戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅・南房総編 ――灯台、八犬伝、崖の観音! みのり、父の故郷で説明が止まらない
「戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅」三日目。
前日の勝浦朝市と鴨川の大規模水族館を満喫した参加者100名と戦隊ヒロインたちは、朝食を済ませ、三台の観光バスへ乗り込んだ。
ホテルを出発する前から、赤嶺美月は妙に落ち着きがなかった。
手には、昨夜のディナーショーで使った派手な布と、色違いのピンポン玉が入った透明な袋。
月島小春が怪訝そうに尋ねる。
「美月パイセン、朝から何持ってるんすか?」
「今日、館山城へ行くんやろ?」
「行きますけど」
「八犬伝や!」
美月は袋を高々と掲げた。
「八つの玉を使った、新しいインチキマジックを完成させるんや!」
安岡真帆が即座に反応する。
「インチキであることを自分から認めないでください」
水無瀬澪は眠そうな目で袋を見る。
「美月さん、昨日はアシカに弟子入り。今日は八犬士に弟子入り」
「旅をしながら成長する、芸達者な戦隊ヒロインや!」
小春が首をかしげる。
「戦闘能力より余興の能力が伸びてません?」
一方、館山みのりは、朝から見たことのないほど大量の資料を抱えていた。
通常の行程表。
観光案内用の資料。
参加者向けの簡易版。
添乗員向けの道路情報。
さらに、分厚い手書きの別冊。
杉山ひかりが、その別冊を指さした。
「みのり、それ何?」
「館山・南房総補足資料」
「何ページあるら?」
「六十二ページ」
「補足で六十二ページ?」
真帆も通常版をめくる。
「こちらの本編資料は?」
「九十八ページです」
小春の声が、別号車との連絡端末から飛んでくる。
「観光案内に合計160ページも使うな!」
みのりは真面目に答えた。
「館山と南房総だから、これでもかなり圧縮してる」
澪が呟く。
「みのり、準地元で容量解放」
「その表現は正確」
「認めるんだ!」
三台のバスは鴨川を出発し、房総半島南部へ向かった。
海と山が近接する景色の中を走り始めると、みのりは早速車内マイクを握る。
「皆さん、本日は房総半島南部、安房地域を巡ります」
その声はいつもより明るく、話す速度も微妙に速い。
「特に館山市は、私の父の故郷です。父方の親戚が現在も多く暮らしていて、子どもの頃から何度も訪れてきました。私にとって館山と南房総は、準地元と呼んでもよい場所です」
参加者から小さなどよめきが起こる。
大宮麗奈が笑顔で言う。
「みのりん、今日は里帰りみたいなものなのね」
森川美里も続ける。
「みのりん、朝からいつも以上に楽しそうだよ」
神代なつめも身を乗り出す。
「みのりん、しゃべる速度が昨日より速いがよ!」
今津乙実も資料を見ながら頷いた。
「説明資料も、明らかに厚いです」
みのりは少し照れながら答える。
「館山は、ただの海辺の観光都市ではありません。温暖な気候、漁業、里見氏の歴史、神社仏閣、花、海岸景観、東京湾の入口としての地理的役割――」
小春が連絡端末越しに止める。
「まだ目的地にも着いてねえのに、全部言おうとすんな!」
みのりは構わず続ける。
「館山湾は波が比較的穏やかで、鏡のように見えることから“鏡ケ浦”とも呼ばれます。そして安房地域は、太平洋と東京湾の両方の文化が交わる――」
真帆が時計を指す。
「みのりん。最初の目的地まで、説明時間はあと七分です」
「あと七分しかないんですか?」
「あと七分もあります」
「では要点を絞ります」
小春が不安そうに言う。
「みのりの“要点”って、普通の人の本編なんだよな」
最初に到着したのは、房総半島最南端の野島埼灯台だった。
バスを降りると、青い太平洋から強い風が吹きつける。
高城彩芽が帽子を両手で押さえた。
「なまら風が強いべさ!」
みのりは、白亜の灯台を指し示す。
「昨日訪れた犬吠埼が関東の東端を象徴する場所なら、野島埼は房総半島の南端です」
澪がすぐに言った。
「昨日は東の端。今日は南の端」
みのりが満足そうに頷く。
「簡潔で正確」
小春が両手を広げる。
「澪の短文、どうして毎回満点なんだよ!」
みのりは参加者へ向き直る。
「この灯台は、房総半島南部を航行する船にとって重要な道標となってきました。東京湾へ入る船、太平洋を北上する船、そのどちらにとっても重要な海域です」
南部沙羅は灯台を見上げる。
「犬吠埼よりも、どこか南国らしい明るさがありますわね。白い灯台が青空へ溶け込むようです」
美月は灯台を背に、両手を大きく広げた。
「ここで海風に向かって走ったら、めっちゃええ映像になるで!」
真帆がすぐに声を飛ばす。
「美月さん、岩場の方向へ走らないでください」
「まだ走ってへん!」
「昨日から、その言葉を何度も聞いています」
見学は、灯台へ上る班と、海岸遊歩道を歩く班に分けて行われる。
足腰に不安のある参加者は無理をせず、麗奈や美里と一緒に周辺を散策する。
彩芽は灯台の上から広がる海を見て、目を丸くした。
「海しか見えないべさ!」
みのりが横から訂正する。
「陸地も見えるよ」
「感動した時くらい、細かいこと言わなくてもいいべさ……」
ひかりが笑う。
「みのり、今日は準地元だから精度が高すぎるら」
「いつも正確に説明してる」
「今日は小数点以下まで説明しそうだら」
野島埼灯台を後にした一行は、安房神社へ向かった。
参道へ足を踏み入れたみのりは、先ほどまでの早口を少しだけ抑える。
「安房神社は、この地域の歴史を理解する上で欠かせない場所です。観光の途中で“ついでに寄る神社”ではありません」
小春が小声で言う。
「参拝前から観光客へ圧かけてるぞ」
ひかりがみのりの袖を引く。
「みのり、神社では柔らかく説明するだら」
みのりは一度咳払いする。
「安房神社は、安房国一之宮として信仰を集めてきました。産業やものづくり、地域の開拓とも深い関わりを持つ神社です」
ここで、みのりの説明に個人的な記憶が混じる。
「父は、館山へ来ると必ずここへ立ち寄りました。私が子どもの頃は意味が分からなくても、“館山へ来たら、まず神様へ挨拶しなさい”と言われていました」
参加者たちは静かに耳を傾ける。
沙羅が微笑む。
「お父様から受け継いだ、故郷へのご挨拶なのですわね」
「はい。大人になって歴史を調べて、父がなぜ大切にしていたのか分かるようになりました」
ひかりは、みのりの横顔を優しく見つめる。
一方、参拝を始めたヒロインたちの願い事は、必ずしも静謐ではなかった。
真帆は手を合わせながら、小声で言う。
「最終日のイベントまで事故なく、予算超過もなく終わりますように」
小春が吹き出す。
「神様への願いまで経理と安全管理!」
なつめも真剣に手を合わせる。
「今日のディナーショーが盛り上がりますように!」
その隣では、美月が長時間祈っていた。
小春が尋ねる。
「美月パイセン、何をそんなにお願いしたんすか?」
「八犬伝マジックのネタが降りてきますようにや」
真帆が深いため息をつく。
「神前で余興の打ち合わせをしないでください」
澪が社殿を見上げる。
「神様、担当範囲が広い」
次に一行が向かったのは、館山市街地を見下ろす館山城だった。
城山公園へ到着した時点で、みのりの説明速度は再び上がっている。
「館山城は、戦国時代に安房を支配した里見氏の歴史と深く関わる場所です。ただし、現在の天守形式の建物と、史実の城郭を混同しないでください」
美月が自信満々に手を挙げる。
「八人の剣士が八匹の犬に乗って悪者と戦う話やろ?」
みのりの足が止まる。
「美月さん。ほぼすべて違います」
「でも、“八”と“犬”は合っとるやん!」
小春が指を二本立てる。
「百点満点で二点!」
「二点もらえたら十分や!」
「十分じゃありません」
みのりは真顔で訂正する。
館山城の展示では、史実の里見氏と、物語としての『南総里見八犬伝』が、それぞれ別のものとして説明される。
みのりは歴史的背景を説明しながら、時折、自分の幼い頃の思い出も挟む。
「こちらの坂は、子どもの頃にいとこたちと競走しました」
ひかりが驚く。
「みのりも走り回って遊んでたんだら?」
「普通に遊んでたよ」
澪が言う。
「みのりにも幼少期が存在した」
「当たり前でしょ」
麗奈は城山から館山湾を眺めて、感嘆の声を上げる。
「お城から海が見えるのは館山らしいわね。町と海が一つの舞台みたい」
乙実も景色を眺める。
「山形の城とは全然違います。城下町の先に、すぐ海が広がっているんですね」
彩芽は八犬伝の展示を見ながら目を輝かせた。
「お城の中に物語の博物館があるべさ。なまら豪華だべさ!」
澪が短くまとめる。
「館山城、八犬伝本部」
みのりは少し考える。
「正式ではないけど、覚え方としては分かりやすい」
小春が叫ぶ。
「また澪だけ認められた!」
美月は八つの玉の意匠を見つめ、すでに余興の構想へ入っていた。
「この八個の玉、手品に使えるな」
真帆がすぐに釘を刺す。
「展示物は使えません」
「使うわけないやろ! 売店で似たような玉探すだけや!」
「もう調達へ入っているのですね」
美月は館山城の売店で、八色の小さなボールを見つける。
しかし、八色セットはなく、七色セットしかない。
美月は少し考え、白いピンポン玉へ油性ペンで「八」と書いた。
小春が見つめる。
「その一個だけ雑すぎません?」
「伝説の追加戦士や!」
「八犬伝に追加戦士を出すな!」
続いて訪れたのは、岩壁へ張り付くように建つ大福寺の崖観音だった。
バスの窓から朱塗りの観音堂が見えた瞬間、美月が叫ぶ。
「何であんな場所に建てようと思ったん!?」
みのりは落ち着いて答える。
「海上安全や豊漁を願う信仰と結びついた場所です。高い位置から館山湾を見渡せます」
「説明聞いても、建てた人の根性がすごいわ!」
彩芽は階段を見上げ、不安そうに尋ねる。
「みのりさん、上までは近いべか?」
「距離はそれほど長くないよ」
「なら大丈夫だべさ!」
彩芽は元気よく上り始めた。
ところが数分後。
「みのりさん……高低差の話、聞いてなかったべさ……」
彩芽は手すりにつかまり、肩で息をしていた。
小春がみのりを責める。
「距離だけ答えて高さを隠したな!」
「隠してない。高低差については聞かれなかったから」
「旅行ガイドとして不親切すぎるだろ!」
麗奈は息を切らしながらも、MCのような口調を崩さない。
「皆さーん……無理をせず……ゆっくり上りましょう……会話できる速度を……保ってください……」
美里が後ろから心配する。
「麗奈さんが一番会話できてないよ!」
澪は観音堂を見上げる。
「崖に刺さる観音堂」
みのりが頷く。
「表現は独特だけど、位置関係は伝わる」
小春が頭を抱える。
「澪への採点基準だけ、誰にも分からない!」
ようやく観音堂へ到着すると、館山湾の雄大な景色が広がった。
先ほどまで騒いでいたヒロインたちも、しばらくは黙って海を眺める。
ひかりが、みのりの隣へ立った。
「みのりが館山を好きな理由、ここに来ると分かるら」
みのりは穏やかな表情で海を見る。
「この海を見ると、帰ってきた気がするんだ」
「千葉市で生まれ育ったのに?」
「うん。父の故郷だから。私の中にも、この景色がずっと残ってる」
ひかりは小さく微笑む。
「今日、連れてきてくれてありがとう」
「私が連れてきたというより、ツアーだけど」
「そこ、素直に“どういたしまして”でいいら」
少し離れた場所では、小春と澪が二人を観察していた。
小春が囁く。
「あれ、もう恋人同士の里帰りだろ」
澪が頷く。
「本人たち以外、全員知ってる」
南房総を巡った一行は、さらに安房地域を北上し、鋸南町の保田漁港へ向かった。
漁港の食事施設へ入ると、美月は巨大な海鮮料理の写真へ釘付けになる。
「みのりん、あの船盛りみたいな定食、頼んでもええ?」
「ホテルの夕食まで三時間しかないよ」
「三時間もあるやん!」
「三時間しかない」
小春が呆れる。
「食事間隔の価値観が真逆だ!」
参加者には夕食に響かないよう、小さめのアジフライとつみれ汁が用意された。
美月は隣の参加者の皿と自分の皿を交互に見る。
「あの人のアジフライ、うちのより大きく見えへん?」
真帆が即答する。
「同じ規格です」
「遠近法か……」
前日の勝浦朝市で大量の買い物をしたなつめには、添乗員から「今日は常温保存品のみ」という条件が出されていた。
なつめは、海苔、乾物、魚のせんべいを次々に購入する。
乙実が大きな袋を見る。
「なつめさん、昨日より荷物が増えていませんか?」
「今日は腐らんから大丈夫!」
添乗員が頭を抱える。
「冷蔵設備の問題が、容積と重量の問題に変わっただけです!」
夕方、一行は館山湾を望む海辺のリゾートホテルへ到着する。
みのりがロビーへ入った瞬間、年配の女性スタッフが声を上げた。
「あら、みのりちゃん!」
みのりの足が止まる。
「……お久しぶりです」
「大きくなったねえ。昔は、いとこたちとロビーを走り回ってたのに」
その場にいた全員が、一斉にみのりを見た。
小春が目を見開く。
「みのりがロビーを走り回ってた!?」
真帆も驚く。
「現在の安全管理意識からは想像できませんね」
ひかりの目が輝く。
「子どもの頃のみのりの話、もっと聞きたいら」
「聞かなくていい」
そこへ、別のスタッフがやって来る。
「みのりちゃん、お父さん元気?」
さらに、ロビーで待っていた親戚らしい女性まで近づいてくる。
「まあ、本当にみのりちゃんだ。こんな立派な仕事をしてるのねえ」
みのりの顔が徐々に赤くなる。
美月が楽しそうに言う。
「今日は“千葉の案内人”やなくて、完全に地元の娘やな!」
「準地元です」
「そこは細かいんやな!」
澪が静かに言う。
「みのり、準地元で防御力低下」
夜。
ホテルの大広間では、三夜連続の戦隊ヒロイン・ディナーショーが開催された。
横断幕は、またも使い回しだった。
最初の「銚子半島編」の上に「外房編」。
その上へ、さらに「南房総編」と書かれた紙が貼られている。
小春が横断幕を横から見る。
「三層構造になってるぞ!」
澪が言う。
「屏風ヶ浦の地層」
みのりが反応する。
「屏風ヶ浦とは堆積の仕方が――」
「そこに反応しなくていい!」
舞台装置もチープだった。
段ボール製の館山城。
厚紙の野島埼灯台。
赤い画用紙で作った崖観音。
そして、八つの玉に見立てた色付きボール。
しかし、麗奈がマイクを持って舞台へ立つと、宴会場は一気に華やぐ。
「皆さん、三日目もお疲れさまでした! 本日は南房総の灯台、神社、お城、崖の観音堂、漁港を巡りました!」
参加者から大きな拍手が起こる。
そして、大トリは美月の「八犬伝インチキマジック」。
美月は派手な布を頭へ巻き、怪しい異国風の片言口調で登場した。
「ワタシ、南房総デ八犬士ニ弟子入リシタ、伝説ノ手品師ネ!」
小春が舞台袖から叫ぶ。
「今日、八犬士には会ってないっす!」
美月はテーブルの上へ、八個の色付きボールを並べる。
一つだけ、油性ペンで「八」と書かれた白いピンポン玉だった。
「コレ、伝説ノ八ツノ玉ネ! 全部集マルト、スゴイ奇跡起キルヨ!」
美月は布をかぶせる。
「チチンプイプイ、里見、館山、アジフライ!」
布を取る。
玉は七個しかない。
一個が舞台の下へ転がっていた。
美月は、アシカショーで学んだ大げさな動きで首を傾げる。
客席を見る。
そして自分で拍手を始める。
「一個消エタ! 大成功ネ!」
会場が大爆笑に包まれる。
小春が叫ぶ。
「消えたんじゃなくて落ちたんす!」
澪が舞台下からボールを拾う。
「八犬伝、保護」
さらに笑いが広がる。
美月は八個を並べ直し、再び布をかける。
「次ハ、八個ガ九個ニ増エルネ!」
真帆が舞台袖で眉をひそめる。
「先に結果を言っていますね」
布を取ると、なぜか十個になっていた。
美月も一瞬固まる。
だが、すぐに胸を張る。
「増エスギタネ! 八犬伝、大繁栄ヨ!」
みのりが客席から真面目に言う。
「八犬士は八人です」
美月が振り返る。
「みのりん、余興の設定まで厳密なん?」
「増やしてはいけません」
小春が笑い転げる。
「そこだけは絶対に譲らない!」
マジック自体は一度も成功していない。
それでも美月の怪しい片言口調、アシカ仕込みの動き、絶妙な間、舞台袖から飛ぶ小春の突っ込みによって、会場は大爆笑だった。
麗奈も笑いをこらえながらまとめる。
「美月ちゃん、館山で学んだ八犬伝が、独自の形で生かされていますね」
真帆も認める。
「正しい学習成果とは言い難いですが、参加者は喜んでいます」
美月は胸を張った。
「笑ったら正解や!」
ディナーショーの最後、みのりが参加者へ挨拶する。
「今日は、私にとっても特別な一日でした。父の故郷であり、子どもの頃から何度も訪れた館山と南房総を、皆さんと一緒に巡ることができたからです」
親戚席から声が飛ぶ。
「みのりちゃん、立派になったねえ!」
みのりは再び顔を赤くした。
小春が笑う。
「今日は最後まで“みのりちゃん”だな!」
ショー終了後、ヒロインたちと三人の添乗員は、最終日のミーティングを行った。
翌日は鋸山、海ほたるを経由し、千葉公園周辺の最新鋭室内競輪場で開かれる2000人規模の「戦隊ヒロインサミット千葉」へ向かう。
主任添乗員は出発を十五分早めることを提案。
車両担当は道路状況を常時確認し、混雑時の代替案を用意する。
参加者担当は朝食を号車ごとに分け、参加証を今夜中に配布すると説明する。
真帆も会場到着後の動線と点呼方法を確認した。
最後に、みのりが解説予定表を出す。
「鋸山と東京湾、海ほたるの構造について、合計五十五分で――」
三人の添乗員が同時に言った。
「短くしてください」
小春が机を叩いて笑う。
「旅行のプロ三人から同時に止められた!」
みのりは不満そうに資料を見る。
「五十五分でも圧縮しています」
澪が言う。
「みのり基準」
結局、説明は二十五分へ短縮。
最終日に向けた役割分担も明確となり、ミーティングは建設的に終了した。
その後。
みのりは一人、ホテルのテラスへ出た。
夜の館山湾には、船の灯と対岸の明かりが静かに揺れている。
そこへ、ひかりがやって来た。
「みのり、ここにいたんだ」
「うん。少し海を見たくて」
ひかりはみのりの隣へ立つ。
しばらく、二人は黙って海を眺めた。
やがて、ひかりが言う。
「今日のみのり、いつもより楽しそうだったら」
「親戚に昔の話をされるのは、恥ずかしかったけど」
「でも、嬉しかったんでしょ?」
みのりは小さく頷いた。
「父の故郷を、みんなに見てもらえたから」
「私にも?」
みのりは少しだけ言葉に詰まる。
「……ひかりには、特に見てもらいたかった」
ひかりの表情が柔らかくなる。
「どうして?」
「ひかりは、私にとって特別だから」
「私も、みのりの大切な場所を一緒に歩けて嬉しかったら」
ひかりは、そっとみのりの手へ自分の手を重ねる。
みのりも握り返す。
夜の潮風の中、二人の距離が少しずつ近づく。
「みのり」
「ひかり」
互いの名前を呼び、顔を見つめ合う。
あと少しで、額が触れそうになる。
その瞬間。
テラスの扉の向こうから、カサッという音がした。
みのりが振り向く。
誰もいない。
再びひかりを見る。
「気のせいかな」
「たぶん、風だら」
二人がもう一度近づく。
今度は、扉の下からスマートフォンの先端が、ほんの少しだけ出ていた。
みのりの目が細くなる。
「……小春」
扉の向こうで、何かが倒れる音がした。
「ち、違う! 私は通りすがりのホテル従業員だ!」
小春の声だった。
みのりが勢いよく扉を開ける。
すると、扉のすぐ向こうで、小春、澪、美月、彩芽の四人が折り重なるように倒れてきた。
「うわあっ!」
「重い!」
「美月パイセン、上に乗らないでくださいよ!」
「押したんは彩芽ちゃんや!」
「うちは後ろから押されただけだべさ!」
四人は、そのままテラスの床へ雪崩れ込んだ。
最後尾には沙羅と麗奈、美里まで立っている。
沙羅は困ったように微笑む。
「止めようとはしたのですけれど」
麗奈もスマートフォンを持っている。
「一応、記録係を頼まれてしまって」
美里は気まずそうに手を振る。
「ごめんね、みのりん」
みのりの顔が真っ赤になる。
「何をしているの!?」
小春は床に倒れたままスマートフォンを掲げた。
「歴史的瞬間の記録!」
「消して!」
みのりが小春へ飛びかかる。
小春は素早く立ち上がり、テラスを走って逃げる。
「待て! これは千葉再発見の重要資料だ!」
「千葉は関係ない!」
「みのりとひかりの愛を再発見した!」
「愛じゃない!」
ひかりも慌てて追いかける。
「小春、消すら!」
「ひかりまで追ってきた!」
小春はテーブルの周囲を回って逃げる。
みのりが反対側から回り込む。
小春は急停止し、方向転換。
そこへ美月が、なぜか両腕を広げて立ちはだかる。
「小春ちゃん、うちに任せ――」
小春は美月の脇をすり抜けた。
美月は勢い余って、そのままテーブルへぶつかる。
「痛っ!」
彩芽が小春を捕まえようと飛び出す。
「待つべさー!」
しかし、露天用のサンダルが脱げ、片足だけ裸足になる。
「サンダル逃げたべさ!」
澪が冷静にサンダルを拾う。
「彩芽、装備解除」
小春はテラスの端まで逃げ、スマートフォンを高く掲げた。
「近づいたら、この写真をグループ全員へ送るぞ!」
みのりとひかりが同時に叫ぶ。
「送らないで!」
見事な同時回答だった。
澪が言う。
「三日目も息ぴったり」
小春がにやりと笑う。
「ほら! もう認めろよ!」
「何を!?」
「恋人だって!」
「恋人ではありません!」
「恋人じゃないら!」
またも完全に重なる。
美月が腹を抱えて笑う。
「否定するたび、恋人らしさ増しとるで!」
みのりは小春を挟み撃ちにしようと、ひかりへ目配せする。
ひかりも頷く。
二人は左右から小春へ近づく。
小春は後ずさる。
「待て待て! 話し合おう! 民主的に!」
「写真を消して」
「それ以外の条件で!」
「ありません」
「みのり、怖い!」
小春が逃げようとした瞬間、澪が静かに足を出した。
小春はそれを避けようとして体勢を崩し、近くのソファへ飛び込む。
スマートフォンが宙へ舞った。
全員の視線が、回転しながら飛ぶ端末へ集中する。
美月が跳ぶ。
「うちに任せろ!」
美月は見事にスマートフォンを受け止めた。
「取ったで!」
だが勢い余って、背中からソファへ倒れ込む。
その拍子に画面へ指が触れた。
電子音が鳴る。
全員が固まる。
小春が恐る恐る尋ねる。
「……送った?」
美月は画面を見る。
「グループチャットに送信完了って出とる」
みのりとひかりの悲鳴が、館山湾の夜空へ響いた。
「ええええええっ!」
直後、ヒロイン全員のスマートフォンが一斉に鳴り始める。
真帆の端末も鳴った。
会議室から出てきた真帆が、画面を見て眉を上げる。
そこには、夜のテラスで手を握り、見つめ合うみのりとひかりの写真が、見事な構図で写っていた。
真帆はテラスの惨状を見る。
倒れた椅子。
脱げた彩芽のサンダル。
ソファに寝転がる美月。
スマートフォンを奪い合うみのりと小春。
その横で顔を真っ赤にするひかり。
真帆は静かに尋ねた。
「何をしているのですか?」
全員が一斉に答えた。
「何でもありません!」
真帆はもう一度写真を見る。
「何でもないようには見えませんが」
麗奈が笑顔でまとめる。
「南房総の夜の、ちょっとした交流です」
澪が付け加える。
「愛の再発見」
みのりが叫ぶ。
「違う!」
ひかりも続く。
「違うら!」
小春はソファの陰へ隠れながら言った。
「本人たち以外、全員分かってるけどな!」
こうして、灯台、古社、城、崖の観音堂、漁港を巡った南房総の一日は、最後の最後に館山の静かな夜とは思えない大騒動で幕を閉じた。
みのりは父の故郷を仲間たちへ紹介し、ひかりとは互いが特別な存在であることを確かめ合った。
恋人なのかどうかは、まだ明言されていない。
ただし、その夜にグループチャットへ投稿された一枚の写真は、翌朝までにヒロイン全員の端末へ保存されていた。
そして、小春だけは念のため、別の場所へバックアップまで取っていた。
翌日は、いよいよ最終日。
鋸山、海ほたる、そして2000人規模の「戦隊ヒロインサミット千葉」。
だが、みのりにとって最初に解決すべき問題は、千葉の観光案内ではなかった。
小春の持つ写真の完全削除。
それが四日目朝、最初の緊急課題となったのである。




