鹿角鉱山迷宮、地味な女神が道を読む――乙実、地下で北方管区を救う
秋田県鹿角市から小坂町にかけて広がる旧鉱山施設。
かつて鉱山で栄えたこの地域は、北東北の産業史を語るうえで欠かせない場所だった。重厚な鉱山事務所、歴史ある芝居小屋、山あいに残る鉱山町の面影。華やかな観光地とは違うが、働く人々の歴史と誇りが染み込んだ、渋くて力強い土地である。
その地下に、ジェネラス・リンクが入り込んだ。
旧坑道の一部を使い、違法兵器の密造と保管を行っているという情報が、ノースフロント仙台分室に入る。
雪乃はモニターに坑道図を映した。
「GPSは不安定。通信も途切れます。古い図面も完全ではありません」
玲香が腕を組む。
「つまり、私の美貌も地下では映えないってことね」
柚希が冷静に返す。
「そこは作戦上、重要ではありません」
「重要よ」
「重要ではありません」
るみねぇが即座に割って入る。
「はいはい、坑道入る前から掘り合うなって!」
今回の主役は、山形県鶴岡市出身、限界集落育ちの今津乙実だった。
派手さはない。
声も大きくない。
センター争いにも興味がない。
だが乙実は、山と水と風を読む。
「地下でも、空気は流れっさげ」
玲香が眉をひそめる。
「それ、説明になってる?」
乙実は淡々と答える。
「なるの。水の音と風の抜け方で、道はだいたい分がる」
彩芽が目を輝かせる。
「え、すごいっしょ! 地下迷宮とか、ちょっとワクワクするべさ!」
るみねぇが彩芽の襟首をつかむ。
「彩芽、落ち着けって」
「まだ何もしてないしょや!」
「目がもう突っ込んでるべ!」
乙実はその横で静かに装備を確認していた。
ヘッドライト。
ロープ。
チョーク。
簡易酸素計。
古い坑道図。
彩芽が覗き込む。
「乙実さん、なんかテンション低くない?」
乙実は顔を上げずに言う。
「地下で浮かれるど、怪我するさげ」
るみねぇが彩芽を見る。
「聞いだか? 今の、彩芽に向けた言葉だべ」
彩芽。
「私だけに言ってないしょ?」
全員。
「言ってる」
作戦開始。
旧鉱山施設の奥、観光エリアから外れた封鎖坑道。
錆びた鉄扉には最近開け閉めされた跡があった。中へ入ると、冷たい空気が肌に触れる。湿った岩肌、低い天井、古い木枠、ぽたりぽたりと落ちる水音。
玲香は不満そうに言う。
「暗い、狭い、寒い。三拍子そろって最悪ね」
柚希。
「文句を言う声はよく響きますね」
玲香。
「何か言った?」
柚希。
「事実です」
るみねぇ。
「おめぇらの声、坑道中に反響して敵にバレっから!」
瑠璃は古い観光資料と坑道図を見比べる。
「観光用通路と作業用導線が違います。敵はこの作業用の旧ルートを使ってますね」
紗耶は足跡を見る。
「慣れてる人と、怖がってる人が混じってる。奥に幹部、手前に作業員ですね」
柚葉は静かに横道を確認する。
「こっちは塞がってる。でも人が通った跡はある」
雪乃は通信で全体を整理する。
「乙実さん、先導をお願いします」
乙実は頷く。
「こっちだの」
玲香が言う。
「水の音は右からするわよ」
乙実。
「んだ。だげど空気は左さ抜げでる。出口あるのは左だの」
玲香。
「本当に?」
乙実。
「たぶん」
玲香。
「たぶんで進むの?」
乙実は少しだけ振り返る。
「山では、たぶんの精度を上げて生きるんだの」
柚希が静かに頷く。
「信じましょう」
玲香は不満げにしながらも従う。
「失敗したら、私が文句言うからね」
るみねぇ。
「成功しても言うべ」
坑道の途中、彩芽が先へ飛び出そうとする。
「私が見てくるっしょ!」
「彩芽、落ち着けって!」
「大丈夫だべさ!」
「大丈夫って言う時が一番危ねぇんだよ!」
彩芽が一歩踏み出した瞬間、乙実が低く言う。
「止まれ」
彩芽はぴたりと止まる。
その一歩先、板が腐って抜け落ち、深い縦穴が口を開けていた。
彩芽は固まる。
「……あっぶな」
るみねぇ。
「だから言ったべ!」
乙実は淡々とロープを出す。
「急ぐより、戻れる道を残す方が大事だの」
彩芽は素直に頭を下げる。
「乙実さん、助かったっしょ」
「ん。落ぢねでいがった」
中盤、ジェネラス・リンクの武装班が現れる。
玲香が前に出る。
「こんな湿っぽい場所で悪事なんて、センスがないわね」
派手な動きで敵の注意を引く。
柚希は出口側へ回り込み、退路を断つ。
「外へは出られません」
玲香が敵を押し込み、柚希が逃がさない。
二人は口では噛み合わないが、任務では妙に噛み合う。
柚葉は遊撃で横穴から出てきた敵を止める。
「そこ、通行止め」
瑠璃は坑道の構造を読み、迂回路を潰す。
紗耶は後方の男を指す。
「あのライト持ってる人。怒鳴ってないけど、あれが指示役」
雪乃が即断する。
「確保対象変更。紗耶さんの指摘対象を優先」
彩芽はるみねぇの許可を待って、うずうずしている。
「今なら行っていいっしょ?」
るみねぇ。
「……今なら行げ!」
「よし!」
彩芽は狭い坑道を軽やかに駆け、壁を蹴って敵の武器を弾く。札幌育ちの身体能力と雪道感覚は、足場の悪い坑道でも活きた。
るみねぇが続いて敵を押さえる。
「ほら、許可取れば強いべ!」
彩芽。
「毎回許可制なの、ちょっとダサいっしょ」
「無許可で落ちるよりマシだべ!」
クライマックス。
敵は旧集積場で違法兵器を搬出しようとしていた。さらに証拠隠滅のため、坑道の一部を爆破する準備までしている。
時間がない。
雪乃が問う。
「乙実さん、最短ルートは?」
乙実は目を閉じる。
水音。
風。
湿気。
足元の傾き。
古い坑道に残った空気の流れ。
「こっちだの」
玲香。
「また、たぶん?」
乙実。
「んだ。だげど、さっきより確かだの」
るみねぇ。
「それ、すごく頼もしいのか不安なのか微妙だべ」
だが乙実の読みは正しかった。
一行は敵の背後へ出る。
雪乃が号令をかける。
「全員、制圧」
玲香が正面から敵を引きつける。
「ここで終わりよ」
柚希が出口を塞ぐ。
「逃げ道はありません」
彩芽が跳ぶ。
「今度は許可ありだべさ!」
るみねぇ。
「よし、行げ!」
柚葉が爆破装置へ走り、乙実が配線を見つける。
「そこは触るな。こっち切れば止まるの」
彩芽が思わず手を出しそうになる。
るみねぇが叫ぶ。
「彩芽、触るな!」
彩芽。
「触ってないしょ!」
「触りそうだったべ!」
乙実は落ち着いて配線を処理し、爆破は阻止された。
紗耶が敵幹部の逃げる方向を読む。
瑠璃が退避ルートを確保する。
最後は雪乃がアイスホッケー仕込みの鋭い一撃で、敵が持っていた金属ケースを壁際へ弾き飛ばした。
るみねぇ。
「雪乃さん、坑道でもホッケーすんのかい!」
雪乃。
「角度があれば打てます」
「万能すぎるべ!」
任務は成功。
違法兵器の密造拠点は壊滅し、歴史ある鉱山施設への被害も最小限に抑えられた。
地上へ戻ると、鹿角の冷たい空気が肺に入る。
乙実は静かに息を吐いた。
「地下は、出口があるって分がるまで怖いの」
彩芽が素直に言う。
「乙実さん、ほんとすごいっしょ。私なら三回くらい落ちてたかも」
るみねぇ。
「三回で済めば御の字だべ」
玲香は腕を組む。
「まあ、今日の主役は認めてあげてもいいわ」
柚希が微笑む。
「乙実さんがいなければ、全員迷っていました」
玲香。
「全員って、私も含まれてる?」
柚希。
「はい」
玲香。
「暗かっただけよ!」
るみねぇが頭を抱える。
「地上戻って三十秒でこれだべ……」
雪乃は報告書に記す。
任務成功。今津乙実の地形把握能力、忍耐力、危険察知能力は北方管区に不可欠。高城彩芽は機動力抜群。ただし制御必須。玲香・柚希の関係改善は継続課題。
乙実は少し照れながら言う。
「おら、目立だね方が性に合ってるの」
雪乃は静かに返す。
「目立たない力が、全員を救うこともあります」
鹿角の鉱山迷宮を救ったのは、派手な一撃ではなかった。
限界集落で育ち、山を知り、水を聞き、風を読む乙実の静かな執念だった。
北方管区には、華やかなヒロインだけではない。
地味でも、粘り強く、必ず出口を見つけるヒロインがいる。
その事実を、全員が胸に刻む任務となった。




