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魔人10

渡部警部補は今日の捜査報告書に明日以降の捜査計画立案を書きまとめた。

あとは捜査一課課長に提出し報告を終えたら帰宅するだけだ。

内容はほんの数行だ。

要約すれば「今日は何もありませんでした、明日もありません」

それでも課長はほんの少しでも渡部の退署を遅らせようとでもいうのか報告書に目を通していく。

いつもの事だ。

じっくりと目を通し、こちらを見上げ「ご苦労だった」と言ったら部屋を出る。

そう、いつもの事だ。

キャリア組の課長様にはノンキャリの叩き上げは使いにくいんだろう。

しかもそのノンキャリが一課のエースだと余計にな。


早くしろとばかりに渡部が見下ろしていると課長はいつもと違う言葉を口にした。

「署長が呼んでいたな。田中くんの事らしい」

それだけ言って薄い書類を机の引き出しへしまい込んだ。

「田中?何のことです?」

課長は机に両肘を突いて渡部を見上げた。その顔は「俺が知るか、面倒をかけるな」と言っている。


田中のヤツが失踪したという話は聞いている。

クソ!俺に対する意趣返しか?嫌がらせか?

いや、まさか田中のヤツがあの件を漏らしたか?

クソ!どいつもこいつも本当に馬鹿ばっかりだ!


渡部は署長室へと出向き署長秘書に告げる。

「一課の渡部だ」

秘書は書類仕事の手を止め顔を上げ「どうぞ」とドアに手を向け、すぐに仕事に戻る。

この女は何のためにいるんだ?

エリート気取りのインテリおぼっちゃまの趣味なんだろうがな。

渡部は秘書を見下ろしながら署長室のドアを開けた。


高橋署長は制服を脱ぎスーツに着替え退庁の用意をしていた。

おぼっちゃまはお清めか。

「お呼びですか?」

鏡を見てネクタイを直す高橋署長は渡部の声に反応はしたが振り向かずに言う。

「田中部長が失踪したな」

「そのようですね」

署長が俺を呼び出した理由。

その一つは俺が田中の昇進を頼んだから。そこだろう。

もう一つがあるとしたらあの奥多摩の件だ。田中の奴が話したとしてどこまで唄ったのかは分からん。

だが、何を話したところで全て時効だ。知らぬ存ぜぬで押し通せばいい。

それにこのおぼっちゃまでも俺に弱みを握られていることくらい覚えているだろうし、時効の過ぎた事件を蒸し返しても自分の汚点を更に一つ増やすだけだ。勉強しかしてこなかったインテリのボンボンでもそれくらいは分かっているはずだ。

「キミが彼の失踪に関わっている・・」

高橋署長はそう言って渡部に振り返り、そして続けた。

「・・・という事はないか?」

渡部は一瞬、緊張し右手を握りしめたが、すぐに誤魔化すように太腿を撫でながら答える。

「まさか、なんで私が」

ブラフか。所詮ボンボン、なにか疑いを持ったのかもしれないが、それでは何も知らないと白状したようなものだ。つまり、田中は何も話していない。

「キミは彼を昇進させたがっていたからな、心配ではないのか?それとも取り消したらどうでも良くなったのか?」

取り調べのイロハのイも知らんボンボンが一丁前にこの八つ面を相手にカマをかけるか。渡部はすっかり安心して答える。

「いやアイツは良い刑事になれると踏んだんですがね、どうにもね・・」

「どうにも、なんだ?」

「いえ、ですから。アイツは一課でやっていけるような器じゃなかったってことですよ」

「そうか・・」

その署長の一言で渡部は安堵した。

もうカードが尽きたのか。教科書でしか物を知らないボンボンが舐めやがって!

「じゃあそういう事で」

もういいだろうと踵を返す渡部の背中に向けて高橋署長は言う。

「ところで、二発の弾丸はどうやって手配したんだ?」

笑みを浮かべかけていた渡部の表情が瞬時に固まり、思わず右手を強く握りしめゆっくりと振り返った。

「銃弾?なんの・・・ことでしょうか?」

思わず声が振るえた。田中は全て話していた。この男は全てを知っていた。

「分かっているだろう?彼に撃たれかけた、その時の弾丸だ。どこで手配したんだ?」

「そ、それは・・・」

高橋署長は固く握りしめられている渡部の右手を見た。そしてその表情を見た。

すっかり安心しきったところを叩き落とされたその表情は分かりやすいほどに狼狽えている。

そこからはこの男が田中の失踪には関わってはいないことが見て取れる。

「まあいい、大人しくしていろ。下がれ」


大人しくしていろ。

その言葉に、子ども扱いされたと感じた渡部はほんの少し憤りを感じた。

このまま首を垂れて部屋を出るわけにはいかない、なにか言い返さなくては。

「私の昇進試験は?」

それは、お前の弱みを握っているぞというつもりだったのだが。

「好きにしろ、私は邪魔はしない。下がれ」

高橋署長の返事は渡部に惨めさを塗り重ねた。

「ああ、そうだ。秘書に私はもう退庁すると伝えておいてくれ」

渡部は歯を食いしばり何も答えずに退室する事しかできなかった。











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