三沢の空を守れ――若林あおい、蒼穹の航空祭で第二の故郷に敬礼する
青森県三沢市。
太平洋に面したこの街は、北東北でも独特の空気を持っている。広い空、海から吹く風、航空機の轟音、そしてどこか国際色を帯びた街並み。空の街として知られ、防衛と航空、そして市民生活が自然に溶け合っている。
それだけではない。
三沢は、昭和四十四年夏の甲子園で全国を熱狂させた地元県立高校の伝説も持っている。決勝延長十八回引き分け再試合。端正な顔立ちと涼しげな投球フォームで、全国の高校野球ファンを虜にした“元祖甲子園のアイドル”を生んだ街でもある。空を見上げれば航空機、球史を振り返れば伝説のエース。三沢は、どこか少年たちの夢が残っている街だった。
その三沢で、航空自衛隊の大規模基地――作中では「北東北の空を守る航空基地」と呼ばれる――の航空祭が開催される。
展示飛行、地上展示、装備品紹介、音楽隊演奏、子ども向け制服試着、写真撮影コーナー。会場は朝から家族連れと航空ファンでいっぱいだった。
だが、ノースフロント仙台分室には不穏な情報が届いていた。
ジェネラス・リンクが航空祭の混雑に紛れ、基地内設備への破壊工作を企てている。
雪乃は即座に全員を招集した。
「今回は来場者が多すぎます。騒ぎにしたら負けです」
るみねぇも頷く。
「お客さんには最後まで航空祭楽しんでもらうべ」
そして今回、中心に立つのが若林あおいだった。
石川県小松市出身。航空自衛隊から出向している、寡黙で冷静なヒロイン。父が航空自衛官だった関係で、幼少期を数年間三沢で過ごしている。
基地正門前に立ったあおいは、珍しく表情を緩めた。
「……この風。懐かしい」
玲香が目を丸くする。
「あおいにも、そんな顔があるのね」
あおいは少し照れたように答える。
「ここは、第二の故郷です」
柚希が静かに微笑む。
「今日は、あおいさんの回ですね」
航空祭の特設ステージでは、ノースフロントのイベントが始まる。
玲香は堂々と司会を務め、柚希は礼儀正しく航空祭の魅力を語る。彩芽は子どもたちと全力で航空クイズに参加し、るみねぇは会場を明るく盛り上げる。澪はマイペースに「飛行機、大きいね」とだけ言って客席を和ませ、理世は航空装備の豆知識を分かりやすく説明する。
あおいはマイクを持ち、静かに語った。
「空を守る仕事は、派手に見える部分だけではありません。整備、警備、管制、補給。見えない場所で多くの人が支えています」
その言葉には実感があった。
会場から大きな拍手が起こる。
だが、その直後。
柚葉がステージ袖で小さく言った。
「……いた」
その一言で、全員の目が変わる。
数秒前まで笑顔で手を振っていたヒロインたちが、笑顔を崩さないまま任務モードへ移行する。客席から見れば、ただの段取り変更。しかし裏では、完全に戦闘配置が始まっていた。
雪乃は低く指示を出す。
「あおいさん、現場指揮をお願いします」
あおいは頷いた。
「了解しました」
そこからは、あおいの独壇場だった。
「玲香さん、正面導線を維持」
「柚希さん、西側通路を封鎖」
「澪さん、その位置で待機」
「理世さん、通信設備側へ」
「彩芽さん、私について」
無駄がない。
基地内道路、格納庫の位置、整備区域、一般客導線、非常通路。幼少期の記憶と自衛官としての知識が噛み合い、あおいは迷いなく部隊を動かしていく。
雪乃が小さく呟く。
「現場では、完全にあおいさんが上ですね」
その頃、彩芽がまたやらかす。
工具箱を持った作業服の男性を見つけ、目を光らせた。
「今度こそ怪しいべさ!」
るみねぇが即座に叫ぶ。
「彩芽、確認だべ!」
しかし彩芽は飛び出す。
「確保だべさ!」
相手は、基地所属四十年のベテラン整備員だった。
工具箱が軽く跳ねる。
彩芽は真っ青。
「ご、ごめんなさいだべさ!」
整備員は豪快に笑った。
「元気がいいな。航空祭にはこういう活気も必要だ」
るみねぇは頭を抱える。
「だからよぉ……工具箱持ってる人が全員敵なわけねぇべ!」
彩芽。
「でも九割怪しかったべさ……」
「その残り一割を確認しろって言ってんだべ!」
周囲の整備員たちまで笑い、場は妙に和んだ。
しかし本当の敵は動いていた。
澪がぼそりと言う。
「こっちは通れないよ」
誰もいない通路。
だが数秒後、工作員がそこへ飛び込んでくる。
「なっ……」
澪は一歩も動かない。
「向こうも多分無理」
振り返れば柚希。
別方向には紗耶。
逃げ場はない。
工作員は格納庫方面へ逃げようとするが、あおいの指示は早かった。
「柚希さん、お願いします」
「承知しました」
柚希が薙刀を構える。
静かで美しい一歩。
一閃。
敵の武器だけを正確に弾き飛ばす。さらに柄で相手の体勢を崩し、回転しながら退路を塞ぐ。その動きは、航空祭の演武と見間違えるほど端正だった。
玲香が思わず言う。
「柚希、本気になるとほんと絵になるわね」
敵の一人が通信設備へ走る。
あおいが短く叫ぶ。
「彩芽さん、今です」
「了解だべさ!」
今度の彩芽は間違えなかった。
高い身体能力を活かして障害物を飛び越え、敵の背後へ着地。素早く腕を取って制圧する。
「今度は本物だべさ!」
るみねぇ。
「やればできるべ! 最初から確認すればな!」
理世が通信設備を保全し、瑠璃が一般客を自然に別導線へ誘導し、乙実が裏手の退避路を確認する。柚葉は敵の隠し導線を塞ぎ、紗耶は指揮役を見抜く。
雪乃の最終指示。
「全員、制圧完了。航空祭継続」
来場者は誰一人、危機に気づかなかった。
展示飛行は予定通り空を切り裂き、音楽隊の演奏も続き、子どもたちは笑顔で機体を見上げていた。
任務後。
基地幹部がノースフロントの前に現れる。
階級は基地副司令。
堂々とした制服姿。厳しい目。しかし、その奥に父親の温かさがあった。
彼こそ、若林あおいの父だった。
副司令はまず、任務責任者として敬礼する。
「皆さんのおかげで、航空祭を安全に終えることができました。基地を代表し、感謝申し上げます」
雪乃たちも礼を返す。
そして副司令は、あおいへ向き直る。
「若林隊員」
「はい」
あおいは背筋を伸ばし、凛と敬礼する。
「見事な判断だった」
「ありがとうございます」
二人は親子でありながら、その場では自衛官同士だった。
無駄な感情を挟まない。
しかし、誇りは伝わる。
やがて副司令は少しだけ表情を和らげた。
「あおい。三沢の空を守ってくれて、ありがとう」
あおいの目がわずかに揺れる。
「……はい。故郷を守れて、光栄です」
るみねぇが小声で言う。
「いい親子だべ」
玲香も珍しく茶化さなかった。
夕方。
展示飛行を終えた機体が、三沢の空へ溶けるように遠ざかっていく。
あおいはその空を見上げていた。
「やっぱり、この空は特別です」
彩芽が横から言う。
「でも整備員さんには謝った方がいいべさ?」
るみねぇが即ツッコむ。
「謝るのは彩芽だべ!」
彩芽。
「あ、そっか!」
全員が笑った。
三沢の空は青く、高かった。
誰にも知られず、危機は去った。
航空祭は守られた。
そして若林あおいは、第二の故郷の空に、静かに敬礼した。




