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魔人5

花藤は歩き続け錦糸町にたどり着きラブホテルに宿を取った。

食事は途中で見つけたカレーハウスで済ませた。

レジ袋からコンビニで買ってきた缶ビールを取り出しベッドに落ち着くと勢いよく呷り、一人語りかける。

「なあ田中、オバサンは元気かぁ?」

「そっか、今はヨーロッパか」

花藤は缶ビールをテーブルへと置き、代わりにレジ袋から缶コーラを取り出し飲み始めた。

やっぱり俺はビールよりコーラだな。

テレビを点けるとそこにはリチャードギアとジュリアロバーツがいた。映画、プリティーウーマンが放送されていた。

花藤はしばしの間、ジュリアロバーツに見とれていた。レジ袋からツマミのつもりで買ってきたコンビニチキンを取り出し一口齧りコーラで流し込もうとしたがコーラを置きレジ袋を口に当て脂の塊のようなチキンを吐き捨てた。

なんだこれ?外人に人気だって聞いたんで買ってみたがこんなもん食っていたら蕁麻疹が出るぜ。

花藤は洗面台で口を漱ぎベッドへと戻りコーラとジュリアロバーツで気分をさっぱりさせた。

テレビの中ではエドワードが白馬の代わりに真っ白なリムジンのルーフから乗りだし真っ赤なバラを片手にヴィヴィアン姫を呼んでいるところだった。

それを見た花藤はたまらず、ビールを開け直し半分ほど一気に流し込んだ。


俺を「花藤」と呼ぶのは田中だけだ。

実はそれも気にくわないが、田中のオバサンが俺を「ハナくん」と呼ぶ以上は仕方がない。

花藤は幼少の頃から鼻が大きかった。それはからかいの対象になり当然、名前の花と鼻を掛けてからかわれ続けた。鼻と花をかけたところで特に意味はない、気にするなと親は言う。それはそうだ、意味などない。だが子供にとってはそうではない。意味がどうのではなく小馬鹿にされているという事が気に入らないのだから。

花藤はサッカーという実力行使で黙らせた。喧嘩をしなかったわけでもないが時代は昭和末期だ。漫画で例えるならキャプテン翼のようなジャイアンだった。放課後にサッカーで遊ぶとなれば花藤がいた方のチームが勝つ。花藤は辰巳団地の小学生の中心だった。スネ夫的なポジションにいた一人の少年の提案で花藤は「カトー」と呼ばれるようになっていた。

そこに現れたのが田中だった。

辰巳団地小学生の理も知らず俺を「花藤」と呼ぶサッカーも上手くないくせに生意気な転校生。

テレビゲームを持っているだけで人気者になろうとする気にくわない奴。


テレビが映画のエンディングテーマであるロイ・オービソンのオー・プリティ・ウーマンを流すと花藤は深く思い出に浸る。

バスケだか何だか知らないが田中の奴は本当に生意気だった。

だから手っ取り早く喧嘩で分からせてやるつもりだったんだがあのゲーム野郎は意外に強かった。

それで、お袋に頭を小突かれながらあいつの部屋に謝りに行くことになったが俺は謝る気なんてこれっぽっちも無かった。本当にあいつに頭を下げるつもりなんかなかったんだ。

でもそこに出てきたのが真っ青なジーンズを履いて真っ白なシャツを着ていた田中のオバサンだった。


俺はジュリアロバーツの大ファンだった親父に連れられて映画館でプリティウーマンを見たことがあった。俺は親父以上にジュリアロバーツに・・・いやヴィヴィアンにぞっこんになって親父に必死にねだって映画のパンフレットに、ラミネートカードも買ってもらった。今月の小遣いは無しだぞって言われけど、それは俺の宝物になった。

玄関が開きそこにいたのは田中のオバサンではなくヴィヴィアンだった。

それを見て一瞬で田中の野郎が俺を「カトー」と呼ばない事なんかどうでもよくなった。

田中のオバサンはいつも俺の事を「ハナくん」と呼んでくれた。

俺は素直に、そう呼ばれるのは好きじゃないって言った。

なんで?と田中のオバサンは言った。

だって、俺は鼻が大きいし。

でもヴィヴィアンは俺の鼻に指を置いて言ってくれた。

「それは大きいってより高いのよ。リチャードギアみたいじゃない?ハナくん大人になったら・・・」

俺は顔を真っ赤にして逃げ出した。


別に、俺はエドワードになってヴィヴィアンの横に立ちたかったわけじゃない。

ただ、エキストラの一人でもいいからヴィヴィアンを近くで見ていたかっただけなんだ。

そうだな、気分的にはステイシーのママに夢中になっちまうシェーンといったところだ。

初恋ってわけじゃない、田中のオバサンにただ憧れていた。

だから俺は田中の奴は気に入らなかったけど喧嘩したことを謝って「花藤」って呼ぶことも許してやった。

だが、すぐに親友になった。

俺を「花藤」と呼んでいいのは田中だけ。

それは周囲に二人の強い繋がりを示す物ともなっていた。


「やっぱりすげえよなぁお前は、俺なんか未だに陸士だぜ。川口の奴なんて・・・」

「話しただろ?川口だよ。俺たちと同じ東京生まれの江戸っ子。素質は抜群なのにヘラヘラしてやがるから軽く脅してやってな、それが今じゃ立派な三等陸尉様だぜ」

「いや、まあな。そりゃあ俺も一時は二等陸尉まではあがったけど、全部お前のおかげだよ。お前が勉強の仕方ってもんを教えてくれたおかげだよ。お前がいなかったら俺は高校卒業すら出来ずにクズどもの仲間入りだっただろうよ」


花藤はさらにビールを飲み、ラッキーストライクを取り出し火を点けた。

「なあ田中、俺はオバサンになんて言えばいい?言いたくねえよ・・・」

「でもよ、言ってやらないとオバサンは死ぬまでお前を待ち続けるからな」

「だから俺が見つけてオバサンに伝えるよ」

「今日な、三人殺した」

「お前の事を知っている奴はいなかったけど、見分けがつくようになった」

「なあ田中、お前だけだぜ俺を花藤って呼ぶのは。知っているだろ?田中・・・なあ、田中ぁ・・・」

花藤は欠伸を嚙み、瞼の重さに負けてベッドに横になった。






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