ヒロ九クエスト第80話 戦隊ヒロインサミット那覇、開幕! ――ラムサール湿地で、たわしとMVPと千鶴の涙
戦隊ヒロインサミット那覇、当日。
朝の漫湖公園には、すでに多くの人が集まり始めていた。
那覇の街中にありながら、水辺と緑、干潟の気配が広がるラムサール湿地に隣接した公園。そこにステージが設けられ、ヒロ九の幟が並び、物販テントが立ち、子ども連れの家族や地元の人たち、観光客が次々と足を止めていく。
自然環境への配慮を呼びかける看板の横に、なぜか「梨乃だで缶バッジ」「のどか広島弁注意喚起キーホルダー」「ヒロヒロ限定応援しゃもじ」と書かれた札が並んでいる。
沙羅はその光景を見て、静かに言った。
「ラムサール湿地と応援しゃもじが同じ画面に収まるの、かなり珍しいわね」
澪は眠そうに呟く。
「湿地も困惑」
その物販テントの中心にいたのが、濃尾の秘密兵器・伊吹真白だった。
真白は天秤棒を担いでいる。
トラックドライバーでありながら、近江商人ばりの天秤行商をこなす女。昨日のリハーサルでは導線と搬入のプロとして活躍したが、今日は完全に売り子の顔である。
「さあさあ、寄ってってちょうだい! 岐阜から持って来たで、見てって損はないでね!」
美濃弁の啖呵売りが、朝の漫湖公園に響く。
売り物は、統一感があるようで、ない。
ヒロ九応援タオル。
戦隊ヒロイン缶バッジ。
香澄MC語録ステッカー。
梨乃の「だで」缶バッジ。
のどか広島弁注意喚起キーホルダー。
そして、ヒロヒロ限定応援グッズの応援しゃもじ。
この応援しゃもじは、ただのネタグッズではなかった。
ご飯粒がくっつきにくい加工がされており、ステージで振って応援できるうえに、家に帰れば普通に炊飯器の横で活躍する。応援と生活を一体化させた、妙に実用的なグッズだった。
沙羅は応援しゃもじを手に取り、眉をひそめる。
「応援グッズなのに、実用性が高いのね」
真白は真顔で答えた。
「使えんもんは長く残らんで」
ひなたが横から頷く。
「合理的です。購買後の使用頻度も高いと推定されます」
沙羅は頭を抱えた。
「合理的なのが余計に悔しいわ」
物販には、氷見ゆりえと阿部柚葉の写真集とDVDも並んでいる。そこまでは華やかだった。
問題は、その隣にゴム紐、たわし、ふきん、洗濯ばさみ、謎の竹ざるまで置かれていることだった。
ゆりえは少し困った笑顔になる。
「私たちの写真集の隣が、たわしなんですね」
柚葉は腕を組む。
「生活密着型グラビアです」
真白は一切気にしない。
「写真集は目の保養、たわしは台所の保養やで! どっちも生活に潤いを出すんやで!」
のどかが笑う。
「売り文句が強引すぎるじゃろ」
梨乃は感動していた。
「真白さん、言葉が走っとるだで」
澪が眠そうに言う。
「天秤の覇者」
真白はさらに声を張る。
「応援しゃもじはご飯粒がくっつきにくい優れもん! ヒロ九応援して、帰ってご飯よそって、また明日も元気になる! 岐阜から持って来たで、買ってまわんと損やに!」
観客は笑いながら財布を開く。
応援タオルが売れる。
缶バッジが売れる。
応援しゃもじが飛ぶように売れる。
ゆりえと柚葉の写真集とDVDも売れる。
ついでに、なぜかゴム紐とたわしまで売れる。
香澄がステージ裏からその様子を見て、目を丸くした。
「開演前から会場が温まっとりますばい」
菜々子支配人は感心する。
「真白ちゃん、物販だけで前座が成立しとるたい」
やがて、開演時間になった。
香澄がマイクを握り、ステージ中央に立つ。
その瞬間、会場のざわめきが拍手に変わった。
「皆さーん! たいへんお待たせしましたばい! ヒロ九沖縄遠征、最大のイベント! 戦隊ヒロインサミット那覇、いよいよ開幕ですたい!」
大きな拍手が起きる。
香澄の熊本弁MCは、今日も軽妙だった。
「本日の会場は、ラムサール条約にも登録された貴重な湿地帯に隣接する漫湖公園です! 自然ば大事にしながら、笑顔と拍手で盛り上げていきましょう!」
沙羅、澪、柚葉が一瞬だけ反応する。
だが、昨日のリハーサルで鍛えられている。
今日は誰もゴーヤチャンプルーを落とさない。
澪が小声で言う。
「二日目は強い」
沙羅が静かに頷く。
「人は慣れるのね」
香澄は続ける。
「湿地も守る! 笑いも守る! ヒロ九らしく、楽しく、元気にいきますばい!」
こうして、戦隊ヒロインサミット那覇の本編が始まった。
最初の競技は、ラムサール条約○×クイズ。
香澄が問題を読む。
「ラムサール条約は、湿地の保全に関する国際条約である。○か×か!」
千鶴が真面目に手を挙げる。
「○です」
凪も頷く。
「湿地保全は大切です」
ここまでは普通だった。
次の問題。
「ヒロ九ラッピングバスの黒煙は、ラムサール条約で保護されている。○か×か!」
梨乃が真剣に悩む。
「黒煙さんも守られるだか?」
沙羅が即答する。
「守られないわ」
ひなたが淡々と補足する。
「国の排ガス基準は一応クリアしていますが、保護対象ではありません」
会場が爆笑する。
次は、クロツラヘラサギなりきり片足バランス。
水鳥にちなんで、ヒロインたちが片足立ちでバランスを競うという、趣旨は環境教育のはずなのに、見た目がかなりバカバカしいゲームである。
澪は眠そうに片足で立ち、なぜかまったく揺れない。
香澄が実況する。
「澪ちゃん、寝とるように見えて全然揺れませんばい!」
澪はぼそっと言う。
「水鳥の気持ち」
梨乃は両手を羽のように広げた。
「鳥さんだで〜」
しかし、自分の羽の動きに気を取られてよろける。
のどかは柔道家らしい体幹で圧倒的に安定していた。
「受け身とバランスは基本じゃけぇ」
沙羅が即座に突っ込む。
「また柔道に戻ったわ」
伊織は地元代表らしく軽やかにこなす。
「沖縄の風に乗るさー」
千鶴も真面目に挑戦するが、横で梨乃が「鳥さん応援だで」と謎の舞を始めたため、笑いをこらえて崩れそうになる。
凪は競技中も安全管理に徹していた。
「無理に耐えないでください。倒れる前に降りるのも安全判断です」
つばさは挑戦した子どもたちへ優しく声をかける。
「上手だったね。怖くなかった? 少し休もうか」
莉央は立ち姿を見ている。
「片足立ちでも肩のラインは大事よ! 写真撮られるけん、顔上げて!」
沙羅が呟く。
「競技の目的が変わってきたわ」
次は、干潟の生き物お引っ越しリレー。
カニ、貝、水鳥、マングローブなどのパネルを、正しいエリアへ運ぶゲームである。
ただし、パネルが妙に大きい。
のどかは力技で運ぶ。
凪がすぐ注意する。
「のどかさん、走らない」
「走っとらんわい」
「走る前の顔でした」
つばさは子どもたちに聞く。
「このカニさん、どこに戻したらよさそうかな?」
梨乃はパネルに話しかけていた。
「カニさん、どこ行きたいだか?」
沙羅が言う。
「パネルは答えないわ」
澪が眠そうに返す。
「梨乃なら聞こえる可能性」
会場がまた笑う。
ゆりえは客席側から写真の角度を見ている。
「子どもたち、すごくいい表情です」
柚葉も頷く。
「このゲーム、無駄に絵になりますね」
莉央は子どもたちの帽子のずれまで直していた。
「せっかくなら可愛くゴールしよ!」
そして、湿地保全ゴミ拾いタイムアタック。
会場に用意された疑似ゴミを拾い、分別するゲームである。
千鶴は子どもたちに丁寧に教える。
「燃えるもの、プラスチック、缶。分けるときは慌てなくて大丈夫ですよ」
つばさも一人ひとりに声をかける。
「迷ったら一緒に見ようね」
凪は足元と人の流れを確認する。
「拾う時に周りの人とぶつからないようにしてください」
ひなたは異常な速度で分別していく。
沙羅は姿勢よく拾う。
「ゴミ拾いにも品格があるわ」
澪が眠そうに言う。
「品格、湿地へ」
梨乃は疑似ゴミを拾いながら言った。
「ゴミさん、帰る場所だで」
子どもたちが真似する。
「ゴミさん、帰る場所!」
香澄が笑いながら実況する。
「梨乃ちゃん語録、また子どもたちに広がっとりますばい!」
イベントは大盛り上がりだった。
香澄はMCで会場を引っ張り、伊織は地元代表として沖縄の自然と文化を語る。菜々子は全体の進行を支え、ひなたは運営管理と謎の高速処理で裏を固める。
凪は安全管理、つばさは観客ケア、千鶴は救護と子どもの対応。莉央は衣装と見栄え、ゆりえと柚葉は写真映え。真白は物販と在庫処理。のどかは力技と柔道理論。梨乃は謎の生き物感覚。澪は一言で会場を笑わせる。
全員が、自分の持ち味を発揮していた。
そしてイベント終盤。
香澄がマイクを握った。
「それでは、戦隊ヒロインサミット那覇、栄えある三賞の発表ですばい!」
会場が拍手する。
香澄は胸を張る。
「まず技能賞は……香澄! 私です!」
沙羅が即座に突っ込む。
「自分で発表して自分で受賞するの!?」
香澄は堂々としている。
「MC技能を評価されましたばい!」
会場爆笑。
次に、香澄が続ける。
「敢闘賞は、地元沖縄代表、金城伊織ちゃん!」
伊織が照れながら前へ出る。
「ありがとさー。地元で頑張れて嬉しいわけ」
そして最後。
「最高殊勲賞、MVPは……宇佐美千鶴ちゃん!」
会場が大きく沸いた。
千鶴は目を丸くする。
「私ですか?」
菜々子が優しく頷く。
「千鶴ちゃん、今回ずっと支えてくれたたい」
ここで、謎の役職である大会コミッショナー、ブラックキャブプロダクション社長のノムさんこと野村吉彦が登場する。
ノムさんは、なぜか妙に偉そうな顔でステージへ上がった。
「えー、大会コミッショナーの野村でございます」
沙羅が小声で言う。
「その役職、いつ決まったの」
澪が眠そうに答える。
「たぶん今朝」
のどかは少しだけ姿勢を正している。
ノムさんが広島弁で言う。
「まあ、細かいことはええんよ。賞は出すためにあるんじゃけぇ」
のどかが小声で突っ込む。
「先輩、雑すぎじゃろ」
ノムさんは気にせず、真白の物販箱から賞品を取り出す。
まず、技能賞の香澄へ。
賞品は、袋が破損していて売り物にならない、たわしのB物だった。
「技能賞、たわしB物じゃ」
香澄が目を丸くする。
「B物ですか!?」
真白が真顔で補足する。
「袋が破れとるだけで、品質は問題ないです」
会場が笑う。
次に、敢闘賞の伊織へ。
賞品は、麗奈ちゃんプリペイドカード五百円分だった。
表面には、デフォルメされた大宮麗奈のイラストが描かれている。麗奈の祖母が描いた絵で、妙に味がある。コンビニやガソリンスタンドなど、全国の対象店舗で使える実用的なカードである。
伊織はカードを見て笑った。
「かわいいさー。しかも普通に便利なやつさー」
菜々子が言う。
「麗奈ちゃんのおばあちゃん作画たい」
沙羅がカードを見て言う。
「味がありすぎるわ」
そして最高殊勲賞の千鶴へ。
賞品は、麗奈ちゃんプリペイドカード二千円分と、非売品の戦隊ヒロインてぬぐいだった。
ノムさんが重々しく言う。
「最高殊勲賞、麗奈ちゃんプリペイドカード二千円分、および非売品・戦隊ヒロインてぬぐいじゃ」
千鶴は賞品を受け取った瞬間、少し震えた。
最初は驚き。
次に、戸惑い。
そして、ゆっくり涙が浮かんでくる。
「今回、私は飛び入り参加みたいな形やったんですけど……」
千鶴は、大分弁混じりで言葉を続ける。
「前から興味があった戦隊ヒロインで、皆さんと一緒に活動できて……ほんと、参加できてよかったっち思います。皆さんと一緒に動けて、私は幸せもんです」
会場が温かい拍手に包まれた。
菜々子は目元を押さえる。
香澄もマイクを持ったまま泣きそうになっている。
のどかは照れ隠しのように目をこする。
「千鶴ちゃん、よう頑張ったけぇね」
つばさも涙ぐみながら微笑む。
「千鶴ちゃん、本当に素敵だったとです」
莉央は明るく言う。
「今日の髪型も、ばっちり似合っとったよ」
沙羅も静かに頷く。
「あなたはもう、立派なヒロインよ」
ゆりえと柚葉も優しく拍手している。
ヒロ九の空気が、涙と拍手で温かく満たされた。
その時だった。
澪が、ぼそっと言った。
「千鶴さん、良かったね。賞品はショボすぎるけど」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、会場がどっと沸いた。
千鶴も泣きながら笑ってしまう。
香澄がマイクを握ったまま叫ぶ。
「澪ちゃん、それ言ったらいかんですばい!」
沙羅も笑う。
「でも全員思っていたわ」
伊織がカードを見ながら言う。
「五百円は控えめさー」
香澄はたわしを見つめる。
「私はB物ですばい……」
そこでノムさんが胸を張った。
「戦隊ヒロインプロジェクトにゃあ金はない。じゃが、夢はあるんじゃ。ええじゃろうが!」
のどかが吹き出す。
「先輩、勢いでまとめたじゃろ!」
澪が眠そうに言う。
「便利な締め言葉」
真白が補足する。
「たわしB物は在庫処理にもなりました」
会場はさらに笑いに包まれた。
涙の空気は、ヒロ九らしい明るさへ戻った。
香澄が最後の挨拶をする。
「皆さーん、本日は戦隊ヒロインサミット那覇にお越しいただき、誠にありがとうございましたばい! 漫湖公園の自然も、那覇の元気も、皆さんの笑顔も、たいぎゃ最高でした!」
伊織も地元代表として頭を下げる。
「沖縄でヒロ九を迎えてくれて、ありがとさー」
千鶴は非売品の戦隊ヒロインてぬぐいを握りしめ、まだ少し泣き笑いしている。
梨乃が横から言った。
「千鶴ちゃん、MVPさんだで」
沙羅が突っ込む。
「ついに人にも賞にも“さん”をつけるのね」
澪が眠そうに言う。
「那覇、成功」
観客の大きな拍手の中、戦隊ヒロインサミット那覇は大盛況のうちに幕を閉じた。
笑いあり、涙あり。
たわしあり、応援しゃもじあり。
賞品は少しショボい。
けれど、夢はある。
ヒロ九沖縄遠征最大のイベントは、温かく、騒がしく、そして最高にヒロ九らしく締めくくられたのだった。




