ヒロ九クエスト第74話 迫田ツインズ離脱、ゆりえと柚葉がやって来た ――北中城リゾートホテル、夜のプールで小さな事件
北谷の夕暮れは、最後まで美しかった。
サンセットビーチの空は、橙から紫へ、紫から深い藍色へと変わり、波打ち際にはまだわずかに夕日の名残が揺れていた。ヒロ九一行は、高齢の外国人観光客が落とした大切なキーホルダーを見つけ、涙を流さんばかりに喜ぶその人と情熱的な別れをしたばかりだった。
「ぐらしあすだで〜!」
梨乃は最後まで、覚えたばかりの言葉を得意げに叫んでいた。
沙羅がため息をつく。
「あなた、意味は分かってるの?」
梨乃は胸を張った。
「うれしい時に言う言葉だで!」
澪が眠そうに呟く。
「だいたい合ってる」
千鶴はその光景を見ながら、まだ少し胸が温かかった。
言葉が通じなくても、困っている人がいれば全員で助ける。見ず知らずの外国人観光客のために、全員が当たり前のように動いた。その一員として自分もここにいる。それが少し誇らしかった。
だが、北谷の夜風の中で、ヒロ九にはもう一つ、大事な区切りが待っていた。
迫田ツインズ、澪香と澄香の離脱である。
もっとも、これは急な話ではない。
もともと二人は、沖縄遠征の途中までの参加と決まっていた。NST関連の別任務が前々から入っており、菜々子支配人とひなた副支配人は、その事情を「別任務」として承諾していた。
もちろん、NSTは隠密活動である。詳しい内容を他のメンバーに話すことはできない。
だから、二人はただ、いつものように完全に同じ角度で頭を下げた。
「ごめんね」
「ここから別の任務なの」
声も同時。
お辞儀も同時。
寂しそうな表情まで同時。
香澄は早くも目を潤ませた。
「せっかく沖縄まで来たとに、寂しかですばい……」
菜々子は穏やかに頷く。
「ここまで助けてくれてありがとうたい。次の任務も気をつけてね」
ひなたは資料を閉じ、少しだけ声をやわらげた。
「当初計画通りです。ただし、戦力低下は否めません」
のどかは腕を組む。
「あんたらがおらんと、左右対称成分が足りんくなるじゃろ」
澪が眠そうに言った。
「双子ロス」
梨乃は二人の手を握った。
「また遊ぶだで。二人とも同じ顔で寂しいだで」
沙羅が小声で突っ込む。
「言い方が雑なのよ」
それでも、迫田ツインズは笑った。
「またね」
「またね」
最後まで同時だった。
二人は空港へ向かう車に乗り込み、窓から同じ角度で手を振った。ヒロ九メンバーも手を振り返す。
梨乃だけは、車が見えなくなってからも手を振っていた。
「もう見えないわよ」
沙羅が言うと、梨乃は真剣に答える。
「でも、気持ちは届くかもしれんだで」
澪が眠そうに言う。
「たまに良いこと言う」
「たまにって何だで?」
北谷での別れを終え、ヒロ九ラッピングバスはこの日の宿泊先である北中城村のリゾートホテルへ向かった。
夜の沖縄本島を、熊本ナンバーの派手なラッピングバスが走る。
昭和風のハイデッカー観光バスを思わせる車体。
大きなヒロ九の文字。
そして、停車と発進のたびに少しだけ主張する黒煙。
香澄は、車内で小さく胸を張る。
「一応、国の排ガス基準はクリアしとります」
ひなたが淡々と返す。
「夜間でも説明は継続なのですね」
伊織は窓の外を見ながら笑った。
「北谷でも目立ったけど、リゾートホテルではもっと目立つさー」
その予言は、見事に当たった。
北中城村のリゾートホテルは、ゆったりとした南国の空気をまとっていた。ロビーは広く、照明は落ち着いていて、南国らしい植物が飾られ、窓の外には夜の沖縄の空が広がっている。車寄せには上品なリゾート客の車が並び、静かな高級感が漂っていた。
そこへ、ヒロ九ラッピングバスが入ってくる。
存在感が強すぎた。
しかも、最後に少し黒煙が上がった。
ひなたが静かに言う。
「景観上、かなり浮いています」
香澄は即答する。
「広報効果ですばい!」
菜々子は苦笑した。
「ホテルの人に怒られんとよかけど」
ロビーに入ると、そこには二人の女性が待っていた。
ひとりは、富山県高岡市出身のグラビアアイドル、氷見ゆりえ。
柔らかな笑顔が華やかで、北陸出身らしい落ち着きと、アイドルらしい人懐っこさを併せ持っている。
もうひとりは、秋田県にかほ市出身の阿部柚葉。
すらりとした長身、整った顔立ち、そしてどこか尖った大胆さのある規格外の秋田美人。普通に立っているだけで、周囲の空気を少し鋭く、少し華やかに変える存在感があった。
二人はヒロ九一行を見ると、ぱっと手を振った。
ゆりえが明るく言う。
「皆さん、お疲れさまです! ゆりえです。ここから合流します!」
柚葉も、少し挑むような笑顔で続ける。
「柚葉です。沖縄で暴れ……じゃなくて、しっかり盛り上げます」
菜々子がすぐ反応した。
「今、暴れるって言いかけんかった?」
柚葉は涼しい顔で首をかしげる。
「気のせいです」
沙羅が小声で言う。
「尖ってるわね」
のどかが笑う。
「秋田美人にもいろんな型があるんじゃね」
ここから合流するゆりえと柚葉のことは、ヒロ九メンバー全員が知っていた。これまでもイベントや合同企画で顔を合わせたことがあり、突然の新顔というより、満を持しての追加戦力という感じだった。
梨乃は二人を見つけるなり、遠慮なく駆け寄った。
「ゆりえちゃん、柚葉ちゃん、久しぶりだで〜!」
ゆりえは笑顔で梨乃を受け止める。
「梨乃ちゃん、久しぶり! 元気そうだね」
柚葉は面白がるように梨乃を見る。
「相変わらず警戒心ゼロですね」
梨乃は嬉しそうに頷いた。
「ゼロだで!」
ひなたが真顔で分析する。
「自己認識があるのか、意味を理解していないのか判断が難しいです」
澪が眠そうに言う。
「後者」
沙羅も頷く。
「後者ね」
梨乃はよく分かっていないが、なぜか誇らしげだった。
「後者だで!」
「そこは誇らなくていいのよ」
続いて、期間限定補強選手として参加している宇佐美千鶴が、ゆりえと柚葉に挨拶した。
千鶴は丁寧に頭を下げる。
「宇佐美千鶴です。大分の宇佐出身で、鹿児島で看護を学んでいます。私も沖縄遠征限定の参加です。よろしくお願いします」
ゆりえはにこやかに微笑む。
「看護学生さんなんですね。すごい、頼りになります!」
柚葉も頷いた。
「遠征中って、体調管理が本当に大事ですもんね。撮影現場でも、無理して倒れる人いますし」
千鶴は少し照れる。
「まだ学生ですけど、できることは頑張ります」
菜々子は全員を見回して言った。
「迫田ツインズが抜けたのは寂しかけど、ゆりえちゃんと柚葉ちゃんが来てくれて心強かたい」
香澄も明るく続ける。
「またにぎやかになりますばい!」
チェックインを済ませた一行は、ホテル側の計らいでナイトプールへ向かうことになった。
沖縄の夜風。
ライトアップされたプール。
水面に揺れる光。
遠くに感じる潮の匂い。
昼は浦添の野球教室、夕方は北谷のイベントと落とし物クエスト。さすがのヒロインたちにも疲れが出ていた。
だからこそ、ナイトプールは束の間の休息だった。
そしてここで、ゆりえと柚葉が一気に存在感を示す。
二人は水着写真集を数冊出している現役グラビアアイドルである。水着の着こなしが、やはり違った。
派手すぎず、しかし視線を集める。
体の見せ方、姿勢、髪の流し方、プールサイドでの立ち方まで、すべてが撮影慣れしている。
香澄が感嘆した。
「たいぎゃ華やかですばい……!」
沙羅も素直に認める。
「悔しいけど、見せ方が上手いわね。ポージングが自然」
のどかは腕を組む。
「プロじゃね」
ひなたも冷静に分析した。
「立ち姿に無駄がありません。重心管理が高度です」
柚葉が笑う。
「褒め方が理系ですね」
ゆりえは照れながら言う。
「撮影で鍛えられました。水着は、着るというより“場に馴染ませる”感じなんです」
澪が眠そうに呟く。
「名言っぽい」
千鶴は二人を見て、素直に感心していた。
「すごいですね……。ただ着ているだけじゃなくて、どう見えるかまで考えているんですね」
ゆりえは頷く。
「写真集の現場だと、一秒ごとに見え方が変わるんです」
柚葉も言った。
「水着って、派手に見せればいいわけじゃないんですよ。角度と空気です」
千鶴は小さく呟いた。
「プロ意識がすごい……」
プールでは、それぞれが思い思いに過ごし始めた。
沙羅はリゾート感を楽しむ。
「こういう時間も必要よ。遠征には余白がないと美しくないわ」
伊織は水の中で楽しそうに笑う。
「夜のプール、沖縄の風に合うさー」
ひなたは最初、明日の行程表を持っていたが、菜々子に取り上げられた。
「今日は休むたい」
「しかし、明日の行程確認が」
「休むのも仕事たい」
千鶴も少し遠慮していたが、ゆりえに誘われてプールに入った。
「千鶴ちゃんも来てください。せっかくですし!」
「じゃあ、少しだけ」
プールの中では、沙羅、伊織、ひなた、千鶴が意外と楽しそうに水をかけ合っている。
沙羅は上品に楽しもうとするが、伊織の水しぶきがかかって一瞬だけ素が出た。
「ちょっと、髪が!」
伊織は笑う。
「ナイトプールで濡れないのは無理さー」
一方、のどかと梨乃はプールサイドにいた。
理由は単純。
二人ともカナヅチである。
のどかは腕を組んで言う。
「うちは陸の女じゃけぇ」
梨乃も真剣に頷く。
「うちも陸だで。水は足が届くところまでだで」
沙羅がプールから声をかける。
「浅いところなら大丈夫でしょ」
梨乃は首を振る。
「水が本気出したら怖いだで」
澪は単に眠たいので、プールサイドのチェアに座っていた。
千鶴が聞く。
「澪さんは泳がないんですか?」
澪は目を閉じたまま答えた。
「泳ぐ夢を見る」
ひなたが言う。
「実質的には泳いでいません」
「夢では泳いでる」
「記録には残りません」
そんな時、ひなたがプールサイドの端にいるホテルスタッフに気づいた。
スタッフは困った顔で、プールの水面と備品置き場を何度も見比べている。
ひなたはすぐに近づいた。
「何かお困りですか?」
スタッフは少し驚いたあと、事情を話す。
「実は、プールに浮かべていた演出用のLEDフロートが一つ見当たらないんです」
LEDフロートとは、ナイトプールの水面に浮かべる光る球体の装飾である。青、白、ピンク、黄色などが水面に浮かび、夜のプールを幻想的に見せるためのものだ。
そのうち一つだけ、翌朝のホテルPR撮影でも使う予定だった特別カラーのフロートが消えているという。
予備はない。
見つからないと、翌朝の撮影演出に影響する。
菜々子はすぐ反応した。
「それは困っとるたい。探しましょう」
沙羅がプールの中から言う。
「休息時間にもクエストが発生するのね」
澪が眠そうに言った。
「ヒロ九だから」
ひなたは真顔で頷く。
「ナイトプール内、小規模捜索クエストです」
ヒロインたちは、水着姿のまま捜索を始めた。
見た目は華やか。
状況は少し間抜け。
しかし動きは意外と本格的だった。
ひなたはプールの形と水流を確認する。
「フロートが自然に流された場合、風下の角、排水口付近、または装飾水路へ移動した可能性があります」
スタッフが感心する。
「そんなところまで見るんですか?」
ひなたは真顔で答える。
「推測です」
凪は安全管理に徹する。
「夜間なので、無理に水中を覗き込まないでください。走らない。プールサイドは滑ります」
のどかが少し身を乗り出すと、すぐ止める。
「のどかさん、そこ危険です」
「まだ何もしとらんわい」
「しそうでした」
ゆりえは、写真集撮影の経験から照明の反射を読む。
「光って、真正面から見るより、少し斜めから見た方が見える時があります。水面の反射で隠れているのかも」
プールサイドをゆっくり歩き、角度を変えながら探す。
沙羅が感心した。
「なるほど。撮られる側の経験が、探す側にも使えるのね」
そして、柚葉が本領を発揮する。
柚葉は水面を一通り見たあと、いきなりプールの外側へ目を向けた。
「水の中にない気がします」
ひなたが振り返る。
「根拠は?」
柚葉は涼しい顔で言う。
「勘です。あと、こういう光る小物って、子どもが触りたくなるし、風で転がるし、スタッフさんが一度避けた可能性もあります。水面だけ探すの、つまらないです」
沙羅が眉を上げる。
「つまらないで捜索範囲を広げるの?」
柚葉は笑う。
「大胆に外すと、当たる時があります」
のどかが笑った。
「尖っとるねえ」
柚葉はそのまま、プールサイドの奥、植え込みと装飾水路の間へ歩いていく。
凪がすぐ注意する。
「柚葉さん、足元確認してください」
「もちろんです」
柚葉は、水着姿のまま、まるで撮影の一場面のように軽やかに進む。だが、その目は本気だった。ライトアップされた水面ではなく、わざと影になる場所、スタッフが一時的に物を置きそうな場所、子どもが興味を持って触りそうな高さを見ている。
「ここ、ちょっと怪しいです」
柚葉が指差したのは、プールサイドの低い植え込みだった。
近くにいた子どもが、それを見てぽつりと言う。
「光るボール、さっき風であっち行ったよ」
千鶴はすぐにしゃがみ、優しく聞く。
「怒らないから教えてね。どっちに行ったか覚えてる?」
子どもは安心したように、植え込みの奥を指さした。
「あっち。ピカってしてた」
柚葉がにやりと笑う。
「ほら、当たりそう」
ひなたは少し悔しそうに言う。
「大胆仮説、現時点では有効です」
梨乃もプールサイドでしゃがみ込み、水面を見つめていた。
「光る玉さん、どこだで〜」
沙羅が呆れる。
「呼んでも来ないわよ」
だが梨乃は、プールサイドに落ちていた小さな葉っぱを見て言う。
「葉っぱさん、あっち行っとるだで。玉さんもあっち行っただか?」
ひなたが反応する。
「風向きの観察としては有効です」
沙羅が驚く。
「今の有効なの?」
澪が眠そうに言う。
「ラブラドール風向観測」
澪はチェアからほとんど動かず、ぽつりと言った。
「光、下じゃなくて上」
全員が首をかしげる。
「上?」
澪は眠そうに続ける。
「水の中じゃない。植え込みの影。少し浮いてる」
凪が足元を確認し、柚葉とのどかが植え込みの方へ向かう。
柚葉が低い枝の隙間を覗き込む。
「……あった」
のどかもしゃがみ込む。
「おったぞ、光る玉!」
植え込みの低い枝の間に、LEDフロートが引っかかっていた。
どうやら風でプール端へ流され、装飾水路から押し出され、転がって植え込みに入り、枝に乗るような形で止まっていたらしい。
水面でも地面でもなく、少し浮いた位置にあった。
澪の言う通り、「下ではなく上」だった。
凪が言う。
「持ち上げる前に足元確認です」
柚葉は笑う。
「分かってます。大胆でも雑ではないので」
その言葉通り、柚葉は慎重にフロートを取り出した。
LEDフロートは無事だった。
ホテルスタッフはほっとした顔で頭を下げる。
「ありがとうございます! これがないと明日の撮影が困るところでした」
菜々子は笑う。
「見つかってよかったたい」
ひなたは淡々と記録する。
「ナイトプールLEDフロート捜索、完了。なお、柚葉さんの大胆仮説が発見に大きく寄与しました」
柚葉は肩をすくめる。
「ほら、たまには尖ってる方が役に立つんです」
沙羅が言う。
「認めるわ。今回はあなたの大胆さが効いたわね」
ゆりえはLEDフロートを水面へ戻しながら、自然に髪を整えた。
柚葉もその横に立ち、少し大胆な角度で振り返る。
ライトアップされたプール。
水面に戻った光るフロート。
水着姿の二人。
まるで撮影のワンシーンだった。
千鶴はまた感心する。
「すごい……。探し物を見つけた後でも、自然に画になるんですね」
柚葉は笑う。
「見つけて終わりじゃないんです。戻し方も大事」
ゆりえも頷く。
「せっかくなら、綺麗に戻したいですし」
千鶴は小さく言った。
「プロ意識が本当にすごいです」
そして、ヒロインたちは何事もなかったかのようにナイトプールへ戻った。
沙羅は再び優雅に水面を歩く。
伊織は笑いながら水を弾く。
ひなたはまた行程表を取り出そうとして菜々子に止められる。
千鶴はようやく少しリラックスする。
のどかと梨乃はプールサイドで足だけ水につける。
澪はチェアで半分眠る。
ゆりえと柚葉は、光るLEDフロートのそばで自然に場を華やかにしている。
まるで、数分前に捜索クエストをこなしたことなど、最初からなかったかのようだった。
千鶴はその様子を見ながら、また思う。
この人たちは、騒がしい。
すぐ脱線する。
変な理屈を言う。
梨乃さんに至っては、だいたい何も分かっていない。
けれど、困っている人や現場を見つけると、驚くほど自然に動く。そして解決したら、必要以上に誇らず、またいつもの空気に戻っていく。
それは、思っていた以上にすごいことなのかもしれない。
「プロ意識がすごいですね……」
千鶴が呟くと、菜々子が笑った。
「うちたち、プロってほど立派じゃなかよ」
ひなたが真顔で言う。
「ただし、現場対応能力は高いです」
澪が眠そうに言う。
「あと、事件に好かれる」
沙羅が水面を見ながらため息をつく。
「それは褒め言葉なのかしら」
梨乃が足をぱちゃぱちゃさせる。
「光る玉さん、帰ってきてよかっただで」
澪が目を閉じたまま呟いた。
「玉さんも宿泊」
伊織が笑う。
「北中城の夜、いい感じさー」
迫田ツインズが離脱した寂しさは、まだ少し残っている。
けれど、ゆりえと柚葉が加わり、ヒロ九にはまた新しい風が吹き始めていた。
北中城リゾートホテルの夜は、少し寂しく、少し華やかで、そしてやっぱり少し騒がしく更けていく。
こうして、ヒロ九の沖縄遠征の夜は、光るLEDフロートのきらめきとともに、静かに、しかし賑やかに続いていった。




