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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1130/1169

夢のサイパンへ、行きましょう! ――六人の戦隊ヒロイン、無慈悲なゴンドラの頂上決戦

大阪府千里丘。


大阪の準キー局が構える広大な放送センターでは、朝から慌ただしく人が行き交っていた。


美術スタッフが、十段の高さまで伸びる六基のゴンドラを最終点検する。


照明スタッフは、正解時の青い光と、誤答時の赤い光を確認。


音響スタッフは、軽快なジャズ調のテーマ曲、正解音、そして出場者の希望を一瞬で打ち砕く、


「ブーッ!」


という無慈悲な警告音を何度も鳴らしていた。


この日、公開スタジオで収録されるのは、ロッド製薬の一社提供で長年親しまれてきた視聴者参加型クイズ番組、


『ステップアップクイズ』


の特別企画、


「全国戦隊ヒロイン大会」


である。


番組のルールは、単純明快にして残酷だった。


早押し問題へ一問正解するごとに、ゴンドラが一段上がる。


五問連続正解で中間地点。


九問連続正解で、夢のサイパン旅行まであと一問。


十問連続正解すれば、ゴンドラは最上段へ到達する。


南国風の音楽。


紙吹雪。


くす玉。


花のレイ。


そして、


「ペアで行く夢のサイパン六日間」


を獲得できる。


ただし、一度でも誤答やお手付きをすれば、それまで何段上がっていても最下段へ逆戻り。


積み上げた賞金も、まとめて〇円となる。


九段目でも容赦はない。


あと一問でも手加減はない。


人気ヒロインであろうと、美少女であろうと、スポンサーの広告へ出演していようと、間違えれば平等に落とされる。


二度目の誤答で失格。


まるで人間の油断をゴンドラへ乗せ、全国へ見せつけるために作られたような番組だった。



全国六ブロックの代表が並びます


六基のゴンドラには、全国を代表する戦隊ヒロインが北から順に乗り込む。


第一ゴンドラ。


北海道・東北ブロック代表。


北海道函館市の菊池瑠璃。


元観光ガイドで、地理、歴史、観光、鉄道に強い知識型。


第二ゴンドラ。


関東ブロック代表。


神奈川県相模原市の白石陽菜。


ロッド製薬の目薬「新Vロッド」のテレビCMに出演する、十八歳の人気美少女ヒロイン。


第三ゴンドラ。


中部ブロック代表。


愛知県春日井市の山田真央。


賑やかな性格と、知識、ひらめき、勝負勘を兼ね備えた器用な愛知県人。


第四ゴンドラ。


近畿ブロック代表。


兵庫県姫路市の西川彩香。


播州の烈火と呼ばれる現場指揮官で、集中力と勝負強さを評価された優勝候補。


ただし代表選出の最終決定は、花丸と星で飾られたどくろマークへ到達したあみだくじだった。


第五ゴンドラ。


中国・四国ブロック代表。


広島県広島市の江波のどか。


柔道で鍛えた精神力と、広島愛、瀬戸内の地域知識を持つ実力者。


第六ゴンドラ。


九州・沖縄ブロック代表。


鹿児島県鹿屋市の有村ひなた。


ヒロ九副支配人として九州各地を飛び回る、穏やかで堅実な調整役。


実力者の彩香と真央。


冷静なのどかとひなた。


博識な瑠璃。


そして、クイズの実力だけが未知数の陽菜。


六人は、それぞれの衣装を整え、解答ボタンへ手を置いた。


誰もが緊張していた。


ただ一人、出場者でもないのに異様なほどくつろいでいる女が客席にいた。



応援なのか、妨害なのか


赤嶺美月である。


美月は関西代表の座を狙っていたが、フロント会議で西川彩香に敗れた。


正確には、知識や人気で敗れたのではない。


あみだくじの線が、彩香の名前をどくろへ導いたのである。


その結果に納得していない美月は、


「関西代表・緊急補欠」


と手書きされたたすきを肩へかけ、千里丘の放送センターへ乗り込んできた。


服装も、明らかに応援だけを目的としたものではなかった。


南国柄のシャツ。


麦わら帽子。


首には浮き輪。


足元には旅行鞄。


鞄のポケットにはサイパン観光の案内書。


隣に座る月島小春が、美月の浮き輪を指さした。


「美月パイセン、それ、収録を見るのに必要?」


「彩香が途中で怖なって逃げ出した時、すぐ代われるようにしとるんや」


「ゴンドラから途中で逃げる人はいないよ」


「八段くらいまで行ったら、高所恐怖症になるかもしれへん」


「彩香さん、高い所は平気だから」


「急にお腹痛なる可能性もあるやろ」


「人の体調不良を期待しないで」


美月は旅行鞄を軽く蹴った。


「サイパン旅行だけ、うちが代わってもええで」


「それは代役じゃなくて横取りじゃん」


そこへ、ゴンドラへ向かう彩香が通りかかった。


美月は大きく手を振る。


「彩香ー! 無理そうやったら、いつでも代わったるでー!」


彩香は立ち止まり、客席をにらんだ。


「アホツインテール! 誰がお前と代わるか!」


「サイパンだけでもええで!」


「一番大事なとこ持っていこうとすな!」


「うちの方が南国似合うやろ!」


「浮き輪首にかけてる時点で、泳げへん人にしか見えへんわ!」


「泳げるわ! 犬かきやったら百メートルいける!」


「何でサイパンまで犬かきで行く前提やねん!」


客席から早くも笑いが起こる。


番組ディレクターは、二人の掛け合いを見ながらカメラ担当へ指示した。


「客席の美月さん、何かあるたびに抜いてください」


小春が慌てて止める。


「それ、本人へは言わないでください。映ると分かったら三倍騒ぎます」


だが美月は聞いていた。


「三倍いけるで!」


「ほら、始まった」



小泉清アナウンサー、静かに登場


スタジオの照明が落ちた。


六基のゴンドラだけが、淡い青色の光に浮かび上がる。


軽快なピアノ。


歯切れのよい管楽器。


流麗なベース。


長年番組を見てきた視聴者なら、最初の数音だけで分かるジャズ調のテーマ曲が流れ始めた。


客席から大きな拍手。


スタジオ中央へ、濃紺のスーツを着た男性がゆっくり歩み出る。


番組司会者、小泉清アナウンサー。


大きく腕を振ることはない。


不必要に声を張り上げることもない。


背筋を伸ばし、両手を自然に前へ置き、出場者と客席へ丁寧に一礼する。


低く落ち着いた声。


明瞭な発音。


言葉と言葉の間へ、ほんの少し余白を置く端正な語り。


回答者が正解すれば、決して自分が前へ出ず、その喜びを静かに引き立てる。


誤答した回答者には、失敗を責めるのではなく、正解と問題の意図を説明した上で、もう一度勝負へ戻れる言葉を添える。


それでいて、わずかな言葉選びと絶妙な間で、客席から大きな笑いを引き出す。


視聴者参加型クイズ番組の司会者として、長年第一線に立ってきた大ベテランだった。


カメラの赤いランプが点灯する。


小泉はゆっくりと顔を上げた。


「皆さま、こんばんは」


その一言で、ざわついていた客席が静かになる。


「ロッド製薬がお送りいたします、『ステップアップクイズ』」


「今夜は特別企画、全国戦隊ヒロイン大会でございます」


客席から拍手。


小泉は六人のゴンドラを見渡した。


「日ごろは全国各地で、人々の安全を守り、町の魅力を伝え、さまざまな活動に取り組んでおられる戦隊ヒロインの皆さん」


「今夜は戦う力ではなく、知識と記憶力、ひらめき、そして最後まで諦めない心で、十問連続正解を目指していただきます」


「それでは、全国六つの地域ブロックを代表する皆さんを、北から順にご紹介いたしましょう」



北海道・東北代表、菊池瑠璃


第一ゴンドラへスポットライトが当たる。


「まずは、北海道・東北ブロック代表」


「北海道函館市から、菊池瑠璃さんです」


瑠璃が明るい笑顔で客席へ一礼する。


「函館では観光ガイドとして、多くの方々へ北国の歴史と魅力を伝えてこられました」


「北国で培った粘り強さと、どのような場面でも物おじしない度胸が持ち味でございます」


「お名前の瑠璃のとおり、澄んだ印象をお持ちですが、勝負となりますと、なかなか負けず嫌いでいらっしゃるそうです」


瑠璃が少し照れたように笑う。


「ご本人によりますと、得意な問題が出るまで、とにかく解答席へ残り続けることが目標とのこと」


小泉が瑠璃へ顔を向ける。


「菊池さん、今夜の調子はいかがでしょう」


「はい。北から来たからには、簡単には下がりません」


「なるほど」


小泉は一度だけ頷く。


ほんの少し間を置いた。


「下がらないことが、まず大切な番組でございます」


スタジオに笑いが広がる。


瑠璃も声を立てて笑った。


「北国の粘り強さを見せられるでしょうか」


「菊池瑠璃さんです」



関東代表、白石陽菜


第二ゴンドラへスポットライトが移る。


「続いて、関東ブロック代表」


「神奈川県相模原市から、白石陽菜さんです」


陽菜が緊張した表情で、丁寧に頭を下げる。


「小柄で愛らしい姿からは想像できませんが、いざという時には思い切った行動のできる、芯の強い戦隊ヒロインでございます」


「いつもは控えめですが、仲間や大切な人のこととなりますと、誰よりも勇気を発揮する」


「本日は十八歳。今大会では最年少の出場者でございます」


客席から温かな拍手。


ロッド製薬の関係者席からは、特に大きな拍手が聞こえた。


「白石さん、かなり緊張しておられますか」


「はい。でも、問題が始まったら集中します」


「結構でございます」


小泉は穏やかに微笑んだ。


「緊張なさるのは、始まる前だけにしていただきましょう」


陽菜が思わず笑う。


客席からも笑い声が上がった。


「若さとひらめきで、年長者を驚かせることができますでしょうか」


「関東代表、白石陽菜さんです」


客席の美月が小春へ囁いた。


「陽菜ちゃん、かわいいなあ。あれならスポンサーも喜ぶわ」


「美月パイセンも、今だけは普通の応援客だね」


「サイパンのペア、うちにしてくれへんかな」


「一瞬で普通じゃなくなった」



中部代表、山田真央


第三ゴンドラへ光が当たる。


「続きまして、中部ブロック代表」


「愛知県春日井市から、山田真央さんです」


真央が元気よく右手を挙げ、はつらつと一礼する。


「物事を難しく考えすぎず、まず正面から挑んでみる」


「明るさと行動力が持ち味の戦隊ヒロインでございます」


「知っている問題には迷わず答え、知らない問題にも、持ち前のひらめきで果敢に挑む」


「ただし、ときどき答えを急ぐあまり、問題を最後まで聞かずに口が動きそうになるとのことでございます」


真央が苦笑した。


「今日はちゃんと、最後まで聞きます」


「ぜひ、そうなさってください」


小泉は表情を変えずに続ける。


「問題を最後まで聞くことに、減点はございません」


客席から笑いと拍手。


真央も肩を揺らして笑った。


「勢いが階段を上る力となるのか」


「それとも、少々早すぎる一答となりますか」


「中部代表、山田真央さんです」



近畿代表、西川彩香


第四ゴンドラへ光が移る。


「続いて、近畿ブロック代表」


「兵庫県姫路市から、西川彩香さんです」


彩香が姿勢を正し、引き締まった表情で一礼する。


「数々の現場で仲間を率い、的確な判断を下してきた、経験豊かな現場のまとめ役でございます」


「状況を素早く見極め、必要な指示を短い言葉で伝える」


「日ごろから無駄を嫌い、妥協を許さない厳しさで知られております」


客席の美月が小さく言った。


「要するに怖いオバハンやな」


小春が美月の帽子を深くかぶせ、口を隠した。


小泉は何事もなかったように紹介を続ける。


「今回のクイズに向けましても、出題が予想される分野を事前に整理し、かなり入念に準備をなさったそうです」


「西川さん、目標はやはり十問でございますか」


「出るからには、それ以外は考えていません」


「まことに明快なお答えでございます」


客席から大きな拍手。


「一問の油断も許さない、姫路の現場指揮官」


「近畿代表、西川彩香さんです」


小泉の紹介が終わると、彩香は客席の美月へ視線を向けた。


美月は浮き輪へ顔を隠す。


彩香が口だけを動かす。


「聞こえとるぞ、アホツインテール」


美月も口だけで返す。


「どくろ代表」


収録前から、二人の精神年齢だけが最下段へ下がっていた。



中国・四国代表、江波のどか


第五ゴンドラへスポットライトが当たる。


「続きまして、中国・四国ブロック代表」


「広島県広島市から、江波のどかさんです」


のどかが親しみのある笑顔で一礼する。


「広島を愛し、地元の人情と食文化を愛し、そして柔道で鍛えた強い足腰と精神力をお持ちの戦隊ヒロインでございます」


「柔道では相手の力を見極め、その動きを利用することが大切だそうですが、クイズでも問題文の流れを読み、正解をつかみたいとのこと」


「もっとも、ご本人は勝負に熱くなりますと、少々広島弁が強くなることがあるそうでございます」


のどかが笑った。


「勝負じゃけえ、そこはしょうがないじゃろ」


小泉はわずかに眉を上げた。


「始まる前から、すでに少々強くなっております」


スタジオに大きな笑いが広がる。


「明るい笑顔と、一本を狙う集中力」


「クイズでも鮮やかな一本となりますでしょうか」


「中国・四国代表、江波のどかさんです」



九州・沖縄代表、有村ひなた


最後のゴンドラへ光が当たる。


「そして最後は、九州・沖縄ブロック代表」


「鹿児島県鹿屋市から、有村ひなたさんです」


ひなたが柔らかな笑顔で一礼する。


「ヒロ室九州の副支配人として、多くの仲間を支え、九州各地の企画をまとめてきた、頼れる調整役でございます」


「前へ出る人を立て、自分は一歩下がって全体を見守る」


「その穏やかな人柄で、仲間から厚い信頼を集めております」


小泉は、ひなたが乗るゴンドラを見上げた。


「しかし、今夜ばかりは一歩下がりますと、本当に階段を下りることになります」


ひなたが思わず笑う。


「今日は、できるだけ前に出ます」


「はい」


小泉は静かに頷く。


「今夜は遠慮をなさらず、上へ上へとお進みください」


客席から拍手。


「九州の地理、文化、食、そして人に関する知識では負けられないとのことでございます」


「南国の温かさと、静かな勝負強さを併せ持つ、九州・沖縄代表、有村ひなたさんです」



夢のサイパンへ、行きましょう!


六人の紹介を終えると、小泉はスタジオ中央へ向き直った。


「以上、北海道・東北から菊池瑠璃さん」


「関東から白石陽菜さん」


「中部から山田真央さん」


「近畿から西川彩香さん」


「中国・四国から江波のどかさん」


「そして九州・沖縄から有村ひなたさん」


「全国六ブロックを代表する、六名の戦隊ヒロインの皆さんでございます」


六人へ大きな拍手が送られる。


小泉は、ゴンドラを北から南へゆっくり見渡した。


「優勝候補と呼ばれる方もいらっしゃいます」


「初出場の勢いに懸ける方もいらっしゃいます」


「慎重に一問ずつ進む方もあれば、ひらめきで一気に上を目指す方もいらっしゃることでしょう」


「しかし、この『ステップアップクイズ』では、肩書も年齢も関係ございません」


一拍置く。


「正解すれば、上へ」


さらに一拍。


「間違えれば、一番下へ」


六人の表情が引き締まる。


「ただ、それだけでございます」


客席の美月が小声で言う。


「怖っ。司会は穏やかなのに、言うてること無慈悲やで」


小春も頷く。


「この番組で一番怖いのは彩香さんじゃなくて、ルールかもしれないね」


彩香は客席をにらんだ。


どうやら聞こえていたらしい。


小泉が静かに右手を上げる。


「最後まで冷静さを失わず、十問を積み重ねるのは、果たしてどなたでしょうか」


「それでは皆さん、参りましょう」


一拍置き、番組おなじみの名調子で告げる。


「十問連続正解して――」

「夢のサイパンへ、行きましょう!」


テーマ曲が高らかに流れる。


客席から盛大な拍手。


小泉は一度頷き、問題読みのアシスタントへ視線を送った。


「それでは、第一問です」



最初の一段は瑠璃


「北海道の渡島半島南東部に位置し、五稜郭で知られる都市はどこでしょう」


問題が読み終わるより少し前に、瑠璃の解答ランプが点灯した。


「函館市です」


「正解です」


明るい正解音。


瑠璃のゴンドラが、静かに一段上がる。


客席から拍手。


瑠璃は笑顔で手を振った。


小泉が言う。


「まずは地元の問題を、確実にお取りになりました」


「はい。これは落とせません」


「函館からお越しいただいて、函館を間違えますと、帰りにくくなるところでございました」


客席から笑いが起こる。


瑠璃も口元を押さえた。


続く一般常識問題は彩香。


産業問題は真央。


彩香は問題文を最後まで聞き、迷いなく正解する。


真央は押したい気持ちを抑えながら、最後の言葉まで聞いてからボタンを押す。


二問目を正解した真央へ、小泉が声をかける。


「山田さん、ここまでは問題を最後まで聞いておられます」


「はい。かなり我慢しとるがね」


「その我慢が、現在の二段目でございます」


客席から笑いと拍手。


美月は小春へ囁く。


「真央ちゃん、意外と賢いやん」


「代表選考で実力を評価されてるんだから、当然でしょ」


「うちも出とったら、一問くらいは正解できたで」


「何の問題なら?」


「大阪名物」


「分野が狭すぎるじゃん」



陽菜、初めてボタンを押す


陽菜は最初の数問、ほとんど動けなかった。


彩香や真央の反応が速い。


瑠璃ものどかも、問題文の途中で答えを絞り込んでいる。


ひなたは無理をせず、確実に分かる問題を待っていた。


陽菜は解答ボタンへ手を置いたまま、他の出場者が押すタイミングを観察する。


客席のロッド製薬関係者にも、少し不安そうな表情が浮かんでいた。


次の問題。


「日本の国鳥に指定されている鳥は何でしょう」


陽菜のランプが初めて点灯する。


「キジです」


小泉が陽菜を見上げる。


「正解です」


ゴンドラが一段上昇。


客席から大きな拍手が起こった。


陽菜は胸へ手を当て、大きく息を吐く。


「白石さん、まず一段上がりました」


「はい。ボタンを押すだけで、こんなに緊張すると思いませんでした」


「十段ございます」


小泉は穏やかに微笑んだ。


「一度に上がる必要はございません。一問ずつ参りましょう」


「はい」


陽菜は笑顔で頷く。


スポンサー関係者も、ようやく安心して椅子へ座り直した。


美月が客席で拍手する。


「陽菜ちゃん、かわいいし賢いやん!」


小春が尋ねる。


「美月パイセンはキジって分かった?」


「もちろんや」


「本当に?」


「日本の国鳥いうたら、焼き鳥にもよく――」


「キジは普通の焼き鳥じゃないから」



ひなた、最南端の罠にはまる


序盤三問目。


問題読みのアシスタントがカードを開く。


「日本国内にある、最も南に位置する鉄道駅はどこでしょう」


鹿児島県出身のひなたが、すぐにボタンを押した。


「西大山駅です」


一瞬の静寂。


ブーッ!


ひなたのゴンドラを照らしていた青い光が赤へ変わる。


ゴンドラが最下段へ下がっていく。


ひなたは、すぐに自分の間違いへ気づいた。


「あ……JRとは言っていませんでしたね」


小泉は静かに頷く。


「この問題、ちょっと意地悪な問題でして」


「日本国内の鉄道駅と申し上げました」


「正解は、沖縄都市モノレールの赤嶺駅でございます」


「西大山駅は、JRの駅としては日本最南端」


「よく知られた場所だけに、少々引っかかりやすい問題でございました」


ひなたは苦笑する。


「思い込んでしまいました」


「残念ではございますが、まだまだ挽回の可能性はあります」


小泉は、最下段のひなたへ穏やかに呼びかけた。


「副支配人、これからです」


ひなたは表情を引き締める。


「はい。次からは、最後までよく聞きます」


客席から温かな拍手。


その後のひなたは、焦らなかった。


九州の地理。


食文化。


農業。


一般常識。


確実に分かる問題だけを拾い、一段、二段、三段と再びゴンドラを上げていく。



本命の彩香、伏兵の陽菜


序盤から中盤にかけて、彩香が実力を発揮した。


歴史。


政治。


地理。


防災。


交通。


問題文が読み終わる直前、答えが一つへ絞れた瞬間にだけボタンを押す。


無駄がない。


正解するたび、短く頷くだけ。


客席へ大きく手を振ることもしない。


美月が不満そうに言う。


「愛想ないなあ。全国放送やで」


小春が答える。


「クイズに集中してるんでしょ」


「うちやったら、一問正解するたびにポーズ決めるで」


「十問終わるまでに放送時間がなくなるじゃん」


一方、陽菜も静かに正解を重ねていた。


最初こそ出遅れたものの、一度ボタンを押してからは表情が変わった。


文学。


音楽。


大学生活に関係する一般常識。


子ども向けイベントで覚えた知識。


ヒロイン活動で訪れた土地に関する問題。


完全に分かる問題だけを選び、慎重に押す。


四問目を正解すると、小泉が声をかけた。


「白石さん、最初の一問の時とは、表情がずいぶん変わりましたね」


「皆さんの速さについていこうとすると、間違えそうなので」


「自分が分かる問題だけ、押すことにしました」


「なるほど」


小泉はゆっくり頷いた。


「急いで一番下へ戻るよりも、確かな一段を選ばれたわけですね」


客席から拍手。


陽菜は少し照れながら笑った。



中盤戦の順位


収録が中盤へ差しかかったところで、電光掲示板に現在の段数が表示される。


西川彩香 五問

白石陽菜 四問

有村ひなた 三問

菊池瑠璃 三問

江波のどか 二問

山田真央 二問


小泉が順位を確認する。


「西川さんが五段目」


「そして最年少の白石さんが、四段目まで上がっております」


「一度最下段へ戻られた有村さんも、三段目まで戻してこられました」


「ただし、この番組では現在の順位は、たった一問で変わります」


静かな声で言われると、ルールの残酷さが余計に際立つ。


客席の美月は、彩香の五段目を見上げながら腕を組んだ。


「怖いオバハン、調子乗っとるな」


小春が言う。


「五問正解しただけで、どうして美月パイセンが悔しそうなの?」


「うちが出とったら六問くらい行っとる」


「何を根拠に?」


「人気」


「クイズは人気投票じゃないよ」



シルエットクイズ、第一ヒントで一本


中盤の特別問題は、段階的に映像が鮮明になるシルエットクイズ。


第一ヒント。


巨大スクリーンへ、海面に立つ大鳥居と、左右へ広がる屋根の輪郭が、ごく薄い影として浮かび上がった。


映像が表示された瞬間、のどかのランプが点灯する。


「宮島の厳島神社!」


小泉がわずかに目を見開く。


「正解です」


客席が大きく沸く。


のどかのゴンドラが一段上がる。


「まだ、第一ヒントでございました」


「広島県民に、あの鳥居を見せたら分かるじゃろ」


小泉は微笑んだ。


「地元の方には、少々ヒントが親切すぎたようでございます」


この正解をきっかけに、のどかの追い上げが始まった。


広島の地理。


瀬戸内の歴史。


食文化。


スポーツ。


柔道で相手の動きを見るように、問題文の流れを読み、正解を積み重ねる。


「これは、うちがもろうた!」


「正解です」


「よっしゃ!」


小泉が静かに言う。


「江波さん、ゴンドラが上がるごとに、広島弁も一段ずつ強くなっております」


「勝負じゃけえ、しょうがないじゃろ」


スタジオに大きな笑いが広がった。



真央、後半から急上昇


中盤まで二問にとどまっていた真央も、後半に入ると一気に調子を上げる。


産業。


方言。


交通。


スポーツ。


地理。


問題文を最後まで聞きながら、持ち前の反応速度を発揮する。


三段。


四段。


五段。


六段。


真央のゴンドラが、ぐんぐん上がっていく。


「山田さん、ここへ来て急速に上がってまいりました」


「やっと調子が出てきたがね!」


「問題を最後まで聞くことも、お忘れのないように」


「分かっとります!」


元気よく答える真央。


小泉は軽く頷く。


「そのお返事が、少々早いことだけが気がかりでございます」


客席から笑いが起こる。


真央も笑っていた。


だが、ゴンドラが高くなるほど、頭の中からその忠告が消え始めていた。



八段目から、奈落へ


彩香は順調だった。


五問。


六問。


七問。


そして八問。


ゴンドラは最上段まで、あと二段。


彩香の顔にも、わずかな緊張が表れている。


客席では、美月が浮き輪の端をかじるように見守っていた。


小春が尋ねる。


「応援してるの?」


「ちゃうわ。落ちる瞬間を見逃さんようにしとるだけや」


「すごく性格が悪い応援客だね」


次の問題が始まる。


「世界文化遺産に登録されている兵庫県の姫路城は、白鷺城の別名で知られていますが――」


姫路城。


白鷺城。


自分の故郷。


聞き慣れた言葉が続いた瞬間、彩香の指が反射的に動いた。


解答ランプが点灯する。


「白鷺城!」


答えた直後、彩香の顔が固まる。


問題文には続きがあった。


「――では、熊本城の別名は何でしょう」


スタジオが静まり返る。


ブーッ!


警告音。


彩香のゴンドラが赤い光に包まれる。


八段目から、ゆっくり下降を始めた。


七段。


六段。


五段。


四段。


積み上げた賞金表示も、一つずつ消えていく。


彩香は片手で額を押さえ、もう片方の手で顔を仰いだ。


「うそやろ……」


三段。


二段。


一段。


そして最下段。


客席から悲鳴にも似た声が上がる。


美月は、にやけた表情で立ち上がった。


「怖いオバハン、落ち――」


小春が後ろから美月の口を塞ぐ。


「今それを言ったら、収録後に命が危ないよ」


「むぐぐぐ!」


小泉は、彩香が気持ちを落ち着かせるまで、すぐには言葉をかけなかった。


彩香が顔を上げるのを待ち、低く穏やかな声で説明する。


「西川さん、“姫路城”という言葉に反応なさいました」


「問題は熊本城の別名」


「正解は、銀杏城でございます」


彩香は悔しそうに頷いた。


「最後まで聞かなあかんかった……」


「八段目までお上がりでした」


小泉の声には、失敗を笑う響きはなかった。


「これは、まことに残念です」


「しかし、一度目の誤答でございます」


「まだ失格ではありません」


小泉は最下段の彩香をまっすぐ見た。


「西川さん、もう一度、一段目から参りましょう」


客席から大きな拍手。


彩香は深呼吸し、姿勢を正した。


「はい。まだ終わってません」


美月が小春の手を外し、小声で言う。


「格好ええこと言うとるけど、賞金〇円やで」


彩香の視線が、客席の美月を正確に射抜いた。


美月は急いで浮き輪の中へ顔を隠す。



真央も約束を忘れます


彩香が最下段へ落ちたことで、真央とのどかが優勝争いの前面へ出た。


真央は勢いに乗っていた。


次の問題。


「愛知県に本社を置き、自動車産業で知られる企業の名を冠した都市は――」


真央の指が動いた。


「名古屋市!」


ブーッ!


真央は答えた瞬間、自分の頭を両手で抱えた。


正解は豊田市。


ゴンドラが最下段へ降りていく。


「最後まで聞くって言ったのに!」


真央が自分で叫ぶ。


小泉は、番組冒頭とまったく同じ落ち着いた調子で答えた。


「はい」


一拍置く。


「確かに、そうおっしゃっておりました」


客席は大笑い。


真央は最下段で両手を合わせた。


「すみませんでした!」


「私へ謝っていただく必要はございません」


小泉は穏やかに微笑む。


「次の問題を、最後までお聞きください」


真央は気持ちを切り替え、残り時間で三問まで積み直す。


だが、優勝争いからは大きく後退した。



瑠璃、最後に下がります


瑠璃は元観光ガイドらしく、地理や歴史の問題を着実に正解していた。


冒頭の宣言どおり、得意な問題が出るまで長く解答席へ残り続ける。


ところが終盤。


函館に関係する問題だと思い込み、問題文の途中でボタンを押す。


答えは不正解。


ブーッ!


瑠璃のゴンドラも最下段へ下がっていく。


瑠璃は苦笑した。


「下がらないことが目標だったんですけど」


小泉は、冒頭の紹介を思い出すように頷く。


「残念ながら、最後に下がってしまいました」


少し間を置く。


「ですが、長い間、よく解答席へ残られました」


瑠璃は笑顔を取り戻し、客席へ一礼した。



のどか九段、陽菜も九段


終盤。


のどかは九問正解。


あと一問でサイパン旅行。


一度落ちた真央は三問。


彩香は最下段から再出発を狙っている。


ひなたは六問まで着実に積み上げていた。


一度の誤答後も慌てず、必要な問題だけを取った結果である。


一方、陽菜も静かに正解を重ねていた。


五問。


六問。


七問。


八問。


そして九問。


最年少。


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早押しの実力は未知数。


当初は一問も答えられないのではないかと心配されていた陽菜が、夢のサイパン旅行へ王手をかけている。


小泉が九段目の陽菜を見上げた。


「白石さん、九段目までお上がりです」


「あと一問でございます」


陽菜は緊張した表情で頷く。


「はい」


「今、どのようなお気持ちでしょう」


「あと一問だと、考えないようにしています」


「何問目かを忘れる、ということでございますか」


「はい。一問だけ聞こうと思っています」


小泉は静かに頷いた。


「それがよろしいかもしれません」


のどかも九段目。


陽菜も九段目。


二人のどちらかが、次の正解で最上段へ到達する。


客席の美月も、さすがに浮き輪で遊ぶのをやめていた。


「陽菜ちゃん、いけるで」


小春が驚く。


「今度こそ本当に応援してる?」


「陽菜ちゃんは、うちの代表枠を奪ったわけちゃうからな」


「応援する基準が狭いじゃん」



十問目


問題読みのアシスタントが、新しいカードを開いた。


スタジオが静まり返る。


「地球の大気に含まれている気体のうち、最も多いものは何でしょう」


真央の手が動く。


のどかもボタンへ指を伸ばす。


二人とも、答えは分かっている。


しかし、彩香や真央の誤答を見た後である。


問題文に続きがあるのではないか。


本当に単純な問題なのか。


その一瞬の迷いが生じた。


先に解答ランプを点灯させたのは、陽菜だった。


「窒素です」


スタジオに、一拍の静寂。


小泉が力強く告げる。


「正解です!」


ファンファーレ。


陽菜のゴンドラが、ゆっくりと十段目へ上がり始める。


頭上のくす玉が割れる。


大量の紙吹雪。


南国風の音楽。


巨大電飾へ、


「夢のサイパン旅行獲得!」


の文字が輝く。


客席は総立ち。


陽菜は両手で口元を覆い、目に涙を浮かべていた。


ゴンドラが最上段へ到着する。


ゴンドラガールが陽菜へ南国の花で作られたレイをかける。


紙吹雪の中、陽菜は抜群の笑顔を見せた。


「新Vロッド」のCMで見せる爽やかな笑顔とは、また違う。


緊張から解放され、驚きと喜びが一度にあふれ出た、自然でまぶしい笑顔だった。


ロッド製薬関係者は立ち上がり、誰よりも大きな拍手を送る。


美月も客席で立ち上がった。


「陽菜ちゃん、やったでー!」


小春が見ると、美月の目にも涙が浮かんでいる。


「美月パイセン、泣いてるの?」


「感動したんや!」


「彩香さんが落ちた時は笑ってたのに」


「感動と笑いは別腹や!」


「食べ物みたいに言わないで」



一問ずつが十問になりました


番組アシスタントが、陽菜へ大きな目録を渡す。


「ペアで行く夢のサイパン六日間」


陽菜は目録を両手で受け取り、胸へ抱いた。


小泉が、最上段の陽菜を見上げる。


「白石さん、十問正解されて、今のお気持ちはいかがですか」


陽菜は涙を拭きながら答えた。


「途中から、あと何問か考えないようにしていました。一問ずつ、問題だけを聞こうと思って……」


「その一問ずつの積み重ねが、十問になりました」


「はい。まだ信じられません」


「最年少での十問連続正解」


「そして、今夜唯一の最上段でございます」


客席から再び拍手。


陽菜は何度も頭を下げた。



最終結果


電光掲示板へ、最終結果が表示される。


優勝 白石陽菜


十問連続正解・夢のサイパン旅行獲得


第二位 江波のどか


九問正解


第三位 有村ひなた


六問正解


第四位 菊池瑠璃


終盤の誤答により最終段数〇問


第五位 山田真央


一度の誤答後、三問まで再上昇


第六位 西川彩香


八段目からお手付きにより最終段数〇問


彩香は最高到達段数では陽菜との優勝争いをしていた。


しかし、最終結果は〇問。


賞金も〇円。


電光掲示板の、


「西川彩香 〇」


という無慈悲な表示を見て、彩香は再び自分の顔を手で仰いだ。


客席の美月は、口元を押さえていた。


小春が警告する。


「笑ったら収録後に追いかけられるよ」


「笑ってへん。にやけとるだけや」


「もっと悪いじゃん」



第一ヒント即答賞


シルエットクイズを第一ヒントで正解したのどかには、


「第一ヒント即答賞」


が贈られた。


賞品は広島のご当地食品詰め合わせと、巨大なしゃもじ。


のどかは両手でしゃもじを持ち上げた。


「これ、実家のお好み焼き屋で使えるかね?」


小泉は巨大なしゃもじを見上げる。


「お好み焼き一枚には、少々大きすぎるようでございます」


「ほいじゃ、看板にするわ」


「その方が、皆さまにもよく見えることでしょう」


客席から笑いと拍手が起こった。



小泉清アナウンサーの総括


エンディング。


六基のゴンドラへ、柔らかな照明が当たる。


最上段には陽菜。


九段目にはのどか。


六段目にはひなた。


その下には、勝負の厳しさを味わった三人が並ぶ。


小泉は六人をゆっくり見渡した。


「今夜の全国戦隊ヒロイン大会」


「八段目まで進みながら、一問のお手付きで最下段へ戻られた西川さん」


彩香が苦笑しながら一礼する。


「持ち前の勢いで追い上げながら、問題を最後まで聞くことの大切さを、改めて示してくださった山田さん」


真央が小さく頭を下げる。


「ほんとに、その通りです」


客席に笑いが起こる。


「一度最下段へ下がりながら、冷静に立て直された有村さん」


「北国の知識と観光ガイドの経験を生かし、長く勝負へ残られた菊池さん」


「九段目まで進み、第一ヒントでも鮮やかな正解を見せた江波さん」


「そして、一問ずつ確実に正解を重ね、十段目へ到達した白石さん」


小泉は最上段の陽菜へ目を向ける。


「本命と呼ばれる方が、必ず勝つとは限りません」


「勢いだけでも、慎重さだけでも、十問へは届きません」


「問題をよく聞き、自分を信じ、一問ずつ積み重ねること」


「白石さんの十問連続正解は、そのことを私たちに教えてくださったように思います」


そして、カメラへ向き直る。


「全国六ブロックを代表する戦隊ヒロインの皆さん」


「今夜は戦う力ではなく、知識と勇気で、私たちを楽しませてくださいました」


「白石陽菜さん、夢のサイパン旅行獲得、おめでとうございます」


客席から大きな拍手。


テーマ曲が流れ始める。


小泉は最後まで姿勢を崩さず、穏やかに一礼した。


「それでは皆さま、また次回お目にかかりましょう」


「ごきげんよう」



豚まんを巡る、最低水準の争い


収録終了後。


出演者たちはゴンドラから降り、番組スタッフへ挨拶をしていた。


陽菜の周囲には、ロッド製薬の担当者や番組スタッフが集まっている。


のどかは巨大なしゃもじを抱え、ひなたと笑っていた。


真央は、


「最後まで聞く」


と自分の手帳へ大きく書き込んでいる。


瑠璃は、


「最初の目標どおり、最後まで残れたからよし」


と気持ちを切り替えていた。


彩香だけは、八段目から最下段へ落ちた瞬間を思い出し、まだ時々顔を手で仰いでいる。


その彩香へ、赤嶺美月が近づいた。


浮き輪を首へかけたまま。


口元には、隠す気もないにやけた笑い。


「彩香~」


彩香は振り返らない。


「何や、アホツインテール」


「残念やったなあ」


「うるさい」


「八問まで行ったのになあ」


「分かっとる」


「一問間違えて、一番下までストーン」


「効果音つけんな」


「賞金も一気に〇円」


「わざわざ確認すな」


美月は、彩香の横へ回り込んだ。


「賞金出たら、大阪名物の豚まん奢ってもらお思うとったけど、無理やんな」


彩香が、ゆっくり美月を見る。


「賞金出ても、あんたにだけは豚まんやらんわ」


「何でやねん! うち、応援したったやろ!」


「どこが応援や! うちが落ちた瞬間、立ち上がって笑おうとしとったやないか!」


「笑ってへん!」


「口が耳まで裂けそうになっとったわ!」


「それは元から笑顔が魅力的やからや!」


「自分で言うな!」


「一個くらいええやろ。四個入り買うたら、一個余るやん」


「余らへん。うちが四個食べる」


「一人で四個も食べるんか。怖いオバハン、食欲まで怖いな」


彩香の眉が上がる。


「誰が怖いオバハンや、アホツインテール!」


「最終結果〇点のオバハン!」


「お前は出場すらしてへんやろ!」


「うちなら一問くらい取れた!」


「大阪名物しか答えられへんくせに!」


「豚まんは大阪名物や!」


「今、クイズの話しとるんや!」


「ほんなら問題出してみ!」


彩香は即座に尋ねた。


「日本の国鳥は?」


美月が胸を張る。


「ニワトリ!」


周囲が静まり返った。


小春が頭を抱える。


「さっき陽菜ちゃんがキジって答えたのを見てたよね?」


美月の顔が固まる。


「……緊張して間違えただけや」


彩香が鼻で笑う。


「客席で何に緊張すんねん」


「カメラに映っとったからや!」


「やっぱりクイズに出んで正解やったな」


「何でやねん!」


美月は彩香の手にある収録資料を指さした。


「彩香かて姫路城いう言葉に釣られて落ちたやん!」


「地元の言葉が出たら反応するやろ!」


「怖いオバハンやなくて、姫路のパブロフ犬やな!」


「誰が犬や!」


「ワン言うてみ!」


「アホツインテール!」


「怖いオバハン!」


「落選ツインテール!」


「どくろ代表!」


「浮き輪補欠!」


「賞金〇円!」


「出演〇回!」


言い争いの水準は、全国ネットの人気ヒロイン同士とは思えないほど低かった。


まるで小学生が、


「お前の母ちゃん、でべそ」


の代わりに、


「お前の賞金、〇円」


と言い合っているような有様である。


小春が二人の間へ入る。


「二人とも、もうやめよう。陽菜ちゃんが優勝した、めでたい日なんだから」


美月が言う。


「うちは陽菜ちゃんを祝っとるで」


彩香も言う。


「うちも祝っとる」


「じゃあ、どうして喧嘩してるの?」


二人は同時に答えた。


「こいつが悪い!」


そして、互いを指さした。


小春は大きくため息をつく。


「そういうところだけ、息ぴったりだね」



海苔は全員もらえます


収録後、六人の出場者には出演記念品が贈られた。


提供は、


「ニッコリのり」


味付け海苔。


焼き海苔。


卓上容器入り海苔。


贈答用の大箱。


かなり豪華な詰め合わせである。


番組内で小泉も、丁寧に紹介していた。


「本日ご出演の皆さまには、ニッコリのりより、海苔の詰め合わせをお持ち帰りいただきます」


真央は大きな箱を持ち上げた。


「思ったより重いがね!」


瑠璃は、


「仙台分室で分けます」


と笑顔。


のどかは、


「実家のまかないに使えるね」


と巨大なしゃもじと一緒に抱える。


ひなたは、


「ヒロ九の遠征用のおにぎりに使えそうです」


と喜んだ。


彩香も箱を受け取る。


「賞金は〇円やけど、海苔はもらえるんやな」


その声を聞き、美月がすぐに近づく。


「彩香、その海苔、半分うちにくれ」


「嫌や」


「一袋」


「嫌や」


「一枚」


「嫌や」


「一枚くらいええやろ!」


「何で出てもいないお前が、出演記念品をもらおうとするねん!」


「客席出演した!」


「ただの応援客や!」


「番組を盛り上げた!」


「妨害しただけや!」


美月が箱へ手を伸ばす。


彩香が箱を高く持ち上げる。


美月が背伸びする。


彩香もさらに持ち上げる。


「届かへんやろ、アホツインテール」


「卑怯やぞ、怖いオバハン!」


「身長差は反則ちゃうわ!」


「一枚よこせ!」


「嫌や!」


小春が二人の間へ入った。


「海苔一枚で、全国放送後に喧嘩しないで」


美月と彩香は同時に叫ぶ。


「海苔一枚の問題ちゃう!」


小春は首をかしげた。


「じゃあ、何の問題なの?」


二人とも答えられなかった。


もはや本人たちにも、何を争っているのか分からなくなっていた。



全国の拠点へニッコリのり


六人は、出演記念品の海苔をそれぞれの活動拠点へ持ち帰った。


菊池瑠璃の大箱は、ノースフロント仙台分室へ。


白石陽菜の大箱は、新橋ヒロ室へ。


山田真央の大箱も、いったん新橋ヒロ室へ運び込まれる。


二人分の海苔が積まれたため、新橋の棚は、しばらく海苔売り場のようになった。


西川彩香の大箱は、ヒロ室西日本分室へ。


江波のどかの大箱は、実家のお好み焼き店「みさちゃん」へ。


有村ひなたの大箱は、熊本市の山奥にあるヒロ九拠点へ。


それからしばらくの間。


仙台分室では、会議のお茶請けが味付け海苔。


新橋ヒロ室では、昼食の弁当に味付け海苔。


西日本分室では、夜食のおにぎりに味付け海苔。


「みさちゃん」では、まかないに味付け海苔。


ヒロ九拠点では、遠征用のおにぎりに味付け海苔。


全国のヒロ室関係施設は、味付け海苔にだけは困らなくなった。


新橋ヒロ室では、遥室長が積まれた大箱を見上げる。


「ずいぶん海苔が増えたのら」


琴音が答える。


「陽菜ちゃんと真央ちゃんの二人分じゃんね」


「食べ切れるのら?」


「賞味期限は長いから、大丈夫じゃん」


真帆は一袋を手に取る。


「会議中の間食にも使えますね」


すみれコーチが注意する。


「味付け海苔だけで食事を済ませないでください」


その頃、西日本分室では、美月が彩香の箱からこっそり一袋持ち出そうとしていた。


背後から、彩香の声がする。


「何しとんねん」


美月は振り返らずに答える。


「在庫確認や」


「手に持ってるやろ」


「品質検査や」


「袋開けようとしとるやろ」


「毒見や」


「海苔に毒見はいらん!」


彩香が袋を取り返そうとする。


美月が背中へ隠す。


「一袋くらいええやろ!」


「出演記念品や言うとるやろ!」


「うちも収録へ行った!」


「ゴンドラに乗ってへん!」


「客席で彩香より映っとったかもしれへん!」


「それは騒ぎすぎたからや!」


「視聴率に貢献した!」


「海苔泥棒が開き直るな!」


二人は、味付け海苔の袋を挟んでにらみ合う。


小春が呆れた顔で言った。


「本番では六人が知識と精神力を競ったのに、収録が終わったら海苔一袋を取り合ってるんだね」


美月が答える。


「これは名誉の戦いや」


彩香も答える。


「これは所有権の問題や」


小春は首を振った。


「どっちにしても、レベルは低いよ」



全国六ブロックの代表が挑んだ、無慈悲なゴンドラの頂上決戦。


優勝候補の彩香は、八段目から痛恨のお手付き。


勢いに乗った真央も、問題を最後まで聞かず最下段へ落下。


ひなたは一度の失敗から冷静に立て直した。


瑠璃は北国の知識で長く勝負へ残った。


のどかは九段目まで上がり、第一ヒントで鮮やかな正解を見せた。


そして白石陽菜は、他の誰かの速さへ無理に合わせることなく、自分が分かる問題を一つずつ積み重ねた。


その結果、最年少の少女が六人の中でただ一人、十段目へ到達した。


華やかな紙吹雪。


満面の笑顔。


温かな拍手。


ベテラン司会者の穏やかな祝福。


長寿クイズ番組らしい緊張と、人間味にあふれた名勝負となった。


ただし、番組終了後のヒロ室で最も長く語り継がれたのは、


「本命の彩香が八段目から落ちたこと」


でも、


「陽菜が十問連続正解したこと」


でもなかった。


赤嶺美月と西川彩香が、豚まん一個と味付け海苔一袋を巡り、全国ネットの人気ヒロインとは思えない子供じみた口喧嘩を続けたことである。


二人の精神的なゴンドラだけは――


収録終了後も、最下段から一段も上がらなかった。

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