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第84話 死神

あの男は誰?ここはどこなの?私のバウンティは取り消されたんじゃなかったの?

瑠衣は薄暗いコンクリートの部屋に閉じ込められていた。金属製の机を前に椅子に座ってはいたが両手には手錠を掛けられそれは机に固定されていた。

あの男は私がカナ・・いや田中をバウンティに載せたことに関わっているのだろうと言う予想は出来るがそれ以上の事は何も分からない。


瑠衣がここで目を覚ました時、机を挟んで男が座っていた。

瑠衣が怒鳴りつけても、静かに聞いても、目に涙を溜めて懇願しても男は何一つ答えず、また何一つ聞くことも無かった。

男には瑠衣を拘束出来たことを喜んでいる様子はなく、だが哀れと思う様子も無かった。冷酷な目で見つめるわけでもなく怒りを向けるわけでなくただ見つめていた。

男は怒りも冷酷さも無い燃え尽きた灰のような目で瑠衣を見つめていた。

いや、その視線は瑠衣に向けられてはいたが、その目は何も見ていなかったのかもしれない。

瑠衣はあの灰の目を持つ男が恐ろしかった。

だから背後でドアが開いても振り返ることが出来なかった。

「なんだよ、寝てるのか?」

「アンタ!」

入ってきたのは蔵井戸だった。手にした缶ビールを飲みながらだったが間違いなく蔵井戸だ。

「なんでここに!?」

「なんでって助けに来たようには見えないか?ほら行くぞ」

「手錠が!」

「手錠!?めんどくせえなぁ」

蔵井戸はドアが閉まらないように缶ビールを挟み瑠衣が拘束されている机に歩み寄り手錠を確認した。

「こりゃあ切れそうにねえな」

そう言って机の引き出しを開け中を確認していく。

「なにしてるのよ!!」

もどかしさのあまりに瑠衣の声も大きくなる。

「なにって、鍵を探してんだよ」

「私がこの机に縛られているのにこの机に鍵が入っているわけないでしょ!!どう考えても向こう机でしょ!」

瑠衣は首を振ってドアの脇に置かれている机を差した。

「はいはいはい」

蔵井戸は肩をすくめてドアの脇の机を調べ始めた。

「おっと!見ろよこれ!ハンドガンだぜ。マジかよアイツら結構ため込んでるみたいだな」

「ちょっと!そんなのどうでもいいわよ!早く鍵を!いつあいつが来るか分からないでしょ!」

蔵井戸には悪いが、瑠衣にはあの灰の男に蔵井戸が勝つ姿が想像できなかった。

「大丈夫だよ、あのバカは出かけているってさ」

「なにそれ、誰に聞いたの?」

蔵井戸の言い方は自分で確認したわけではなく、誰かに聞いたソレだ。

「岸だよ、話したろ」

「岸?ああ、あんたが殺そうとして返り討ちにあったって・・」

「おいおい、あんまり舐めた口きくんじゃねえぞ?」

蔵井戸は思わず銃を手にしたまま瑠衣に振り返る。

「いいからお願い!!鍵を!探して!早く!!!」

「分かったよ」

蔵井戸は銃を引き出しに戻し次の引き出しを探った。

「何だこれ?薬か?」

「ねえ!!!」

「分かってるよ!」

蔵井戸が次の引き出しを開けるとそこにはいくつかの手錠と鍵が一つあった。

「これか、あったぞ」

「早く外して!!」

「大丈夫だって。しかし岸のやつがあのバカに拉致された女を助けてやってくれって言うからよ。まあピンと来てな。案の定お前だったよ」

蔵井戸は鍵を持って瑠衣の横に立った。

「早く外してよ!」

「まあ待てよ、いい機会だと思わないか?」

「は?何よ!早く!」

だが蔵井戸はそれには答えず、鍵も外さずに瑠衣の背後に回り椅子をどかした。

両手は手錠を掛けられ金属製の冷たい机に固定されいていた瑠衣は立たざるを得ず、その背後に立った蔵井戸は瑠衣のジーンズを下ろしショーツを乱暴に剥ぎ取った。

「なにすんだよ!早くはずせよ!こっちだよ!」

瑠衣は手錠に繋がれた両手をばたつかせたが蔵井戸はニヤついて言う。

「いいだろ、こんないい機会なんだからよ」

蔵井戸の意図を悟った瑠衣は「やめろよ!!」と叫ぶがそれこそ蔵井戸の望む物だ。

蔵井戸はズボンを脱ぎパンツをずり下げると手に唾を吐きそれを自身のペニスにこすりつけた。

瑠衣は「やめてよ」と懇願するがそれが蔵井戸をより興奮させ瑠衣の尻に両手を当てた。

「やめて・・・」と言うと同時に蔵井戸は瑠衣の肛門に自身のペニスを刺し込んだ。

瑠衣は激痛と共に忘れたかった過去に襲われた。


瑠衣が物心ついた頃にそばにいたのは母と、母の男だった。

それが瑠衣の父でないことは理解していた。

瑠衣の母の横にいる男は長くても一年で変わっていったからだ。

どの男にも優しくされたことなどなかった。男はあくまでも瑠衣の母の肉体が好きな男であり、瑠衣の父ではなかった。

瑠衣とその母は沖縄の、平屋の粗末な一軒家に住んでいた。母と男が襖を閉めたら瑠衣は家を出なければならなかった。母の嬌声が響く前に。

そんな時は瑠衣はいつも隣のお婆の家に行っていた。血縁ではない、ただの隣家に住む老婆だ。

だがその老婆は全てを察し瑠衣を可愛がってくれ、いつも笑顔でもてなしてくれ晩ご飯を作ってくれ、時に甘いお菓子まで作ってくれた。

サーターアンダギーや花ボウル、ポーポー。

沖縄風の小さなドーナツとも言えるサーターアンダギーには粉砂糖をかけてくれたし、ポーポーにはホイップクリームを乗せてくれた。

だが瑠衣が一番好きだったのはお婆の作る花ボウルだった。

これはとてもシンプルで小麦粉と卵と砂糖を練って焼いただけのお菓子だ。

お婆はそれを紐状にし八の字に結って焼き上げてさんぴん茶を添えて瑠衣に出してくれた。

沖縄で花ボウルと言えば手とヘラを使ってとても凝った模様を作るお菓子だと知ったのは最近だが、瑠衣はお婆が作ってくれたただ八の字に結っただけの花ボウルが大好きだった。


蔵井戸は涙を流し小さく首を振る瑠衣の尻を叩き、自分の為だけの快楽をむさぼるように腰を動かし続ける。

瑠衣は両手で顔を覆おうとするが手錠に繋がれそれすら叶わない。

瑠衣は泣き続けた。

そこに音の無く入ってきた男がいた。後藤だ。

音も無くドアを開け、すぐ横の机から銃を取る時も音を立てず、銃を手にし音も気配も立てずに歩くその姿はまさに死神だった。

後藤は二人の横に立つと左手に持った銃を構えた。

蔵井戸が、え?と振り向いたがそのまま引き金を引いた。

バン!!!


瑠衣は父と言うものは知らなかった。

瑠衣のそばにいた男たちはあくまでも瑠衣の母の男だったからだ。

それは季節と同じく変わり、どんなに長くても同じ男が瑠衣の母と正月を二度迎えることは無かった。

どの男も瑠衣に関心を持つことも労わることも慰めることも無かった。

だが初めて瑠衣にも笑顔を向けてくれる男が来た。

その男は瑠衣の母の何番目の男かは全く覚えていない。

九州から来たというその男は、沖縄の在日米軍基地向けの物資を九州から輸送する会社の役員で沖縄での物資の受け入れを取り仕切る仕事をしていた。九州の本社には社長が居りこの男はその会社のナンバー2と言ったところだったらしく羽振りが良かったのが瑠衣の母の目に留まったのだろう。

男は抜けきれない博多弁で瑠衣の相手をしてくれたし、時におもちゃをプレゼントしてくれた。

男は瑠衣に「パパと呼んでいいよ」と言い頭を撫でてくれた。

瑠衣は男に声をかける時は「パパ」と言うようにはなったがその男を父親だと思うようになったわけではない。

パパと呼んで欲しそうだったからそうしたまでだ。どうせすぐにいなくなるのだ。それに瑠衣はこの男がずっといてくれればいいのにと思うことは無かった。瑠衣には父親という感覚が無かった。母の男は皆、母と襖の奥へ行き、そしてすぐにいなくなるのだ。

それでも瑠衣は頭を撫でてくれるこの男が、プレゼントを買ってくれるのが好きだった。それは瑠衣が初めて自分の物を持てたからだ。友達にはバカにされたが男がくれた可愛らしさの欠片もない緑色の怪獣のぬいぐるみをいつも大事に持っていた。それは友達に懇願しほんの一瞬だけ手に持てるオモチャではなく瑠衣の物なのだ。

だがそういった男の行為は優しさによるものではなかった。

ある日、瑠衣が家に帰ると母はおらず男が一人で泡盛を飲んでいた。

「ママは?」瑠衣は聞いた。

「病院だよ。胃炎でな、少し入院だよ」男はどこか嬉し気に言った。

「病院!?ママは?大丈夫なの?」

「ああ、すぐに退院する。酒の飲みすぎだよなあの女は」

男の嘲るような物言いは気になったがそれよりも・・。


男が瑠衣の頭に手を置きゆっくりと撫でた。

いつもなら嬉しいはずのその行為がとても恐ろしく瑠衣は反射的に身を引いた。

お婆のところに行こうとも考えたが襖は閉まってはいない、その理由が無かった。

瑠衣はテレビを点け、かじりつく様に近寄った。いつものように男の肩に頭をもたげる気にはなれなかった。いつもと違う表情で瑠衣を見る男が心底恐ろしかった。

「瑠衣、テレビに近すぎるよ。目が悪くなってしまう」ソファーに座る男はそう言って「ここだよ」とばかりにソファーを叩いた。

瑠衣は聞こえないふりをした。しかし男の声にビクリと反応してしまっている。

「瑠衣、聞こえたろう?下がりなさい」

瑠衣は諦めて立ち上がり顔を伏せたまま男の横に座った。男の顔は怖くて見れなかった。

微笑んでいるのは分かる。だがそれは幼い子供に向ける優しみ笑みではなく・・。

瑠衣は隣に座ったと言い訳できる程度に距離を放してソファーに座った。

「大丈夫だよ、ママは。ちょっとお腹を痛くしただけだからね。すぐに退院するから」

「ママは、お腹痛いの?」瑠衣は何とか口を開いた。そうし続けていれば耐えられる気がしたから。

「ああ、ママはお酒の飲み過ぎだな。瑠衣も酔っているママは好きじゃないだろ?」

酔っていてもいなくてもママはママだよ。大好きだよ。そう思ったが口から出た言葉は違った。

「うん・・・」

男の意見に異を唱えるのが恐かった。男の機嫌を損ねるのが恐かった。

男は腰を浮かし瑠衣に身体を近寄せその幼い肩に手を回した。瑠衣は怯えないように手を固く握りそれに耐えようとした。

男は瑠衣の肩に腕を回し手を瑠衣の胸に当てた。瑠衣は驚いて身体を引いたが男は気が付かないかのように腕を回したままで、瑠衣が離れようとすると逆に腕に力を入れた。瑠衣の胸に当てた手にも力が入った。それで瑠衣は怯えてそれ以上身体を動かすことが出来ずジッとしていたというよりも固まっていた。


次の日もママは帰ってこなかった。

男は、ソファーに座りテレビを見ていた瑠衣の横に座った。また瑠衣の肩に腕を回しその手は瑠衣の胸に当てられていた。

違う、違う、違う!!

瑠衣はそう思い込もうとした。だが現実はもちろん違った。

「そのTシャツ俺が買ってあげたやつだよな」

男の手がシャツの胸元から差し込まれ瑠衣のまだ小さかった胸に直接触れた。瑠衣は身体を放そうとしたが男の腕が肩に回されたままでそれも叶わなかった。

「かわいいな」

男の言葉が瑠衣の着るTシャツに向けられたものではないことは分かる。だが瑠衣は恐ろしさのあまりそれ以上動けなかった。

どうしよう、どうしよう・・・。瑠衣は動くことも逃げることも、何もできずにそのまま恐怖で固まっていた。

「トイレ!!」

瑠衣は咄嗟にそう言い半ば強引に立ち上がると男はそれを素直に見送った。


次の日もママは居なかった。

瑠衣はお婆の家に行った.

「おかあさんはどうさー?」お婆が心配そうに聞いてきた。

「知らない」

本当に知らなかったのだ。だがお婆には瑠衣の態度が病床の母親に興味を持たない薄情な子だと映ったようだった。

お婆は少しだけ咎めるような目を向けたがそれ以上は踏み込んでは来ずにいつもの優しい笑みを戻した。

「サーター揚げたからお食べなー」

「うん・・」

お婆が皿に乗せた揚げドーナツを瑠衣の前に置き茶色のボトルを添え置いた。

「ほらアメリカさんのチョコーレトソースもらったさ、かけれ」

瑠衣の前に置かれたサーターアンダギーとハーシーズのチョコレートソース。瑠衣はハーシーズのボトルを手にしゆっくりと蓋を外し、少しずつ本当に少しずつサーターアンダギーにチョコレートソースをかけた。

出来るだけ時間をかけてお婆のおやつを食べて気が付けばもう夜遅くでお婆に「今日は寝てけ」と言って欲しかった。

だが外から「お婆!瑠衣はいるかな」と男の声が聞こえてきた。

瑠衣は身体を震わせ思わずチョコレートソースに塗れたサーターアンダギーを両手でつかんだ。

お婆はそんな瑠衣の様子がおかしいと訝しみはしたが、まさか少なくとも立場上は父親である男の手がまだ十かそこらの瑠衣の服の中に及んでいるとは思いもしない。

お婆は、瑠衣が病床の母親を心配しないことを男が咎め、それで瑠衣の機嫌が少しばかり悪くなったのだろうと思った。

「瑠衣さー、お父さんと帰りー」

瑠衣は慌ててチョコレートソース塗れになった両手をお婆に向けた。

瑠衣はこれを食べるまで、両手が綺麗になるまで帰れないと示したつもりだったが、もちろんそうはならなかった。

「ほらー、とうに洗ってもらい」

お婆はそう言って玄関のドアを開けた。そこに男が立っていた。

そう、これから瑠衣はこの男にレイプされる。

服を脱がされ風呂に連れていかれ、そして男はそのペニスを瑠衣の肛門にねじ込むのだ。

それが瑠衣の転落の始まりだった。まだ小学生だったのに。

瑠衣はあまりの激痛に暴れて股間を血で染めながらお婆の家に逃げて行き、それで男の異常な性癖が明らかとなりそれは瑠衣の母の知るところとなり、母は男を脅迫し幼児性愛を知られることを恐れた男は言われるままに金を払い二人を東京へと送り出した。

だが二人の生活は何も変わらなかった。

瑠衣の母は売女で瑠衣も同じだった。

それが瑠衣の過去のはずだ。


だがお婆はチョコレートに塗れた瑠衣の手を取ると男に向かって怒りをぶつけた。

男はお婆のあまりの剣幕に驚きその場を立ち去った。

お婆はチョコレートソースに塗れた瑠衣の手を洗ってくれた。

瑠衣はあの家には帰らなかった。

瑠衣の母が退院し瑠衣を迎えに来てもお婆は追い返した。

瑠衣はお婆に育てられることになった。

お婆は言った。

アメリカさんの基地はな全部お婆の土地なんさ。

お婆は沖縄で一番のお金持ちだった。

瑠衣はお婆に育てられることになった。

瑠衣は中学校へと進み、お婆は沖縄で一番の高校に通わせてくれた。

瑠衣はそのまま沖縄で一番の大学へと進むことも出来た。

だが瑠衣はお婆に言った。

東京の大学へ行きたいと。

お婆は悲しそうな顔でビートルズのイエローサブマリンを歌い始めた。

お婆は言っていた。

この歌は沖縄を歌っているようだと。

小さな黄色い島の歌だと。

だが瑠衣は東京へ行った。

そして大きな門の前に立った。

瑠衣が門に手を伸ばすとお婆の歌声が聞こえてきた。


みんなここで満足してる。

青い空と海。

小さな黄色い島で。

みんなここで暮らしているよ。


瑠衣は迷うが門の向こうから声が聞こえた。

「瑠衣さん・・・」

瑠衣は門に手を伸ばした。

そして開けようとした。


バン!!


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