表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1114/1170

昼行灯、秘境へ走る! ――負けたら次の列車まで置き去り!? 戦隊ヒロイン秘境駅サバイバル号

国家特務戦隊ヒロインプロジェクト推進室。


通称、ヒロ室。


東京・新橋に置かれた本部には、全国で活動する戦隊ヒロインたちを支える優秀な人材が集められている。


判断が速く、面白そうな企画には驚くほど乗り気になる芹沢遥室長。


細かな不備も決して見逃さない実務の鬼、安岡真帆。


礼儀正しく冷静でありながら、緊急時には誰よりも速く現場へ飛び出す藤堂隼人補佐官。


広報、警備、会計、旅行手配、地方自治体との連絡を受け持つスタッフたち。


そんな精鋭ぞろいのフロントに、一人だけ、何のために置かれているのか誰にもよく分からない男がいた。


葛城正男室長代理。


中央省庁採用のキャリア官僚。


肩書だけを見れば、遥室長を補佐し、室長不在時にはヒロ室の指揮を執る重要人物である。


だが、実際には重要案件が彼の机へ回ってくることは、ほとんどなかった。


説明が長い。


結論が見えない。


関係のない部署まで巻き込む。


会議で三十分話した末に、


「現時点で結論を出すことは適切ではなく、引き続き慎重に検討する必要がある」


と言って終わる。


つまり、何も決めない。


そのあまりの役に立たなさから、戦隊ヒロインだけでなく、遥や真帆たちまで彼を、


「まさにゃん」


と呼んでいた。


もちろん、親しみだけを込めた呼び名ではない。


かなりの割合で、小馬鹿にされている。


しかし本人は、


「役職や上下関係を超えて親しまれている」


と好意的に解釈していた。


キャリア官僚らしく説明は回りくどいが、自分に都合のいい解釈だけは非常に速かった。



ある朝。


まさにゃんは新橋のヒロ室へ出勤すると、自分の机を素通りした。


向かった先は、執務室の奥。


ノムさんから贈られた、大きな胡蝶蘭の前だった。


まさにゃんは黒崎茉莉花とともに、その胡蝶蘭の世話を任されている。


重要書類は任せられない。


予算管理も任せられない。


緊急対応など、もってのほか。


しかし胡蝶蘭なら、急に逃げたり、会議で反論したりはしない。


ヒロ室内で唯一、まさにゃんの話を途中で遮らない相手でもあった。


まさにゃんは葉の表面を眺め、鉢の中へ指を近づけた。


「現時点における葉面の光沢、鉢内部の水分保持状況、室温及び外気湿度などを総合的に勘案いたしますと、本日の給水実施につきましては、植物の生育環境に与える中長期的影響も踏まえた上で――」


隣へ来た茉莉花が、鉢を一度見た。


「今日は水いらんっちゃ」


まさにゃんが五分かけて説明する予定だった結論は、九文字で片づけられた。


「いや、ワシも最終的には、そういう方向性を有力な選択肢として――」


「水やらんで終わり」


茉莉花は次の鉢へ移った。


まさにゃんは胡蝶蘭へ小声で語りかける。


「ワシの説明、まだ途中やったんやけどな」


胡蝶蘭は答えなかった。


聞いているのではない。


逃げられないだけだった。



胡蝶蘭の管理以外に、まさにゃんが担当する仕事といえば、会議用弁当の発注だった。


その日は二十名分の弁当を注文する予定になっていた。


まさにゃんは注文票を持ち、真帆の前へ立つ。


「昼食につきましては、唐揚げ弁当を基本的な選択肢として位置づけつつ、魚料理を希望する出席者の存在、野菜摂取量、価格差、午後の会議における集中力への影響及び容器廃棄時の分別上の問題を総合的に――」


真帆は注文票を受け取った。


「唐揚げ十五個、焼き魚五個で注文します」


「いや、ワシも最終的には、その程度の配分が妥当ではないかという認識を共有する方向で――」


「もう注文しました」


まさにゃんの弁当会議は、発言途中で終了した。


ヒロインたちとファミリーレストランへ行った際には、入口の受付機を操作する役目も与えられる。


「七名での利用を前提としつつ、店内の混雑状況によっては複数の卓へ分かれる可能性も考慮し、テーブル席を希望するか、それとも座敷席を選択することが合理的であるか――」


横にいた赤嶺美月が、画面を押した。


「七人、テーブル席。これでええやん」


受付番号が発行される。


まさにゃんは不満そうに言う。


「意思決定の過程も大事なんやで」


「ファミレス入るだけやろ」


その日、まさにゃんが成し遂げた最大の仕事は、


七人分の順番待ち受付


だった。



まさにゃんの自宅は、大阪府吹田市にある。


妻と一男一女は吹田で暮らし、本人だけが東京へ単身赴任していた。


単身赴任中の父親が帰宅すれば、普通は家族に歓迎されるものだ。


しかし葛城家では、少し事情が違う。


まさにゃんが帰ると、リビングの椅子を一つ占領する。


テレビでは一日中、鉄道番組を見る。


食卓では誰も尋ねていないのに、廃止された列車や旧型車両について解説する。


脱いだ靴下を洗濯籠へ入れない。


飲み終わったコップを台所へ運ばない。


家族が別の話題で会話していても、


「その点については、まず前提条件を整理する必要がある」


と参加し、話を必要以上に長くする。


そのため、まさにゃんが東京へ戻る日の朝は、家族全員が妙に明るかった。


妻は笑顔で言う。


「東京まで気をつけてね」


長女も手を振る。


「お父さん、次はそんなに急いで帰ってこなくても大丈夫だから」


長男も頷く。


「仕事を優先していいよ」


まさにゃんは感激した。


「家族がワシの仕事を理解し、単身赴任という生活形態を前向きに受け止めてくれてるんやな」


実際の家庭内序列は、


一位、妻。


二位、長女。


三位、長男。


四位、飼育されている熱帯魚。


五位、リビングの観葉植物。


六位、空気清浄機。


七位、押し入れの中で夏を待つ扇風機。


そして、その下がまさにゃんだった。


熱帯魚は黙って泳ぐ。


観葉植物は余計な説明をしない。


空気清浄機は言われなくても仕事をする。


扇風機は少なくとも夏には必要とされる。


まさにゃんだけが、一年を通して明確な使い道を見いだされていなかった。



そんな昼行灯が、ある朝、分厚い青色のファイルを抱えて会議室へ現れた。


しかも会議開始の十分前。


自分でプロジェクターを用意。


資料を人数分印刷。


座席へ一部ずつ配る。


机の中央へ大きな路線図まで広げた。


真帆は時計を見る。


隼人は資料を見る。


遥室長は、時計とまさにゃんを交互に見た。


「まさにゃんが、会議の前に来てるのら」


「ワシかて、必要があれば早う来るで」


「必要な時も、だいたい遅れてくるのら」


「今日は特別や」


「何が起きたのら?」


遥の反応は、部下が仕事をした時のものではない。


予期せぬ自然現象を目撃した時のものだった。


まさにゃんは青色のファイルを机へ置く。


表紙には大きく、


『戦隊ヒロインと行く秘境駅サバイバル号』


と書かれていた。


遥は表紙を見る。


「新しい弁当屋さんなのら?」


「なんでやねん」


「まさにゃんが持ってきた分厚い資料だから、お弁当関係だと思ったのら」


「旅行企画や」


会議室が静まり返った。


まさにゃんが、自分から企画を持ってきた。


それだけでヒロ室フロントには、非常事態に近い緊張が走った。


隼人が丁寧に確認する。


「葛城室長代理が、ご自身で立案された企画ということでしょうか」


「せや」


真帆も尋ねる。


「ほかの方が作成した企画書へ、ご自分の名前だけを付け加えたものではありませんね?」


「ちゃうわ!」


遥は資料を開いた。


「どうして急に働いたのら?」


まさにゃんは胸を張る。


「ワシ、一度やってみたかったんや」


公務への使命感ではない。


地域振興への情熱でもない。


鉄道ファンとして、自分が一度乗ってみたかっただけだった。


動機は不純だが、やる気だけは本物だった。



葛城正男は、筋金入りの鉄道ファンだった。


車両形式。


駅の構造。


路線の歴史。


運行ダイヤ。


過去に走っていた列車。


古い時刻表。


普段は眠そうな顔をしているが、鉄道の話になった途端、少年のように目を輝かせる。


まさにゃんはプロジェクターへ、長野県の辰野駅から愛知県の豊橋駅まで続く路線を映した。


「今回走るんは、伊那谷から天竜川の渓谷を抜けて、東三河へ至る約二百キロの山岳路線や」


辰野駅を出発。


伊那谷を南下。


飯田、天竜峡を経て、天竜川沿いの険しい山間部へ入る。


列車は川を何度も渡り、トンネルを抜け、谷間の狭い場所を縫うように進む。


窓の外には、中央アルプスと南アルプス。


伊那谷の町並み。


天竜川の深い渓谷。


季節ごとに色を変える山林。


そして、山と川に挟まれた小さな駅が次々と現れる。


小和田。


中井侍。


為栗。


田本。


金野。


千代。


車では簡単に近づけない駅もある。


駅前に商店街があるとは限らない。


民家すら見えず、山、川、森、古いホームだけが残されている場所もある。


列車が去った後に訪れる静寂。


鳥の声。


川の音。


風が木々を揺らす音。


都会では味わえない時間が、そこにはある。


まさにゃんは指し棒を振りながら熱弁する。


「この路線の魅力は、秘境駅が多いだけやない」


「伊那谷の開けた景色から、天竜川の険しい渓谷、ほんで東三河の町まで、車窓が次々変わっていくんや」


「一つの路線に、山岳鉄道、ローカル線、都市近郊路線の面白さが全部詰まっとる」


「鉄道ファンだけやない。旅好き、写真好き、自然が好きな人にも楽しんでもらえる、ものすごく魅力的な路線なんや!」


美月が小声で伊吹真白へ言う。


「まさにゃん、鉄道のことになると普通に仕事できるんやな」


真白は資料をめくる。


「説明が長いことに変わりはありません」


普段より分かりやすいのではない。


本人の熱量が高すぎて、周囲が押し切られているだけだった。



企画の旅程は一泊二日。


初日は長野県の辰野駅を出発し、貸切列車で愛知県の豊橋駅まで全線を走破する。


その夜は豊橋市内のビジネスホテルへ宿泊。


二日目は豊橋駅から辰野駅へ戻り、往復で路線全体を完全踏破する。


使用車両は、白を基調とした落ち着いた外観を持つ373系電車。


三両編成を丸ごと貸し切る。


全席指定。


一般参加者は約百五十名。


車内では、戦隊ヒロインとの交流、沿線案内、限定車内放送、鉄道クイズ、記念撮影、限定弁当、記念乗車証の配布などを行う。


往路と復路では、停車する秘境駅を変える。


一日目に訪れなかった駅へ、二日目に立ち寄る。


同じ路線を往復しても、違う風景と違う秘境駅を楽しめる構成だった。


遥は資料をめくる。


「本当に一泊二日、ずっと電車なのら?」


「せや。朝から晩まで乗るで」


美月が顔をしかめる。


「お尻痛なるやん」


「それも長距離鉄道旅行の醍醐味や」


「痛みを醍醐味に入れんといて」


まさにゃんだけは、長時間乗車という言葉を聞くほど楽しそうになっていた。



そして、企画最大の目玉が発表される。


秘境駅へ列車を特別停車させる。


参加ヒロインがホームへ降りる。


駅の特徴を生かしたミニゲームを行う。


観察力。


鉄道知識。


体力。


運。


判断力。


チームワーク。


ゲーム内容は、駅ごとに異なる。


そして、最下位となったヒロインには罰ゲームが待っている。


まさにゃんが画面を切り替えた。


大きな文字が表示される。


敗者は秘境駅へ置き去り


会議室が静まり返った。


美月が最初に反応する。


「……置き去り?」


「せや」


「ゲームに負けたヒロインを?」


「せや」


「ほんまに列車へ乗せずに行くん?」


「せや」


「三回せや言うた!」


まさにゃんは得意そうに説明を続ける。


敗者はホームへ残る。


仲間と一般参加者を乗せた貸切列車は、そのまま発車。


残されたヒロインは、次に来る定期列車へ乗り、後から一行を追いかける。


正式名称は、


「秘境駅ステイチャレンジ」


だった。


美月は即座に切り捨てる。


「名前をおしゃれにしただけで、ただの置き去りやん!」


ところが遥室長は、企画書へ身を乗り出していた。


目が輝いている。


「斬新なのら!」


真帆が遥を見る。


「室長?」


「ゲームに負けたヒロインを、本当に置いていくのら?」


「映像上は、そうなります」


「面白そうなのら!」


遥は完全に乗り気だった。


「列車の窓から、ホームに残されたヒロインへ手を振るのら」


「負けたヒロインは、次の列車が来るまで秘境駅で待つだよ」


「こんな企画は今までなかったのら。斬新だら!」


美月が抗議する。


「室長、楽しそうに言わんといて!」


遥は置き去り場面の想像を続ける。


「美月ちゃんがホームを走りながら、列車を追いかけるところなんて、絶対に絵になるのら」


「なんでうちが負ける前提やねん!」


まさにゃんの安全計画には、


例:赤嶺美月が最下位となった場合


と書かれていた。


美月は企画書を指さす。


「資料まで、うちが負ける前提になっとるやないか!」


「分かりやすい例が必要やったんや」


「真央でも明日香でもええやろ!」


まさにゃんは咳払いをする。


「赤嶺さんの場合、問題文を最後まで聞かずに回答する、勝手にルールを解釈する、盛り上げようとして自分が失敗するなど、置き去りになる可能性が――」


「分析すな!」


企画段階から、美月の立場はかなり危うかった。



もちろん、本当に危険な状態でヒロインを放置するわけではない。


真帆が安全管理計画を確認する。


実施するのは、次の定期列車が確実に運行される時間帯のみ。


悪天候時は中止。


列車に遅延や運休が発生した場合も中止。


ホームが狭い駅や、安全な待機場所を確保できない駅では行わない。


敗者は駅の敷地外へ出ない。


携帯電話。


予備バッテリー。


無線機。


GPS端末。


防寒具。


飲料水。


非常食。


必要な装備を持たせる。


さらに、旅行会社かヒロ室の安全担当者が、撮影画面に映らない位置で同行する。


次の定期列車への乗車を確認するまで、本隊と常時連絡を維持。


一般参加者が置き去りゲームの対象になることは、絶対にない。


隼人が計画書を確認する。


「緊急時の連絡系統も整理されています」


真帆も別紙をめくる。


「悪天候時の車内代替ゲームまで用意してありますね」


遥がますます驚く。


「まさにゃんが、安全のことまで考えてるのら」


「鉄道企画で事故を起こしたら、二度と次ができへんからな」


「まさにゃん、やればできるのら」


美月が尋ねる。


「普段は、なんでやらへんの?」


まさにゃんは黙って次のページを表示した。


答えたくない質問だけは、官僚答弁を使わずに回避した。



さらに驚くべきことに、福鉄旅行名古屋支店とは、すでに具体的な打ち合わせが終わっていた。


車両の貸切。


全席指定の座席割り。


辰野駅での受付方法。


豊橋市内のビジネスホテル。


弁当。


車内販売。


旅行保険。


秘境駅に配置する安全担当者。


添乗員の人数。


参加者用パンフレット。


旅行代金。


キャンセル規定。


限定グッズ。


まさにゃんは、旅行商品として発売できる直前まで話を進めていた。


オンライン会議の画面には、福鉄旅行名古屋支店の担当者が映っている。


担当者は笑顔で言う。


「葛城室長代理から、非常に具体的な企画をご提案いただきました」


真帆が尋ねる。


「いつから打ち合わせをしていたのですか?」


「約二か月前からです」


会議室の全員が、まさにゃんを見る。


二か月もの間、誰にも気づかれず仕事をしていた。


普段なら、会議弁当の種類を決めるだけで一週間かかる男である。


それが鉄道旅行となると、誰にも催促されず、旅行会社との打ち合わせを進めていた。


隼人が感心したように言う。


「葛城室長代理にしては、驚くほど迅速ですね」


「“にしては”は余計や」


福鉄旅行の担当者が続ける。


「風光明媚な山岳路線を往復するだけでも十分魅力があります。それに戦隊ヒロインとの交流と、ミニゲーム敗者を秘境駅へ残す企画が加わっています。販売力の高い旅行商品になると思います」


画面の奥では、名古屋支店長が何度も頷いていた。


すでに売上を計算している顔だった。


まさにゃんは胸を張る。


「ワシ、鉄道のことなら仕事が早いんや」


美月が言う。


「普段の仕事も、電車の仕事やと思ってやったらええやん」


「行政実務と鉄道旅行商品では、政策上の目的及び制度的枠組みに根本的な相違が存在しまして――」


「急にいつものまさにゃんへ戻ったわ」


鉄道の本題から少し外れただけで、説明能力は元へ戻っていた。



遥室長は企画書を最後まで確認した。


奇抜ではある。


だが、筋は通っている。


沿線の風光明媚な景色を全国へ伝えられる。


秘境駅の魅力を紹介できる。


地域観光の振興につながる。


一般参加者は、戦隊ヒロインたちと一泊二日の鉄道旅行を楽しめる。


ヒロインたちは、ゲームを通じて普段とは違う個性を見せられる。


そして何より、敗者がホームへ残される様子は、映像として間違いなく面白い。


安全計画も十分に練られている。


遥は企画書を閉じた。


「やるのら」


真帆が顔を上げる。


「もう承認ですか?」


「ここまで話ができてるなら、断る理由がないだよ」


遥は楽しそうに笑う。


「何より、ヒロインを秘境駅へ置いていくという発想が斬新なのら」


「安全には最大限配慮して、盛大に置いていくだよ!」


美月が抗議する。


「盛大に置いていくって、何やねん!」


遥は美月を見る。


「負けなければいいのら」


「簡単に言わんといて!」


まさにゃんは満足そうに頷く。


「ほんなら、正式に進めさせてもらうで」


遥は付け加える。


「実施段階の安全確認は、隼人くんと真帆ちゃんにお願いするのら」


「ワシを信用してへんやん!」


「企画は信用してるのら」


「ワシ自身は?」


「鉄道の話をしている時だけ、半分くらい信用してるのら」


まさにゃんに対する評価としては、過去最高だった。



福鉄旅行名古屋支店が正式に発表した旅行商品名は、


『戦隊ヒロインと行く秘境駅サバイバル号』


商品名には、あえて路線名を入れなかった。


鉄道ファンだけでなく、


秘境駅。


戦隊ヒロイン。


敗者置き去り。


という企画の面白さを、幅広い層へ伝えるためである。


紹介文には、


「風光明媚な山岳路線を373系貸切列車で往復完全踏破」


「十二名の人気戦隊ヒロインが乗車」


「秘境駅ミニゲームの敗者は、次の定期列車までホームへ残留」


「安全担当者同行のもと、最大限安全に配慮して実施」


と記載された。


発表直後から、福鉄旅行名古屋支店には問い合わせが殺到する。


「美月さんは、本当に置き去りになる可能性がありますか?」


「ゲームの結果によります」


「置き去りになったヒロインは、本当にホームへ残るのですか?」


「安全担当者の同行のもと、次の定期列車まで待機します」


「大西結月さんは、本当に列車と競走するのですか?」


「安全を確保した上で実施予定です」


「まさにゃんの鉄道解説は、ずっと続きますか?」


「一回五分以内に制限します」


最後の回答を聞いた客は、


「それなら参加します」


と安心した。


参加をためらう最大の要因は、秘境駅への置き去りではなく、まさにゃんの長時間解説だったらしい。



販売開始当日。


午前十時。


福鉄旅行の予約サイトが開く。


三十秒後。


アクセスが集中。


一分後。


半数以上の席が埋まる。


三分後。


残席わずか。


五分を待たず、約百五十席が完売した。


キャンセル待ちも次々に入る。


福鉄旅行名古屋支店では、歓声が上がった。


「完売です!」


「今回も戦隊ヒロイン企画は強い!」


「限定グッズも予約が入っています!」


支店長は売上表を見ながら、満面の笑みを浮かべる。


貸切列車。


宿泊。


弁当。


車内販売。


記念グッズ。


関連商品。


すべて好調。


名古屋支店は、誰の目にも分かるほどホクホク顔だった。


担当者は新橋のヒロ室へ電話をかける。


「葛城室長代理、完売しました!」


電話を受けたまさにゃんは、胡蝶蘭の前に立っていた。


「そうか。これは風光明媚な山岳路線が本来有する観光資源としての潜在力と、秘境駅という非日常的価値、さらに戦隊ヒロインプロジェクトの集客力が相互に作用し――」


担当者が遮る。


「とにかく完売です!」


「せやから、その背景を今から説明しようと――」


「キャンセル待ちの対応がありますので、失礼します!」


電話が切れた。


まさにゃんは胡蝶蘭へ向き直る。


「お前だけは、ワシの話を最後まで聞いてくれるな」


後ろから茉莉花が言う。


「花は電話切れんだけっちゃ」



旅行開始を控え、参加ヒロイン十二名を集めた説明会が、新橋のヒロ室で開かれた。


参加するのは、


赤嶺美月。


山田真央。


稲生明日香。


河合美音。


伊吹真白。


山本あかり。


松本美紀。


杉山ひかり。


館山みのり。


大宮麗奈。


水無瀬澪。


大西結月。


運営側からは、藤堂隼人補佐官、葛城正男室長代理、ヒロ室スタッフ数名、福鉄旅行名古屋支店の担当者と添乗員が出席していた。


なお、名簿には人間とヒロイン以外の名前は載っていない。


少なくとも、この説明会の時点では。


まさにゃんは指し棒を持ち、大画面の前へ立った。


「それでは、今回の一泊二日にわたる行程、運営方針、沿線の地理的特徴、車両設備、停車駅の歴史的背景及び――」


麗奈が時計を見た。


「葛城室長代理、説明は一回五分以内でお願いします」


「まだ最初の一文やで」


「残り四分四十五秒です」


「路線の成立史だけで五分以上かかる」


「成立史は一分でまとめてください」


「複数の私鉄会社が段階的に建設し、それぞれの経営事情及び地域交通政策の変化を背景として――」


麗奈が時計を見る。


「残り四分二十五秒です」


「まだ会社名も出してへん」


鉄道知識は豊富でも、自由に話す権利は与えられなかった。



大画面には、一泊二日の基本行程が表示される。


一日目。


辰野駅へ集合。


373系貸切列車へ乗車。


伊那谷を南下。


車内イベントを行いながら、指定された秘境駅へ停車。


ミニゲームを実施。


敗者は次の定期列車まで駅へ残る。


その後、豊橋駅へ到着。


駅近くのビジネスホテルへ宿泊する。


二日目。


豊橋駅を出発。


往路とは異なる秘境駅へ停車。


別内容のミニゲームを実施。


再び敗者を駅へ残す。


最終的に辰野駅へ帰着する。


真帆が安全上の注意事項を説明する。


「一般参加者が置き去りゲームの対象になることはありません」


「敗者となったヒロインにも、安全担当スタッフが同行します」


「天候や列車の運行状況によっては、ゲームを中止します」


「駅の敷地外へ出ることは禁止です」


「次の定期列車へ乗車するまで、常時連絡を維持します」


美月は安全計画より先に、置き去り対象駅の一覧を見ていた。


「ちょっと待って。次の電車まで一時間以上ある駅もあるやん!」


まさにゃんが答える。


「秘境の静けさを満喫できるで」


「自分が残れや!」


「企画責任者は列車に残って、運営状況を確認する必要がある」


「都合のええ時だけ責任者になるな!」


山田真央は資料を読みながら、落ち着いて言う。


「ちゃんと問題よう聞いとりゃ、ゲームで負けることぁ、まずねぇがや」


美月が振り返る。


「それ、うちへの当てつけ?」


「一般論です」


「絶対うち見ながら言うたやろ!」


稲生明日香は、秘境駅の写真をじっと見ていた。


「山と川の気ぃが交わっとるところだら。なんか現れそうだに」


美月が身を引く。


「怖いこと言わんといて!」


明日香は真剣な顔で続ける。


「人ではない何かが、列車を待っとるかもしれん」


「余計怖なったわ!」


河合美音は天竜川沿いの地図へ見入っている。


「こりゃあ、車窓は見応えありそうだに」


伊吹真白は荷物の積載計画を確認する。


「三両編成に対して、この配置では乗降時に通路が混雑します」


説明会開始から五分。


早くも、まさにゃんの作った荷物配置が修正された。


まさにゃんは不満そうだった。


だが、真白の案の方が明らかに効率的だった。


「ワシも最終的には、似たような配置変更を検討する可能性が――」


「では、変更しておきます」


真白はすでに書き直していた。



山本あかりは、ミニゲーム一覧へ目を落とす。


「頭使う問題ってありますん?」


みのりが答える。


「かなりあります」


あかりは少し考える。


「体で答えてもええんやろか?」


「問題形式によります」


「難しい字ぃ出たら、走って答えるとか」


「そのようなルールはありません」


あかりも、早くも置き去り候補へ加わった。


松本美紀は救護用品や酔い止め、体調不良者の休憩場所を確認する。


杉山ひかりと館山みのりは、車内放送とゲーム進行の台本を読み合わせる。


知的で上品な派生ユニット「グレースフォース」の二人は、まさにゃんの長い説明を、一般参加者向けに短く分かりやすく言い換える役目も担う。


ひかりが原稿を見る。


「葛城室長代理の車窓解説、最初の原稿が二千字あります」


みのりが答える。


「三百字にしましょう」


「七分の一ですね」


「それでも長いかもしれません」


まさにゃんが抗議する。


「二千字でも、かなり削ったんやで」


二人は聞かなかったことにした。



大宮麗奈は、華やかな笑顔で一般参加者を迎えるため、全体進行を確認する。


水無瀬澪は秘境駅の写真を静かに眺め、ぼそりと言った。


「列車に残るより、駅に置かれた方が静かでいいかも」


全員が澪を見る。


本人はすでに次の写真へ移っていた。


美月が尋ねる。


「澪ちゃん、置き去りになっても平気なん?」


「人が少ないなら」


「罰ゲームになってへんやん!」


大西結月には、ほかのヒロインとは異なる特別企画が用意されていた。


下山村駅で列車を降り、元女子競輪選手の脚力を生かして伊那上郷駅を目指す。


線路を走る列車と、一般道を走る結月。


どちらが先に伊那上郷駅へ到着するかを競う企画である。


もちろん信号、道路状況、安全スタッフの指示を優先する。


結月は穏やかに笑う。


「列車に勝てるか分かりませんが、全力で走ります」


美月が言う。


「結月さんだけ、企画の規模が違いすぎひん?」


まさにゃんは胸を張る。


「これも一度やってみたかったんや」


「自分の夢、詰め込みすぎやろ!」



そして説明会の中心は、やはり置き去りゲームだった。


まさにゃんがゲーム案を読み上げる。


駅名標や周辺の様子を記憶する観察クイズ。


難読駅名を答える早押し問題。


駅の静けさを体験する無音チャレンジ。


限られた時間で最も秘境駅らしい写真を撮る撮影対決。


車内で行う沿線知識クイズ。


美月が手を挙げる。


「無音チャレンジって何なん?」


「一分間、誰もしゃべらずに秘境駅の静けさを味わうゲームや」


「簡単やん」


会議室の全員が、美月を見る。


真央が言う。


「美月さんには難しいと思います」


ひかりも頷く。


「十秒くらいで話すと思います」


みのりは冷静に分析する。


「開始直後に、“ほんまに一分?”と言って失格する可能性が高いですね」


「なんで行動まで予測されとんねん!」


まさにゃんの資料には、


無音チャレンジ想定最下位・赤嶺美月


と書かれていた。


「資料作った時点でうちを負けさせとるやん!」


「過去のイベント映像を参考にした客観的予測や」


「余計腹立つわ!」



説明会の最後。


真帆が改めて参加ヒロインたちを見渡した。


「この企画は、置き去りという刺激的な言葉を使っていますが、安全が最優先です」


「ゲームに夢中になって、ホーム上で走ったり、安全区域から出たりしないでください」


「敗者は、スタッフの指示に従って次の定期列車を待ちます」


「勝手に駅の外へ探検しないこと」


明日香が静かに手を挙げる。


「何か呼ばれても、森の中へ入っちゃいかんだら?」


「何に呼ばれる想定ですか?」


「山のものです」


真帆は一瞬黙った。


「人でも、人でなくても、駅から出ないでください」


「分かりました」


美月が呟く。


「怖い注意事項が増えたやん……」


隼人も丁寧に補足する。


「列車の運行に変更が生じた場合、置き去りゲームは直ちに中止します」


「参加者の皆様を楽しませる企画ですが、安全を犠牲にすることはありません」


「それぞれ役割を確認し、スタッフの指示へ従ってください」


十二人が頷く。


約一名、美月だけは置き去り駅の一覧を見たまま、難しい顔をしていた。



説明会終了後。


ヒロインたちは、それぞれ資料を持って会議室を出ていく。


ひかりとみのりは車内放送の原稿を相談。


真白は荷物配置の修正版をスタッフへ渡す。


美紀は救護用品の追加を確認。


結月は下山村から伊那上郷までの地図を見ながら、走行ルートを頭へ入れる。


澪は秘境駅の静かな写真を一枚だけ自分の携帯電話へ保存していた。


最後まで会議室へ残った美月は、まさにゃんへ言う。


「ほんまに公平なゲームなんやろな?」


「当然や」


「うちだけ不利な問題を入れてへんやろな?」


「そんなことはしてへん」


「説明例も予想最下位も、全部うちやったやん」


「それは過去の実績に基づく参考資料や」


「実績って何やねん!」


まさにゃんは資料を鞄へしまう。


普段の眠そうな顔とは違う。


出発を心から楽しみにしている顔だった。


「まあ、楽しみにしとき。飯田線はほんまにええ路線や」


美月も、秘境駅の写真へ目を落とす。


山。


川。


小さなホーム。


深い緑。


確かに、景色は美しい。


「置き去りにされへんかったら、楽しそうやな」


「負けへんかったらええんや」


「その言い方、室長と一緒やん!」


美月の声が、会議室の外まで響いた。


新橋のヒロ室で最も役に立たない昼行灯。


家庭では観葉植物よりも序列が低い父親。


会議では説明の途中で無視される室長代理。


そんな葛城正男が、自分の好きな鉄道のためだけは、誰よりも早く動いた。


旅行会社との調整は完了。


約百五十席は瞬く間に完売。


十二人の戦隊ヒロインへの説明も終わった。


あとは、辰野駅から貸切の373系へ乗り込むだけである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ