ヒロ九クエスト第76話 イルカ館の青いリングを探せ! ――梨乃、オスイルカに求婚される
「ヒロ九ブルーオーシャン教室」は、大盛況のうちに終わった。
沖縄の海をまるごと体感できる大型水族館で、ヒロ九メンバーは子どもたちに黒潮、サンゴ礁、深海、巨大水槽の見方、写真の撮り方まで楽しく伝えた。
香澄は熊本弁MCで場をまとめ、伊織は沖縄の海を地元目線で語り、沙羅は「鑑賞の品格」を子どもたちに広め、ゆりえと柚葉は写真の映し方を伝授した。
梨乃は、最後まで海洋博を完全には理解していなかった。
だが、なぜかマンタに懐かれた。
巨大水槽の前で、梨乃が手を振るたびにマンタがふわりと近くを通り、子どもたちは大喜びした。
「梨乃お姉ちゃん、マンタと友だち!」
「友だちだで!」
梨乃は満面の笑みで答え、沙羅は頭を抱えた。
「本当に何なの、この人」
澪は眠そうに言った。
「水族館適性」
そんな余韻の中、ヒロ九一行が巨大水槽前から移動しようとした時だった。
隣のイルカ館の方から、ひとりの飼育員が少し困った顔で近づいてきた。
菜々子がすぐに気づく。
「どうしたと?」
飼育員は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。少しだけ相談してもいいですか? 実は、うちの人気者のオスイルカが、今日は元気がなくて……」
その言葉を聞いた瞬間、ヒロ九メンバーの空気が変わった。
香澄が目を丸くする。
「イルカさんが元気なかとですか!」
梨乃は一気に心配顔になった。
「イルカさん、困っとるだか?」
のどかも腕を組む。
「そりゃ黙っとれんじゃろ」
千鶴も真剣な表情になる。
「様子が普段と違うんですね?」
飼育員は頷いた。
「はい。体調が悪いわけではなさそうなんですが、いつも使っている青いリングが見当たらないんです」
青いリング。
それは、イルカが遊びながらトレーニングをしたり、合図を確認したりするための大事な道具だった。特にそのオスイルカは、そのリングが大のお気に入りらしい。
飼育員は苦笑する。
「なくてもショーはできるんです。でもこの子、あのリングが大好きで。今日はずっとプールの端を気にしたり、同じところをぐるぐる泳いだりしていて……どうも落ち着かないんです」
それを聞いた菜々子は、すぐに決めた。
「人気者が困っとるなら一大事たい。探しましょう」
ひなたも資料を閉じる。
「イルカ館内、小規模備品捜索クエストです」
沙羅がため息をつく。
「水族館でもクエスト名がつくのね」
澪がぼーっとイルカ館の方を見る。
「イルカが呼んだ」
梨乃は胸に手を当てた。
「うち、イルカさん助けるだで」
沙羅が小声で言う。
「さっきマンタに懐かれたばかりなのに、今度はイルカね」
澪が眠そうに返す。
「海の営業範囲が広い」
菜々子はすぐに指示を出した。
「ひなたちゃんは導線確認。凪ちゃんは水辺の安全管理。つばさちゃんは飼育員さんから聞き取り。のどかちゃんは備品まわり。香澄ちゃんは観客への案内。伊織ちゃんは飼育員さんとの橋渡し。ゆりえちゃんと柚葉ちゃんは見え方と死角の確認。沙羅ちゃんは観客席側の空気を整えて。千鶴ちゃんは子どもたちとスタッフさんのケアをお願い。梨乃ちゃんは……イルカさんのそばで落ち着かせるたい」
梨乃は目を輝かせた。
「うち、イルカさん係だか?」
澪が眠そうに言う。
「適材適所」
沙羅が呟く。
「本当に適材なのが腹立つわ」
イルカ館では、ショーを待つ観客が少しずつ集まっていた。
人気者のイルカが元気をなくしていると知れば、子どもたちも不安になる。だからこそ、解決は早い方がいい。
青いリングが最後に確認されたのは、ショー前の準備時間だった。
候補地は、イルカプールの端、飼育員用の道具置き場、観客席側の柵付近、バックヤード入口付近、子ども向け説明コーナー、水しぶき避けシートの置き場周辺。
ひなたは冷静に情報を整理する。
「リングが自然に大きく移動した可能性は低いです。誰かが一時的に動かしたか、片付けの際に別の備品と一緒に運ばれた可能性があります」
つばさは飼育員に丁寧に聞き取る。
「最後に青いリングを見たのはどちらですか?」
「その後、どなたが道具を移動されましたか?」
「似た色の備品と一緒に置かれた可能性はありますか?」
焦っている相手にも、つばさの声はやわらかい。元コールセンター勤務らしい聞き方で、少しずつ情報が整っていく。
凪は水辺の安全確認に入った。
「走らないでください。濡れた床は滑ります。プール際へ身を乗り出さない。捜索は安全確保が先です」
のどかがすでにプールの端を覗き込もうとしていた。
「ちょっと見るだけじゃけぇ」
凪が即座に止める。
「のどかさん、そこまでです」
「まだ何もしとらんわい」
「見すぎです」
恒例のやり取りに、千鶴が少し笑った。
香澄は観客に不安を与えないよう、明るく案内する。
「皆さーん、ただいまイルカさんの準備を少し確認しとりますばい! もう少しだけお待ちくださいたい。足元にお気をつけて、ゆっくりお楽しみください!」
熊本弁なのに、なぜか場が和む。
子どもたちが声を上げる。
「ですばいのお姉ちゃんだ!」
「さっき魚のところにいた!」
香澄はにこにこ手を振った。
「イルカさんも、もうすぐ元気に出てきますばい!」
沙羅は観客席側へ回った。
ただ探すのではなく、待っている人たちの空気を整える。それが沙羅の持ち味だった。
「皆さん、少しだけお待ちくださいね。こういう時ほど、落ち着いて座っている方が美しい観覧になります。通路を空けて、足元の荷物も少し寄せておきましょう」
子どもが尋ねる。
「美しい観覧?」
沙羅は真顔で頷く。
「そうよ。イルカを見る側にも品格があるの」
のどかが遠くから言う。
「また品格出た」
澪が眠そうに呟く。
「品格、イルカ館へ進出」
だが、沙羅の言葉で観客席は自然と整っていく。通路が空き、スタッフが動きやすくなった。
千鶴は、少し不安そうな子どもたちや、焦っている若いスタッフへ声をかけた。
「イルカさんは、体調が悪いわけではなさそうです。大丈夫ですよ。今、みんなで大事なリングを探しています」
子どもが心配そうに言う。
「イルカさん、泣いてるの?」
千鶴はしゃがんで目線を合わせる。
「泣いてはいないと思うよ。でも、大好きな物が見つからなくて、少し困っているのかも。だから、一緒に静かに応援してあげようね」
子どもはこくんと頷いた。
「うん。静かに応援する」
千鶴の落ち着いた声で、周囲の不安が少し和らいだ。
伊織は飼育員と話しながら、子どもたちにも伝える。
「イルカって、ただ人気者ってだけじゃないさー。海の生き物に興味を持つ入口にもなるわけ。ここでイルカを好きになって、海のことをもっと知りたくなる子もいるんだよ」
梨乃は真剣に頷いた。
「イルカさん、入口係だで」
沙羅が小声で言う。
「間違ってはいないけど、雑ね」
のどかは、水しぶき避けシートの束やベンチ下、備品箱の後ろを確認していた。
「こういうもんは、でかい物の下に隠れとるんよ」
重いシートの束を動かすと、小さな青いリボンの切れ端のようなものが見つかった。
「お、これ関係あるんじゃないん?」
ひなたが確認する。
「青いリングについていた飾りと同系統の素材の可能性があります」
捜索範囲が、観客席端の備品周辺へ絞られていく。
ゆりえは観客席側から、見え方を確認していた。
「水面の反射や影で、青い物は意外と見落としやすいです。真正面より、少し横から見た方が見つかるかもしれません」
千鶴が感心する。
「写真の経験が、捜索にも使えるんですね」
ゆりえは微笑む。
「見えないものを見つけるには、角度を変えるのが大事なんです」
そして、柚葉が動いた。
柚葉は、道具置き場ではなく、イルカ自身をじっと見ていた。
「リングを探すより、イルカ本人を見た方が早い気がします」
ひなたが眉を上げる。
「根拠は?」
柚葉は涼しい顔で言う。
「この子、ずっと道具置き場じゃなくて、客席の端を見てますよね。人間の資料より、本人の視線の方が早いことがあります」
沙羅が少し頷く。
「尖ってるけど、今回は分かるわ」
柚葉はさらに言った。
「青いリングが好きなら、青い何かに反応しているはずです。こちらが探すだけじゃなくて、イルカに教えてもらえばいい」
菜々子が驚く。
「イルカさんに?」
柚葉は笑う。
「もちろん飼育員さんの許可を取って、安全に。大胆でも雑ではないので」
澪はプールをぼーっと見つめていた。
そして、ぽつりと言う。
「青いものを見てる。でも、本物じゃない」
沙羅が振り返る。
「どういうこと?」
澪は眠そうに続ける。
「似た色が気になってる。本物はその近く」
ひなたの目が鋭くなる。
「青い説明パネル、青いシート、青い案内板。類似色の備品周辺を再確認します」
澪はまたぼーっとした。
「たぶん、そこ」
梨乃はその間、イルカのそばでずっと手を振っていた。
「イルカさん、困っとるだか? 青い輪っかさん、どこ行っただか?」
もちろんイルカは言葉で答えない。
だが、梨乃は突然、両手で大きな輪っかを作り始めた。
「まるだで〜。青いまるだで〜。輪っかさんだで〜」
沙羅が呆れる。
「何をしてるの?」
梨乃は真剣だった。
「イルカさんに輪っかを思い出してもらうだで」
「発想が雑すぎるわ」
ところが、その謎行動にイルカが反応した。
水面から顔を出し、梨乃の方を見る。
梨乃が両手の輪っかを右へ動かすと、イルカも右へ泳ぐ。
左へ動かすと、左へ泳ぐ。
そして梨乃が客席端の方へ輪っかを向けると、イルカはそちらへ進み、そこでくるりと回った。
梨乃が叫ぶ。
「あっちだで! イルカさん、あっちって言っとるだで!」
沙羅が固まる。
「本当に?」
澪が眠そうに言う。
「本当」
柚葉はすぐに動いた。
「行きましょう。イルカの視線、澪ちゃんの一言、梨乃ちゃんの謎行動が一致しました」
ひなたは真顔で言う。
「判断根拠としては異例ですが、採用します」
客席端の水しぶき避けシート置き場へ向かうと、そこには子ども向け説明用の青いパネルが立てかけられていた。
イルカはその青いパネルを、大好きなリングと勘違いして気にしていたらしい。
そして本物の青いリングは、そのパネルの裏側に引っかかっていた。
どうやら準備の片付けの際、シートとパネルを移動した拍子に、リングがパネル裏へ入り込んでしまったようだった。
柚葉がにやりと笑う。
「ほら、本人の視線が一番早かった」
ひなたは少し悔しそうに言う。
「イルカ視線分析、有効でした」
梨乃は大喜びする。
「イルカさん、教えてくれただで!」
澪が眠そうに呟く。
「共同捜索」
青いリングが見つかると、飼育員は心底ほっとした顔になった。
「ありがとうございます! これです。この子、これが大好きなんです」
菜々子も安心したように笑う。
「見つかってよかったたい」
飼育員が青いリングをイルカに見せる。
すると、イルカは明らかに元気を取り戻したように水面を跳ねた。
観客席から歓声が上がる。
子どもたちも拍手する。
香澄が感動したように言った。
「よかったですばい……」
伊織も嬉しそうに笑う。
「沖縄の人気者、復活さー」
飼育員は深々と頭を下げる。
「本当に助かりました。皆さんのおかげです」
その時、イルカが梨乃の方へ近づいてきた。
梨乃は両手を振る。
「イルカさん、よかっただで〜!」
イルカは水面から顔を出し、鳴くような仕草をする。
まるで梨乃にお礼を言っているようだった。
千鶴は微笑む。
「梨乃さん、本当に生き物に好かれますね」
ゆりえも言う。
「写真に撮りたいくらい、いい表情です」
柚葉は腕を組む。
「ただ、距離感が近いですね」
すると、飼育員が大爆笑した。
「あはは、この子、梨乃さんがかなり気に入ったみたいですね」
梨乃は目を輝かせる。
「うち、友だちだか?」
飼育員は笑いながら言う。
「友だちどころか、たぶん求婚してますね。この子、オスなんです。この子、惚れっぽいんさー」
全員が一瞬止まった。
沙羅が呟く。
「イルカに求婚される女……」
澪が眠そうに言う。
「梨乃、水族館適性が高すぎる」
のどかは腹を抱えて笑った。
「梨乃、モテ期じゃねえか!」
梨乃はよく分かっていない。
「結婚はまだ早いだで?」
沙羅が即座に突っ込む。
「そういう問題じゃないわ」
香澄はお腹を抱えて笑う。
「梨乃ちゃん、沖縄の海でも大人気ですばい!」
ひなたは真顔で記録しようとする。
「イルカ館青いリング捜索クエスト、完了。副次的成果として、梨乃さんが求婚され――」
菜々子が慌てて止める。
「そこは記録せんでよか!」
青いリングが戻ったことで、イルカは元気を取り戻した。
ショー前の確認も無事に進み、観客席には安心した空気が広がる。
飼育員は改めてヒロ九へ感謝した。
「本当にありがとうございました。イルカの様子を見て、すぐに動いてくださって助かりました」
菜々子は笑う。
「困っとる子を見たら、放っておけんたい」
伊織も頷く。
「海の人気者も、沖縄の大事な仲間さー」
イルカはもう一度、梨乃の前で水面から顔を出す。
梨乃は手を振る。
「また会おうだで〜!」
イルカがまた鳴くような仕草をする。
飼育員が笑う。
「また来たら、この子、絶対喜びますよ」
沙羅が呟く。
「次に来る時は、梨乃に婚約指輪じゃなくて青いリングを用意しなさい」
澪が眠そうに言う。
「イルカ婚」
梨乃は最後までにこにこしていた。
「青い輪っかさん、見つかってよかっただで」
千鶴はその様子を見ながら、また少し感心していた。
この人たちは、困っていると聞いた瞬間に動く。
人でも、子どもでも、観光客でも、マンタでも、イルカでも。
対象が誰であっても、困っているなら放っておかない。
しかも、解決した後は必要以上に誇らず、すぐにいつもの騒がしい空気へ戻っていく。
「ヒロ九って、本当に不思議ですね」
千鶴が小さく言うと、ゆりえが笑った。
「そこが面白いんですよ」
柚葉もイルカを見ながら言う。
「そして今回は、梨乃ちゃんが求婚されました」
沙羅が即座に言う。
「そこを締めにしないで」
こうして、イルカ館の小さなクエストは、笑いと拍手と、少し妙な求婚騒動を残して無事解決した。
参加者も、飼育員も、そしてイルカも、どこか嬉しそうだった。
ヒロ九の沖縄遠征は、またひとつ不思議な伝説を増やしたのだった。




