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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1126/1173

予定が空かないなら、空けるじゃんね! ――甲斐の疾風、開催枠をこじ開けます! お天気お姉さん杉山ひかり、甲府盆地で晴れのち防災

静岡市清水区で開催された気象防災イベント、


『ひかりと備える、晴れのち防災!』


は、ヒロ室の予想を大きく上回る成功を収めた。


気象予報士となった杉山ひかりによる、分かりやすく実用的な気象解説。


保安管理のスペシャリスト・首藤凪による、現場目線の安全指導。


河合美音による、風と乗り物の安全教室。


ぽかぽかトリオの白浜麻衣、宮沢萌音、藤原詩織による、幼い子どもでも楽しめる防災体操、工作、歌。


そして何より大きな話題となったのが、赤嶺美月と月島小春による防災寸劇だった。


主人公役の美月が、雷へ勝負を挑み、大木の下へ逃げ込み、白いロングブーツで絶縁できると言い張り、忘れた河内音頭の扇子を取りに戻ろうとする。


そのたびに小春と凪が止め、ひかりが正しい行動を説明する。


結果、上演時間は予定を十五分超過したが、会場は爆笑の嵐。


来場者アンケートには、


「美月さんの行動は全部まねしてはいけないと覚えました」


という感想が多数寄せられた。


美月は、その集計結果を見て胸を張った。


「ほらな。うちは防災教育に貢献したんや!」


小春が横から言う。


「悪い例としてね」


「悪い例でも記憶に残れば勝ちや!」


凪は真顔で答えた。


「防災に勝ち負けはありません」


イベントの評判はすぐに全国へ広がった。


海沿いの自治体からは津波避難編。


山間部からは豪雨・土砂災害編。


雪国からは大雪・停電編。


企業からは熱中症対策と安全大会。


さらに、


「美月さんの寸劇を地元版にできないか」


という問い合わせも相次ぐ。


美月は満足そうに言った。


「やっぱり、うちの寸劇が一番人気やん!」


ヒロ室フロントの小宮山琴音は、問い合わせ書類を一枚めくった。


「その下も読むじゃんね」


「何て書いてあるん?」


「“上演時間を十分以内に収めることは可能でしょうか”」


「何で短くすんねん!」


「長いからだよ」


「笑いが続いたら、舞台は延びるもんや!」


「防災イベントの進行表は、笑いに合わせて伸びんずら」


人気企画は誕生した。


だが、次の開催地はなかなか決まらなかった。


理由は簡単だった。


出演者が、全員忙しすぎたのである。



人気者を集める方が難しい


新橋のヒロ室フロント。


大きなモニターに、出演候補者たちの予定表が映し出されていた。


杉山ひかり。


静岡の国立大学。


地元テレビの週一回レギュラー。


アナウンススクール。


グレースフォース。


戦隊ヒロイン活動。


館山みのり。


千葉での地域活動。


学業。


グレースフォース。


ひかりの移動補助。


最後の項目は正式な業務名ではなかったが、ほぼ毎週入っていた。


赤嶺美月と月島小春は、全国各地のイベントへ引っ張りだこ。


河合美音は浜松を拠点に、海上任務、バイク関連企画、地元イベントが続いている。


ぽかぽかトリオの麻衣、萌音、詩織にも、親子向け催事や児童施設からの依頼が集中。


首藤凪は、安全大会や施設監修の仕事で全国を飛び回っていた。


フロント職員が予定表を見ながら報告する。


「ひかりさんが空いている日は、美月さんが大阪です」


「美月さんが空いている日は、ぽかぽかトリオが仙台です」


「三人が空いている日は、美音さんが海上任務です」


「首藤さんまで含めると、三か月先にも全員の空きがありません」


芹沢遥室長は、予定表を見上げた。


「人気企画なのに、出演者が誰も集まらないのら」


会議室の隅で、小宮山琴音が黙って腕を組んでいた。


山梨県甲府市出身。


遥室長の右腕として、予算、契約、日程、スポンサー対応、会場運営、トラブル処理を一手に担う優秀なフロント。


動き始めたら誰も追いつけない仕事の速さから、ヒロ室内では、


「甲斐の疾風」


と呼ばれている。


琴音は予定表を眺め、静かに口を開いた。


「全員が空いとる日を探すから、いつまでも決まらんじゃんね」


職員が尋ねる。


「では、どうすればいいでしょうか」


琴音はモニターを指した。


「空いとる日を探すんじゃなくて、空けるだよ」


会議室が静まり返った。


遥が瞬きをする。


「琴音ちゃん、それは少し怖い言い方なのら」


「予定は動かせるようにできとるじゃん」


「動かせない予定もあるのら」


「なら、動かせる予定を先にどかすだよ」


「家具みたいに言うのら」


琴音はすでに端末を開いていた。


甲斐の疾風が吹き始めた。



予定は空くものではなく、空けるもの


まず、ひかりが出演する静岡のテレビ局へ連絡。


「その日の収録、甲府からの中継企画に変えられんけ?」


電話の向こうが戸惑う。


『ずいぶん急ですね』


「気象予報士になった杉山ひかりが、甲府の防災イベントから県外中継する。番組としても話題になるじゃんね」


『確かに、特集性はありますが』


「甲府盆地の気象解説も入れられる。スポンサー名も出せるだよ」


『検討します』


「十五分後に、もう一度電話するじゃん」


次は、みのりの千葉での会議。


「午前中だけオンラインにして、午後は甲府へ移動できるじゃんね」


『本人の了承は?』


「これから取る」


『特急の席は?』


「もう押さえた」


順番が少しおかしかった。


美月と小春の別イベントは、出演時間を一時間前倒し。


美音には、浜松から甲府へ直接入れる車両を手配。


ぽかぽかトリオは、前日のうちに甲府入りできる宿泊日程へ変更。


首藤凪の企業向け安全研修は、甲府イベント内の自治体職員向け講座と統合した。


フロント職員は、次々と予定が動いていく画面を見つめた。


「そんなに一度に変更して大丈夫ですか?」


「先方にも利点が出るように組んどるじゃんね」


「ひかりさんのテレビ局には、甲府中継という新企画」


「そう」


「首藤さんの安全研修は、参加者が増える」


「そう」


「美音さんは、移動中の山道を講座の題材にする」


「そう」


「ぽかぽかトリオの昼食は?」


「移動車に弁当を積む」


「美月さんは?」


「車内で寝てもらう」


横で聞いていた美月が抗議した。


「うちだけ扱いが雑ちゃう?」


「一番、どこでも寝られるじゃんね」


「人気ヒロインやから、もっと丁重に扱ってや!」


「一番広い車を用意しただよ」


「ほんならええわ」


切り替えも早かった。


最後に琴音は、地元・甲府市の自治体担当者へ電話をかける。


「会場候補は三つ。出演者は押さえた。テーマは盆地の猛暑、雷雨、山道の気象変化だよ」


『まだ正式な企画書を確認していませんが』


「今送ったじゃんね」


『検討には少し時間が必要です』


「十分後に電話するだよ」


『十分ですか?』


「急ぐなら八分でもいい」


遥が横から囁いた。


「甲斐の疾風というより、甲斐の力技なのら」


琴音は電話を切り、平然と答えた。


「開催できりゃ、甲府の人らも喜ぶじゃんね」


通常なら数週間かかる調整が、数日でまとまった。


気象防災イベントの全国展開第1号。


開催地は、山梨県甲府市に決定した。



武田信玄のお膝元、甲府市


甲府市は、周囲を山々に囲まれた甲府盆地の中心都市である。


戦国時代の名将・武田信玄のお膝元として知られ、駅前では堂々たる信玄公の像が人々を迎える。


市内や周辺には、歴史を伝える神社仏閣や史跡が点在。


春には武者行列をはじめとする催しで、多くの観光客が訪れる。


ぶどう。


桃。


ワイン。


温泉。


そして郷土料理。


太く平たい麺を、かぼちゃ、里芋、白菜、きのこなどと一緒に味噌仕立ての汁で煮込む、熱々のほうとう。


甘辛く濃厚な味付けが食欲をそそる鳥もつ煮。


歴史、自然、果物、酒、郷土料理がそろった、個性豊かな街だった。


一方、気象面にも特徴がある。


盆地ならではの夏の厳しい暑さ。


山沿いで急速に発達する雷雲。


山間部の大雨や土砂災害。


冬場の冷え込み。


甲府市は、気象と防災減災を学ぶ場としても最適だった。


地元出身の琴音は、現地会議で胸を張る。


「甲府は信玄公だけじゃねえだよ。桃もぶどうも、ワインも温泉も、ほうとうも鳥もつ煮もあるじゃんね」


美月が手を挙げる。


「試食コーナーは?」


「今は避難経路を確認しとる」


「食文化も防災やで」


「今、考えたじゃん」


小春が資料を見ながら言う。


「非常食として、ほうとうを鍋ごと持って逃げる?」


凪が即座に答えた。


「熱い鍋を持って避難しないでください」


美月が驚く。


「まだ誰もやるって言うてへんで」


「いずれ言うと思いました」


「うち、信用されてへんなあ!」



大分から甲府は遠い


イベント前日。


出演者たちが甲府駅へ集まる中、大きな荷物を持った首藤凪が改札から現れた。


凪は大分県を拠点に活動している。


この日は早朝に大分を出発。


飛行機で羽田空港へ。


羽田から都心へ移動。


新宿駅から特急かいじに乗り、ようやく甲府へ到着した。


美月が尋ねる。


「凪ちゃん、何時間かかったん?」


凪は少し疲れた顔で笑った。


「朝から飛行機、電車、特急と乗り継いできました。イベントが始まる前に、一つ任務を終えた気分です」


美音が荷物を一つ持つ。


「大分から甲府は、地図で見る以上に大変だに」


「羽田に着いた時は、もう近いと思ったんです。でも新宿へ行って、そこからまた特急でした」


小春が真顔で聞く。


「羽田から甲府へ、直接飛べないの?」


「甲府市内に旅客機用の空港はありません」


美月が指を鳴らした。


「次は凪ちゃん専用ヘリや!」


琴音が答える。


「イベント予算が全部、凪ちゃんの移動費になるじゃんね」


凪は笑った。


「でも、特急かいじの車窓は楽しかったですよ。山梨へ来たという実感もありました」


そう言うと、凪は到着早々、会場へ向かおうとした。


琴音が止める。


「凪ちゃん、着いたばっかりじゃん。ちっと休むだよ」


「避難経路を確認してから休みます」


「移動疲れも安全管理の対象ずら」


ひかりも頷いた。


「今回は熱中症対策を扱うイベントです。スタッフが無理をしたら説得力がありません」


みのりが飲み物を差し出す。


「まず水分を取ってください」


凪は三人に囲まれ、ようやく椅子へ座った。


「安全管理をする側が、安全管理されてしまいましたね」


「今日は、そういうイベントだに」


美音が笑った。



愛の熱中症対策


前夜の控室。


ひかりは、甲府盆地の気象を説明する原稿を確認していた。


隣では、みのりが当日の用品を並べている。


常温の水。


経口補水液。


塩分補給用タブレット。


冷却材。


日傘。


帽子。


タオル。


予備原稿。


予備マイク。


のど飴。


軽食。


美月が一列に並んだ用品を眺めた。


「甲府の暑さより、みのりちゃんの愛の方が熱いで」


小春も頷く。


「恋愛熱波警戒情報を出した方がいいじゃん」


みのりは表情を変えない。


「ひかりは総合司会と気象解説を長時間担当します。体調管理は必要です」


「飲み物が三種類あるやん」


「状況に合わせるから」


「冷却材も多くない?」


「足りないよりいい」


「ひかり専用の救護所が作れそうじゃん」


みのりは二人の肩を押した。


「ひかりが原稿を確認しています。邪魔しないで」


美月が踏ん張る。


「軽く冷やかしただけや!」


「軽い冷やかしから会話が発達する」


小春が笑う。


「私たち、積乱雲扱いされてるじゃん」


「退室してください」


ひかりは困ったように笑った。


「みのりちゃん、二人とも応援してくれているだけだよ」


美月は廊下へ押し出されながら叫ぶ。


「ひかりちゃん、明日はみのりちゃんの愛で甲府盆地ごと冷やしたれ!」


みのりは扉を閉めた。


「地形と気温は愛では変わりません」


ひかりが参考書から顔を上げる。


「そこは否定するんだね」


みのりは答えず、ひかりの水筒へ水を補充した。



甲府盆地で晴れのち防災


イベント当日。


甲府市内の会場には、朝から多くの家族連れや地元住民が集まった。


武田菱。


信玄公をイメージした装飾。


ぶどうと桃。


富士山。


ほうとう鍋。


甲府らしいデザインが、会場の各所に施されている。


総合司会は、お天気お姉さん・杉山ひかり。


地元ヒロイン兼フロントとして、小宮山琴音もステージへ立つ。


最初の企画は、


「ひかりと琴音の甲府盆地お天気教室」


巨大な盆地模型を前に、ひかりが説明する。


「甲府盆地は、周囲を山々に囲まれています。夏は日中の熱がこもりやすく、気温が非常に高くなることがあります」


琴音が、緩い甲州弁で続ける。


「甲府の夏は本当に暑いじゃんね。昔から住んどる人でも、気合いだけで乗り切ろうとしちゃ駄目だよ」


ひかりは、水分補給、休憩、冷房の使用、周囲への声かけを説明する。


「のどが渇く前に水分を取ってください。体調が悪い時は、我慢せず早めに周囲へ伝えましょう」


美月が手を挙げた。


「熱いほうとうを食べて汗かいたら、体温が下がるんちゃう?」


「食事として楽しむのは構いませんが、熱中症対策として熱いほうとうだけに頼らないでください」


小春も尋ねる。


「かぼちゃが大きければ、水分補給になる?」


「水分は、水分として取ってください」


琴音がため息をついた。


「二人に食べ物の話を振ると、全部ほうとうへ戻るじゃんね」


続いて、雷雨の前兆を説明する。


空が急に暗くなる。


冷たい風が吹く。


雷の音が聞こえる。


ひかりは、一つずつ分かりやすく紹介する。


琴音は地元住民へ呼びかける。


「山が近いもんで、晴れとっても急に天気が変わることがあるじゃん。まだ雨が降っとらんから大丈夫って思わず、早めに頑丈な建物へ入るだよ」


専門的な気象情報をひかりが説明し、琴音が甲府の暮らしへ置き換える。


二人の連携は、地元住民にも好評だった。



寸劇前から悪い見本


河合美音は、山道と乗り物の安全教室を担当する。


大型モニターには、晴天、霧、雨、落石の山道が映し出される。


「出発した時は晴れとっても、山を越えたら雨になっとることがあるだに」


美音は、バイクや自転車で山道を走る際の注意点を説明した。


「雨が降り始めた時は、路面の汚れが浮いて滑りやすいだよ。急ブレーキ、急加速、急なハンドル操作は避けるら」


美月が手を挙げる。


「雨雲より速く走って逃げたらええんちゃう?」


「雨雲と競走せんでいいに」


小春も言う。


「美月なら、雷より先に到着するかもしれないじゃん」


ひかりがすぐに止める。


「試さないでください」


凪も真顔で加える。


「交通安全の講座で、速度を上げる提案をしないでください」


美月は満足そうに胸を張った。


「寸劇が始まる前から、悪い見本として働いとるで!」


「そこは誇らないでください」



ぽかぽかトリオの親子防災


ぽかぽかトリオは、甲府編に合わせた親子向け企画を行った。


白浜麻衣は、


「お水を飲もう・ひと休み体操」


を担当。


水を飲む。


帽子をかぶる。


日陰へ移る。


無理をせず休む。


一つ一つの動きを、子どもたちと一緒に繰り返す。


宮沢萌音は、


「停電お助けカードを作ろう」


家族の連絡先。


避難場所。


必要な薬。


家で飼っている動物の情報。


子どもたちは、色鉛筆やシールを使って、自分の家族用カードを作る。


藤原詩織は、


「ゴロゴロ聞こえたら建物へ」


という雷避難の歌を披露する。


ところが、打ち合わせ中から鳥もつ煮を楽しみにしすぎていた詩織は、歌詞を間違えた。


「ゴロゴロ聞こえたら、鳥もつ煮――」


麻衣が小声で訂正する。


「建物です」


詩織は笑顔のまま歌い直した。


「ゴロゴロ聞こえたら、建物へ!」


子どもたちは楽しそうに声をそろえる。


美月が舞台袖で言った。


「鳥もつ煮が聞こえたら、店へ避難したなるな」


小春が答える。


「それは避難じゃなくて、食事だよ」


ぽかぽかトリオの企画は、子どもだけでなく保護者からも大好評だった。



その時、美月はどうする!?


会場が最も楽しみにしていた企画が始まる。


「その時、美月はどうする!? 甲府盆地・猛暑と雷雨編」


美月は、真夏の甲府で無理を続ける人気ヒロイン役。


小春は、正しい行動を促す地元住民役。


ひかりが気象解説。


凪が安全監修。


琴音は甲府市民代表として、甲州弁で突っ込む。


最初の場面。


猛暑の屋外で、美月が走り続ける。


「人気ヒロインは、暑さくらいで休まへんで!」


小春が水を差し出す。


「休んで飲みなよ!」


「本番中に水を飲んだら負けや!」


凪が寸劇を止めた。


「水分を取ってください」


「まだ台詞の途中や!」


「悪い見本としても危険です」


琴音も腕を組む。


「倒れるまで頑張るのは、根性じゃなくて管理不足じゃんね」


美月は渋々水を飲んだ。


「台本の中でも休憩させられたわ」


次の場面。


美月は、日傘の代わりに巨大な武田信玄風の軍配を掲げる。


「信玄公の軍配があれば、暑さも退散や!」


琴音が即座に止めた。


「信玄公を熱中症対策に使わんでくれる?」


「甲府らしさを出したんや!」


「出し方が雑ずら」


雷鳴が響く。


美月はぶどう棚の下へ走る。


小春が止める。


「そこじゃなくて、頑丈な建物へ入って!」


「山梨のぶどうが、うちを守ってくれる!」


ひかりが客席へ説明する。


「雷が近い時は、簡易な屋根や作物の棚ではなく、頑丈な建物や自動車の中へ移動してください」


美月は、ぶどうを一房取ろうとする。


「避難する前に、せめて一房!」


琴音の声が飛ぶ。


「人さまのぶどうを勝手に取らんじゃん!」


最後は大雨の場面。


全員が建物へ避難しようとする中、美月だけが反対方向へ走る。


「鳥もつ煮を置いてきた!」


凪が進路を塞いだ。


「食べ物を取りに戻らないでください」


「甲府名物が!」


「命が優先です」


小春が美月の腕を引く。


美月は床を滑りながら手を伸ばした。


「せめてレバー一個! レバー一個だけ!」


台本では、普通に建物へ入る予定だった。


しかし美月は、床へ寝転がったまま、舞台袖まで引きずられていく。


「鳥もつ煮があああ!」


会場は爆笑の嵐。


子どもたちは腹を抱え、保護者も涙を拭いて笑っている。


琴音が最後にまとめた。


「今の美月ちゃんの行動は、一個もまねしちゃ駄目じゃんね」


美月は舞台へ戻り、胸を張る。


「でも、全部覚えやすかったやろ?」


凪は台本を確認した。


「今回も、半分以上が事前に聞いていない行動でした」


ひかりが苦笑する。


「笑って終わらず、正しい避難方法も覚えてくださいね」



出演しながら全部見る女


琴音は、ステージ出演だけでなく、イベントの運営統括も続けていた。


舞台上では、甲府の気候と暮らしを紹介する。


舞台袖へ戻ると、すぐに無線機を取る。


「南側の給水所、紙コップが減っとるじゃん。予備を出して」


「工作コーナーの列が長いから、案内スタッフを一人増やすだよ」


「凪ちゃんの講座が五分押し。美月ちゃんの寸劇から三分削るじゃんね」


美月が驚く。


「何で、うちから削るん?」


「もう七分延びとる」


「笑いは時間を超越するんや!」


「進行表は超越させんずら」


地元ヒロイン。


フロント責任者。


司会補助。


スポンサー対応。


自治体との連絡。


安全確認。


時間管理。


琴音は複数の役割を同時にこなし、会場全体を滞りなく動かした。


甲斐の疾風の異名は、決して大げさではなかった。



故郷へ錦を飾る


イベントは大盛況で終了した。


来場者アンケートには、


「甲府の暑さについて、初めて詳しく学んだ」


「雷の音が聞こえたら、早めに建物へ入ろうと思う」


「ぽかぽかトリオの歌を子どもが覚えた」


「美月さんの寸劇は大笑いしたが、全部まねしてはいけないと分かった」


「ひかりさんと琴音さんの説明が分かりやすかった」


といった感想が並んだ。


閉会後。


自治体やスポンサー企業の担当者が、琴音のもとへ集まる。


「小宮山さん、本当にありがとうございました」


「小宮山さんが強く開催を推してくださらなければ、ここまで早く実現しませんでした」


「出演者の調整、地元企業との連携、安全計画まで見事でした」


「甲府市出身の方が、全国規模の組織でこれほど活躍されていることを誇りに思います」


琴音は、珍しく少し照れた表情を見せる。


「皆が協力してくれたからできたじゃん。私は予定をちっと動かしただけだよ」


フロント職員が小声で訂正した。


「七件の予定、二件の会議、一件のテレビ収録を動かしています」


美月が笑う。


「“ちっと”の規模が大きすぎるで!」


小春も続ける。


「甲斐の疾風、褒められたら急に風が弱くなるじゃん」


琴音は照れ隠しに無線機を持ち直した。


「まだ撤収が残っとるじゃんね」


そこへ遥室長から電話が入る。


『琴音ちゃん、地元に錦を飾ったのら!』


「大げさじゃん」


『自治体とスポンサーから、お礼の連絡がたくさん来ているのら!』


「皆で作ったイベントずら」


『でも、開催枠をこじ開けたのは琴音ちゃんなのら!』


「その言い方は、正式な報告書には書かんでほしいじゃんね」


強引な日程調整で始まった地元開催。


その結果、琴音は甲府市の関係者から次々と感謝され、見事に故郷へ錦を飾った。



ほうとう店で打ち上げ


イベント終了後。


一行は、甲府市内の有名なほうとう料理店へ向かった。


太い木の柱が並ぶ、古民家風の店内。


座敷の中央には、大きな鉄鍋。


鍋の中では、味噌仕立ての汁がぐつぐつと音を立てている。


太く平たい麺。


白菜。


ねぎ。


きのこ。


里芋。


そして、大きなかぼちゃ。


鍋の蓋が開いた瞬間、美月が歓声を上げた。


「見てや! このかぼちゃ、うちの顔の半分くらいあるで!」


小春が鍋をのぞく。


「美月の顔を基準にされても、大きさが伝わらないんだけど」


美月は箸でかぼちゃを持ち上げ、一口食べた。


熱さに目を見開き、慌てて息を吐く。


「熱っ! でも甘い! 汁にかぼちゃが溶けて、めっちゃおいしいやん!」


美音も麺をすすり、満足そうに頷いた。


「野菜の味が全部、汁へ出とるだに。山道を走った後には、たまらんら」


凪は湯気の向こうで笑う。


「大分から飛行機と特急かいじを乗り継いできた甲斐がありました」


美月が尋ねる。


「帰りも同じ道なん?」


「甲府から新宿、羽田、それから大分です」


小春が同情する。


「ほうとうの余韻より、乗り換え案内が先に来るね」


「でも今日は、時間を気にせず食べます」


凪は、いつもより柔らかな表情で麺を口へ運んだ。


別の皿には、照りのある鳥もつ煮。


藤原詩織が一口食べると、目を輝かせる。


「おいしいです! 甘辛くて、ご飯が進みます!」


麻衣が詩織の前を見る。


「詩織ちゃん、もうご飯を食べてるよね?」


「これは鳥もつ煮用です」


「ほうとうもあるよ」


「ほうとう用のお腹と、鳥もつ煮用のお腹は別です」


萌音が笑う。


「デザート用もあるの?」


「あります」


琴音が鳥もつ煮を取り分けながら言った。


「詩織ちゃん、甲府を満喫しすぎじゃんね」



真面目な反省会のはずでした


食事が一段落すると、琴音が手帳を開いた。


「反省会を始めるじゃんね。良かった点と、次へ直す点を出すだよ」


美月が、大きなかぼちゃを持ったまま手を挙げる。


「良かった点。ほうとうがうまい」


「イベントの話をしとる」


「寸劇も大爆笑やった」


凪が頷いた。


「笑いながら危険な行動を記憶できる点は有効です。ただし、誤った行動の直後に、正しい行動を必ず説明する必要があります」


美月は胸を張る。


「うちが間違えて、ひかりちゃんと凪ちゃんが直す。完璧な役割分担や」


「間違える内容は、台本に記載してください」


「アドリブを先に書いたら、アドリブやなくなるやん!」


小春が鳥もつ煮をつまむ。


「少なくとも、鳥もつ煮を取りに戻るくだりは先に言っておいて」


ひかりは真面目に意見を出した。


「猛暑と雷雨を同じイベントで扱えたのは良かったと思います。晴れている時にも、暑さという危険があることを伝えられました」


美音も続ける。


「県外から来る人向けに、山道の天気と道路状況を前日から配信すると、もっと安全だに」


琴音がメモを取る。


「次は車、鉄道、バイクごとの移動情報を早めに出すじゃんね」


麻衣は親子企画を振り返った。


「小さい子は一度説明しただけでは覚えにくいので、体操、歌、クイズで同じことを繰り返すといいと思います」


萌音も頷く。


「工作を持ち帰れば、家でも家族で防災の話ができます」


詩織は鳥もつ煮を食べながら言った。


「次の歌には、水分補給と休憩も入れたいです」


小春が尋ねる。


「鳥もつ煮の歌じゃないよね?」


「防災の歌です。今は鳥もつ煮を食べているだけです」


全員が笑った。


みのりは、ひかりの空になった湯飲みへお茶を注ぐ。


「ひかりは総合司会と解説を長時間続けていた。次回は主担当者の休憩を増やすべき」


美月がすぐに反応する。


「出た、恋人目線の安全管理!」


小春も笑う。


「ひかり専用休憩計画じゃん」


みのりは平然としている。


「主担当者が疲労すれば、イベント全体に影響します」


琴音が頷いた。


「意見としては正しいじゃんね。動機は置いといて」


「動機も正しいです」


美月が箸を止めた。


「愛が正しいって認めたで!」


ひかりは顔を赤くする。


「防災イベントの反省会を続けましょう」


真面目な内容を話しているはずなのに、笑いが途切れない。


大分から長い距離を移動してきた凪も、楽しそうに笑っていた。



甲斐の疾風は止まらない


反省会が終わろうとした時、琴音のスマートフォンが鳴った。


別の自治体から、気象防災イベント開催の相談だった。


琴音は、ほうとう鍋を前に電話へ出る。


「はい、小宮山です」


全員が琴音を見る。


「日程ですか? 空いとる日を探すんじゃなくて、空ければいいじゃんね」


全員が一斉に叫んだ。


「また始まった!」


琴音は手帳を開く。


「ひかりちゃんは来月の第三週なら、午前中の収録を動かせる。みのりちゃんは――」


美月が鉄鍋を守るように抱えた。


「うち、まだほうとう食べとるで!」


「今すぐ行けとは言っとらんじゃん」


小春が笑う。


「甲斐の疾風、打ち上げ中も止まらないじゃん」


ひかりは困ったように微笑んだ。


「次の開催地が、もう決まりそうですね」


みのりは当然のように、新しい資料ファイルを取り出す。


凪は安全確認項目を追加。


美音は移動経路と気象条件を調べ始める。


ぽかぽかトリオは、新しい歌と体操を相談する。


美月だけは、大きなかぼちゃを箸で持ち上げながら宣言した。


「次の寸劇は、巨大かぼちゃを防災頭巾にする話や!」


凪が即答する。


「却下です」


「まだ内容を説明してへんで!」


「食べ物を頭へ載せる時点で却下です」


ほうとう店に、大きな笑い声が響いた。



清水区で始まった気象防災イベントは、甲府市でさらに進化した。


盆地の猛暑。


急な雷雨。


山道の気象変化。


熱中症。


停電への備え。


地域の気候や暮らしに合わせることで、防災はもっと身近になる。


お天気お姉さん・杉山ひかりは、難しい気象情報を誰にでも分かる言葉へ変えた。


館山みのりは、ひかりを誰よりも近くで支えた。


美月と小春は、笑いの中へ防災知識を刻み込んだ。


美音は、山道と乗り物の安全を伝えた。


ぽかぽかトリオは、幼い子どもたちへ備える方法を届けた。


大分から飛行機と特急かいじを乗り継いできた凪は、最後まで会場の安全を守り抜いた。


そして小宮山琴音は、故郷・甲府市で、地元ヒロインとしてもフロントとしても持ち味を存分に発揮した。


自治体。


スポンサー。


来場者。


地元スタッフ。


多くの人から感謝の言葉を受け、甲斐の疾風は見事に故郷へ錦を飾った。


ただし後日、ヒロ室には新しい内部規則が追加された。


「小宮山琴音が開催枠をこじ開ける前に、必ずフロント全体へ報告すること」


琴音は規則を読み、一言だけ答えた。


「先に報告すりゃ、こじ開けてもいいってことじゃんね」


遥室長は、その日のうちに規則の書き直しを命じた。

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