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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


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1106/1169

戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅・大打ち上げ編 ――千葉旅は終電まで終わらない! 炭火ホルモン、酔っ払い美月、そして第二弾はもう決まった

二千人の歓声が、まだ耳の奥に残っていた。


千葉公園の最新鋭屋内自転車競技場で開催された「戦隊ヒロインサミット千葉」は、過去最大級の光と音、そして観客との圧倒的な一体感に包まれて幕を閉じた。


佐原から銚子、勝浦、鴨川、館山、南房総、内房。


参加者百名とともに三泊四日で千葉県を巡った「戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅」も、これで全行程を終えたことになる。


退場口では、館山みのりと森川美里がデフォルメされて描かれた特製千葉クリアファイルが大人気。


会場名物のオレンジピザは、赤嶺美月がステージ上で絶賛した直後に完売。


ぬれ煎餅を受け取った観客たちは、笑顔で千葉公園の夜へ散っていった。


楽屋では出演者たちが着替え、機材の撤収を見守り、スタッフ一人一人へ頭を下げている。


安岡真帆は最後まで進行表を手放さず、忘れ物と退館時間を確認していた。


「衣装、私物、貴重品をもう一度確認してください。控室の冷蔵庫にも忘れ物がないか見てください」


美月が冷蔵庫を開ける。


「オレンジピザ、ほんまに一切れも残っとらん……」


神代なつめも後ろからのぞき込んだ。


「うちらが宣伝せんかったら、夜食にできたがよ」


月島小春が呆れる。


「二人とも、完売させた張本人でしょうが」


水無瀬澪は空になった箱を見つめた。


「技能賞の代償」


「技能賞は誇らしいけど、空腹には勝てへんな」


美月が腹を押さえた時、館山みのりが一冊のファイルを抱えて楽屋へ戻ってきた。


「撤収状況は順調です。参加者百名のバスも全車出発しました。添乗員さん三人は、このあと打ち上げへ参加します」


小春が腕を伸ばす。


「やっと飯だ!」


「ただし、全員参加ではありません」


みのりがそう言うと、大宮麗奈、南部沙羅、高城彩芽、藤原詩織の四人が、残念そうな顔を見せた。


麗奈は上尾方面。


沙羅は横浜方面。


彩芽は多摩方面。


遅い時間から打ち上げへ参加すれば、帰宅はかなり厳しくなる。


詩織には、別の事情があった。


「パパが迎えに来てくれてるの」


詩織が言うと、彩芽が目を丸くした。


「詩織さんのお父さんって、あの世界的な指揮者だべか?」


「うん。今日は関係者席でサミットを見てたよ」


マエストロ藤原こと藤原聡は、前座のサイクルスポーツフェスタから「戦隊ヒロインサミット千葉」の終演まで、関係者席で観覧していた。


娘のミニライブはもちろん、大西結月の木製バンク走行、千葉県人文字、ぬれ煎餅リレー、そしてみのりの三十秒千葉紹介まで、すべて見届けていたのである。


小春が詩織へ尋ねる。


「世界的指揮者の目に、千葉県人文字はどう映ったんすか?」


「パパは、“落花生に見えたが、全員の呼吸は合っていた”って」


「音楽家としての評価なのか、それ!」


澪が言う。


「マエストロ公認落花生」


みのりだけは真剣だった。


「次回は人員配置と房総半島の角度を修正します」


「次回もやる気なの!?」


関係者用の通路を抜けると、藤原聡が待っていた。


黒を基調とした上品なジャケット姿。


世界各国の名門楽団を指揮してきた人物だが、娘を迎える父親としての表情は穏やかだった。


「詩織、お疲れさま。いいライブだったよ」


「ありがとう、パパ」


マエストロ藤原は、みのりたちにも丁寧に一礼する。


「皆さんも素晴らしい公演でした。二千人という規模を感じさせない、密度の高いステージでしたね」


美月が嬉しそうに胸を張る。


「マエストロにも褒められたで!」


小春が横から言う。


「美月パイセンは、ピザを売り切らせただけですけどね」


「それも会場を動かした立派な演出や!」


藤原聡は少し笑いながら続けた。


「光と音の使い方も見事でした。客席との距離が近いので、反応がそのまま演者へ返ってくる。詩織も楽しそうでした」


「北の大地の二万人会場とは、また違いました」


みのりが答える。


「今回は観客数が十分の一でも、一人一人の反応が見える距離でした」


「音楽も同じです。大きな会場の迫力と、小さな会場の親密さは、それぞれ別の魅力があります」


マエストロらしい言葉に、ひかりが感心したように頷く。


「みのりが言うと観光解説で、マエストロが言うと芸術論になるら」


小春が笑った。


「同じ内容なのに格が違って聞こえる!」


「私の説明も正確です」


みのりは少し不満そうだった。


詩織と帰る方向が比較的近い彩芽は、藤原聡の車へ同乗させてもらうことになっている。


関係者用出口の外には、黒く磨き上げられた最高級の欧州製大型セダンが停まっていた。


大きい。


長い。


そして、妙に静かだった。


彩芽は車の前で完全に足を止めた。


「これ、本当に自動車だべか……」


「自動車だよ」


詩織が当然のように答える。


「高級ホテルのロビーが、タイヤつけて迎えに来たみたいだべさ」


藤原聡が後部ドアを開く。


「彩芽さん、どうぞ。遠慮しなくて大丈夫ですよ」


彩芽は恐る恐る車内をのぞいた。


柔らかな革張りの座席。


足を伸ばしても余裕がありそうな広さ。


控えめな間接照明。


まるで応接室である。


「靴、脱いだ方がいいべか?」


「旅館じゃないから、そのままでいいよ」


詩織が笑う。


彩芽は緊張したまま後部座席へ座ったが、柔らかすぎる座席に体が沈み、慌てて背筋を伸ばした。


「沈んだべさ!」


「座席だから大丈夫だよ」


麗奈はその様子を見て微笑んだ。


「彩芽ちゃん、今日は羊の群れに囲まれた後、世界的指揮者の最高級車で帰るのね。振り幅が大きすぎる一日だわ」


沙羅も上品に手を振る。


「皆さま、打ち上げを楽しんできてください。馬刺しをいただけないのは残念ですけれど」


麗奈が続ける。


「私たちの分まで楽しんでね。それから、祖母にもクリアファイルが大好評だったことを――」


小春が勢いよく振り返った。


「今、“祖母にも”って言いました?」


麗奈の表情が止まる。


「終電の時間ね。私たちも急ぎましょう」


「逃げた!」


結局、麗奈と沙羅は鉄道で帰宅。


詩織と彩芽はマエストロ藤原の車で帰ることになった。


車が静かに走り出すと、彩芽は後部座席の窓から手を振りながら叫んだ。


「ホルモンの写真、送ってほしいべさー!」


小春も手を振り返す。


「羊にも送っとく!」


「羊には送らなくていいべさー!」


最高級車は、彩芽の叫び声だけを残して夜の街へ消えていった。



打ち上げ会場は、千葉市稲毛区を走る私鉄沿線。


大学や住宅が集まる地域の小さな駅から、歩いて数分の場所にあるホルモン焼き店だった。


駅前のにぎやかさから少し離れた路地。


赤ちょうちん。


少し年季の入った木の引き戸。


店の前まで来ると、炭と甘辛いタレの香りが漂ってくる。


派手さはない。


高級店でもない。


だが、大学生でも気軽に入れる安さと、丁寧な仕事で評判の庶民派の人気店だった。


熊本出身の若いオーナーが一人で店を立ち上げ、現在は数人のアルバイトと切り盛りしている。


備長炭の七輪で焼くホルモン。


辛子れんこん。


高菜料理。


だご汁。


熊本出身のオーナーが独自の仕入れルートで確保する、山鹿直送の馬刺し。


みのりの大学の同級生がここでアルバイトをしている縁から、みのりも大学帰りに通うようになった。


今ではオーナーにも顔を覚えられている。


引き戸を開けると、熊本出身のオーナーが笑顔で迎えた。


「みのりちゃん、お疲れさま。今日は貸し切りにしとるけん、ゆっくりしていって」


「ありがとうございます。旅行会社の添乗員さんも参加することになって、予定より三人増えました」


「三人くらい、何も問題なかよ。成功祝いなら、にぎやかな方がよかたい」


オーナーは若く、背が高く、すっきりとした顔立ちをしていた。


清潔な黒いシャツ。


腕まくりをした袖から見える、炭火焼き店らしく引き締まった腕。


美月は店へ入った瞬間、足を止めた。


一秒。


二秒。


三秒。


そして本人を目の前にして、大声を上げる。


「うわっ! オーナー、めっちゃイケメンやん! 完全にうちのタイプやわ!」


店内が静まり返った。


小春が頭を抱える。


「入店して十秒で店主を口説くな!」


美月は全く悪びれない。


「ええもんは、ええって言わな失礼やろ?」


オーナーは少し照れながら笑った。


「そぎゃん正面から褒められたら、今日は肉を多めに出さんといかんなあ」


美月は小春へ勝ち誇った顔を向ける。


「見たか。正直な感想が、肉の増量につながったで」


澪が淡々と言う。


「美月さん、顔面交渉成立」


みのりは冷静に訂正する。


「ここはホルモンを食べる店です。オーナーを見る店ではありません」


美月がみのりへ顔を近づける。


「こんなイケメンの店、よう今まで黙っとったな」


「店の評価に顔は関係ありません」


「ほんまに一回も、イケメンやと思わんかったん?」


みのりは一瞬黙った。


「ホルモンがおいしいとは思っています」


小春が指をさす。


「質問への答えになってない!」


ひかりも小さく笑う。


「みのり、意外と分かりやすいら」


「何が?」


「何でもないら」


参加者は、みのり、ひかり、小春、澪、美月、なつめ、乙実、美里、真帆、瑠璃、結月。


そして四日間同行した福鉄旅行日本橋支店の中堅男性添乗員三人。


この場にいるヒロインたちは全員二十歳以上で、飲酒可能な年齢である。


宿泊組や公共交通機関で帰る者のうち、希望者はビール、焼酎、ハイボールなどを注文。


酒を控えたい者は、熊本産の果物を使ったソーダやノンアルコール飲料を選ぶ。


「運転予定者はいませんね」


真帆が確認する。


「帰宅経路も、終電時刻も確認済みです。飲む人は自分の適量を守ってください」


美月が手を挙げる。


「うち、結構飲めるで」


「その自信が一番危険です」


「信用ないなあ!」


エプロン姿で料理を運んできたのは、みのりの大学の同級生だった。


「みのり、お疲れさま。サミット、すごく盛り上がったらしいね」


「うん。ほぼ予定どおり終わった」


「“ほぼ”なんだ」


「オレンジピザが想定外に完売したから」


美月が胸を張る。


「うちの功績や!」


「台本外です」


真帆がすぐに訂正した。


ひかりは大学の同級生へ興味深そうに尋ねる。


「大学では、みのりってどんな感じだら?」


「今、その話は必要ない」


みのりが止める。


だが、同級生は楽しそうに話し始めた。


「普段は静かだよ。授業も真面目だし、レポートも早い。ただし、千葉県の話題が出なければ」


小春が身を乗り出す。


「出たらどうなる?」


「地域経済の授業で、教授が館山市の漁業について短く説明したことがあって」


みのりの表情が少し険しくなる。


「あの説明は短すぎた」


「みのりが補足を始めて、講義が二十分延びた」


小春が机を叩いた。


「大学でも同じじゃねえか!」


真帆がみのりを見る。


「みのりん。一般の授業まで延長したのですか?」


「教授が漁業、観光、海上交通の関係を省略したからです」


澪が言う。


「千葉、大学でも延長」


ひかりは嬉しそうにみのりを見る。


「どこにいても、みのりはみのりだら」


「褒められてる気がしない」


「褒めてるら」


全員へ飲み物が行き渡る。


福鉄旅行の主任添乗員が立ち上がり、グラスを掲げた。


「それでは、四日間の旅行と、戦隊ヒロインサミット千葉の大成功を祝しまして――乾杯!」


「乾杯!」


店内へグラスの音が響いた。


すぐに、オーナー特製のホルモン盛り合わせが運ばれてくる。


シマチョウ。


マルチョウ。


上ミノ。


ハツ。


レバー。


豚トロ。


赤身肉。


新鮮な野菜。


皿は大きく、量も多い。


にもかかわらず、添乗員がメニューを確認すると、驚くほど安かった。


車両担当の添乗員が二度見する。


「これ、本当に一皿の値段ですか?」


「そうたい」


「東京なら倍近くしますよ」


オーナーは笑う。


「近くに大学もあるけん、学生さんに腹いっぱい食べてもらえる値段にしとるとです」


七輪の網へ肉を載せる。


脂が備長炭へ落ちる。


ジュッという音。


小さな炎。


香ばしい煙。


美月は焼けたホルモンを甘辛い特製ダレにつけ、一口で頬張った。


目を見開く。


「おいしい!」


一度箸を置き、両手を頬へ当てる。


「外は香ばしいのに、中はぷるぷるや! 脂が甘い! タレも最高! しかもオーナーはイケメン! 何一つ欠点ないやん!」


小春が即座に突っ込む。


「オーナーの顔は味に含まれないっす!」


澪が補足する。


「美月さんの採点、顔面加点二十点」


なつめも白いご飯とホルモンを交互に食べる。


「このタレ、ご飯が止まらんがよ! 安いし、うまいし、近所に欲しい!」


乙実はハツをじっくり味わった。


「歯応えはあるのに、硬くありません。下処理が丁寧なんですね」


結月はビールを一口飲み、満足そうに息を吐く。


「木製バンクを走った後の炭火焼きは最高やなあ」


瑠璃は熊本産の米焼酎を少量味わう。


「香りが柔らかいですね。濃い味のホルモンにもよく合います」


真帆は七輪の上へ視線を集中させる。


「脂の多い部位は火が上がりやすいので外側へ。赤身と野菜は中央寄りへ置きましょう」


小春が驚く。


「真帆さん、食事でも現場監督してる!」


「火災と生焼けの防止です」


「打ち上げでも安全管理が完璧!」


ひかりは甘めのタレを気に入ったらしく、ご飯と一緒に味わっている。


「これは、みのりが通うのも分かるら」


みのりも頷く。


「安くて、味がよくて、大学からも近いから」


オーナーが笑う。


「みのりちゃんは、いつも一人で肉を焼きながら千葉県の資料を読んどるもんな」


小春の箸が止まる。


「焼肉屋でも千葉の勉強してるのかよ!」


「待ち時間を有効活用してるだけ」


「肉を焼く時間まで千葉に使うな!」


美月は予想以上に酒が強かった。


最初のビールを飲み終え、米焼酎を使ったサワーを追加。


それでも顔色は大きく変わらない。


ただし、声は普段より明らかに大きい。


笑う回数も増え、オーナーが近くを通るたびに手を振る。


「オーナー! こっち来て一緒に飲もうや!」


「俺は仕事中たい」


「店の責任者やったら、自分で休憩決められるやろ?」


「全員に料理を出してからな」


美月は隣の椅子をぽんぽんと叩いた。


「ここ、空けとくで!」


小春が椅子を戻す。


「オーナーを拘束するな!」


美月はひかりへ身を寄せ、真剣な顔で語り始めた。


「ひかりちゃん、見てみ。顔がええだけやない。ホルモンもうまい。気前もええ。熊本弁もええ。これは優良物件やで」


「本人の前で物件扱いするの、やめるら」


オーナーは困ったように笑いながらも、悪い気はしていないらしい。


「美月ちゃんは、褒め方が豪快たい」


「東大阪では、好きなもんは好きって言うんや!」


澪が焼けたミノを裏返しながら呟く。


「美月さん、ホルモンより店主を焼いてる」


一瞬の沈黙。


小春が吹き出した。


「澪、今日一番うまいこと言った!」


美月も腹を抱えて笑う。


「澪ちゃん、酒飲んだらキレ増すんちゃう?」


「まだ一杯目」


「素面に近いんかい!」


料理が一段落したところで、真帆が資料を取り出した。


小春が嫌そうな顔をする。


「まさか、本当に反省会をやるんですか?」


「大型企画の記憶が新しいうちに、成果と改善点を確認します」


美月がトングでホルモンを裏返す。


「食べながらでええ?」


「肉を焦がさなければ構いません」


最初に、みのりが四日間を振り返る。


「参加者百名を無事に案内し、サミットへもほぼ予定どおり到着できました。大きな事故や体調不良がなかったことが、最大の成果です」


真帆と添乗員三人が頷く。


「一方で、改善点もあります。佐原では町並み保存の説明時間が足りませんでした。銚子では鉄道と港湾輸送について十分触れられませんでした。勝浦朝市への到着は遅く、鴨川では農業の紹介が抜けました。館山では親戚との挨拶に時間を取られ、里見氏の説明が予定より七分短くなりました。内房では海苔養殖、潮干狩り、臨海工業について――」


小春が手を挙げる。


「反省の八割が、“もっとしゃべりたかった”じゃねえか!」


「重要な改善点です」


「改善したら旅行じゃなくて千葉県講義合宿になる!」


「現地で学ぶことも旅行の価値です」


「否定できない正論で押すな!」


ひかりは、みのりとは違う視点から旅を評価した。


「みのりの説明もよかったけど、館山でお父さんや親戚の話をしたのが、一番心に残った人も多かったと思うら」


みのりがひかりを見る。


「そうかな」


「資料の情報だけやなくて、みのりが千葉を大事にしとる気持ちが伝わったから、参加者のみんなも千葉を好きになったんだと思う」


みのりは少しだけ照れた。


小春は、その表情を見逃さない。


「恋人からの高評価!」


二人が同時に振り向く。


「恋人ではありません」


「恋人じゃないら」


添乗員三人まで一緒に笑う。


澪が言った。


「旅行のプロも同時回答に慣れた」


美月は自分の成果を堂々と報告する。


「うちはディナーショーでアシカから間を学んで、八犬伝マジックを成功させて、最後はオレンジピザを完売させた!」


真帆が訂正する。


「八犬伝マジックは、手品としては一度も成功していません」


「でも大爆笑やったやろ!」


「ピザ完売も台本外でした」


「売り上げに貢献したやん!」


小春が言う。


「自分たちの夜食も消滅させたけどな」


なつめは、勝浦朝市で大量の冷蔵品を買い込んだ件を反省する。


「次は、常温保存の物だけにするがよ」


添乗員がすぐに口を挟む。


「量も相談してください」


「腐らん物なら、いっぱい買うても大丈夫やろ?」


「荷物室の容積には限界があります」


「旅行会社は細かいがよ」


「なつめさんの買い物量が多いのです」


最後に澪が短くまとめる。


「千葉は広かった。みのりの説明は、もっと広かった」


全員が黙って頷いた。


小春が拍手する。


「四日間を一言で完璧にまとめた!」


反省会の終盤。


福鉄旅行の主任添乗員がグラスを置き、みのりへ向き直った。


「今回の旅で、みのりさんの千葉愛が本当によく伝わってきました」


ほかの二人も頷く。


「私たちは仕事で、千葉県内を何度も訪れています。佐原も銚子も館山も、初めてではありませんでした」


「でも、今回の旅で見え方が変わりました。名所だけでなく、産業や暮らし、そこで働く人たちの話までつながっていたからです」


主任添乗員は少し照れたように笑う。


「正直に言えば、途中から仕事を忘れて楽しんでしまいました」


真帆が即座に反応する。


「仕事は忘れないでください」


「点呼と安全管理は忘れていません!」


店内に笑いが広がる。


主任添乗員は姿勢を正した。


「参加者アンケートでも、第二弾を希望する声がかなり多く出ています。ですから、ぜひ第二弾をやりましょう」


みのりの目が輝いた。


「本当ですか?」


「次回は福鉄旅行が正式に主催します。みのりさんには、引き続き総合監修をお願いしたい」


小春が箸を止める。


「このホルモン焼き屋で決めるんすか?」


「支店とは、打ち上げへ来る前に相談しました。今日、皆さんの意向を確認する予定だったんです」


真帆が確認する。


「参加人数と日程は、今回と同程度を前提にしてください」


「第二弾は北総と東葛を中心に七泊八日で――」


みのりはすでに鞄からノートを取り出していた。


主任添乗員、車両担当、参加者担当の三人が、完全に同じタイミングで止める。


「まず三泊四日でお願いします」


小春が腹を抱える。


「次回も旅行のプロ三人から同時に止められた!」


「七泊八日でも短いと思います」


「参加者が社会復帰できなくなる!」


七輪を囲んだまま、第二弾の開催が正式に決定した。


候補は北総、東葛、房総の里山、ローカル鉄道、工業地帯。


第三弾についても、第二弾の成果を見て検討する。


みのりのノートには、すでに十数個の候補地が書き込まれている。


美月はほろ酔い状態のまま、オーナーへ手招きした。


「オーナー! 次のツアー、一緒に参加してや!」


オーナーは七輪の炭を調整しながら苦笑する。


「店があるけんなあ。三泊も四泊も休めんたい」


「夜だけ戻ってきたらええやん!」


小春が呆れる。


「県内旅行から毎晩この店へ戻る方が大変だろ!」


美月は諦めない。


「ほな日帰りでええ。イケメンオーナーと巡る、熊本と千葉の食文化交流ツアーや!」


みのりが真剣にノートへ書き始める。


「千葉県産の醤油と熊本の甘い醤油を比較する企画は興味深いです。落花生と辛子れんこんの加工文化も――」


オーナーが慌てた。


「みのりちゃんまで本気で広げんでよ」


小春が忠告する。


「この二人に“考える”って言ったら、参加決定になりますよ」


オーナーは根負けしたように笑う。


「日帰りで、店の都合がつけば考えてもよかよ」


みのりがノートへ大きな丸をつける。


「日帰り企画、参加可能性あり」


「まだ決まっとらんたい!」


宴が終盤へ差しかかった頃、店内の照明が少しだけ落ちた。


オーナーが大きな皿を持って現れる。


そこには、山鹿から直送された馬刺しが、美しく盛りつけられていた。


鮮やかな赤身。


ほどよく脂の入った部位。


歯応えを楽しむ部位。


薄切りの玉ネギ。


おろしショウガ。


ニンニク。


熊本風の甘い醤油。


「『千葉再発見の旅』とサミットの成功祝い。これは店からのサービスたい」


「馬刺しや!」


美月が誰よりも大きな声を上げた。


なつめも身を乗り出す。


「これ、全部食べてええが?」


真帆が答える。


「全員で均等に分けます」


「まだ箸もつけてないのに止められたがよ!」


美月は馬刺しを甘い醤油へつけ、口へ運ぶ。


目を閉じる。


しばらく味わった後、勢いよく目を開いた。


「柔らかい! 肉に甘みがある! ホルモンもうまい、馬刺しもうまい、オーナーはイケメン! ここ天国やん!」


小春が突っ込む。


「やっぱり顔面評価が料理へ混ざってる!」


結月も馬刺しを味わい、満足そうに頷く。


「イベントの後に、これはぜいたくやなあ」


瑠璃も微笑む。


「熊本の味で、千葉の企画成功を祝うというのも素敵ですね」


みのりが説明を始める。


「千葉市は首都圏の交通網により、全国各地の食文化が――」


オーナーが笑いながら止めた。


「みのりちゃん。今日くらい、馬刺しの説明は俺に任せて」


澪が呟く。


「本日二度目の解説権剝奪」


楽しい時間は続いた。


しかし、やがて店内のあちこちでスマートフォンのアラームが鳴り始める。


終電時刻である。


小春は画面を確認して顔色を変えた。


「まずい。この電車を逃したら、乗り換えが一気に厳しくなる!」


澪も経路を確認する。


「川崎、海ほたるから見た時より遠い」


「距離は変わってない!」


美里、乙実、なつめも、それぞれ帰り支度を始める。


遠征組の美月とひかりは、都内の同じホテルへ宿泊する予定になっていた。


そのため、ほかのメンバーより終電には余裕がある。


だが、店を出る頃、美月の足元はかなり怪しくなっていた。


酒には強い。


顔色もそれほど変わっていない。


しかし、イベント成功の解放感、絶品料理、イケメンオーナーとの会話が重なり、普段より多く飲んでしまったのだ。


美月は店先でオーナーへ大きく手を振る。


「オーナー! 次は絶対ツアー来てな〜!」


「分かったけん、まず真っすぐ歩きなっせ!」


美月は一歩進む。


右へふらり。


次は左へふらり。


ひかりがすぐに腕を取った。


「美月さん、危ないら。私につかまるだら」


「ひかりちゃん、優しいなあ〜。みのりんより優しいんちゃう?」


「みのりも優しいら。でも今は、ちゃんと歩くに」


美月はひかりの肩へ腕を回した。


距離が近い。


かなり近い。


「ひかりちゃん、ええ匂いするなあ。ホテルまで一緒やし、今日はうちが借りてもええ?」


「人を借りる物みたいに言わないら」


美月がふらつくたび、ひかりは腰へ手を回して支える。


その様子を、少し離れた場所からみのりが見つめていた。


複雑な表情。


心配そうな目。


だが、美月ではなく、ひかりの腕や肩を見ている時間の方が長い。


小春は即座に気づいた。


みのりの横へ近づき、にやりと笑う。


「みのり」


「何?」


「美月パイセンに嫉妬してる?」


みのりは勢いよく振り向いた。


「してない!」


「でも、さっきからずっと二人を見てるぞ」


「美月さんが転ばないか、安全確認してるだけ」


「美月パイセンが、ひかりにくっついてるから気になるんじゃないの?」


「違います」


澪も二人を見た。


「みのり、目が追跡モード」


「安全確認です」


小春はさらに追い込む。


「じゃあ、みのりが美月パイセンを介抱すれば?」


みのりは一瞬、答えに詰まった。


その間にも、美月はひかりの頬へ自分の頬を寄せようとする。


「ひかりちゃ〜ん。ホテル着いたら、もう一杯飲もうや〜」


「もう飲まないら。水飲んで寝るだら」


「一緒の部屋で寝ようや〜」


「部屋は別だら」


みのりが早足で二人へ近づく。


「ひかり。美月さんの反対側は、私が支える」


小春が後ろから叫んだ。


「嫉妬してるじゃん!」


「してない!」


「行動が早すぎる!」


みのりは美月の反対側へ入り、腕を肩へ回させた。


ひかりとみのりが左右から美月を支える。


美月は二人へ挟まれ、満足そうに笑った。


「何や、恋人二人に介抱されとるみたいやな〜」


みのりとひかりが同時に否定する。


「恋人ではありません!」


「恋人じゃないら!」


酔った美月は腹を抱えて笑う。


その勢いで再び足元が崩れ、二人へ完全にもたれかかった。


「息ぴったりやん! やっぱり恋人やろ!」


「違います!」


「違うら!」


小春がスマートフォンを取り出す。


「この三人、記念に撮っとこう」


みのりが振り向く。


「撮らないで!」


「前回の写真も残ってるぞ」


「消して!」


真帆が深いため息をついた。


「写真問題は後日にしてください。まず美月さんを安全にホテルへ送り届けます」


「真帆さん、オーナーにもホテル来てもらおうや〜」


「来ません」


「まだ本人に聞いてへんで」


店先のオーナーが笑いながら手を振った。


「今日は店を閉めたら、片づけがあるけんな。ホテルへ戻って、しっかり水を飲むとよ」


美月は上機嫌で返事をする。


「はーい! イケメンの言うことは聞くで!」


小春が呆れる。


「真帆さんの指示より効いてる!」


稲毛区の私鉄沿線には、静かな夜が広がっていた。


赤ちょうちんの明かり。


遠くから聞こえる電車の走行音。


炭火と甘いタレの香り。


参加者たちは、それぞれの終電へ向かって歩き始める。


小春は改札時刻を確認し、早足になる。


「最終日まで時間との戦いかよ!」


澪は後ろから一定の速度で歩く。


「終電までが千葉旅行」


福鉄旅行の主任添乗員は、駅へ向かう途中、みのりへ改めて頭を下げた。


「第二弾の打ち合わせは、近日中に日本橋支店で行いましょう」


みのりも、美月を支えたまま頭を下げる。


「よろしくお願いします。明日までに候補地を整理しておきます」


真帆が即座に止める。


「今日は休んでください」


「でも、忘れないうちに――」


「休んでください」


ひかりも笑う。


「みのり、今日は寝るら」


「候補地名だけなら十五分で――」


小春が振り返る。


「千葉の十五分は信用できない!」


やがて、駅の明かりが見えてくる。


小春がみのりへ尋ねた。


「みのり。旅が終わって、寂しい?」


みのりは少し考えた。


四日間。


佐原の町並み。


銚子の海。


勝浦の朝市。


鴨川の水族館。


父の故郷である館山。


内房の山と牧場。


海上道路。


そして、二千人の歓声に包まれた千葉公園。


みのりは穏やかに笑った。


「少し寂しい。でも、第二弾が決まったから」


「もう次の話かよ!」


「千葉は、まだ紹介しきれてない」


小春は夜空を見上げる。


「四日間ずっと聞いたよ、その台詞!」


美月が二人の肩へつかまりながら大声を上げる。


「第二弾はイケメンオーナー同行やで〜!」


「まだ決まってません」


「みのりん、嫉妬してるからオーナーに冷たいんちゃう?」


「何に嫉妬するんですか!」


「うちとひかりちゃんが仲良しやから〜」


みのりの足が一瞬止まった。


小春がすかさず指をさす。


「今、反応した!」


「してない!」


ひかりは顔を赤くしながら、美月を支え直す。


「美月さん、もうしゃべらない方がいいら」


「ほら、ひかりちゃんはうちに優しい〜」


みのりが美月の腕をしっかり持ち直す。


「ホテルまで、私も一緒に送ります」


小春が叫ぶ。


「やっぱり嫉妬してる!」


「安全管理です!」


笑い声が、私鉄沿線の静かな夜へ響いた。


備長炭で焼いた、格安の絶品ホルモン。


熊本出身のイケメンオーナー。


山鹿直送の馬刺し。


福鉄旅行の添乗員から贈られた最大級の賛辞。


七輪を囲んだまま決まった第二弾。


そして、酔っ払い美月にひかりを取られまいとしているようにしか見えない、みのりの小さな嫉妬。


こうして三泊四日の旅行と、過去最大級の盛り上がりとなった「戦隊ヒロインサミット千葉」は、最後まで笑いの絶えない打ち上げによって締めくくられた。


もっとも、みのりの鞄の中にあるノートには、すでに新しい見出しが書かれていた。


「第二弾候補地――北総・東葛・房総里山」


その下には、小さく、


「熊本料理と千葉県産食材の交流企画――オーナーの都合を確認」


とも書き加えられている。


千葉の旅は終わった。


しかし、館山みのりの千葉愛だけは、終電でも終わらない。


『戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅』――おしまい。

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