表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1024/1061

下呂ゲロゲロ温泉興行――おひねり回収班、湯けむりより早く現れる

ヒロ室東海(仮称)は、下呂温泉へやってきた。


岐阜県が誇る名湯であり、日本三名泉のひとつにも数えられる温泉地。飛騨川沿いに旅館やホテルが並び、湯はなめらかで肌にやさしい。足湯、土産物屋、温泉まんじゅう、浴衣姿の観光客。山あいの空気も澄んでいて、到着した瞬間に「これは働く場所ではなく休む場所だ」と体が勝手に判断してしまう。


今回は一応、ヒロ室東海(仮称)のイベント公演である。


だが実態は、かなり慰安旅行に近かった。


日程は四泊五日。

会場は下呂温泉の大型温泉ホテル。

出演は毎日十八時から一時間程度。

それ以外は完全に自由時間。


つまり、朝起きて温泉。

朝食バイキング。

温泉街を散歩。

足湯。

昼食。

昼寝。

また温泉。

十八時から少しだけステージ。

その後は豪華な夕食。

さらに温泉。


美月はホテルのロビーに入った瞬間、確信した。


「これ、仕事ちゃうやん。ご褒美やん」


真央も浴衣の柄を選びながら頷く。


「完全に慰安旅行だがね」


真白は少し真面目に言う。


「一応、公演があります」


美月は手を振る。


「一時間やろ? それはもう食前運動や」


澪はロビーのソファに座り、温泉まんじゅうを眺めながら言った。


「もう帰りたくない」


沙羅も小さく頷く。


「ここなら応援だけでも頑張れそうです」


ひかりとみのりは、ホテルの案内パンフレットを見ながら真剣に予定を組んでいる。


「午前は足湯、午後は温泉街散策、夕方にリハーサルですね」


「ひかりさん、二日目は飛騨牛の昼食プランもあります」


完全に観光客だった。


そこへ、当然のようにたつをがいた。


美月が見つけた瞬間、眉をひそめる。


「たつを、呼ばれてないよね?」


たつをはフリップを出した。


ゲロゲロ


美月は一瞬止まった。


「オマエ、カエルやったんか」


たつを、次のフリップ。


下呂なので


真央が笑う。


「地名に乗っただけだがね」


美月は呆れる。


「タツノオトシゴ設定どこ行ってん」


たつを。


温泉仕様


「便利な体やな!」


ヒロ室フロントも今回は珍しく豪華だった。


遥室長、隼人補佐官、まさにゃんこと葛城正男室長代理、波田顧問、すみれコーチ、けちのんこと谷口佳乃、小宮山琴音。


ただし、演者ではない。


フロント側として、旅行の管理、宿との調整、会計、そして「何かあった時の責任者」として来ている。


まさにゃんはロビーに着くなり、もっともらしく言った。


「私は地域観光資源の現地視察を兼ねまして――」


美月が即座に遮る。


「温泉入りに来ただけやろ」


まさにゃんは真顔で返す。


「地域経済への貢献です」


真央が呆れる。


「その言葉、便利すぎるがね」


けちのんは到着早々、宿泊費、食事代、会場使用料、物販手数料、移動費を確認していた。


「無駄な経費は認めません」


美月が小声で言う。


「温泉来てもけちのんはけちのんやな」


たつをのフリップ。


財政規律


美月。


「お前、初日からフロント寄りやな」


その日の夕方。


ホテルの大広間に、特設イベントステージが設けられた。


畳敷きの広間。

低めのステージ。

赤い幕。

脇には温泉宿らしい提灯。

客席には浴衣姿の宿泊客。

宴会帰りの団体客。

子ども連れの家族。

一人旅らしき温泉好き。

そして、なぜか毎年ここに来ている常連客。


雰囲気は完全に大衆演芸だった。


十八時。


ひかりがマイクを持って登場する。


「皆さま、本日はヒロ室東海(仮称)下呂温泉特別公演へようこそお越しくださいました」


落ち着いた声。


さすが女子アナ志望である。


隣でみのりが台本を持ち、進行を完璧に支える。


「本日は温泉とともに、ゆるく楽しい一時間をお届けいたします」


美月が袖でつぶやく。


「ゆるいって自分で言うんや」


一番手は美月だった。


浴衣風のステージ衣装で現れ、マイクを握る。


「どうも、河内のスピーカーです。今日は温泉で喉が温まっておりますので、通常の二割増しでうるさいです」


客席が笑う。


たつをのフリップ。


通常でも十分


美月が即座に振り向く。


「やかましいわ!」


客席がまた笑う。


美月は調子に乗る。


「下呂温泉、最高やなぁ。お湯がええ。料理がええ。布団がええ。これで出演料が現金ならもっとええ」


袖でけちのんの目が光った。


美月はすぐ言い直す。


「……いや、何でもありません」


真央は温泉まんじゅうの食レポで登場した。


「このまんじゅう、皮がしっとりしとるでよ。甘さもくどくない。これはお茶と合わせたら止まらんがね」


すると澪が袖から一口食べて、ぼそっと言う。


「おいしい」


客席の数人が頷いた。


美月が叫ぶ。


「澪、それだけで売れるのズルいわ!」


真白は観光地の物流について話す。


「温泉宿には、毎日たくさんの物が届きます。食材、タオル、浴衣、掃除用具、お土産品。皆さんが快適に過ごせる裏側には、物流があります」


団体客のおじさんが感心して言った。


「ええ話やなぁ」


美月が小声で言う。


「真白、温泉宿でも物流講座できるんやな」


たつを。


運ばれてこその温泉まんじゅう


真白が頷く。


「その通りです」


美月。


「たつをのボケを真面目に受けるな」


明日香は温泉地と神社、山の気配について語り始めた。


「山あいの温泉地には、古くから人が集まる理由があるだら。湯は体を癒やし、土地の気は心を整えるだら。周辺の神社仏閣にも――」


美月が途中で止める。


「明日香、巫女講座は五分で頼む」


明日香は少し不満そうだった。


「まだ導入だら」


「導入が長いねん」


そして、ステージの空気を一変させたのが美音だった。


美音はハーモニカを手に、静かに椅子へ座る。


一曲目。


飛騨川の流れを思わせる、やわらかく懐かしい旋律。


二曲目。


湯けむりが夜に溶けていくような、少し寂しい曲。


三曲目。


旅の終わりにまた来たくなるような、明るく温かい曲。


客席は完全に静まり返った。


大衆演芸の余興ではない。

これは普通に独演会で金が取れる。


演奏が終わると、客席から大きな拍手が起きた。


そして、飛んだ。


おひねりである。


封筒。

千円札。

小銭入りのポチ袋。

おそらく常連客が慣れた手つきで用意していたものまである。


美月の目が輝いた。


「おひねりや! これは演者の正当な――」


その瞬間だった。


遥室長とけちのんが、異様な速度で出てきた。


本当に速かった。


湯けむりより早い。

宴会場の仲居さんより早い。

たつをのフリップ芸より早い。


遥室長はにこやかに封筒を回収する。


「ありがとうございます。これは戦隊ヒロインプロジェクトとして、お客様からいただいたものです」


けちのんは無表情で札を回収する。


「今後の活動費として有効に活用させていただきます」


美月。


「なんでや!」


けちのんは淡々と答える。


「戦隊ヒロインプロジェクトは、国民の皆様の税金と支援者の皆様のご厚意で運営されています」


美月。


「一枚くらい出演者に回せや!」


遥室長。


「美月ちゃん、温泉とご飯は出てるでしょ」


「夢がない!」


たつをのフリップ。


皆さまの戦隊ヒロインプロジェクトです


美月はたつをを指さした。


「お前、ヒロ室フロントの回し者やろ!」


たつを。


準フロント待遇希望


「希望すな!」


さらにたつを。


おひねりは未来への投資


美月。


「完全にあっち側やんけ!」


客席は大爆笑だった。


初日はそれで終わった。


だが問題は二日目以降である。


二日目。


美月と真央のご当地トークが爆発した。


「下呂温泉はええ。けど、おひねり全回収はあかん」


「初日からまだ言っとるがね」


「言うに決まっとるやろ。これは演者の尊厳問題や」


たつを。


尊厳より財源


美月。


「黙れ、財務省のタツノオトシゴ!」


けちのんが遠くで少しだけ反応した。


三日目。


真白の「温泉宿を支える物流講座」が意外にも団体客に刺さった。


「明日の朝食に出る干物も、今日のうちに届いています。土産物売り場の商品も、補充がなければ棚は空になります」


客席のおじさんが言う。


「物流、大事やなぁ」


たつを。


真白先生、下呂校開講


真白。


「学校ではありません」


四日目。


美音のハーモニカ目当てに、宿泊客の一部が時間を合わせて大広間へ来るようになった。


一曲終わるたび、おひねりが飛ぶ。


そして、そのたびに遥室長とけちのんが現れる。


美月は叫ぶ。


「回収だけ動き速すぎるやろ!」


遥室長。


「感謝の気持ちは速やかに受け止めないと」


けちのん。


「現金管理は迅速正確が基本です」


たつを。


迅速回収


美月。


「お前、もう完全に職員やん!」


夜。


大露天風呂。


美月は湯に浸かりながら、まだ文句を言っていた。


「ヒロ室ドチケすぎんねん。おひねり全額回収って何や。大衆演芸の夢を分かってへん」


沙羅は湯気の向こうで頷く。


「少しは私たちにも回してほしいですよね。売店のアイス代とか」


美月。


「沙羅っち、分かっとる!」


澪は岩風呂の縁にもたれて、ぼんやり空を見ていた。


「営利団体ではないからねぇ。知らんけど」


美月。


「知らんなら言うな!」


澪。


「でも温泉はいい」


沙羅。


「それは本当にそうです」


美月も少し黙る。


湯はなめらかだった。

山の空気は冷たく、湯気は白い。

川の音が遠くに聞こえる。


「……まあ、温泉は最高やな」


美月がぼそっと言う。


たつをはいないはずだった。


だが、露天風呂の外の安全柵の向こうに、なぜかフリップだけが見えた。


また来たい


美月。


「お前どこにおんねん!」


沙羅が笑い、澪が小さく言う。


「たつをも温泉好き」


「入れへんやろ!」


四泊五日の下呂温泉興行。


ゆるい大衆演芸。

ハーモニカの名演。

温泉まんじゅう。

物流講座。

フリップ芸。

そして、おひねり全額回収。


ヒロインたちは文句を言いながらも、温泉に癒やされ、宿の料理を楽しみ、少しだけ英気を養っていく。


ただし、美月は最後まで言っていた。


「おひねり、せめて一割くらい出演者に回すべきや」


たつをのフリップ。


要望として承ります


美月。


「それ役所の断り文句や!」


笑い声が大広間に響き、湯けむりが夜の空へ溶けていく。


下呂温泉の夜は、静かに更けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ