死神4
後藤は一人で照間瑠衣の死体を処理していた。
みんなが、俺は女を殺すのは嫌なんだけどよとか、でも僕は銃は嫌いだし、などと言っていたが後藤はボディボックスへと照間瑠衣の死体と手錠を納め、丁寧に血を拭き取り蓋を締めロックするとドアの前に置いた。
厚手でかつ、肘まである青いニトリルグローブをはめて倉庫の隅に置いてある洗剤どころではない強力なアルカリ溶液を机の上はもちろん、その周囲に広がった血痕にかけていった。
部屋の隅に立ちポケットからクールブーストの5ミリを取り出し火を点ける。
強力なアルカリ溶液は血液の蛋白質はもちろん、砕け流れ出た脳組織もドロドロに溶かしていった。
後藤が煙草を吐き捨てる頃には作業場は虫刺されの塗り薬と生ゴミが発するような悪臭に満ちていて高圧洗浄機で机の周囲に広がっている悪臭の元を吹き飛ばすように掃除するとボディボックスを押して作業場から出て勝手口に入れキッチンへと向かった。
もちろんそこには誰もいない。
後藤はヤカンを手にし水を入れ火にかけた。
そしてコーヒー豆を探すが見つからない。
冷凍庫だよ。
コーヒー豆を冷凍する必要があるのか?
後藤は冷凍庫からコーヒー豆を取り出した。
上の棚。
後藤は棚を開けコーヒーミルを取り出すが、これじゃないと直ぐに戻した。
フードプロセッサーでいいだろう?
それは下の棚。
後藤は取り出したフードプロセッサーにコーヒー豆を入るだけ入れてボタンを押す。
サーモスのタンブラーにペーパーフィルターを拡げたコーヒードリッパーを置き、挽かれたというより粉砕され尽くしたコーヒー豆だった物をそこに入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出しカップに入れると電子レンジへ入れボタンを押した。
後藤がゆっくりとクールブーストの5ミリを取り出し咥える。
キッチンだよ。
珍しく苛ついてんのか?
後藤がみんなの警告を無視し火を点けようとしたがヤカンまでもが止めろ!とばかりにピー!と音を発しそれを真似するかのように電子レンジもピー!と鳴った。
ヤカンを手に取りドリッパーに一気に熱湯を注ぎ入れ電子レンジを開けるとそこにはしっかり沸騰した牛乳が溢れ出ていた。
後藤は電子レンジを汚した事は気にすることは無いが、マグカップの熱さだけを気にして無造作にペーパータオルを何枚か重ねてマグカップを手にするとコーヒードリッパーに注いだ。
えぇ?そこに!?
フードプロセッサーで粉砕したコーヒー豆に勢いよく熱湯をかけ、更に沸騰した牛乳をぶちまける。
コーヒー好きなら発狂しそうな暴挙だろう。
だが合理的ではあるのかもしれない。
沸騰し凝固した牛乳の蛋白質をペーパーフィルターが取り除いてくれるだろうから。美味いかどうかは別にして・・・。
後藤はタバコに火を点け大きく吸ってから聞いた。
飲むか?
え?いらないよ。
カフェオレ好きだろ?
うん、好きだよ。カフェオレならね。
後藤はフンッと鼻で笑いタンブラーに出来たカフェオレを口にしたが、それはカフェオレと言うよりもコーヒーと牛乳のゴッタ煮だった。
タバコを深く吸い、ため息のように大きく吹き出した。
マズいなぁ。
岸のヤツがコーヒーケトルとかいう専用のヤカンを欲しがる気持ちも分かる気がする。6万もするらしいが。
飲むか?
要らねえよ、そんな泥水。岸の奴は言ったよな、なんでここにって。あれはよ、どっちに言ったんだよ。
オレ達だろうな。
そうだよな!岸の奴にちょっと和さんのところに行ってくるって言ったもんな!
分かっている・・・。
岸の奴、もう無理だろ。
そうかもな。
そうかもなじゃないだろ。あいつは俺たちを止めるわけでもなく、自分の手で女を逃がすわけでもなく、警察にでも通報して全てを終わらせるわけでもなく、あの馬鹿を頼ったんだぜ。自分の意思で殺してきてここまで来たんだぜ、いまさら罪悪感ってもんが芽生えたのか?
僕が思うにね、人を殺し続けられる人っていうのはさ、それを楽しめるようになるか、殺しても何も感じなくなるかのどちらかしかないと思うんだよね。
ああそうかもな!俺たちは楽しんでるよな!じゃあ岸の奴はどっちだよ!破裂寸前じゃねえか!
岸のヤツはどちらでもない。
ならなんでだよ。
岸くんはさ、自分が死ぬのが嫌なんだよ。
そんなもん誰だってそうだろ?だから岸の奴だって三人を殺してここまできたんじゃねえか!
岸のヤツ、いつまでたってもコーナーリングがヘタクソだったよな。中途半端にアクセルを開けるもんだからバンクも足りずに何度かハイサイドで吹っ飛んで、それで余計にビビっちまっていたよな。
ハイサイドとはバイクのコーナーリング中にバイクが起き上がりコーナーに対し外側に投げ出される現象を言う。
グリップ力の高いアスファルトの上を走るオンロードと違い、土の上を走るオフロードではあまり起きない。
後藤が荒川の河川敷に作ったコースはもちろん土の上を走るダートコースだ。
だがそれはレース用の物ではなく、あくまで趣味の延長線上の物だった。コーナーは抉られていき、そして固められ轍が出来る。
その深い轍となった溝を狙ってバイクの後輪を滑り込ませ、まともなダートコースではあり得ないバンク角を取り容赦なくアクセルを吹かして走り抜くのだ。
だが岸のヤツはそれが最後までで出来なかった。中途半端に突っ込み中途半端にバイクを傾け、中途半端にアクセルを開け、そしてコケる。コケてビビって更に中途半端になる。
それが岸だった。
岸のヤツとは別の大学へと進みお互い疎遠になったよな。分かっている。あいつがオレ達とは別の道を進み始めたからではないという事くらい。オレ達がまぶしすぎたんだろうって事くらいは・・・。
分かっている。岸のヤツはどこまでも中途半端なヤツだ。
でも、岸の奴はここまで来ただろう、なんで今更?罪悪感じゃねえってならなんだよ。
殺す相手に自分を重ね合わせちまうんだろう。死にたくないから殺したくない。アイツは死にたくないって気持ちが強くなり過ぎた。
あいつはここまで来たんだぜ!自分の意思で殺してきたんだ。
無我夢中ってヤツだろうな。でも今は殺すのはオレ達でアイツは目を瞑っていればいいからな。
だからよ!そのまま目を瞑っていいだろ!
それが出来なくなったんだろう。
なんでだよ!
それはアイツが中途半端だからだ。
後藤はシンクにタバコを吐き捨てタンブラーに残った泥水をぶちまけそれを消しキッチンを出た。
部屋に戻った後藤はデバイスを取り出した。
それはあの女の子の?
そうだ、見てみるか。
え?でもパスワードは聞いてないでしょ?
指紋認証で開いた。
指紋認証で?ど素人じゃねえか。
まあ見てみろ。履歴は・・20年近いな。与えたのは蔵井戸だろう。
履歴は真っ白だな。田中さんを賞金首に載せたくらいか。
そのようだ。おそらく蔵井戸との連絡用くらいにしか使っていなかったんだろう。
あの馬鹿の世代は三桁だっただろ?それの下じゃあ糞の役にも立たないだろ。
これを見ろ。
後藤が画面をスライドさせると【access privilege】と表示され、それをタップした。
は!?なんだこれ!?
これって・・・。
ああ、だいぶ上位だな。ジェネで言えば二桁レベルだ。
そこには数多くの許可された項目が並んでいた。その中の一つに【MAEVE】とあった。
おい!待てよ!MAEVEまで!?あの女があそこに出入りできたのか?あの馬鹿でさえ無理だろう?
待ってよ、あの女の子がまさか・・・。
そうだ、オレ達の情報を手にしていたんだ。サヴァイバーの情報を。
あの部屋にあったのか!?・・・待てよ、じゃあそれをあの馬鹿が見つけるんじゃないのか?
そうなるだろう。
じゃあ、あの馬鹿は・・・。
そうだ、岸を撃つだろう。オレよりも先に。




