西三河リフト旋風――働く車と女子ソフトと、たつをのフリップが止まらない
愛知県高浜市。
三河湾にも近く、ものづくりの力を持つ工業都市でありながら、古くから瓦の産地としても知られる街である。派手な観光地というより、地域の産業を静かに支え続ける実力派。工場の音、瓦の歴史、生活に根差した職人の街。その地味さこそが、高浜の強さだった。
ヒロ室東海(仮称)が次に挑むのは、この高浜でのフォークリフト安全啓発イベントだった。
協力するのは、世界一の自動車メーカーの源流にもつながるグループ中核企業。自動織機から始まったものづくりの精神を受け継ぎ、いまではフォークリフトなど産業車両でも大きな存在感を持つ名門メーカーである。工場、倉庫、港湾、物流拠点。見えないところで日本中の現場を支えている、まさに“働く車”の王者だった。
ただし、広報担当者は本体譲りのキレ者だった。
「安全啓発イベントですから、危険に見える演出は一切不可です」
隼人補佐官はうなずく。
「承知しています」
「車両の上に乗る演出も不可です」
「当然です」
「フォークリフトで物を持ち上げながらヒロインがポーズを取るのも不可です」
「やりません」
「たつをさんは何をしますか?」
「……フリップ芸です」
「それなら許可します」
こうしてイベントは始まった。
参加するのは、美月、真央、真白、明日香、ひかり、麗奈、美里。さらにメーカーの強豪女子ソフトボールチーム、そして謎のゆるキャラ、タツノオトシゴの男の子たつをも登場した。
真央はたつをを見つけて叫んだ。
「またおるんかい!」
たつをはフリップを出す。
呼ばれました
美月が笑う。
「もう準レギュラーやな」
たつを、次のフリップ。
所属未定
隼人補佐官が即座に言う。
「所属はしません」
会場は爆笑。
第一部は安全講習。
司会は美月だった。
「みんなー! フォークリフトは便利な働く車やけど、遊び半分で近づいたらアカンで!」
いつもの美月ならここで余計なことを言いそうだが、この日は違った。
「荷物を運ぶ現場では、ほんまに大事な車両です。でも、死角もある。急に近づいたら危ない。運転する人も、周りにいる人も、お互い確認することが命を守るんや」
会場が静かになる。
締めるところは締める。
美月は人気者である理由を見せた。
続いて真白が登壇した。
濃尾運輸所属のトラックドライバーとして、彼女の言葉は重かった。
「ドライバー目線で言うと、フォークリフトの動きは荷積み、荷下ろしの効率と安全に直結します。爪の高さ、荷物の重心、合図、停車位置。どれも地味ですが、ひとつ間違えると事故につながります」
真白は続ける。
「現場は急いでいる時ほど危ないです。だからこそ、声を掛ける、止まる、確認する。基本を守ることが一番大事です」
観客だけでなく、メーカー関係者まで聞き入っていた。
たつをがフリップを出す。
ご安全に
真白が少しだけ笑う。
「それは良いフリップです」
たつを、さらにフリップ。
帽子は取りません
真白が目を細める。
「前回のこと、覚えていますね?」
会場が笑う。
第二部は女子ソフトボールチームとの交流企画。
強豪チームの選手たちは、明るく、礼儀正しく、そして見るからに鍛えられていた。
美月が感心する。
「腕、めっちゃ強そうやな」
真央も頷く。
「打球、速そうだがね」
企画は、ソフトボール部員による安全標語ストラックアウト。
的には「徐行」「確認」「声かけ」「停止」「死角注意」などの安全標語が書かれている。選手たちはボールを投げ、次々に的を射抜いた。
バンッ。
「徐行!」
バンッ。
「声かけ!」
バンッ。
「死角注意!」
美里が拍手する。
「すごい、迫力ありますね!」
麗奈も目を輝かせる。
「フォームが綺麗。イベントコンパニオン的にも映えるわ」
たつをも投げたがった。
フリップ。
投げたい
ソフト部員が優しくボールを渡す。
たつをは全力で投げる。
結果、ボールは足元に落ちた。
フリップ。
肩が温まっていません
美月が突っ込む。
「言い訳すな!」
次のフリップ。
次は本気
二投目も足元に落ちた。
明日香が静かに言う。
「本気でも変わらないだら」
ひかりがやさしくまとめる。
「応援係が向いていますね」
フリップ。
応援します
その後、ソフトボール選手たちとヒロインによる安全宣言。
美月、真央、真白、明日香、ひかり、麗奈、美里が並び、選手たちと一緒に声を揃える。
「フォークリフトは正しく、安全に!」
たつをもフリップを掲げる。
正しく乗ろう
第三部は撮影会。
フォークリフトと麗奈、美里の組み合わせは、想像以上に映えた。
華やかなイベントコンパニオン衣装の二人が、鮮やかな産業車両の横に立つ。働く車の力強さと、ステージ映えする美しさ。その対比が絶妙だった。
麗奈は長い手足を活かしてポーズを決める。
「こういう現場系の撮影、意外といいわね」
美里も笑顔で手を振る。
「働く車って、近くで見ると迫力ありますね」
撮影待機列は一気に伸びた。
広報担当者が満足げに頷く。
「これは想定以上の集客です」
ただし、すかさず注意も入る。
「車両には触れないでください」
麗奈は苦笑する。
「分かってるわよ」
たつをがフリップを出す。
触らない
美月が笑う。
「今日のたつを、広報に気に入られようとしてるな」
フリップ。
次回も呼ばれたい
イベント終盤、美月がマイクを握った。
「皆さん、本日はありがとうございました! フォークリフトは現場を支える大事な働く車です。正しく、安全に、周りへの思いやりを忘れずにお願いします!」
ここまでは真面目だった。
だが、その直後。
「そして出口では、戦隊ヒロイングッズと女子ソフトボールチームのグッズをたくさん用意してます! ぜひ買って帰ってください! タオル、アクスタ、缶バッジ、選手応援グッズ、全部あります!」
真央が小声で言う。
「またインセンティブだがね?」
美月は笑顔のまま小声で返す。
「せや。売上ノルマ達成で、帰りは“ひのとり”や」
隼人補佐官は額を押さえた。
「安全啓発イベントを、座席アップグレードに結びつけないでください」
しかし効果は抜群だった。
戦隊ヒロイングッズも、女子ソフトボールチームグッズも飛ぶように売れた。
「真白ちゃんの安全講習よかった!」
「麗奈さんと美里さんの撮影会、最高!」
「ソフト部のタオルも買います!」
「たつをフリップ欲しい!」
たつをが最後にフリップを掲げる。
売上好調
隼人補佐官は苦笑し、イベントプロモーターはホクホク顔、フォークリフト会社の広報担当者も満足げだった。
「次回も検討できますね」
この一言に、隼人は心から安堵した。
本丸ではない。
だが、外堀は確実に広がっている。
その夜。
名古屋駅。
美月はご満悦でホームに立っていた。
「いやぁ、今日もよう働いたわ」
手にはグッズ売上ノルマ達成の証。
帰阪の列車は、念願の“ひのとり”。
美月はプレミアム席に深く沈み、満面の笑みを浮かべた。
「フォークリフト、安全第一。インセンティブ、最高」
隼人補佐官はその報告を聞き、遠い目をした。
ヒロ室東海(仮称)は、高浜でまた一歩前進した。
そして赤嶺美月は、今日もきっちり自分の快適な帰路を勝ち取ったのである。




