県担当者が熱くなっていた。
◇
四県から、分厚すぎる推薦書が届きます
四国中央市イベントの翌週。
新橋ヒロ室の藤堂隼人補佐官の机へ、四つの大きな荷物が届いた。
最初の荷物は香川県から。
中には、
『大西結月を四国統括センターへ推薦する百の理由』
と題された、八十ページを超える資料。
元女子競輪選手としての知名度。
圧倒的な脚力。
任務時の追跡能力。
真面目さ。
責任感。
地域イベントへの適応力。
なぜか十五ページほど、結月の太腿と下半身の安定性について詳細な分析が続いていた。
隼人は資料をめくりながら呟く。
「センター選考に、太腿の周囲径は必要なのでしょうか」
太田すみれコーチが横から確認する。
「追跡任務の能力評価としては、参考になります」
「ステージ中央へ立つ人を決めているのですが」
「立ち続ける安定性には関係するかもしれません」
「関係があるような、ないような……」
二つ目の荷物は愛媛県から。
越智美晴の地下アイドル時代から現在までの活動映像。
総再生時間、十八時間三十二分。
ディスクには、
「みーちゃん・初々しい初期」
「みーちゃん・円熟の中期」
「みーちゃん・まだまだ現役後期」
「戦隊ヒロイン移籍後」
と書かれている。
同封された推薦文には、
「センターとは、最も長時間カメラへ映り続けられる者である」
とあった。
三つ目は徳島県。
三好さつきの司会能力、情報発信力、戦闘時の俊足、神戸放送での出演実績をまとめた、非常に論理的な資料。
見出し。
図表。
参考映像。
想定される全国展開。
リスク分析。
全体が美しく整理されている。
隼人は感心する。
「これは読みやすい」
すみれが最後のページを見る。
「ただし、“現在は兵庫県伊丹市在住”という点への反論が、二十四ページあります」
「先方も弱点だと認識しているのですね」
最後は高知県。
表紙には、なつめが拳を突き上げた巨大な写真。
タイトルは、
『神代なつめは、すでに土佐の偉人である』
本文は簡潔だった。
強い。
分かりやすい。
子どもに人気。
裏表がない。
高知県内では異論がほぼない。
隼人は資料を閉じる。
「推薦書というより、県を挙げた応援演説ですね」
波田巌蔵顧問が笑う。
「高知らしくて、分かりやすいじゃねえか」
「全ての項目に感嘆符が三つ付いています」
「熱意は一番だな」
こうしてセンター選考は、始める前から四県総力戦となった。
◇
四人とも現在の居住地が、かなりややこしいのです
四国代表とはいえ、四人全員が四国へ住んでいるわけではない。
大西結月は、現在、大阪府岸和田市在住。
競輪選手時代から関西での活動基盤を持ち、現在も訓練や任務の都合で岸和田を拠点としている。
三好さつきは、兵庫県伊丹市在住。
大学と神戸放送の仕事、戦隊ヒロインとしての活動を両立するには、空港や大阪・神戸へのアクセスがよい伊丹が便利だった。
神代なつめは、なぜか千葉市在住。
高知への愛情は非常に強い。
土佐弁も薄れていない。
高知のイベントへ呼ばれれば誰よりも早く反応する。
しかし活動上の事情により、現在の生活拠点は千葉県だった。
四人の中で唯一、実際に四国へ住んでいるのは、松山市の賃貸マンションで暮らす越智美晴だけ。
隼人は居住地一覧を見て、額を押さえた。
「四国総局なのに、四国在住者が一人しかいません」
遥室長が平然と答える。
「出身が四国なら四国ヒロインなのら」
「拠点を四国へ置いても、三人は毎回移動が必要です」
「大阪なら結月とさつきは来やすいのら」
「なつめさんは千葉からです」
「飛行機か新幹線で来るのら」
「愛媛のみーちゃんだけが、四国から大阪へ出てくる構図になります」
「四国総局なのに、四国から通勤する人が一人いるのら」
「組織名と実態が少しずれていませんか」
「細かいことを気にしたら地方組織は作れないのら」
遥のトップダウンは、地理的な違和感を軽々と乗り越えた。
◇
隼人補佐官、誰も選ばないことを選びます
隼人は数週間にわたり、慎重に検討を重ねた。
戦闘力。
イベント能力。
司会進行。
地域発信。
知名度。
統率力。
子ども人気。
メディア対応。
四県からの支持。
どの評価方法を使っても、四人はほぼ横一線だった。
結月は体力企画なら圧倒的。
みーちゃんは芸能ステージなら圧倒的。
さつきは司会と情報発信なら圧倒的。
なつめは少年人気と敵への突進なら圧倒的。
だが、四国大連合全体を代表する一人として見ると、決定打がない。
一人を選べば、残る三県から抗議が来る。
輪番制にすれば、
「初回のセンターが事実上の初代になる」
として順番でもめる。
抽選にすれば、
「四国の将来をくじ引きで決めるのか」
と怒られる。
じゃんけんでは、
「県の威信を一回勝負へ委ねられない」
と反対される。
体力試験をすれば結月が有利。
司会試験ならさつきが有利。
人気投票ならみーちゃんとなつめが強い。
歴史クイズならみーちゃんが有利。
生放送で失言しない試験なら、なつめが圧倒的に不利。
隼人はついに、一つの結論へ至った。
誰かを選ぶから、もめる。
ならば、誰も選ばなければよい。
◇
四国総局、局長もセンターもありません
新橋ヒロ室で開かれた正式会議。
大型モニターへ、隼人が作成した組織案が表示される。
戦隊ヒロインプロジェクト四国総局
本部所在地:大阪府内・ヒロ室西日本分室
局長:不在
センター:不在
代表ヒロイン:大西結月、越智美晴、三好さつき、神代なつめ
基本方針:四人横一線
会議室が静まり返る。
波田顧問が眼鏡を外した。
「局長もセンターもいねえのか?」
「はい」
「それで総局と言えるのか?」
「四人全員が代表です。上下関係を置かず、任務やイベント内容に応じて中心となる人物を変えます」
すみれコーチが尋ねる。
「現場判断で二人の意見が割れた場合は?」
「協議します」
「二対二になった場合は?」
「再協議します」
「再協議でも二対二なら?」
「さらに再協議します」
すみれは淡々と言った。
「決まりませんね」
「四国はひとつですから、最後にはまとまると信じています」
「精神論ですね」
「組織案の最後の支えです」
遥が組織図を見る。
「局長不在って、大丈夫なのら?」
隼人は、この質問を予想していた。
「関西発の長寿視聴者依頼調査バラエティでも、個性的な調査員たちをまとめる局長役の席が、一時期空いていた例があります」
「テレビ番組と四国総局を一緒にするのら?」
「局長不在でも、番組は続きました」
「四国総局は、変わった依頼を調査する番組じゃないのら」
「センターを決めるという依頼自体、かなり変わっています」
遥は少し考えた。
そして笑顔で手を打つ。
「なら、隼人くんを代理局長にするのら」
隼人の表情が固まる。
「代理局長?」
「局長が決まるまでなのら」
「局長を置かない方針を、今説明したばかりです」
「じゃあ、当分は代理なのら」
「局長候補は?」
「いないのら」
「代理を解かれる条件は?」
「正式な局長が決まることなのら」
「永久に決まらない可能性があります」
遥は満足そうに頷く。
「ほぼ終身代理局長なのら」
組織図へ、新たな役職が追加される。
四国総局代理局長・藤堂隼人補佐官
任期は、
当分の間。
隼人が確認する。
「人事権はありますか?」
「ないのら」
「予算決裁権は?」
「西日本分室側にあるのら」
「四人への命令権は?」
「四人は横一線だから、ないのら」
「イベントの決定権は?」
「四人と四県との合議なのら」
「では、代理局長は何をするのでしょうか」
遥は即答する。
「問題が起きた時に責任を取るのら」
「権限が一つもないのに?」
「四県を公平に扱うためなのら」
「センターは分散、責任だけ私へ集中しています」
「公平なのら」
「私に対してだけ、まったく公平ではありません」
こうして藤堂隼人補佐官は、香川、愛媛、徳島、高知の四県分の苦情と責任を受け持ちながら、決定権を何一つ持たない、
ほぼ終身代理局長
へ就任した。
◇
最初の本部候補は、お好み焼き店です
四国総局の本部候補として、最初に名前が挙がったのは広島市だった。
江波のどかの実家であり、ヒロ室広島支部、通称ヒロヒロの連絡拠点にもなっているお好み焼き店、
「みさちゃん」
である。
四国ではない。
むしろ中国地方である。
だがヒロヒロの運営実績がある。
食事もできる。
会議もできる。
関係者が泊まることもある。
二階には空き部屋があるという。
隼人は、のどかとともに現地確認へ向かった。
一階では、のどかの母が鉄板の前に立っている。
「隼人さん、遠いところお疲れさま。お好み焼き、食べていく?」
「ありがとうございます。まず部屋を確認させてください」
「昔は物置じゃったけど、今は梨乃ちゃんが時々使っとるんよ」
のどかが訂正する。
「時々じゃないよ。ほとんど住んどるよ」
山根梨乃は、広島市内の大学へ通う学生。
のどかとは同じ大学の同級生であり、親友である。
梨乃は正式には、広島市内の賃貸住宅で一人暮らしをしている。
きちんと自宅がある。
家賃も払っている。
電気も水道も通っている。
それなのに、「みさちゃん」の方が居心地がよいという理由で、いつの間にか二階の空き部屋へ住み着いていた。
最初は授業後に遊びに来ただけ。
次に夕食を食べて帰る。
その次は泊まる。
歯ブラシを置く。
化粧品を置く。
着替えを置く。
大学の教科書を置く。
衣装ケースを持ち込む。
最後には小型冷蔵庫まで運び込んだ。
本人の賃貸住宅はどうなっているのか。
誰もよく知らない。
のどかの母は、梨乃の食事、健康、大学の予定、帰宅時刻まで心配するようになり、今では完全に、
梨乃の広島での保護者
になっていた。
「梨乃ちゃん、昨日ちゃんと大学行った?」
「一限は休講でした」
「二限は?」
「自主的に資料を読みました」
「大学で?」
「ここで」
「それは大学へ行っとらんじゃろ」
梨乃は質問への答え方だけは非常に巧妙だった。
◇
空き部屋は、まったく空いていません
のどかが二階の扉を開ける。
隼人は、しばらく言葉を失った。
空き部屋のはずだった。
しかし床が見えない。
衣類。
化粧品。
大学の教科書。
鳥取土産。
雑誌。
ヒロイン衣装。
未開封の通販箱。
組み立て途中の収納棚。
四国中央市イベントで使った紙製マント。
大きなぬいぐるみ。
小型冷蔵庫。
賞味期限の分からない菓子袋。
洗濯前なのか洗濯後なのか、本人しか判断できない衣類の山。
ベッドの上では、梨乃が横になってスマートフォンを見ていた。
のどかが声を上げる。
「梨乃、隼人補佐官が来とるよ!」
梨乃は身体を起こす。
「お疲れさまです」
隼人は部屋を見回した。
「ここを四国総局の事務所として使えますか?」
梨乃も部屋を見回す。
「片づければ、机一つくらいは入ると思います」
のどかが即座に言う。
「ほいじゃ、片づけんさい」
「時間がある時に」
「いつ?」
「近いうちに」
「その返事、三か月前にも聞いたわ!」
階下から、のどかの母の声。
「梨乃ちゃん、部屋はちゃんと片づけてね~!」
梨乃は明るく答えた。
「はーい!」
しかし身体は一ミリも動かない。
返事から三十秒後。
のどかの母が、お好み焼きの皿を持って上がってくる。
「梨乃ちゃん、お昼まだじゃろ?」
「ありがとうございます」
梨乃は起き上がり、お好み焼きを受け取った。
片づけは始まらない。
のどかが呆れる。
「お母ちゃんも甘やかしたらいけんよ!」
「でも、お腹空いとったら片づけもできんじゃろ」
「食べても片づけんのよ!」
梨乃は箸を持ったまま答える。
「片づける意思はあります」
「意思だけじゃ、床は見えんのよ!」
隼人は部屋の入口で考える。
机を置く場所がない。
書類棚も置けない。
梨乃の荷物を移動すれば、本人から苦情が来る。
その苦情を処理するのは、権限のない代理局長である自分。
隼人は静かに結論を出した。
「広島への本部設置は断念します」
梨乃が尋ねる。
「部屋を片づければ、再検討されますか?」
「片づけられますか?」
「中長期的課題です」
のどかが叫ぶ。
「今日やりんさい!」
こうして「みさちゃん」は、四国総局本部ではなく、
四国総局・広島連絡事務所
となった。
ただし専用机も電話も看板もない。
実態は、のどかの母へ伝言を頼み、関係者がお好み焼きを食べる場所である。
◇
梨乃の自宅より、みさちゃんの方が自宅です
隼人が帰ろうとすると、のどかの母が梨乃へ声をかける。
「梨乃ちゃん、今日は自分のおうちへ帰るん?」
梨乃は少し考える。
「明日の一限が早いので、ここから行きます」
のどかが突っ込む。
「梨乃のアパートの方が、大学に近いじゃろ!」
「こちらの方が朝食があります」
「理由が完全に居候なんよ!」
のどかの母は梨乃へ尋ねる。
「明日の朝は、ご飯とパン、どっちがええ?」
「ご飯でお願いします」
「注文までしよる!」
梨乃は正式には一人暮らし。
実態は「みさちゃん」へ勝手に居候。
のどかの母は、保護者、食事係、生活指導員を兼任。
のどかは親友でありながら、梨乃を部屋から追い出す役まで担っていた。
梨乃本人だけが、この状況へ何の疑問も持っていなかった。
◇
松山連絡事務所は、驚くほど実用的です
四国内の連絡拠点には、唯一の四国在住者である越智美晴の自宅が選ばれた。
松山市内の賃貸マンション。
名称は、
四国総局・松山連絡事務所
室内には、地下アイドル時代のポスター。
ステージ衣装。
ファンから贈られた品。
歴史書。
城郭資料。
幕末関係の雑誌。
ミカンを模した小物。
物は多い。
しかし、みーちゃんは十年以上の芸能活動で衣装や資料を管理してきたため、比較的きれいに整理している。
床が見える。
机が使える。
椅子へ座れる。
人が二人以上、普通に歩ける。
梨乃の部屋を見た直後の隼人には、中央省庁の執務室ほど整っているように見えた。
「広島より、はるかに実用的です」
隼人が感心する。
みーちゃんは複雑そうに笑った。
「比較対象が梨乃ちゃんの部屋なら、だいたいの家が勝つと思うよ」
隼人は壁際を指す。
「こちらへ書類棚を置けそうですね」
「そこは撮影用の背景なの」
「撮影?」
「配信やコメント撮りで使うの。午後の光がきれいに入るから、棚は置かないでね」
「では重要書類は、どこへ保管しましょう」
みーちゃんは台所横から丈夫な段ボール箱を持ってくる。
「これでいいんじゃない?」
箱には、大きく、
「愛媛みかん・秀」
と印刷されていた。
「公的書類を、ミカン箱へ?」
「湿気もないし、丈夫だよ」
「鍵はありません」
「上に歴史書を積んでおけば、簡単には開けられないよ」
「防犯対策が物理的すぎます」
松山連絡事務所の重要書類は、当面、最高級ミカンの空き箱へ保管されることになった。
それでも広島よりは、圧倒的に実用的だった。
◇
本部は、四国の外に置かれます
正式な四国総局は、大阪府内のヒロ室西日本分室に置かれる。
四国の組織なのに、本部は大阪。
四国在住の代表は一人だけ。
局長はいない。
センターもいない。
責任者は権限を持たない代理局長。
奇抜な組織だった。
空いていた小会議室へ、四人分の机と椅子が置かれる。
香川。
愛媛。
徳島。
高知。
名札は同じ大きさ。
机も同じ。
椅子も同じ。
中央席は作らない。
部屋の中央には、全員共用の丸いテーブルだけが置かれた。
四人が初めて入室する。
結月は丸テーブルへ作戦資料を置く。
「ここは共同会議用に使いましょう」
みーちゃんは卓上鏡を置く。
「照明がきれいだから、撮影場所にちょうどいいね」
さつきはマイクスタンドを置く。
「記者対応では、中央にマイクが必要です」
なつめは大きなカツオ型の菓子箱を置く。
「真ん中は一番目立つもんを置く場所ぜよ!」
四つの荷物が中央でぶつかる。
結月が言う。
「共有スペースですから、個人の物は置かない方がいいでしょう」
みーちゃんが鏡を抱える。
「共有なら、みんなで使えるよ」
さつきがマイクを持つ。
「記者会見用設備は共有物です」
なつめは菓子箱を開く。
「食べたらなくなるき、問題ないぜよ!」
四人横一線の理念は、入室から三十秒で揺らいだ。
代理局長の隼人が、最初の調整へ入ろうとする。
その時、廊下の奥から大声が聞こえてきた。
「返してや!」
「もう食べた!」
「何で食べる前に言わへんねん!」
四人と隼人は、同時に廊下へ顔を出した。
◇
ニッコリのりは、誰のものなのか
騒ぎの中心にいるのは、赤嶺美月と西川彩香。
美月は小さな袋を持っている。
袋には、
「ニッコリのり」
と書かれていた。
彩香がステップアップクイズへ出場した際にもらった記念品である。
彩香は大切に保管していた。
少しずつ食べるつもりだった。
美月は彩香の机の引き出しを勝手に開け、勝手に発見し、勝手に袋を開け、勝手に食べた。
彩香が袋を奪い返す。
「あんたにだけはやらん!」
美月は両手を広げる。
「なんでやー!!」
「人の引き出し、勝手に開けるからや!」
「海苔はみんなのもんやろ!」
「うちの出場記念品や!」
「一袋くらいええやん!」
「残り一枚しかないやろ!」
美月は口を動かしている。
彩香が目を細める。
「今、食べたな」
「何をや?」
「最後の一枚や!」
「証拠あるんか?」
「口の端から海苔出とるわ!」
美月は慌てて口元を手で隠す。
「これは今日の朝ご飯の海苔や!」
「何時間、口につけたままやねん!」
「保存状態がよかったんや!」
「食べたこと認めとるやないか!」
隼人と四国ヒロイン四人は、廊下で立ち尽くす。
結月が尋ねる。
「西日本分室では、いつもこのような問題が起きるのですか?」
さつきが静かに答える。
「お二人が同じ日にいると、かなりの確率で」
みーちゃんは楽しそうに笑う。
「元気でいいんじゃない?」
なつめは美月へ言う。
「食べたもんは戻らんき、彩香さんも諦めたらええぜよ!」
彩香が振り返る。
「なつめさんまで、そっちへ付かんといて!」
美月がなつめの肩を抱く。
「さすが高知代表! 話が分かる!」
「ただし、勝手に食べたがはいかんぜよ」
「どっちの味方やねん!」
「海苔は返せんけど、謝ったらええ」
「ごめんなさい」
「軽いわ!」
彩香の怒りは収まらなかった。
◇
海苔から通販番組の恋愛へ飛びます
ニッコリのりを巡る争いが続く中、西日本分室のテレビでは通販番組が流れていた。
低価格商品。
独特の歌。
親しみやすい掛け合い。
画面には、YグループのI社長と、歌手のHさん。
I社長が商品価格を紹介する。
Hさんが大きく驚く。
二人が顔を見合わせて笑う。
美月の動きが止まった。
「ほら見てみい!」
彩香もテレビを見る。
美月は画面を指さす。
「あの二人、絶対、普通の仕事仲間ちゃうやろ!」
彩香は即座に否定する。
「通販番組の演出や。視聴者に親しみ持ってもらうための掛け合いやろ」
「いやいや、あの距離感は愛人関係や!」
「根拠もないのに勝手なこと言うな!」
「女の勘や!」
「アホツインテールの勘ほど信用できへんもんはない!」
「なんでやねん!」
ニッコリのりの喧嘩は、一秒で別の問題へ変わった。
彩香はまだ海苔の袋を握っている。
美月の口には海苔が残っている。
それでも二人の最大の関心事は、
I社長と歌手Hさんは、付き合っているのか。
になっていた。
隼人が割って入る。
「本人たちが公表していないことを、ここで議論しても結論は出ません」
美月は四国ヒロイン四人を見る。
「みんなはどう思う?」
彩香も腕を組む。
「常識的に考えたら、仕事上の演出やんな?」
四国総局の開設初日。
四人が最初に意見を求められた案件は、四国の地域振興でも防災計画でも任務方針でもなかった。
通販番組の社長と歌手は、付き合っているのか。
◇
結月は証拠を求めます
結月は腕を組み、真剣にテレビを見る。
「公表された情報がない以上、交際関係を断定すべきではありません」
彩香が大きく頷く。
「ほら! 結月さんは常識ある!」
「番組上の契約関係と演出である可能性が高いと思います」
美月が反論する。
「でも見てみい! Hさん、I社長を見る時だけ笑顔が柔らかいねん!」
「商品の価格に驚く役割なのでは?」
「何で毎回、あんなにうれしそうに驚けるねん!」
「プロだからでしょう」
「プロの愛人や!」
「言い方を慎んでください」
結月は、完全にビジネス上の演出派だった。
◇
みーちゃんは芸能界の空気を読みます
次は、十年以上、地下アイドル界で活動したみーちゃん。
テレビ画面の二人を、少し目を細めて観察する。
視線。
距離。
笑うタイミング。
商品紹介から外れた一瞬の会話。
みーちゃんは頷いた。
「演出だけでは出ない空気って、あるのよね」
美月が身を乗り出す。
「ほら! みーちゃん分かっとる!」
彩香は眉をひそめる。
「芸能界長いからって、何でも分かるわけちゃうやろ」
「何年も一緒に仕事している人同士には、独特の呼吸ができるの」
「愛人関係やろ?」
美月が結論を急ぐ。
みーちゃんは首を振った。
「そこまでは言ってないよ。演出七割、親しさ三割くらいかな」
「親しさ三割は恋愛や!」
「友達でも親しくなるよ」
「仕事仲間以上、愛人未満やな!」
「勝手に新しい関係を作らないで」
みーちゃんは、やや親密関係ありそう派。
ただし美月ほど断定的ではなかった。
◇
さつきは報道姿勢を崩しません
さつきはキャスターらしく、姿勢を正す。
「本人たちの説明や、信頼できる取材情報がない以上、交際関係を断定することはできません」
彩香が拍手する。
「さすがキャスターや!」
美月は納得しない。
「でも、さつきも怪しいと思うやろ?」
さつきは画面を見る。
I社長が笑う。
Hさんも笑う。
「会話の間や視線は、非常に自然ですね」
美月が飛び上がる。
「ほら、やっぱり!」
彩香が声を上げる。
「どっちやねん!」
「報道上の結論は、判断保留です」
「一番ずるい答えや!」
「推測と事実は分ける必要があります」
「ほな、個人的には?」
「個人的な見解を放送へ持ち込むべきではありません」
「今、放送してへん!」
さつきは最後まで、慎重・ビジネス寄りの立場を崩さなかった。
◇
なつめは顔だけで決めます
最後はなつめ。
なつめはテレビ画面を五秒ほど見る。
I社長がHさんへ笑いかける。
Hさんも笑い返す。
なつめは迷わず言った。
「あれは惚れちゅう顔ぜよ!」
美月が両手を上げる。
「なつめ、よう言うた!」
「好きなら好き言うたらええがやき!」
彩香が頭を抱える。
「そんな単純な話ちゃう!」
なつめは不思議そうに尋ねる。
「好きじゃない人に、あんな顔するが?」
彩香は答えに詰まる。
美月が勝ち誇る。
「ほら! 高知の直感は本物や!」
結月が言う。
「根拠が表情だけです」
「顔見たら分かるぜよ!」
さつきが尋ねる。
「もし演出だった場合は?」
「演出でも、あれだけ楽しそうなら仲はええがやろ!」
「交際しているかどうかの答えになっていません」
「仲ええなら、そのうち付き合うぜよ!」
なつめの判断は、理屈ではなく勢いだった。
結果は、
結月とさつきが慎重・ビジネス上の演出派。
みーちゃんとなつめが、何らかの特別な親密さはありそう派。
また二対二。
四国センター問題と、まったく同じ構図になった。
◇
局長代理へ、最初の決断が迫られます
美月が隼人を指さす。
「代理局長、最後に決めてや!」
彩香も続ける。
「四国総局の責任者なんやろ?」
隼人は即座に答える。
「四国総局の管轄外です」
「逃げるんか!」
「逃げていません。通販番組出演者の私生活は、四国総局の業務ではありません」
なつめが首をかしげる。
「代理局長やのに、何も決められんが?」
「決定権がありません」
みーちゃんが尋ねる。
「じゃあ、何のためにいるの?」
「問題が起きた時に責任を取るためです」
結月が真顔で言う。
「権限と責任の均衡が取れていません」
「私もそう思います」
さつきが静かにまとめる。
「この件も、四人の合議では決まりませんね」
「そもそも決める必要がありません」
美月は不満そうに声を上げる。
「最高責任者がおるのに、何も決まらへんやん!」
隼人は訂正する。
「最高責任者ではありません。権限のない代理局長です」
彩香が呆れた顔をする。
「一番かわいそうな役職やな」
「今、初めて理解していただけましたか」
美月は再びテレビを見る。
「ほな、暫定的に愛人関係ということで」
「勝手に決めないでください!」
「じゃあ、ビジネス愛人」
「新しい言葉を作らないでください!」
四国総局の初仕事は、結論が出ないまま終了した。
◇
発足会見でも、センターは不在です
午後。
四国総局の発足会見が開かれる。
背景の看板には、
「四国はひとつ。センターはなし。代表は四人」
と書かれている。
壇上には四つの椅子。
全て同じ高さ。
全て同じ大きさ。
中央席はない。
四人は横一列へ座る。
ただし、みーちゃんは記者カメラの位置を確認し、椅子を数センチ動かしていた。
結月が気づく。
「美晴さん、位置がずれています」
「光が一番きれいに当たる位置なの」
「四人横一線です」
「見た目を整えているだけだよ」
さつきが床の目印を確認する。
「あと三センチ、左へ戻してください」
なつめは自分の椅子を前へ出す。
「横一線でも、少し前なら問題ないぜよ」
隼人が即座に戻す。
「問題があります」
「全員が前へ出たら横一線やろ?」
「舞台から落ちます」
会見開始前から、立ち位置の調整に十分を要した。
記者が尋ねる。
「四国総局の代表者は、どなたですか?」
結月が答える。
「四人全員です」
みーちゃんが笑顔で続ける。
「みんな仲良く、横一列だよ」
さつきが説明する。
「任務や企画の内容に応じ、最も適した人物が中心的な役割を担います」
なつめが拳を上げる。
「誰が一番かは、これから決めたらええぜよ!」
隼人が即座に訂正する。
「決めません」
別の記者が尋ねる。
「常設センターを置かない理由は?」
隼人が答える。
「昭和に誕生した元祖五色チームヒーローのように、性格も能力も異なる仲間が、それぞれの持ち味を発揮し、全員で一つのチームを作る方針です」
結月が力と責任感を担う。
美晴が観客と地域文化をつなぐ。
さつきが情報発信と進行を担う。
なつめが突破力と熱気を生む。
固定された中心はいない。
必要な時、必要な人物が前へ出る。
理屈としては美しかった。
記者が次の質問をする。
「局長はどなたですか?」
「不在です」
「それでは責任者は?」
遥が隼人を指さす。
「ほぼ終身代理局長の藤堂隼人補佐官なのら」
記者席がざわつく。
隼人は慌てて補足する。
「正式には、四国総局代理局長です」
「代理局長には、どのような権限がありますか?」
「人事権、予算決裁権、四人への命令権はありません」
「では、役割は?」
遥が笑顔で答える。
「何か起きた時に責任を取るのら」
会見場から笑いが起きる。
隼人だけは笑えなかった。
◇
四人なら、中心がなくても動けます
発足会見終了後。
四人は西日本分室内の四国総局室へ戻る。
結月は、届いた任務資料を整理する。
みーちゃんは、会見写真の写りを確認する。
さつきは、記者から出た質問を広報資料へ反映する。
なつめは、中央テーブルのカツオ菓子を全員へ配る。
「食べんと、仕事できんぜよ!」
「資料へ粉を落とさないでください」
結月が注意する。
「袋の中で食べたらええ」
なつめが袋ごと口へ近づける。
みーちゃんが笑う。
「豪快ねえ」
さつきは、なつめがこぼした菓子の包装を拾う。
「ごみ箱はこちらです」
四人は違う。
考え方も、得意分野も、生活拠点も違う。
結月は岸和田。
さつきは伊丹。
なつめは千葉。
みーちゃんだけが松山。
それでも、誰かが困れば自然に残り三人が手を貸す。
結月の堅さを、みーちゃんが笑いへ変える。
みーちゃんの自由さを、さつきが進行へ戻す。
さつきの慎重さを、なつめが勢いで前へ進める。
なつめの暴走を、結月が力ずくで止める。
絶対的な中心はいない。
だからこそ、四人全員の力が必要になる。
ガラス越しに見ていた隼人は、少しだけ安心した。
「センターなしでも、案外うまくいくかもしれませんね」
その直後。
西日本分室のテレビから、再びYグループの通販番組が流れる。
I社長が歌手Hさんへ笑いかける。
Hさんが社長の肩へ軽く触れ、大きく驚く。
美月が四国総局室へ飛び込んできた。
「今の見た!? 肩触ったで! 完全に愛人や!」
彩香も追ってくる。
「商品の生地を説明しただけや!」
みーちゃんが画面を見る。
「今の触れ方は、少し親しそうだったね」
結月が否定する。
「商品の着用感を確認しただけです」
なつめが拳を握る。
「惚れちゅうなら、応援したらええぜよ!」
さつきが冷静に答える。
「映像だけで私的関係を断定することはできません」
再び二対二。
美月と彩香まで加わり、四国総局室は大論争となる。
最後に全員が隼人を見る。
「代理局長、どっち?」
隼人は両手で頭を抱えた。
「だから、四国総局の管轄外です!」
廊下の向こうで遥が笑う。
「代理局長、初仕事なのら」
「初仕事は終わったはずです!」
「結論が出てないのら」
「出す必要のない結論です!」
「でも責任は隼人くんなのら」
「何に対する責任ですか!」
四国総局。
局長不在。
センター不在。
代表は四人。
本部は大阪。
広島連絡事務所は、梨乃の私物で使用不能。
松山連絡事務所の重要書類は、ミカン箱入り。
代理局長には権限なし。
それでも苦情と責任だけは、香川、愛媛、徳島、高知の四県分。
さらに西日本分室内で発生する、海苔の盗み食いと通販番組出演者の恋愛疑惑まで持ち込まれる。
藤堂隼人補佐官は、四人の議論と美月・彩香の喧嘩を見ながら呟いた。
「前途多難どころではありませんね……」
波田顧問が通りかかる。
「最高戦略会議で対策を考えるか?」
隼人は即答した。
「もう徹夜麻雀には頼りません」
「四国総局も、麻雀の一言から始まったんだろ?」
「だからこそです!」
◇
その頃、広島の「みさちゃん」。
のどかの母が二階へ声をかけていた。
「梨乃ちゃん、部屋ちゃんと片づけてね~!」
「はーい!」
元気な返事。
だが物音は一つもしない。
のどかが階段を上がり、扉を開ける。
梨乃はベッドへ寝転び、四国総局の発足会見をスマートフォンで見ていた。
「梨乃、本当に片づけよる?」
「今、四国情勢を確認しています」
「部屋の情勢を先に何とかしんさい!」
「広島連絡事務所の機能強化は、中長期的課題です」
「梨乃が片づけたら、今日中に解決するんよ!」
「今日は大学の課題があります」
「大学の課題は?」
「アパートに置いてあります」
「ほんなら自分の家へ帰りんさい!」
梨乃は少し考える。
「夕食を食べてから帰ります」
階下から、のどかの母の声がする。
「梨乃ちゃん、今日は肉玉そばでええ?」
「お願いします!」
のどかは天井を見上げた。
「帰る気、全然ないじゃろ!」
四国総局の本部が「みさちゃん」へ移る日は、当分来ない。
そして四国総局のセンターが決まる日も、正式な局長が就任する日も――。
藤堂隼人が代理局長を解任される日も。
どうやら、かなり先のことになりそうだった。
四国はひとつ。
真ん中は空席。
責任者だけは、今日も在席。




