四日市コンビナート非常線――あかり、光る工場地帯で空回りして最後に決める
四日市の工場夜景クルージングは、拍手と笑いの中で終わった。
船上では、山本あかりの四日市愛が炸裂した。石油化学コンビナートで働く父の話、公害を乗り越えた街の歴史、産業と環境を両立させてきた誇り。観客は真剣に耳を傾け、陽菜は「夜景が綺麗」と素直に感動し、ひかりとみのりは機能美としての工場夜景を理知的に語った。
もちろん、美月は最後まで「なんで四日市に“ひのとり”停まらへんねん」と言っていたし、たつをはフリップでひのとり停車希望などと余計な茶々を入れていた。
それでも、イベントとしては大成功だった。
船が港へ戻る。
乗客たちが笑顔で下船する。
「四日市、また来たいです」
「夜景すごかった」
「ヒロ室東海、面白い」
あかりは満足そうだった。
「ええイベントやったに」
美月が肩を叩く。
「あかり、今日は地元ヒロインとしてええ仕事したやん」
「いつもしてます」
「たまに突っ込むだけやろ」
「それも仕事です」
そんな軽口を叩いていた時だった。
クルージング会社のスタッフが慌てて駆け込んできた。
「港湾エリアの立入制限区域付近で、不審な車両が動いています。さっきから同じ小型トラックが、倉庫街とコンビナート方面を行き来していて……」
同時に、真白の端末にも連絡が入る。
濃尾運輸の物流関係者からだった。
「港湾道路で、妙な小型トラックが走っているそうです。荷札とルートが一致しません」
明日香が目を細める。
「工場関係の荷物を偽装している可能性があるだら」
みのりが冷静に言った。
「夜景クルーズの観光客が多い時間帯を狙ったのでしょう。警戒が外へ向いている」
ひかりも頷く。
「一般客を巻き込まないように動く必要がありますね」
あかりの表情が変わった。
「四日市で好き勝手させん」
その声には、地元を守る怒りがあった。
ただし、あかりである。
気合が入りすぎると、だいたい空回りする。
「あかり、落ち着きや」
美月が言うが、あかりはすでに前のめりだった。
「任せてください! 四日市の港も、コンビナートも、工場夜景も、全部ウチが守ります!」
真央が小声で言う。
「これは一回転ぶ流れだがね」
たつをのフリップ。
空回り注意
あかりが睨む。
「たつをさん、今は真面目な場面やに!」
たつを。
だから注意
美月が笑う。
「たつを、珍しく正しい」
任務は即座に始まった。
狙われていたのは、石油化学プラントの管理データが入った携帯端末と、環境監視用センサー部品だった。単なる盗難ではない。四日市の産業と環境の信頼に関わるものだった。
グレースフォースのひかりとみのりが全体を統括する。
みのりは港湾エリアの簡易地図を広げ、逃走ルートを整理する。
「港側、国道方面、倉庫街。この三方向です。観光客の動線から外して囲む必要があります」
ひかりは穏やかに続ける。
「美紀さんと陽菜さんは観光客の誘導を。澪さんは退路。真白さんは物流ゲート。美音さんが港湾道路。明日香さんは盗品の特定をお願いします」
美月が感心する。
「グレースフォース、仕事が早いな」
みのりは少し得意げ。
「当然です」
ひかりはみのりを見て微笑む。
「みのりさんがいるから安心です」
美月がすかさず突っ込む。
「任務中にラブラブすな」
あかりは腕をまくる。
「ウチは正面から行きます!」
みのりが即座に止める。
「正面から行く前に、相手の位置を確認してください」
「分かってます!」
分かっていない顔だった。
不審な小型トラックは、倉庫街から港湾道路へ出ようとしていた。
まず動いたのは美音だった。
大型二輪のエンジン音が夜の港に響く。美音は外周道路を一気に回り込み、相手の進路をじわりと狭める。
「港側は私が押さえる!」
真白はカンガルーマークのトラックで物流ゲートへ向かう。
「ここを封鎖します。荷物の持ち出しはさせません」
真白のトラックが堂々と止まると、通路は完全に塞がった。
「物流を甘く見ないでください」
一方、美月と真央は小型トラックの前方へ出る。
美月が派手に叫ぶ。
「河内のスピーカー、四日市でも鳴らすで!」
真央も尾張弁で続く。
「止まりゃあ! ここは通したらかんでよ!」
派手な二人が前に出るだけで、敵はかなり混乱した。
そこへ、あかりが突っ込む。
「四日市で好き勝手させんに!」
だが勢いが良すぎた。
足元の係留ロープに引っかかり、派手に前のめりになる。
「うわっ!」
美月が叫ぶ。
「あかり、空回り早すぎる!」
たつをのフリップ。
予想通り
あかりはすぐ起き上がる。
「今のは作戦です!」
真央が冷静に言う。
「絶対違うがね」
敵の一人がケースを抱えて走り出す。
明日香がケースを見て言った。
「それ、ただの部品じゃないだら。環境監視用のセンサーだら。工場の安全と、街の信頼に関わるものだら」
あかりの目が鋭くなる。
「ほな、なおさら返してもらうわ」
今度は空回りではなかった。
あかりは低く姿勢を落とし、一気に距離を詰める。
四日市の突貫娘。
その異名通りの瞬発力だった。
敵が振り返る間もなく、あかりは相手の進路へ入り、肩の動きでバランスを崩し、ケースを抱えた腕を押さえ込む。
「四日市の光は、盗ませへんに!」
その身体能力は圧倒的だった。
美月が目を丸くする。
「さっきロープで転んだ人と同一人物か?」
真央が頷く。
「そこがあかりさんだがね」
敵は別ルートへ逃げようとする。
そこには澪がいた。
「こっち通れないよ」
敵は反対方向へ走る。
また澪。
「向こうも多分無理」
敵が叫ぶ。
「なんで先にいる!」
澪はぼーっと答える。
「なんとなく」
美月が呟く。
「澪の“なんとなく”が一番怖い」
美紀と陽菜は観光客を安全な場所へ誘導していた。
陽菜は柔らかく声をかける。
「こちらで少しお待ちください。夜景、まだ見えますよ」
美紀も落ち着いて案内する。
「安全確認中です。慌てなくて大丈夫です」
そのおかげで、一般客には大きな混乱は起きなかった。
たつをもなぜか活躍していた。
敵が倉庫の影へ入ろうとした瞬間、フリップを掲げる。
そっち危険
敵が足を止める。
次。
こっちも危険
敵が迷う。
次。
四日市を汚すな
あかりが叫ぶ。
「たつをさん、今のええやん!」
だが次のフリップ。
ひのとり停車希望
美月が食いつく。
「せや!」
あかりが怒る。
「今それちゃう!」
しかし敵はそのやり取りに一瞬気を取られた。
その隙に、美音が外側から回り込み、真白のトラックが完全に退路を塞ぐ。ひかりとみのりは左右の動線を閉じ、明日香が盗品のケースを確保する。
最後に残った敵へ、あかりがもう一度突っ込んだ。
今度はロープも踏まない。
無駄な叫びもない。
地面を蹴り、一直線に飛び込み、相手の体勢を崩し、ねじ伏せる。
「これが四日市の突貫娘やに!」
美月が拍手する。
「最後は決めたな!」
真央も笑う。
「空回りからの大逆転だがね」
たつを。
終わりよければ全部よし
あかりが息を切らしながら笑う。
「たつをさん、今日はちょっとだけ認めます」
任務は無事終了した。
管理データの端末も、環境監視センサー部品も回収された。
四日市の工場地帯は守られた。
夜のコンビナートは、何事もなかったように光り続けている。
あかりはその光を見上げた。
「ここはウチの街やに。守れてよかった」
美月が隣に立つ。
「今日は地元ヒロイン、ちゃんとやり切ったな」
「だからいつもやってますって」
澪がぼそっと言う。
「光、戻った」
ひかりが微笑む。
「最初から消えていませんよ」
みのりが付け加える。
「でも、守ったからこそ輝いて見えるのかもしれません」
任務後、空気が少し緩んだところで、あかりが急に明るく言った。
「よし、皆さん。四日市名物トンテキ食べに行きましょう!」
美月が即反応する。
「出た、飯!」
あかりのテンションがまた上がる。
「トンテキは四日市の誇りです。分厚い豚肉、濃いめのソース、にんにく、キャベツ。疲れた体に最高なんやに。コンビナート見た後にトンテキ、これが四日市の締めです!」
真央が笑う。
「今度はトンテキ愛だがね」
陽菜が嬉しそうに言う。
「食べてみたいです」
美紀も頷く。
「任務後には良さそうですね」
あかりは、たつをにも声をかけた。
「たつをさんも来る?」
たつをはしばらく沈黙した。
そしてフリップを出した。
僕はタツノオトシゴなので豚より海藻派
美月が吹き出す。
「断り方がウィット効きすぎやろ!」
たつを、もう一枚。
あと、にんにくは明日のフリップに響く
真央が腹を抱える。
「フリップに響くって何だがね!」
あかりは笑いながら言った。
「ほな、また今度やに」
たつを。
夜景だけで満腹
美月。
「観光客として完璧やな、お前」
こうして、四日市コンビナート非常線は幕を閉じた。
あかりは少し空回りし、少し転び、最後にはしっかり敵をねじ伏せた。
美月と真央は派手に暴れ、グレースフォースは冷静に統括し、真白のトラック、美音の大型二輪、澪の謎の退路封鎖、明日香の技術知識、美紀と陽菜の誘導、そしてたつをの余計なフリップ芸が、すべて噛み合った。
四日市の夜景は、変わらず輝いていた。
それは、ただの光ではない。
働く人の誇り。
街を支える産業。
過去を越えて進む力。
そしてその夜、地元ヒロイン山本あかりは、少しだけ胸を張って、その光の前を歩いていた。
ただし、その足取りはトンテキ屋へ向かうせいで、かなり速かった。




