表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1105/1169

戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅・戦隊ヒロインサミット千葉公園編  ――二千人、光のバンクで大熱狂! オレンジピザと謎のクリアファイルが一瞬で消えた

千葉県を巡る三泊四日の大型企画、「戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅」。


佐原、銚子、勝浦、鴨川、館山、南房総、内房。


参加者100名を乗せた三台の観光バスは、数え切れないほどの笑いと土産物、そして一頭分くらいありそうな羊の毛を連れて、ついに最終目的地の千葉公園へ到着した。


バスの扉が開く。


館山みのりは参加者より先に降りると、深く息を吸った。


千葉駅から徒歩圏にありながら、池、緑、花、散策路、スポーツ施設を備えた都市公園。


市街地の真ん中にありながら、季節の移ろいと文化、運動、憩いを一度に楽しめる、千葉市を代表する場所である。


みのりは振り返り、参加者へ声をかけた。


「皆さん。最終目的地へ到着しましたが、競技場へ入る前に千葉公園について説明します」


月島小春が、二号車から降りるなり叫んだ。


「開演前に新しい講義を始めるな!」


「新しい講義ではありません。旅の総括に必要な補足です」


「補足が長いんだよ!」


みのりは千葉公園の案内図を広げた。


「千葉公園は、都心の利便性と緑豊かな環境が共存する総合公園です。市の花であるオオガハス、池、散策路、スポーツ施設、飲食施設などがそろい――」


安岡真帆が腕時計を見る。


「みのりん。入場開始まで九分です」


「では、八分でまとめます」


「一分しか減ってねえ!」


小春が頭を抱える。


水無瀬澪は、公園内の木々と行き交う人々を見回した。


「都会の真ん中の休憩所」


みのりは即座に頷く。


「簡潔だけど、本質を捉えてる」


小春が澪を指さした。


「最終章まで、澪の短文だけ判定が甘い!」


「小春も簡潔にまとめればいい」


「四日間ずっと突っ込みを担当してきた人間に、それを言うな!」


一行の目の前に立つのは、国際規格の一周250メートル木製バンクを備えた最新鋭の屋内自転車競技場だった。


巨大な建物だが、従来の競輪場にありがちな無骨さはない。


流線形を意識した外観。


開放的なエントランス。


内部には木の質感が美しい急傾斜のバンクと、それを囲む観客席。


競技場でありながら、音楽ライブや大型ステージにも対応できる照明、音響、映像設備を備えている。


みのりは誇らしげに建物を見上げた。


「ここは、従来の競輪場という言葉だけでは説明できません。スポーツ、音楽、映像、飲食、観客参加型イベントを融合できる、都市型スポーツエンターテインメント施設です」


赤嶺美月も目を輝かせる。


「めっちゃおしゃれやん! 競輪場いうより、でっかいクラブみたいや!」


「クラブより規模が大きいです」


「褒めたのに、また訂正された!」


澪が場内をのぞき込む。


「自転車で走れるクラブ」


みのりは少し考えた。


「今日の使い方に限れば、かなり近い」


小春が両手を広げる。


「どうして澪の表現なら通るんだよ!」


一行が場内へ入ると、客席はすでに2000人の観客で埋め尽くされていた。


前座として開催されていたサイクルスポーツフェスタは大成功。


菊池瑠璃の上品で安定したMC。


元女子競輪選手・大西結月による自転車安全教室と木製バンク走行。


藤原詩織のミニライブ。


三人は、それぞれの持ち味で会場を十分に温めていた。


観客はすでに笑い、手拍子を送り、本番の開幕を待っている。


大宮麗奈は瑠璃と顔を合わせると、笑顔で両手を握った。


「瑠璃ちゃん、本当にありがとう。もう本番が終わった後みたいな盛り上がりね」


瑠璃は穏やかに微笑む。


「皆さんの到着を楽しみにしていた方が多かったんです。結月さんと詩織さんにも、ずいぶん助けていただきました」


森川美里も観客席を見回す。


「ステージと客席が近いから、歓声が直接届くね」


真帆は進行表へ目を落とした。


「前座が盛り上がりすぎて、本編の期待値も上がっています」


美月が胸を張る。


「任しとき! うちがもっと盛り上げたる!」


小春は、美月が持っている派手な布を見つめた。


「美月パイセン、まさか今日もインチキマジックやる気じゃないでしょうね」


「今日は台本にないから、安心せえ!」


「安心したのに、何でちょっと寂しいんだろう」


楽屋へ向かう途中、大西結月は一人だけ足を止めた。


照明が落とされた木製バンクには、前座イベントで走った時のタイヤの跡がわずかに残っている。


みのりが気づき、隣へ立った。


「結月さん、どうしました?」


結月はしばらくバンクを見つめた後、少し寂しそうに笑った。


「ここで、本気の勝負をしてみたかったなあと思うて」


先ほどまで観客を笑わせていた声とは違う。


静かで、遠い過去を振り返るような声だった。


「今日走ってみて、よう分かりました。木の感触も、カーブの傾斜も、観客との距離も、ほかの競輪場とは全然違う。現役の時に、このバンクで一回、思い切り勝負してみたかったです」


小春も美月も、珍しく茶化さずに話を聞く。


結月は続けた。


「勝てたかどうかは分かりません。たぶん、簡単には勝てんかったと思います。でも、あの照明の中で歓声を聞きながら走ったら、勝っても負けても忘れられんレースになったやろなあ」


みのりは静かに頷いた。


「今日の走行も、観客の皆さんは忘れないと思います」


「そうやね」


結月の表情が少しだけ明るくなる。


「現役の公式戦では走れんかったけど、今日は子どもたちに自転車を教えて、現役選手と一緒に走れた。それも悪くないです」


澪が言った。


「走れなかったレースの代わりに、今日の一周が残った」


結月が目を丸くする。


「澪ちゃん、ええこと言うなあ」


小春も驚く。


「澪の採点、今日だけ百二十点!」


「いつもは?」


「みのり基準だと全部満点」


開演前の楽屋には、独特の緊張感が漂っていた。


客席は2000人。


これまでの戦隊ヒロインサミットには、それ以上の観客を集めた公演もある。


特に、かつて北の大地のドーム球場で開催されたサミットは、約2万人を集める巨大イベントだった。


今回の観客は、その10分の1。


数字だけを比べれば、明らかに小さい。


しかし、場内に入ったヒロインたちは、数字では測れない違いを感じていた。


美月は客席との距離を確認しながら言う。


「北の大地のドーム球場は、ほんまにすごかったな。二万人やで。客席が上の方までずーっと続いとった」


瑠璃も頷く。


「あの時は、司会席から最上段のお客様のお顔までは、ほとんど見えませんでした」


みのりは木製バンクを囲む客席を見る。


「今回は2000人。でも、ステージと客席が近い。観客の表情も、声も、反応も直接伝わってきます」


ひかりも客席を見つめた。


「北の大地は大きな波みたいな盛り上がりだったけど、今日は一人一人の声が近いら」


彩芽は少し緊張した顔で言う。


「北の大地の時は、広すぎて二万人が大きな景色に見えたべさ。でも今日は、一人一人に見られてる感じがするべさ」


美月が笑う。


「それ、余計に緊張する言い方やな!」


瑠璃は穏やかにまとめた。


「規模の大きさは北の大地。会場の一体感は、今日の方が強くなるかもしれませんね」


みのりも頷く。


「二万人の会場には二万人の迫力がある。二千人の会場には、距離の近さがあります。どちらが上ということではありません。でも、今日の方が熱気を肌で感じられると思う」


美月は両手を叩いた。


「ほな、二万人の十倍近く盛り上がったら、熱量では勝てるやん!」


小春が呆れる。


「どういう計算だよ!」


その時、楽屋へ香ばしい匂いが漂ってきた。


スタッフが運んできたのは、会場名物の石窯焼きオレンジピザだった。


薄く香ばしく焼かれた生地。


表面には滑らかなカスタードクリーム。


その上に、鮮やかな輪切りのオレンジが散りばめられている。


美月は一切れ取ると、ためらいなくかぶりついた。


次の瞬間、目を大きく見開く。


「何やこれ! カスタードクリームに輪切りになったオレンジが散りばめられていて、マジ最高やん!」


小春が振り返る。


「そこだけ急に標準語混ざった!」


神代なつめも一口食べ、力強く頷く。


「甘いけど、オレンジがさっぱりしとって、ほんまにおいしいがよ!」


南部沙羅も上品に口元を押さえる。


「カスタードの甘さと、オレンジの酸味の釣り合いが絶妙ですわね」


ひかりは生地を確認する。


「石窯で焼いとるから、端が香ばしいら」


彩芽も緊張を忘れて笑顔になる。


「なまらおいしいべさ! 二千人に見られる怖さが少し消えたべさ!」


美月は二切れ目へ手を伸ばした。


真帆が箱を閉じる。


「残りはスタッフ用です」


「うちは出演者兼スタッフみたいなもんやろ?」


「違います」


「味見担当は必要や!」


「すでに十分味見しました」


楽屋に笑いが広がり、張り詰めていた空気が一気にほぐれた。


大西結月も一切れを手に取る。


「ここ、バンクだけやのうて、食べ物まで強いんやな」


美月は胸を張った。


「うち、このピザ絶対宣伝するで!」


真帆が振り向く。


「台本にはありません」


「おいしいものを黙っとる方が罪や!」


「その思想が後で問題を起こさなければよいのですが」


やがて、開演時刻を迎えた。


客席の照明が一斉に落ちる。


完全な暗闇。


次の瞬間、木製バンクの内側を一本の青い光が走った。


一周。


二周。


光は周回するたびに速度を上げる。


それに合わせて、重低音が次第に強くなる。


大型スクリーンには、四日間の旅の映像が映し出された。


佐原の小野川。


伊能忠敬。


銚子の漁港と醤油。


犬吠埼の灯台。


屏風ヶ浦。


勝浦朝市。


鴨川の大規模水族館。


シャチの水しぶきを浴びる美月と彩芽。


館山城。


崖観音。


鋸山。


羊の群れに完全包囲される彩芽。


海上パーキングエリアから見た東京湾。


最後に、三台のバスが千葉公園へ到着する。


映像が消える。


バンク全体が、紫と金色の光に染まった。


レーザー光線が天井を走り、スモークの中から菊池瑠璃が姿を現す。


「皆さま、大変お待たせいたしました」


上品で澄んだ声が、場内の隅々まで響く。


「千葉県を四日間かけて巡った旅の集大成――『戦隊ヒロインサミット千葉』、ただいまより開幕いたします!」


2000人の歓声が、屋内空間を揺らした。


その声は、北の大地の二万人会場のような遠くから押し寄せる巨大な波ではない。


すぐ目の前から、四方から、一人一人の声が重なって飛んでくる。


美月は舞台袖で目を見開いた。


「近っ! 歓声がそのまま体に当たるやん!」


みのりも息をのむ。


「二千人なのに、数字以上に大きく感じる」


ひかりが笑う。


「みのりの言うたとおりだら。今日は熱気が近い」


彩芽は緊張しながらも、客席へ小さく手を振る。


すると、すぐ近くの観客が大きく振り返してくれた。


「反応が見えるべさ!」


瑠璃の声が続く。


「今夜は、250メートルの木製バンクすべてを舞台へ変えます。音楽、光、映像、トーク、そして戦隊ヒロインたちの個性を、最後までお楽しみください!」


音楽が切り替わる。


光がバンクを高速で周回し、客席の照明まで連動する。


最初に登場したのは、みのりとひかり。


青と緑のスポットライトが左右から二人を追い、アリーナ中央で重なる。


小春が舞台袖から叫ぶ。


「恋人コンビ、登場!」


二人は同時に振り返った。


「恋人ではありません!」


「恋人じゃないら!」


2000人の観客が一斉に笑う。


瑠璃は微笑みを崩さず言った。


「本日も、大変呼吸の合ったお二人でございます」


さらに大きな拍手。


小春がステージへ出ると、白いフラッシュが連続して点滅した。


小春の突っ込みに合わせ、照明スタッフが光を入れる演出である。


「私の突っ込みを照明キューに使うな!」


その言葉にも、強烈な白い光が入る。


観客が笑う。


「今のも光らせるな!」


また光る。


「わざとだろ!」


さらに光る。


小春は開始三分で、完全に照明スタッフのおもちゃになった。


沙羅は淡い青の光の中を優雅に登場。


一礼するだけで会場の空気を上品に変える。


美月が、


「さすがハマのプリンセスや!」


と叫ぶと、沙羅は余裕の笑顔で手を振った。


澪は深い青色のスポットライトの下へ立つ。


「二千人。多い」


会場が笑う。


「バンク。丸い」


さらに笑い。


みのりが横から訂正する。


「正確には楕円に近いよ」


「みのり。今日も厳密」


「澪。今日も雑」


小春が叫ぶ。


「漫才が成立してる!」


乙実となつめは、参加者100名との旅の思い出を紹介する。


大型スクリーンには、勝浦朝市で大量の買い物袋を抱えたなつめの写真。


さらに、添乗員が保冷方法を相談している映像。


なつめは顔を赤くする。


「あれは市場の魅力を伝えるために買うたがよ!」


添乗員の録音された声が流れる。


『冷蔵設備の問題が、荷物の容積問題へ変わっただけです!』


会場は大爆笑。


麗奈と美里は、瑠璃を支えるサブMCとして安定感を発揮する。


麗奈は美月の暴走を笑顔で本筋へ戻し、美里は旅の参加者へ温かく声をかける。


彩芽の登場時には、大型スクリーンいっぱいに牧場の羊が映った。


その中心には、羊の群れに埋もれた彩芽。


「その映像、使うって聞いてないべさ!」


美月が叫ぶ。


「知能指数が近いから、動物も安心したんや!」


「まだ言うべか!」


小春も加わる。


「牧羊犬から正式に仲間認定されてたもんな!」


「うちは羊じゃないべさ!」


客席から、


「彩芽ちゃーん!」


という大きな声援が飛ぶ。


彩芽は顔を真っ赤にしながら、仕方なく両手を頭の横へ当て、羊の耳を真似した。


場内から、この日最初の大歓声が上がる。


美月は赤と金の照明を浴び、アシカショーで学んだ大げさな動きで登場する。


腕を叩き、首を傾げ、観客へ拍手を催促。


2000人が一斉に手を叩く。


美月は満足そうに胸を張った。


「今日はインチキマジックせんでも笑い取れたで!」


真帆の声が舞台袖から飛ぶ。


「そのまま何もしないでください」


「ひどない!?」


サミット中盤。


瑠璃が、金色のカードを手にステージ中央へ立った。


「ここからは、戦隊ヒロインの皆さんに、千葉への理解と団結力を競っていただきます」


小春が嫌な予感を覚える。


「また変な企画じゃないでしょうね」


瑠璃は笑顔で宣言した。


「第一種目。千葉県の形、人文字完全再現選手権です」


会場から拍手。


小春は頭を抱えた。


「二千人集めて何やらせるんだよ!」


ルールは単純。


ヒロインたちがアリーナへ寝転がり、自分たちの体だけを使って千葉県の輪郭を再現する。


天井カメラの映像が大型スクリーンへ表示される。


監督は、当然みのり。


みのりは誰よりも真剣な顔で指示を出した。


「美月さんは銚子。もっと右です」


美月が寝転んだまま叫ぶ。


「右ってどっちや!」


「太平洋側!」


「屋内やから太平洋見えへん!」


「彩芽さんは館山。もう少し南」


「これ以上行ったら照明機材にぶつかるべさ!」


「小春は浦安付近」


「私だけ位置指定が細かい!」


「ひかりは富士山が見える内房側」


小春が起き上がる。


「そこだけ恋人向けの説明みたいになってるぞ!」


「恋人ではありません!」


澪は成田付近に寝転がった。


「ここでいい?」


「もう少し北東」


「千葉、難しい」


全員が大真面目に数センチずつ位置を調整する。


完成した人文字が大型スクリーンへ映された。


千葉県というより、横向きに寝た巨大な落花生だった。


2000人が一斉に笑う。


小春がスクリーンを見て叫ぶ。


「落花生県になってるじゃねえか!」


みのりだけは納得していない。


「房総半島の角度が違います。もう一度お願いします」


真帆が止める。


「競技時間は一回です」


「千葉県の形が不正確です」


「観客は満足しています」


「地理的には満足できません!」


瑠璃が上品に判定する。


「郷土愛は十分に伝わりましたので、成功といたします」


みのりだけが不服そうな顔で退場した。


第二種目は、


「ぬれ煎餅を割らずに運べ! 千葉一周リレー」。


アリーナ床面へ千葉県の巨大地図を投影。


四チームに分かれたヒロインたちは、皿に載せたぬれ煎餅一枚を、佐原、銚子、勝浦、館山、千葉公園の順番で運ぶ。


小春がぬれ煎餅を見つめる。


「これ、もともと柔らかいから割れにくくない?」


真帆が真剣に説明する。


「欠けても失格です」


「そこだけ競技規則が厳密!」


美月は皿を両手で抱え、異常に小さな歩幅で進む。


「絶対落とさんで!」


小春が後ろから急かす。


「遅い! 銚子まで何時間かかるんすか!」


「安全第一や!」


「普段の美月パイセンから一番遠い言葉!」


なつめは勢いよく走り出した。


「勝つがよ!」


しかし、急加速した瞬間、ぬれ煎餅が皿の上を滑る。


なつめは見事に片手で受け止めた。


会場から大拍手。


真帆が判定する。


「手で触れたため失格です」


「落としてないがよ!」


「規則です」


一方、澪は最初から走らない。


一定の速度で静かに歩く。


ほかのチームが落としたり、進路を間違えたりしている間に、無傷のままゴールへ到着。


「急がない方が早かった」


みのりが真面目に頷く。


「旅行の安全管理にも通じる教訓です」


小春が叫ぶ。


「ぬれ煎餅リレーから人生訓を作るな!」


第三種目。


瑠璃がみのりへ向き直る。


「みのりさんには、三十秒で千葉県の魅力をすべて説明していただきます」


みのりの顔が固まった。


「無理です」


会場が笑う。


「三十秒では、千葉県の導入部分も終わりません」


「そこをお願いします」


大型スクリーンに三十秒のカウントダウンが表示される。


開始。


みのりは恐ろしい早口で話し始めた。


「千葉県は三方を海に囲まれ北西部の都市圏、北総の歴史、水郷、銚子の漁業と醤油、九十九里、外房、南房総、内房、農業、酪農、工業、空港、歴史的人物、地質、海上交通、自転車競技――」


十五秒。


みのりの息が続かなくなる。


ひかりが心配して叫ぶ。


「みのり、息継ぎするら!」


みのりは一度だけ大きく息を吸い、さらに速度を上げた。


「落花生だけではなく梨、菜の花、海苔、房州びわ、伝統文化、鉄道、港湾、都市公園、そして――」


終了のブザー。


みのりはマイクを握りしめた。


「まだ導入です!」


2000人が、この日最大級の笑い声を上げた。


小春が肩を叩く。


「三十秒で導入なら、完全版は何時間なんだよ!」


「最低でも二泊三日」


「旅行が始まる!」


後半は、詩織のミニライブ。


バンク全体が巨大な光の輪へ変わる。


音楽に合わせて青、紫、赤、金の光が250メートルを周回。


客席のペンライトも連動し、会場全体が一つの巨大な円となる。


サビではヒロイン全員がアリーナへ集まり、観客と一緒に腕を振った。


北の大地の二万人公演では、遠くの客席が巨大な星空のように見えた。


今回は、観客一人一人の顔が見える。


振った手に、すぐ手が返ってくる。


笑えば、目の前で笑い返してくれる。


美月は歌いながら、みのりの方を見る。


「こっちの方が、熱いやん!」


みのりも頷く。


「うん。近いから、会場全体が一つになってる」


瑠璃もステージ脇から観客を見渡す。


「二万人の迫力とは違う、二千人の一体感ですね」


ひかりが微笑む。


「今日の方が、みんなと一緒に作ってる感じがするら」


彩芽も緊張を忘れ、客席へ大きく手を振る。


「なまら盛り上がってるべさ!」


曲の間奏では、結月が競技用自転車とともに姿を現した。


先ほどとは違い、全力走行ではない。


それでも、木製バンクへ入った瞬間、結月の表情は元選手のものへ変わる。


光の帯が自転車を追う。


結月は低い位置から速度を上げ、カーブの傾斜へ自然に乗せる。


木製走路を駆ける乾いた車輪の音が、音楽のリズムへ重なる。


一周。


二周。


観客のすぐ前を通過するたび、歓声が大きくなる。


結月はゴール線付近で速度を落とし、客席へ手を振った。


「やっぱり、ここで勝負してみたかったなあ」


その声はマイクに拾われていた。


一瞬、会場が静かになる。


結月は笑顔で続けた。


「でも、今日の景色も一生忘れんと思います。皆さん、ありがとう〜♪」


客席から大きな拍手と歓声。


「結月ちゃーん!」


という声に、結月は再び手を振る。


「ありがとう〜♪」


小春が笑う。


「急に返事だけアイドルになる!」


フリートークでは、瑠璃がヒロインたちへ尋ねた。


「この会場で、特に気に入ったものはありますか?」


美月が勢いよく手を挙げる。


「このおしゃれな屋内競輪場、マジで最高やで! 光も音もかっこええし、アリーナフードもうまい!」


なつめも立ち上がる。


「特にオレンジピザ! カスタードクリームとオレンジが合うて、ほんまに絶品ながよ!」


美月は客席へ向かって両手を広げた。


「カスタードクリームに輪切りになったオレンジが散りばめられていて、マジ最高やん! まだ食べてへん人、絶対食べてみて!」


瑠璃が補足する。


「場内のフードショップで販売中でございます。ただし、数には限りが――」


客席のあちこちで、観客が一斉にスマートフォンを取り出した。


注文画面が開かれる。


短時間に注文が集中する。


数分後、瑠璃のイヤーモニターへスタッフから連絡が入った。


瑠璃は少し驚いた表情で言う。


「ただいま、オレンジピザが完売したとの報告が入りました」


会場から歓声と爆笑。


美月は両腕を上げる。


「見たか! うちの販売力!」


小春が突っ込む。


「自分たちの夜食まで売り切らせた!」


なつめが青ざめる。


「楽屋の分、残っとらんが?」


真帆が即答する。


「ありません」


なつめは肩を落とした。


「宣伝せん方がよかったがよ……」


澪が言う。


「技能賞級の失敗」


イベント終盤。


瑠璃が金色の封筒を手に、ステージ中央へ立った。


「ここで、戦隊ヒロインサミット恒例の三賞を発表いたします」


照明が落ち、ドラムロールが鳴る。


「技能賞。赤嶺美月さん!」


美月が驚く。


「うち!? マジック一回もしてへんで!」


「会場名物のオレンジピザを、一度の紹介で完売させた販売技能が評価されました」


場内から大拍手。


小春が笑う。


「手品じゃなくてピザで技能賞!」


美月は少し複雑な顔をした。


「うち、戦隊ヒロインやんな?」


「少なくとも手品師ではないです」


続いて敢闘賞。


「四日間にわたり、千葉県の魅力を伝え続けた館山みのりさん。そして千葉県在住者として参加者とイベントを支えた森川美里さんです!」


みのりと美里が並んで一礼する。


そして最高殊勲選手。


瑠璃は超満員の客席を見渡した。


「今回の最高殊勲選手は――この会場へお越しくださった、満員の観客の皆さまです!」


一瞬の静寂。


直後、2000人の拍手と歓声が場内を揺らす。


ヒロイン全員が、客席へ深く頭を下げた。


賞品を渡すため、「マッチコミッショナー」という謎の役職を持つノムさんが登場する。


なぜ戦隊ヒロインのイベントにマッチコミッショナーが必要なのか、誰も知らない。


技能賞の美月には、麗奈ちゃんプリペイドカード500円分。


美月はカードを見つめた。


「オレンジピザ、これで買える?」


麗奈が微笑む。


「次回まで大切に持っていてね」


「今日買われへんの!?」


敢闘賞のみのりと美里には、麗奈ちゃんプリペイドカード1000円分と戦隊ヒロイン手ぬぐい。


みのりは手ぬぐいを広げる。


「実用的です」


美里も嬉しそうに笑う。


「旅の記念になるね」


最高殊勲選手である観客には、退場時に特製千葉クリアファイルと、ぬれ煎餅一枚が配られる。


大型スクリーンへ、クリアファイルの絵柄が映し出された。


丸い顔にデフォルメされたみのりが、千葉県の形を抱えている。


その隣では、美里が巨大な落花生と魚を両手に持っている。


どことなく素朴。


決して洗練されてはいない。


だが、見ているうちに妙な愛着が湧く、不思議な絵だった。


小春が首をかしげる。


「この絵、誰が描いたんだ?」


澪が麗奈を見る。


「麗奈さんのおばあちゃんという噂」


2000人の視線が、麗奈へ集まる。


麗奈は上品な笑顔を保ったまま、何も答えない。


美月が尋ねる。


「麗奈さん、否定せえへんの?」


「誰が描いたとしても、心のこもった絵よ」


小春が叫ぶ。


「否定してない!」


みのりはスクリーンの絵を真面目に分析する。


「千葉県の農業と水産業を、一枚で分かりやすく表現しています」


美里は自分の絵を見つめる。


「私、落花生を三つも持ってるね」


澪が結論づける。


「作者、ほぼ確定」


麗奈は最後まで否定しなかった。


そして、このクリアファイルは退場時、予想外の大人気となった。


受け取った観客たちは、


「かわいい!」


「この素朴な絵、何か癖になる!」


「みのりちゃん、千葉県を抱えてる!」


「美里ちゃんの落花生、でかすぎる!」


と大喜び。


出口付近では、クリアファイルと実物のみのりを並べて写真を撮る人まで現れる。


小春がその様子を見て笑う。


「まさかオレンジピザの次に人気が出るとはな」


美月が麗奈へ近づく。


「麗奈さんのおばあちゃん、商業イラストレーターになれるんちゃう?」


麗奈は微笑む。


「祖母が描いたとは言っていないわ」


「違うとも言ってへん!」


観客の一人が麗奈へ声をかける。


「次は全ヒロイン版も作ってください!」


麗奈は丁寧に頭を下げた。


「検討しておきます」


小春が目を見開く。


「発注先を知ってる人の返事じゃん!」


サミットの最後。


みのりが、光に照らされた250メートル木製バンクを背に、ステージ中央へ立った。


「最後に、このバンクで開催される自転車競技についてお話しします」


小春が小声で言う。


「最後まで説明はするんだな」


みのりは客席を見渡した。


「ここでは、国際的なトラック競技のケイリンをもとにした、六人制の高速レースが行われてきました。一周250メートルの短いバンクを周回するため、選手が短い間隔で何度も目の前を通過します」


大型スクリーンには、バンクを高速で走る選手たちの映像が流れる。


「車輪の音。目の前を通過する時の風。選手同士の位置取り。高い位置から一気に下りながら加速する迫力。映像で見るだけでは分からない臨場感があります」


結月は客席から静かにバンクを見上げる。


「次回の開催は未定です。でも、再びこのバンクでレースが行われる時には、ぜひ足を運んでください」


みのりの声には、単なる観光案内とは違う真剣さがあった。


「高速で選手が目の前を通過する、臨場感満点のレースです。この施設と、ここで戦う選手たちを、これからも応援していただけたら嬉しいです」


結月が最初に拍手を送った。


その拍手が隣へ広がる。


やがて2000人全員の大きな拍手となり、木製バンクを包んだ。


詩織の最後の楽曲が始まる。


250メートルのバンクを、青、紫、赤、金の光が高速で周回する。


客席のペンライトも連動し、場内に巨大な光の輪が完成した。


瑠璃が、最後の言葉を告げる。


「佐原、銚子、外房、南房総、内房、そして千葉公園。四日間の旅へ参加された皆さま、この会場へお越しくださった皆さま、本当にありがとうございました!」


みのりが客席へ一礼する。


「千葉県は、まだまだ紹介しきれていません」


小春が即座に叫ぶ。


「最後までそれを言うのかよ!」


2000人が笑う。


みのりも笑顔を見せた。


「だから、また千葉へ来てください。次は皆さん自身の千葉を再発見してください」


場内を揺らす歓声と拍手。


ヒロインたちは全員で手をつなぎ、客席へ深く頭を下げた。


北の大地の二万人公演ほど大きな会場ではない。


観客の数も10分の1。


それでも、今回の二千人は近かった。


笑顔が見えた。


声が届いた。


ヒロインたちが手を振れば、その場ですぐに手が返ってきた。


数字では測れない一体感が、最新鋭の屋内競輪場を満たしていた。


過去最大級の光と音。


全力で挑んだ、くだらない千葉県人文字。


ぬれ煎餅リレー。


三十秒で導入すら終わらなかった千葉紹介。


しんみりと語られた結月の競技人生。


一瞬で売り切れたオレンジピザ。


そして、麗奈の祖母が描いたと噂される、妙に味のある特製千葉クリアファイル。


退場口には、


「オレンジピザ 本日分完売」


の札が掲げられている。


その横では、クリアファイルを受け取った観客たちが、笑顔で絵柄を見せ合っていた。


なつめは完売札を見て肩を落とす。


「ほんまに一枚も残っとらん……」


美月は技能賞のプリペイドカードを掲げた。


「売り切らせたんやから、技能賞の仕事は完璧や!」


小春が答える。


「自分たちの夜食まで消したんですけど・・・」


麗奈は、クリアファイルを嬉しそうに持つ観客たちを見ながら、そっとスマートフォンを取り出す。


そして、どこかへ短いメッセージを送った。


小春が画面をのぞこうとする。


「誰に送った?」


麗奈は笑顔でスマートフォンをしまう。


「内緒よ」


澪が呟く。


「作者へ売れ行き報告」


麗奈は否定しない。


こうして、四日間にわたる「戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅」と、その集大成である「戦隊ヒロインサミット千葉」は、大盛況のうちに幕を閉じた。


過去最大級に派手で、過去最大級にくだらなく、そして過去最大級に観客との距離が近かった夜。


笑い声と歓声、車輪の音、オレンジの香り。


そのすべてを250メートルの光の輪が包み込み、千葉公園の夜へ、忘れられない一ページを刻んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ