表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1127/1168

作者の実家も守ります!? 晴れのち防災・川崎編 ――お天気お姉さん杉山ひかり、多摩川と工業都市の備えを徹底解説

静岡市清水区、山梨県甲府市。


二つの街で大成功を収めた、お天気お姉さん・杉山ひかりの気象防災イベント、


『ひかりと備える、晴れのち防災!』


は、すっかりヒロ室の看板企画になっていた。


「怖がらせるだけではなく、笑いながら正しい備えを覚える」


そんな方針が親子連れを中心に評判を呼び、ヒロ室フロントには全国の自治体や企業から開催依頼が殺到している。


海沿いの自治体からは津波避難編。


山間部からは豪雨・土砂災害編。


雪国からは大雪・停電編。


大都市からは帰宅困難者、高層住宅、地下空間の浸水対策。


そして、なぜか多くの問い合わせ用紙の片隅に、


「赤嶺美月さんの防災寸劇は、予定時間内に終了しますか」


という質問が書かれていた。


美月は問い合わせ一覧を見て胸を張る。


「そら全国が注目しとる人気企画やからな。上演時間が気になるんも当然や!」


月島小春が、その下の注意書きを読み上げる。


「“前回は予定より十二分延びたと聞いております”だって」


「十二分くらい、誤差やろ」


首藤凪が静かに答える。


「避難訓練では、その十二分が重大です」


「笑いは時計で測るもんやない!」


「防災イベントは時計でも管理します」


杉山ひかりは苦笑しながら二人を止めた。


「今回は、できるだけ台本どおりにお願いします」


美月は力強く頷く。


「任せてや。台本を土台に、さらに高い笑いを築き上げるで!」


「台本から離れないでください」


開始前から、凪の苦労だけは確定していた。



開催理由は、作者の個人的事情でした


新橋のヒロ室フロント。


小宮山琴音が一冊の企画書を会議机へ置いた。


表紙には、


「川崎市・都市型気象防災イベント開催案」


と書かれている。


芹沢遥室長は企画書をめくり、首をかしげた。


「琴音ちゃん、今回はどうして川崎市なのら?」


琴音は緩い甲州弁で、何でもないことのように答える。


「この小説の作者が、川崎市の防災減災について確認したいとのことです」


遥は一度だけ瞬きをした。


「ふーん」


それだけだった。


作者の実家はどこなのか。


なぜ小説の登場人物が作者の防災確認へ動員されるのか。


開催地を決める理由として妥当なのか。


遥は何一つ聞かなかった。


企画書の次のページをめくり、会場候補の写真を眺めている。


会議室に微妙な沈黙が流れた。


フロント職員が恐る恐る手を挙げる。


「あの……作者の個人的な関心で開催地を決めてもよろしいのでしょうか」


琴音は平然としていた。


「作者が知りたい内容でも、川崎市民の役に立ちゃ同じじゃんね」


遥も頷く。


「役に立つならいいのら」


「会場は、もう仮押さえしとる」


「相変わらず仕事が速いのら」


「自治体にも、だいたい話を通したじゃん」


職員が目を見開く。


「この会議は、何を決める会議だったのでしょうか」


琴音は企画書を閉じた。


「決まったことを確認する会議じゃんね」


甲斐の疾風の前では、会議さえ事後報告だった。



工場だけでは語れない街、川崎


川崎市。


多摩川を挟んで東京都と向かい合い、南では横浜市と接する、人口の多い政令指定都市である。


臨海部には工場、物流施設、エネルギー関連施設が集まり、日本の産業を長く支えてきた。


多摩川の水運や鉄道網とともに発展した、国内有数の工業都市。


高度経済成長期には、公害や環境問題という大きな課題も抱えた。


しかし企業、自治体、住民が長い時間をかけて環境改善へ取り組み、現在では公害を克服してきた経験と、高度な環境技術を持つ都市として新しい顔を見せている。


それでも川崎には、


「工場ばかりの街」


「治安が悪そうな街」


「空気が悪そうな街」


という、昔の印象だけが先行することがある。


だが、実際の川崎市は一言では説明できないほど多彩だった。


川崎駅周辺には、大型商業施設、映画館、音楽ホール、医療機関、高層住宅が集まる。


鉄道や道路の便が良く、東京都心へも横浜へも出やすい。


その一方で、日用品、衣料品、家電、娯楽、大きな買い物まで、ほとんど市内で完結する。


美月は資料を読んで言った。


「東京にも横浜にもすぐ行けるのに、川崎から出んでも何でも買える。めっちゃ便利やん」


小春が答える。


「美月パイセンには、防災より買い物情報の方が早く入るんだね」


「生活の利便性を確認しとるんや!」


市の北部へ行けば、臨海部とは風景が一変する。


丘陵地。


緑地。


大学。


昔から続く農地。


落ち着いた住宅街。


新百合ヶ丘のように、文化施設と整った街並みを持つ地域もある。


交通の便利さと生活環境の良さから若い家族も増え、近年は安心して暮らしやすい街としての評価も高まっている。


工業。


商業。


住宅。


文化。


スポーツ。


音楽。


国際色豊かな食文化。


多摩川の自然。


昔ながらの下町。


新しい高層住宅街。


川崎市は、過去の負の印象だけでは語れない、便利さと人情が同居する街だった。


ただし、人口が多く都市機能が集中しているからこそ、防災上の課題も複雑である。


多摩川の氾濫。


短時間の集中豪雨による内水氾濫。


地下通路や地下施設への浸水。


高層住宅の停電、断水、エレベーター停止。


鉄道停止による帰宅困難者。


臨海部の工場や物流施設での避難。


夜間勤務者や単身者への情報伝達。


同じ川崎市内でも、地域によって地形や暮らしが異なる。


それぞれに適した備えが必要となる街だった。



川崎駅西口、巨大イベント会場


会場に選ばれたのは、川崎駅西口にある大型商業施設と直結した広大なイベントスペース。


大きな吹き抜け。


開放的な広場。


買い物客が自然に行き交う動線。


駅から近く、家族連れから高齢者まで集まりやすい、市内屈指の集客拠点である。


ひかりは会場を見渡した。


「これだけ多くの人が集まる場所では、災害時の誘導が特に重要ですね」


凪は、すでに通路の幅と非常口の位置を確認している。


「商業施設の利用者、鉄道利用者、イベント観客が同時に動く可能性があります」


「施設側とヒロ室側で、案内する内容と避難方向を完全に統一しましょう」


一方、美月は館内案内板を真剣に眺めていた。


「終わったら、どの店から回るんが効率ええかな」


小春が横からのぞく。


「防災の動線じゃなくて、買い物の動線を確認してるじゃん」


「広い商業施設で迷わんようにするんも防災や」


琴音が告げる。


「イベント終了後もスポンサー挨拶があるじゃんね」


「ほんなら、その後や」


「打ち上げもあるだよ」


「買い物する時間がないやん!」


美月にとって最大の危機は、浸水ではなく営業時間だった。



川崎ゆかりのヒロイン、大集合


今回の出演者は、いつもの気象防災メンバーに、川崎市とその周辺に縁のあるヒロインを加えた豪華編成となった。


総合司会と気象解説を担当する、杉山ひかり。


気象データの整理と、ひかりの完全補佐を担当する館山みのり。


防災寸劇と盛り上げを担当する、赤嶺美月と月島小春。


親子向け防災を担当する、ぽかぽかトリオの白浜麻衣、宮沢萌音、藤原詩織。


会場全体の安全管理を担う首藤凪。


川崎市代表の水無瀬澪。


大学への通学のため、現在は新百合ヶ丘で暮らす阿部柚葉。


川崎の夜の街と、多様な働き方を知る蛯沢紗耶。


川崎駅周辺にも詳しく、冷静な判断力を持つ金城伊織。


出演者一覧を見た美月が言う。


「川崎チーム、真面目な子ばっかりやな」


小春が頷く。


「美月パイセンがいるから、平均するとちょうどいいじゃん」


「うちが不真面目みたいに言わんといてや!」


澪が静かに言う。


「台本を守れば、不真面目とは言われないよ」


美月は何も答えず、寸劇の台本を裏返した。


余白には、すでに大量の書き込みがあった。



作者の実家と澪の自宅は近所らしい


事前打ち合わせ。


遥室長が、作者が川崎市の水害へ関心を持つ理由を澪へ説明した。


「多摩川が氾濫すると、作者の実家も被害を受ける可能性があるらしいのら」


澪は川崎市の地図を眺める。


「作者の実家と、私の自宅は近所らしいよ」


ひかりが少し驚く。


「そうなんですか?」


「詳しい住所は知らないけど、生活圏は近いみたい」


美月が身を乗り出す。


「ほんなら澪ちゃん、作者と道ですれ違ったことあるんちゃう?」


「顔を知らないから分からない」


「近所のスーパーで、同じ総菜を取ろうとしたかもしれへんで」


小春も笑う。


「レジで前後に並んでいた可能性もあるね」


澪は淡々と答える。


「知らんけど」


ひかりが困った顔をする。


「最後の一言で、全部の信頼性を下げないでください」


澪は表情を変えずに続けた。


「多摩川が氾濫すると、この小説の作者も被害を受けるから、詳しく知りたいみたいだよ。知らんけど」


遥は頷いた。


「ふーん」


琴音が横目で見る。


「遥室長、その一言だけで何でも済ませるの、便利じゃんね」


「深く考えると、作者と登場人物の境界が分からなくなるのら」


その話題は、そこで打ち切られた。



新百合ヶ丘の小野寺家と、未来のヒロイン


阿部柚葉は現在、大学へ通うために川崎市北部の新百合ヶ丘で暮らしている。


駅周辺には商業施設や文化施設が整い、少し離れれば静かな住宅街が広がる。


柚葉が身を寄せているのは、その閑静な住宅街に建つ一軒家。


母方の親戚である小野寺家だった。


小野寺家の娘・小野寺彩音は、柚葉の従妹。


現在は、まだ高校一年生である。


彩音は柚葉を、


「ゆず姉」


と呼び、二人は実の姉妹のように仲が良かった。


大学の課題へ取り組む柚葉へ夜食を運ぶ。


イベントから疲れて帰った柚葉の衣装を一緒に片づける。


学校であった出来事を柚葉へ話す。


柚葉も彩音の勉強を見て、服装や礼儀を教え、イベントがあれば関係者席へ招いた。


彩音にとって柚葉は、大好きな従姉であり、姉であり、最も身近な戦隊ヒロインだった。


彩音は柚葉に連れられ、戦隊ヒロインのイベントへ頻繁に足を運んでいる。


ただ見学するだけではない。


受付でパンフレットを並べる。


備品を運ぶ。


小さな子どもが迷っていれば声をかける。


撤収時には、スタッフと一緒に椅子を片づける。


そんな彩音の姿を、波田顧問は以前から見ていた。


あるイベントの撤収後。


彩音が一人で折り畳み椅子を運んでいると、背後から野太い声が飛んだ。


「おい、そこの嬢ちゃん」


彩音は驚いて振り返る。


そこには、腕を組んだ波田顧問が立っていた。


「は、はい!」


彩音は慌てて椅子を置き、姿勢を正した。


波田顧問は、彩音の顔をじっと見る。


緊張しながらも逃げず、まっすぐに見返す彩音。


その目を見た波田顧問は、べらんめえ口調で豪快に笑った。


「嬢ちゃん、いい目していね。よっしゃ気に入った! 高校卒業したらウチに来な!」


彩音は完全に固まった。


高校一年生。


卒業までは、まだかなり時間がある。


それでも波田顧問から、


「ウチに来な」


と言われた瞬間、彩音の中では高校卒業後の進路が、ほとんど決まった。


「わ、私でいいんですか?」


「いいも悪いもあるかい。今のうちに勉強して、体力つけて、いろんな人を見ときな!」


「はい!」


彩音は大きな声で返事をした。


その横で柚葉が、驚きながらもうれしそうに笑う。


「よかったね、彩音」


「ゆず姉、私、頑張る。絶対にヒロインになる!」


「まだ高校一年生だから、まずは学校生活を大切にね」


「うん。でも卒業したら、すぐ行く!」


すでに彩音は、その気満々だった。


翌日には新しいトレーニングノートを購入。


一ページ目に、


「高校卒業までに、柚葉お姉ちゃんのようなヒロインになる」


と大きく書いた。


柚葉はそれを見て苦笑した。


「私は目標にするほど完璧じゃないよ」


「私にとっては目標だよ」


その言葉に、柚葉は少し照れた。


今回の川崎防災イベントも、彩音は未来の仲間たちの仕事を学ぶつもりで関係者席へ座っていた。



客席の濃度が高すぎます


イベント当日。


客席の一角には、開演前から異様な熱気が漂っていた。


まずは、水無瀬澪後援会。


そろいの青い法被。


澪の名前入りタオル。


応援うちわ。


巨大な横断幕。


そこには、


「川崎の静音制圧・水無瀬澪」


と書かれていた。


澪がステージへ出る前から拍手。


澪が舞台袖を横切っただけで拍手。


澪が水を一口飲んでも拍手。


澪本人が、


「水を飲んだだけだから、拍手はいらないよ」


と言うと、その注意に対しても大拍手が起こる。


美月が感心する。


「澪ちゃん、何しても受けるやん」


澪は無表情だった。


「静かな活動を応援する後援会のはずなんだけど」


小春が客席を見る。


「応援だけは全然静かじゃないね」


次に目立つのは、阿部柚葉の父方の親戚たち。


秋田県にかほ市から、大型バスを仕立てて大挙してきた。


通称、


「阿部一族」


手作りの応援旗。


柚葉の名前入り法被。


大量の地元土産。


なぜか柚葉の幼少期の写真を使ったうちわ。


柚葉は、七五三姿の自分が印刷されたうちわを見て頭を抱えた。


「どうして、その写真を持ってきたの?」


親戚の一人が堂々と答える。


「昔から立派だったから」


「今日は防災イベントです」


「親戚の成長記録も、大切な記録だ」


「会場で公開する必要はありません」


さらに、蛯沢紗耶の昔からの熱心なファンたちも集まっていた。


紗耶がかつて川崎区の夜の歓楽街にある、少し大人向けの浴場型接客店で働いていた頃から応援している、年季の入った常連客たちである。


服装も年齢もばらばら。


しかし声だけは大きい。


「紗耶ちゃん、今日もきれいだ!」


「防災袋、買ってきたぞ!」


「水、三日分入れたぞ!」


紗耶は笑顔で手を振った。


「ありがとうございます。今日は私だけでなく、ひかりさんや凪さんの説明も聞いてくださいね」


「分かった!」


返事だけは、驚くほど統率が取れていた。


澪後援会。


阿部一族。


紗耶の昔からの常連客。


三つの濃い集団が前方席に並び、防災イベントとは思えない熱気を生み出していた。


小春が舞台袖から客席を見る。


「まだ始まってないのに、観客席の圧がすごいじゃん」


美月も頷く。


「この人らを避難誘導する凪ちゃん、大変やな」


凪は真剣に答えた。


「団体ごとの座席と避難経路は確認済みです」


「ほんまに?」


「澪後援会は東側出口。阿部一族は北側通路。紗耶さんの応援団は西側出口です」


小春が感心する。


「濃いファンまで完璧に管理してる」


「安全管理に、ファンの濃さは関係ありません」



彩音は阿部一族とは別です


舞台近くの関係者席には、小野寺彩音が座っていた。


彩音は柚葉の母方の親戚。


父方の阿部一族とは親戚関係の系統が違い、面識もない。


派手な法被を着た阿部一族を見て、彩音は小声で柚葉へ尋ねた。


「ゆず姉、あの人たちは……」


「私の父方の親戚。彩音は会ったことがないよね」


「うん。すごい人数だね」


「ごめんね。あれでも一部なの」


「一部なの?」


彩音は巨大な旗を見上げた。


柚葉は、彩音の肩へ手を置く。


「今日は無理に挨拶へ行かなくて大丈夫。先輩たちの仕事を、しっかり見ていて」


「うん。ゆず姉も頑張ってね」


「ありがとう」


二人のやり取りは、イベントへ出演する姉を妹が送り出す姿そのものだった。



ひかりと澪の多摩川防災教室


イベントが始まった。


最初の目玉企画は、


「ひかりと澪の、多摩川と都市型水害教室」


大型モニターには、川崎市と多摩川流域の地図が映し出される。


ひかりが、落ち着いた声で説明する。


「多摩川の水位は、川崎市内で降っている雨だけで決まるわけではありません」


「川崎市の雨が弱くても、上流で強い雨が長く続けば、時間がたってから水位が上がることがあります」


澪が地元住民の目線で補足する。


「家の周りで雨がやんだから大丈夫、とは限らないよ。上流の雨量や川の水位を確認して」


モニターには、


河川水位情報。


雨雲レーダー。


自治体の避難情報。


ハザードマップ。


河川カメラ。


が表示される。


ひかりは、それぞれの見方を説明した。


「川の水位が上がってから、自分で様子を見に行くのは危険です。公的な情報や映像を使って確認してください」


小春が手を挙げる。


「川があふれるのを見てから逃げても、間に合う?」


「間に合わない可能性があります。道路が水につかる前、暗くなる前に移動してください」


美月も手を挙げ、自分の白いロングブーツを見せた。


「このブーツなら、水の中を歩けるんちゃう?」


澪が即答する。


「長靴でも、深い水や流れのある場所へ入らないで」


ひかりも続ける。


「水が浅く見えても、道路のくぼみ、側溝、外れたマンホールの蓋が見えません。流れがあれば転倒する危険もあります」


美月はブーツを見下ろした。


「清水でも甲府でも川崎でも、うちのブーツが防災に役立たへん……」


小春が肩をたたく。


「衣装として役立ってるから、それでいいじゃん」



作者も自分で避難してください


澪は、晴れている日の準備について説明する。


「避難所までの道は、災害が起きる前に歩いて確認して」


「途中に低い場所はないか。狭い道はないか。夜でも安全に歩けるか。家族全員が知っているか。晴れている日に見ておいて」


美月が質問する。


「澪ちゃんが、作者の実家まで避難誘導しに行くん?」


「近所らしいけど、どの家か知らない」


「作者が玄関に“大作者宅”って看板を出したら分かるやろ」


「防災上、必要ない」


小春が笑う。


「むしろ近所で恥ずかしいじゃん」


澪は客席へ向き直る。


「作者も自分でハザードマップを確認して、早めに避難して」


澪後援会から大拍手が起こる。


「澪ちゃん、作者にも厳しい!」


「地元完全制圧!」


美月が客席を見る。


「作者より澪ちゃんの方が偉そうになっとるで」


「自分の命は、自分でも守る。それが防災だから」


ひかりは大きく頷いた。


「その通りです。誰かが迎えに来ることを前提にせず、自分で判断できるよう準備しましょう」



ぽかぽかトリオの親子都市防災


ぽかぽかトリオは、子ども向けに都市型水害を伝えた。


白浜麻衣は、


「水が来る前に高い場所へ体操」


を担当。


雨が強くなったら、大人の話を聞く。


低い場所から離れる。


地下へ入らない。


安全な建物へ移る。


子どもたちは麻衣の動きを楽しそうにまねする。


宮沢萌音は、


「家族で作ろう・帰宅困難お助けカード」


を担当。


家族の連絡先。


学校や勤務先。


災害時の集合場所。


迎えに行けない時の約束。


子どもたちはシールや色鉛筆を使い、自分の家族専用カードを完成させていく。


藤原詩織は、


「水が来る前、早めに移動」


という防災ソングを披露する。


ところが曲が始まる直前。


澪後援会から、


「澪ちゃーん!」


という大声援が飛んだ。


詩織は歌い始めの位置を見失う。


麻衣が小声で教えた。


「詩織ちゃん、今です」


詩織は笑顔で歌い始める。


やがて阿部一族も歌へ加わった。


大人数。


力強い声。


妙に節回しの利いた合唱。


優しい子ども向け防災ソングが、途中から壮大な民謡のようになっていく。


美月が感心する。


「阿部一族、声が太いなあ」


柚葉は頭を抱えた。


「親戚の集まりでは、いつもこうなるの」



柚葉と彩音の住宅地防災


続いて柚葉が、新百合ヶ丘の住宅地で暮らす立場から在宅避難について説明する。


「災害が起きた時、必ず避難所へ行かなければならないとは限りません」


「自宅が安全なら、家で過ごす在宅避難も選択肢になります。そのために水、食料、携帯トイレ、照明、充電手段を準備してください」


「一軒家でも停電や断水は起きます。家族の人数に合わせた備蓄が必要です」


関係者席の彩音は、真剣にメモを取っていた。


小野寺家でも、柚葉と彩音は定期的に防災用品を確認している。


水の期限。


懐中電灯の電池。


家族の集合場所。


彩音が学校にいる時。


柚葉が大学にいる時。


家族が仕事へ出ている時。


それぞれの連絡方法を決めていた。


柚葉は客席へ語りかける。


「家族が、いつも一緒にいるとは限りません。災害が起きた時、誰がどこにいるかを想定して話し合ってください」


美月が手を挙げる。


「姉妹やったら、姉が妹を迎えに行くん?」


柚葉は少し考える。


「状況によります。危険な中を無理に迎えに行くのではなく、事前の約束に従います」


美月が彩音を見る。


「でも柚葉ちゃん、心配で走っていきそうやな」


彩音も小さく笑った。


「ゆず姉なら来そうです」


柚葉は困った顔をする。


「だから、行かなくても大丈夫なように約束を決めているの」


ひかりがまとめる。


「大切に思うからこそ、無理に迎えへ行かなくて済む準備が必要なんですね」


柚葉と彩音は顔を見合わせ、静かに頷いた。



紗耶が伝える、夜の川崎の防災


蛯沢紗耶は、夜間勤務者や単身者への情報伝達を担当する。


紗耶は以前、川崎区の夜の歓楽街にある、大人向けの浴場型接客店で働いていた。


昼間とは違う夜の人の流れ。


地域外から仕事へ来る人。


周辺の地理を知らない来訪者。


外国から働きに来た人。


紗耶は、そうした人々の事情をよく知っている。


「災害は、家族がそろっている昼間に起きるとは限りません」


「夜に働いている人、一人暮らしの人、街へ来たばかりの人にも、避難情報が届く仕組みが必要です」


客席から、昔の常連客が声を上げる。


「紗耶ちゃん、いいこと言うぞ!」


別の客は防災袋を掲げた。


「水、三日分入れたぞ!」


紗耶は笑顔で答える。


「ありがとうございます。水だけでなく、薬、携帯トイレ、連絡手段も確認してくださいね」


「分かった!」


常連客たちは、紗耶の言葉だけは驚くほど素直に聞いていた。


小春が舞台袖で囁く。


「妙に統率が取れてるじゃん」


美月が答える。


「紗耶ちゃんの接客力、今も健在やな」



伊織の帰宅困難者対策


金城伊織は、鉄道が止まった場合の行動について説明する。


「電車が止まったからといって、すぐに長い距離を歩いて帰ろうとしないでください」


「大勢が一斉に道路を歩けば、救急車や消防車の通行を妨げる可能性があります」


「正確な情報を確認し、駅や施設の案内に従い、一時滞在施設を利用してください」


美月が手を挙げる。


「伊織ちゃんなら、歩いて沖縄まで帰れるんちゃう?」


「帰れません」


「空手の達人やで?」


「空手は、長距離徒歩帰宅の資格ではありません」


小春が頷く。


「気象予報士が県境を動かせないのと同じだね」


ひかりが苦笑する。


「資格や特技へ、無関係な能力を期待しないでください」



美月の多摩川氾濫・川崎駅浸水編


いよいよ、イベント最大の目玉が始まった。


「その時、美月はどうする!? 多摩川氾濫・川崎駅浸水編」


ひかりが気象解説。


凪が安全監修。


小春が冷静な市民役。


澪、柚葉、紗耶、伊織も、それぞれの立場から美月の間違った行動を止める。


第一場面。


大雨が続き、多摩川の水位が上昇している。


美月はスマートフォンを持って立ち上がった。


「川の様子を見て、動画撮ってくるわ!」


小春が腕をつかむ。


「危ないから行かないで!」


「今撮ったら再生数伸びるで!」


澪が静かに告げた。


「命を再生数と交換しないで」


澪後援会から大拍手が起こる。


「澪ちゃん、名言!」


「多摩川完全制圧!」


美月が客席を振り返った。


「主役はうちやで!」


第二場面。


川崎駅周辺で道路が冠水。


美月は地下通路へ向かう。


「地下なら雨に濡れへん!」


ひかりが止めた。


「浸水時に、低い場所や地下へ向かうのは危険です」


凪も補足する。


「水は階段や出入口から地下へ流れ込みます」


美月は動いているエスカレーターを指した。


「今のうちに降りたら早いやろ!」


柚葉が首を振る。


「停電する可能性があります。上の階や安全な建物へ移動して」


第三場面。


美月は車で冠水道路を突破しようとする。


「戦隊ヒロイン号なら行ける!」


伊織が進路へ立った。


「行けません」


「まだ水、浅そうやで」


「道路のくぼみや側溝、外れたマンホールの蓋が見えません」


「ゆっくり走ったら?」


「入らないことが最優先です」


最終場面。


全員が安全な場所へ移動した後、美月は買い物袋を置いてきたことに気づく。


「限定のお菓子が!」


凪が進路を塞いだ。


「荷物を取りに戻らないでください」


「川崎限定やで!」


澪が答える。


「また買えばいい」


「売り切れたら?」


「命より高いお菓子はない」


小春が美月の腕を引く。


美月は床を滑りながら、必死に手を伸ばした。


「せめてレシートだけ! ポイント付いとるねん!」


澪後援会は総立ちになった。


「澪ちゃんの突っ込み、最高!」


「美月ちゃんも、よく引きずられた!」


舞台袖へ消えながら、美月が叫ぶ。


「褒めるところ、そこちゃうやろ!」


会場は爆笑の嵐となった。



『MIO REPORT』で主役交代


後日。


澪後援会の会報、


『MIO REPORT』


は、川崎防災イベントを巻頭特集として取り上げる。


見出しは、


「水無瀬澪、多摩川防災を完全制圧」


記事では、澪の地元目線の解説や、美月への冷静な突っ込みが大絶賛されていた。


ただし掲載写真の半分以上には、床を引きずられる美月が写っている。


会報を読んだ美月は抗議した。


「これ、澪ちゃんの特集やなくて、うちが引きずられる写真集やん!」


澪は平然と答える。


「後援会が選んだ写真だから」


「もっと格好いい写真あったやろ!」


「寸劇では、ほとんど間違った行動をしていた」


「悪い見本にも肖像権あるで!」



煙モクモク、川崎焼肉大反省会


イベントは大成功。


自治体やスポンサー関係者からも高い評価を受けた。


多摩川の氾濫。


内水氾濫。


地下施設への浸水。


住宅地での在宅避難。


帰宅困難者。


夜間勤務者への情報伝達。


親子防災。


川崎市の多様な課題を、一つのイベントで楽しく分かりやすく扱った点が絶賛された。


そして終了後。


出演者たちは、川崎駅から少し離れた昔ながらの焼肉店へ向かった。


おしゃれな店ではない。


低いテーブル。


丸い焼き網。


壁一面に貼られた短冊メニュー。


年季の入った換気扇。


肉が焼ける音。


食欲を刺激する香り。


そして、店内を覆う白い煙。


澪は席へ座りながら説明する。


「川崎区には、こういう昔ながらの気取らない焼肉屋が多いんだよ」


「煙は出るし、服には匂いが付く。でも比較的手頃で、肉はおいしい」


「きれいな服で上品に少しだけ食べるというより、煙を気にせず、皆でたくさん食べる店」


美月は席へ着くなり、カルビ、ハラミ、タン、ホルモンを次々と注文した。


「こういう店、大好きや! 煙も調味料やで!」


小春が煙を手で払う。


「その理屈だと、目が痛いほどおいしいことになるじゃん」


澪は平然としている。


「川崎の思い出として持ち帰ればいい」


みのりは、ひかりの上着を素早く袋へ入れた。


美月がすぐに気づく。


「ここでも恋人の衣装管理や!」


「ひかりは明日、テレビ出演があるから」


「理由が毎回完璧すぎるで!」


ひかりが苦笑する。


「みのりちゃん、自分の上着も入れた方がいいよ」


「後で入れる」


「ひかりちゃんが先なんやな」


「当然です」


一瞬、全員の箸が止まった。


みのりも自分の発言に気づいたらしく、静かに水を飲んだ。


美月が小声で言う。


「今、完全に認めたで」


小春も頷く。


「愛が煙より濃いじゃん」


一方、凪は店へ入るなり、換気扇と非常口を確認していた。


小春が尋ねる。


「焼肉屋でも安全点検するの?」


「火を使う店です。確認しておいて損はありません」


美月が網を指す。


「凪ちゃん、ホルモン焦げそうやで」


「いけない!」


凪が慌てて席へ戻る。


焦げかけたホルモンを救出した瞬間、阿部柚葉が笑った。


「凪さんが、今日一番慌てましたね」


「会場の安全より、ホルモンの方が予測不能でした」


「脂が落ちると急に火ぃ上がるからな!」


美月が得意そうに言う。


「それを最初に教えてください」



焼く人、食べる人、焦がす人


テーブルごとに、役割が自然に分かれた。


澪は一定の間隔で肉を裏返す、精密焼き担当。


伊織は火の強さを見て、網の位置を調整する冷静な補佐役。


柚葉は焼けた肉を彩音やぽかぽかトリオの皿へ配る、世話焼きの姉役。


ひかりは全員へ野菜も食べるよう勧める、健康管理担当。


みのりは、ひかりの皿が空く前に次の肉を載せる専属給仕状態。


美月は大量注文担当。


小春は、美月が網へ載せすぎないよう止める交通整理担当。


紗耶は煙の中でも崩れない笑顔で、店員とのやり取りを一手に引き受ける。


ぽかぽかトリオは、焼けた肉を順番に待つ平和な食事組。


凪は安全確認をしながら、ホルモンの火柱にも目を光らせる。


美月が網一面へ肉を並べようとする。


小春が箸で止めた。


「載せすぎ。焼肉渋滞が起きてるじゃん」


「網は広く使った方が効率ええやろ」


澪が淡々と告げる。


「中央は火が強い。全部同じ速度では焼けないよ」


「肉にも交通整理が必要なん?」


凪が頷く。


「過密状態は事故の原因です」


「焼肉を防災講座にせんといてや!」


その直後、美月が放置したホルモンから大きな炎が上がった。


「火事や!」


「火事ではありません。慌てず肉を移してください!」


凪の指示で伊織がホルモンを網の端へ移す。


澪が火の弱い場所へ別の肉を避難させる。


ひかりが店員を呼ぶ。


数秒で事態は収まった。


小春が笑う。


「本日の実践防災、第二部だね」


美月は胸を張る。


「うちが火災発生役を担当したんや!」


凪が告げる。


「意図的ではないので、ただの不注意です」



煙の中の真面目な意見交換


肉を食べながら、反省会が始まった。


ひかりが最初に意見を出す。


「多摩川の氾濫だけでなく、内水氾濫、住宅地の在宅避難、帰宅困難者まで扱えたのが良かったと思います」


凪も頷いた。


「大型商業施設では、施設側との連携が重要です。案内する方向や言葉を、事前に統一する必要があります」


澪はカルビを裏返しながら続ける。


「川崎市は地域ごとに課題が違う。多摩川沿い、川崎駅周辺、臨海部、北部の丘陵住宅地で、内容を分けてもいいと思う」


美月が手を挙げた。


「良かった点。肉が安くてうまい」


小春が即座に答える。


「イベントの反省会だよ」


「寸劇も大爆笑やった」


澪が淡々と言う。


「後援会は、私の突っ込みが良かったと言っていた」


「主役はうちやで!」


「会報では、私が主役になると思う」


「もう会報の内容まで予報しとる!」


ひかりが笑う。


「澪さんの予報は、かなり当たりそうですね」


柚葉は住宅地での防災について意見を出す。


「新百合ヶ丘のような丘陵住宅地では、多摩川沿いとは違う備えが必要です。家の周囲の坂道や擁壁、停電時の生活も扱いたいです」


紗耶も続ける。


「繁華街では、店を訪れた人へ誰が情報を伝えるか決めておいた方がいいですね。昼と夜では、街にいる人が違いますから」


伊織は一時滞在施設の位置を、会場内の地図に表示する案を提案する。


「文字だけでなく、現在地からの方向も示した方が分かりやすいと思います」


麻衣は、子ども向け体操について話す。


「“地下へ行かない”という動きを、もう少し分かりやすくしたいです」


萌音は工作カードへ家族写真を貼る欄を加える案を出す。


詩織は次回の歌について考えながら、焼けたタンを口へ運ぶ。


「歌詞に、上流の雨も確認しよう、を入れたいです」


小春が尋ねる。


「難しくならない?」


「澪さんの台詞を、そのまま歌にしてみます」


澪が答える。


「後援会が合唱しそうだね」


「今日より大きな声になりそうやな」


美月が笑った。


内容は真面目だった。


しかし煙が全員の目に入り、涙を流しながら話しているため、傍目には感動的な会議に見える。


美月がひかりを見る。


「ひかりちゃん、イベントが成功して泣いとるん?」


「煙です」


「みのりちゃんとの愛を語りたくなった?」


「煙です」


みのりが網を指す。


「美月さん、肉を焦がさないでください」


「愛より肉なん?」


「食べ物を無駄にしないでください」


その横で詩織も涙を拭いていた。


麻衣が心配する。


「詩織ちゃん、大丈夫?」


「煙です。でも鳥もつ煮の時より、焼肉の方がご飯が進みます」


「比較する場所が違います」



高校一年生、すでに気持ちはヒロインです


彩音も柚葉の隣で、焼肉反省会へ参加していた。


小野寺家で柚葉と食卓を囲むことには慣れている。


しかし、今日はテレビやイベントで見てきた人気ヒロインたちと同じ席。


緊張のあまり、焼けた肉をいつ皿へ取ればよいのか分からず、箸を持ったまま固まっていた。


柚葉が肉を一枚、彩音の皿へ置く。


「遠慮しなくていいよ」


「ありがとう、ゆず姉」


美月が、そんな彩音を見逃すはずがない。


「彩音ちゃん、得意なことは?」


小春も身を乗り出す。


「人前で話すのは平気?」


麻衣が尋ねる。


「子どもは好きですか?」


萌音は、


「工作は得意?」


詩織は、


「歌は歌えますか?」


伊織は、


「何か運動をしていますか?」


凪は、


「長時間のイベントで、自分の体調を管理できますか?」


質問が一斉に飛んできた。


彩音は目を白黒させる。


柚葉が笑った。


「皆さん、一度に聞かないでください。彩音は、まだ高校一年生なんです」


美月が驚く。


「まだ一年生なん?」


「はい」


「波田顧問、ずいぶん早い段階で声かけたんやな」


彩音は少し誇らしそうに答える。


「波田顧問から、直接言っていただきました」


「何て?」


彩音は姿勢を正し、波田顧問の口調を思い出しながら再現する。


「『嬢ちゃん、いい目していね。よっしゃ気に入った! 高校卒業したらウチに来な!』って」


美月は手をたたいて笑った。


「めっちゃ波田顧問らしいやん!」


小春も笑う。


「高校一年生に、三年後の就職先を決めさせる勢いじゃん」


彩音は真剣だった。


「私、もうそのつもりです」


柚葉が苦笑する。


「言われた翌日に、トレーニングノートまで買ったんですよ」


「まだ入学したばっかりやろ?」


「卒業まで時間があるから、準備できます」


凪が感心する。


「計画性がありますね」


彩音は一つずつ質問へ答えた。


「子どもと話すのは好きです」


「人前では少し緊張します」


「工作はあまり得意ではないので、これから練習します」


「歌も自信はありません」


「運動は学校の授業くらいですが、体力をつけたいです」


「イベントへ来るたびに、ゆず姉や皆さんの動きをメモしています」


澪が肉を焼きながら言う。


「全部を今すぐできなくてもいいよ」


伊織も頷く。


「三年あります。焦らず、自分の得意なことを見つけてください」


柚葉は彩音へ優しく微笑んだ。


「私も最初から何でもできたわけじゃないよ。今でも先輩に助けてもらってる」


彩音は柚葉を見る。


大学へ通いながら、ヒロイン活動を続ける憧れの従姉。


自宅では、実の姉のように優しく支えてくれる存在。


「私、ゆず姉みたいなヒロインになりたい」


柚葉は驚き、それから照れたように笑った。


美月は焼けた肉を彩音の皿へ置く。


「一緒に活動できるん、楽しみにしとるで」


小春も笑顔で続ける。


「高校生活もちゃんと楽しんで、卒業したら来てね」


麻衣、萌音、詩織も声をそろえる。


「いつか一緒に、子ども向けイベントをやりましょう」


彩音の目が潤んだ。


まだ正式なヒロインではない。


まだ高校一年生。


それでも目の前の先輩たちは、自分を未来の仲間として迎えてくれている。


「ありがとうございます。高校を卒業したら、必ず皆さんのところへ行きます!」


美月が笑う。


「でも、無理はしたらあかんで。今日のイベントでも習ったやろ?」


小春が驚く。


「美月パイセンが、まともなことを言った」


「うちも時々は正しいこと言うで!」


凪が小さく笑う。


「時々では困ります」


彩音も、涙を拭きながら笑った。


その横で柚葉は、妹の成長を見る姉のような表情で彩音を見守っていた。



焼肉屋なのに、最後は全員で煙まみれ


反省会が終わる頃には、全員の髪と衣服に焼肉の香りが染み込んでいた。


小春は自分の袖を嗅ぐ。


「完全に焼肉の匂いになったじゃん」


澪は平然としている。


「川崎区の正しい打ち上げだよ」


美月は最後の一枚のカルビを狙っていた。


同時に、詩織の箸も伸びる。


二人の箸が網の上でぶつかった。


美月が言う。


「これは、うちが育てた肉や」


詩織も譲らない。


「私が最初に裏返しました」


「半分こしたら?」


麻衣が提案する。


二人は少し考え、素直に半分ずつ分けた。


凪が感心する。


「避難所でも、物資を譲り合うことは大切です」


小春が笑う。


「最後まで防災へ結びつけるんだね」


みのりは、ひかりの上着を入れた袋を抱えている。


美月が再び尋ねる。


「みのりちゃん、自分の上着は?」


みのりは椅子の背を見る。


そこには、煙をたっぷり吸った自分の上着が残されていた。


全員が黙る。


ひかりが優しく言う。


「私の上着だけじゃなくて、自分の分も大切にしてね」


みのりは少しだけ顔を赤くした。


美月と小春は顔を見合わせる。


「恋は自分を忘れさせるんやな」


「防災上、かなり危険じゃん」


「二人とも静かにしてください」


店内に、また笑い声が響いた。



次は千葉市らしい


翌日。


新橋のヒロ室。


琴音は川崎編の報告書を、遥室長へ提出した。


「川崎市の自治体とスポンサーから、次回もお願いしたいって連絡が来とるじゃんね」


「大成功なのら」


「澪ちゃんの後援会からも会報が届いとる」


遥は『MIO REPORT』を開いた。


紙面には、床を引きずられる美月の写真が大きく掲載されている。


「美月ちゃんの写真が多いのら」


「見出しは澪ちゃんだけど、写真の主役は美月ちゃんじゃんね」


遥は会報を静かに閉じた。


琴音は、次の企画書を取り出す。


「それから、次回は千葉市になるらしいじゃんね」


遥が尋ねる。


「どうして千葉市なのら?」


琴音は資料を読み上げた。


「この小説の作者が、かつて住んでいた街で、今も知り合いが多く住んでいるとのことです」


遥は一度だけ瞬きをした。


「ふーん」


今回も、それだけだった。


琴音は説明を続ける。


「東京湾沿岸の高潮、液状化、都市型水害、大規模住宅地の防災、帰宅困難者対策が扱えるじゃんね」


「千葉市にも、地域ごとにいろんな課題がありそうなのら」


「もう会場候補を探しとる」


「相変わらず仕事が速いのら」


清水区。


甲府市。


川崎市。


そして次は、千葉市。


お天気お姉さん・杉山ひかりの気象防災イベントは、作者が気になっている街を巡りながら、着実に全国へ広がっていた。


始まりは、作者の個人的な関心かもしれない。


しかし、ひかりたちが現地へ入れば、それは必ず地域の暮らしと命を守る、本気の防災イベントへ変わる。


遥室長は、千葉市編の企画書を眺めながら言った。


「作者が昔住んでいた街を、順番に回っている気もするのら」


琴音は答える。


「役に立っとるから、深く考えんでいいじゃんね」


遥は頷いた。


「ふーん」


そして、最後までそれ以上は何も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ