ヒロ九クエスト第79話 戦隊ヒロインサミット那覇・前日リハーサル ――ラムサール条約の湿地帯。言える者と言えない者
コザの音は、まだ車内に残っていた。
「コザ・チャンプルー音楽祭」を大成功させたヒロ九一行は、沖縄市の人たちに見送られ、ヒロ九ラッピングバスで那覇市へ向かっていた。
香澄のMCは最後まで冴え渡り、梨乃は最後まで「コザは魚じゃなかっただで」と言い続け、沙羅は最後までそれに突っ込んだ。
そして今、バスは県都・那覇市街地へ入ろうとしている。
翌日はいよいよ、沖縄遠征最大級の大規模イベント、戦隊ヒロインサミット那覇。
その前日リハーサルが、今日の目的である。
車内で香澄がマイクを握った。
「皆さーん、いよいよ那覇市に入りますばい! 明日の戦隊ヒロインサミット那覇の会場は、漫湖公園ですたい!」
その瞬間、車内の一部だけが、妙な沈黙に包まれた。
沙羅が窓の外を見たまま、わずかに表情を固める。
「……そう。公園ね」
澪は眠そうな顔のまま、目だけを少し開けた。
「言う側も、聞く側も、試される」
柚葉は腕を組み、静かに頷く。
「正式名称なら堂々と言うべきなんですけどね。堂々と言うほど、別の意味で強いですね」
香澄は続けようとして、ほんの少しだけ間を置いた。
「えー、漫湖公園はですね……」
一拍。
「……ラムサール条約にも登録された貴重な湿地帯で、那覇市民の憩いの場でもあるとです!」
香澄はきちんと真面目に説明している。
説明自体は完璧だった。
しかし、沙羅と柚葉の顔はまだ微妙である。
澪に至っては、眠そうなのか、笑いをこらえているのか、そもそも起きているのか分からない表情になっていた。
伊織が地元出身者として、真面目にフォローする。
「沖縄では普通の地名さー。変に反応する方が失礼なわけ。ここは大事な自然の場所だよ」
菜々子支配人も咳払いをした。
「名前で笑ったらいかんたい。明日は大事な会場やけんね」
ゆりえも上品に頷く。
「正式な地名ですからね。きちんと呼ばないと」
ところが、理由が分からないメンバーは、ただただ不思議そうだった。
のどかが首をかしげる。
「なんでみんな急に静かになったん?」
梨乃も真顔で言う。
「公園の名前だで?」
千鶴も資料を見ながら言った。
「ラムサール条約の湿地なんですよね。すごく大事な場所だと思います」
凪も頷く。
「貴重な自然環境です。水辺と湿地の安全管理は重要です」
つばさも穏やかに言う。
「那覇の街中にある自然公園なんですね。素敵なところなんだろうなあ」
ひなたは、まったく揺れない。
「明日の会場は漫湖公園です。リハーサル動線、ステージ配置、観客誘導、湿地保全エリアへの立ち入り制限を確認します」
沙羅と柚葉が、同時に何とも言えない顔になった。
澪がぽつりと呟く。
「ひなたさん、無傷」
沙羅が小声で言う。
「無邪気な人ほど強いわね」
梨乃はますます分からなくなる。
「みんな、何と戦っとるだか?」
誰も答えなかった。
ヒロ九ラッピングバスは、那覇市街を進み、漫湖公園へ到着した。
そこは、那覇の都市部に近い場所でありながら、川と干潟、緑が広がる空間だった。遠くには街の建物が見えるのに、目の前には水辺と湿地の広がりがある。風が抜け、水鳥の気配があり、都市と自然が不思議な距離感で隣り合っていた。
香澄が素直に感動する。
「那覇の街中に、こんな自然があるとですね」
伊織が頷く。
「沖縄は海だけじゃないさー。川も湿地も、街の大事な一部なわけ」
ひなたは到着と同時に仕事モードへ入った。
「ステージ、客席、控室、救護スペース、湿地側立入禁止ライン。確認します」
凪も続く。
「水辺に近い導線は重点確認します。子どもが走らないように、明日は案内表示を増やした方がいいです」
菜々子支配人も全体を見回す。
「明日は大きなイベントたい。今日はしっかり確認して、明日に備えるよ」
リハーサル会場では、すでに二人のヒロインが待っていた。
一人は、博多のスタイリスト兼戦隊ヒロイン、浜崎莉央。
明るく世話焼きで、衣装や髪型、立ち姿に関しては一切妥協しない。本人は完全に親切のつもりなので、相手に逃げ場がない。
もう一人は、濃尾の秘密兵器、伊吹真白。
トラックドライバーでありながら、近江商人ばりの天秤行商もこなすという、現代なのか江戸時代なのかよく分からない物流系ヒロインである。荷物の積み方、道具の扱い、現場の寸法、車両導線にやたら強い。
莉央が大きく手を振った。
「菜々子さーん! ひなたさーん! お疲れさまです!」
真白は少し控えめに頭を下げる。
「皆さん、お疲れさまです。設営まわり、ざっと見ときました」
香澄が嬉しそうに言う。
「莉央ちゃん、真白ちゃん、合流ですばい!」
梨乃が真白を見て、目を輝かせる。
「秘密兵器さんだで」
真白は困ったように笑った。
「兵器ではないですけど、荷物と寸法と段取りは嫌いじゃないです」
のどかが感心する。
「トラックドライバーで天秤行商って、肩書きが強すぎん?」
真白は真面目に答える。
「運ぶ量と売る量は、釣り合いが大事です」
沙羅が呟く。
「本当に近江商人みたいなことを言ったわ」
期間限定参加の千鶴は、莉央と真白に丁寧に挨拶した。
「宇佐美千鶴です。大分の宇佐出身で、鹿児島で看護を学んでいます。今回、期間限定で参加しています。よろしくお願いします」
莉央はにこにこと近づいた。
「よろしくね、千鶴ちゃん! 看護学生さんなんやね。清潔感あっていい感じ!」
千鶴はほっとしたように笑う。
「ありがとうございます」
その瞬間、莉央の目が光った。
「でも、ちょっと真面目すぎるかな。髪のまとめ方、もう少し柔らかくした方がステージ映えするよ。あと、トップスの色味が優等生すぎるけん、明日は差し色入れよっか。靴も歩きやすいのは正解やけど、写真に写る角度を考えると――」
千鶴が固まる。
「え、あの、もう始まってますか?」
沙羅が小声で言う。
「始まったわね」
ゆりえは笑う。
「莉央さんの親切ファッション診断」
柚葉が言う。
「逃げ場がない親切ですね」
莉央は悪気ゼロだった。
「大丈夫、千鶴ちゃんは素材がいいけん、少し整えたらもっと映える!」
梨乃が真剣に頷く。
「千鶴ちゃん、素材だで」
沙羅が即座に突っ込む。
「人を食材みたいに言わないの」
千鶴は戸惑いながらも、莉央の勢いに押される。
「よろしくお願いします……?」
リハーサルはすぐに始まった。
まずは、オープニングの整列確認。
香澄が司会としてマイクを持つ。
「九州から、沖縄へ! 戦隊ヒロインサミット那覇、開幕ですばい!」
会場に声が通る。
スタッフからも「聞きやすい」と反応が出る。
香澄は誇らしげだった。
「マイクを持ったら任せてくださいたい!」
沙羅はステージ上で立ち位置を確認する。
「最初の三秒で印象は決まるわ。背筋、視線、手の位置。全部大事よ」
そこへ莉央が横から入る。
「沙羅ちゃん、言うことは完璧。けどその角度、照明で顔に影が入るけん半歩前!」
沙羅は一瞬ムッとする。
しかし、半歩前へ出ると本当に映りが良くなった。
「……的確なのが悔しいわね」
真白はステージ裏を確認している。
ケーブル、マイクスタンド、照明位置、車両搬入口、控室への導線、荷物置き場。
「このコード、ここ通すとつまずきやすいです。こっちへ逃がした方がええです」
ひなたが感心する。
「現場修正能力が高いです」
真白は淡々と答える。
「寸法が合うと気持ちええです」
のどかはステージ横の段差を確認する。
「ここ、子どもが走ったら危ないんじゃないん?」
凪が頷く。
「その“ちょっとした段差”が事故になります」
二人の安全意識がきれいに噛み合う。
千鶴は救護スペースを確認する。
「日陰の位置、水分補給場所、体調不良者の一時待機場所。ここなら動線も悪くないと思います」
ひなたは即座にメモする。
「救護導線、千鶴案を採用します」
千鶴は少し照れる。
「ありがとうございます」
一方、梨乃はリハーサル中も無邪気だった。
「漫湖、広いだで」
その言葉に、沙羅、澪、柚葉が一斉に微妙な表情になる。
梨乃は首をかしげる。
「広いって言っただけだで?」
澪が眠そうに言う。
「梨乃、無敵」
沙羅は自分に言い聞かせるように呟く。
「正式地名。正式地名よ」
柚葉が小声で言う。
「沙羅さん、自分と戦ってますね」
莉央も少し笑いそうになるが、どうにか耐える。
「笑ったらいかんとよ。正式名称やけん」
真白は普通に言う。
「漫湖公園、ええ場所ですね。搬入口も思ったより扱いやすいです」
沙羅が額を押さえた。
「また無傷の人が増えたわ」
リハーサルは、細かい修正を挟みながらも順調に進んだ。
環境配慮アナウンスも確認する。
伊織が地元目線で話す。
「ここは那覇の街中にある大事な自然さー。イベントを楽しむことと、自然を守ることは両方大事なわけ」
千鶴が子ども向けに続ける。
「水辺に近づきすぎない、ゴミを落とさない、暑くなったら休む。これも大事な参加ルールです」
菜々子が満足そうに頷く。
「うん、明日はこれでいこう」
そして、リハーサルは無事終了した。
大きなトラブルはない。
むしろ、莉央と真白の合流で、衣装・導線・設営の精度が上がった。
ヒロ九の本番体制は、かなり整いつつあった。
リハーサル後、つばさと凪が公園を見ながら素直に話していた。
つばさが笑顔で言う。
「漫湖は素敵なところだね。那覇の街中に、こんな自然があるとは思わんかったとです」
凪も真面目に頷く。
「漫湖は安全面でも学ぶことが多い場所です。湿地と都市公園が隣り合っているのは興味深いです」
その横で、沙羅、澪、柚葉が何とも言えない表情になっている。
沙羅は目を閉じる。
「内容は正しいのよ。内容は」
澪が眠そうに言う。
「正しさと空気の戦い」
柚葉が顔をそらす。
「この場で笑ったら負けですね」
梨乃は不思議そうに聞く。
「みんな、また何と戦っとるだか?」
リハーサル後、ヒロインたちは那覇市内の沖縄創作料理店へ向かった。
そこは第70話でも登場した、公設市場の裏にある店。
ひなたの元上司が切り盛りしている店である。
店に入ると、元上司が笑顔で迎えた。
「いらっしゃい! おお、また来てくれたんだね!」
だが、どう見ても忙しそうだった。
「ごめん、今日はスタッフが一人急に休みでさ。ほぼワンオペなんだよ」
その瞬間、ひなたが立ち上がった。
「手伝います」
菜々子が止める。
「ひなたちゃん、今日は客たい」
しかし、ひなたはすでに店内を見ている。
「配膳動線、洗い場、ドリンク提供順、注文確認。状況把握しました」
元上司が笑う。
「相変わらず早いなあ」
沙羅が呆れる。
「勝手に手伝い始めたわ」
澪が眠そうに呟く。
「ひなたさん、元職場モード」
ひなたは泡盛のグラスを運びながら真顔で言う。
「ワンオペは業務負荷が高すぎます。見過ごせません」
菜々子は苦笑した。
「まあ、ひなたちゃんらしかたい」
決起集会が始まる。
料理は沖縄創作料理。
島野菜、島豆腐、魚料理、炙り肉、ジューシー、もずく、そしてゴーヤチャンプルー。
菜々子支配人が最初に宣言した。
「明日は大事な本番たい。今日は泡盛二杯まで」
伊織とひなたが同時に固まる。
「二杯まで?」
ひなたが真顔で確認する。
「一杯の容量定義は?」
菜々子が即答する。
「普通の一杯たい」
沙羅が言う。
「逃げ道を探さないの」
伊織は少し残念そうに言う。
「沖縄で泡盛二杯は試食みたいなものさー」
つばさが驚く。
「試食なんですか?」
澪が眠そうに言う。
「飲兵衛の理屈」
場は和やかに盛り上がった。
しかし、会場名をめぐる戦いは、まだ終わっていなかった。
のどかがゴーヤチャンプルーを食べながら言う。
「いやあ、漫湖、綺麗じゃったねえ」
沙羅の箸が止まる。
千鶴も真面目に頷く。
「自然が豊かで、湿地としても大切な場所なんだなと思いました」
沙羅の箸先のゴーヤチャンプルーが、ぷるりと揺れる。
凪が続ける。
「漫湖は水辺の安全管理を考える上でも、とても参考になります」
その瞬間、沙羅の箸からゴーヤチャンプルーがぽとりと落ちた。
テーブルが一瞬静かになる。
澪が眠そうに呟く。
「沙羅、敗北」
柚葉は顔をそらしながら肩を震わせている。
「この会話、全員真面目なのが一番強いです」
つばさも普通に言う。
「明日のイベント、漫湖でできるの楽しみですね」
沙羅は静かに水を飲んだ。
「……そうね。素敵な公園ね」
莉央が少し笑いそうになりながら言う。
「正式名称やけんね。笑ったらいかんとよ」
真白はゴーヤチャンプルーを取り分けながら言う。
「漫湖公園、搬入もしやすかったです」
沙羅は額を押さえる。
「また無傷の人が増えたわ」
ひなたは厨房側から戻ってきて、何事もなかったように言う。
「漫湖公園の動線図、店の紙ナプキンに簡易版を書いておきました」
沙羅はついにテーブルに手をついた。
「ひなた、強すぎるわ」
梨乃はずっと不思議そうだった。
「みんな、やっぱり何と戦っとるだか?」
澪が答える。
「言える者と言えない者」
「なんだか難しいだで」
「難しくしてるのは、大人」
その言葉に、なぜか全員が少し笑った。
会場名をめぐって変な空気にはなった。
沙羅はゴーヤチャンプルーを落とし、柚葉は笑いをこらえ、澪は眠そうに戦況を実況した。
それでも、決起集会は温かかった。
莉央は千鶴の髪型をまだ気にしている。
「明日の朝、少しだけ前髪整えよっか」
千鶴は苦笑する。
「まだ続くんですね」
真白は搬入動線について、ひなたと静かに詰めている。
「この時間帯なら、車両一台ずつ入れた方がええですね」
ひなたは頷く。
「合理的です。採用します」
菜々子支配人は、全員を見回した。
「明日は、戦隊ヒロインサミット那覇たい。沖縄遠征の集大成になるイベントやけん、みんなで成功させよう」
香澄が力強く頷く。
「司会、全力で頑張りますばい!」
伊織も笑う。
「那覇でしっかり沖縄の元気を見せるさー」
千鶴も少し緊張しながら言った。
「私も、できることを頑張ります」
のどかがグラスを掲げる。
「明日も曲がったことなしでいくけぇね」
沙羅が微笑む。
「できれば、あなたの広島弁が低音モードにならない一日を願うわ」
梨乃は目を輝かせる。
「サミットさん、楽しみだで!」
沙羅が言う。
「ついにイベントにも“さん”をつけたわ」
澪が眠そうに締める。
「明日、大きい音がする」
泡盛は二杯まで。
けれど、会話は何杯分も盛り上がった。
会場名で微妙な空気になり、東日本ヒロインたちは最後まで妙な戦いを続けていたが、莉央と真白が合流し、千鶴もさらに馴染み、ひなたは元上司の店まで勝手に手伝った。
明日の本番に向けて、ヒロ九の結束は確かに強まっていた。
那覇の夜はにぎやかに更けていく。
そして翌日、いよいよ戦隊ヒロインサミット那覇が始まる。




