馬は知っていた――府中育ちのあかね、笠松の厩舎裏で事件を読む
笠松の競馬場で行われたヒロ室東海(仮称)賞は、妙な余韻を残して終わった。
澪はワイド一点勝負で配当180円を的中させ、真央は手広く流して堅実に的中。美月は1000倍超えの3連単を夢見て玉砕し、すみれコーチは競馬新聞を読み込みすぎて外し、井田修三郎はこじつけデータ予想を豪快に外して「いやぁ、つまんない結果だねぇ、ガハハ!」と笑っていた。
レース後の表彰式では、的中者代表の澪と真央に加え、なぜかたつをまでプレゼンターとして登場し、副賞の戦隊ヒロイングッズを渡した。
手ぬぐい。
そして、在庫調整のために持ち込まれた美音のタオル。
美音は最後まで「売れ残りじゃないです」と小声で抗議していたが、たつをのフリップは無慈悲だった。
美音タオル、好評発売中
「表彰式で宣伝しないで」
そんなこんなで、イベントは大盛況のうちに終了した。
ただし、競馬場内ではまだレースが続いていた。
観客席には馬券を握るファンが残り、パドックには次のレースの馬が現れ、場内実況が響いている。
ここで騒ぎを起こすわけにはいかなかった。
その時、競馬場スタッフが控室へ駆け込んできた。
「すみません。誘導馬の一頭が急に落ち着かなくなっていて……それと、厩舎裏で不審な人物を見たという話があります」
一同の空気が変わる。
美月が立ち上がりかける。
「よっしゃ、行くで――」
すみれコーチが止めた。
「待ちな。競馬場はまだ開催中だよ。観客に気づかれたら大騒ぎになる」
真央も頷く。
「隠密に動かなかんでよ」
美月と真央が同時に黙った。
隠密。
その言葉が、この二人に一番似合わない。
あかりがぼそっと言う。
「美月さんと真央さん、絶対向いてへんやつやに」
たつをのフリップ。
うるさい二強
美月が叫ぶ。
「誰がうるさい二強や!」
すみれコーチが冷静に指示した。
「美月と真央は表で客を引きつけな。ミニトークショーでもやって、観客の目をそっちへ向けるんだよ」
美月は少し不満そうだったが、すぐににやりと笑う。
「しゃべってええんやな?」
真央も腕をまくる。
「それなら得意だがね」
隠密に最も向かない二人は、隠密任務のために、あえて一番目立つ場所へ向かった。
場内ステージで、急きょ「競馬豆知識ミニトークショー」が始まる。
美月がマイクを握る。
「皆さん、さっきのレース見ました? 澪のワイド180円、夢は小さいけど当たりは当たりやで!」
客席が笑う。
真央が続く。
「競馬は本命から手広く流すのも大事だがね。たつをには10点買えば当たる言われたけどな!」
客席がさらに笑う。
美月と真央はしゃべる。
とにかくしゃべる。
笠松の名馬の話、井田修三郎のこじつけ予想、すみれコーチの新聞読みすぎ問題、美音タオル在庫問題まで、次々にネタにして場内を笑わせていく。
隠密任務の裏側で、表は大爆笑だった。
その間に、あかねが動いた。
内田あかね。
府中市出身。府中刑務所の官舎に住み、近くには大競馬場がある。さらに乗馬クラブに通っていた経験があり、馬の生態や行動サインには妙に詳しい。
彼女は、落ち着かないという誘導馬のところへ向かった。
その馬は、競馬場で長く働いているダンディなベテラン誘導馬だった。白い毛並みに品があり、目元は穏やかだが、今は耳を細かく動かし、鼻先を何度も同じ方向へ向けていた。
あかねはゆっくり近づく。
「大丈夫。驚かせないからね」
誘導馬は一度耳を伏せかけたが、あかねの声に反応して少し落ち着く。
あかねは首筋を撫で、目線を合わせる。
「何か気になるんだね。左奥? それとも裏の通路?」
馬が鼻を鳴らす。
澪が横でぼそっと言った。
「会話してる」
あかねは真面目に答える。
「会話というより、反応を読んでいるだけです」
たつをのフリップ。
馬語通訳
あかね。
「違います」
だが、その様子はどう見ても会話だった。
あかねは誘導馬の耳の向き、鼻の動き、足の置き方を見た。
「この子、怖がっているというより、知らない匂いを気にしています。厩舎裏の左奥通路。そこに何かあります」
競馬場スタッフが驚く。
「そこは普段、関係者しか入りません」
すみれコーチが頷く。
「決まりだねぇ」
クエストの核心は、ジェネラス・リンクの末端工作員による盗難だった。
狙いは、出走馬の管理データ入りタブレットと、獣医用の検査キット。派手な金品ではないが、馬の健康管理とレース運営の信頼に関わる重要物だった。
工作員は厩舎裏で飼料袋やブラシ箱を動かし、通路を乱していた。その不自然な匂いと物音に、ベテラン誘導馬が反応していたのである。
真白は搬入口を確認する。
「荷物の動線が乱れています。飼料袋の位置が不自然です」
美音は外周を押さえる。
「外へ抜けるなら裏門側だね」
明日香は検査キットを見て言う。
「それは馬の体調管理に必要なものだら。悪用以前に、失くしたら現場が困るだら」
澪は通路の角に立つ。
「こっち通れないよ」
まだ誰も来ていないのに。
たつをは誘導馬の隣でフリップを掲げた。
落ち着け
誘導馬が少し落ち着いた。
美月はステージ上からそれを見つけ、小声で言った。
「たつを、馬にも効いとるやん」
たつをの次のフリップ。
無言の説得力
美月。
「自分で言うな!」
その頃、表のミニトークショーはさらに盛り上がっていた。
真央が言う。
「馬券は計画性が大事だがね。美月さんみたいに1000倍だけ狙うと、夢は見られるけど財布は軽くなるでよ」
美月が反論する。
「夢を買うのが競馬やろ!」
客席から拍手と笑い。
井田修三郎も飛び入りで参加し、
「いやぁ、夢を買って外す。これが競馬だよ、ガハハ!」
と豪快に笑う。
この騒ぎのおかげで、観客の視線は完全にステージに集まっていた。
裏では、あかねが誘導馬の反応を頼りに通路を進む。
「こっちです。この子がずっと気にしていた方向」
すると、通路の奥から工作員が現れた。
タブレットを抱えている。
あかねは声を荒げない。
馬を驚かせないためだ。
「それ、返してください。馬たちの管理に必要なものです」
工作員は逃げようとする。
だが、その先に澪。
「こっち通れないよ」
反対へ逃げる。
そこには真白が荷物台車で通路を塞いでいた。
「ここは搬入導線です。勝手には通れません」
外側には美音。
「外周も無理」
すみれコーチは競馬新聞を丸めて言った。
「逃げ馬の脚じゃないねぇ」
たつをのフリップ。
差されました
美月がステージ上で吹き出しかける。
最後は、あかねが静かに距離を詰め、工作員の手からタブレットを回収した。
暴れることはない。
派手なアクションもない。
馬を驚かせず、競馬場を騒がせず、静かに解決する。
それが、今回の任務だった。
事件解決後、誘導馬は完全に落ち着いた。
あかねが首筋を撫でる。
「よく教えてくれたね。ありがとう」
誘導馬は鼻を鳴らす。
澪が言う。
「返事した」
たつを。
ダンディ
あかねは少し笑った。
「本当にダンディですね」
競馬場関係者は深く頭を下げた。
「助かりました。馬の様子からここまで分かるなんて……」
そこへ井田修三郎もやって来る。
「いやぁ、あかねちゃん、やっぱりすごいねぇ。馬券師じゃない。馬読み師だよ、ガハハ!」
すみれコーチも満足げだった。
「これは完全にあかねの手柄だねぇ」
そして、ダンディなベテラン誘導馬も、あかねの肩口に顔を寄せた。
美月が言う。
「これは感謝されとるな」
真央も頷く。
「完全に認められとるがね」
たつをのフリップ。
馬読みのあかね
あかねは少し照れた。
「変な二つ名をつけないでください」
イベント終了後、ヒロ室東海(仮称)のメンバーは競馬場を後にする前に、伝説のアイドルホースの像の前に集まった。
美月、真央、あかり、真白、澪、美音、明日香、すみれコーチ、あかね。
そして、当然のようにたつを。
美月が言う。
「たつを、写真にも入るんか」
たつをのフリップ。
記念
「まあ、今日は馬を落ち着かせたしな」
井田修三郎も笑って手を振る。
「いい写真になるよ、ガハハ!」
全員で写真を撮る。
名馬の像の前で、ヒロ室東海(仮称)は笑っていた。
澪のワイド180円。
真央の10点的中。
美月と真央の爆笑トークショー。
すみれコーチの競馬新聞。
井田修三郎の豪快な笑い。
そして、府中育ちのあかねがダンディな誘導馬とともに解いた厩舎裏の事件。
笠松の競馬場には、名馬名手の歴史だけではなく、人と馬との距離の近さがあった。
あかねは最後に、像を見上げて静かに言った。
「馬は、ちゃんと教えてくれるんですね」
たつをのフリップ。
配当なしでも大当たり
美月が笑う。
「今日はそれで締めやな」
こうしてヒロ室東海(仮称)は、名馬の故郷を後にした。
そして写真には、なぜかタツノオトシゴも写っていた。




