情熱は河内から来た――志摩のゆるい王国、フラメンコで美月が暴れる
三重県志摩市。
英虞湾の美しい景色、伊勢志摩らしい海の幸、ゆったりした時間が流れる観光地である。そんな志摩にある、スペインの街並みを再現したテーマパークが、ヒロ室東海(仮称)の次なる舞台になった。
そこは妙な魅力を持つ場所だった。
混みすぎない。
だから歩きやすい。
パフォーマーとの距離が近い。
スタッフが親切。
空いていることを自虐ネタにする懐の深さまである。
「行ったら思ったより楽しい」
「なんか落ち着く」
「妙にまた行きたくなる」
そんな声が多い、ゆったり型のテーマパークだった。
地元三重の山本あかりは、入口に立った瞬間から懐かしそうだった。
「ここ、高校ん時に友達と何回か来たことあるで。空いとるけど、そこがええねん」
美月が笑う。
「それ、褒めてるんか?」
「あたりまえやん。待ち時間少ないとか最高やろ」
この日参加したのは、美月、真央、あかり、真白、美音、ひかり、澪、みのり、美里、麗奈。
そして、なぜかたつを。
真央が見つけた瞬間、声を上げた。
「なんでまたおるんだがね!」
たつをはフリップを出す。
観光
美月が突っ込む。
「仕事ちゃうんかい!」
たつを。
呼ばれてない
「またかい!」
朝から空気はゆるかった。
一方、美月は上機嫌だった。理由はもちろん鉄道である。
「鶴橋から特急しまかぜで来たで。乗り心地最高や。座席もええし、景色もええし、これぞ観光特急やな」
真央が呆れる。
「イベントより先に特急の感想だがね」
美月は胸を張る。
「移動の満足度はイベントの出来に直結するんや」
隼人補佐官がいない場でも、彼女は堂々とそれを言い切った。
最初の企画は、フラメンコうちわダンス選手権。
スペイン風の衣装を身にまとい、園のパフォーマーと一緒にフラメンコを踊る。ただしヒロ室東海らしく、なぜかうちわを持つ。情熱と涼しさを両立させるという、意味があるようでない企画だった。
真央は器用に踊った。
「こういうの、意外といけるでよ!」
あかりは勢いで踊った。
「情熱なら負けへん!」
美音は運動神経で乗り切り、ひかりは控えめながら綺麗に手を動かし、みのりは真面目に振りを覚えようとする。
だが、会場の空気を完全に持っていったのは美月だった。
音楽が始まった瞬間、美月の足が妙なリズムを刻み始める。
フラメンコのステップ。
そこに、なぜか河内音頭の揺れが混ざる。
「イヤコラサー!」
観客がざわついた。
スペインの情熱。
河内の祭り。
うちわ。
ツインテール。
何が起きているのか分からない。
だが、妙に見てしまう。
美月はうちわをカスタネット代わりに鳴らしながら、腰を入れ、足を鳴らし、手を広げた。フラメンコなのか河内音頭なのか、もはや創作ダンスである。
スペイン人パフォーマーが最初に吹き出した。
次に笑いながら手拍子を始めた。
最後には一緒に踊り出した。
会場は大爆笑。
美月は調子に乗る。
「ほれほれ、スペインも河内も情熱や!」
パフォーマー代表は、笑いすぎて涙を拭きながら言った。
「フラメンコかどうかは分かりません。でも情熱は伝わりました。最高です」
美月は胸を張った。
「情熱だけは本物や」
優勝は美月。
あかりが納得いかない顔をする。
「うまいかどうか分からんのに優勝なん?」
真白が冷静に言う。
「場を支配しましたから」
澪はぼそっと言った。
「河内がスペインに勝った」
美月が笑う。
「勝ってへんわ。融合や」
続いて、パエリア巨大鍋対決。
チームはいつものように髪型で分かれた。
美月率いるツインテールチーム。
美月、あかり、真白。
真央率いる巻き髪チーム。
真央、ひかり、美音。
巨大な鍋に米、魚介、野菜、香辛料を入れ、パエリアを作る。テーマパーク側も本気で材料を用意しており、見た目はかなり本格的だった。
ところが、ここで真央が圧倒的な実力を見せる。
「まず米を洗いすぎたらかんでよ。スープを吸わせるんだわ。魚介は入れる順番が大事だで。火を入れすぎたら固くなるし、焦げは欲しいけど焦がしすぎたらただの失敗だがね」
しゃべる。
とにかくしゃべる。
「パエリアは段取りだで。味噌カツもそうだけど、料理は勢いだけじゃにゃあ。火加減、具材のタイミング、最後の蒸らし。ここで差が出るんだわ」
ひかりが感心する。
「真央ちゃん、本当に料理が上手ですね」
美音も笑う。
「これ、真央のおしゃべりクッキングだね」
真央はしゃべりながらも手が止まらない。
魚介を入れ、米を広げ、スープを注ぎ、香りを立たせる。巻き髪チームは完全に真央の指揮で動き、ひかりと美音も自然と補佐に回った。
一方、美月チーム。
美月も対抗して説明しようとする。
「ほなウチもな、パエリアいうのは――」
手が止まる。
真白が言う。
「美月さん、米を入れてください」
「あ、せやった」
またしゃべる。
「この魚介がな――」
手が止まる。
あかりが叫ぶ。
「美月さん、鍋見て!」
「見てる見てる!」
そこへ、呼ばれていないはずのたつをがフリップを持って近づく。
手が止まってる
観客爆笑。
美月が睨む。
「誰が止まってるや!」
たつを、次のフリップ。
今も止まってる
「うるさいわ!」
さらにフリップ。
真央は動いてる
美月。
「比較すな!」
真白は無表情で鍋を救う。
「たつをさん、邪魔ですが、指摘は正確です」
あかりは笑い転げる。
「たつを、もっと言うたれ!」
美月は完全にたつをの餌食だった。
そして澪は、なぜか審査員席の近くで試食待ちしていた。
できあがったパエリアは明暗が分かれた。
巻き髪チームのパエリアは、米の芯が程よく残り、魚介の旨みもよく出ていた。香ばしさもあり、見た目も美しい。
ツインテールチームは、真白が必死に立て直したため食べられる出来ではあったが、途中の混乱が味に出ていた。
澪が最初に巻き髪チームを食べる。
「ちゃんとしてる」
次にツインテールチームを食べる。
「にぎやか」
美月が聞く。
「味は?」
澪は少し考えた。
「真央チームは料理。美月チームは思い出」
会場が爆笑した。
美月が叫ぶ。
「澪ぉぉぉ!」
結果は巻き髪チームの圧勝。
真央は得意げだった。
「料理はしゃべりながらでもできるんだわ」
美月は悔しそうに言う。
「ウチはしゃべると手が止まるんや」
たつをのフリップ。
知ってた
「お前は黙っとけ!」
昼のイベントは大成功だった。
美月の河内フラメンコは話題になり、真央のおしゃべりクッキングは配信で人気を集め、たつをは呼ばれていないのに完全に仕事をしていた。
だが、午後からのメイン企画、スペイン式迷路スタンプラリーで空気が変わる。
園内を巡り、各エリアでスタンプを集める企画。景品も用意されており、一般客も参加する人気イベントだった。
ヒロインたちは、これも普通のイベントとして盛り上げる予定だった。
しかし、スタート直前。
スタッフが隼人補佐官へ駆け寄る。
「景品保管エリアの周辺で、不審な動きをしている人物がいます」
隼人の表情が変わる。
それを見て、あかりの目つきも変わった。
普段は突貫娘。
だが、彼女はNSTメンバーでもある。
「……イベントに紛れて動いとるな」
美音もすぐに周囲を見た。
彼女は正式なNSTではないが、サポートメンバーとして何度も動いている。地形、通路、逃走経路を見る目が鋭い。
「この園内、広いし、通路が入り組んでる。一般客に気づかれたら混乱するよ」
真白が小声で言う。
「物流導線としては、景品搬入口から裏手へ抜けられます」
ひかりも静かに頷く。
「表向きはスタンプラリーの誘導に見せた方がいいですね」
美月は空気を読んだ。
「つまり、イベントに見せかけて任務やな」
あかりは短く頷く。
「そういうことや」
美月が少しだけ寂しそうに笑う。
「秘密任務っぽいやつ、今度はちゃんと目の前でやるんやな」
あかりは困ったように笑った。
「今回は、見えてもうてるからな」
たつをがフリップを出す。
迷子になった
美月が即座に突っ込む。
「お前はまず自分をどうにかせえ!」
観客はまだ笑っていた。
一般客はまだ、これがイベントの延長だと思っている。
だが、ヒロインたちは違った。
スペイン風の明るい街並み。
陽気な音楽。
笑顔のパフォーマー。
ゆったりしたテーマパークの空気。
その裏で、スタンプラリー景品を狙う悪者が動き始めていた。
そして、それを止めるために動くのは、NSTメンバーのあかりと、サポートメンバーの美音。
美月、真央、真白、ひかりたちは、一般客に気づかれないよう、あくまでイベントの一部として誘導を始める。
志摩の陽気な王国で、後編のクエストが始まろうとしていた。




