ラーメン一杯で東海はまとまるのか――ヒロ室東海(仮称)、フードコートで初戦略会議
刈谷市での旗揚げイベントは、成功したのか失敗したのか、誰にも判断できなかった。
真白は地元マスコット「たつを」に帽子を奪われ、カンガルージャンプで追いかけ回した。
四日市の突貫娘・山本あかりは、たつをに大外刈りを決めた。
真央と明日香は尾張と三河で噛み合わないご当地自慢を始め、たつをはフリップ芸で割り込み、最後は駿河の良心・杉山ひかりがなんとかまとめた。
ごちゃごちゃだった。
だが、明るかった。
観客は笑っていた。
ヒロ室東海(仮称)の船出としては、案外悪くなかった。
イベント後、真央が言った。
「腹減ったでよ。ラーメン食べ行くだわ」
美月は即答した。
「行く!」
向かったのは、東海地方の人々に長く愛されているローカルラーメンチェーンだった。名前は出さないが、白っぽいスープ、独特の甘み、安くて気軽な一杯、そして妙に懐かしい味で知られる店である。学生も、家族連れも、買い物帰りの人も、ふと食べたくなる。関東ではほとんど見かけないが、近いうちに神奈川にも出店するとかしないとか、そんな噂まである。
美月は丼を見て首を傾げた。
「めっちゃシンプルやな」
真央は得意げだった。
「そこがええんだわ。たまに無性に食べたくなるでかん」
美月が一口すする。
「……うまっ。なんやこれ、軽いのにクセになるやん」
ひかりも静かに頷く。
「懐かしい味ですね。派手ではないけど、安心します」
美音は嬉しそうに麺をすすった。
「こういうの、浜松にも欲しいな」
真白は値段を見て感心した。
「安いですね。これは学生さんにも優しいです」
みのりは上品に言った。
「東海のソウルフードという感じですね」
明日香は静かに頷く。
「飾らないところがいいだら」
隼人補佐官も、ラーメンを静かに食べていた。
都内出身の彼にとって、この味は新鮮だった。
「なるほど……これは確かに、地域に根付く味ですね」
ところが、隼人の盆にはラーメンだけではなかった。
餃子がついていた。
美月が目ざとく見つける。
「隼人さんだけズルい!」
隼人は真顔で言った。
「これはセットメニューです」
「ウチらも餃子食べたい!」
真央も乗った。
「わしも食べるでよ!」
ひかりも少しだけ手を挙げた。
「私も……一皿、分けてもらえたら嬉しいです」
真白は首を振る。
「私は大丈夫です」
みのりも微笑む。
「私はラーメンだけで十分です」
明日香も淡々と答える。
「私は要らないだら」
結局、美月、真央、ひかりが餃子を追加した。
美月は餃子を一口食べて、また目を丸くする。
「これもええな。ラーメンと合うわ」
真央は胸を張る。
「だで、東海のフードコート飯は強いんだわ」
隼人は苦笑しつつ、資料を広げた。
「では、食べながらで構いません。ヒロ室東海(仮称)について、皆さんの意見を聞かせてください」
最初に口を開いたのは真央だった。
「東海は一つにまとめたらかんでよ。尾張、三河、遠州、駿河、三重、岐阜、それぞれ違う。無理に一色にせん方がええわ」
美月が頷く。
「せやな。ご当地の違いを動画にしたら伸びるで。尾張と三河が噛み合わへんだけで一本撮れる」
明日香は淡々と言った。
「三河は技術と歴史を押したいだら。派手じゃないけど、深いところを見せたい」
美音は箸を置いて言う。
「遠州は乗り物、音、工業、海。私は大型二輪や船舶も絡めて動ける。移動型イベントが向いてると思う」
ひかりは穏やかに続けた。
「駿河はお茶、港、海、富士山の見える景色があります。落ち着いた雰囲気のイベントで、地域の人と長く関係を作りたいです」
真白も静かに話す。
「岐阜は派手ではありませんが、物流、製造、自然、街道文化があります。地味に見えて、支える力は強いと思います」
みのりは外部視点でまとめた。
「私は千葉出身なので、東海の内側の人間ではありません。でも外から見ると、東海は“まとまらなさ”が魅力です。それを欠点ではなく、企画の軸にした方がいいと思います」
隼人は真剣にメモを取っていた。
騒がしいだけではない。
全員、ちゃんと考えている。
美月は発信力。
真央は地域感覚。
明日香は三河の静かな芯。
美音は機動力。
ひかりは調整力。
真白は堅実さ。
みのりは分析力。
ないない尽くしのヒロ室東海(仮称)にも、核になるものは確かにあった。
その時、明日香がぽつりと言った。
「たつを、入れたらどうだら」
全員が止まった。
美月が聞き返す。
「何に?」
「ヒロ室東海に」
真央が叫ぶ。
「マスコットだがね!」
明日香は真顔だった。
「人気あるだら。広報向きだら」
真白が眉をひそめる。
「帽子を盗む広報担当は困ります」
みのりは真面目に考え込む。
「戦力評価は難しいですが、集客力はありますね」
美音も頷く。
「営業には強そう」
ひかりは少し笑った。
「可愛いですしね」
隼人は慌てて止めた。
「待ってください。組織図にマスコットを入れる前提で話を進めないでください」
美月は餃子を食べながら言う。
「でも“東海広報担当・たつを”って響き、ええやん」
真央も頷く。
「ええがね」
明日香も静かに言う。
「決まりだら」
隼人はきっぱり言った。
「決まっていません」
フードコートの一角で、ラーメンと餃子を食べながら、ヒロ室東海(仮称)の初めての戦略会議は続いた。
正式名称はまだない。
拠点もない。
予算も少ない。
たつを加入案まで出てきた。
それでも、隼人は少しだけ手応えを感じていた。
「皆さんの意見は、どれも具体的です。まずは地域ごとの特色を活かした小規模イベントから始めましょう。美月さんは発信、真央さんは愛知方面の調整、明日香さんは三河、美音さんは遠州、ひかりさんは駿河、真白さんは岐阜、みのりさんは外部視点での企画整理をお願いします」
美月が笑う。
「ええやん。東海、いけそうやな」
真央も拳を握る。
「やったるでよ!」
隼人はラーメンのスープを一口飲んだ。
美味しかった。
派手ではない。
でも、じわっと残る味だった。
ヒロ室東海(仮称)も、そういう形でいいのかもしれない。
地域に根付く。
派手さよりも、続ける力。
でも、たまには美月と真央が騒いで火をつける。
隼人は少し笑った。
「このメンバーなら、何とでもできますね」
その横で、美月が言った。
「ところで餃子もう一皿いける?」
隼人は即答した。
「会議費では落ちません」
美月は不満げに言った。
「けちのんみたいなこと言わんといて」
真央が笑い、ひかりも微笑み、真白は静かに水を飲み、明日香はまだ本気でたつをの役職名を考えていた。
ヒロ室東海(仮称)。
その初戦略会議は、フードコートのラーメン一杯から始まった。
まとまりはない。
だが、熱はある。
そしてその熱は、意外と悪くなかった。




