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エピローグ中編・罪人たちの末路

レティシア視点



「マルテ嬢を襲った第一騎士団の二人の内、主犯はマルケイ伯爵家四男リュートレー。マルケイは騎士団付きのメイドと交際していた」


 ため息と共に騎士団長閣下が話し始めたのは、私の拉致監禁の件。

 身内の不祥事。そりゃあ閣下もため息もつきたくなるよね。


「まぁ、奴らだけではなく第一そのものが、騎士もメイドも含めた婚活会場のようなものに成り下がっているのだが」

「実務や実力が不足しているのは騎士団長の怠慢では?」

「はっはっは。アルフレドは本当に儂の拳が好きだなぁ」

「俺もう辞職してますからね?一般人ですからね?」


 むきっと肉の軋む音を立てて拳を握る閣下に、慌てて両手を盾にかざすアルフレド。そう言えば、騎士が謹慎になったら閣下の鉄拳制裁がついてくるって聞いたな。

 アルフレド、謹慎常連だしこうやって歯に衣着せずに言っちゃうから、さぞかし何度も食らってきたのだろう。そりゃ好きだわ。


「フェザーレではどうにもなりませんわ。なんせ父王陛下がそれを推奨しているのですもの」

「陛下が第三王子時代に側妃様と出逢われたのが、第一騎士団でしたからねぇ」

「それを聞いた低位貴族が玉の輿を狙ってメイドになるのでしょうけど、そう続けて脳筋王が立っては国が衰退するじゃないの」


 閣下をフォローした王女殿下と、補足を加える義姉様がそろって眉を顰め、ため息をつく。


 第三王子であらせられた現王陛下は、即位前に元子爵令嬢で騎士団寮ハウスメイドだった側妃様を娶られていた。

 その後色々あって即位され、後ろ盾となる公爵家ご令嬢を正妃様とされても、最愛は恋愛結婚した側妃様。

 お二人の間にお生まれの第二王子殿下には『真実の愛を見つけてほしい』と、第一騎士団に入団させるおつもりだそうで、それはもうお好きになされば良いのですが。


 二年ほど前、正妃様との間にお生まれの王太子殿下をも同じ理由で入団させようとなさった。王太子殿下を騎士にするわけにはいかないので、もちろん正妃様が阻止されたのだけど、その話を聞きつけた貴族家から、騎士団メイドへの口利き希望が殺到して大変だったそうだ。


「ましてや、両陛下がそろって無能では国が滅びますわ」


 マリールル王女殿下は、聡明であらせられる王妃殿下譲りの顔に憂いを浮かべ、王国の未来を案じられる。まだ幼いのに苦労されているのね。


「いざとなればどうとでも」


 優雅に微笑む義姉様に、隣に座るアルフレドがびくんと肩を揺らしました。義姉様の怖さがわかるとは、さすがアルフレド。

 筆頭公爵家であるランベルド家は正妃様の派閥。国王陛下の、ではないところがミソ。

 エルメイラ義姉様は、その跡取り娘として手塩にかけて育てられた一人娘、今は最強の矛ゴリラを手にした公爵夫人ですものね。そりゃあもう、怖い方です。


 そんな義姉様にベタ惚れの兄様は、その微笑みをうっとりと堪能した後で、シャレにならない言葉を聞かなかったフリをする閣下の視線に頷き、話を逸らす。


「第一でもベリアスたちのように、自身の腕で成り上がろうと言う気概のある者を偶に見つければ、俺の特務部隊に引き抜いている。……まぁそう都合よく腕があるわけでも、選民思考がないわけでもないがな」

「道理で」


 エリートにしては色々残念だった、とアルフレドが呟くのを、騎士団長閣下が苦々しい顔で見つめる。


「王国のためにというなら、本当に必要なのは腰掛けではなく、真に研鑽を重ねる者たちだ。アルフレドには期待していたのだが、まさかマルテ嬢に掻っ攫われるとは」

「まぁ、閣下」


 恨みがましい言葉をにこりと笑って受け流す。そして義姉様がころころと鈴の音を鳴らすような笑い声を立てた。


「マルテ辺境領からアスカローダ様を掻っ攫ったのですから、仔猫の一匹や二匹失っても、どうということもないでしょうに」

「……戦力的にはその通りだがな」


 正確には、マルテ辺境伯を継ぐはずだった兄様の心を掻っ攫ったのは義姉様なのだけど。まぁどのみち、兄様を婿にって請われたの逆らえなかったからね。


「すまない、話が逸れた」


 太い指で眉間を揉んでいた閣下が、全く話が進んでいないことに気付いて肩をすくめる。ツッコミどころが多い話だったから仕方ないけれど。なんせ……


「恋人関係にある女性がいるのにあんな狼藉を?」

「恋人のメイドも了承していたそうだ。……というよりむしろ、自分の気に食わないメイド……特に、騎士人気が高いようなメイドを狙って襲わせていたらしく」

「……まさか、その恋人というのは」


 嫌な予想に眉を顰める。

 私が助けに入った後輩メイドは、確かに可愛らしくてモテる子だ。

 私は鉄壁と呼ばれるほどには人付き合いをしてこなかった身だから、どこで誰の不評を買っていてもおかしくはないし、偶々巻き込まれたのかと思っていたけど、騎士団付きメイドとは直近で確執がある。


「あの金持ち自慢をしてた女か」

「オディット・アンバイン子爵令嬢ですね」


 アルフレドが思い出したというように顔を顰めた。

 彼女が私を気に食わないとしたら、あの時のアルフレドの甘すぎる態度が原因だと思うのだけどね。


「レティに怪我をさせておいて逆恨みするとは……」

「アルフレド、他の女性のことは忘れてくださいな」


 ぎりっと音を立てて歯噛みするのを、両頬を包んでこちらを向かせることで止める。目があった瞬間にとろりと緩む瞳が愛おしい……じゃなくて。


「もう仕返しはしましたので」


 ふふっと笑うと、アルフレドがきょとんとして首を傾げる。直接は応えず閣下の方に向き直り、座ったままで頭を下げた。


「ハーバー商会の偽装宝石の不法商取引の件、迅速な検挙に感謝申し上げます」

「感謝には及ばぬよ。あまりにも稚拙で立証するのに苦もなさすぎて、あっという間に解決してしまっただけだからな」


 つい先日、ブルーダイヤを始め、数々の宝石のグレードや産地を誤魔化して販売をしていたハーバー商会と、アンバイン子爵家や懇意にしていたいくつかの貴族家が処罰された。

 彼らは皆、口を揃えて偽装など知らないと言い張ったが、税金逃れに購入もしくは転売時の届出をしなかったことや、鑑定証の確認を怠ったことは事実。


 ハーバー商会がお得意様サービスだと、それらを誤魔化すノウハウを教えたと自供したこともあり、揃ってそれを正確になぞっていたのだから言い逃れもできないわよね。

 そもそもグレードの高い鉱石の生産数や標準売価は公表しているんだから、貴族当主が偽物であると気付かない方がおかしい。

 審美眼、鑑定眼は身につかない人もいるかもだけど、その情報だけでも察するには難くないはずだ。

 買値も知らない娘なら、本物だと信じてあちこちで自慢しまくっても仕方ないかもしれないけど。


 結果、ハーバー商会は取り潰しに。会頭や幹部は収監された。

 アンバイン子爵家その他の貴族家はかなりの額の追徴金を払い、社交界でも信用を失う羽目になった。


 オディットさんとエリーさんは王城のメイドをクビに。

 エリーさんは王城の規律違反についても問われているから、犯罪に絡んでいるオディットさんより罪が重いはずよね。彼女がペラペラ顧客情報を喋ってくれたお陰で、宝石偽装の件が早く片付いたって側面もあるんだけど。



「それにしても、オディットさんたちはなぜ、わざわざそんな真似を?」


 恋人が他の女性を抱いても平気だとか、娼館もあるのにわざわざ犯罪に手を出すとか、心底意味がわからないわ。

 それはこの場にいる皆が同じであるようで、気のせいか閣下はこの数分でちょっとお痩せになった気すらする。


「二人は選民思想が強く、貴族であることにこだわった」


 閣下の低音美声に、隠しきれなかった苦いものが混じる。


「知っての通り、後嗣でない女性は20歳、男は25歳までは生家の籍に殉じ、それ以降もしくは婚姻後に除籍される。

 騎士であれば三年間勤めれば騎士爵を賜るが、その後は騎士男爵位を叙爵するか、アスのように跡取り娘に婿入りしたり、後継として養子入りせぬ限りは、引退と共に騎士爵を返上して平民籍となる定めだ」


 つまり、今回の犯人たちはまだ除籍年齢に達していなかったので、実家籍であったということだ。


「騎士男爵位は彼らの救済のためにあるが、高位貴族の令息の中にはそれでは不足と感じる者は多い。故にそのために注進するものは少なく、このところ叙爵に至るのは男爵や子爵の令息らが大半だ」


 閣下の苦渋に満ちた声に、『尊いのは行いではなく血脈だ』と疑うことなく説いてきたクズ男の瞳を思い出す。『尊いのは自分だ』という結論を成立するための傲慢な論理。


「その義務も制約も知ろうとせず、親からの借り物である権威を振り翳すだけで貴族たらんとは嘆かわしい。そのような教育しかせぬ親にも問題はあろうが、とうに成人しているのだ。自身で気付きもせず、研鑽も怠る者どもに救済など不要だ」


 兄様が吐き捨てるように言う。

 辺境伯たるマルテの跡取りとして育てられた人だ。与えられた特権に付随する義務に思い悩まされてきた兄様だから、今の第一騎士団の在り方には憤懣やる方ないところがあるだろう。


 ただ、結果として、義姉様からの求婚によりその義務と制約を放り捨てたお前が言うことではないけどな。



「つまり、男は跡取り娘でもない子爵令嬢と結婚するつもりも、責任を取る気もないから手は出さず、子爵令嬢は貴族の嫡男と婚姻するために貞操を守りたかった。

 だけど性欲や鬱憤は溜まるから、取るに足りない平民メイドで解消しよう。どうせ家が揉み消してくれるから……と?」

「……そんなところでしょう」


 王女殿下の明け透けな要約に、閣下が少したじろぎながらも頷く。義姉様がこほんと咳払いをして、殿下がびくっと肩を跳ねさせたけれど。あとで教育的指導が待っているのでしょう。


「無論、そのような暴挙は許されるものではない。奴らに下された処分は聞いているな?」

「王都直轄地で三年間の強制労働、と」


 閣下に問われたアルフレドの返答を聞いて納得する。

 王都直轄地(=魔物が出るダンジョン)で(生き残ることがてきれば)三年間の強制労働(=討伐任務)。実質的な死罪だ。

 騎士の誇りを穢した罪はそれほどに重い。


「ヘンレイは嘴を突っ込んだ責任をとって見習いに降格、当面の間は登城禁止」

「ヘンレイなぁ。あいつもお前を敵視するところさえなければ、騎士生命に関わるような怪我をしなくて済んだのになぁ」


 閣下がはぁーと長いため息をつきながら額を押さえて、ちらりと恨みがましい目で私を見る。

 ……なんのことだか。


 卿……ヘンレイがどうして余計なことをしたのかは、アルフレドから聞いた。自分より早く出世するアルフレドに嫉妬して、私を害することでアルフレドに嫌がらせをしたかったのだと。

 私が尻尾振って付いていったような言い方をした挙句、助けてやるから叙爵を譲れとアルフレドに迫ったとか。


 アルフレドの怒りのワンパンを食らって伸びていたヘンレイは兄様が回収し、私が連れ去られたことを外庭メイド長を連れて訴えにきた後輩メイドの証言もあって、すぐさま拘束。


 そればかりか、以前からアルフレドに命に関わるような嫌がらせをしていたみたいだから、きっちりお返しをさせてもらっただけですけどなにか。


「……暴行を示唆していたアンバイン子爵令嬢は、貴族籍剥奪の上、犯罪者矯正施設に収容となった」

「矯正施設」


 思っていたより重い処罰だ。思わず口を押さえると、アルフレドが首を傾げる。


「高位貴族であるレティに害が及んだのだから、生ぬるいぐらいだろう」

「それはそうなのですけど」


 矯正施設とは、要するに拷問部屋だ。

 彼方では目には目を、歯には歯を……シンプルで原始的ともいえる、自分の行った罪と同じ制裁が与えられる。つまり、メイドを暴行させたオディットさんには


「訴えをもみ消していた生家の方はどうなりまして?」


 私の動揺を察したのだろう。アルフレドの温かい手が私の冷えた手を包む。更には義姉様が話を進めてくれたので、それに甘えて思考を止めた。

 忖度がないとは言えないだろうけど、王国の法に則って決定された処罰だ。私がぐちぐちしても仕方ない。

 切り替えて、アルフレドの手を握り返すと嬉しそうな笑みが向けられるから、ちょっと陰った気持ちは吹き飛んだ。


「『たかが平民メイド』とは奴らの無知ゆえの傲慢で、被害に遭ったのは『王城メイド』だからな」


 さもありなん。

 メイドとしては皆が同等の身分であったように、例え名目だけだとしても、王城勤務者の出自に貴賎はないのだ。


「王の名の下に雇用された者を虐げたのだから、陛下の顔に泥を投げるようなもの。息子の不始末を揉み消していたマルケイ伯爵家は当代蟄居に伴い代替わりとなり、罰金と一年の登城禁止が申し付けられた」


 なんだか今回の諸々で王家が儲かっている気がする。

 さりげなく王女殿下に目をやると、にこりと愛らしく微笑まれた。

 別に構わないけど、すぐに側妃様に貢ごうとする王様の財布だけはキッチリ握っておいて欲しい。


「どちらの被害者へも、慰謝料等の補償はきっちり行うと約束するわ」

「どうぞよしなに」


 しまった、殿下に心を読まれたわ。

 侍女である義姉様のお仕込みでしょうかね。


 仕込みといえば、サムウェル伯爵令嬢たちはお元気かしら。同じ婚活令嬢でも、あの方たちは前向きでいらした。多少振る舞いはよろしくなかったけど、あの行動力と成長には目を見張るものがあった。

 お茶会の他愛ないお話は微笑ましかったし、あの時の尋問の手腕には困ったけれど、皆様には幸せになって欲しいと願う。




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