ヒロ九クエスト第83話 『黒煙バス、糸満港を封鎖せよ!』 ――海人の宝を盗んだ者たちへ、のどか怒りの追跡開始
糸満海人フェスは、大成功だった。
サバニ漕ぎ体験・陸上版では、子どもたちが「サバニさん、進めー!」と叫びながらパドルを動かし、大漁旗デザイン大会では、色鮮やかな紙の旗が港の風に揺れた。
糸満市場おつかいリレーでは、もずく、かまぼこ、島豆腐、マグロ、たわし、ゴム紐、応援しゃもじが次々と子どもたちの手に渡り、途中から伊吹真白の天秤行商大会のようになった。
真白は、美濃弁で言い切った。
「必要な人に、必要な物を出す。それが商いやで」
その結果、なぜかたわしも、ゴム紐も、ふきんも、洗濯ばさみも完売した。
糸満の海人たちも笑っていた。
「ヒロ九、なかなかやるさー」
「サバニのこと、ちゃんと面白く伝えてくれた」
「真白さん、次もゴム紐持ってきて」
真白は真剣に頷いた。
「需要を確認しました」
イベントは拍手と笑顔に包まれ、香澄の熊本弁MCで明るく締められた。
「糸満の海、糸満の人、糸満の元気! 今日は皆さんと一緒に、たいぎゃ楽しい時間になりましたばい!」
菜々子支配人も満足げだった。
「昨日は手を合わせる日。今日は笑顔をつなぐ日。どっちも、ヒロ九にとって大事なクエストたい」
ヒロインたちは疲れていたが、充実した顔をしていた。
だが、片付けが始まった直後だった。
港の奥から、慌ただしい声が上がった。
「おい、倉庫の鍵、開いとるぞ!」
「展示用の漁具がない!」
「寄付金箱も一つ消えてる!」
「さっき、外国語で話してた連中が港の奥に入っていったってよ!」
空気が一変した。
凪がすぐに顔を上げる。
「今の声、ただ事ではありません」
ひなたは持っていたチェックリストを閉じた。
「盗難、侵入、外部者の不審行動。確認が必要です」
伊織の表情から笑みが消えた。
「糸満の港で、海人の道具に手を出したのか……」
その隣で、のどかが静かに立ち上がった。
のどかは怒鳴らなかった。
声を荒らげもしなかった。
ただ、目が変わった。
「人が楽しんどる隙に、地元の大事なもん盗むんか」
低い広島弁だった。
梨乃が小声で言う。
「のどか、怒っとるだで……」
のどかは港の奥を見据えた。
「許さんけぇね」
ヒロ九は、即座に動いた。
まず、つばさが混乱する関係者のもとへ駆け寄った。
「落ち着いてください。最後に見た時間を教えてもらってよかですか?」
声はやわらかい。
だが、聞き方は的確だった。
地元のおばあ、出店者、海人のおじい、子どもたち。つばさは一人ずつ話を聞き、目撃情報を拾っていく。
「青い帽子の人が、箱を持ってた」
「倉庫の方をずっと見ていた男がいたよ」
「軽い外国語みたいな言葉で、仲間同士で合図していた」
つばさは情報を整理して、ひなたへ渡す。
「港奥の倉庫側へ向かった人が複数いるとです」
ひなたは段ボールの裏を使って、即席の作戦図を作った。
「盗難品リスト、目撃証言、逃走方向、車両可能性、港内導線。整理します」
真白が港の地図をのぞき込む。
「荷物が多いなら、徒歩では遠くへ行けん。どこかで車に積むはずやで。けど、ここから大通りへ出るには、港裏の細い道を通るしかないです」
ひなたが頷く。
「逃走経路候補を二つに絞ります」
凪は倉庫の鍵を確認した。
「壊されています。偶然ではありません。計画的です」
のどかがすぐに歩き出そうとする。
「うちは行くけぇ」
凪が静かに止める。
「単独行動禁止です。怒っている時ほど、周囲を見てください」
のどかは一瞬だけ黙った。
そして、短く答えた。
「分かった。今日は組んで動く」
その言葉に、伊織が小さく頷いた。
「それでいいさー。相手は一人じゃない。こっちも連携でいくわけ」
その時、柚葉が自分のカメラを確認していた。
「待ってください」
彼女はイベント中に撮っていた写真を素早く拡大する。
「この三人、イベントを見ていません。ずっと倉庫側を見ています」
ゆりえも画面を覗く。
「別々に動いているように見えて、視線が合っていますね」
柚葉はさらに拡大した。
「この男、リストバンドがスタッフ用に似ています。でも色が違います。雑な偽装ですね」
ひなたが目を細める。
「重要証拠です」
柚葉は淡々と言った。
「写真は嘘をつきません。雑に見る人が、嘘に気づかないだけです」
そこで、梨乃がおずおずと手を挙げた。
「うちも……見ただで」
全員が振り向く。
梨乃は自信なさげに言った。
「イベントのあと、サバニさんに手ぇ振っとったら、青い箱さんが変な人に連れていかれとっただで」
のどかが目を見開く。
「梨乃、それ重要じゃろ!」
梨乃は驚いた。
「うち、役に立っただか?」
伊織が力強く頷く。
「かなり役に立ってるさー」
梨乃は急に胸を張った。
「青い箱さん、救うだで!」
これで逃走方向がほぼ絞れた。
港奥の搬出路。
そこへ、盗難品を持った一団が向かっている可能性が高い。
菜々子支配人が指示を出す。
「ヒロ九、分乗するたい。黒煙バスは外周を押さえる。軽トラ班は港裏へ回る。一般の人は巻き込まんこと。安全第一たい」
ヒロ九ラッピングバス班には、菜々子、香澄、ひなた、千鶴、真白、ゆりえ、柚葉、莉央が乗り込む。
香澄が緊張気味に言う。
「黒煙バス、ここで役に立ちますばい!」
真白が冷静に返す。
「目立ちすぎて尾行には向きません」
ひなたが即座に言う。
「今回は尾行ではなく包囲です。目立つ方が有利です」
香澄は小声でつぶやいた。
「国の排ガス基準は一応クリアしとります……」
菜々子が言う。
「今それ言わんでよか!」
一方、港の裏道には、海人のおじいが運転する軽トラが向かう。
乗るのは、のどか、伊織、凪、つばさ、梨乃。
海人のおじいはハンドルを握り、にやりと笑った。
「港の裏道は、わしらの庭さー」
伊織が真剣に言う。
「お願いします、おじい」
のどかは低く言った。
「逃がさんけぇ」
梨乃が小声でつばさに言う。
「のどか、試合前の顔だで……」
つばさは頷く。
「でも、今日はみんなで止めるとです」
黒煙バスと軽トラ。
港町には不釣り合いなようで、妙に頼もしい包囲網が動き出した。
港の奥。
窃盗団は盗難品を車へ積み込もうとしていた。
青い箱。
古い漁具。
撮影機材。
寄付金箱。
真白の売上袋。
サバニ倉庫から持ち出された道具。
複数の男たちが、焦ったように外国語を交えながら指示を飛ばしている。
その時だった。
外周道路側に、ヒロ九ラッピングバスが現れた。
目立つ。
あまりにも目立つ。
黒煙を少し吐きながら、巨大な車体が逃げ道を塞ぐ。
反対側から、海人おじいの軽トラが滑り込む。
港の裏道も封鎖された。
香澄がバスから降り、叫ぶ。
「そこまでですばい!」
真白は盗品の中に自分の袋を見つけ、静かに言った。
「それ、うちの売上袋も混じっとるね」
伊織が一歩前に出る。
「糸満の港で、勝手なことはさせないさー」
のどかは、さらに低い声で言った。
「地元の人らが大事にしとるもん、返してもらおうか」
追い詰められた窃盗団は、棒状の工具や小型の刃物らしきものを取り出し、威嚇した。
凪が鋭く叫ぶ。
「距離を取ってください!」
千鶴はすぐに一般人を下がらせる。
「こちらへ! 安全な場所まで離れてください!」
だが、窃盗団は相手を間違えていた。
目の前にいるのは、戦隊ヒロイン一の武闘派、柔道家・江波のどか。
そして、琉球空手の達人、金城伊織。
武器を持った男が、のどかへ突進する。
のどかは半歩だけ体をずらした。
次の瞬間、相手の腕は取られ、体勢は崩れ、港の地面へ転がされていた。
「武器持っとりゃ強いと思うたか」
声は低いままだった。
別の男が伊織へ向かう。
伊織は落ち着いて構え、相手の動きを紙一重で外す。
足さばき。
間合い。
掌底。
派手ではない。
だが、速い。
「力任せじゃ、沖縄の風はつかめないさー」
相手は膝をつき、武器を落とした。
のどかと伊織の前では、武器があってもほぼ無力だった。
しかし、相手は一団で動いている。
別の男が横から逃げようとする。
柚葉が一歩前へ出た。
彼女は相手の視線を読む。
足元のロープを軽く蹴り、進路を塞ぐ。
「逃げるなら、もっと大胆に逃げないと無理です」
相手は足を止める。
その一瞬を、莉央が見逃さない。
博多美人らしい華やかな雰囲気とは裏腹に、身のこなしは速い。
「服を引っ張るのは反則やけんね!」
莉央は相手の腕をかわし、背後へ抜け、海人おじいのロープ側へ追い込む。
真白はさらに不思議な動きをしていた。
港の段差、荷物の隙間、軽トラの横。
ぴょん、ぴょん、と跳ぶ。
まるでカンガルーだった。
のどかが思わず叫ぶ。
「真白、なんじゃその動き!」
真白は真顔で答える。
「荷台の上り下りで鍛えました」
梨乃が目を輝かせる。
「カンガルーさんだで!」
窃盗団の一人は、真白の不規則な動きに翻弄され、逃げる方向を失う。
そこへ凪が入る。
「その先は滑ります。転倒しますよ」
実際、相手が足を取られかけた瞬間、のどかが一気に押さえた。
「言うこと聞いときゃよかったのう」
千鶴も巻き込まれる。
盗品を持った一人が、彼女を押しのけようとした。
千鶴は一瞬怯む。
だが、以前どこかで習った護身術を思い出した。
相手の手首を外す。
距離を取る。
声を出す。
「危ないです! この人、荷物を持っています!」
その声に、のどかが反応する。
「千鶴ちゃん、よう声出した!」
千鶴は震えながらも踏みとどまった。
「私も、できることをします」
ひなたは、逃げた一人を見逃さなかった。
男が港の外へ走る。
ひなたは無言で追った。
フォームがきれいだった。
元駅伝選手らしい、無駄のない走り。
相手が曲がっても、ひなたの速度は落ちない。
「このペースでは、二百メートル以内に追いつきます」
香澄が叫ぶ。
「実況しながら追いかけとるですばい!?」
ひなたは本当に追いついた。
港の角で、海人おじいの軽トラが進路を塞ぐ。
ひなたは冷静に距離を詰め、逃走者を止める。
「逃走距離、約百八十メートル。想定内です」
梨乃も、ただ見ているだけではなかった。
彼女はサバニ倉庫の横で、青い箱を見つける。
「青い箱さん、いたで!」
その箱の中には、盗まれた古い羅針盤と漁具が入っていた。
梨乃は両手で箱を抱えた。
「これは返さんといけんだで!」
つばさが駆け寄る。
「梨乃ちゃん、こっちへ。大事に持っとくとです」
梨乃は真剣に頷く。
「青い箱さん、守るだで」
その姿を見たのどかが、少しだけ口元を緩めた。
「梨乃もやるじゃろ」
糸満の海人おじいたちも黙っていなかった。
ロープで逃げ道を塞ぐ。
軽トラで通路を押さえる。
港の裏道を知り尽くした動きで、窃盗団の逃げ場を奪っていく。
「糸満の港で逃げられると思うなよ!」
別のおじいが笑う。
「サバニより逃げ足が遅いな!」
伊織が誇らしげに言う。
「糸満の海人を甘く見たらいけないさー」
やがて、沖縄県警が到着した。
窃盗団は全員確保。
盗難品も、すべて回収された。
古い漁具。
サバニ倉庫の道具。
寄付金箱。
撮影機材。
真白の売上袋。
青い箱に入った羅針盤。
全部、戻った。
真白は売上袋を確認する。
「合っています」
ひなたが言う。
「確認が早いです」
真白は真顔で返す。
「商いの数字は命です」
千鶴は怪我人がいないか確認し、ほっと息をついた。
「大きな怪我がなくてよかったです」
凪も頷く。
「一般の方を巻き込まなかったことが何よりです」
港の空気に、少しずつ安堵が戻ってくる。
海人のおじいたちは、ヒロインたちへ最大限の賛辞を送った。
「あんたたち、すごいな!」
「まさか本当に取り返してくれるとは!」
「糸満の港の恩人さー!」
「海人でも惚れる身のこなしだったさ!」
しかし、ヒロインたちは涼しい顔だった。
のどかは肩をすくめる。
「曲がったことを正しただけじゃけぇ」
伊織は静かに笑う。
「地元の大事なものを守るのは当たり前さー」
千鶴は少し照れながら言った。
「私は、できることをしただけです」
ひなたは淡々と答える。
「追跡距離は想定内でした」
つばさは微笑む。
「皆さんが落ち着いて話してくれたからです」
凪は装備を確認しながら言う。
「被害が広がらなかったことが一番です」
真白は空の天秤かごを担ぎ直した。
「売れたものと盗まれたものは、ちゃんと戻さんといけません」
梨乃はサバニ倉庫へ向かって手を振る。
「サバニさん、戻ってよかっただで」
香澄が最後に明るくまとめる。
「糸満の海人魂と、ヒロ九の連携、たいぎゃ強かったですばい!」
菜々子支配人は静かに頷いた。
「みんな、よく動いたたい。でも、胸を張りすぎんでよか。私たちは、当たり前のことをしただけたい」
のどかが港の方を見た。
まだ少し、怒りの名残が目に残っている。
「楽しいイベントを汚すような真似は、二度とさせんけぇ」
糸満の海風は、再び穏やかに吹いていた。
盗まれたものは戻り、港には笑顔が戻った。
海人のおじいたちは笑い、ヒロインたちは涼しい顔で黒煙バスへ戻っていく。
梨乃がぽつりと言った。
「今日は、サバニさんを守るクエストだっただな」
伊織が微笑む。
「そうさー。糸満の海と、海人の誇りを守るクエストだったわけ」
黒煙バスは、港の光を背に静かに停まっている。
糸満の港で起きた大立ち回りは、またひとつ、ヒロ九沖縄遠征の伝説になった。




