第八十三話 魔人
勢いよく障子戸が開くと関本が登場した。
「お待ったせー!・・・・ってあれ?え?木下!ここ違うじゃねえか!」
「合ってますよ関本さん。ここです」
「いや、お前!看護婦さんは!?なんだよこいつらは!」
「いいから入って」
木下に背中を押され関本と言う刑事はよろめくように入ってきた。
「おい!木下!!なんだよこれは!」
「初めまして関本さん。私は川口と言います。こちらは加藤・・」
「おい木下!!!」
関本は二人を見ることも無く同僚を問い詰める。
「いいから座ってくださいよ関本さん。こちらの加藤さんが田中さんと連絡が取れなくなったとかで聞きたいことがあるそうです」
そこで関本は初めて二人を見て、また木下に顔を向けたが肩に手を置かれ座るように促されると舌打ちしながらも席に着いた。
そこに店員が現れテーブルに料理を並べていく。
「関本さん、ビールでいいですよね。中生を追加で、あとレモンサワーをお願いします」
店員が伝票に追加注文を書きとめ部屋を出るとさっそく花藤が口を開いた。
「初めまして関本さん、カトーと言います。こっちは川口・・・」
そう紹介され川口は関本に会釈をするが関本は、どう見ても看護婦には見えない二人を見ようともしない。
「おい!木下!なんだよこれ!看護婦さんは!?」
「関本さん、まだ分からないんですか?看護婦なんてここにはいませんよ」
「関本さん、あなたが田中を最後に見たと聞いたのですが・・・」
田中を最後に見たと言われた関本はようやく花藤に目を向けたが、それは一瞬だった。
「木下!!こいつらに何を話した!?」
「関本さん。聞きたいことがあるんです」
花藤は笑みを浮かべ辛抱強く関本に語りかけるが関本は花藤に目を向けようともしないままだ。
そこへ店員がビールとレモンサワーを持って現れる。
再びその場は静かになり、店員がビールと酎ハイに、レモンとスクイーザーを置いて部屋を出て行く。
店員が戸を開けるたびに外人たちの喧騒が聞こえてくる。
バブルの頃には外人にとって日本とは二千年の歴史を持つエキゾチックでオリエンタルだが、国を焼き尽くされた敗戦から100年もたたずに経済大国へと昇り詰め、ソニーにトヨタにニンテンドーが世界を席巻するハイテクでエレクトリックな謎の国。だが円の価値はバブルで一気に倍近くまで上がり、おいそれとは選ぶことが出来ない旅行先の一つだった。それが今や、安さが日本の魅力になり果てているのだ。
かつての日本人が欧米やアジアで見せた醜悪な振る舞いが今、帰ってきているわけだ。
もちろん花藤はそれを気に留める事も無いが。
「関本さん、カトーと言います。よろしく」
花藤はそう言って関本に右手を差し出した。
さすがにそこまでされては関本も無視をし続けるのは難しく右手を差し出した。
川口はもちろん木下もそれを見て少しばかりホッとしたが花藤は関本と握手を交わすことは無く代わりにその人差し指を握った。
指を握られた関本が違和感を覚える前に花藤はそれを上に捻り上げた。
パキンッ!という小さな音が響き続けて関本が絶叫した。
川口と木下が驚いて目を向けると関本の差し出した右手の人差し指が上を向いていた。
指を折るとなると多くの人は逆方向へ、手の甲の方へと曲げるのを想像するだろう。
だがそれは意外と難しい。思った以上に指の可動範囲は広い。
しかし、横方向の可動範囲はほとんどない。簡単に折れるのだ。
「加藤さん!?」二人が同時に声を上げるが花藤はまっすぐに関本を見ている。
「なにしやがる!!指がぁぁ!!!木下ぁ!こいつはなんだ!!」
花藤の顔からは笑みが消え無表情だが関本の指を掴んだまま、抑揚のない声で言う。
「俺が聞いているんだ」
「何がだ!離せよ!!!!」
指を折られた関本は今にも泣きそうだったが花藤は左手で酎ハイのジョッキを手にすると掴んだ指を離さないままそこにかけて言った。
「俺が、聞いている」
「分かった!頼む離してくれ!」
だが花藤は関本の指を掴んだまま手を離さない。関本はまた木下に顔を向け恨み節をぶつけようとするが花藤が「こっちだ」とばかりにテーブルを指で叩くと怯えた顔を花藤へと向けた。
「なんだよお前・・・・」
「田中の事を教えろ」
「田中!?それより指が!離せよ!!」
話が一向に進まないことにイラついた花藤が関本の指を更に捻り、関本がまた叫ぶ。
「田中を見た時の事を全て話せ」
「なんだよ!なにが聞きたいんだ!?」
この男には痛みがあまり意味をなさないことを花藤は理解した。
「手を離してやるから、俺から目を逸らすな」
花藤がゆっくりと手を離すと関本は折られた指の痛みをこらえるように右手を抱え抑えるが花藤は言い直す。
「右手はテーブルの上だ。俺を見ていろ」
関本は折られた指と花藤を交互に見て、木下に顔を向けるが花藤が即座に指でテーブルを叩く。
「こっちを見ろと、言っているんだ」
「なんだよぉ・・・」
関本は涙を溜めた目で花藤を見た。
何だよこいつ・・木下の野郎・・・。
「田中を最後に見た時の事を詳しく話せ」
「詳しくって・・・何がだよ・・・」
「田中を最後に見たのは?」
「最後?最後?えと・・先週!六日前か?いや七日前だ!」
「それで?」
「それでって!七日前だよ!本当だ!」
花藤は大きなため息をついた。
こいつの指を掴んでゲームみたいに操作すればスラスラと話してくれるならすぐにでもそうしてやりたいのだが。
「どこでだ」
「えっと、どこって、その・・上野!寛永寺の近くだ!」
木下がスマートフォンを取り出しグーグルマップを開き関本の前に置いた。
「どこです?正確に」
「そこじゃない・・・コンビニの近く・・そう、そこらへんだ」
木下は関本が示した位置をタップしスマートフォンを花藤に見せた。
どうやらこの関本と言う男の扱いは木下に任せた方が良さそうだ。
花藤は木下が指し示したスマートフォンを確認し、頷き返した。
「で、田中さんは何をしていたんですか?」
「田中?えっと・・車に轢かれそうになって」
「轢かれそうだった?なぜ?」
「いや、車道に出かけたところを・・・」
「その車は?」
「いや、そのまま走り去って・・・」
「その後は?」
「いや、その、車に乗って・・・」
「車?別の車ですか?」
「そ、そう。自分から話しかけて・・・」
「田中さん自身の車ではなく?」
「そう、その・・・」
木下に任せたのは正解だったようだ。
花藤自身が聞いていたらこの男の指全てを折っても足りなかっただろう。花藤は必死にイラつきを抑え、二人の会話を聞いていた。
田中は拉致されたわけではなく、知り合いと思しき車を呼び止めそれに乗って関本の眼前から去ったようだ。
「車種とナンバーは覚えていますか?」
「えっと、マツダのCX3、ナンバーは見てない」
「色は?」
「それは・・・赤!そう赤のマツダ!」
「確かですか?」花藤が口を挟んだ。
関本は指の痛みを思い出したかのように震えながら答える。
「そう、赤でした・・・」
「その後は?」
「見ていない!本当です!自分から車に乗ってそのまま・・」
「そうですか・・」
花藤は静かにそう言って、関本の折れた指にサワーを注いで冷やしてやる。
「指を戻してやる。我慢しろ」
そして関本の折れた指を掴み捻り戻した。
関本はまた叫んだが花藤はテーブルに散らばった氷を指に当ててからおしぼりで覆ってやる。
「数日我慢しろ」
あまりの痛みに涙を流す関本に花藤は答える。
「悪かったな」
そして席を立つ。
花藤に続き、川口に木下も立ち上がった。
一人、痛みをこらえたままの関本に花藤が近寄りそっと告げる。
「田中が見つからなかったら、もう一度会おう」
「え?な、なんで・・・?」
「お前も殺す」




