ヒロ九クエスト第78話 梨乃、コザを魚だと思う ――黒煙バス、沖縄市のリズムに巻き込まれる
白い砂浜とコバルトブルーの海を目の前にした南国コテージの朝は、驚くほど爽やかだった。
前夜はビーチBBQで大盛り上がりだった。伊織が地元ビールを片手に沖縄式BBQを仕切り、ひなた副支配人は「泡のある水分」と言い張ってビールを飲み、梨乃と澪は何もしないで食べるだけ。さらに、柄の悪い男たちが他の客へ迷惑をかけ始めたことで、のどかが怒りの広島弁を炸裂させ、伊織とともに見事に場を収めた。
最後はのどかが「あぁ怖かった」とおどけ、全員がずっこけるという、南国の夜らしからぬ新喜劇的な締め方で終わった。
そんな濃い夜を越えて、朝のコテージは静かだった。
波音がやさしく響き、白砂の浜には朝日が差し込んでいる。海は昨日よりも少し淡く、透き通った青がどこまでも広がっていた。遠くには小さな船影が浮かび、風に揺れるヤシの葉が、まだ眠そうなヒロインたちを見送っている。
梨乃は砂浜に向かって両手を振った。
「砂さん、また会おうだで」
沙羅が荷物を持ちながら呟く。
「ついに砂にも別れを告げ始めたわ」
澪が眠そうに言う。
「自然界の知り合いが多い」
のどかは笑う。
「梨乃は海にも砂にもイルカにもマンタにも顔が利くけぇね」
梨乃は得意げに胸を張る。
「うち、友だち多いだで」
沙羅は深くため息をついた。
「人間の比率が低いのよ」
やがて、ヒロ九ラッピングバスがコテージ前にやって来た。
熊本ナンバー。
昭和風ハイデッカー仕様。
派手なヒロ九ラッピング。
そして、出発前に少しだけ上がる黒煙。
香澄は、もはや定番になった説明を口にする。
「国の排ガス基準は一応クリアしとります!」
沙羅が即座に言う。
「南国リゾートの朝に、一番似合わない台詞ね」
伊織は笑った。
「でも、これがないとヒロ九遠征って感じがしないさー」
一行を乗せた黒煙バスは、素敵なコテージを後にする。
今日の目的地は、沖縄市。
沖縄本島中部にある、音楽とエイサーと多文化の匂いが混ざる街である。
車内では、香澄がマイクを握った。
「皆さーん、本日は沖縄市へ向かいますばい! 沖縄市は、沖縄本島中部にある、たいぎゃ個性的で元気な街ですたい!」
ひなたは資料を確認しながら頷く。
「本日のイベントは、沖縄市中心部の広場と商店街周辺で行われる『コザ・チャンプルー音楽祭 with ヒロ九』です」
香澄は続ける。
「沖縄市は、かつて“コザ”と呼ばれていた歴史がありますたい! 今でもコザという名前は、街の愛称のように親しまれとります!」
梨乃が早速、首をかしげる。
「コザって魚だか?」
車内が一瞬静かになる。
沙羅が言う。
「違うわ」
梨乃は真剣だった。
「でも、昨日まで水族館におっただで。マンタさん、イルカさん、コザさん」
「コザさんを水槽に入れないで」
澪が眠そうに呟く。
「コザ、魚類疑惑」
香澄は笑いをこらえながら説明を続ける。
「“コザ”という名前には諸説ありますばい。胡屋や古謝という地名を、米軍が読み違えたのではないかという説もあるそうですたい!」
梨乃はますます混乱する。
「ゴヤがコザになっただか? じゃあ、梨乃がリザになることもあるだか?」
沙羅が即答する。
「ないわ」
のどかが笑う。
「リザになったら誰か分からんじゃろ」
梨乃は少し考えた。
「でも、リザもかわいいだで」
「気に入らないで」
伊織が、地元沖縄の人間として理知的にフォローする。
「梨乃、簡単に言うとね。いろんな歴史や言葉の行き違いがあって、“コザ”って名前が生まれたと言われてるわけ。だから、ただの地名じゃなくて、戦後の沖縄の歴史や、アメリカ文化と沖縄文化が混ざった街の記憶でもあるさー」
梨乃は真剣に頷いた。
「コザは、間違いから生まれたけど、今は大事な名前だで?」
伊織は笑う。
「だいたい合ってるさー」
ひなたが評価する。
「今回の理解度は五割程度です」
澪が眠そうに言う。
「成長」
梨乃は嬉しそうに胸を張る。
「五割だで!」
沙羅は呆れながらも笑った。
「今日は調子がいいわね」
香澄はさらに沖縄市をアゲていく。
「沖縄市は、音楽、エイサー、スポーツの街でもありますたい! 今は大きなアリーナもあって、ライブやスポーツイベントでも盛り上がる街ですばい! 県都・那覇に次ぐ大きな都市として、沖縄本島中部の元気を引っ張っとる街ですたい!」
伊織が頷く。
「コザは、きれいな観光地ってだけじゃないさー。いろんな人、いろんな音、いろんな文化が混ざってる。そこが面白いわけ」
梨乃は満足げに言った。
「音と踊りと元気だで。そこは分かっただで」
のどかが笑う。
「今日は三割どころか五割超えじゃね」
澪が言う。
「梨乃、覚醒中」
黒煙バスは、明るい車内の笑い声を乗せて、沖縄市へ向かった。
沖縄市に到着すると、街の雰囲気はこれまでの海辺リゾートとはまるで違っていた。
商店街には音楽が流れ、看板には日本語と英語が混ざっている。通りの向こうからは太鼓の音が聞こえ、店先では地元の人が笑顔で手を振っている。若者、家族連れ、観光客、外国人、地元の商店主たちが自然に混ざり合い、街そのものが大きなステージのようだった。
梨乃はきょろきょろと周囲を見る。
「ここ、音が歩いとるだで」
沙羅が少しだけ感心する。
「珍しく詩的ね」
澪が眠そうに言う。
「たぶん偶然」
今回のイベントは、「コザ・チャンプルー音楽祭 with ヒロ九」。
会場は大型アリーナ近くの広場と商店街周辺で、音楽、エイサー、スポーツ、まち歩き、写真撮影を組み合わせた、沖縄市らしい明るいイベントだった。
大きなトラブルや捜索クエストはない。
今日は、ヒロ九が街の魅力をまっすぐ盛り上げる日である。
菜々子支配人は、会場全体を見回して頷いた。
「今日はしっかりイベント成功たい。コザの人たちに喜んでもらうよ」
ひなたも真顔で言う。
「現時点で重大なトラブル要素は確認されていません。良好です」
沙羅が少し笑った。
「たまには平和な日も必要ね」
澪が空を見上げる。
「音が主役」
イベント開始の合図とともに、香澄がマイクを握った。
「皆さーん、今日はコザの音楽とエイサーを楽しむ日ですばい! 音に合わせて、街も人も元気になりますたい!」
熊本弁なのに、なぜかコザの街にしっくり馴染む。
会場から拍手が起こる。
香澄のMCは秀逸だった。
「コザは、いろんな文化が混ざってできた街ですたい。沖縄の音、アメリカの音、若者の音、昔からの太鼓の音。今日はその全部を、チャンプルーして楽しみますばい!」
伊織が小声で言う。
「香澄さん、今日キレてるさー」
ひなたも頷く。
「言語選択は熊本弁ですが、情報伝達効率は極めて高いです」
最初の企画は、コザまち歩きミニツアー。
香澄が観光ガイド役として商店街を案内し、伊織が地元沖縄の目線から補足する。
「ここは音楽の匂いがする街さー。お店ごとに流れてる音も違うし、人も違う。でも、ちゃんと街としてまとまってる。それがコザらしさだね」
梨乃が聞く。
「混ざるって、チャンプルーだか?」
伊織は頷く。
「そう。料理だけじゃなくて、文化もチャンプルーするさー」
梨乃は納得したように言う。
「コザは大きなチャンプルーだで」
沙羅が驚く。
「今日は本当に理解しているわね」
澪が眠そうに言う。
「一時的覚醒」
次は、エイサー体験ステージだった。
子どもたちが小さな太鼓を持ち、リズムに合わせて体を動かす。のどかは見本役として前に出た。
「腰を落として、しっかり立つんよ。リズムに負けんこと。柔道の受け身も、まず姿勢じゃけぇ」
沙羅がすぐ突っ込む。
「また柔道に戻ったわ」
のどかは堂々と言う。
「体の使い方は全部つながっとるんよ」
不思議なことに、子どもたちは真面目に聞いていた。
「腰を落とす!」
「リズムに負けない!」
のどかは満足げに頷く。
「ええぞ。みんな強うなる」
「エイサー体験よね、これ」
沙羅の突っ込みも、今日は明るく響いた。
アリーナ前では、ひなたがミニバスケシュート体験を管理していた。
「一列に並んでください。ボールを持つ人、投げる人、待つ人の位置を分けます」
その整理があまりにも正確で、スタッフが感心する。
「助かります。プロの運営スタッフみたいですね」
ひなたは真顔で答えた。
「副支配人です」
凪は安全管理を担当する。
「ケーブルをまたがないでください。太鼓の近くでは走らない。水分補給も忘れずに」
のどかがステージ裏へ勢いよく行こうとすると、すぐに声が飛ぶ。
「のどかさん、走らない」
「まだ走っとらんわい」
「走る前の顔でした」
恒例のやり取りに、周囲のスタッフも笑っていた。
つばさは商店街の聞き役として活躍する。
「今日のお客さんの流れ、どうですか?」
「困っていることはありませんか?」
「子どもたちが入りやすい場所はどこですか?」
相手が自然に話しやすくなる聞き方で、商店街の人たちも次々に協力してくれる。
「ヒロ九さんが来てくれて、今日は通りが明るいね」
そんな言葉に、つばさは嬉しそうに微笑んだ。
沙羅は音楽ステージ前で観客の立ち位置や写真マナーを整える。
「前に行きたい気持ちは分かるけれど、後ろの人の視界も大事にしましょう。音楽を美しく楽しむには、周りへの気遣いも必要よ」
子どもたちが真似する。
「音楽にも品格!」
澪が眠そうに言った。
「品格、コザ進出」
千鶴は屋外イベントでの体調管理を担当した。
「水分取れていますか?」
「少し日陰に入りましょう」
「気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」
期間限定参加とは思えないほど、現場に馴染んでいる。
菜々子が微笑む。
「千鶴ちゃん、今日も頼りになるたい」
千鶴は照れながら答える。
「できることを頑張ります」
フォトセッションでは、ゆりえと柚葉が本領を発揮した。
ゆりえはやさしく立ち位置を教える。
「背景にステージの色が入るように、少し斜めに立つときれいですよ」
「顔に影が入らないように、ここで撮るのがおすすめです」
保護者からは大好評だった。
「写真がいつもより明るい!」
「家族写真がきれいに撮れた!」
一方、柚葉の写真アドバイスは相変わらず尖っていた。
「ただ並ぶだけでは弱いです。コザの街は音があるので、写真にも動きを入れましょう」
子どもたちに指示する。
「一人は太鼓を構える。一人は手拍子。一人は思い切って前へ。梨乃ちゃん、前」
梨乃は嬉しそうに出る。
「またうちだか?」
柚葉は真顔で言う。
「あなたは前に出ると、意味が分からなくても画面が明るくなります」
梨乃は胸を張る。
「意味は分からんだで!」
沙羅が呆れる。
「そこは威張らないの」
だが、結果は良かった。
梨乃を中心にした写真は、なぜか全員の笑顔が自然で、コザの明るさによく合っていた。
ゆりえが笑う。
「柚葉ちゃん、やっぱり大胆だけど上手いね」
柚葉は肩をすくめる。
「梨乃ちゃんは、説明できないけど画面の空気を明るくするんです」
澪が眠そうに言う。
「天然照明」
イベントはどんどん盛り上がっていく。
三線の音色。
ロックのリズム。
ブラスの明るい響き。
エイサーの太鼓。
子どもたちの手拍子。
大人たちの笑顔。
コザの街全体が、ひとつの大きな音楽になっていた。
梨乃は最後まで頓珍漢だった。
「コザは魚じゃないだで?」
「コザはチャンプルーの親戚だか?」
「太鼓さん、今日は主役だで」
「音さん、走っとるだで」
最初は突っ込んでいた沙羅も、途中から諦めた。
「もういいわ。今日のあなたはそういうものとして処理するわ」
澪が眠そうに言う。
「梨乃、仕様」
のどかが笑う。
「誰も気にせんくなったのが一番おもろいわ」
梨乃は満足そうに頷く。
「気にしないのは平和だで」
その通りだった。
今日は大きなクエストも、捜索騒動も、迷惑集団もない。
ただ、街の音を楽しみ、地元の人たちと笑い、子どもたちとリズムを刻む。
そういう明るい一日だった。
イベントの締めで、香澄が再びマイクを握る。
「皆さーん、コザの音、楽しんでいただけましたか! 今日の音は、皆さんの手拍子と笑顔で完成しましたばい!」
会場から大きな拍手が起こった。
伊織は少し誇らしそうに言う。
「コザの熱さ、ちゃんと届いたさー」
菜々子も笑う。
「今日は大きなクエストなしで、しっかりイベント成功たい」
ひなたが頷く。
「トラブル未発生。運営上、非常に良好です」
沙羅も微笑んだ。
「たまにはこういう日もいいわね」
澪が眠そうに言う。
「平和回」
梨乃が胸を張った。
「コザは魚じゃなかっただで!」
沙羅が即座に言う。
「最後までそこなのね」
イベント終了後、ヒロ九ラッピングバスの周りには、地元スタッフや商店街の人たち、子どもたちが集まっていた。
「また来てね!」
「ヒロ九、楽しかった!」
「香澄さんのMC、最高だったよ!」
「梨乃お姉ちゃん、また変なこと言ってね!」
梨乃は笑顔で手を振る。
「また変なこと言うだで!」
沙羅が小声で突っ込む。
「宣言しないで」
香澄はマイクを持たずに、地元の人たちへ大きく手を振った。
「たいぎゃ楽しかったですばい! コザ、最高でした!」
伊織は沖縄市の街並みを見ながら、少ししみじみ言う。
「コザは、音が残る街さー。今日の音も、きっと残るわけ」
やがて、ヒロ九ラッピングバスはゆっくり走り出す。
行き先は、県都・那覇市。
次はいよいよ、大規模イベント。
戦隊ヒロインサミット那覇である。
菜々子が予定表を見ながら言う。
「次は那覇たい。今回の沖縄遠征でも大きな山場になるね」
ひなたも頷く。
「参加者数、会場規模、関係者数、すべて今回最大級です」
香澄は少し緊張しながらも笑う。
「気合い入れていきますばい!」
梨乃は窓の外へ手を振る。
「コザさん、また会おうだで!」
沙羅が呟く。
「街にも“さん”をつけるのね」
澪が眠そうに言う。
「コザさん」
黒煙バスは、コザの人たちの見送りを背に、県都那覇市へ向かって走り出した。
コザの音と笑い声を乗せたまま、ヒロ九の沖縄遠征は、いよいよ最大級の舞台へ進んでいくのだった。




