ヒロ九クエスト第77話 黒煙バス、南国コテージに泊まる ――ビーチBBQと、のどか怒りの広島弁
大型水族館での「ヒロ九ブルーオーシャン教室」は大盛況だった。
巨大なアクリル水槽、黒潮の大水槽、マンタとの謎交流、そして隣のイルカ館での青いリング捜索クエスト。最後には梨乃がオスイルカから求婚されるという、誰も予想していなかった事件まで起きた。
ヒロ九ラッピングバスの車内では、まだその話題が続いている。
梨乃は窓際で、にこにこと海を見ていた。
「イルカさん、うちのこと好きだっただで」
沙羅はため息をつく。
「人間以外からの好感度が高すぎるのよ」
澪は眠そうに呟いた。
「梨乃、海獣ルート開放」
のどかは豪快に笑う。
「そのうち水族館からスカウト来るんじゃないん」
香澄はマイクを握りながら笑う。
「梨乃ちゃん、沖縄の海でも大人気ですばい!」
そんな騒がしい会話を乗せ、熊本ナンバーのヒロ九ラッピングバスは、沖縄本島の海沿いを走っていく。
目的地は、この日の宿泊先。
南国リゾート風のコテージである。
やがてバスが到着すると、ヒロインたちは一斉に窓へ顔を寄せた。
目の前には、白い砂浜。
その向こうには、どこまでも澄んだコバルトブルーの海。
夕暮れ前の陽光が海面に反射し、波打ち際は宝石を散らしたようにきらきら輝いている。砂は足跡をつけるのがもったいないほど白く、海風には潮の匂いと南国の植物の甘い香りが混ざっていた。
コテージは木の温もりを感じる造りで、テラスからは海が一望できる。ヤシの影が揺れ、遠くで波音が聞こえ、まるで旅行パンフレットの表紙に入り込んだような景色だった。
ヒロインたちは、思わず声を上げる。
「ここに泊まれるの!?」
香澄は目を輝かせた。
「たいぎゃ素敵ですばい!」
ゆりえは景色を見て、早くも撮影向きの角度を探している。
「ここ、朝も夕方も絶対きれいに撮れますね」
柚葉はコテージと海を見比べ、腕を組んだ。
「これは強いです。立つだけで画になる場所ですね」
沙羅も珍しく素直に認める。
「これは……かなり良いわね」
梨乃は砂浜へ走り出そうとして、凪に止められた。
「梨乃さん、荷物を置いてからです」
「砂さんが呼んどるだで」
澪が眠そうに言う。
「砂も呼ぶ」
ひなたは荷物を整理しながら、すでに施設配置を確認していた。
「宿泊棟、共有スペース、ビーチ、BBQエリア。動線は良好です」
菜々子支配人は全員を見回し、ほっとしたように笑う。
「今日はしっかり休むたい。朝からずっと動きっぱなしやったけんね」
だが、ヒロ九にとって“しっかり休む”という言葉は、たいてい何かが起きる前振りである。
夕食は、このコテージ名物のビーチBBQだった。
白砂のビーチにテーブルが並び、炭火の香りが漂う。豪快な肉、魚介、島野菜、厚切りのとうもろこし、焼きパイン、香ばしく焼けるソーセージ。横には地元醸造のビールがよく冷えている。
伊織が腕まくりをした。
「沖縄式BBQ、任せるさー」
地元出身の伊織が、ビールを片手に肉や野菜を手際よく焼き始める。火の扱いも、味付けも、場の盛り上げ方も自然だった。
「肉は焦らない。海風と相談しながら焼くわけ」
沙羅が感心する。
「料理している時のあなた、頼もしいわね」
伊織はビールを一口飲んで笑う。
「これは水さー」
ひなた副支配人も、隣でグラスを持っていた。
「水分補給は重要です」
菜々子がじっと見る。
「それ、ビールたい」
ひなたは真顔で言う。
「泡のある水分です」
沙羅が即座に突っ込む。
「詭弁よ」
伊織とひなたは、完全にビールを水代わりにしていた。
一方、凪は火加減をじっと見ている。
「火が強くなっています。焦げる前に位置を変えた方がいいです」
伊織が頷く。
「凪ちゃん、火の安全管理まで完璧さー」
のどかは焼けた肉を見て目を輝かせた。
「ええ焼き具合じゃね。これは勝てる肉じゃ」
沙羅が聞く。
「何に勝つの?」
「空腹じゃ」
梨乃と澪は、何もしない。
梨乃は焼きとうもろこしを両手で持っている。
「これ、棒つきごはんだで」
沙羅が言う。
「とうもろこしよ」
「とうもろこしさん、ごはんじゃないだか?」
澪が眠そうに答える。
「穀物だから惜しい」
澪は皿を持ったまま、ほとんど動かない。
「澪、少しは手伝いなさいよ」
沙羅が言うと、澪は目を閉じたまま答えた。
「食べる係」
「堂々と言うことじゃないわ」
つばさは、ビールをすすめられて困った顔をした。
「すみません、私、ビールはちょっと飲めないとです……」
香澄が驚く。
「つばさちゃん、飲めんとですか?」
つばさは申し訳なさそうに笑う。
「苦くて……」
伊織がすぐにノンアルコールの飲み物を渡した。
「無理しなくていいさー。BBQは楽しめば勝ちだよ」
つばさはほっとする。
「ありがとうございます」
その様子を見た千鶴は、ヒロ九らしいなと思った。
騒がしいけれど、押しつけない。
強い人たちなのに、人の弱さには妙にやさしい。
地元ビールが入り、肉も焼け、海風も心地よく、場は完全に女子会のような雰囲気になっていった。
話題は自然と、期間限定参加の宇佐美千鶴へ向かう。
香澄が聞く。
「千鶴ちゃん、沖縄遠征どうですか?」
ゆりえも笑顔で続ける。
「途中参加なのに、すごく馴染んでますよね」
柚葉が少し鋭く言う。
「むしろ最初からいたみたいな顔してます」
千鶴は照れた。
「そんなことないです。まだまだです」
のどかが肉を食べながら言う。
「いや、千鶴ちゃんはよう動いとるよ。イルカ館でも子どもら落ち着かせとったし」
沙羅も頷く。
「あなたの落ち着きは助かるわ。ヒロ九は油断すると全員で騒がしくなるから」
澪が眠そうに呟く。
「騒がしい自覚はある」
梨乃が胸を張った。
「うちも静かだで」
全員が一瞬黙った。
沙羅が言う。
「そこは違うわ」
質問攻めにされた千鶴は、少し考えてから丁寧に話し始めた。
「私は、皆さんを見ていて本当にすごいと思っています。困っている人がいると、すぐに助ける。観光客でも、子どもでも、水族館のスタッフさんでも、イルカでも、誰であっても放っておかない。そういうプロ意識に脱帽しています」
場が少し静かになる。
千鶴は続けた。
「一緒に行動をともにすることができて、誇りに思います」
一瞬の沈黙。
そして、ヒロインたちから拍手が起きた。
香澄は感動している。
「千鶴ちゃん、たいぎゃよかこと言うですばい!」
伊織も笑う。
「もう完全にヒロ九の仲間さー」
菜々子支配人は、優しく言った。
「千鶴ちゃんも戦隊ヒロインとして大活躍しているよ」
千鶴は驚く。
「私が、ですか?」
ひなたが真面目に頷く。
「現場対応、体調管理、心理的ケア。貢献度は高いです」
沙羅も微笑む。
「謙遜しなくていいわ。あなたは十分戦力よ」
のどかが言う。
「千鶴ちゃん、立派なヒロインじゃ」
梨乃も大きく頷いた。
「千鶴ちゃん、すごいだで! イルカさんもそう言っとっただで!」
沙羅が即座に言う。
「イルカは言ってないわ」
千鶴は照れながらも、嬉しそうに笑った。
そんな楽しい女子会のような空気に、少し離れた場所にいた男たちが目をつけた。
五人ほどのグループ。
酒が入り、声が大きい。
最初は、ヒロ九の方を見て冷やかす程度だった。
「お姉さんたち、派手だねえ」
「一緒に飲もうよ」
「戦隊ヒロイン? 何それ」
菜々子支配人は、一度メンバーを目で制した。
「相手にせんでよか。こっちはこっちで楽しむたい」
沙羅も冷静に言う。
「無視が一番美しい対応ね」
ひなたは念のためスタッフの位置を確認する。
「コテージスタッフの動線を把握します」
凪も周囲を見ていた。
「距離を保ちましょう」
しばらくは無視していた。
しかし、男たちはヒロ九だけでなく、近くの家族連れや、マナー良く楽しんでいた若い男女グループにも絡み始める。
子どもが怖がり、母親が困った顔をする。
若い男女グループも明らかに迷惑そうにしていた。
そこで、のどかの空気が変わった。
曲がったことが大嫌いな江波のどかは、黙っていられない。
最初は、理知的に話そうとした。
のどかは立ち上がり、男たちへ向かう。
「すみません。ここ、家族連れもおるんで、ちょっと静かにしてもらえますか」
言葉は丁寧だった。
しかし、男たちは聞き入れない。
「なんだよ、怖いお姉さん」
「ちょっと話しかけただけだろ」
「そっちが派手だから目立つんだよ」
のどかの目が、少しずつ細くなる。
ビールの勢いも少しある。
だが、酔って荒れているのではない。
むしろ、怒りが静かに研ぎ澄まされていく。
のどかは一歩前に出て、ドスの利いた広島弁で低く言った。
「おどれら、ええ加減にしんさい。こっちは子どももおるんじゃ。酒飲むんは勝手じゃが、人に迷惑かけるんは違うじゃろうが」
場の空気が凍った。
梨乃が小声で言う。
「のどか、声が黒いだで」
澪が眠そうに呟く。
「広島弁、低音モード」
それでも男たちは引かなかった。
一人が、のどかを軽く押しのけようとして腕に触れた。
その瞬間、のどかの我慢の限界を超えた。
戦隊ヒロイン一の武闘派。
柔道家、江波のどか。
そのスイッチが入った。
のどかは相手の力を受け流し、砂浜へあっさり転がした。
派手に殴るのではない。
相手の重心を崩し、抵抗する前に動きを止める。
「砂浜でよかったのう。畳よりやわらかいけぇ」
低い声が響く。
周囲の人々は、何が起こったのか一瞬分からなかった。
男たち五人は勢いづくどころか、逆に動揺する。
だが、そのうち一人がビール瓶を持って襲いかかろうとした。
その瞬間、伊織が動いた。
琉球空手の達人である金城伊織は、ビールを置き、すっと間合いに入る。
「それは、やめた方がいいさー」
声は穏やか。
だが、目は笑っていない。
伊織は無駄のない動きで男の進路を止め、危険な動作を封じる。のどかとは違う、静かで鋭い制圧だった。
柚葉が小声で言う。
「伊織さん、静かに怖いですね」
沙羅が答える。
「本物は声を荒げないのよ」
のどかが一人を砂に転がし、伊織が一人を制止する。
残りの男たちも、二人の迫力に完全に押される。
凪はすぐに周囲の安全を確保する。
「皆さん、少し下がってください。お子さんはこちらへ」
千鶴は怖がった子どもに寄り添う。
「大丈夫。こっちにいようね」
つばさはスタッフへ連絡する。
「迷惑行為です。警備の方をお願いします」
ひなたは冷静に状況を確認する。
「対象五名。周囲への迷惑行為確認。現在、制止対応中」
菜々子は支配人として場をまとめる。
「これ以上はスタッフさんに任せるたい」
やがてコテージスタッフと警備が駆けつけ、男たちは退場させられる。
女子二人が、柄の悪い男たち五人をあっさり排除した。
ビーチでBBQをしていた人たちは、呆気にとられていた。
家族連れの母親が、のどかと伊織に頭を下げる。
「ありがとうございます。子どもが怖がっていたので……」
のどかは少し照れたように言う。
「いや、まあ、見とれんかっただけじゃけぇ」
伊織も笑う。
「みんなが楽しく過ごせるのが一番さー」
後の対応は、コテージスタッフと警備に任せることになった。
ヒロ九メンバーたちは、何事もなかったかのように自分たちのBBQスペースへ戻る。
伊織は再び肉を焼き始めた。
「はいはい、肉焼けたさー。空気戻すよー」
ひなたはビールを手に言う。
「事件後の水分補給は重要です」
菜々子がじっと見る。
「それ、またビールたい」
ひなたは真顔で答える。
「泡のある水分です」
沙羅が呆れる。
「まだ言うのね」
緊張が残りかけたところで、のどかが急に肩をすくめ、わざとらしく震えた。
「あぁ怖かった」
完全に、吉本新喜劇の未知やすえオマージュだった。
その場のヒロイン全員がずっこける。
沙羅が真っ先に突っ込む。
「一番怖かったの、あなたよ!」
香澄はお腹を抱えて笑う。
「のどかちゃん、切り替え早すぎですばい!」
梨乃は目を輝かせて言った。
「のどか、チャンピオンだで!」
澪が眠そうに呟く。
「広島のチャンピオン」
のどかは照れくさそうに笑う。
「やめんさいや」
千鶴はその光景を見ながら、また思う。
この人たちは、楽しいだけではない。
困っている人がいれば、放っておかない。
曲がったことがあれば、見過ごさない。
そして、解決したら笑いに戻す。
だから一緒にいて、安心できる。
千鶴は焼き上がった肉を受け取りながら、小さく笑った。
「やっぱり、皆さんすごいです」
梨乃が肉を差し出す。
「千鶴ちゃんもすごいだで。肉、食べるだか?」
千鶴は笑って頷く。
「いただきます」
白い砂浜。
コバルトブルーの海。
星の出始めた南国の空。
ビーチBBQの香りと笑い声。
そして、のどかの「あぁ怖かった」という余韻。
ヒロ九の沖縄遠征の夜は、また一つ騒がしく、温かい思い出を増やしていくのだった。




