下呂温泉・湯けむり配管チェイス――浴衣の真白、カンガルーマークのトラックで名湯を守る
下呂温泉滞在三日目。
大型温泉ホテルでのゆるい大衆演芸公演も、ヒロインたちの温泉旅行気分も、すっかり板についてきた。
朝は足湯。
昼は温泉街散策。
夕方は一時間だけステージ。
夜は豪華な料理と露天風呂。
美月は完全にこの生活へ適応していた。
「これ、もう東海支部の正式研修にしたらええんちゃう?」
真央も浴衣姿で頷く。
「温泉地研修だがね」
しかし、ヒロ室フロント側では少し事情が違った。
夜の「戦隊ヒロインプロジェクト最高戦略会議」は、前回の徹マン騒動を受け、遥室長から厳しく制限されていた。
「半荘一回までなのら。それ以上やったら、全員朝風呂禁止だら」
波田顧問、まさにゃん、隼人補佐官、すみれコーチは神妙に頷いた。
だが、実際に始まると出てくるのは戦略ではなく麻雀用語ばかりだった。
「東海展開としては、まず安全牌を――」
「それ、麻雀の話だら」
「スポンサー戦略は鳴きすぎないことが大事で――」
「それも麻雀だら」
結局、良案は何も出ない。
琴音は議事録にこう書いた。
最高戦略会議:半荘一回。具体的成果なし。
その翌朝。
ホテル自慢の大露天風呂で異変が起きた。
湯がぬるい。
ほんの少しではない。
下呂温泉らしい、肌にまとわりつくような心地よい温かさが、明らかに弱い。
常連客が首をかしげる。
「昨日まで、もっとええ湯やったんやけどなぁ」
「今日は何か、温まりきらんね」
下呂温泉で湯加減がおかしい。これは大事件である。
最初に異変を見つけたのは、明日香と真央だった。
二人はホテルスタッフの案内で、温泉設備の見学をしていた。巫女兼エンジニアの明日香は設備に興味津々。真央は「温泉の裏側も料理場と似とるがね」と勝手に納得していた。
制御盤の前で、明日香の表情が変わる。
「これ、設定値が変だら」
真央も湯温表示を見て怒りだす。
「湯がぬるいのは許せんがね。温泉地でやったらかんことだで!」
明日香が細工の跡を見つける。
「外部から触られてるだら。雑だけど、意図的だら」
犯人は、ジェネラス・リンクの末端工作員だった。
目的は、戦隊ヒロインプロジェクトが滞在しているホテルの評判を落とし、夕方の公演を中止させること。
悪事としては、かなりセコい。
美月は報告を聞くなり呆れた。
「温泉の湯加減いじって評判落とすって、悪の組織として器ちっさすぎるやろ」
すみれコーチが即座に指揮を執る。
「明日香と真央は制御盤を戻す。真白、美音は逃げた工作員を追う。美月は客前で騒ぎにしない。澪は退路。沙羅は客の誘導。ひかりとみのりは全体のフォロー」
その時、配管室の奥からフリップが出た。
湯は熱いうちに入れ
美月が叫ぶ。
「たつを! なんで配管室におんねん!」
たつをのフリップ。
温泉管理主任
「誰が任命したんや!」
たつをはさらに制御盤の横のランプを指す。
明日香が確認する。
「補助弁の警告だら。……たつを、微妙に役立っただら」
真央。
「微妙やけど助かるがね」
美月。
「ほんま微妙な有能さやな、お前」
その頃、工作員はホテル裏の搬入口から逃げようとしていた。
ここで動いたのが真白だった。
浴衣姿のまま、髪を軽くまとめ、カンガルーマークのトラックへ乗り込む。
湯上がりのような柔らかい雰囲気なのに、ハンドルを握った瞬間、顔つきが変わる。
妙に色っぽい浴衣姿と、プロのトラックドライバーとしての鋭さが同居していた。
「搬入口から逃げるなら、物流導線を押さえます」
美月が思わず見とれる。
「真白、浴衣でトラック乗ると妙に迫力あるな」
真白は静かに言う。
「仕事です」
一方、美音は浴衣の裾を整え、大型二輪にまたがる。
大型二輪と浴衣。普通ならちぐはぐな組み合わせだが、美音がやると妙に絵になる。涼しげな表情、背筋の伸びた姿勢、そしてエンジン音。
「外周道路は私が見ます」
美月が呟く。
「美音さんもまた、なんでも様になるな」
真央。
「パーフェクトヒューマンだがね」
逃走車両がホテル裏道を抜けようとする。
その前に、真白のカンガルートラックが滑り込むように現れた。
無理にぶつけるわけではない。
しかし、絶妙な位置取りで出口を塞ぐ。
「ここは通せません」
同時に、美音の大型二輪が外周から回り込み、逃走車両の横へつく。
エンジン音が山あいに響く。
浴衣姿の二人が、それぞれトラックと二輪で追い詰める光景は、温泉宿の裏手とは思えないほど勇ましかった。
工作員が車を捨て、徒歩で逃げる。
そこには澪。
「こっち通れないよ」
反対へ逃げる。
澪。
「向こうもたぶん無理」
実際、向こうには真白のトラック。
さらに美音の二輪。
工作員は完全に詰んだ。
すみれコーチが腕を組む。
「終わりだねぇ」
一方、制御盤では真央と明日香が本気を出していた。
真央は怒りながらも手際がいい。
「この配線、雑だがね。温泉への敬意が足りん!」
明日香は冷静に設定値を戻す。
「主弁、補助弁、循環設定……これで戻るだら」
たつを。
いい湯、復活
真央。
「そこだけ持ってくな!」
数十分後。
露天風呂の湯温は元に戻った。
常連客が笑顔になる。
「これこれ、この湯や」
「やっぱり下呂はこうでないと」
ホテル支配人は深々と頭を下げた。
「皆さま、本当にありがとうございました。お客様の楽しみと、ホテルの信用を守っていただきました」
遥室長も満足そうだった。
「みんな、よくやったのら。真白ちゃん、美音ちゃん、浴衣なのに見事な追撃だっただら。真央ちゃん、明日香ちゃんもよく復旧したのら」
そして、たつをを見る。
「たつをも、今日は少し役に立ったのら」
たつを。
準フロント待遇希望
美月。
「それは却下や!」
夕方の公演は無事開催された。
美音のハーモニカはいつも以上に染みた。
真央はステージで言った。
「湯加減は人生だがね。熱すぎてもぬるすぎてもいかん」
美月が即ツッコむ。
「急に哲学すな」
たつを。
適温が大事
「お前も乗るな!」
客席は大爆笑だった。
――かくして、下呂温泉の湯は守られた。
名湯の湯けむりを乱そうとした小さな悪意は、浴衣姿のヒロインたちの機転と勇気によって打ち砕かれた。
カンガルーマークのトラックを操る真白。
大型二輪で山あいの道を駆けた美音。
制御盤を復旧させた真央と明日香。
退路を塞いだ澪。
そして、配管室から現れた謎のタツノオトシゴ。
湯は再び、なめらかに満ちた。
宿泊客は笑い、ホテルには明かりが灯り、飛騨川の夜風は静かに流れる。
下呂温泉の平和は、今日も守られたのであった。




