またあかり!? 結月、電車に勝つ! ――五人を残して373系は辰野へ。秘境駅サバイバル号、涙と笑いの復路編
豊橋の朝は、少しだけ眠そうだった。
戦隊ヒロイン秘境駅サバイバル号の旅、二日目。
前日は辰野駅から豊橋駅まで、伊那谷と天竜川沿いの山岳路線を一日かけて走破した。
伊那市ではローメンを食べ比べた。
駒ケ根ではソースかつ丼を食べた。
飯田ではりんご菓子を試食した。
伊吹真白の天秤行商では、戦隊ヒロイングッズよりも、なぜかたわしが売れた。
そして金野駅では山本あかり、為栗駅では大宮麗奈が、ミニゲームに敗れて本当に置き去りにされた。
列車が行ってしまうとは思わなかった麗奈は、前夜の懇親会で何度も訴えた。
「本当に扉が閉まったのよ」
「虫がいたの」
「スマホの電波も怪しかったの」
「安全担当者さんより、虫の方が近かったのよ」
それでも一晩眠れば、麗奈はいつもの華やかな笑顔へ戻っていた。
あかりに至っては、まったく懲りていない。
「昨日は金野駅で、ええ運動できましたわ」
美月が顔をしかめた。
「秘境駅へ置き去りにされた感想が、なんで筋トレ中心やねん」
「次の電車まで時間ありましたさかい」
「普通は景色見るやろ」
「景色見ながらスクワットしました」
「観光と筋トレを無理やり両立すな!」
豊橋駅のホームには、参加ヒロイン十二名が全員そろっていた。
赤嶺美月。
山田真央。
稲生明日香。
河合美音。
伊吹真白。
山本あかり。
松本美紀。
杉山ひかり。
館山みのり。
大宮麗奈。
水無瀬澪。
大西結月。
一般参加者約百五十名も、少し眠そうな顔をしながら指定席へ向かっている。
二日目ともなれば、参加者同士にも顔見知りが増えていた。
子どもたちはお気に入りのヒロインを見つけて手を振る。
鉄道ファンは、前日に撮影した写真を見せ合う。
年配の参加者は、真白から買ったたわしの使い心地を早くも報告していた。
その中に、当然のような顔をして座っている一匹がいた。
タツノオトシゴのゆるキャラ、たつをである。
前夜は豊橋カレーうどん店へ来ず、一人できしめんを食べていた。
美月が指定席へ座るたつをを見つけ、腕を組む。
「昨日、勝手にどこ行っとったん?」
たつをはフリップを出した。
『きしめん』
「それは聞いたわ。誰に断って別行動したん?」
次のフリップ。
『自由行動』
「自由行動の時間ちゃうかったやろ!」
『成人男性です』
「タツノオトシゴやろ!」
たつをは少し考え、次の一枚を掲げた。
『今日の目標 美月置き去り』
「朝一番から物騒な目標出すな!」
参加者から笑いが起きる。
美月とたつをの掛け合いは、すでに旅の名物になっていた。
◇
発車時刻。
白を基調とした三両編成の373系が、ゆっくりと豊橋駅を離れる。
麗奈が車内マイクを握った。
「皆様、おはようございます。昨日、為栗駅から無事に生還いたしました、大宮麗奈です」
車内から大きな拍手が起こる。
麗奈は少し複雑そうに笑った。
「拍手をいただくようなことではない気もいたしますが、本日も一日よろしくお願いいたします」
たつをが通路へ立つ。
『生還者インタビュー』
麗奈は笑顔を保つ。
「昨日の話は、もう十分しました」
『電波一本』
「それも言わなくていいの」
『虫多数』
「忘れさせて!」
美月が笑う。
「麗奈さん、完全にたつをに弱み握られましたな」
「美月ちゃんも、今日置き去りになれば分かるわよ」
たつをがすぐに出す。
『期待しています』
「二人して期待せんといて!」
◇
最初の停車駅は豊川駅。
豊川市に住む稲生明日香が、地元代表として車内マイクを持った。
「皆さん、豊川稲荷さんは名前に“稲荷”と付いとるもんで、神社だと思っとる人も多いだら」
明日香は、窓の向こうに広がる町並みへ目を向ける。
「でも正式には妙嚴寺という曹洞宗のお寺なんだに。お稲荷さんだけじゃなくて、自動車関連の工場もようけあって、ものづくりも盛んな町なんだよ」
たつをがフリップを掲げる。
『神社ではありません』
美月が横から言う。
「今、明日香が説明したやろ!」
次の一枚。
『大事なので二回』
「お前が言うと、急に信用できんようになるわ!」
豊川駅では、地元の稲荷ずしが車内へ積み込まれた。
甘めの油揚げ。
五目入り。
わさび風味。
具材や味付けの違う稲荷ずしが、一人ずつ少量配られる。
美月は一つ目を食べる。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
五つ目。
六つ目へ手を伸ばしたところで、たつをが手元へフリップを差し込んだ。
『一人五個』
「誰が決めたん?」
『昨日の摂取量を参考』
「人の食事を記録すな!」
次の一枚。
『車両重量調整』
「うちが稲荷ずし一個食べたくらいで、電車の走り変わるか!」
真央が横から、どぎつい尾張弁で言う。
「美月、朝っぱらからそんだけ食べりゃあ、そりゃ車両も気ぃ遣うがね」
「真央までたつを側につかんといて!」
◇
豊川駅を出ると、復路でも伊吹真白の天秤行商が始まった。
今回は、豊橋から積み込まれた海産物が中心である。
豊橋名物のちくわ。
はんぺんなどの練り物。
三河湾周辺の海産物を使った干物。
海苔。
小魚の佃煮。
そして、残り少なくなった戦隊ヒロイングッズ。
真白は天秤棒を肩へ担ぎ、美濃弁の啖呵売りを車内へ響かせる。
「さあさあ、見てきゃあ、買ってきゃあ! 豊橋のちくわに三河の干物! 旅の思い出は薄れても、鞄ん中の干物の匂いは、家までしっかり付いてくるでよ!」
美月が止める。
「販売に不利なこと言わんでええねん!」
それでも干物は飛ぶように売れた。
鉄道ファンは家族への土産に購入。
年配の参加者は種類の違う干物を二袋。
親子連れも試食をして、ちくわと練り物を買っていく。
たつをは真白の後ろについて歩き、販促フリップを掲げた。
『買わないと車内で焼きます』
「列車の中で火ぃ使うな!」
次の一枚。
『美月より味があります』
「干物と人間性を比べんな!」
さらに、
『干物は静かです』
「結局、うちがうるさいって言いたいだけやろ!」
真白の商品は順調に売れた。
一方、まさにゃんが作った鉄道解説冊子は、復路でも一冊も売れなかった。
表紙には、
『山岳ローカル線成立史・完全解説 増補改訂版』
とある。
美月が冊子を持ち上げる。
「昨日より分厚くなっとるやん」
まさにゃんは胸を張る。
「昨日の解説で不足しとった部分を追加したんや」
たつをがフリップを出す。
『不足していたのは需要』
まさにゃんは静かに冊子を鞄へ戻した。
◇
本長篠駅では、長時間停車を利用し、長篠・設楽原の戦いを学ぶ特別企画が行われた。
本長篠は奥三河への入口の一つ。
近隣には長篠城跡や設楽原古戦場など、戦国史を今に伝える場所が残る。
駅近くの特設会場には、大きな合戦図。
長篠城の模型。
馬防柵の縮小模型。
武将の配置札。
鳥居強右衛門の逸話を紹介するパネル。
ヒロインたちは、織田・徳川連合軍側と武田軍側へ分かれ、地図の上で戦いの流れを学んだ。
美月は武田騎馬隊の札を握る。
「ここから一気に突撃や!」
そのままホーム上を走り出そうとする。
隼人が肩をつかんだ。
「赤嶺さん。駅のホームで騎馬突撃を再現しないでください」
「臨場感を出そうと思っただけやん」
たつをが、武田軍側へフリップを置く。
『美月の独断で壊滅』
「歴史を書き換えんな!」
次の一枚。
『指揮官には向いていません』
「ゆるキャラに人事評価されたないわ!」
まさにゃんは、鉄砲隊の運用について説明を始める。
「いわゆる三段撃ちにつきましては、広く知られている一方で、史料上の解釈や近年の研究を踏まえますと――」
たつをが横へ立つ。
『諸説あります』
「ワシが結論言う前に全部まとめんな!」
◇
湯谷温泉駅では、宇連川沿いの温泉地を短時間散策した。
山と川に囲まれた奥三河の温泉地。
地元旅館と旅行会社の協力で、イベント用の臨時足湯も用意されている。
ヒロインたちは靴を脱ぎ、温かい湯へ足を入れた。
「気持ちええですわ~」
最も深く足を入れていたのは、あかりだった。
前日に置き去りとなった疲れなど、まったく感じさせない。
出発五分前。
麗奈が参加者へ、列車へ戻るよう案内する。
出発三分前。
真白、真央、みのりが足湯を出る。
出発一分前。
あかりだけが、まだ湯へ浸かっている。
「あと三十秒だけですわ」
美月は腰へ手を当て、厳しい口調を作った。
西川彩香の物まねである。
「こら、あかり! 集合時間は何回言うたら分かんねん! 足湯は訓練ちゃうで! そないダラダラしとったら、置いてくで! 怖いオバハンがおったら、めっちゃ叱られるで!」
あかりが勢いよく立ち上がる。
「彩香さん、来てますの!?」
「物まねや!」
たつをが素早くフリップを掲げる。
『彩香さんへ動画送信済み』
美月とあかりが同時に叫ぶ。
「消して!」
あかりは片手に靴下、もう片方に靴を持ち、片足を拭きながら列車へ急ぐ。
「待ってください~!」
ホームへ発車ベルが響く。
あかりが飛び込んだ直後、扉が閉まった。
たつをが車内で待ち構えている。
『置き去り未遂 二日連続』
あかりは胸を張る。
「今日はゲームに負けたんやありません。自分の意思で残りかけただけですわ」
美月が呆れる。
「そっちの方が余計あかんわ!」
◇
城西駅から向市場駅の間では、麗奈が車窓案内を担当した。
原稿を手に、落ち着いた声で説明する。
「皆様、間もなく通称“渡らずの鉄橋”と呼ばれる区間を通過いたします」
険しい地形を避けるように、線路が大きく曲がる。
一度は川を渡るように見えながら、結果として同じ側へ戻ってくる独特の構造だ。
「山深い地形を克服するために生まれた、飯田線を代表する見どころの一つです」
たつをが窓際へ立った。
『橋は戻れました』
麗奈は説明を続ける。
たつをが次の一枚を出す。
『麗奈さんは昨日戻れませんでした』
麗奈が原稿から顔を上げる。
「為栗駅の話は、もう終わりました」
『虫もいました』
「忘れさせてって言ってるでしょう!」
◇
復路最初の置き去りゲームは、大嵐駅で行われた。
「大嵐」と書いて「おおぞれ」。
トンネルに挟まれた山深い駅で、赤レンガ調の印象的な駅舎が目を引く。
静かな山々に囲まれたホームへ、十二名のヒロインが降りる。
ゲームは、
「大嵐駅舎・一分間観察クイズ」
一分間だけ駅舎と周辺を観察。
その後、窓の形、案内板の位置、駅ノートの置き場所などについて三択問題へ答える。
最下位となった一名が、大嵐駅へ残される。
ゲーム開始前。
たつをが、白いフリップへ何かを描き始めた。
太いペンが動く。
顔の輪郭。
特徴的な巻き髪。
大きな瞳。
少し自信ありげな表情。
完成した似顔絵を掲げる。
一目で山田真央だと分かった。
その下には、
『敗者予想』
と書かれている。
美月が驚く。
「妙に上手いやん!」
真央は似顔絵をのぞき込み、眉を上げる。
「この巻き髪だけで、うちだと分かるがね。たつを、絵だけは微妙に上手いでかんわ」
たつをは次の一枚を出す。
『顔の特徴が強い』
「褒めとらんがね!」
真央は観察時間になると、駅舎の窓、壁、案内板を冷静に確認した。
結果は全問正解。
たつをの予想は大きく外れる。
最下位となったのは、まさかの杉山ひかりだった。
ひかりは一般参加者の誘導や、子どもたちへの声かけに気を取られ、駅舎をほとんど観察できていなかったのである。
最後の問題を間違え、置き去りが決定する。
たつをは真央の似顔絵を裏返す。
『予想は外れた』
続いて新しい一枚。
『でも良い絵は描けた』
真央が言う。
「自分の作品を自分で褒めるな」
ホームでは、ひかりと館山みのりが向かい合う。
グレースフォースとして常に二人で行動してきた相棒同士。
ひかりは、みのりの両手を握った。
「みのり。車内の進行をお願いね」
「ひかり、必ず辰野で会いましょう」
「うん。後から必ず追いつくから」
扉が閉まる。
ひかりは、穏やかな笑顔で手を振る。
みのりも窓越しに、ひかりの姿が見えなくなるまで手を振り続ける。
あまりにも映画のような別れだった。
参加者の中には、本当に目頭を押さえる人までいる。
その横で、たつをがフリップを掲げる。
『グレースフォース解散』
美月が即座に取り上げた。
「二時間後に再結成するわ!」
たつをは次の一枚を出す。
『みのり ソロ活動開始』
みのりが無言でたつをを見る。
たつをの手が止まる。
ゆっくりと裏返す。
『応援しています』
「切り替え早いな!」
◇
続く置き去りゲームは中井侍駅。
天竜川を見下ろす急斜面に位置し、周囲では山の地形を生かした茶の栽培も行われる。
静かな秘境駅の風景と、人々の暮らしが隣り合う場所である。
ゲームは、
「中井侍・お茶箱積み上げチャレンジ」
小さな空の茶箱を、二十秒以内に積み上げる。
終了時に崩れず残った箱の数が得点。
最も少ない者が置き去りとなる。
ゲーム前。
たつをが再び絵を描き始める。
最初に描いたのは、大きなリボンのついたツインテール。
かわいらしい輪郭。
その下に、
『この人に負けてほしいけど』
と書く。
美月が絵を見て尋ねる。
「誰やこれ?」
たつをはツインテールの似顔絵へ、大きく×を付ける。
続いて別の顔を描く。
半分閉じたような眠たげな目。
無表情に近い口元。
静かに周囲を見ている雰囲気。
誰が見ても水無瀬澪だった。
その下に、
『敗者予想 澪』
と書き足す。
澪は似顔絵をじっと見る。
「似てる」
美月が驚く。
「本人が認めた!」
たつをは胸を張る。
『画伯』
真央が横から言う。
「そこまで上手くはねゃあが、微妙に特徴つかんどるで腹立つがね」
ゲームが始まる。
澪は三個だけを慎重に積み上げた。
見栄えは地味。
だが、まったく崩れない。
「無理しなければ残る」
たつをの予想は、また外れそうだった。
一方、あかりは箱を前に目を輝かせる。
「せっかくなら、一番高う積みますわ!」
美月が止める。
「昨日、力入れすぎて置き去りになったやろ!」
「今日は力やなくて、高さです」
「根本は一緒や!」
あかりは一個。
二個。
五個。
八個。
十二個。
制限時間が迫る。
塔が揺れる。
残り二秒。
あかりが最後の一個を載せる。
残り一秒。
茶箱の塔がすべて崩れた。
記録、ゼロ。
麗奈が笑いをこらえながら宣告する。
「山本あかりさん。前日に続き、二度目の置き去りが決定しました」
たつをが、澪の似顔絵を消す。
新しいフリップ。
『またあかり』
次の一枚。
『再放送』
さらに、
『昨日見た』
あかりは落ち込むどころか、元気にホームへ残る。
扉が閉まる。
列車が発車する。
あかりは両手を大きく振った。
「みんな、頑張れ~!」
美月も窓越しに手を振る。
「あかり、また後でなぁ~!」
たつをのフリップ。
『秘境駅の主』
あかりは見えなくなるまで笑顔で手を振り続ける。
列車が去った後、安全担当者へ尋ねた。
「今日はスクワット、何回までええですか?」
「今日はお茶畑と景色を楽しんでください」
「景色見ながらなら、してもええですか?」
「しなくていいです」
◇
ひかりとあかりを後続列車へ残し、一行は飯田市内へ入る。
ここで今回の旅行最大のイベントが始まった。
「電車VS人間 飯田線の闘い」
舞台は、下山村駅から伊那上郷駅。
下山村駅は飯田市街地の南東側に位置する小さな駅である。
周囲には住宅や田畑が広がり、地域の日常に寄り添う駅だ。
一方、この先の線路は飯田市街地を通るため、大きく遠回りする。
目的地の伊那上郷駅は、飯田市街地の北東側。
学校や住宅地にも近く、地域の通勤・通学を支える駅である。
下山村駅から伊那上郷駅までは、列車が大きく迂回するのに対し、道路上では比較的短い距離となる。
そのため、昔から、
「下山村駅で列車を降り、人間が走って伊那上郷駅で同じ列車へ追いつけるのか」
という挑戦が知られてきた。
かつて、大阪ローカルの人気番組でも、電車と人間のどちらが速いかを検証したことがあるという。
ただし、今回の企画は完全に特別仕様だった。
鉄道会社、自治体、警察、道路管理者と事前協議。
経路上には安全スタッフを配置。
交通信号を厳守。
一般の歩行者と車両を最優先。
医療スタッフと伴走車を用意。
天候や道路状況に問題があれば中止。
走るのは、元女子競輪選手であり、十分なトレーニングを積んだ大西結月ただ一人。
麗奈が車内放送で説明する。
「この企画は、関係各所の協力と厳重な安全管理の下で実施される、今回限りの特別イベントです」
みのりが続ける。
「急な坂道や交通量のある道路を走ります。一般の方が同じことを行うのは大変危険です」
麗奈が明るく念を押す。
「良い子の皆さんは、絶対にまねをしないでくださいね」
たつをが、もっともらしい顔でフリップを掲げた。
『悪い子もマネしちゃダメ』
美月が頷く。
「そこだけは正しいわ」
たつをは次の一枚を出す。
『美月もダメ』
「うちを悪い子枠へ入れんな!」
◇
下山村駅へ到着する前、車内では勝敗予想が行われた。
大西結月が走って勝つのか。
373系電車が勝つのか。
一般参加者の約六割が、結月の勝利を予想した。
ヒロインの予想は、
結月勝利。
美月、真央、みのり、美音、麗奈、真白。
列車勝利。
明日香、澪、美紀。
たつをも列車勝利を選んだ。
麗奈がマイクを握る。
「正解された一般参加者の皆様には――」
大きく間を取る。
「豪華戦隊ヒロイングッズをプレゼントいたします!」
車内から拍手。
麗奈は、さらに強調した。
「豪華です!」
美月が眉をひそめる。
「なんで二回言うたん?」
麗奈は聞こえなかったふりをする。
「なお、予想を外した戦隊ヒロインは、伊那上郷駅で列車を降りていただきます」
美月が立ち上がった。
「なんで一般参加者には豪華景品で、うちらには不正解の罰ゲームしかないん?」
たつをが掲げる。
『出演料に含まれます』
「やかましいわ!」
『一般客はお客様』
「うちらも大切に扱え!」
『美月は素材』
「何の素材やねん!」
◇
下山村駅。
扉が開く。
結月がホームへ降りる。
安全スタッフに囲まれながら、スタート地点へ移動する。
軽く足を動かし、深呼吸。
元女子競輪選手として鍛えた脚力。
坂道を走り切る体力。
勝負への集中力。
結月はカメラへ向かい、笑顔で宣言する。
「安全を最優先に、全力を尽くします」
発車合図。
結月が走り出す。
同時に373系も下山村駅を発車する。
車内のモニターには、沿道カメラと伴走スタッフからの映像が映し出された。
結月は急な坂を力強く駆け上がる。
無駄のない足運び。
一定の呼吸。
信号が赤になれば、きちんと止まる。
青へ変わると、一気に加速する。
麗奈とみのりが実況する。
「結月さん、最初の坂道へ入りました!」
「現在、予定どおりのペースを保っています!」
美月はモニターへ向かって叫ぶ。
「結月さん、頑張れ~!」
たつをは列車勝利を予想している。
『信号 もう一回赤になれ』
「卑怯な応援すな!」
列車は飯田市街地を大きく回る。
結月は最後の上り坂へ入る。
息は乱れている。
それでも速度は落ちない。
伊那上郷駅の入口が見える。
車内からもホームが近づいてくる。
結月と列車。
どちらが先か。
参加者全員が息をのむ。
結月が最後の力を振り絞る。
安全確認線を通過。
数秒後、373系が伊那上郷駅のホームへ滑り込んだ。
結月の勝利。
ホームと車内から、大歓声が上がる。
結月は息を切らしながらも、笑顔で両手を上げた。
「間に合いました!」
美月は窓へ張りつく。
「ほんまに電車に勝ったで!」
たつをは自分の予想札を畳む。
『ダイヤが悪い』
「負け惜しみすな!」
◇
正解者へ、豪華戦隊ヒロイングッズが配られる。
麗奈が、もう一度マイクを握った。
「お待たせいたしました。それでは、結月さんの勝利を予想された皆様へ――」
声に力を入れる。
「豪華戦隊ヒロイングッズをプレゼントいたします!」
スタッフが大きな箱を運ぶ。
参加者の期待が高まる。
箱が開く。
中から出てきたのは、
麗奈ちゃんクリアファイル
だった。
上尾中央商栄会が製作した、おなじみの販促グッズ。
イラストは、麗奈の祖母によるもの。
昭和風にデフォルメされたセーラー服姿の麗奈が、片目を閉じ、得意げにウィンクしている。
なぜかヒロ室の倉庫には、大量の在庫がある。
美月はクリアファイルを掲げる。
「毎回思うねんけど、麗奈ちゃんのこのウィンクが、なんか腹立つわ~!」
車内が大爆笑に包まれた。
麗奈は顔を赤くして反論する。
「だから私じゃないってば!」
「どう見ても麗奈さんやん!」
「私をモデルにした“昭和の妖精”なの!」
「昭和の妖精が、セーラー服着て上尾の商店街で何しとんねん!」
麗奈はファイルを指さす。
「実物の私は、こんな表情でウィンクしないでしょう?」
美月が言う。
「一回やってみてください」
麗奈は渋々、クリアファイルと同じようにウィンクする。
たつをが、実物とイラストを見比べる。
『本人確認完了』
「違います!」
美月はさらに言う。
「しかも“豪華戦隊ヒロイングッズ”言うて、クリアファイル一枚やん!」
麗奈は、まさにゃんを指さした。
「私が景品を決めたんじゃないのよ。まさにゃんに文句を言って!」
まさにゃんが説明を始める。
「ヒロ室が保有する既存在庫の有効活用及び経費削減の観点から、一定数を景品として――」
美月が即答した。
「余っとっただけやん!」
参加者は大笑い。
ところがクリアファイルは意外にも好評だった。
「昭和っぽくてかわいい」
「欲しかった」
「販売してほしい」
福鉄旅行名古屋支店の担当者は、すぐに追加販売を検討し始める。
麗奈だけが、複雑な顔をしていた。
「私じゃないのに……」
◇
予想を外した明日香、澪、美紀は、伊那上郷駅で列車を降りる。
美月はたつをを指さした。
「たつをも列車勝利を予想して外れたんやから、降りて~」
たつをは即座にフリップを掲げる。
『一般参加枠』
「都合のええ時だけヒロイン側から逃げんな!」
『正規料金を払っています』
「金で罰ゲーム回避すな!」
『お客様です』
「一番腹立つやつや!」
ホームには、明日香、澪、美紀が並ぶ。
明日香は苦笑。
澪はいつもどおり眠たげな表情。
美紀は参加者へ笑顔で頭を下げる。
扉が閉まる。
美月と真央が、窓越しに大きく手を振った。
「三人とも、元気でなぁ~!」
真央も、どぎつい尾張弁で叫ぶ。
「明日香! 澪! 美紀! 達者でおりゃあよ! 後の電車へちゃんと乗って、辰野まで来やあよ! 道草食っとったら、ほんとに置いてくでねゃあぞ!」
明日香がホームから返す。
「もう置いてかれとるだに!」
列車が動き始める。
明日香は両手を振る。
美紀は笑顔で頭を下げる。
澪は小さく片手を上げる。
たつをが人数表を掲げた。
『本日五名削減』
美月が怒鳴る。
「人員整理みたいに書くな!」
◇
復路で置き去りとなったのは、
大嵐駅のひかり。
中井侍駅のあかり。
伊那上郷駅の明日香、澪、美紀。
合計五人。
車内へ残ったヒロインは七名となった。
美月。
真央。
美音。
真白。
みのり。
麗奈。
結月。
麗奈とみのりが車内MCを担当する。
麗奈が温かく進行し、みのりが正確な沿線案内と到着予定を補足する。
しかし、参加者にも二日間の疲れが見えていた。
美月とたつをの掛け合いにも、前日ほど大きな笑いは起きない。
たつをが不満そうにフリップを出す。
『昨日はもっとウケた』
美月は座席へ深く腰かける。
「みんな疲れとんねん。あんた、声出してへんのに、なんでこんなうるさいん?」
『芸人は客を選べない』
「いつから芸人になったん?」
小さな笑いが起こる。
前日のような爆笑ではない。
だが、二日間を一緒に過ごした家族のような、穏やかな笑いだった。
子どもが美月へ、手作りの絵を渡す。
結月には、
「電車に勝って格好よかった」
と書かれた手紙。
みのりには、
「ひかりさんと早く会えるといいですね」
というメッセージが届く。
旅の終わりが近づいている。
誰もが、それを少し寂しく感じ始めていた。
◇
夕方。
373系秘境駅サバイバル号は、出発地点の辰野駅へ戻ってきた。
列車がホームへ滑り込む。
参加者から、自然に拍手が起こった。
二日間。
伊那谷。
天竜川。
東三河。
奥三河。
ローメン。
ソースかつ丼。
豊橋カレーうどん。
稲荷ずし。
温泉。
戦国史。
秘境駅。
そして、本当にヒロインを残して発車した置き去りゲーム。
最初は互いの名前も知らなかった参加者たち。
今は同じ思い出を共有している。
「あかりさん、また置いていかれましたね」
「ひかりさんとみのりさんの別れ、映画みたいでした」
「結月さん、本当に電車へ勝った」
「麗奈ちゃんクリアファイル、大事にします」
麗奈が小声で訂正する。
「昭和の妖精です」
誰も訂正を聞いていなかった。
ヒロインたちは、参加者一人一人へ礼を伝える。
真白は天秤行商で商品を買ってくれた客と握手。
結月は沿道から応援してくれた人々への感謝を語る。
美月も、いつもの騒がしさを少し抑え、参加者へ笑顔で手を振る。
「二日間、ほんまにありがとうな!」
参加者たちも、なかなかホームを離れようとしない。
子どもたちは何度も振り返る。
鉄道ファンは373系とヒロインを最後まで撮影する。
一泊二日を共にしたヒロインと参加者の間には、確かな絆が生まれていた。
その時、駅の案内放送が流れた。
後続列車が辰野駅へ到着する。
ホームにいた全員が振り返る。
扉が開く。
最初に姿を現したのは、杉山ひかり。
みのりが駆け寄る。
「ひかり!」
「みのり!」
二人は笑顔で再会し、固く手を握る。
参加者から大きな拍手。
グレースフォース再結成の瞬間だった。
たつをがフリップを出しかける。
『再結成ツアー――』
美月が手で押さえた。
「今だけは黙っとき」
続いて、山本あかりが降りてくる。
「今日もええ運動になりましたわ!」
美月が笑う。
「二日で二回置き去りにされた感想が、それだけなん?」
明日香、澪、美紀も、順番にホームへ姿を見せる。
列車に残っていたヒロインたちが手を振る。
参加者も拍手で迎える。
美紀は笑顔で頭を下げる。
明日香は、
「ちゃんと辰野まで来ただに!」
と手を振る。
澪は眠たげな顔のまま、たつをへ言う。
「似顔絵、あとでちょうだい」
たつをは少し驚く。
『気に入った?』
「微妙に似てたから」
たつをは得意げに胸を張った。
麗奈が全員の人数を確認する。
「一、二、三……十二名」
往路で二人。
復路で五人。
何度も列車から降ろされ、何度も別れた十二人が、旅の終着点で再び全員そろった。
麗奈が、マイクを持つ。
「戦隊ヒロイン十二名、全員無事に辰野駅へ到着しました!」
ホームに大きな拍手が響いた。
単なる旅行の終わりではない。
離れても、必ずまた会える。
置き去りにされても、後から追いつける。
二日間を共にした全員が、最後に同じ場所へ戻ってきた瞬間だった。
◇
最後の記念撮影。
十二名のヒロイン。
藤堂隼人補佐官。
まさにゃん。
福鉄旅行名古屋支店の添乗員。
ヒロ室スタッフ。
そして約百五十名の参加者が、ホーム上の安全な撮影場所へ並ぶ。
撮影直前、たつをが最前列へ現れる。
誰も呼んでいない。
それでも二日間、ずっと一緒にいた。
今さら追い出す者はいなかった。
美月が尋ねる。
「結局、あんた何しに来たん?」
たつをは最後のフリップを掲げる。
『美月を置き去りにできなかった』
「それが目的やったんかい!」
次の一枚。
『企画失敗』
「旅行は大成功や!」
さらに、
『次回へ持ち越し』
「次は絶対呼ばへんからな!」
最後の一枚。
『呼ばれなくても行く』
ヒロインも参加者も、全員が笑った。
カメラのシャッターが切られる。
写真に収まったのは、十二名のヒロインと、旅を支えたスタッフたち。
一泊二日を共に過ごし、別れを惜しむ参加者たち。
そして、呼ばれていないのに最後までいた一匹のタツノオトシゴ。
列車は何度もヒロインを置いて発車した。
それでも最後には、全員が同じ場所へ帰ってきた。
笑い。
驚き。
別れ。
再会。
二日間の旅は、参加者とヒロインの間に、列車の旅でしか生まれない確かな絆を残したのである。
※作中企画について
「電車VS人間 飯田線の闘い」は、関係機関による許可、安全要員と医療スタッフの配置、交通法規の厳守を前提とした架空の特別イベントです。下山村駅から伊那上郷駅までの道路には、坂道や交差点、一般車両が通行する区間があります。
良い子も、悪い子も、大人も、絶対にまねをしないでくださいね。




