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魔人2

木下、川口と花藤の三人は連れだって店を後にした。

「煙草いいか?」と花藤が指を向けながら言う。

「いや、それは・・」と言いかける川口を木下が手で制した。

「ビールでも買ってきますよ」

そう言って傍らのコンビニへと入って行く。

二人になると川口は早速口を開いた。

「隊長!やりすぎですよ!」

「何がだ?」

花藤は川口に目を向けることも無くコンビニを見ている。

「指を折るなんて!相手は警察官ですよ!」

川口の懸念は当然だろう。

だが花藤はどこ吹く風と返す。

「直してやった」

「そういう事ではなくて・・・」

警察官の指を折る。

言い逃れようのない傷害事件だ。

もちろん川口は自身がそれに巻き込まれたことを心配しているわけではない。

川口が心配しているのは花藤の変わり様だ。

川口はレンジャー訓練時代に花藤から過度なシゴキを受けたが、ただの一度も暴力を振るわれたことは無いし、他の者に鉄拳を振るう事も見たことは無い。

どれほど無様な訓練生に対しても怒ることはなく冷酷に去れと告げる鉄仮面。それが隊長だった。

隊長にとって田中という幼馴染みがどれほど大事なのか川口には知る由もないが、いきなり指を折るなんて!

「隊長・・・」

今にも泣きそうなほどに心配する川口だが、花藤はコンビニを見つめ続けている。


木下が三本のビールをカウンターに置いた。確かに居酒屋では何も口にしなかった。木下がビールを半分ほど飲んだくらいだ。

そして木下はスマートフォンを取り出し電話をかけ誰かと話している。

たまたま電話がかかってきたのか?違うだろう。電話をするためにコンビニへと入って行ったのだろう。

木下にはまだ聞きたいことがある、当然それを向こうも分かっているだろう。


コンビニで買い物をする木下を見つめる花藤を見て、川口もコンビニへと目を向けた。

あいつもあいつだ、目の前で同僚の指が折られたんだぞ!何がビールだ!

川口はポケットに手を入れ苛立ちながらタバコの箱を握りしめた。


レジ袋を手にした木下がコンビニから出てくると直ぐに二人に缶ビールを手渡した。

「さすがにここじゃタバコはアレなんで、車まで戻りましょうか」

三人は缶ビールを飲みながら歩き始めるがすぐに川口が口を開く。

「あのぉ、彼は大丈夫なんですかね?」

「彼?ああ、関本ですか。加藤さんが治したでしょ」

木下が川口に答え、花藤を見た。

「ええ、三日もすれば痛みは引くでしょう」

花藤は頷きビールをあおり、木下もビールを飲みながら川口に、大丈夫ですよと軽く頷いた。

「そうじゃなくて!彼はその・・指を・・・折られたんですよ!?」

「ああ、ソッチですか。あいつが訴えると?出来るわけありませんよ。あいつだってそこまでバカじゃないと思いますよ。まあ、アレがバカだったとしても誰も相手にしませんよ」

「誰も相手にしない?なぜです?」開いたままの缶ビールを手にし川口が聞く。

「隅田川署じゃ田中さんを慕う人は少なくないんですよ。箝口令を敷かれてもクマの一件はそれなりに広まってますし、田中さんに指導を受け、彼を薫陶の師と仰ぐのは私一人ではないですからね」

そう言って木下は缶ビールを勢いよく呷った。

「アイツは田中さんの失踪を知った後もそれを報告しなかった。すぐに報告していれば田中さんが乗ったというマツダ車の行方も知れたかもしれないわけです」

「Nシステムってやつですか?」花藤もビールを呷りながら聞いた。

「いやそれは無理ですね。田中さんが無断欠勤をして、それが失踪だと思われる頃にはNシステムにデータは残っていないでしょう。勘違いされることが多いのですがNシステムと言うのは通行車両のデータを保存しておくものではなく、該当車両の通行を検知するシステムなんです。しかし、街中の防犯カメラならば・・・・。それも一週間も前では上書きされている事でしょう」

「しかし彼は井口にはそれを話したわけですよね?」今度は川口が聞いた。

「まあ、煙草でも吸いながらゆっくり話しますよ」

木下は早く煙草が吸いたいとばかりに足早にコインパーキングへと歩いて行く。


川口のBMWに脇に立った三人。

早速、花藤が川口に手を向け、川口がそこに煙草を差し出し花藤はそれを一本手に取ると「いただきます」と言って木下も花藤に倣い川口の煙草を一本抜いた。

「アメスピですか。いいですねぇ」

木下は咥えた煙草を突き出すようにし火を点けるよう要求する。

川口自身も煙草を咥え二人が咥える煙草に火を点けてやり最後の自分の煙草にも火を点けた。

木下がアメリカンスピリッとを深く吸い、紫煙を吐いた。

「いやあ、最近は煙草も高くなったものですからね、私はもっぱら貰い煙草です。メンソールは好きじゃないんでこれは・・・」

煙草談義を始める木下だったが花藤の視線に気が付き話題を戻した。

「関本は捜査一課に異動したいと思っていてですね、田中さんは一課と一悶着があったというか、まあ良く思われていない部分があってですね・・・」

「田中が?それは何ですか?」

「ええ、それがさっき途中まで話した五人殺しの件です。結構話題になりましたよね?」

木下が花藤を見た。

「ええ、女性が救助された。そこで五人の男が死んでいた。しかしその後女性は死亡したと」

「そうです。その女性を救助したのが田中さんなんですがね、その少し前に田中さんがその失踪女性の捜査を一課に移管するように署長に上申したんです。それが受け入れられ一課は失踪女性の捜索を押し付けられた。捜査一課と言うのは凶悪犯罪を担当するような部署で、年間三万人に上る失踪女性の捜索をするような部署ではないんです。言い方は悪いですがその・・・大半はつまらない家出ですしね」

「つまり、捜査一課はつまらない家出人の捜査を田中に押し付けられた挙句に、五人も死んでいた重犯罪の発見を出し抜かれと言うわけですか」

「そういう事です。一課に入りたい関本の奴は田中さんの失踪に関する重要な情報を止めて置き、意趣返しの肩代わりをしてやったぞとばかりに井口さんに話したんでしょうね。馬鹿が!・・・いやすいません」

「田中が交番勤務から外されていたというのは?その決定は誰が?」

「もちろん署長でしょう。まず、田中さんが五人殺しの捜査を一課に移管するように進言した時点では失踪女性の捜査でしかなかったはずです、しかし署長はそれを受け入れた」

「田中がそれを見つけだし、そしてそれは重大事件だった」

「そういう事です。なぜ田中さんがたかが失踪女性の捜査を一課に移管するように進言したのか?なぜ田中さんが失踪女性を見つけ出せたのか?あの事件、反社勢力同士の抗争と報道されていましたが五人のクズどもを殺したのは一人だったようです。田中さんが失踪した理由がどこかにあるとすればそれは五人殺しと何かしらの関わり合いがあると思います」

そこまで話すと木下は残った缶ビールを一気に飲み干しハーッと息を吐き続ける。

「署長は田中さんの進言を受け入れ、更に女性を助け出した功労者を異動させた。加藤さん、署長に話が聞きたいのではないですか?」

当然だと花藤は軽く頷いた。

「明日、午後五時に隅田川署に来てください。そして署長を話しをしてください」

「待ってください!大丈夫ですか?」川口が口を挟んでくる。

「大丈夫ですよ、私も署長から田中さんの失踪について何か知らないかと聞かれています」

「それは?」と花藤が聞く。

「それは?つまり、田中さんについて調べろという事です」

「先ほどの電話はそれですか」

「ああ、よく見てますね、そう言う事です。ですがこれは私だけではないでしょう。田中さんの失踪を危惧しているのは私だけではないですからね。一課の井口さんもそうでしょうし、交通機動隊の谷警部補あたりも署長から聞かれていると思います」

「だが大っぴらに田中に関する捜査はしない?」

「ええ、そうです」木下は言い切り、言葉を続ける。

「しかし、必ずしも周りに分かるように捜査をするのが最善とは限りませんからね。不安なのは分かります。でも多いとは言えませんが田中さんを心配し捜している人はいるんです」

花藤は思案気に煙草を吹かし、川口は不安げに煙草を吹かした。


花藤が下唇を嚙み思案がまとまったことを見て取った木下は聞いた。

「他に聞きたいことはありますか?」

花藤は木下を見つめ最後に煙草を吸い、紫煙を吐きながら答えた。

「ない」

花藤はビールを飲み干しそこに煙草を投じ、木下にも差し出した。

そこに木下も煙草を投じた。

「何かあったらいつでも連絡してください。私の方からは・・・」

「いえ大丈夫でしょう」

「そうですか、では」そう言って木下は二人に背を向けて歩き去る。

が、すぐに足を止めて振り返り言った。

「そうそう、田中さんが救助した女性。実は生きているんですよ」

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