湯けむり封鎖線――百年の名湯を守れ! 彩芽の早とちりと、柚希の薙刀が舞う大鰐温泉防衛戦
青森県津軽地方、大鰐町。
そこにある大鰐温泉は、雪国の冬にこそ似合う名湯だった。
派手な大型観光地というより、古くから地元の人々に愛され、旅人を静かに迎えてきた温泉街である。駅から歩いて湯けむりのある町並みに入れる気軽さ、どこか懐かしい旅館、雪景色に浮かぶ灯り、そして体を芯から温める湯。さらに名物の大鰐温泉もやしは、温泉熱と伝統の技で育てられるこの町の誇りだった。
そんな温泉街に、ノースフロント北方管区が集結した。
今回の任務は、ジェネラス・リンクによる源泉設備への破壊工作を阻止すること。
敵は温泉配管に特殊薬剤を流し込み、温泉街の営業停止と信用失墜を狙っていた。さらに混乱に乗じて、違法資金の受け渡しも行う計画だった。
雪乃は作戦開始前、静かに言った。
「温泉は観光資源である前に、地域の日常です。絶対に守ります」
るみねぇも腕をまくる。
「お客さんには何も気づかせねぇべ。湯けむりの裏で片づけっぺ」
今回、ヒロインたちは浴衣姿で温泉街へ入った。
表向きは、温泉街PRイベントの出演者。実際は潜入任務である。
玲香は浴衣姿でも妙に堂々としていた。
「こういう町でも、やっぱり私がいると華が出るわね」
柚希は静かに返す。
「温泉街に必要なのは華より落ち着きです」
「またそういうこと言う」
「事実です」
るみねぇが即座に割って入る。
「はいはい、湯気より先に火花散らすなって!」
任務は静かに進んだ。
瑠璃は元観光ガイドらしく、旅館の位置や裏路地をすぐ把握する。
「この路地は宿泊客はあまり通りません。従業員導線ですね」
紗耶は宿泊客の動きを観察する。
「浴衣の着方が不自然な人がいます。温泉慣れしていないというより、隠し物をしている感じ」
乙実は源泉設備の近くで耳を澄ませる。
「湯の音、ちょっと変だの。どっかで流れ乱されでる」
雪乃が頷く。
「やはり細工されていますね」
その時だった。
彩芽が目を光らせた。
「怪しい人、発見だべさ!」
るみねぇが振り返る。
「彩芽、まず確認だべ」
「大丈夫っしょ!」
「その“大丈夫”が一番危ねぇんだって!」
だが遅かった。
彩芽は浴衣姿のまま、雪道をものともせず駆けた。
その先にいたのは、大柄な男性。
渋い顔。
大きな荷物。
浴衣姿。
確かに迫力はある。
彩芽は一気に間合いを詰めた。
「そこまでだべさ!」
華麗に飛びかかり、相手の腕を押さえる。
周囲が一瞬、静まり返った。
男は目を丸くする。
「お、お嬢ちゃん……わし、これから三味線弾くんだけど」
そこにいたのは、温泉旅館で公演予定だった津軽三味線の大御所だった。
彩芽、硬直。
「……え」
るみねぇが額を押さえる。
「だからよぉ……」
一拍置いて、
「確認してから行けって、何回言えば分がんだべ!」
彩芽は真っ赤になる。
「だ、だって、荷物大きいし、顔が渋いし、めっちゃ強そうだったっしょや……」
大御所は豪快に笑った。
「まあまあ、若いのは元気でいい。わしも昔はよう間違えられたもんだ」
玲香が小声で言う。
「何に間違えられたのかしら」
柚希。
「聞かない方がいいと思います」
大御所は彩芽の頭をぽんと撫でた。
「人を守ろうとして飛び出したんだべ? 悪いことじゃねぇ。次は一呼吸置けばいい」
彩芽はしゅんとする。
「ごめんなさい……」
るみねぇは苦笑しながらも、少しだけ優しい声になった。
「彩芽は気持ちは真っ直ぐなんだべ。ただ、体が先に行きすぎるんだわ。頭も連れてけ、頭も」
「頭も連れてく……」
「そうだべ。体だけ先に現場入りすんな」
大御所はまた笑った。
温泉街にほっこりした空気が流れる。
しかし、その笑いの中で、紗耶が気づいた。
「……今、笑っていない人がいました」
乙実も小さく頷く。
「源泉小屋の方さ、目が行った人いるの」
雪乃の表情が引き締まる。
「本命ですね」
敵は、温泉街の笑いに紛れて源泉設備へ向かっていた。
ノースフロントはすぐに動く。
雪乃は旅館組合へ連絡し、一般客を自然に別導線へ誘導。瑠璃が観光案内を装って人の流れを変える。柚葉は裏路地を先回りし、紗耶は敵の指揮役を視線で追う。
源泉配管室。
ジェネラス・リンクの工作員たちは、特殊薬剤の容器を開けていた。
「流せ。湯が止まれば町は終わる」
その言葉に、静かな怒りを見せたのが柚希だった。
普段は温厚で、声を荒げることも少ない。
だが、地域を傷つける行為には容赦しない。
柚希は薙刀を構えた。
浴衣の袖が揺れる。
雪明かりに、刃先がすっと光る。
「この町の湯を汚すことは許しません」
敵が一斉に襲いかかる。
柚希は一歩踏み込んだ。
薙刀が弧を描く。
一閃。
敵の武器だけが弾き飛ばされる。
続けて柄を使い、相手の足を払い、回転しながら次の敵の腕を封じる。力任せではない。静かで美しい、しかし逃げ道のない動きだった。
玲香が思わず見入る。
「柚希、本気になると絵になるじゃない」
るみねぇ。
「温厚な子ほど怒らせると怖ぇんだべ」
敵は柚希の動きに押される。
だが、別の工作員が非常用配管へ回り込み、薬剤を流そうとする。
彩芽が叫んだ。
「今度こそ本物だべさ!」
るみねぇが一瞬だけ見て、頷いた。
「今度は行げ!」
「了解っしょ!」
彩芽は雪道で鍛えた足さばきで一気に駆ける。
浴衣姿とは思えない跳躍。
配管を飛び越え、壁を蹴り、敵の前に着地する。
敵が驚く。
「何だこいつ!」
「札幌育ち、雪道と段差は得意だべさ!」
彩芽は薬剤容器を持つ腕を蹴り上げ、容器を宙へ弾く。
その瞬間、柚希が薙刀の柄で容器を受け、乙実がすかさず安全な場所へ滑らせる。
柚希と彩芽の連携。
静の薙刀と、動の跳躍。
さっきまでやらかしていた彩芽が、今度は完璧に決めた。
るみねぇが思わず叫ぶ。
「よし、彩芽! 今のは百点だべ!」
彩芽は振り返って笑う。
「汚名返上だべさ!」
柚希もわずかに微笑んだ。
「今の動きは見事でした」
彩芽は照れた。
「柚希さんに褒められたっしょ!」
玲香がむっとする。
「私も褒めていいわよ」
柚希。
「今は任務中です」
「そういうところよ!」
その間に、雪乃の指示で全敵を制圧。
紗耶が黒幕を見抜き、柚葉が逃走路を封鎖。
瑠璃が旅館客を安全に誘導し、乙実が源泉配管の安全を確認した。
「湯の流れ、戻ったの」
乙実の一言で、雪乃は静かに息を吐く。
「源泉、防衛完了です」
温泉街は守られた。
任務後、旅館組合長が深々と頭を下げる。
「皆さんのおかげで、明日もお客様を迎えられます」
あの津軽三味線の大御所も、彩芽に笑いかけた。
「お嬢ちゃん、さっきはびっくりしたが、最後は見事だったな」
彩芽は照れ笑い。
「最初はほんとごめんなさいだべさ」
「気にすんな。今度は三味線聞いていけ」
るみねぇが横から突っ込む。
「まず謝って、次に聞け。順番大事だべ」
彩芽。
「はい……」
そして最後。
旅館の女将の計らいで、ノースフロント全員は大鰐温泉の露天風呂に入ることになった。
雪が静かに降る。
湯けむりが白く立ちのぼる。
全員、肩まで湯に浸かる。
玲香が息を吐く。
「これは……最高ね」
柚葉も目を細める。
「任務後の温泉、反則」
紗耶は静かに笑う。
「こういう時間があるから、また頑張れますね」
乙実。
「んめ湯だの」
彩芽は完全に緩んでいた。
「はぁ〜、生き返るべさ〜」
るみねぇが苦笑する。
「だからよぉ……今日は三味線の先生に飛びかかるわ、最後は決めるわ、温泉で顔ふにゃふにゃだわ、忙しい子だべ」
彩芽。
「最後決めたからセーフっしょ?」
「最初のやらかしは消えねぇべ」
「そこは温泉で流すべさ」
「流せねぇよ、思い出として残るべ」
全員が笑った。
その中で、柚希が湯を手ですくい、少しだけ説明する。
「大鰐温泉は塩化物泉系の湯で、体が芯から温まりやすいと言われています。湯冷めしにくいので、雪国にはとても合っていますね。今日みたいに緊張した任務の後には、筋肉も気持ちもほぐれます」
玲香が横目で見る。
「柚希、温泉解説までできるの?」
柚希。
「少し調べただけです」
るみねぇ。
「そういう“少し”がちゃんとしてんだよなぁ」
雪乃は湯けむりの向こうの雪景色を見つめた。
「地域を守るということは、こういう日常を守ることですね」
誰もが静かに頷いた。
危険な任務だった。
凶悪な敵だった。
けれど、源泉は守られた。
旅館の灯りも、湯けむりも、人々の笑顔も残った。
大鰐温泉の夜は、静かに更けていく。
ノースフロント北方管区は、湯のぬくもりに包まれながら、また少しだけ強いチームになっていた。




