カレーうどんの底から叱責が来た――豊橋反省会、まさにゃん極太ちくわ事件で吊るし上げ
豊橋市内の競輪場でのヒロ室東海(仮称)イベントは、数字だけ見れば大成功だった。
貸切路面電車「ヒロ室東海(仮称)電車」は即完売。競輪場のステージ前には、競輪ファン、地元客、ヒロ室ファン、そして何を目当てに来たのか分からない謎の層まで集まり、異様な熱気に包まれた。
極太ちくわ早食い競争では、美月と結月が同タイム優勝。観客は「差せ!」「捲れ!」「ちくわでライン組め!」と競輪用語を飛ばし、陽菜と詩織には出場していないのに声援が飛び、配信は視聴者殺到で一時パンクした。
成功である。
たぶん。
ただし、反省点は山ほどあった。
その夜、打ち上げ兼反省会は豊橋市内のカレーうどん屋で開かれた。
席についたのは、美月、真央、明日香、美音、陽菜、美紀、詩織、結月、澪、沙羅、隼人補佐官、まさにゃん。
そして、さっきまでステージで暴れていたたつをは、いつの間にかいなくなっていた。
美月が周囲を見回す。
「あれ、たつをは?」
澪が水を飲みながら、ぼそっと言った。
「たぶん帰った」
「まあええか」
全員、それ以上気にしなかった。
たつをの扱いは、すでにその程度になっていた。
ほどなくして、豊橋カレーうどんが運ばれてきた。
湯気の立つカレーの香り。太めのうどん。とろみのある出汁。見た目は普通のカレーうどんに見えるが、実は底に秘密がある。
隣町・豊川出身の明日香が、珍しく饒舌に語り始めた。
「豊橋カレーうどんは、ただのカレーうどんじゃないだら。まず、丼の底にご飯が入っとるだら。その上にとろろが乗って、その上にカレーうどんがあるだら。最初はうどんとして食べて、最後は底のご飯ととろろにカレーが絡んで、雑炊みたいに楽しめるだら」
美月が目を丸くする。
「底にご飯? それ、反則やん」
明日香はさらに続ける。
「しかも、とろろがあるから重くなりすぎんだら。カレーの濃さを受け止めながら、最後まで飽きさせない構造だら」
「構造って言うなや。エンジニア感出てるで」
だが、明日香は本気だった。
物静かな三河の青狐が、豊橋カレーうどんを語る時だけ異様に熱い。
美月が一口食べる。
「うまっ」
続いて底のご飯にたどり着く。
「うわ、ほんまにご飯おる! これはええわ。うどん食べ終わったあと、まだ第二ステージあるやん」
陽菜も上品に箸を進める。
「おいしいです。優しいのに、ちゃんと満足感があります」
美紀も頷く。
「最後のとろろご飯、いいですね。カレーの味が丸くなります」
詩織は北欧系クォーターらしい端正な顔立ちで、優雅にうどんをすすった。
「すごいです。うどんの下にご飯が隠れてるなんて、宝探しみたいです」
沙羅が小さく笑う。
「コメントが小学生ね」
詩織は真面目に返す。
「でも本当に宝探しみたいです」
美月は上機嫌だった。
豊橋カレーうどんは美味い。
グッズ売上も好調。
帰りは名古屋から念願の「ひのとり」プレミアム席。
気分が良すぎて、口も滑らかになっていた。
美月はカレーうどんを食べ終え、隼人補佐官を見た。
「ところで隼人さん」
「はい」
「あの極太ちくわ早食い大会って、なんやねん?」
隼人補佐官の箸が止まる。
美月はにやにやしながら続けた。
「誰があんな卑猥……いや、変なイベント考えたん? アホやねぇ~?」
真央が即座に乗っかった。
「ほんとだがね。極太ちくわ早食いって、字面からしてもうアウト寄りだわ。しかも競輪場でやる意味が分からんでかん」
美月が手を叩く。
「せやろ? 競輪場で極太ちくわ食わせて、観客が『差せ!』『捲れ!』って叫んでるんやで? 何の勝負やねん!」
真央も笑いが止まらない。
「しかも陽菜ちゃんと詩織ちゃん、出てないのに声援浴びとったがね。あれ何だったんだわ」
陽菜は少し赤くなる。
「私、ただ見ていただけなのに……」
詩織は首をかしげる。
「北欧の風って言われました」
美月が笑う。
「詩織、それ褒められてるんかよう分からんな」
真央がさらに続ける。
「まさにゃん、あれ企画書に何て書いたんですか? 『地域練り物文化の啓発を目的とした食体験型ステージ企画』とか?」
まさにゃんが咳き込む。
「いや、それに近いことは書いたけどな……」
美月が腹を抱える。
「ほら! まさにゃんや! やっぱこのおっさん、アホやわ!」
真央も尾張弁で畳みかける。
「まさにゃん、発想が昭和の深夜番組だがね。今どき極太ちくわ早食いでサーバー落とすなんて、なかなかできんわ」
まさにゃんは必死に反論する。
「でもな、視聴者は多かったんや! サーバー落ちるくらいやぞ!」
美月は即答した。
「事故現場に人が集まるのと一緒や」
真央も頷く。
「怖いもの見たさだがね」
沙羅が笑いをこらえながら言った。
「言い方がひどいわね。でも否定しづらいわ」
結月は落ち着いて言う。
「競技としてはかなり過酷でした。あれはレース後半の脚より、喉がきついです」
美月が大きく頷く。
「結月さんが言うなら本物や。あれ、競技認定したらあかんやつや」
隼人補佐官はずっと静かにしていた。
だが、その時、彼のスマホが震えた。
画面を見る。
遥室長からのメッセージだった。
隼人の顔色が、見る見る変わる。
美月が身を乗り出す。
「何? 遥さん?」
隼人は観念したように読み上げた。
「“配信映像を確認しました。極太ちくわ早食い競争について、説明が必要です。地域密着は評価しますが、次元が低いです。やっていることがヒロヒロと変わりません。隼人くん、帰ったら話しましょう”」
沈黙。
次の瞬間、美月が吹き出した。
「怒られてるやん!」
真央も腹を抱える。
「ヒロヒロと変わらんって、最大級の叱責だがね!」
まさにゃんは額の汗を拭いた。
「いや、でも数字は……」
美月が遮る。
「数字で許されるなら、ノムさん無敵やん」
隼人補佐官は深いため息をついた。
「今日は家に帰りたくないですね……」
彼の声には、炎のランニングバック時代の勇猛さは一切なかった。
そこにいたのは、恋人関係なのか半同棲なのか微妙な遥室長から、帰宅後に詰められる未来を見てしまった哀愁の補佐官だった。
そんな隼人を見て、美月が珍しく優しい顔になった。
「ほな隼人さん」
「はい」
「ウチと一緒に名阪特急のひのとりプレミアム席で帰る?」
隼人が顔を上げる。
「美月さん……」
「ゆったり座って、反省文の構成考えたらええやん。プレミアム席なら心も落ち着くで」
真央が笑う。
「それ、優しいのか自慢なのか分からんがね」
美月は胸を張った。
「どっちもや」
隼人は苦笑した。
「お気持ちだけいただきます」
美月はさらに畳みかける。
「大丈夫やって。ひのとりの座席は包容力あるから。遥さんの叱責にも耐えられる心を作ってくれるで」
「座席にそこまでの効果はありません」
「乗ってから言いや」
場はまた笑いに包まれた。
まさにゃんはまだ極太ちくわ企画を正当化しようとしていたが、美月と真央のまさにゃん叩きは止まらない。
明日香は静かに豊橋カレーうどんを食べ続け、陽菜と美紀は上品に「おいしいですね」と微笑み、詩織は底のご飯を見つけるたびに「また宝が出ました」と小さく喜んでいる。
澪は水を飲みながら、ぼんやり呟いた。
「たつを、カレーうどん食べたかったかな」
美月が言う。
「もう帰ったんやろ?」
澪は頷く。
「たぶん」
誰もそれ以上気にしない。
豊橋の夜は、カレーうどんの香りと、極太ちくわ事件の反省と、遥室長からの叱責予告で更けていった。
ヒロ室東海(仮称)は、また一つ地盤を固めた。
ただし、イベントの質は、少しヒロヒロに近づきすぎている。
そのことだけは、隼人補佐官も否定できなかった。




