死神2
後藤は一切の音を立てずに作業場のドアを通る。
傍らの机の引き出されたままの引き出しからハンドガンとマガジンを手にし女をレイプしている蔵井戸へと歩み寄る。
よほど興奮しているのか蔵井戸がこちらに気が付くことは無かった。
後藤が蔵井戸からやや後ろに立ちマガジンを装填しスライドを引いた。
後藤が手にするのはコルト社のM1911、通称ガバメント。
その名が示す通り1911年にアメリカ軍に正式採用され第一次世界大戦からベトナム戦争を経てその後の1985年にイタリア製のベレッタM9に取って代わられるまでの実に70年以上もアメリカ軍を支えてきた無骨ながらもシンプルで信頼性の高いハンドガンだ。
さすがにスライドを引く音には蔵井戸が反応し振り向いたが後藤は気にすることも無く引き金を引いた。
殆ど密室の半地下の作業場が銃声で満たされた。
処刑と言う物は人類が文明を持った時から始まった同族殺しだ。
それは長らく見せしめであり、エンターテインメント性すら考慮されていた。
どうすれば対象をより苦しめることが出来るか、どうすれば民衆をより楽しませることが出来るのかが考えられてきた歴史がある。
そう、処刑の目的は長らく単に対象を殺すことではなくどれだけ苦痛を与えることが出来るかが考えられてきた。
それは縛り首であったり火炙りであったりしたが、古代中国ではより凄惨で、より苦痛を与え、より楽しむことが出来る処刑法が多く開発された。
日本でも鋸挽きという処刑法が考案された。
これは対象を首だけが地面から出るように埋め、傍らに竹製の鋸を置き誰でもその首を切ってよいと言う処刑方法だ。金属製ではなく竹製の鋸は切れ味が悪く対象はより長く苦しむだろうとされたが、例え鋸が竹製であったとしても頚静脈であろうが頸動脈であろうが首の血管が損傷すれば人は長く苦しむことなく死に至る。
実際、鋸引きが執行されてもその鋸を手にする者は少なく、対象は最終的には磔にされ処刑されていたようだ。
要は処刑に於いて重要なのは見せしめでありエンターテインメント性なのだ。
そんな人類の処刑文化の革命とも思える処刑方法がフランスで考案された。
ギロチンだ。
1792年に初めて使われた。
これは人道的な処刑方法として発明されたもので、それまでは貴族や平民といった身分によって苦痛の度合いが異なる処刑方法を用いてきた中で、身分の違い無く平等に苦痛の少ない処刑方法として考案されたものだ。
ルネットと呼ばれる丸い穴の開いた二枚の板で対象の首を固定しそこに重量のある刃を落とすと言うシンプルなものだ。
これは処刑の時間がかからず一瞬で終わるためにエンターテインメント性が下がるように思えたが、その代わりに大量の執行が可能になりエンターテインメント性は維持できた。
最後にギロチンが執行されたのは1977年。
そう、人権や人道を声高に訴える急先鋒ともいえるフランスがほんの50年前まで人の首を切り落とすと言う処刑を行っていたのだ。
ギロチンは200年近く使われてきた、人道的でエンターテインメント性にあふれる処刑方法だったのだ。
現在でも様々な国で処刑は行われているが、その中でも最も人道的といえるのは絞首刑だろう。
絞首刑は縛り首とは違う。
縛り首は首に縄を掛けられての窒息死だが、絞首刑は対象の首に縄を掛け落下させることによる衝撃で頸椎を破壊し脊髄を離断させる。ギロチンに近い処刑方法だ。
だが俗説も多い。
13階段などと言われることもあるが少なくとも日本の刑場には階段などない。実際には落ちるべき穴と、その蓋があるだけだ。
首を鍛えれば助かるかも・・・という考えも無駄だ。
例え尋常ならざる鍛え方で落下による脊髄へのダメージを防いだとしても処刑はそこで終わらない。
自重により首が締め上げられる事による血流の圧迫や窒息死からは逃れられない。
絞首刑で失敗があるとすればそれは対象を殺せなかったことではなく、その首が断裂する事だろう。
絞首刑は、その対象の重量によって落下するための縄の長さを決めてはいるが、時には長さを誤り過剰な落下エネルギーで対象の頭部と身体が離れてしまう事もあるだろう。
だが対象の苦しみは変わらない、ギロチンと同じだろう。噴き出した血液の後始末が少し大変になるだけだ。
絞首刑はその対象の視点から見ても、その執行者からの視点で見ても非常に人道的な処刑方法と言えるだろう。
電気処刑もある。
それは対象の頭部と脚部に電極を繋げ数千ボルトの電流を数分間流し続け、対象の死亡が確認されるまでそれを何度も行う。
数億ボルトと言われる落雷を受けても死を免れる人が多い事を考えると電気処刑が対象に死に至らしめるまでどれほどの苦痛を与えているのかは想像に難くない。
薬物処刑はより苦痛を与えるだろう。
例えばフィクションでよく登場する青酸カリ、シアン化カリウムだがこれを経口摂取した場合、胃酸と反応しシアン化水素を生じ体内の重要臓器に対する酸素供給を阻害し壊死させてしまう。
端的に言えば体細胞の窒息死だ。避けようはないが人体の完全な死亡には少なくとも15分はかかるだろう。
では青酸カリより数百倍強いと言われるフグ毒、テトロドトキシンはどうだろうか?
こちらは人体の自律神経や中枢神経が司る多くの部位に作用するが、心臓だけは別だ。フグ毒に犯されても心臓は全身に血を送り続ける。
つまりは、重度のフグ毒に犯された対象は心臓は動き続ける為にゆっくりと窒息死していく苦しみを味わいながら死んでいくのだ。それはハッキリと意識を保ったまま自身の死を見続けるという事だ。
薬物注射でヒトに安らかな死を即座に与えるのは不可能だ。
それがどのような作用でもって人体を死に至らしめるのか?
例えその作用が瞬時に起きるとしても、その薬物が全身に至るには時間がかかるだろう。
そもそもが、人体を即座に殺すことが出来る薬剤を作ろうとする製薬会社はないし、仮に作り出したとしてもそれを処刑用へと提供することは無いだろう。
つまり、絞首刑と言うのは対象にとっても、執行者にとっても最も人道的なヒトの処刑方法なのだ。
だが後藤の処刑方法は更に合理的で人道的だった。
後藤は引き金を引いた。
後藤の手にしたM1911から発射された弾丸は対象の後頭部から進入した。
それは.45ACPのホローポイント弾。
弾丸は頭皮を貫き脳内に進入するといくつかに分裂しつつ頭蓋骨の内部で反射しそれらが生み出した衝撃波は瞬時に脳全体をドロリとしたスムージーに変えた。
それは対象が銃声を聞くことも無く終わっただろう。
照間瑠衣は死んだ。




