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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1120/1168

もう列車は来ない。でも、追跡は止まらない! ――江差線跡を走れ、全部つなぐまゆちゃん

ノースフロント仙台分室の情報解析室には、朝から緊張感が漂っていた。


壁一面の大型モニターには、東北から北海道南部までの地図が表示されている。


気象情報。


船舶の航行状況。


道路の混雑。


港湾施設の監視映像。


不審な通信電波。


ノースフロント仙台分室は、最新鋭の情報収集能力を誇る。


新橋のヒロ室本部よりも立派な設備がそろっていることを、職員たちは決して自慢しない。


ただし、新橋から人が来る日だけは、大型モニターを全て点灯させる。


使う必要のない立体地図まで表示する。


全自動コーヒーマシンも、最も高級な豆へ入れ替える。


それは自慢ではない。


仙台分室なりの、静かな歓迎である。


その日、情報解析を担当していた高沢雪乃が、道南西部で繰り返される不審通信を発見した。


「るみねぇ。これを見てください」


木戸瑠美が、雪乃の示した波形を確認する。


「同じ信号が、少しずつ場所を変えながら送られているわね」


「発信地点は、北海道檜山地方の江差町です」


中央モニターに、江差町の地図が映し出された。


日本海に面した歴史ある港町。


江戸時代から明治にかけては、ニシン漁と北前船交易で大きく栄えた。


海運で富を築いた商家や蔵が残る「いにしえ街道」。


町の歴史を今へ伝える姥神大神宮。


全国に知られる江差追分。


幕末の軍艦を復元した開陽丸。


日本海へ突き出した、かもめ島。


古い町並みと潮の香りが重なり合う、道南でもひときわ物語性の強い町だった。


そして江差は、かつて鉄道の終着地でもあった。


木古内から江差を結んでいた江差線。


今はもう、列車は走っていない。


駅も線路も役目を終えた。


それでも町には、列車が人々を運んだ記憶が残っている。


雪乃は解析結果を拡大した。


「ジェネラス・リンクは、旧江差線の駅名と運行時刻を暗号鍵にしています」


芹沢遥室長が椅子から立ち上がる。


「廃線を悪事に使ってるのら?」


「はい。鉄道史の調査団体を装い、江差町内へ複数の小型中継器を設置しています」


敵が名づけた作戦は、


『幻の最終列車』


旧江差線の駅順と、廃止前の時刻表を組み合わせ、町に隠した中継器を順番に起動する。


全ての情報がそろうと、江差沖へ接近する密輸船へ、沿岸監視の死角と接岸地点が送信される仕組みだった。


遥が頬を膨らませる。


「町の人の思い出を、犯罪用の時刻表にするなんて許せないのら!」


函館出身の菊池瑠璃も、静かに表情を引き締めた。


「江差は函館とも深くつながってる、大切な道南の町だよ。町の歴史を勝手に悪事へ使わせるわけにはいかないっしょ」


雪乃とるみねぇは、瑠璃を現地指揮官に指名。


ノースフロント全員へ、江差町への緊急招集をかけた。


函館任務に続き、菅野真結にとって二度目の道南出動となった。



江差へ向かう車内。


雪乃は資料を開き、作戦の概要を説明していた。


「中継器は、旧江差駅周辺、いにしえ街道、江差追分に関係する施設、開陽丸周辺、かもめ島などへ設置されていると推測されます」


高城彩芽が、元気よく手を挙げる。


「まず旧江差駅で待ち伏せするべさ!」


雪乃が尋ねる。


「何を待ち伏せするのですか?」


「犯人が列車から降りてくるところだべさ!」


阿部柚葉が携帯端末から目を上げた。


「列車は来ない」


「今日は運休だべか?」


「廃線」


「したら、明日の始発は?」


「来ない」


「来週は?」


「来ない」


「お盆や正月の臨時列車は?」


「永遠に来ない」


彩芽は少し考えた。


「なまら遅れてるんだべさ」


隣に座っていた真結が、優しく説明する。


「遅れているんじゃなくて、路線そのものが役目を終えたの」


「線路が長い休みに入ってるわけでないのかい?」


「戻る日が決まっているお休みではないよ」


彩芽は窓の外を見た。


「もう走らないんだ……」


いつも明るい彩芽が、珍しくしんみりする。


真結は、少し意外に思った。


彩芽にも、物の終わりを寂しがる感性はある。


十五秒後。


彩芽は拳を握った。


「したら、あたしが列車の代わりに走るべさ!」


「まだ走らないでね」


真結は、彩芽が立ち上がる前に上着をつかんだ。



旧江差駅跡。


かつて列車が到着した終着地には、鉄道の記憶を伝えるモニュメントが残されていた。


彩芽は駅名標の前へ立ち、辺りを見回す。


「切符売り場、どこだべ?」


「ないよ」


「自動券売機は?」


「ないよ」


「改札は?」


「ないよ」


「駅員さんは?」


「いないよ」


「売店だけでも……」


「駅ではなく、記念の場所なの」


彩芽は少し寂しそうに、駅名標を見上げた。


「列車さん、長い間お疲れさまでしたべさ」


真結は、彩芽の横顔を見て小さく笑う。


ところが彩芽は、突然線路があった方向へ走り出そうとした。


「列車の気持ちになって、終点まで走ってくるべさ!」


真結は再び上着をつかむ。


「気持ちにならなくていいから、調査を手伝って」


「まだ発車しちゃ駄目だべか?」


「発車する予定はないよ」


メンバーは手分けして、周辺を調べ始めた。


玲香と柚希は、別々の方向を確認。


柚葉は通信反応を探る。


紗耶は近隣住民への聞き込み。


瑠璃は町の資料と現地の状態を照らし合わせる。


真結は全体の進捗を確認しながら、誰かが同じ場所を二重に調べていないか、確認漏れがないかを見ていた。


その時。


今津乙実が、駅名標近くで小さく呟いた。


「この留め具だけ、新しいさげ……」


誰にも届かないほどの声だった。


しかし真結は振り返る。


「乙実ちゃん、何か見つけた?」


突然声をかけられ、乙実は少し驚く。


「えっと……ここ、周りは古いのに、このボルトだけ新しいなって」


乙実が指さした場所を調べると、記念設備の裏側に小型中継器が固定されていた。


敵が、古い設備へ紛れ込ませたものだった。


雪乃から通信が入る。


『最初の中継器です。暗号上の起点は旧江差駅を示しています』


真結は全員へ伝える。


「最初の手がかりは、乙実ちゃんが見つけたよ。次も、古い場所へ紛れ込んだ新しい物を探そう」


乙実は恥ずかしそうに俯く。


だがその表情には、わずかな自信が浮かんでいた。


彩芽が乙実の肩をたたく。


「乙実ちゃん、目ぇなまらいいべさ!」


「そんなに強くたたかねで……」


「褒めたんだべさ!」


「肩が痛いさげ」


真結が彩芽の手を下ろす。


「褒める時も力を加減しようね」



次の中継器は、いにしえ街道に隠されている可能性が高かった。


北前船交易で栄えた時代の商家や蔵が並ぶ、江差を代表する歴史的な通り。


観光客だけではない。


住民の生活の場でもある。


柚葉は通りの両端を見て、即座に提案した。


「両端を封鎖して、一軒ずつ調べましょう」


瑠璃が静かに振り返る。


「町の人の生活まで止めることになるっしょ」


「十五分で終わる」


「十五分でも駄目だよ」


「十分」


「短くすれば許される問題でないからね」


「では七分半」


「細かく刻まなくていいっしょ」


真結が地図を広げる。


「柚葉ちゃんがしたいのは、敵を通りの外へ逃がさないことだよね」


「そう」


「だったら道を封鎖するんじゃなくて、出入口を確認できる場所へ玲香ちゃんと柚希ちゃんを置こう」


玲香は東側。


柚希は西側。


紗耶と瑠璃は住民へ自然に聞き込み。


乙実は古い建物へ取りつけられた不自然な新しい部品を探す。


柚葉は通信反応を監視。


真結は、町全体を止める作戦を、敵だけが抜けられない配置へ変えた。


柚葉は不満そうに言う。


「今回も丸くされた」


「町並みの角はそのままで、柚葉ちゃんの角だけ少しね」


「尖りは残ってる?」


「まだ触ると痛いよ」


柚葉は納得し、持ち場へ向かった。



紗耶は、店先で重い荷物を運んでいた高齢の女性へ声をかけた。


「それ、こっちさ持つすけ」


「悪いねえ」


荷物を店内まで運んだ後、紗耶は無理のない調子で尋ねる。


「最近、古い建物ばかり撮ってる人、見ませんでしたか?」


「観光客なら毎日来るけどね」


「建物じゃなくて、変なところばかり撮ってる人とか」


女性は少し考える。


「そういえば、屋根を見ないで雨どいばかり撮ってた男がいたよ」


紗耶は礼を言い、その情報を全員へ共有する。


乙実が建物の雨どい周辺を確認。


古い金具に紛れて、明らかに新しい部品が一つだけ取りつけられていた。


その裏から、二つ目の中継器が見つかる。


柚葉は腕を組んだ。


「封鎖しなくても見つかることは確認できた」


真結が笑う。


「よかったね」


「ただし封鎖した方が早かった可能性は残る」


「反省会の議題へ書いておくね」


真結は本当に端末へ、


『柚葉案・町全体封鎖の必要性について』


と記録した。


後で削除するつもりだった。



三つ目の暗号は、江差追分に関係していた。


ジェネラス・リンクは、江差追分独特の節回しに含まれる音の高低を、端末の解除コードとして使用していた。


雪乃が遠隔解析を試みる。


しかし録音データだけでは、どの音程が正しい鍵なのか判別できない。


瑠璃は地元の唄い手へ協力を求めた。


「町の歌を、悪いことの道具にはさせたくありません」


年配の唄い手は静かに頷く。


「なら、本物の歌で見つけてやればいい」


ほどなく、江差の町へ本物の江差追分が響き渡った。


長く伸びる声。


独特の節。


日本海の風や、町を行き交った船の記憶を思わせる旋律。


ノースフロントの小型受信機が、各所で反応を探る。


録音された音源では動かなかった敵の端末が、本物の歌声に反応した。


雪乃の声が通信機から響く。


『西側の建物裏で、強い反応を確認しました』


乙実と柚葉が現場へ向かい、三つ目の中継器を回収する。


敵は町の文化を暗号へ利用した。


しかし、その文化を受け継ぐ本物の声によって、逆に居場所を暴かれた。


瑠璃は唄い手へ、深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


「町の歌は、町のためにあるものだ」


瑠璃は静かに頷いた。


その横で彩芽は、歌のどこで手拍子を入れるべきか悩んでいた。


「そろそろ盛り上がるところだべか?」


瑠璃が小声で言う。


「手拍子はいらないよ」


「掛け声も?」


「いらないっしょ」


「『よっ、待ってました』とかは?」


「静かに聴いて」


彩芽の両手が、今にも動きそうになる。


真結は鞄から菓子袋を二つ取り出し、彩芽の左右の手へ持たせた。


「彩芽ちゃん、これ持ってて」


「食べていいべか?」


「歌が終わってからね」


柚葉が真結を見る。


「物理的に手拍子を封じた」


「一番確実だから」


彩芽は菓子を握ったまま、真剣に歌を聴いた。


途中から、袋を小さく振っていた。


完全な静止には失敗した。



中継器を設置したと見られる男が、町外れへ逃走を始める。


旧江差線の経路をなぞるような動きだった。


玲香はすぐに追うべきだと主張する。


「今なら追いつけるっちゃ!」


柚希は地図と現地の状態を見比べる。


「廃線跡は足場が分がらねえべ。道路との交差も確認しねえと危険だ」


「また安全確認?」


「突っ込んで転んだら、追跡どころでねえべ」


「そうやって迷ってる間に逃げられるっちゃ!」


二人の間に、再び冷たい空気が生まれる。


函館任務では短い連携を見せた。


しかし冷戦そのものが終わったわけではない。


真結は二人の中央へ立った。


「玲香ちゃんは、高い場所から対象を見失わないで」


「柚希ちゃんは、玲香ちゃんが安全に入れる道を探して」


玲香が眉を上げる。


「うちが追って、柚希が道を作るの?」


「そう。玲香ちゃんの速さと、柚希ちゃんの判断を一本につなげたいの」


柚希も尋ねる。


「どっちかの考えを捨てるんでなく?」


「二人分使うよ」


玲香は高い位置から、逃走する男を目で追う。


柚希は現地の地形と地図を照合し、足場の安定した道を探す。


「玲香、正面の斜面は危ねえ。右から回れ」


「右だと遠回りだっちゃ」


「その先で短くなる。信じろ」


玲香は一瞬迷い、右へ進路を変えた。


柚希の読みどおり、先の道で相手との距離が縮まる。


「……合ってたっちゃ」


「地図見れば分がるべ」


「最初からそう言えばいいのに」


「言ったべ」


二人の口調は相変わらず素っ気ない。


だが、追跡の動きは確実にかみ合っていた。


真結は、


「二人とも、息ぴったりだね」


とは言わない。


そんなことを言えば、二人とも急に動きを止めかねない。


何事もなかったように、次の指示へ移る。



逃走する男は、旧江差線の経路から外れ、町外れへ向かう。


全員が、敵の本命も山側へ逃げていると考えた。


しかし瑠璃は立ち止まった。


「おかしいっしょ」


真結が振り返る。


「どうしたの?」


「江差線は、江差へ人や物を運んできた路線だよ」


瑠璃は港側を見る。


「敵が路線の流れを暗号として使ってるなら、最後は町から離れる方向じゃない。江差へ入ってくる方向の先に、目的があるんでないかい」


同じ頃、乙実も囮を観察していた。


「あの男の人、端末を守ってねえさげ。転んだ時も、鞄より帽子さ押さえてた」


真結は即座に判断する。


「山側は囮。本命は港側だよ」


玲香と柚希には、囮の逃走範囲を限定させる。


柚葉には港側の退路を絞らせる。


紗耶には、観光客へ不安を与えないよう、自然な案内で別の経路へ誘導してもらう。


瑠璃は、開陽丸周辺からかもめ島へ向かう道を確認する。


真結が全員へ、短く指示を出す。


「本命は黄色い上着。港からかもめ島方面へ移動中」


彩芽が、待ちきれないように足踏みを始めた。


「今度こそ、あたしの出番だべか?」


「まだ」


「いつ?」


「最後」


「さっきも最後って言ってたべさ」


「まだ最後じゃなかったからね」


「最後って、ずいぶん遠いんだべさ」


真結は彩芽を走らせず、体力を温存させる。


彩芽はノースフロントでも抜群の身体能力と根性を持つ。


しかし、早く放つと、必要のない場所まで走る。


使いどころが重要だった。



ジェネラス・リンクの本当の送信役は、最終端末を持って、かもめ島付近へ逃げ込んだ。


日本海へ突き出した、江差港の象徴。


岩場。


急な階段。


強い海風。


敵は立入許可区域へ入り、小型ドローンを起動する。


データケースをドローンへつり下げ、沖合の密輸船へ運ばせる計画だった。


ドローンの離陸まで残り二分。


雪乃から通信が入る。


『一般の方はいません。追跡可能です』


真結は彩芽を振り返った。


「彩芽ちゃん、出番だよ」


彩芽の顔が、一気に明るくなる。


「待ってましたべさ!」


真結は指を三本立てた。


「覚えることは三つだけ」


「三つなら完璧だべさ!」


「黄色い上着の人を追う」


「うん!」


「データケースを海へ落とさせない」


「うん!」


「ドローンが飛ぶ前に止める」


「任せるべさ!」


真結は念のため尋ねる。


「復唱して」


彩芽は胸を張る。


「黄色いドローンを追って、上着を海に落として、ケースが飛ぶ前に――」


「一つ目から違うよ」


「確認してよかったっしょ!」


「最初からもう一回ね」


二度目。


「黄色い上着を追う。ケースを落とさせない。ドローンを飛ばさせない」


「合格」


「走っていいべか?」


「行って!」


彩芽は、まるで発車ベルを待っていた列車のように飛び出した。



急な階段を二段飛ばしで上る。


強い海風を正面から受ける。


濡れた岩場近くの通路を、速度を落とさず駆け抜ける。


瑠璃が地元の地形を伝える。


『彩芽ちゃん、その先は右へ回った方が早いっしょ!』


乙実が送信役の視線を読む。


『左さ見た。次は岩場の方へ逃げると思うさげ!』


柚葉が退路を一か所だけ封じる。


「全部塞がなくても、一か所なら許可された」


紗耶が周辺の安全を確認。


玲香と柚希が左右から接近する。


真結は、全員の情報を一つの指示へまとめる。


「彩芽ちゃん、次の分岐を右。そのまま止まらないで!」


「了解だべさ!」


送信役がドローンを起動する。


プロペラが回転。


データケースをつり下げた機体が浮き上がる。


彩芽は手すりを片手でつかみ、勢いを利用して大きく跳んだ。


離陸直後のドローンへ手を伸ばし、データケースをつかむ。


機体が大きく揺れる。


送信役がケースを奪い返そうとする。


彩芽は着地に失敗し、地面を転がった。


それでも、ケースだけは胸へ抱えたまま離さない。


「根性だけは、誰にも負けないべさ!」


玲香と柚希が、送信役を左右から確保する。


柚葉がドローンの制御端末を回収。


瑠璃が密輸船への通信停止を確認する。


彩芽は地面へ座り込んだまま、データケースを高く掲げた。


「列車は来なくても、あたしは間に合ったべさ!」


通信機から、仲間たちの笑い声が聞こえた。



任務は成功した。


今回も真結は敵と戦っていない。


誰よりも速く走ったわけでもない。


暗号を解いたのは雪乃。


江差の歴史から本命の方向を読んだのは瑠璃。


中継器と囮の異変を見抜いたのは乙実。


町の人から情報を引き出したのは紗耶。


退路を封じたのは柚葉。


囮を追い詰めたのは玲香と柚希。


最後にデータケースを奪ったのは彩芽だった。


真結がしたことは、全員が動きやすいように整えたことだけ。


乙実の小さな声を拾う。


紗耶の親切を、地元の信頼へつなげる。


柚葉の大胆さを、町を止めない作戦へ変える。


玲香と柚希を競わせず、二人の能力を一つの追跡へ組み直す。


瑠璃の土地勘と歴史への理解を、作戦の中心に置く。


彩芽には難しい判断を任せず、最後の一走へ全ての体力と根性を残させる。


彩芽は胸を張った。


「まゆちゃん、今回もあたしの使い方、なまら上手だったべさ!」


真結は苦笑する。


「自分を機械みたいに言わないの」


「今日は列車だったべさ!」


瑠璃が静かに言う。


「廃線になった路線で列車を名乗るのは、少し複雑だっしょ」


彩芽は考え込む。


「したら、代行バスだべか?」


「急に地味になったね」



任務終了後。


一行は江差港近くの、地元住民や漁業関係者が多く通う食堂へ入った。


壁には手書きの品書き。


使い込まれた木のテーブル。


大きな湯飲み。


店の奥から漂う、魚を焼く香ばしい匂い。


卓上には、気取らないが絶品の料理が次々と並んだ。


新鮮な刺身。


焼き魚。


ニシンの甘露煮。


イカの塩辛。


海鮮汁。


大きな握り飯。


瑠璃が料理を説明する。


「江差はニシンで栄えた町だから、昔からニシン料理が親しまれてきたんだよ」


彩芽は料理が届く前から、空中で箸を動かす練習をしていた。


真結が尋ねる。


「今日は箸を持ってないんだね」


「函館で準備運動したら怒られたから、今日はイメージトレーニングだべさ!」


柚葉が言う。


「実物の箸を持たせた方が静かだったかもしれない」


料理が届く。


彩芽はニシンの甘露煮を見て尋ねる。


「これは何両編成だべか?」


真結が首をかしげる。


「魚に編成はないよ」


「今日は列車の話ばっかりだったから、何でも車両に見えるべさ」


「もう任務は終わったよ」


玲香と柚希は、まだ冷戦状態ながら、同じ大皿から刺身を取っている。


同時に同じ切り身へ箸を伸ばし、手がぶつかる。


玲香が先に箸を引いた。


「取れば?」


柚希が少し驚く。


「玲香が先でいいべ」


「うちは次の取るから」


「……んだば、もらう」


真結は、二人を見ても何も言わない。


声を上げて喜べば、二人はまた意地を張る。


自然な変化は、自然なままにしておく。


乙実は、自分の発見が何度も役立ったことで、以前より少し大きな声で話している。


紗耶は、店主や常連客とすっかり打ち解けている。


柚葉は、


「町全体を封鎖しなくても成功することは、統計的に二回確認された」


と、実証実験のように報告している。


瑠璃は、江差の歴史や文化を仲間へ穏やかに語る。


真結は全員の好物を覚えながら、空いた皿を寄せ、足りない料理を追加注文していた。


任務が終わっても、総務部員の動きは抜けない。



打ち上げが盛り上がった頃。


真結のスマートフォンが鳴った。


画面には、


北洋製紙石巻工場・動力課


真結の表情が、わずかに固まる。


「はい、菅野です」


『まゆちゃん? 通勤経路変更届の書き方が分からなくて』


真結は天井を見た。


「私、今、北海道の江差町にいるんですけど」


『知ってるよ』


「総務部の担当者へ聞きましたか?」


『聞いた。でも、念のためまゆちゃんにも確認したくて』


真結の声が、瞬時に仕事用へ切り替わる。


「では、書類の左上にある太枠を見てください」


『社員番号を書くところ?』


「はい。社員番号と氏名を書いてください。通勤経路は、自宅から工場までの合理的な経路を記入します」


『毎朝、途中でコンビニへ寄るんだけど』


「寄り道は含めません」


『帰りはスーパーへ行く』


「買い物も含めません」


『月曜日だけガソリンを入れる』


「ガソリンスタンドも追加しません」


『冬は別の道を通るよ』


「恒常的に変更する場合は備考欄へ記入してください」


『吹雪の日だけ遠回りする場合は?』


「今は書かなくて大丈夫です」


『カラスが多い道は避けたいんだけど』


「通勤経路変更届にカラスは関係ありません」


真結の説明は、どんどん細かくなる。


距離の測り方。


地図の書き方。


提出期限。


保険証書の写し。


車検証の必要箇所。


駐車許可証の申請。


雪道での臨時経路。


電話は十分を超えた。


柚葉が呟く。


「今日の暗号解析より複雑」


玲香も言う。


「石巻工場、江差まで総務の内線を延ばしたっちゃ?」


柚希は苦笑する。


「廃線になった江差線より、まゆちゃんへの連絡網の方が強いべ」


電話の相手が尋ねる。


『経路は赤いペンで書く?』


「黒です」


『青は?』


「黒です」


『鉛筆は?』


「黒のボールペンです」


『消える黒なら?』


「消えない黒を使ってください」


彩芽が我慢できず、電話へ向かって叫んだ。


「寄り道しない道を、消えない黒で書けばいいべさ!」


電話の相手が驚く。


『今の誰?』


真結が答える。


「札幌の同僚です」


彩芽は胸を張った。


「まゆちゃんの臨時総務補佐だべさ!」


「採用してないよ」


『彩芽さんに代わってもらえる?』


真結は慌ててスマートフォンを遠ざける。


「絶対に代われません!」


食堂に、大きな笑い声が響いた。



真結が電話を切ろうとした、その時だった。


雪乃から緊急通信が入る。


『全員、その場で待機してください』


食堂の空気が変わる。


真結はスマートフォンを耳に当てたまま、通信機を見る。


雪乃の声が続く。


『かもめ島で回収した端末から、未送信の別データが見つかりました』


るみねぇが解析画面を共有する。


表示されたのは、日本海に浮かぶ島の輪郭だった。


江差町の沖合。


奥尻島。


さらに、フェリーの航路と、島内の複数地点を示す座標が重ねられている。


瑠璃が表情を引き締める。


「奥尻島……」


雪乃が告げる。


『江差での計画は、前段階にすぎなかった可能性があります。ジェネラス・リンクはすでに、奥尻島へ何かを運び込んでいます』


彩芽が立ち上がる。


「今度は船で追うべさ!」


真結がすぐに上着をつかむ。


「まだ乗らないよ」


「列車は来なかったけど、船は来るっしょ!」


「まず出発時刻と装備を確認してから」


電話の向こうでは、北洋製紙の従業員がまだ待っていた。


『まゆちゃん? カラスの話、もういい?』


真結は一瞬、江差と奥尻島と通勤経路変更届の間で固まった。


雪乃からは緊急任務。


食堂では仲間たちが出発準備。


電話の向こうでは、カラスを避ける通勤経路。


真結は深く息を吸う。


「通勤経路の件は、明日、石巻工場の総務部へ直接確認してください」


『まゆちゃんじゃなくて大丈夫?』


「大丈夫です。総務部を信じてください」


『でも――』


真結は珍しく、少し強い口調で言った。


「今から奥尻島へ行く可能性があります」


電話の相手が黙る。


数秒後。


『……それなら仕方ないな』


「なぜ奥尻島なら納得するんですか?」


『北海道の島なら遠いから』


「函館も江差も十分遠かったですよ」


真結が電話を切る。


彩芽が感心したように拍手した。


「まゆちゃん、石巻工場を初めて振り切ったべさ!」


「振り切ったって言わないで」


柚葉が端末へ表示された奥尻島の地図を見る。


「島なら、出入口は港と空港に限られる」


瑠璃が警戒する。


「柚葉ちゃん。まさか島全体を封鎖するとか言わないよね?」


柚葉は真顔で答えた。


「効率はいい」


真結が早くも地図を手に取る。


「柚葉ちゃん、その案を少し丸くするところから始めようか」


彩芽は窓の外に見える日本海へ拳を突き出した。


「次は奥尻島だべさ! 船より先に走って――」


「海の上は走れないよ」


「気持ちなら!」


「交通機関にも海にも、気持ちだけでは勝てないの」


打ち上げは、そのまま次の作戦会議へ変わった。


旧江差線に、もう列車は来ない。


だが、ジェネラス・リンクを追うノースフロントの任務は終わらない。


江差の海の向こう。


奥尻島で、新たな悪事が動き始めている。


そして真結は気づいていなかった。


奥尻島へ渡った後も、北洋製紙石巻工場から電話がかかってくる可能性が、極めて高いことを。

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