ひかりと備える、晴れのち防災! ――駿河の良心のお天気教室、静岡の空と命を守ります
静岡県内で発行されている朝刊の地域面に、杉山ひかりの写真が大きく掲載された。
気象予報士の合格証を胸の前で持ち、少し照れたように微笑んでいる。
見出しは、本人が新聞を広げた瞬間に思わず閉じたくなるほど大きかった。
「戦隊ヒロイン杉山ひかりさん、気象予報士に合格」
「女子アナへの夢へ一歩 地域防災にも知識を生かす」
「こんなに大きく載せていただかなくても……」
静岡市内のローカルテレビ局。その控室で、ひかりは新聞を持ったまま頬を赤くしていた。
静岡市出身。
地元の国立大学へ通う才女。
真面目で、優しく、清潔感のある王道の戦隊ヒロイン。
誰に対しても誠実に接する姿勢から、ファンや関係者の間では、
「駿河の良心」
と呼ばれている。
ひかりには、戦隊ヒロイン以外にも顔があった。
地元ローカルテレビの情報番組で、週一回のレギュラーを持つ若手キャスター。
商店街の新しい店。
地域の祭り。
農産物。
漁港。
学校行事。
地元の人々の声を丁寧に拾う姿が好評で、静岡県内ではすでに高い知名度を持っていた。
将来の夢は、キー局の女子アナウンサー。
そのためにアナウンススクールへ通い、発声、アクセント、原稿読み、リポート技術を地道に磨いている。
気象予報士の資格も、いつか情報番組のお天気コーナーを任された時、自分の言葉で情報を伝えられるように取得したものだった。
だが、合格の知らせは、ひかり本人が考えていた以上に大きな反響を呼んだ。
ローカルテレビでは特集が組まれた。
静岡から東京へ向かう新幹線の車内で参考書を開く姿。
イベントの控室で過去問題を解く姿。
一度目の不合格に落ち込み、二度目の挑戦へ向かう姿。
そして、その隣には、かなりの確率で館山みのりが映っていた。
ひかりへ飲み物を渡すみのり。
天気図の問題を出すみのり。
雲の形をしたお菓子を差し入れるみのり。
ナレーションは、妙に情感たっぷりだった。
『多忙な活動の合間を縫い、夢へ向かって努力を重ねた杉山さん。その挑戦を最も近くで支えたのは、グレースフォースの相棒、館山みのりさんでした』
ひかりはテレビ画面を見つめた。
「気象の勉強より、みのりちゃんがお菓子を渡す場面の方が多くありませんか?」
隣で新聞を丁寧に折り畳んでいたみのりは、平然としていた。
「取材班が選んだ映像だから」
「三回も流れてたよ」
「必要な記録だったんだと思う」
「“最も近くで支えた相棒”って字幕も付いていたけど」
「事実」
そこへ赤嶺美月がやって来た。
「みのりちゃん、その新聞何部買うたん?」
「三部」
「三部?」
月島小春も新聞をのぞき込む。
「保存用?」
「自宅用、グレースフォース資料用、保存用」
小春が首をかしげた。
「自宅用と保存用、ほとんど一緒じゃん」
「用途が違う」
美月がにやりと笑う。
「恋人の記事を複数保存するファンの行動やな」
「グレースフォースの活動記録です」
「ひかりちゃんが結婚したら、号外まで保存しそうやな」
みのりの手が止まった。
ひかりも止まった。
小春が美月を見る。
「そこまで先へ行くと、さすがに天気より予測不能じゃん」
みのりは新聞を鞄へしまった。
「次の収録準備があります」
否定はしなかった。
肯定もしなかった。
いつものことだった。
◇
気象予報士合格後、ひかりが出演する情報番組では、早速新しいコーナーが始まった。
「ひかりのしずおか一週間予報」
スタジオ中央の大型モニターには、静岡県の地図。
東部、中部、西部、伊豆。
ひかりはアナウンススクールで磨いた落ち着いた声で、県内の天気を伝える。
「週末の中部は、午前中を中心に晴れそうです。ただし午後は山沿いで雲が発達し、急な雨や雷雨となる可能性があります」
ひかりの説明は、そこで終わらない。
「屋外へ出かける方は、空が急に暗くなったり、冷たい風が吹いたりしたら、早めに建物へ移動してください」
「西部では風が強まりそうです。自転車やバイクを利用する方は、橋の上や海沿いで横風に注意してください」
「伊豆では、雨がやんだ後も山道の落石や土砂の緩みに注意が必要です」
晴れるか。
雨が降るか。
それだけではなく、視聴者がどう行動すればよいのかまで伝える。
ひかりの誠実な話し方もあり、コーナーはすぐに人気となった。
番組へは、視聴者から多くのメッセージが届く。
『ひかりちゃんの予報を見て、子どもへ折り畳み傘を持たせました』
『農作業の予定が立てやすくなりました』
『天気予報に興味がなかった息子が、ひかりちゃんの時だけテレビの前へ来ます』
一方で、放送が終わるたび、美月から電話がかかってきた。
『ひかりちゃん、大阪の天気も一緒に言うてや!』
「静岡県内のコーナーです」
『浜松まで言うたら、大阪までもうちょいやろ』
「浜松から大阪までは、もう少しではありません」
『県境を西へ伸ばせへん?』
「県境はゴムではありません」
『気象予報士の力で何とかならへんの?』
「気象予報士は県境を移動させる資格ではありません」
翌週。
『今日は東大阪だけでも頼むわ』
「対象地域を少しずつ増やす方式ではありません」
『ほんなら河内音頭で晴れにしたる』
「天気を変えようとしないでください」
静岡県民向けの週間予報は、なぜか毎週大阪から追加注文を受けていた。
◇
ひかりの合格を、誰よりも誇らしく思っていた人物がいた。
ヒロ室フロントの芹沢遥室長である。
遥は静岡県富士市出身。
同じ静岡県出身の若いヒロインが、大学、ヒロイン活動、アナウンススクールを両立しながら難関資格へ合格したことを、自分のことのように喜んでいた。
新橋のヒロ室。
遥はひかりの記事を机へ広げ、小宮山琴音を呼んだ。
琴音は山梨県甲府市出身。
遥の右腕として、予算、契約、日程、安全管理、出演者調整など、ヒロ室フロントの実務を幅広く支えている。
富士山を挟んだ静岡県と山梨県の出身であり、仕事でも息が合うことから、二人は時折、
「静甲コンビ」
と呼ばれていた。
遥は新聞を指さした。
「ひかりちゃんの合格を、お祝いだけで終わらせたくないのら」
琴音は記事へ目を通した。
「せっかく取った資格だもんで、地元の人らに役立つ形にした方がいいじゃんね」
「気象予報と防災減災を一緒にしたイベントを開くのら!」
「いいじゃん。場所はどこにするで?」
遥は静岡県の地図を開いた。
「静岡市清水区なのら!」
琴音もすぐに意図を理解した。
「海があって、港があって、山も近い。大雨、強風、地震、津波まで幅広く扱えるじゃんね」
「アニメもサッカーも魚もあるのら!」
「後ろ三つは防災と直接関係ないけど、町を紹介するには大事ずら」
「楽しく来てもらって、役に立つ知識を持って帰ってもらうのら」
「なら、講演だけにしちゃ駄目じゃんね。子ども向けの体操や寸劇も入れるだよ」
遥と琴音は、早速企画書を作り始めた。
◇
開催地となる静岡市清水区は、さまざまな顔を持つ町だった。
駿河湾と富士山を同時に望める、温暖で過ごしやすい港町。
全国的に知られる国民的アニメ作品の舞台として、多くの観光客が訪れる。
また、清水は日本を代表するサッカーの街の一つでもある。
子どもの頃からボールへ親しみ、地域全体で選手を育て、応援する文化が根付いている。
港には国内外の船が行き交い、周辺の漁港にはマグロをはじめとする豊富な魚介類が水揚げされる。
冷凍、缶詰、練り製品、削り節などの水産加工工場も多い。
海。
富士山。
アニメ。
サッカー。
漁港。
魚。
水産加工。
観光と産業と文化が同居する、実に多彩な街だった。
一方で、海と山が近いからこそ、大雨、強風、高潮、地震、津波、土砂災害などへの備えも欠かせない。
遥は現地視察で港を眺めながら言った。
「楽しいものも、おいしいものも、守りたい暮らしも、全部ある町なのら」
琴音も頷く。
「だから、防災を怖い話だけにしちゃ駄目じゃんね。普段の暮らしを守る知識として伝えるだよ」
こうして、ヒロ室、自治体、地元テレビ局、防災関係機関、スポンサー企業が連携するイベントが決まった。
『ひかりと備える、晴れのち防災!』
――駿河の良心のお天気教室、静岡の空と命を守ります
合言葉は、
「怖がらせる防災ではなく、楽しく学び、自然に備える」
だった。
◇
出演者も決まった。
総合司会と気象解説は、もちろん杉山ひかり。
気象データ整理と進行補佐には、館山みのり。
イベントを派手に盛り上げる役として、赤嶺美月と月島小春。
浜松出身で船舶免許と大型自動二輪免許を持つ「遠州の勇者」河合美音。
子ども向け企画には、ぽかぽかトリオ。
体操のお姉さん・白浜麻衣。
工作のお姉さん・宮沢萌音。
歌のお姉さん・藤原詩織。
会場全体の安全監修には、保安管理のスペシャリスト・首藤凪。
そして企画責任者として、遥室長自身も清水区へ同行することになった。
琴音は出演者一覧を見た。
「ひかりちゃん、みのりちゃん、凪ちゃんがおるから、安全面は安心じゃんね」
「美月ちゃんと小春ちゃんも人気者なのら」
「その二人がおるから、進行時間は安心できんずら」
「盛り上がるのら!」
「台本どおり終わらんじゃん」
琴音は、美月の出演時間だけ十五分長く見積もった予備進行表を作成した。
◇
イベント前日。
ひかりは控室で、巨大天気図を使った説明の原稿を確認していた。
その隣で、みのりが荷物を並べている。
予備原稿。
予備マイク。
防水ケース。
充電器。
タオル。
常温の水。
温かい飲み物。
のど飴。
軽食。
折り畳み傘。
雨具。
美月がその光景を見て、口笛を吹いた。
「完全に専属マネージャーやん」
小春は防水ケースを持ち上げる。
「愛情まで防水仕様じゃん」
みのりは防水ケースを取り返した。
「気象解説担当が体調を崩した場合、イベント全体へ影響が出るから」
「愛をリスク管理って言い換えとるで」
「ひかりのためなら、予備マイク何本まで持てる?」
「必要な数」
小春が美月を見る。
「上限がないじゃん」
みのりは二人の肩へ手を置いた。
「ひかりが原稿を確認しています。邪魔しないで」
美月が驚く。
「まだ何もしてへん!」
「今から話しかける顔をしていました」
「顔で退場させられた!」
小春も押されながら言う。
「応援しに来ただけなんだけど!」
「応援は本番でお願いします」
ひかりが顔を上げた。
「みのりちゃん、二人とも本当に応援してくれているだけだよ」
美月は廊下へ押し出されながら叫んだ。
「ひかりちゃん、明日は頑張りや!」
小春も続ける。
「失敗しても、みのりが全部守るから!」
みのりは扉を閉めた。
「失敗する前提で励まさないでください」
廊下から美月の声が聞こえる。
「愛の警備が厳重すぎるやろ!」
◇
イベント当日。
清水区の会場には、朝から多くの来場者が集まった。
家族連れ。
高齢者。
サッカー少年。
地元企業の従業員。
戦隊ヒロインファン。
ローカルテレビでひかりを見ている視聴者。
会場には、魚、富士山、サッカーボールを取り入れた清水らしい装飾が施されている。
遥は入口付近で、自治体担当者やスポンサー関係者へ挨拶していた。
「今日は、笑って学んで、家族で防災について話せるイベントにするのら!」
自治体の防災担当者が、来場者の幅広さに感心する。
「通常の防災講演では、どうしても参加者の年齢層が偏ります。今回は小さなお子さんから高齢者まで来ていますね」
スポンサー企業の担当者も頷いた。
「気象、防災、交通安全、海の安全、子ども向け企画まで盛り込まれている。非常にバランスがいいです」
遥はうれしそうに答えた。
「ひかりちゃんの資格を、地域の皆さんへ役立つ形にしたかったのら」
「単なる合格記念ではなく、地域貢献につながる素晴らしい企画です」
遥は少し照れた。
その隣で琴音が小声で言う。
「遥室長、ここで新しい企画を思いついても、今すぐ追加しちゃ駄目じゃんね」
「まだ何も言っていないのら」
「顔で分かるずら」
前日のみのりと同じ制止方法だった。
◇
最初のステージは、
「ひかりと読もう! 静岡の空」
巨大な静岡県地図を背景に、ひかりが登場する。
「皆さん、こんにちは。気象予報士の杉山ひかりです」
会場から大きな拍手が起きた。
ひかりは少し照れながらも、落ち着いた声で説明を始める。
「静岡県は、海と山の両方を持っています。そのため、同じ県内でも地域によって天気が大きく違うことがあります」
富士山。
南アルプス。
駿河湾。
遠州灘。
伊豆半島。
地形と天候の関係を、子どもにも分かる言葉で伝えていく。
遥は富士市出身として、富士山周辺の急な天候変化を紹介。
美音は浜松出身として、遠州の強い風について説明する。
琴音も山梨県側から、富士山周辺の雲について補足した。
ところが、徐々に話の方向が変わる。
遥が巨大地図の富士山を指す。
「富士山は、静岡側から見ると海と一緒に楽しめるのら」
琴音は穏やかに反論した。
「山梨側にゃ湖があるじゃんね。水面に映る富士山も、なかなかのもんだよ」
「海の方が大きいのら」
「水の面積を競っとるわけじゃねえじゃん」
「静岡には新幹線もあるのら」
「新幹線がないことは、富士山の見え方と関係ないずら」
会場に笑いが起きる。
ひかりが慌てて二人の間へ入った。
「今日は富士山の所有権を決めるイベントではありません!」
美月がすかさずマイクを取る。
「ただいま静甲コンビの間に、局地的な雷雲が発生しております!」
小春も続ける。
「ひかり、二人の間へ雷注意報を出して!」
会場は大きな笑いに包まれた。
スポンサー担当者が、遥へ小声で言う。
「専門的な内容なのに、親しみやすいですね」
遥は少し困った顔で答えた。
「富士山論争は予定外なのら」
◇
続いて、美音の横風体験。
大型送風機を使い、海辺や橋の上で強い風を受けた場合の危険を紹介する。
美音は風を受けながら、重心を低く保って立つ。
「橋や海沿いじゃ、急に横から風が来ることがあるだに。危ないと思ったら、無理に進まず速度を落とすら」
次の体験者は美月だった。
送風機が動く。
美月の髪と衣装の飾りが、後方へ大きくなびいた。
「ちょ、待って! 顔まで後ろへ飛んでいく!」
小春が笑う。
「顔は残ってるから大丈夫!」
美月は風に向かって河内音頭を踊り始めた。
「向かい風には、踊りで対抗や!」
美音が送風機を止める。
「風と勝負せんでいいに」
ひかりも真顔で言う。
「強風時は、無理に進まず安全な場所へ移動してください」
美月は髪を直しながら胸を張った。
「今のは悪い例として、かなり分かりやすかったやろ?」
首藤凪が答える。
「悪い例になる予定ではありませんでした」
◇
ぽかぽかトリオの、
「こども防災ひろば」
も大人気だった。
白浜麻衣は、
「だんごむし防災体操」
を担当する。
「地震が起きたら、慌てて走らず、まず頭を守りましょう!」
麻衣が小さく体を丸める。
子どもたちも楽しそうにまねをする。
そこへ美月も参加するが、勢い余って床を二回転した。
「美月ちゃん、そこまで転がらなくて大丈夫です!」
年下の麻衣が、真面目に注意する。
「でも、大きく動いた方が盛り上がるやろ?」
「地震の時は、盛り上がらなくて大丈夫です」
宮沢萌音は、新聞紙を使った簡易スリッパと避難カードの工作教室。
藤原詩織は、
「おさない、はしらない、もどらない」
を覚える防災の歌。
詩織は途中で歌い始める位置を一度間違えたが、麻衣が小声で、
「詩織ちゃん、次です」
と教える。
詩織は笑顔で立て直し、子どもたちも気づかず楽しそうに歌っていた。
自治体の子育て支援担当者は感心する。
「幼児向けの防災教育は難しいのですが、体操、工作、歌に分けると自然に覚えられますね」
スポンサー担当者も頷く。
「保護者も一緒に参加できています。完成度が高いです」
遥は誇らしそうに言った。
「ぽかぽかトリオは、小さな子どもへ伝えるのが本当に上手なのら」
◇
そして、イベント最大の目玉が始まった。
「その時、美月はどうする!? 突然の雷雨編」
美月と小春による防災寸劇である。
ひかりが気象解説。
凪が安全監修。
小春が冷静な近隣住民。
美月が、災害時に間違った行動ばかり取る主人公役だった。
ひかりがナレーションを始める。
「美月さんが公園にいると、空が急に暗くなり、遠くで雷が鳴りました」
美月は空へ向かって両手を広げた。
「雷さん、うちと勝負や!」
凪が即座に止める。
「勝負しないでください」
「戦隊ヒロインやから、自然現象にも負けられへん!」
「自然現象は敵役ではありません」
寸劇再開。
美月は大きな木の下へ走ろうとする。
小春が腕をつかむ。
「そこ危ないから!」
「大きな木なら守ってくれるやろ!」
ひかりが観客へ説明する。
「雷が近い時、大きな木のすぐ下へ避難するのは危険です。頑丈な建物や自動車の中へ移動してください」
美月は白いロングブーツを見せる。
「でも、うちのブーツはゴムっぽいで。絶縁できるんちゃう?」
ひかりの表情が真剣になった。
「できません。絶対に試さないでください」
凪も続ける。
「靴を過信して、屋外へ残らないでください」
美月は大げさに膝から崩れ落ちた。
「うちの白いロングブーツでも、雷には勝てへんのか!」
小春が肩をたたく。
「ブーツへどこまで期待してたの?」
続いて、強い雨が降る設定。
美月はスマートフォンを取り出す。
「せっかくやから、豪雨を背景に記念写真や!」
小春が取り上げる。
「撮影してないで避難!」
さらに美月は、忘れ物を取りに戻ろうとする。
「河内音頭の扇子が!」
凪が進路を塞ぐ。
「荷物を取りに戻らないでください」
「伝統文化が!」
「命が優先です」
小春に腕を引かれ、美月は安全な建物へ移動する。
台本では普通に歩いて退場する予定だった。
しかし美月は床へ倒れ、
「扇子だけ! 扇子だけ取らせて!」
と手を伸ばしながら、ずるずると舞台袖へ引きずられていく。
会場は爆笑の嵐となった。
子どもたちは腹を抱え、保護者も涙を拭きながら笑っている。
ひかりは最後に、きちんとまとめた。
「美月さんの行動は、笑って見るだけにしてください。実際には絶対にまねをしないでください」
美月は舞台へ戻り、胸を張る。
「うちは身をもって、悪い例を示したんや!」
凪は台本を確認する。
「台本にない悪い例が、半分以上ありました」
再び会場が沸いた。
スポンサー企業の担当者は、笑いながら遥へ話しかける。
「ここまで笑える防災イベントは初めてです。それでいて、何が危険かはしっかり記憶に残ります」
自治体担当者も頷いた。
「素晴らしい企画ですね。防災を難しい話にせず、参加者へ届く形にしています」
遥はうれしそうに頭を下げる。
「出演者それぞれの得意なことを、つなげたのら」
「ぜひ継続していただきたいです」
遥は満面の笑顔になった。
近くにいた琴音が、すぐに釘を刺す。
「次回の約束は、日程と予算を見てからにするじゃんね」
「分かっているのら」
「今、すぐ決めようとした顔だったずら」
◇
首藤凪は、ステージ出演だけでなく、会場全体の安全管理も担っていた。
避難経路。
段差。
電源コード。
テントの固定。
混雑する場所。
ベビーカーや車椅子が通れる幅。
救護所までの動線。
設営段階から何度も会場を歩き、問題を一つずつ修正している。
凪の安全教室は実践的だった。
「非常口は、災害が起きてから探すものではありません。会場へ入った時点で確認してください」
「家族とはぐれた場合の集合場所を、事前に決めてください」
「避難時に荷物を取りに戻らないでください」
小春が手を挙げる。
「戦隊ヒロインなら、悪者を倒してから避難していい?」
「一般来場者は悪者と戦いません」
美月も尋ねる。
「格好いい避難ポーズは必要?」
「安全に移動できれば、格好よさは必要ありません」
凪の説明は正確だが、やや硬い。
そこを、ひかりが柔らかい言葉へ置き換える。
「避難は競走ではありません。周りの人と声をかけ合って、落ち着いて移動しましょう」
専門家である凪が安全上の要点を伝え、キャスターであるひかりが生活に近い言葉で補足する。
自治体の防災担当者は、この連携を特に高く評価した。
「安全管理の専門知識を、杉山さんが住民向けの言葉へ変えている。非常に分かりやすいですね」
遥は誇らしそうに頷く。
「ひかりちゃんには、知識だけでなく伝える力もあるのら」
◇
イベント後半。
ひかりは、屋外会場の風が変わったことに気づいた。
朝から穏やかだった清水区の空。
だが、西側から湿った風が入り始めている。
上空の雲が、横ではなく縦へ大きくなっていた。
ひかりは気象情報と雨雲レーダーを確認する。
みのりが、ひかりの表情を見ただけで尋ねた。
「来るの?」
「予定より早い」
ひかりは運営本部へ向かった。
「強い雨を降らせる雲が、予想より早く近づいています。屋外プログラムを二十分前倒ししてください」
「物販品と工作コーナーは、一度に動かさず順番に屋内へ移します。来場者を不安にさせないよう、通常のプログラム変更として案内してください」
凪も空と風を確認する。
「テントと案内看板を先に固定します。屋外電源は早めに停止します」
琴音は運営スタッフを集めた。
「慌てんでいいよ。朝に決めた手順どおり動きゃ大丈夫じゃんね。持ち場を離れる時は、必ず責任者へ声かけるだよ」
遥が最終判断を下す。
「ひかりちゃんと凪ちゃんの判断で、屋内型プログラムへ切り替えるのら!」
全員が動き始めた。
美月と小春は、来場者を笑顔で誘導する。
「皆さん、屋内ステージへお願いします! 屋根の下なら、美月ちゃんの声がもっと響きます!」
小春が突っ込む。
「それ、来場者が逃げる理由にならない?」
美音は屋外設備と車両周辺を確認。
みのりは、ひかりの原稿、端末、予備マイクを確保する。
ぽかぽかトリオは、子どもたちが不安にならないよう歌と体操を続ける。
凪は最後まで屋外に残り、来場者とスタッフの移動を確認した。
全員が屋内へ入った直後。
大粒の雨が、会場の屋根を強くたたいた。
風が吹く。
雷鳴が響く。
それでも、混乱は起きなかった。
転倒者はいない。
物販品も音響機材も無事。
小さな子どもたちも、ぽかぽかトリオの歌を聞いて落ち着いている。
来場者の一人が言った。
「さっき教わったことを、本当に実践するとは思いませんでした」
別の家族も頷く。
「早めに案内してもらえたので、子どもが怖がらずに移動できました」
小春が窓の外を見る。
「本当に雨が来たね」
美月も感心している。
「ひかりちゃん、ほんまにお天気お姉さんやったんやな」
ひかりが振り返る。
「今まで何だと思っていたんですか?」
「みのりちゃんの恋人兼キャスター」
「順番も内容も違います」
みのりが美月とひかりの間へ入った。
「ひかりは次の気象情報を確認しています。邪魔しないで」
小春が笑う。
「雨雲より早く、みのりの警戒が発生したじゃん」
◇
雨は三十分ほどで弱まった。
安全を確認し、イベントは屋内プログラムを中心に再開される。
最後のステージ。
ひかりは、来場者の前へ立った。
「天気を止めることはできません」
笑いの多かった会場が静かになる。
「地震や大雨そのものを、私たちの力でなくすこともできません。でも、早めに気づき、準備し、声をかけ合えば、被害を減らすことはできます」
ひかりは、子どもたちにも届くよう、ゆっくり話した。
「家へ帰ったら、ご家族で話し合ってください。避難場所はどこか。連絡が取れない時はどこへ集まるか。何を持って避難するか」
「災害が起きてから考えるのではなく、晴れている今こそ、備える時間です」
舞台袖で、遥が拍手していた。
同郷の後輩が、気象予報士として、自分の知識と言葉で静岡の人々へ防災を伝えている。
遥が思い描いた以上のイベントになっていた。
◇
閉会後。
自治体、防災関係機関、スポンサー企業の担当者たちが、遥のもとへ集まった。
清水区の自治体担当者が深く頭を下げる。
「芹沢室長、本当に素晴らしい企画でした」
「防災イベントは講演中心になりがちですが、今回は幼児から高齢者まで、それぞれが参加できる内容になっていました」
スポンサー企業の責任者も続ける。
「杉山さんの気象解説、首藤さんの安全管理、ぽかぽかトリオの子ども向け企画、美音さんの横風体験、美月さんの寸劇。全てが一つの目的につながっています」
「企業として協賛する意義も非常に大きいと感じました」
遥は恐縮しながら答えた。
「皆が、それぞれの得意なことを持ち寄ってくれたのら」
琴音が横から付け加える。
「遥室長が、ひかりちゃんの資格を地元の役に立てようって言ったのが始まりじゃんね」
遥は琴音を見る。
「琴音ちゃんが、予算と安全計画と出演者の時間を全部整えてくれたのら」
「二人で作った企画ずら」
自治体担当者は笑った。
「静甲コンビの連携も見事でした」
スポンサー担当者は名刺を差し出す。
「次回もぜひ協力させてください。地域を変えて展開できる企画だと思います」
遥の目が輝いた。
「全国展開なのら?」
琴音がすぐに腕をつかむ。
「今その場で全部引き受けちゃ駄目じゃんね」
「まだ返事はしていないのら」
「目が返事しとったずら」
◇
イベントの様子は、地元テレビで大きく特集された。
地元紙にも、
「お天気お姉さん杉山ひかり、清水で気象防災教室」
「戦隊ヒロインと楽しく学ぶ 突然の雷雨にも冷静対応」
という記事が掲載される。
来場者アンケートにも、高い評価が並んだ。
『子どもが笑いながら防災を学べた』
『ひかりさんの説明が具体的で分かりやすかった』
『美月さんの寸劇は笑ったが、危険な行動を覚えられた』
『ぽかぽかトリオの体操を家でも続けたい』
『首藤凪さんの安全説明を職場でも聞きたい』
『館山みのりさんが、杉山ひかりさんを見ている時間が長かった』
最後の意見について、みのりは、
「気象解説担当者の体調と進行状況を確認していただけです」
と説明したが、誰も納得しなかった。
そしてイベントの評判が広がると、ヒロ室フロントには全国各地の自治体から問い合わせが相次いだ。
「海沿いの町向けに、津波避難を加えて開催できないか」
「山間部向けの豪雨・土砂災害編をお願いしたい」
「雪国向けに、大雪と停電への備えを取り上げてほしい」
「高齢者向けの気象防災講座を開けないか」
「企業の安全大会へ、首藤凪さんを派遣してほしい」
「ぽかぽかトリオの親子防災教室を開催したい」
「美月さんの寸劇を、十分以内に収められないか」
最後の問い合わせを見て、美月が抗議する。
「何で短くするん? 一番盛り上がったやろ!」
琴音が答える。
「盛り上がったけど、台本より十五分長かったじゃんね」
「笑いが止まらへんかったからや!」
「美月ちゃんの話も止まらんかったずら」
遥は問い合わせ一覧を見ながら、満面の笑顔になった。
「清水区から始まった企画が、全国の役に立つかもしれないのら!」
ひかりは驚きながらも、うれしそうに資料を手に取る。
「地域ごとに、必要な防災情報は違いますね」
凪が頷く。
「会場の設備、地形、避難経路も毎回確認が必要です」
美音は海沿いの風に関する資料を集め始める。
ぽかぽかトリオは、新しい防災体操と歌を相談する。
小春は、美月が間違えやすい防災クイズを作る。
美月は、すでに次回の大げさな寸劇を考えている。
そして、みのりは、ひかりの全国向け予備原稿ファイルを作り始めていた。
ひかりが尋ねる。
「まだ次の開催地も決まっていないよ?」
「決まってからでは遅い」
美月がすぐに割り込む。
「さすが恋人兼専属マネージャーやな!」
小春も笑う。
「全国どこへ行っても、ひかりの隣は予約済みじゃん」
ひかりは困ったように答える。
「その件は、気象予報の対象外です」
みのりも頷く。
「発表する必要はありません」
二人の返事があまりにもそろっていたため、美月と小春は声を合わせた。
「もう答え出とるやん!」
◇
清水区の穏やかな海と空の下で始まった、杉山ひかりの気象防災イベント。
楽しいだけでは終わらない。
怖がらせるだけでもない。
天気を知る。
危険へ早く気づく。
家族で話し合う。
地域で助け合う。
そして、晴れているうちに備える。
お天気お姉さん・杉山ひかりの言葉は、多くの来場者の心へ届いた。
企画を立ち上げた芹沢遥室長は、自治体とスポンサー関係者から高く評価された。
ひかりの気象知識。
凪の安全管理。
みのりの完璧な補佐。
美音の風と乗り物の知識。
ぽかぽかトリオの子どもへ伝える力。
小春の素朴な疑問。
そして美月の、必要以上に大げさな悪い見本。
それぞれの個性が一つにつながり、清水区のイベントは大成功を収めた。
『ひかりと備える、晴れのち防災!』
その名はやがて、全国の自治体から開催を求められる、ヒロ室の新たな看板企画へ成長していく。
ただし、美月の防災寸劇だけは、次回までに十五分短縮することが正式な改善項目となった。




