表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1119/1170

函館七景、主役はひとりじゃない! ――静かに怒る案内人、走る札幌娘、全部つなぐまゆちゃん

ノースフロント仙台分室の情報解析室には、新橋のヒロ室本部が見たら少し悔しがりそうな最新鋭機器が並んでいた。


壁一面の大型モニター。


北海道から東北全域までを同時監視できる電子地図。


複数の通信を瞬時に照合する解析装置。


遠隔会議用の立体映像システム。


さらに、なぜ会議室に必要なのか誰も説明できない、高級全自動コーヒーマシン。


機械の性能だけなら、世界中の悪事を三日ほどで見つけられそうだった。


ただし、コーヒーマシンだけは時々、


「豆がありません」


と仕事を放棄した。


その日、情報解析室の中央モニターには、道南地区で急増している不審通信が表示されていた。


高沢雪乃が画面を拡大する。


「ジェネラス・リンクが、函館市内で暗号通信を繰り返しています」


木戸瑠美、通称るみねぇが腕を組む。


「また観光地へ紛れ込んだの?」


「その可能性が高いです」


雪乃が映し出したのは、観光客向けのデジタルスタンプラリーだった。


名称は、


『HAKODATE SEVEN』


函館市内にある七か所の観光地を巡り、二次元コードを読み取る企画に見える。


しかし実際には、七つに分割された密輸船の航路情報を集めるための秘密連絡網だった。


七つの暗号片を全て集めれば、津軽海峡へ侵入する密輸船の入港時刻と受け渡し場所が完成する。


芹沢遥室長が画面を見つめる。


「観光客のふりして、函館の街を悪事に使ってるのら?」


雪乃が頷いた。


会議室の端に座っていた菊池瑠璃は、何も言わない。


函館市出身。


地元で観光ガイドを務める、物静かで上品なヒロイン。


普段の瑠璃は、怒鳴ることも、感情をむき出しにすることもない。


だが、画面に映る偽の観光案内を見るうち、その指先がわずかに震え始めた。


「函館へ来てくれた人たちは……」


瑠璃が静かに口を開く。


「ずっと前から旅行を楽しみにして、写真を撮って、おいしいものを食べて、大切な思い出を持って帰るんだよ」


声は穏やかだった。


しかし低い。


「その気持ちを、犯罪の目隠しに使うなんて――」


瑠璃が顔を上げる。


「絶対に許せないっしょ」


会議室の空気が一気に引き締まった。


るみねぇが小声で遥へ言う。


「静かな人が怒ると、一番怖いのよ」


遥も小さく頷く。


「おらも今、背筋が伸びたのら」


雪乃は地元指揮官に瑠璃を指名。


ノースフロント全員へ、函館への緊急招集をかけた。


それが、菅野真結にとって初めての本格任務となった。



函館市。


海へ開かれた港と、函館山の麓に広がる街。


元町には教会や洋館が立ち並び、坂道の向こうには青い海が見える。


港沿いには赤レンガ倉庫。


少し離れれば星形の五稜郭。


市電が街を縫うように走り、朝市では新鮮な魚介の威勢よい声が飛び交う。


歴史、文化、異国情緒、海の幸、夜景。


函館は、それら全てが近い距離に詰まった、歩くだけでも絵になる港町だった。


集合場所の函館駅前で、瑠璃が仲間たちへ説明する。


「今日は観光客の安全が最優先だよ。函館の街へ来てくれた人たちに、余計な不安を与えないようにするっしょ」


首都圏在住の阿部柚葉が、地図を眺めながら言った。


「観光客を一度、全員ホテルへ戻せば動きやすいんじゃない?」


瑠璃の目が静かに柚葉へ向く。


「開始一分で、函館観光を止めないでもらえるかい」


「効率はいい」


「観光客は荷物じゃないっしょ」


真結が二人の間へ入る。


「柚葉ちゃんの案は、一般の方を危険から遠ざけたいってことだよね」


「そう」


「じゃあ追跡班が観光客の流れへ入らないよう、ルートを分けよう。観光を止めるんじゃなくて、私たちが邪魔にならないようにするの」


柚葉は少し考えた。


「かなり丸くされた」


「先だけね」


「尖り、残ってる?」


「十分残ってるよ。まだ触ると危ないから」


柚葉は少し満足した。


真結の初任務は、開始一分で柚葉の先端を丸める作業から始まった。



第一景・函館朝市


朝の函館朝市には、活気ある声が響いていた。


店頭にはカニ、ウニ、イクラ、ホッケ、イカ。


食堂からは焼き魚と味噌汁の香り。


高城彩芽は任務中にもかかわらず、海鮮丼の看板へ吸い寄せられていた。


「あの丼、なまらキラキラしてるべさ」


真結が彩芽の上着をつかむ。


「彩芽ちゃん、任務中だよ」


「見るだけだべさ」


「もう箸を持ってるよね?」


彩芽の右手には、どこから出したのか割り箸が握られていた。


「準備運動だべさ!」


「箸に準備運動はいらないよ」


最初の聞き込みを担当したのは、八戸市の蛯沢紗耶だった。


紗耶は、店先で荷物を落とした高齢の店主を見つける。


事情を聞く前に、散らばった箱を一緒に拾った。


「急がなくていいすけ。重いもんは、こっちさ任せてけろ」


店主は紗耶の穏やかな態度に安心したのか、自然と話し始める。


少し前、同じ青い缶バッジをつけた男女が別々に現れた。


商品を買わず、観光案内板へ携帯電話をかざして立ち去ったという。


紗耶は急かさず、相手の言葉を最後まで聞いた。


「服の色は覚えでますか?」


「ああ、男の方は赤い上着だったな」


「ほかに何か変わったところは?」


「観光客のわりに、魚を一度も見なかった」


その証言から、最初の運び役が判明した。


真結は記録を取りながら、紗耶へ言う。


「紗耶ちゃんが先に荷物を拾ったから、店主さんも安心して詳しく話してくれたんだよ」


紗耶は照れたように笑う。


「たいしたことしてねえよ」


「その“たいしたことじゃない親切”が、今の手がかりになったの」


紗耶は、それ以降の聞き込みでも自信を持って人へ声をかけ始めた。


真結は特別な技術を教えたわけではない。


紗耶がすでに持っていた優しさへ、役割と意味を与えただけだった。


その横で彩芽が店主へ尋ねる。


「赤い上着の人、海鮮丼食べてなかったべか?」


「食べてないな」


彩芽は真剣な顔で言う。


「怪しいべさ」


柚葉が冷静に尋ねる。


「海鮮丼を食べないと犯罪者なの?」


「函館まで来て食べないのは、何か事情があるっしょ」


「任務と食欲を混ぜないで」



第二景・金森赤レンガ倉庫


一行は函館ベイエリアへ移動する。


港沿いに並ぶ赤レンガ倉庫。


海風。


石畳。


店舗を行き交う観光客。


運び役は、この場所で赤い旅行鞄を交換する予定だった。


柚葉は、倉庫群の出入口を確認すると即座に言った。


「全部塞ぐ」


瑠璃が振り返る。


「観光客も出られなくなるっしょ」


「五分で終わる」


「五分でも駄目だよ」


「三分」


「値引き交渉じゃないんだから」


真結が地図を広げる。


「柚葉ちゃん。出入口を塞ぐんじゃなくて、赤い鞄を持った人がどこを通っても確認できる場所へ人を置こう」


監視位置。


港側の退路。


観光客の流れ。


防犯映像の死角。


真結は柚葉の大胆な案を細かく分解し、安全な形へ整える。


柚葉は不満そうに言った。


「私の作戦、ずいぶん普通になった」


「普通に成功する方がいいよ」


「もっと大胆でもいいと思う」


「柚葉ちゃんは、放っておいても大胆だから大丈夫」


配置についた柚葉は、赤い旅行鞄を探す。


しかし観光客の中には赤い鞄を持つ人が何人もいた。


玲香が通信で言う。


『赤い鞄、多すぎるっちゃ』


柚希も続ける。


『これじゃ区別つかねえべ』


柚葉は人の顔ではなく、歩き方と視線の動きを見る。


観光客は建物や海を見る。


しかし一人だけ、景色を見ず、出入口と時計だけを確認している男がいた。


「見つけた」


柚葉は飛び出しかける。


その瞬間、真結から通信が入る。


『まだ待って。受け取る相手も確認しよう』


柚葉は不満そうに足を止める。


以前なら一人で追っていた。


今回は待つ。


数十秒後、別の人物が現れ、赤い鞄が交換された。


『今』


真結の合図。


柚葉が追跡を開始する。


大胆さは失っていない。


ただし、チームが追いつける速度へ整えられていた。



第三景・元町教会群


運び役は元町地区へ移動する。


函館山の麓に広がる、教会と洋館の街。


異国情緒あふれる建物。


石畳。


港を見下ろす坂道。


ここで瑠璃は、観光ガイドの後輩たちへ連絡を取った。


若手ガイドたちは、普段どおり観光客を案内しながら動く。


記念写真を撮る。


建物の歴史を説明する。


道に迷った旅行者を正しい場所へ導く。


誰も捜査へ協力しているようには見えない。


しかし彼女たちは函館の街を知り尽くしていた。


普通の観光客がどこで立ち止まるか。


写真を撮るなら、どちらを向くか。


地元の人しか使わない細い道。


混雑する時間帯。


景色を見ずに案内板だけを撮影する人物の不自然さ。


後輩ガイドから瑠璃へ連絡が入る。


『先輩。旧公会堂を一度も見ないで、裏の案内板だけ撮った男性がいます』


別の後輩。


『教会の説明には興味を示さず、青い缶バッジだけ確認している女性を見つけました』


さらに別の後輩。


『偽の二次元コードを一枚回収しました。観光客は正式な案内へ誘導しています』


彼女たちは戦闘員ではない。


それでも町を見る目と、観光客を守る技術で、敵の連絡網を静かに切断していた。


瑠璃は通信機を握る。


「無理はしないで。観光客の安全を優先するっしょ」


後輩の一人が答えた。


『先輩がずっと守ってきた函館です。私たちにも守らせてください』


瑠璃は一瞬、言葉を失う。


怒りで震えていた手から、少しずつ力が抜けていく。


「……頼りにしてるっしょ」


真結は、そのやり取りを聞いていた。


「瑠璃ちゃんの後輩、すごいね」


「私より街の新しい情報に詳しい子もいるんだよ」


「それを素直に認めて頼れるのも、瑠璃ちゃんの強さだと思う」


瑠璃は少し照れたように微笑んだ。


後輩たちは、町を愛する案内人として戦っていた。


派手な必殺技はない。


それでも彼女たちの一言一言が、敵の逃げ道を確実に消していった。



第四景・八幡坂


本命と思われる運び役が、八幡坂へ現れる。


坂の上から港まで視界が真っすぐ抜ける、函館を代表する景観。


観光客が写真を撮る中、男は突然走り出した。


玲香が即座に追おうとする。


「今なら捕まえられるっちゃ!」


柚希が止める。


「坂の下さ観光客がいるべ。ここで走ったら危ねえ」


「また慎重論?」


「安全を考えてるだけだべ」


「それで前も逃げられたっちゃ」


二人の間に冷たい空気が走る。


真結は素早く、二人の間へ入った。


「玲香ちゃんは高い位置から対象を見失わないで」


「柚希ちゃんは坂の下の人の流れを見て、安全な経路を作って」


玲香が眉をひそめる。


「うちが追跡で、柚希が安全確認?」


「どちらも必要だよ」


柚希も尋ねる。


「どっちが上ってわけでねえんだな?」


「役割が違うだけ。玲香ちゃんの目と速さも、柚希ちゃんの判断も必要なの」


真結は二人を同じ仕事へ置かなかった。


競わせない。


どちらが正しいかも決めない。


玲香には目立つ追跡役。


柚希には全体を守る安全管理。


二人が最も力を出せる位置へ分ける。


玲香は男を見失わず追う。


柚希は観光客の動きを見て、玲香へ安全な経路を伝える。


『玲香、次の角は人が多い。左さ回れ』


『分かったっちゃ』


冷戦中の二人が、短いながらも素直に連携する。


真結は余計なことを言わない。


仲直りを迫らず、仕事ができる環境だけを作った。



第五景・旧函館区公会堂


玲香が追っていた男は、派手に逃げ続けている。


全員の注意が男へ集中していた。


その時、今津乙実が小さく呟いた。


「あの人、本当に大事なもん持ってねえと思うさげ……」


誰にも聞こえない。


真結だけが振り返る。


「乙実ちゃん、どうしてそう思ったの?」


突然注目され、乙実は戸惑う。


「えっと……」


真結は急かさない。


乙実が話し始めるまで待つ。


「男の人、鞄さ守ってねえ。人とぶつかった時も、鞄より帽子の方を気にしてたさげ」


乙実は公会堂の前で写真を撮る女性を指さす。


「あっちの女の人は、携帯をずっと体の内側さ隠してる。たぶん、男は囮だと思う」


真結は即座に通信を切り替える。


「全員、追跡対象を変更。乙実ちゃんが見つけた女性が本命だよ」


玲香が反発しかける。


『でも、うちが追ってる男は――』


「玲香ちゃん。乙実ちゃんの目を信じて」


玲香は数秒黙った。


そして進路を変える。


乙実の観察は正しかった。


本命の女性は、自分が見つかったことに気づき、市電の停留場へ向かう。


乙実は自分の発見が作戦を動かしたことに驚いていた。


真結が言う。


「次の指示も、乙実ちゃんがお願い」


「わ、私が?」


「一番よく見えていた人が説明するのが早いよ」


乙実は緊張しながら通信機を握る。


「対象は黒い鞄。右手で携帯さ押さえてる。歩幅、小さくなってるから、次の停留場で乗るつもりだと思う」


今まで誰にも聞こえなかった乙実の声が、全員を動かしていた。



第六景・函館市電


本命の運び役は市電へ乗る。


観光客や地元住民も乗っているため、車内での確保はできない。


彩芽が勢いよく立ち上がった。


「次の停留場まで走って、先回りするべさ!」


真結が彩芽の上着の裾をつかむ。


「座って」


「でも、市電より先に着けるかもしれないっしょ!」


「交通機関へ競走を申し込まないの」


「気持ちなら負けないべさ!」


「気持ちは運賃にならないよ」


彩芽は座る。


三秒後、また立つ。


「したら、変装して隣に座るべさ!」


「何に変装するの?」


「イカ!」


「函館でも、座席にイカがいたら目立つよ」


「観光客のイカなら大丈夫でないかい?」


「イカに観光客も地元客もないよ」


真結は、彩芽へ複雑な説明をしないことにした。


彩芽は身体能力と根性に優れている。


だが、説明が長くなると途中で別のことを考え始める。


真結は指を三本立てる。


「彩芽ちゃん。覚えることは三つだけ」


「三つなら完璧だべさ! 四つになると一個こぼれるっしょ!」


「自分で分かってるんだね」


一本目。


「今は走らない」


「うん」


二本目。


「五稜郭で私の合図を待つ」


「うん」


三本目。


「赤い帽子の人が逃げたら、観光客のいない方向へ追う」


「分かったべさ!」


「復唱して」


彩芽は元気よく答えた。


「今走る!」


「違う」


「合図は待たない!」


「違う」


「赤い帽子を観光客の方へ追う!」


「全部逆だよ!」


彩芽は目を丸くする。


「確認してよかったべさ!」


真結は頭を抱えそうになった。


それでも、もう一度、ゆっくり説明する。


三回目で彩芽は正しく復唱できた。


「よし。彩芽ちゃんの出番は最後だから、それまで体力を残してね」


「最後に一番格好いいところ、もらえるべか?」


「ちゃんと待てたらね」


彩芽は背筋を伸ばして座った。


三十秒後、窓の外を見ながら足踏みを始める。


「座ったまま走らないの」


「準備運動だべさ!」



第七景・五稜郭から函館山山麓へ


ジェネラス・リンクの最終目的地は五稜郭周辺だった。


七つの分割データを統合し、高所通信設備を悪用して沖合の密輸船へ送信する。


玲香が正面から送信役を引きつける。


柚希が逃走経路を読む。


乙実が周囲の不自然な動きを観察。


柚葉が管理区域の出入口を限定。


紗耶が観光客を安全な場所へ誘導。


瑠璃と後輩ガイドたちが、市内各所から情報を送る。


雪乃とるみねぇは、仙台分室から通信を解析する。


そして真結が、全員の情報を短い指示へ変えていく。


「玲香ちゃん、正面から相手の注意を引いて」


「柚希ちゃん、右側の退路をお願い」


「乙実ちゃん、相手が見ている方向を教えて」


「柚葉ちゃん、全部は塞がない。二か所だけ」


「紗耶ちゃん、観光客を先に」


「瑠璃ちゃん、山麓側の道を教えて」


誰が何を得意としているか。


誰へ何を頼めば迷わず動けるか。


真結は正確に理解していた。


玲香が送信役を追い込む。


相手は柚希が待つ方向へ逃げる。


柚希が小さく呟く。


「玲香、ちゃんとこっちさ追い込んだな」


玲香も遠くから返す。


「柚希なら、そこにいると思ったっちゃ」


仲直りはしていない。


だが、互いの実力は信じている。


追い詰められた送信役は、予備端末を持って函館山山麓方面へ逃走する。


管理用通路へ入り、一般観光客の姿がなくなる。


雪乃から通信が入る。


『安全区域を確認しました。追跡可能です』


真結は待機していた彩芽を見る。


「彩芽ちゃん、出番だよ」


彩芽の目が輝いた。


「待ってましたべさ!」


真結は短く伝える。


「赤い帽子。坂を上る。端末を落とさせない」


「三つだべさ!」


彩芽が走り出す。


急な坂道。


冷たい海風。


相手は小型の電動車両で逃げる。


それでも彩芽は諦めない。


考えることは三つだけ。


赤い帽子。


坂を上る。


端末を落とさせない。


玲香が相手を山側へ追い込む。


柚希が先の分岐を封じる。


乙実が相手の視線から、次に曲がる方向を読む。


柚葉が退路だけを大胆に塞ぐ。


紗耶と後輩ガイドたちが周辺の安全を確認。


瑠璃が地元の道を伝える。


『彩芽ちゃん、その先は急に狭くなるっしょ。右へ入れば追いつけるよ!』


真結が指示を一つにまとめる。


「彩芽ちゃん、次の角を右!」


「了解だべさ!」


彩芽は一気に加速する。


電動車両へ追いつき、その進路を塞ぐ。


送信役は予備端末を海側へ投げようとする。


彩芽が飛び込み、両手で端末を抱え込んだ。


「悪いことに使うなら、スマホは一日一時間だべさ!」


送信役が困惑する。


「子どもへの注意みたいに言うな!」


「したら、今日の分はもう終わりだべさ!」


送信は停止。


密輸船の航路情報は回収された。


ジェネラス・リンクの計画は、完全に阻止された。



任務終了後。


瑠璃は後輩ガイドたちと並び、函館の街を見渡した。


観光客は、何も知らず普段どおり写真を撮っている。


赤レンガ倉庫で買い物をし、元町の坂道を歩き、五稜郭を眺めている。


それでいい。


犯罪組織の存在など知らず、函館を好きになって帰ってもらう。


それが瑠璃たちの勝利だった。


後輩ガイドが言う。


「先輩。函館を守れましたね」


瑠璃は静かに頷く。


「皆が守ってくれたんだよ」


後輩たち。


市場の店主。


施設の職員。


市電の乗務員。


ノースフロントの仲間。


そして、全員をつないだ真結。


主役は一人ではなかった。



任務後。


一行は函館の漁港近くにある、小さな食堂へ入った。


観光客向けに飾られた店ではない。


漁港で働く人や地元住民が多く通う、気取らない食堂。


壁には手書きの品書き。


大きな湯飲み。


使い込まれた木のテーブル。


だが、料理は絶品だった。


刺身の盛り合わせ。


焼きホッケ。


イカ刺し。


煮魚。


海鮮丼。


あら汁。


瑠璃がグラスを持つ。


「まゆちゃんの初任務成功と、ノースフロント加入を祝って、乾杯だっしょ」


全員がグラスを上げる。


「乾杯!」


彩芽は料理が届く前から箸を構えている。


真結が尋ねる。


「彩芽ちゃん、まだ何も来てないよ」


「箸の準備運動だべさ!」


「だから箸は準備運動しなくていいの」


料理が並ぶ。


彩芽は何の刺身か確認する前に口へ入れる。


真結が尋ねる。


「彩芽ちゃん、それ何か分かって食べてる?」


「おいしいものだべさ!」


「そこだけは正解だね」


玲香と柚希は同じテーブルに座っていた。


まだ親しく話すわけではない。


玲香が醤油を探す。


柚希が無言で差し出す。


「……ありがとう」


「ん」


真結は、その小さな変化を騒がず見守った。


柚葉が真結へ言う。


「初任務にしては悪くなかった」


「ありがとう」


「私の尖りも、それほど削られなかった」


「全部削ったら、柚葉ちゃんじゃなくなるからね」


乙実は小さな声で言う。


「声、拾ってくれてありがどの」


紗耶も穏やかに笑う。


「いつもより、みんな動きやすかった気がするな」


瑠璃は真結の手を握った。


「まゆちゃんがいてくれて、本当によかったっしょ」


彩芽は誰よりも大きな声で言う。


「まゆちゃん、あたしの使い方、なまら上手だべさ!」


真結は苦笑する。


「自分を機材みたいに言わないで」


「最新鋭だべさ!」


「説明書が三行までだけどね」


「四行目からは勘で動くべさ!」


「それが一番危ないの」


食堂に笑い声が広がった。



その時、真結のスマートフォンが鳴った。


画面には、


北洋製紙石巻工場・製造第三課


真結は一瞬、嫌な予感を覚える。


「はい、菅野です」


『まゆちゃん? 扶養変更届の書き方が分からないんだけど』


真結は食堂の天井を見た。


「私、今、函館にいるんですけど」


『知ってるよ』


「総務部の担当者へ聞きましたか?」


『聞いた。でも、念のためまゆちゃんにも確認したくて』


食堂の全員が耳を傾ける。


真結の声が、瞬時に総務部員のものへ切り替わる。


「では、書類の右上を見てください」


『社員番号を書くところ?』


「そこには書かないでください。総務使用欄です」


『じゃあ、どこ?』


「左上の太枠内です。黒のボールペンを使用してください。消えるペンは不可です」


『鉛筆は?』


「不可です」


『青いペンは?』


「黒です」


『紺色は?」


「黒です」


『限りなく黒に近い青は?』


「黒を使ってください」


真結は丁寧に説明を続ける。


書き損じた場合の訂正方法。


二枚目の同意欄。


必要な添付書類。


住民票の続柄表記。


コピーの大きさ。


提出期限。


総務部の受付時間。


書類を入れる専用箱の場所。


電話は十分を超えた。


柚葉が小声で呟く。


「書類一枚の説明が、今日の作戦会議より長い」


玲香も言う。


「函館から遠隔総務してるっちゃ」


柚希は苦笑する。


「石巻工場、まだまゆちゃんを手放せてねえべ」


電話の向こうから声がする。


『二枚目って裏?』


「裏ではありません。別紙です」


『青い紙?』


「青は出張旅費精算書です」


『黄色は?』


「作業服貸与申請書です」


『緑は?』


「それは食堂利用申込書です。今は全て置いて、白い紙だけ見てください」


彩芽が我慢できず、電話へ向かって叫んだ。


「白い紙に黒いペンで書くべさ! 分かんなかったら明日、まゆちゃんとこ行けばいいっしょ!」


電話の相手が驚く。


『今の誰?』


真結が答える。


「札幌の同僚です」


彩芽は胸を張る。


「新しい妹分だべさ!」


「いつ決まったの?」


「函館で決まったべさ!」


食堂は大笑いに包まれた。


石巻工場を離れても、


「困ったときのまゆちゃん」


は終わらない。


だが、その言葉を使う人は確実に増えていた。


石巻工場の従業員。


ノースフロントの仲間たち。


函館の観光ガイドたち。


誰かが困れば、自然に真結を見る。


真結は少し困った顔をしながら、それでも笑って答える。


「一度に持ってこないでください。順番に聞きますから」


函館七景を駆け抜けた初任務。


静かに怒った瑠璃。


町を守った後輩ガイド。


冷戦のまま連携した玲香と柚希。


小さな声で本命を見抜いた乙実。


尖りを少しだけ丸めた柚葉。


親切を力に変えた紗耶。


三行の指示で最大の力を発揮した彩芽。


そして、誰からも主役を奪わず、全員をつないだ真結。


主役は一人ではない。

全員が動きやすい場所を作る人もまた、立派なヒロインなのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ