白銀の八甲田ルートを封鎖せよ――紗耶、吹雪の中で“嘘をつく歩き方”を見抜く
真冬の青森。
港町・八戸から、十和田、そして八甲田山麓へ。
その一帯は、北日本でも特に冬の厳しさと美しさが同居する地域だった。
八戸は、太平洋に面した北東北屈指の港町。水産業が盛んで、朝市には新鮮な魚介が並び、港には大型トラックが行き交う。寒風にさらされながらも、働く人々の声は力強い。
そこから内陸へ進めば、十和田の広い大地と雪景色。さらに八甲田山麓へ入ると、世界が白一色に変わる。樹氷、雪原、吹雪、山道。美しいが、甘くない。冬の青森では、物流が止まれば生活が止まる。医薬品、食料、燃料、生活物資。一本の道路、一本のトラックが、文字通り命綱になる。
その命綱を、ジェネラス・リンクが狙った。
ノースフロント仙台分室に入った情報は深刻だった。
八戸港から山間部へ向かう補給トラックが、吹雪の日を狙って立て続けに足止めされている。積み荷は医療物資や生活物資。だが一部が不自然にすり替えられ、違法物資が混入している可能性があった。
雪乃は大型モニターの前で言った。
「これは物流妨害ではありません。雪国の生活そのものを人質に取る行為です」
るみねぇも、いつもの明るさを少し抑えて頷く。
「そういうの、ほんと許せねぇべ。雪の日に物資止めるなんて、命に関わんだぞ」
ノースフロント全員召集。
玲香、柚希、柚葉、彩芽、瑠璃、紗耶、乙実。
そして雪乃、るみねぇ。
今回の主人公は、八戸市出身の蛯沢紗耶だった。
かつて夜の世界で生きてきた苦労人。華やかな表舞台ではなく、人の裏表を見続けてきた女性である。人の嘘、無理をした笑顔、焦りを隠す仕草、目線の泳ぎ方。そういうものに、紗耶は敏感だった。
雪乃は言う。
「今回、紗耶さんの目が鍵になります」
紗耶は少し困ったように笑う。
「私、戦闘向きじゃないですよ」
「人を見る力は、戦闘力です」
雪乃の言葉に、紗耶は静かに頷いた。
作戦会議はいつも通り始まる。
そして、いつも通り玲香と柚希がぶつかる。
玲香が腕を組む。
「八戸港の正面対応は私ね。こういう時こそ華が必要でしょ」
柚希が淡々と返す。
「吹雪の中で華を見せても、視界が悪いので意味は薄いと思います」
「何それ、嫌味?」
「事実です」
るみねぇが即座に割って入る。
「はいはいはい、まだ出発前だべ! 青森行く前から吹雪起こすなって!」
玲香が不満げに言う。
「私は正面に立つべきだと言ってるだけよ」
柚希も引かない。
「私は安全導線を先に確保すべきだと言っています」
るみねぇは頭を抱える。
「おめぇら二人並べると、天気予報より荒れんだよなぁ……」
雪乃は冷静に役割を分けた。
「玲香さんは正面対応。敵の注意を引いてください」
玲香は満足する。
「分かっているじゃない」
「柚希さんは山道封鎖と住民誘導。冷静さが必要です」
柚希は頷く。
「分かりました」
るみねぇが小声で言う。
「雪乃さん、ほんと扱いうまいべ」
任務開始。
八戸港。
雪が横殴りに吹きつける。
トラック、除雪車、漁港関係者、倉庫作業員、物流会社の防寒着。誰もが分厚い服を着て、顔も半分隠れている。
その中を紗耶が歩く。
瑠璃は元観光ガイドらしく港湾施設の位置関係を把握し、乙実は雪かき用具を自然に手に取って倉庫裏の導線を確認する。柚葉は誰にも気づかれず、見落としやすい隙間へ入る。
その中で、紗耶は一人の男を見た。
作業員の服。
防寒手袋。
地元業者の腕章。
だが、足元が違った。
紗耶が小さく言う。
「……あの人、青森の人じゃない」
るみねぇが聞き返す。
「何で分かんの?」
「雪道の歩き方じゃないです。重心が高い。滑る場所を分かっていない」
雪乃が通信越しに確認する。
「監視対象に指定します」
その判断は正しかった。
男はジェネラス・リンクの偽装工作員。港湾作業員に紛れ、補給トラックの積み荷情報を送っていた。
敵が動く。
補給トラックの一団が八甲田方面へ向かう直前、ジェネラス・リンクの車両が吹雪に紛れて追走を開始した。
「全員、移動します」
雪乃の指示で、ノースフロントが動く。
札幌出身の彩芽は、ここで目を輝かせた。
「雪なら任せてください!」
るみねぇがすぐ突っ込む。
「任せるけど、突っ込むなよ!」
「大丈夫です!」
「大丈夫って言うやつほど大丈夫じゃねぇべ!」
彩芽は雪の上を軽やかに走る。
足の置き方、雪壁の越え方、凍った路面でのバランス。荒削りだが、雪国育ちの身体感覚は本物だった。
「ほら、行けます!」
「行けるのと行っていいのは違ぇんだよ!」
るみねぇとの掛け合いは完全に漫才だった。
玲香は吹雪の中でも派手だった。
白い雪の中に立つと、妙に映える。
「寒いのは嫌いだけど、こういう舞台は悪くないわ」
敵の車両を正面から引きつける。
「あなたたち、吹雪に隠れたつもり? 仙台の目をごまかせると思わないことね」
敵が玲香へ集中する。
柚希はその間に山道側を押さえる。
「こちらは通れません。一般車両を下げてください」
地元警備員や除雪隊との連携も丁寧で、住民誘導に無駄がない。
瑠璃は観光ガイド時代の知識を生かす。
「この先、旧展望台へ抜ける道があります。吹雪の日は危険ですが、逃走には使われる可能性があります」
乙実は地味に、しかし確実に動く。
雪に埋もれた標識、倉庫裏の足跡、除雪されていない脇道。誰も見ない場所を一つずつ確認する。
「ここ、タイヤ跡があります」
柚葉は遊撃。彩芽が勢い余って前に出れば、空いた後ろを自然に埋める。玲香が敵を引きつければ、横から静かに入り、柚希の導線を邪魔しない。
そして紗耶。
敵車両が二手に分かれた時、全員が迷う。
片方は派手に逃げる。
もう片方は静かに山側へ入る。
雪乃が尋ねる。
「紗耶さん、どちらが本命ですか?」
紗耶は即答した。
「静かな方です」
「理由は?」
「運転手が焦っていません。慣れている人間ほど、大事なものを運ぶ時に目立たないようにします」
追跡対象は静かな車両に決定。
結果は当たりだった。
その車両には違法物資と、すり替え予定の医療物資が積まれていた。
クライマックスは八甲田山麓。
吹雪が強くなり、視界は数メートル。
ジェネラス・リンクの武装班が雪道を塞ぐ。
玲香が正面から出る。
「どきなさい」
柚希が山側を封鎖。
「逃走ルートはありません」
彩芽が雪壁を蹴って高く跳ぶ。
「上から行きます!」
るみねぇが叫ぶ。
「だから一言言ってから跳べってぇ!」
彩芽は雪上で敵の足元を崩し、るみねぇがその隙を逃さずまとめて制圧する。
「ほら、息合ってますよ!」
「合わせてやってんだべ!」
瑠璃が退避ルートを確保し、乙実が積み荷を保全。柚葉が背後へ回り込み、敵の追加部隊を止める。
紗耶は雪煙の中、黒幕の男を見つける。
「あの人です」
「なんで分かる?」
「逃げる人間は後ろを見る。でも、あの人だけ荷物を見ています。守りたいのは自分じゃなくて積み荷です」
雪乃が指示を出す。
「全員、制圧」
敵幹部が金属ケースを持って逃げようとした瞬間、雪乃が氷上競技仕込みの鋭い蹴りで足元の凍った雪塊を弾く。
雪塊がケースに直撃。
金属音。
敵が転倒。
るみねぇが叫ぶ。
「雪乃さん、またホッケー出たべ!」
雪乃は涼しい顔。
「苫小牧では基本です」
「基本の範囲広すぎっぺ!」
ジェネラス・リンク部隊は制圧された。
補給トラックは守られ、医療物資も生活物資も無事。吹雪の中、八甲田越えの命の物流回廊は守られた。
翌朝。
八戸港に戻ると、物流会社の運転手たちがノースフロントへ頭を下げた。
「助かりました。この荷物、待っている人がいるんです」
漁港関係者からは温かい汁物が振る舞われる。
紗耶は湯気の立つ椀を両手で持ち、静かに港を見つめた。
「普通に荷物が届くって、本当はすごいことなんですね」
雪乃が頷く。
「それを守るのが、北方管区の仕事です」
良い空気だった。
……が、長くは続かない。
玲香が言う。
「今回、一番目立ったのは私ね」
柚希が返す。
「今回、一番重要だったのは物流保全です」
玲香。
「だから私が引きつけたからでしょう」
柚希。
「引きつけすぎて吹雪より騒がしかったです」
玲香。
「何ですって?」
るみねぇが椀を置く。
「また始まったべ……。せっかく汁物うめぇのに、台無しにすんなって」
彩芽が笑う。
「二人とも雪でも溶けませんね」
瑠璃が穏やかに言う。
「でも任務中は噛み合っていましたよ」
乙実も小さく頷く。
「噛み合えば強いです」
紗耶は少し笑った。
「人って、面倒ですね」
雪乃は報告書に書く。
任務成功。蛯沢紗耶の観察力は極めて有効。高城彩芽は雪上任務適性あり。ただし要制御。玲香・柚希の関係改善は継続課題。
るみねぇが横から覗く。
「最後、赤字にしとけって」
雪乃は苦笑した。
吹雪の八甲田を越える命のトラックは守られた。
紗耶の静かな観察眼が、雪の中に隠れた悪意を見抜いた。
ノースフロントはまた一つ、北日本での存在感を増した。
ただし、玲香と柚希の主導権争いだけは、八甲田の吹雪よりもしぶとかった。




