下呂発、ひだに揺られて――おひねりは消え、補佐官は眠る。ヒロ室東海(仮称)、湯けむり遠征の大団円!
四泊五日にわたる下呂温泉遠征も、いよいよ最終日。
日本三名泉の一つとして知られる下呂温泉は、飛騨川沿いに旅館やホテルが立ち並ぶ温泉街である。湯質の良さはもちろん、浴衣姿で歩ける風情ある街並み、足湯、土産物店、飛騨牛や郷土料理など、何日滞在しても飽きない魅力にあふれている。
その温泉街を舞台に行われたヒロ室東海(仮称)の四泊五日公演は、まさに大成功だった。
大型温泉ホテルの特設ステージでは、毎日十八時から約一時間。
まるで昔ながらの温泉旅館の大衆演芸のような、肩の力を抜いたステージ。
美月の勢いだけで押し切る河内節トーク。
真央の絶妙なツッコミ。
真白の大型トラックあるある。
美音のハーモニカ独奏。
明日香の「温泉設備豆知識」。
ひかり・みのりの安定した司会。
澪の何を考えているのか分からない一言。
沙羅の真面目すぎる天然発言。
そして、呼ばれていないのに毎日最前列付近をうろうろしていた「たつを」。
宿泊客は毎晩大笑い。
「また来年も来て!」
「今度は一週間やって!」
「たつをだけでも置いていって!」
などという謎の声援まで飛び交う始末だった。
もちろん、おひねりも飛んだ。
五千円札。
千円札。
小銭。
封筒。
さらには地酒引換券まで。
ところが――
チャリン。
「ありがとうございました。」
チャリン。
「戦隊ヒロインプロジェクトとして、有効に活用させていただきます。」
宿泊客がおひねりを投げてから三秒後。
どこからともなく現れる遥室長。
さらに、電卓片手のけちのん。
回収速度だけは世界記録級だった。
美月が呆れる。
「早すぎるやろ!」
真央も笑う。
「忍者みたいやがね。」
けちのんは真顔。
「これは個人収入ではありません。」
遥室長も頷く。
「活動費なのら。」
美月。
「夢がない!」
たつを。
フリップ。
『皆さまの善意です』
「お前、ヒロ室側やないか!」
客席大爆笑。
そんな四泊五日の間には、スタンプラリー事件もあった。
温泉配管事件もあった。
ホテルの設備も守った。
温泉街の平和も守った。
ホテル支配人は最後の挨拶で深々と頭を下げた。
「皆さんのおかげで、宿泊されたお客様から『最高の思い出になった』という声をたくさんいただきました。」
観光協会の会長も続く。
「イベントだけではありません。温泉街そのものの安心感を守っていただいたことに、地域一同感謝しております。」
拍手。
拍手。
拍手。
遥室長は胸を張る。
「みんな、本当にありがとうなのら。」
その表情は、この遠征で一番誇らしそうだった。
もっとも――
視線だけは別方向を向いていた。
隼人補佐官。
まさにゃん。
波田顧問。
三人は揃って目を逸らす。
「……。」
理由はもちろん。
『戦隊ヒロインプロジェクト最高戦略会議』
という名目の徹マンである。
半荘まで。
という遥室長の約束を毎晩破り、結局朝まで麻雀。
しかも戦略は一つも決まっていない。
遥室長が腕を組む。
「帰ったら話があるのら。」
隼人補佐官。
「はい……。」
まさにゃん。
「いや、あれは岐阜経済を語る上で重要な――」
「違うのら。」
波田顧問。
「ロン。」
「今ロンちゃう!」
ホテル中に笑いが響いた。
そして一行は下呂駅へ。
ホームに停車していたのは、山あいを縫って名古屋へ向かう特急「ひだ」。
美月は車両を見るなり、けちのんの横へ座った。
「けちのん。」
「はい。」
「お願いあるねん。」
「嫌な予感しかしません。」
「聞くだけ聞いてぇな。」
「どうぞ。」
美月は真剣な顔になった。
「おひねり全部持ってったやん。」
「はい。」
「ウチら四泊五日頑張ったやん。」
「はい。」
「温泉街守ったやん。」
「はい。」
「ホテル助けたやん。」
「はい。」
「ファンサービスしたやん。」
「はい。」
「せやからな。」
一拍置く。
「名古屋から"ひのとり"プレミアムシート乗らしてぇぇぇぇ!」
けちのん即答。
「却下です。」
「なんでや!」
「経費です。」
「浪花節知らんのか!」
「知っています。」
「人情!」
「経費。」
「情け!」
「経費。」
「夢!」
「経費。」
「愛!」
「経費。」
「うわぁぁぁ!」
車内爆笑。
それでも美月は諦めない。
「けちのん……。」
「はい。」
「ウチ、泣くで。」
「どうぞ。」
「泣いたら?」
「ティッシュを差し上げます。」
「鬼や!」
真央が腹を抱えて笑う。
「美月さん、負けとるがね!」
しかし十分後。
けちのんがため息をついた。
「……今回だけです。」
「え?」
「名古屋から大阪まで。プレミアムシートを認めます。」
美月。
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
ガッツポーズ。
「勝った!」
「浪花節の勝利や!」
車内拍手。
一方。
真央は春日井へ。
明日香は赤い電車で豊川へ。
真白はカンガルーマークの大型トラックで営業所経由。
美音は大型二輪で浜松へ。
グレースフォースの二人は「もう一湯だけ」と立ち寄り湯。
沙羅、澪、スタッフは新幹線。
すみれコーチは愛車で帰路へ。
美月が周囲を見渡す。
「あれ?」
「たつをは?」
澪がお茶を飲みながら答える。
「先に在来線。」
「多分。」
「またかい!」
誰も探さなかった。
そして特急「ひだ」は飛騨川沿いを静かに走る。
車窓には新緑。
遠くには山々。
その一角。
隼人補佐官は窓際席で爆睡していた。
「ぐぅ……。」
徹マン疲れ。
戦略会議疲れ。
イベント疲れ。
全てが一気に押し寄せたらしい。
その寝顔は実に幸せそうだった。
だが――
本人だけは知らない。
東京へ戻れば、遥室長との長い長い「反省会」が待っていることを。
美月が小さく笑う。
「今だけ幸せそうやなぁ。」
真央も肩をすくめる。
「起きたら地獄だがね。」
車内に笑いが広がった。
こうして愛知、三重、岐阜を巡ったヒロ室東海(仮称)の長い遠征は、大成功のうちに幕を閉じた。
地域に愛され、笑いを届け、ときには街を守る。
ヒロ室東海(仮称)は確かな足跡を残したのである。
窓の外には、名古屋へ続く線路。
そしてその先には、まだ見ぬ舞台。
美月が伸びをしながら笑う。
「次は静岡かなぁ?」
真央が頷く。
「浜名湖もあるし、おいしいもんもいっぱいだがね。」
真白も微笑む。
「また面白くなりそうやね。」
遥室長も静かに頷いた。
「東海は、まだまだ広いのら。」
列車は軽やかなディーゼル音を響かせながら、次なる舞台へ向けて走り続ける。
ヒロ室東海(仮称)の旅は、まだ始まったばかりであった。




