ヒロ九クエスト第84話 『泡盛二杯まで、誰も聞いてない』 ――創作沖縄料理屋で、笑いと涙の解散式
糸満港での大立ち回りを終えたヒロ九一行は、夕暮れの道を那覇へ戻っていた。
ヒロ九ラッピングバスの車内には、戦いの熱気と、イベントを成功させた達成感と、遠征の終わりが近い寂しさが混ざっていた。
第82話の「糸満海人フェス」は大盛況。
そして第83話では、その裏で発生した外国人窃盗団による大規模窃盗事件を、ヒロインたちが総力戦で解決した。
のどかと伊織の圧倒的な武闘派コンビ。
柚葉の写真分析。
つばさの聞き取り。
凪の安全管理。
真白の物流読み。
ひなたの駅伝仕込みの追跡。
千鶴の護身術。
梨乃の「青い箱さん」目撃情報。
全員が、それぞれの持ち味を発揮した。
車内で、香澄がまだ興奮気味に言う。
「いやあ、糸満港チェイス、たいぎゃすごかったですばい! 黒煙バスで港を封鎖する日が来るとは思わんかったです!」
梨乃は真面目な顔で頷いた。
「青い箱さん、戻ってよかっただで」
のどかは腕を組む。
「曲がったことを正しただけじゃけぇ」
伊織も窓の外を見ながら静かに言った。
「糸満の海人の宝を守っただけさー」
菜々子支配人は苦笑する。
「二人とも、かっこよすぎるたい」
ひなたは手元のメモを見ている。
「盗難品全回収。一般人の大きな怪我なし。県警への引き渡し完了。任務結果としては良好です」
莉央が笑う。
「ひなたさん、余韻まで業務報告やね」
真白は自分の売上袋をもう一度確認した。
「数字も合っています」
柚葉が言う。
「そこは最後まで譲らないんですね」
「商いの数字は命です」
やがてバスは那覇市内へ入った。
その日の夕食会場は、第79話でも登場した、公設市場裏の創作沖縄料理屋だった。
店主は、有村ひなた副支配人の元上司。
九州男児らしく大雑把で、朗らかで、面倒見がよく、細かいことは苦手だが人情には厚い男である。
前回は、店に入ったひなたが勝手に配膳導線を把握し、注文確認を始め、ほとんど臨時スタッフのように働いた。店主はそれを迷惑がるどころか、「助かったばい」と笑っていた。
今日も店に入るなり、店主はヒロインたちを見て、ぱっと表情を明るくした。
「おう、みんな、よか顔しとるやん。なんか一仕事してきた顔ばい」
男性が使う博多弁の、気さくで力強い一言だった。
ひなたが淡々と答える。
「糸満港で発生した窃盗事件に対し、盗難品回収および犯人確保に協力しました」
店主は一瞬、箸を持ったまま固まった。
「……相変わらず説明が業務報告やね」
のどかが軽く補足する。
「地元の大事なもん盗んだ連中を、ちょっと止めただけじゃけぇ」
伊織も言う。
「糸満の海人の道具を守っただけさー」
店主は豪快に笑った。
「そら、よかことしたね。一品サービスしちゃるばい!」
香澄が目を輝かせる。
「やったですばい!」
真白が小声で言う。
「サービスは利益率に影響します」
店主は笑って返した。
「今日はよかと! 気分の問題たい!」
ひなたが少しだけ嬉しそうに言う。
「元上司らしい判断です」
店の奥の席に案内され、ヒロ九沖縄遠征の解散式が始まった。
料理は次々と運ばれてくる。
島豆腐の香味揚げ。
もずくの冷製小鉢。
海ぶどうサラダ。
ラフテーの炙り。
ゴーヤと豚肉の創作炒め。
島野菜の天ぷら。
そして店主からのサービスとして、糸満での活躍にちなんだ「海人風・島魚の香味南蛮」が運ばれてきた。
店主は皿を置きながら言う。
「これ、今日のサービスたい。糸満でよかことしたヒロインたちに、海人風の一皿ばい」
千鶴が丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます」
梨乃は料理を見て、真面目に言った。
「魚さん、立派だで」
柚葉が冷静に言う。
「今日はサバニさんと魚さんを間違えていませんね」
梨乃は胸を張った。
「成長しただで」
菜々子支配人が立ち上がる。
「今日は、ヒロ九沖縄遠征の解散式たい。みんな、本当にお疲れさま」
全員が拍手する。
菜々子は表情を少し引き締めて、続けた。
「ただし、泡盛は二杯までたい」
香澄が小声で言う。
「出ましたばい。支配人の定番フレーズですばい」
もはや注意ではない。
セリフだった。
呪文だった。
沖縄遠征後半における菜々子支配人の口癖だった。
菜々子は念を押す。
「特に、ひなたちゃんと伊織ちゃん。泡盛二杯までたい」
ひなたは料理の配置を見ている。
「配膳導線が前回より改善されています」
伊織はすでにグラスを手にしている。
「泡盛は沖縄文化さー」
菜々子が目を細める。
「聞いとる?」
ひなたは聞こえないふりをした。
伊織も聞こえないふりをした。
香澄が実況する。
「聞こえとらんふりですばい」
菜々子は早くも諦めた。
「もう知らんぱい」
その瞬間、ひなたと伊織の泡盛の減り方が明らかに速くなった。
莉央が驚く。
「水みたいに飲みよるやん」
千鶴が心配そうに見る。
「本当に大丈夫なんですか?」
のどかは首を振る。
「あの二人は別枠じゃけぇ」
真白が冷静に観察する。
「泡盛消費速度が、他の参加者の三倍以上です」
店主は豪快に笑う。
「元気でよかことたい!」
菜々子は頭を抱えた。
「この店、止める側がおらんたい……」
解散式は、同時に宇佐美千鶴の送別会でもあった。
千鶴は、鹿児島で合流した期間限定の補強選手だった。
黒豚料理屋での出会い。
フェリーでの歓迎会。
船内の小さな事件。
那覇サミット。
漫湖公園でのMVP。
旧海軍司令部壕とひめゆりの塔での平和学習。
糸満海人フェス。
そして糸満港チェイス。
短い期間だった。
けれど千鶴は、間違いなくヒロ九の一員として動いていた。
菜々子支配人が静かに言う。
「千鶴ちゃん。今回の沖縄遠征、本当に助かったたい」
香澄も続ける。
「救護も子ども対応も、たいぎゃ安心感がありましたばい」
つばさは優しく微笑む。
「千鶴ちゃんがおると、みんな落ち着くとです」
凪も頷く。
「安全管理の面でも心強かったです。現場で人の状態を見る力がありました」
のどかは照れくさそうに言う。
「糸満でも、ちゃんと声出して踏ん張ったじゃろ。あれ、立派じゃったけぇ」
伊織も言う。
「沖縄で一緒に動けてよかったさー。千鶴は、ちゃんと人を守るヒロインだったわけ」
千鶴は、少し震えるように立ち上がった。
「皆さんと別れるのは辛いですが、沖縄遠征での経験を大分に戻って、地元に還元できるように頑張ります」
店内が静かになった。
千鶴は続ける。
「それにしても、ヒロ九の皆さんは本当に凄いです。菜々子さんの統率、香澄さんの明るいMC、ひなたさんの正確な運営、伊織さんの地元を思う気持ち、のどかさんの強さ、つばささんの優しさ、凪さんの冷静さ、真白さんの行動力、莉央さんの華やかさ、ゆりえさんと柚葉さんの観察力……」
梨乃が期待の目で見る。
「うちは?」
千鶴は涙ぐみながら笑った。
「梨乃さんの、誰にも真似できない優しさです」
梨乃は固まった。
そして、目に涙が浮かぶ。
「千鶴ちゃん……うち、役に立っとっただか……」
千鶴は大きく頷く。
「はい。梨乃さんがいると、場がやわらかくなります。怖い時も、みんな少しだけ笑えます。それは、とても大事なことだと思います」
梨乃は完全に泣き始めた。
香澄も泣く。
つばさも泣く。
菜々子も目元を押さえる。
のどかは顔をそむける。
「目に泡盛がしみただけじゃ」
凪が静かに言う。
「のどかさん、泡盛は目に入りません」
のどかは黙った。
ひなたの元上司まで、目元を拭っていた。
「いかんねえ……若い子がまっすぐ話すと、おじさん弱かとよ」
ひなたが珍しく柔らかく笑う。
「元上司、涙腺が緩くなりましたね」
店主は照れ隠しに厨房へ向かう。
「うるさか。サービス一品追加たい!」
菜々子が驚く。
「またサービス!?」
真白が心配する。
「利益率が……」
店主は笑う。
「今日はよかと! ええ話には、皿がいるったい!」
その一言で、店内に笑いが戻る。
千鶴は深く頭を下げた。
「こんなに素晴らしい人たちと、短い期間でしたが一緒に行動できたことは、大きな財産です。本当にありがとうございました」
全員が拍手した。
それは賑やかな拍手ではなく、温かく、長い拍手だった。
その後も、解散式は泣いたり笑ったりしながら続いた。
ただし、泡盛二杯ルールは完全に形骸化していた。
菜々子が、ふとひなたのグラスを見る。
「ひなたちゃん、それ何杯目たい?」
ひなたは資料のような顔で答える。
「料理の提供順では六品目です」
香澄が吹き出す。
「杯数じゃなくて料理数で答えましたばい!」
伊織も涼しい顔でグラスを置く。
「泡盛は数えるものじゃないさー。流れを楽しむものさー」
菜々子は、もう一度言う。
「泡盛二杯までたい」
莉央が笑う。
「支配人、それ言わんと落ち着かんのやね」
菜々子は開き直った。
「言うだけは言うたい。守るかどうかは知らんぱい」
梨乃が指折り数える。
「知らんぱい、今日二回目だで」
のどかが笑う。
「沖縄で支配人、諦めが早くなったのう」
感動と笑いと泡盛の中で、沖縄遠征最後の夜は更けていった。
翌朝。
那覇空港。
いよいよヒロ九沖縄遠征の正式解散である。
伊織はこのあと実家に立ち寄り、数日後に帰京する予定。
ゆりえ、柚葉、莉央、真白、のどか、つばさ、凪、梨乃、千鶴は、それぞれ飛行機で地元へ戻る。
菜々子支配人が全員を見渡す。
「みんな、本当にお疲れさま。ヒロ九沖縄遠征、これにて一旦解散たい」
香澄が明るく言う。
「また会いましょうですばい!」
千鶴との別れでは、また空気が少し湿った。
梨乃が千鶴に抱きつく。
「千鶴ちゃん、また会おうだで……」
千鶴も抱き返す。
「はい。また必ず会いましょう」
のどかは短く言う。
「大分でも頑張りんさい」
千鶴は頷く。
「はい」
伊織も笑顔で言う。
「千鶴、沖縄で一緒に動いてくれてありがとさー」
千鶴は、涙をこらえながら深く頭を下げた。
「こちらこそ、本当にありがとうございました」
千鶴が搭乗口へ向かうと、香澄は手を振り続けた。
梨乃はまだ泣いている。
のどかは腕を組んだまま、少しだけ目を細めていた。
ただし、全員が飛行機で帰るわけではない。
菜々子支配人、ひなた副支配人、香澄の三人は、ヒロ九ラッピングバスとともに熊本まで戻る。
つまり、鹿児島行きフェリーに乗り、そこから熊本へ帰るのだ。
ひなたが苦笑する。
「また二十五時間の船旅ですね」
香澄も苦笑する。
「行きも長かったですばい」
菜々子支配人は真顔で言った。
「フェリー内は泡盛二杯までたい」
ひなたは聞いていないふりをする。
香澄がすぐに気づく。
「ひなたさん、今聞こえとらんふりしましたばい」
ひなたは前を向いたまま言う。
「乗船手続きを確認しています」
菜々子が目を細める。
「都合の悪い時だけ業務モードになるたい」
その夜。
フェリーの船内。
ヒロ九ラッピングバスは車両甲板で静かに休み、菜々子、ひなた、香澄の三人は船室でスタッフミーティングを開いていた。
机の上には、沖縄遠征の反省資料、イベント実績、安全管理記録、次回遠征候補のメモが並んでいる。
そして、ひなたの手元には泡盛があった。
菜々子が見る。
「それ、何杯目たい?」
ひなたは資料をめくりながら答える。
「議題二つ目です」
香澄が笑う。
「杯数じゃなくて議題数で答えましたばい!」
菜々子は頭を抱える。
「泡盛二杯までたい」
香澄が即座に言う。
「支配人、また出ましたばい」
菜々子はため息をついた。
「もうセリフたい」
ミーティングでは、早くも次回遠征候補が話し合われる。
大分・佐賀関ルート。
長崎・五島ルート。
宮崎・日南海岸ルート。
あるいは、もう一度沖縄へ戻る可能性。
香澄が資料を見ながら言う。
「どこも面白そうですばい」
ひなたは泡盛片手に、冷静な顔で答える。
「移動距離、宿泊導線、イベントテーマ、安全管理負荷を比較する必要があります。大分は凪さんと千鶴さんの縁を活用できます。長崎は港と離島文化、宮崎は南国観光と神話性が強いです」
菜々子が呆れながらも笑う。
「泡盛飲みながら、ようそこまで考えられるたい」
ひなたは少しだけ笑った。
「水分補給です」
香澄が即座に突っ込む。
「絶対違いますばい」
フェリーは夜の海を進む。
沖縄での笑い。
平和学習。
糸満港の大立ち回り。
千鶴との別れ。
そして、次の遠征への小さな予感。
すべてを乗せて、ヒロ九ラッピングバスは熊本へ帰っていく。
沖縄遠征は終わった。
けれど、ヒロ九の旅は終わらない。
次のクエストを決めるスタッフミーティングは、泡盛片手に、すでに始まっていた。
ヒロ九沖縄遠征編 おしまい




