『戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅・外房編』 ――朝市は店じまい、水族館ではヒロインが開演前から大騒ぎ
「戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅」二日目の朝。
犬吠埼の海辺に建つ温泉ホテルには、太平洋から昇った朝日がまぶしく差し込んでいた。
前日の水郷佐原、銚子漁港、犬吠埼、屏風ヶ浦、九十九里浜という濃密な行程を終えた参加者100名は、朝食会場で焼き魚や卵料理を食べながら、すでに旅の思い出話に花を咲かせている。
一方、同行する戦隊ヒロインたちは、朝から昨日以上に元気だった。
赤嶺美月は、ご飯を大盛りで二杯食べながら胸を張る。
「昨日のディナーショー、めっちゃウケたやろ。今日はもっと完成度を上げたるで!」
月島小春が味噌汁を飲みながら顔をしかめた。
「美月パイセン、まずマジックとして成立させることを目指してくださいよ」
水無瀬澪も、眠そうな顔で焼き魚をほぐす。
「昨日は、コップが逃げなかっただけ」
「観客が笑ったんやから成功や!」
「手品じゃなくて、話芸の成功」
「結果が良かったらええねん!」
その横では、館山みのりが朝食を食べるより先に、二日目の行程表を確認していた。
犬吠埼を出発し、九十九里沿岸を南下。
勝浦朝市を散策した後、鴨川へ移動。
午後は、この日のメインイベントとなる大規模水族館を見学し、夜は隣接するホテルで二夜連続の戦隊ヒロイン・ディナーショー。
安岡真帆は、みのりの行程表を横からのぞき込んだ。
「みのりん。この“海洋生物についての基礎解説、二十五分”という項目ですが」
「はい」
「その下に書いてある“状況により延長”を消してください」
「なぜですか?」
「延長する未来しか見えないからです」
「参加者の理解度によっては、補足が必要です」
杉山ひかりがパンをちぎりながら笑う。
「みのり、水族館へ入る前に二十五分もしゃべったら、みんなシャチの時間に間に合わなくなるら」
「二十五分は長くありません」
小春が別のテーブルから声を飛ばす。
「観光地の入口で聞く講義としては長いんだよ!」
真帆は行程表へ赤いペンを入れた。
「十分に短縮します」
みのりが目を見開く。
「半分以下です」
「説明の速度を上げないでくださいね」
「努力します」
澪がぽつりと言う。
「早口の千葉」
朝食後、参加者たちは号車ごとに三台の観光バスへ乗り込んだ。
真帆は人数を確認し、旅行代理店の添乗員から報告を受ける。
「全号車、参加者確認完了です。体調不良の申し出もありません」
「ありがとうございます。予定どおり出発しましょう」
バスがホテルを離れると、美月が窓から犬吠埼の海へ手を振った。
「またな、映画の荒波!」
小春が呆れる。
「岩に別れの挨拶してる人、初めて見たっす」
「じいちゃんとの思い出の場所やからな!」
澪が言う。
「美月さんの聖地」
「せや。うちの原点の一つや」
そう言った三秒後、美月は前方の座席へ身を乗り出した。
「今日の昼飯、何やろ?」
小春が叫ぶ。
「思い出から食欲への切り替えが速すぎる!」
一号車では、みのりが車内マイクを握った。
「皆さん、おはようございます。二日目は、九十九里沿岸を南下し、勝浦市と鴨川市を巡ります」
参加者から拍手が起こる。
「まず向かう勝浦市は、太平洋に面した漁港の町です。歴史ある朝市、ご当地タンタン麺、新鮮な海産物、そして夏でも比較的涼しい気候で知られています」
高城彩芽が手を挙げた。
「千葉なのに涼しいんだべか?」
みのりの眉が、わずかに動く。
「“千葉なのに”という部分は不要です」
彩芽が慌てる。
「千葉だから涼しいんだべか?」
「それも少し違います」
ひかりがみのりの肩を軽く叩いた。
「みのり、彩芽ちゃんは勝浦を褒めてるだら」
「分かってる。ただ、表現を正確にした方がいいと思って」
小春の声が連絡端末から飛んでくる。
「二日目も千葉の言葉狩りが始まったぞ!」
みのりは気を取り直し、説明を続ける。
「勝浦は海からの風の影響を受け、気温が極端に上がりにくい町です。“猛暑日のない街”として注目され、真夏日も比較的少ないことで知られています」
彩芽が感心する。
「夏に来たら、なまら快適そうだべさ」
「その表現は正確です」
「やったべさ!」
澪が眠そうに言う。
「彩芽、学習中」
みのりはモニターに勝浦の写真を映した。
「さらに勝浦には、長い歴史を持つ朝市があります。魚介類、干物、野菜、加工品などが並び、地域の人と買い物客が言葉を交わす、生活に根ざした市場です」
美月が手を挙げる。
「タンタン麺は?」
「玉ネギやひき肉を使った辛いご当地料理として有名です」
「朝から食べてもええん?」
真帆が即答する。
「この後、水族館があります。胃腸と相談してください」
美月は胸を張った。
「戦隊ヒロインは、胃腸も鍛えられとる!」
澪が補足する。
「美月さん個人の見解」
三台のバスは海岸沿いを南下し、勝浦市へ入った。
しかし、犬吠埼からの移動は長い。
途中で参加者の休憩を確保し、三台のバスが離れないよう速度を調整し、勝浦市街地へ入ってからも大型車の乗降場所を慎重に選んだ結果、朝市へ到着したのは少し遅い時間になってしまった。
一行が朝市通りへ入ると、営業している店はまだ残っていた。
だが、すでにテントを畳み始めている店も多い。
空になった魚箱。
片づけられる野菜。
商品を新聞紙で包み直している店主。
美月が通りを見回した。
「……朝市、終わりかけてへん?」
小春が腕時計を見る。
「“朝”市っすからね」
旅行代理店の主任添乗員が申し訳なさそうに頭を下げる。
「犬吠埼からの移動と休憩を優先しましたので、最もにぎわう時間には間に合いませんでした。残っているお店を見ながら、朝市通りの雰囲気をお楽しみください」
みのりも少し残念そうに周囲を見回す。
だが、すぐに参加者へ声をかけた。
「朝市の魅力は、商品を買うことだけではありません。通りの幅、店の並び、人と店主との距離感、港町らしい匂い。長く続いてきた市場の空気を感じてください」
小春が感心したように言う。
「みのり、意外と前向きじゃん」
「意外とは何?」
「予定が崩れたら、朝市を最初からやり直すとか言うかと思った」
「それは次回企画で検討する」
「検討はするんだ!」
参加者たちは、営業中の店をのぞきながら、ゆっくりと朝市通りを歩いた。
干物。
海藻。
魚の味噌漬け。
漬物。
地元野菜。
手作りの餅菓子。
店は少なくなっていたものの、店主との会話を楽しみながら買い物をするには、むしろ落ち着いた時間だった。
その中で、真帆が一軒の干物店の前で足を止めた。
「見るだけです」
誰に聞かれたわけでもないのに、真帆はそう宣言した。
店主がアジの開きを持ち上げる。
「これは脂乗ってますよ。焼くだけでいいから」
「保存期間は?」
「冷蔵ならこのくらい。冷凍すれば、もっと持ちます」
「サバの方は?」
「こっちは味がしっかりしてます」
真帆は真剣な表情で商品を確認する。
小春が少し離れたところから見守った。
「これ、買う顔だな」
澪が頷く。
「もう選別に入ってる」
五分後。
真帆の手には、アジの開き、サバの文化干し、イカの一夜干しが入った大きな袋が二つ提げられていた。
小春が駆け寄る。
「真帆さん、めちゃくちゃ買ってるじゃないですか!」
「市場調査です」
「二袋ありますけど」
「実際に購入して品質を確かめるところまでが調査です」
澪が袋の中をのぞく。
「調査対象、アジ四枚、サバ三枚、イカ二枚」
「細かく数えないでください」
美月も近づいてくる。
「これ、ヒロ室のみんなへのお土産?」
真帆は一瞬だけ黙った。
「……一部は自宅用です」
小春が笑う。
「普通に欲しかったんじゃないですか!」
みのりは満足そうに頷いた。
「真帆さんが勝浦の干物を高く評価してくださって、私も嬉しいです」
「みのりん、話を千葉県全体の評価に広げないでください」
その時、少し先の店から、神代なつめの明るい声が聞こえてきた。
「これ、絶対ご飯に合うやつやね!」
見ると、なつめが店主とすっかり打ち解けている。
片手には海藻の佃煮。
もう片方には魚の味噌漬け。
足元には、地元野菜の袋と干物の箱が置かれている。
今津乙実が心配そうに尋ねた。
「なつめさん、それを全部持って三日目も移動するんですか?」
「大丈夫! バスに積んでもらうき!」
近くにいた添乗員が慌てて駆け寄った。
「冷蔵品をそのまま荷物室へ入れることはできません! 保冷方法を確認します!」
なつめは満面の笑みで商品を差し出す。
「お願いします!」
添乗員は荷物を受け取りながら苦笑した。
「お願いします、ではなく、買う前に相談してください」
小春が真帆の袋となつめの箱を見比べた。
「なつめの方が買ってるじゃん!」
真帆は、なぜか少し安心した顔をする。
「私より多い人がいてよかったです」
「競争じゃないっすよ!」
なつめは、さらに別の店へ向かおうとする。
乙実が腕をつかんだ。
「なつめさん、集合時間です」
「あと一軒だけ!」
「朝市でその言葉を言う人は、三軒回ります」
澪がぼそっと言う。
「乙実、買い物保護者」
朝市を後にした一行は、再び三台のバスへ乗り込んだ。
真帆となつめが購入した大量の品物は、添乗員たちの手によって保冷容器へ整理されることになった。
美月は車内で真帆に尋ねる。
「真帆さん、その干物、ホテルで焼いて食べへん?」
「夕食があります」
「夜食に」
「部屋で魚を焼かないでください」
「ほな、明日の朝」
「ホテルの朝食があります」
小春が笑う。
「美月パイセン、真帆さんの干物を狙うのやめてくださいよ」
バスはさらに外房を南下し、鴨川市へ向かう。
みのりが再び車内マイクを握った。
「続いて訪れる鴨川市は、太平洋に面した漁港と温暖な海辺のリゾートが共存する町です」
車窓には、青い海と山が近接した外房らしい景色が流れていく。
「鴨川には漁港、海水浴場、温泉宿、農村地帯、スポーツ施設があります。海辺の観光都市でありながら、漁業や農業の暮らしも残っています。そして、全国的に知られる大規模水族館があります」
森川美里が窓の外を見る。
「海辺のリゾート感が強くなってきたね」
沙羅も上品に微笑む。
「横浜の海とは違う、ゆったりとした華やかさがありますわ」
澪が短くまとめる。
「海と暮らす観光都市」
みのりは満足そうに頷く。
「正確」
小春が連絡端末越しに叫ぶ。
「澪、今日も全問正解を続ける気か!」
やがて一行は、この日最大の目的地となる大規模水族館へ到着した。
バスを降りたみのりは、参加者を集める。
「この水族館の見どころは、大型海獣のパフォーマンスだけではありません。川の源流から海までを環境ごとに再現し――」
だが、説明を聞くべきヒロインたちは、すでに入口の案内板へ殺到していた。
美月はシャチショーの開始時刻を確認。
彩芽はペンギンの写真を見つけて歓声を上げる。
なつめは色鮮やかな魚の看板を指さし、乙実の腕を引っ張る。
麗奈と美里は記念撮影用パネルへ顔を入れ、参加者から写真を撮られている。
小春は館内案内図を広げ、大型魚の展示場所を探していた。
みのりが説明を続ける。
「皆さん、まず展示構成について――」
誰も聞いていない。
ひかりだけが、みのりの隣に残っていた。
「みのり、みんなもう童心に帰ってるら」
「私たちは参加者を案内する側なんだけど」
その直後、ひかりの目が入口近くの水槽へ向く。
大きなエイが頭上を泳いでいった。
「みのり、エイいるら!」
ひかりも走りかけた。
みのりが腕をつかむ。
「ひかりも案内する側」
「早歩きならいいら?」
真帆は点呼表を握りしめる。
「走らなければ、楽しむこと自体は構いません」
その言葉を聞いた美月が、シャチのスタジアムへ向かって加速する。
「もうすぐ始まるで!」
「美月さん、走らないでください!」
「走ってへん、競歩や!」
澪が言う。
「言い訳だけは高速」
結局、参加者よりもヒロインたちの方が大はしゃぎしていた。
彩芽はペンギンの歩き方を真似する。
なつめは魚が近づくたびに手を振る。
乙実は巨大なエイが頭上を通るたび、普段の落ち着いた表情を崩して目を輝かせる。
沙羅も最初は優雅に見学していたが、白い海獣がガラス越しに近づいてくると、誰よりも嬉しそうに微笑んだ。
小春は大きな魚を見つけるたび、
「でっか!」
「顔こわっ!」
「こっち見た!」
と参加者以上の声を上げる。
澪が小春を見る。
「小春も童心」
「今のは普通の感想!」
みのりは、解説資料を手にしたまま立ち尽くす。
「誰も説明を聞いてくれない」
ひかりが笑う。
「楽しんでる証拠だら」
「説明を聞けば、もっと楽しめる」
「今のみんなは、知識より魚を見たいら」
最初の大きなイベントは、名物のシャチパフォーマンスだった。
みのりは参加者へ、前方席は大量の水しぶきを浴びる可能性があると丁寧に説明する。
「濡れたくない方は、後方の席をご利用ください。前方は、少し濡れるという程度ではありません」
美月と彩芽は迷わず前方へ向かう。
「せっかくやから、近いところで見な損や!」
「なまら濡れてみたいべさ!」
ひかりが尋ねる。
「二人とも、着替えは持ってるだら?」
美月と彩芽が黙った。
みのりは、予備のレインポンチョを二人へ渡した。
「必ず着てください」
「みのりん、用意ええなあ」
「美月さんと彩芽さんが前へ行くことは予測していました」
小春が感心する。
「危険人物として行動を読まれてる!」
パフォーマンスが始まる。
巨大なシャチが水中から飛び出し、太平洋を背景に高く舞う。
豪快な着水。
次の瞬間、大量の水が前方席へ降り注いだ。
美月と彩芽はポンチョを着ていたにもかかわらず、顔と髪を完全に濡らしていた。
美月は大笑いする。
「これや! これが外房の歓迎や!」
彩芽も顔の水を拭いながら叫ぶ。
「なまら濡れたべさー!」
後方席でまったく濡れていない澪が言う。
「二人だけ局地的豪雨」
小春もシャチの迫力には素直に感動していた。
「いや、これはすげえな! あんなにでかいのに、動きが速い!」
みのりが説明を始める。
「シャチは海洋生態系において――」
真帆が肩を叩いた。
「みのりん、今は一緒に見ましょう」
「でも、シャチの社会構造について――」
「終わってからにしてください」
続いて、一行はアシカのコミカルなパフォーマンスを見学する。
首を傾げる。
観客を見る。
拍手を催促する。
失敗したように見せて、絶妙な間で笑いを取る。
美月は最初、参加者と一緒に大笑いしていた。
だが、途中から急に真剣な顔になる。
腕を組み、目を細め、アシカの動きを観察する。
小春が警戒する。
「美月パイセン、また急に真剣になってるんすけど」
「あの動き、使える」
「何に?」
「ステージや」
美月はポケットから小さなメモ帳を取り出した。
「失敗した後、すぐ次へ行かん。まず首をかしげて、観客を見る。そこで間を取る。次に拍手を催促する。笑いは動きだけやない。間と目線や」
真帆が少し驚く。
「かなり細かく見ていますね」
小春も感心する。
「美月パイセン、芸に関しては真面目なんすね」
「“芸に関しては”って何や!」
みのりが微笑む。
「美月さんは勢いだけに見えますが、実際には人の動きや反応をよく観察しています」
美月が照れたように顔をそらす。
「みのりん、急に真面目に褒めんといてや」
澪が呟く。
「アシカが師匠になった日」
水族館の展示を巡る一行は、やがてセイウチの前へ到着した。
大きなセイウチは、水の中をゆっくり泳いだ後、陸上へ上がり、どっしりと横になった。
澪はその姿をじっと見つめる。
「無芸大食で、ボーッとしていて、おまけに不人気」
みのりが振り返る。
「急にどうしたの?」
澪はセイウチを指さした。
「なんだか、この日記の作者によく似てるんだよね」
小春が吹き出す。
「急に作者へ流れ弾を飛ばすなよ!」
みのりはセイウチを見つめ、真面目に反論した。
「セイウチだって、いいところはたくさんあるよ」
澪が尋ねる。
「どこ?」
「大きな体には迫力があるし、ゆったりした動きには独特の安心感がある。派手な芸をしなくても、長く見ていると表情があって、愛着が湧く」
澪は少し考える。
「じゃあ、作者にもいいところある?」
みのりは黙った。
一秒。
二秒。
三秒。
小春が不安になる。
「みのり、何か言ってやれよ!」
みのりは慎重に答えた。
「千葉への思い入れは、とても強い」
小春が叫ぶ。
「そこしか出てこないのかよ!」
ひかりが笑う。
「みのり、作者もセイウチも、もうちょっと広く褒めてあげるだら」
みのりは考え直す。
「目立つ芸がなくても、その人なりの役割や良さはあると思う。誰かと比べなくても、そこにいるだけで落ち着く存在もいる」
澪が頷いた。
「いい話になった」
小春が腕を組む。
「作者がセイウチに似てるって話から始まったんだけどな」
参加者たちは笑いながら、改めてセイウチを眺める。
先ほどまで「動かない」と通り過ぎようとしていた参加者まで、セイウチの表情をじっくり観察し始めた。
美月が言う。
「ほんまや。よう見たら、味のある顔しとるな」
澪が答える。
「作者も、たぶんそんな感じ」
「顔まで似てるんか?」
一日たっぷり水族館を楽しんだ一行は、隣接する大型ホテルへチェックインした。
参加者たちは館内着へ着替え、夕食会場へ向かう。
夜は、前日に続いて戦隊ヒロイン・ディナーショーである。
会場はホテルの宴会場。
舞台背景には、前夜の犬吠埼のホテルで使った横断幕が再利用されていた。
「銚子半島編」と書かれた部分の上に白い紙が貼られ、太いマジックで「外房編」と書き直されている。
小春が舞台袖で気づく。
「横断幕、使い回してるじゃねえか!」
MCを担当する麗奈は、笑顔で答える。
「環境に配慮した再利用です」
澪が補足する。
「予算にも配慮」
舞台の装飾は、水色の風船と紙で作った魚。
水族館クイズの回答札は手書き。
照明は宴会場備え付け。
確かにチープだった。
しかし、麗奈がマイクを握って舞台へ出ると、会場の空気は一気に華やぐ。
「皆さん、二日目もお疲れさまでした! 勝浦の朝市、鴨川の海、そして大規模水族館を楽しんでいただけましたか?」
参加者から大きな拍手が起こる。
最初は、ヒロインたちによる「好きな海の生き物紹介」。
彩芽はペンギン。
沙羅は白い海獣。
小春はシャチ。
乙実はエイ。
なつめは色鮮やかな熱帯魚。
澪はセイウチ。
麗奈が尋ねる。
「澪ちゃん、やっぱりセイウチなの?」
「作者に似てるから」
「理由が本人の魅力ではないのね」
その後、水族館クイズ、参加者とのトーク、号車ごとの感想発表が続く。
そして、大トリは美月のインチキマジックだった。
美月は頭に派手な布を巻き、怪しい異国風の片言口調で登場する。
ただし、前日とは明らかに動きが違った。
舞台中央へ出ると胸を張り、アシカのように両手をパタパタと動かし、客席へ拍手を催促する。
参加者がつられて拍手をすると、美月は満足そうに大きく頷いた。
「ワタシ、今日、水族館デ修業シタ、世界一ノ手品師ネ!」
小春が舞台袖から言う。
「アシカに弟子入りした手品師って何なんすか!」
美月はコップへ布をかぶせる。
「シャチ、アシカ、セイウチ、ミンナ力貸スネ! コップ、消エルヨ!」
布を取る。
コップは、そのまま置かれている。
美月は何も言わない。
まず、大きく首を傾げる。
次に、観客をゆっくり見回す。
最後に、アシカのように両手を叩き、自分で拍手を始める。
その間の取り方が絶妙で、会場から笑いと拍手が起こった。
美月は胸を張る。
「成功ネ! コップ、昨日カラ一歩モ逃ゲテナイ!」
会場は大爆笑。
小春が驚く。
「昨日と同じネタなのに、動きだけで面白くなってる!」
真帆も感心する。
「アシカパフォーマンスを研究した成果が出ていますね」
澪が拍手する。
「美月さん、進化した」
続いて、美月は紙袋から造花を出そうとする。
だが、造花が途中で引っかかり、袋の底だけが破れる。
舞台上に紙くずが落ちた。
美月は大きく首を傾げ、客席を見る。
会場が先に笑い始める。
美月は、待っていましたとばかりに両手を広げた。
「花、恥ズカシクテ出テコナイネ! 今日ハ内気ナ花アルヨ!」
再び大爆笑。
マジックそのものは、前夜と同じくらいチープだった。
しかし、美月の間、表情、観客への視線、失敗を笑いへ変える力は、明らかに進歩していた。
麗奈の安定したMCもあり、二夜目のディナーショーは前夜以上の盛り上がりを見せる。
ショー終了後、参加者たちは笑顔で客室へ戻っていった。
その後、ヒロインたちは、旅行代理店の日本橋支店から同行する三人の中堅男性添乗員を交え、夜のミーティングを行った。
一人は全体行程を管理する主任。
一人は参加者対応と健康確認。
もう一人は三台のバスの連絡と荷物管理を担当している。
主任添乗員が報告する。
「二日目も大きな遅延はありませんでした。体調不良者、迷子、忘れ物もありません。水族館では皆さんが広く分散しましたが、ヒロインの皆さんが参加者へこまめに声をかけてくださったため、集合も予定どおりでした」
真帆が頷く。
「ありがとうございます。勝浦朝市への到着が遅くなった点は、今後の改善材料ですね」
「はい。参加者の休憩時間は削れませんので、次回は出発時刻か宿泊地を見直す必要があります」
もう一人の添乗員が苦笑する。
「それと、なつめさんの冷蔵品はホテルの冷蔵設備で保管しています」
なつめが頭を下げる。
「お手数かけました!」
小春が言う。
「明日は買う前に相談してくださいよ」
「分かった! 明日は冷蔵じゃないものを買うき!」
「買わないという選択肢はないんすね!」
実務的な報告が一段落すると、主任添乗員がみのりへ向き直った。
「それと、業務報告とは別なんですが、みのりさんの案内は本当に素晴らしいですね」
みのりが少し驚く。
「私の説明ですか?」
「はい。佐原の歴史、銚子の漁業と醤油、勝浦の気候、鴨川の海辺文化。これまで仕事で千葉県を訪れたことはありましたが、これほど一つ一つの土地を深く意識したことはありませんでした」
別の添乗員も笑顔で頷く。
「私たちは千葉県外の出身なので、千葉といえば空港や有名なテーマパーク、海という印象が強かったんです。でも、この二日間で千葉の見方が変わりました」
三人目の添乗員は、さらに楽しそうに言う。
「正直に言いますと、私たちも本気で楽しんでいますよ」
真帆が即座に返す。
「仕事は忘れないでください」
会議室に笑いが起こる。
主任添乗員は慌てて手を振った。
「もちろん、点呼と旅程管理は忘れていません。ただ、次はどんな説明が聞けるのか、参加者の皆さんと同じように楽しみになっているんです」
別の添乗員も続ける。
「観光案内は、情報が多すぎるとお客様が疲れてしまうことがあります。でも、みのりさんの説明には、本当に千葉が好きな人の熱があります。その熱に、こちらまで引っ張られます」
三人目が笑う。
「今日は水族館へ入った瞬間、ヒロインの皆さんが誰も説明を聞いていませんでしたけどね」
美月が抗議する。
「走ってへんで! 競歩や!」
「走ったかどうかの話はしていません」
会議室が再び笑いに包まれる。
みのりは少し照れたように答えた。
「ありがとうございます。皆さんに千葉を好きになってもらうことが、この企画の目的です。添乗員の皆さんにも楽しんでいただけているなら、企画した意味があります」
ひかりが、みのりの隣で嬉しそうに微笑む。
小春は、その表情を見逃さなかった。
「ひかり、恋人が旅行のプロに褒められて嬉しそうだな」
「恋人じゃないら」
みのりも同時に答える。
「恋人ではありません」
添乗員の一人が二人を見比べる。
「今のお二人、かなり息が合っていましたね」
澪が呟く。
「旅行のプロも気づいた」
ミーティング終了後。
みのりはホテルの窓から、暗い太平洋を眺めていた。
勝浦朝市には少し遅れてしまった。
ヒロインたちは参加者以上に水族館ではしゃいだ。
美月はアシカを芸の師匠にし、澪はセイウチと日記の作者を同じ分類に入れた。
予定どおりではないことも多かった。
それでも参加者は一日中笑っていた。
そして、同行する添乗員たちまで、本気で千葉を楽しんでくれている。
ひかりが隣へ立つ。
「みのり、今日も成功だったら」
「朝市には、もう少し早く着きたかった」
「全部が完璧じゃなくても、みんな楽しんでたら」
みのりは少し考え、頷いた。
「うん。添乗員の皆さんまで千葉を好きになってくれたのは、嬉しかった」
背後から小春の声が飛んでくる。
「だからって、明日の説明量を二倍にすんなよ!」
みのりは答えなかった。
澪が言う。
「みのり、無言」
そこへ、美月がアシカのように両手を叩きながら現れる。
「明日はどんな動物の動きを芸に取り入れよかな!」
真帆がため息をついた。
「観光旅行を余興の修業場にしないでください」
二日目も、大きなトラブルなく終了した。
少し遅れて到着した勝浦朝市。
市場調査という名目で干物を買い込んだ真帆。
添乗員を慌てさせるほど買い物を楽しんだなつめ。
参加者以上に童心へ戻ったヒロインたち。
シャチの迫力。
アシカから芸を学んだ美月。
セイウチをめぐる、妙に心温まる作者評。
そして、旅行のプロまで千葉好きに変えてしまった、みのりの郷土愛。
『戦隊ヒロインと行く千葉再発見の旅』は、参加者だけでなく運営する側の人間まで笑顔にしながら、三日目の南房総へ進んでいくのだった。




