表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1043/1137

湯けむりは沈黙を溶かせるか――下風呂温泉、彩芽と一杯の笑顔がノースフロントを救う

津軽海峡での任務は、勝利と言えば勝利だった。


ジェネラス・リンクによる密漁は防いだ。

積み荷の一部も押さえた。

敵が北海道方面へ逃走するルートを持っていることも分かった。


だが、密輸船そのものは取り逃がした。


あと少しだった。


遠州の勇者・河合美音の神がかった操船で、濃霧の津軽海峡をぎりぎりまで追い詰めた。漁協関係者も地元漁師も、あの操舵は見事だったと舌を巻いた。


それでも、最後の最後で逃げられた。


ノースフロント北方管区のメンバーは、誰も勝った顔をしていなかった。


ただ一人、高城彩芽だけを除いて。


「いやぁ……海戦、すごかったべさ……!」


彩芽は、まだ目をきらきらさせていた。


るみねぇが疲れた顔で言う。


「彩芽、そのテンション出せるの、逆に才能だべ」


その夜、一行は下北半島の北にある下風呂温泉郷に宿を取った。


津軽海峡を望む、ひなびた温泉地である。古くから漁師や旅人の疲れを癒してきた湯治場で、硫黄の香りが漂い、湯けむりの向こうには黒々とした海が広がる。派手な大型温泉街ではないが、湯の良さ、人の温かさ、海の幸の豊かさで静かに勝負する、北国らしい名湯だった。


宿は古い旅館だった。


畳の匂い。


少しきしむ廊下。


窓の外に見える津軽海峡。


任務の疲れを癒やすには、これ以上ない場所だった。


温泉も良かった。


硫黄の香りがする湯は、体の芯までじんわり温めてくれる。


玲香でさえ、湯に浸かると小さく息を吐いた。


「……悪くないわね」


柚希も湯をすくって頷く。


「よく温まります。雪国の温泉らしいですね」


紗耶は海の方を見ていた。


「……逃がしました」


その一言で、また空気が沈む。


温泉で体は温まっても、心はまだ津軽海峡の霧の中にあった。


夕食会場には、豪華な料理が並んでいた。


大間マグロの刺身を中心にした舟盛り。


ホタテ。


イカ。


ウニ。


アワビ。


津軽海峡の幸が、これでもかと並んでいる。


女将は誇らしげに言った。


「今日はいいマグロが入りましたよ。皆さん、たくさん召し上がってください」


普通なら歓声が上がる場面だった。


しかし、広間は静かだった。


柚葉が小さく呟く。


「……わぁ、すごい」


それで終わった。


カラオケセットまで用意されている。


だが、誰も歌う気配がない。


箸の音だけが、やけに大きく響いた。


見かねたるみねぇが立ち上がる。


「よし!」


「こういう時は歌だべ!」


全員、反応が薄い。


るみねぇは無理やり明るく振る舞う。


「彩芽、一曲いぐべ!」


彩芽は目を丸くした。


「えぇっ!? あたし、歌は自信ないべさ!」


「いいから! 元気だけはあるべ!」


「元気だけって何だべさ!」


それでも彩芽はマイクを握った。


選んだのは、かつて大ヒットした坂道系アイドルグループの明るい代表曲。タイトルに“シャンプー”っぽい言葉が入っていて、サビではみんなで手を振りたくなる、爽やかで可愛らしい青春ソングである。


本来なら、軽やかで甘酸っぱく、聴けば自然に笑顔になる曲だった。


だが、彩芽が歌うと別物になった。


出だしから音程が半音どころか一駅分ずれている。


リズムは自由行動。


可愛い振り付けをしようとしているのに、なぜか雪山で敵に突撃する前の準備運動みたいになる。


サビに入ると急に声量だけが倍になる。


「おいでぇぇぇぇ!」


旅館の障子が震えた。


玲香が箸を止める。


柚希が目を伏せる。


美音は真顔で固まる。


紗耶は肩を震わせている。


二番では歌詞を見失い、彩芽はなぜか満面の笑みで押し切った。


「ららら〜だべさ〜!」


最後だけ妙に決め顔。


歌い終わった彩芽は汗を拭いた。


「どうだったべさ?」


沈黙。


るみねぇが、ゆっくり言った。


「……ジャイアンリサイタルかと思ったべ」


一瞬、空気が止まる。


次の瞬間、玲香が吹き出した。


「ちょっと……それは言いすぎ……でも否定できないわ」


柚希も肩を震わせる。


「破壊力はありました」


紗耶も笑ってしまう。


「元気は……出ました」


彩芽は首をかしげる。


「あれ? 褒められてるっしょ?」


るみねぇ。


「ある意味な!」


部屋に笑いが戻った。


重苦しかった空気が、ほんの少しだけ溶けた。


その夜、就寝前。


雪乃とるみねぇは、旅館の小さなロビーで向かい合った。


窓の外には津軽海峡がある。


雪乃は湯呑みを手に、静かに言った。


「今日、ノースフロントの課題が見えました」


るみねぇも頷く。


「真面目すぎんだべ」


雪乃は続ける。


「メンバーは職人気質が多いです。うまくいっている時は非常に強い。でも今回のように、失敗と言うほどではない結果でも、一気に空気が沈みます」


るみねぇは全国のヒロインを見てきた経験を思い返しながら、ゆっくり言葉を返した。


「東海なら美月が騒いで場を引っ張るし、真央もすぐにツッコんで笑いに変えっぺ。関東なら小春が自然と場を回してくれる。西日本も賑やかな子が多いがら、誰かが空気を変えてくれるんだべ。でも、北だけは真面目な子が多すぎるんだ」


雪乃は小さく頷いた。


「彩芽さんが、その役目を担っているのだと思います」


「だべな」


「でも、まだ最年少です。荒削りで、危なっかしくて、実力もこれからです」


るみねぇは苦笑する。


「それに、歌は壊滅的だべ」


雪乃も少し笑った。


「ええ。ただ、今日、彩芽さんがいなかったら、夕食会場は本当に通夜のようになっていたかもしれません」


「まったくだべ」


二人は同じ結論に至った。


ノースフロントには、強さだけでは足りない。


任務の重みを受け止める真面目さは大切だ。


だが、失敗を引きずりすぎると、次へ進む力が鈍る。


空気を変える人材。


沈黙を笑いに変える存在。


彩芽はまだ未熟だが、その芽を確かに持っていた。


翌朝。


旅館近くで、名物の烏賊様レースが開催されていた。


観光客が小さなイカを応援し、どのイカが先に進むかを競う、ゆるくて妙に熱い催しである。


完全にプライベート参加だったが、彩芽は一瞬で本気になった。


「この子にするべさ!」


彩芽が選んだイカは、最初あまり動かなかった。


玲香が言う。


「弱そうね」


彩芽は真剣な顔で首を振る。


「違うべさ。この子は後半型だべ」


柚希が苦笑する。


「イカにも脚質があるんですか?」


「あるっしょ!」


彩芽は両手を握りしめ、レース開始と同時に叫んだ。


「けっぱれー!」


「負げんなー!」


「そこだべさ! まっすぐ行くっしょ!」


周囲の観光客が笑う。


るみねぇは腹を抱える。


「イカにそこまで熱くなる子、初めて見たべ」


だが彩芽は本気だった。


「この子、目がいいべさ! 勝つ目してるっしょ!」


玲香。


「イカの目で分かるの?」


紗耶が微笑む。


「でも、元気は出ますね」


彩芽のイカは、序盤こそ遅かった。


しかし中盤からじわじわ伸びる。


「来たべさ!」


「ほら、やっぱり後半型だべ!」


最後は見事に一着。


彩芽は飛び跳ねた。


「勝ったべさー!」


そしてイカに向かって、本気で褒める。


「よくやったべさ。あんた、最高にかっこよかったっしょ。昨日のあたしたちより勝負強かったべさ」


玲香が吹き出す。


「イカに励まされる北方管区って何なのよ」


柚希も柔らかく笑う。


「でも、悪くありません」


紗耶も少しだけ表情を緩めた。


「昨日より、息がしやすいです」


雪乃はその様子を見ていた。


彩芽は荒削りだ。


早とちりも多い。


歌もひどい。


だが、底抜けに明るい。


沈んだ空気を理屈ではなく力ずくで持ち上げる。


それは、今のノースフロントに必要な力だった。


津軽海峡の霧の向こうに、敵は消えた。


だが彼女たちは、その悔しさの中で一つの課題を見つけた。


強さだけでは、北は守れない。


笑いもまた、仲間を前へ進ませる力なのだ。


ノースフロント北方管区。


その船出は、まだ完全ではない。


だが、湯けむりの中で、彼女たちは確かに次へ進む理由を掴んだ。


そして、やがて彼女たちは“試される大地”へ向かうのか。


北の物語は、まだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ